延々と続く雪の道なぞめずらしくもない。

 地上軍は常に雪と共に生きている。
必然的に、深い雪道に分け入る機会は多い。
だが、天上にいて、普段雪道には慣れていないだろう、黒衣の軍勢は、なかなかに雪道の歩き方が上手い。
ヘタな体重のかけ方をすると足が抜けなくなるものだが、そんな失態を誰一人する事もなく、軍は歩みを進めていた。

そのことで、ハロルドは、やはり黒鶫騎士団は「軍隊」なのだ、と改めて思った。
 所詮は一国所有の近衛兵、と見くびっていたわけではないが、実際はそれもありえる話だ。
 黒鶫騎士団が栄誉を欲しいままにしたのは、今は昔の話だ。
 捕虜だったあの男の話を信じるなら、ラヴィ・ロマリスクのある位置では、めったに雪は降らなかっただろう。外殻があがり、大地が凍てついた今なら雪も降っているだろうが、それ以前ならば、彼らは雪に慣れてなかったと考えるのが妥当だ。
だとしたら、やはり・・・雪道の歩き方も訓練されていた、と思うべきだ。・・・軍隊として。

 

 

 

 

15

 

 

 

 

 「ねえ、ちょっと。」
ハロルドは右手にいる黒衣の男に声をかける。

 地上軍本拠地を後にしてから、2時間あまりがたっていた。
その間、彼は一言も発せず、歩みも乱れず、坦々と前を進んでいた。


 「・・・なんだ。」
2時間ぶりに聞いた彼の声は、いつものように感情が込められていない。
「もうちょっと、ゆっくり歩いてくれない?」
「なんでだ?」
「息が切れそう。」
「・・・・・。」
呆れたようにサロメはハロルドを見た。
 雪には慣れている筈だろう、とその目は言っている。
「・・・私はインドア派なのよ。」
「研究ばかりしているからだ。」
「女性だから体力もないしな、くらい言えないの?」
「本当にないのか?」
「ないわよ!」
そんな言い合いをしながらも、サロメは歩みは止めない。
そのうえ、なんの仕返しのつもりか、ぐい、と乱暴な仕草で、左手を手繰り寄せまでした。
必然的に右手を繋がれているハロルドも、たたらを踏むようにして数歩、前に進むことになる。
「ちょっと、乱暴にしないでよ!」
ハロルドの抗議の言葉を、サロメは受け流す。
「あまりゆっくりしていては、モンスターに狙われるのがオチだ。」

 雪で閉ざされた世界では、豊かなえさなどないのだろう。
ここらへんのモンスターはきまって獰猛だ。そのうえ、今はえさが一塊になって移動している。
今は、姿こそ見せないが、遠くから様子を伺っていても可笑しくない。隙あらば、襲いかかろうと思って。


 モンスターの生態については、サロメに言われなくても、ハロルドの方が詳しい。
ぷ〜とふくれながらも、ハロルドは懸命に足を動かし、サロメについて行った。
サロメはハロルドの、そんな様子をいちいち見たりはしなかった。
だが、さきほどよりも心持、歩みのスピードは落ちた気がする。

 「モンスターが出たとして。」
ハロルドは言った。
「・・なんだ。」
 まだ、おしゃべりが続くのかとうんざりしたような口調ながらも、サロメが答える。
 嫌ならば無視すれば良いのに、案外、人が良い。
「ここいらのモンスターは、火属性が有効なものが多いわ。あんた、火属性の晶術は?」
「ない。」
あっさりとサロメは答えた。
「ない、の?つっかえないわね〜。私はあるわよ?」
それも上級晶術、エンシェントノヴァだ。

 火属性といえば、先ほどから黙って後ろをついてくる護衛のディムロスの方が、ハロルドよりも適性を持っているが・・・。彼は晶術を体系化してないうえ、ソーディアンはまだ未完成だ。
結局、モンスターが襲ってきたなら、有効な晶術を使えるのは、ハロルドだけ、という事になる。


 本拠地を出てから2時間あまり。
その間、1度もモンスターに襲われなかった訳では、もちろんない。
その戦いぶりを観察して、ハロルドには確信した事がひとつ、ある。
 黒鶫騎士団は・・・・・サロメ以外は、誰も晶術を使えない。
彼らにとっても、晶術は、メインの攻撃方法ではない、という事だ。
それは考慮すべき点だった。
 もちろん、研究者として自分が第一人者であると自覚があるハロルドにとって、他の者に容易に晶術を使われるのは、面白い状況ではないが・・・。
 レンズ信仰をも取り入れ、天生の民の発達した科学力を受け継いでいるはずのリ・ヴォン教ならば、密かに強力な攻撃方法に気がつき、すでに、晶術を用いていたとしてもおかしくない、と疑ってもいた。
 だが、観察したところ、それはないようだ。
 その事も後で、ゆっくりと考察しなければならない。


 「・・・失敗したな。」
小さく舌打ちし、サロメが言い捨てた。
「なにが?」
 独り言かもしれないが、たぶん、自分に言ったのだろう。
そう思い、ハロルドは返事をする。
サロメは視線だけで、ちらり、とハロルドを見ると、
「これだ。」
と手錠に繋がれた左手を掲げた。
「うん?今更、面倒くさい事になった、なんて話?」
「それもあるが・・・そうじゃない。」
サロメは言った。
繋がれたハロルドの右手も、釣られる様にして胸元まで引き上げられる。
「・・・利き手を繋ぐのではなかった。」

 ん?とハロルドは思った。
「アンタって、左利きなの。」
ちなみに、ハロルドは一応右利きだが、左もそこそこ使える。文字くらいなら多少汚くはなるが、余裕でかける。その為、双剣使いのサロメの利き手など、それまで気にしていなかった。
実際、モンスターが襲ってきた時にも、右手で剣をふるっていたではないか。
「どちらも使えるのは、戦闘の時だけだ。それでもやはり右だけだと、あきらかに攻撃力が落ちる。」
もっとも、サロメは晶術を使えるため、その分は、補うことができる。
「ふうん、そうなの。」
とハロルドは口先で言いながら、良い事を聞いた、と思った。
 サロメの利き手など些細なことではあるが、それでも、色々な事に興味のあるハロルドは、なにかを知る、というただそれだけの事に、喜びを感じることができる。
 口笛を吹きながら、いきなり機嫌を良くしたハロルドに、逆にサロメは余計な事を言った、と思ったようだ。
 いつもの無表情をさらに冷たく固まらせ、それからはむっつりと黙り込んで何も言わず、ハロルドの右手を強引にひっぱって行った。

 

 「ひとつ、聞きたい事があるのだが。」

 それまで黙っていたディムロスが、口を開いて、ハロルドは思わず後ろを振り返る。
「なんだ?」
サロメの方は、前を向いたままで振り返りもせず、ディムロスの言葉にそっけなく返す。
 シャルティエが、何を言うのか、ディムロスの様子を伺っている。
 黒い軍勢も、サロメに習うように振り向きこそしなかったが、耳をそばだて、次のディムロスの言葉に、神経を集中しているのが分かる。
一瞬にして緊張感を纏った空気になった事に臆しもせず、ディムロスは続けた。
 「少人数で乗り込んできて、本当に無事に帰れると思っていたのか?」
「・・・・・。」
並んで歩いていたハロルドが顔を見上げると、サロメは不機嫌そうに眉を寄せていた。
「卑怯な手を使う、使わないという問題ではなく、本拠地の場所を知られた以上、私たちも黙って見過ごすわけにはいかなかったかもしれん。それは当然、分かっていたはずだな?」
「・・・今頃は、引越し準備で忙しいだろうな。」
サロメは言った。

 ラディスロウの事だ。
 本拠地の正確な位置を敵側の人間に知られた以上、そのままの場所に留まっている事はできない。ラディスロウは移動を余儀なくされたのだ。たぶんカーレルは、ハロルドたちが帰るのを待たずに、引越しを済ませるつもりだろう。
 ハロルドたちは置き去りにされてしまうわけだが・・・。それでもハロルドたちの帰還を待っていて、もしもサロメたちが、天上に通達する方が早かったりしたら、軍の中心機関であるラディスロウは、ベルクラントで木っ端微塵にされてしまう。

 ふ、とサロメはハロルドを見た。
「・・・帰れるのだろうな?」
「平気〜。」
ハロルドは本当になんでもないように、答える。
 もともとは、あそこに構えられていた基地だけだったラディスロウ本部が、そっくり飛行艦船に改造された後、何度かその特色を生かして、本拠地を移動させる、と計画が持ち上がっていた。それはもちろん、天上側に場所が知れ、集中攻撃されるのを防ぐ為だ。その為、天上軍には基地の候補になっていた場所が、あちらこちらに点在する。
 カーレルは今回、その中のひとつにラディスロウを移動させるつもりに違いない。ハロルドの造った雪を降らせる装置は、そういった飛行をも、天上の目から隠してくれる。
 ハロルドたちは、捕虜になったハードビー軍を引き取った後、移動したラディスロウの場所を探し当てなければならないが、たぶん、本格的な移動の前に、今ラディスロウが本拠地を構えている場所に最も近い候補地で、自分達を待っている筈だ。


 ほんの一瞬のやりとりだったが、敵であるはずのハロルドが迷子にならないかを気づかうようなサロメの態度を、ディムロスはじっと見ていた。
「もしも、捕虜奪還が敵わなかった場合の事は、考えてなかったのか?」
そこで初めて、サロメはディムロスを見た。
表情には余裕を浮かべ、まるで無駄な心配をしていると言わんばかりに、言い返す。
「ならなかっただろう?」
「それはそうだが。」
 だが・・・それは結果論だ。
 そう思ったが、サロメはその一瞬の受け答えを終えた後、さっさと前を向き、ディムロスには目もくれない。
 ディムロスはそのまま言葉を飲んだ。
「・・生意気なヤツ・・・。」
 そんなサロメの態度に、シャルティエがぼそりと言った。
見るからに年下の、敵軍将校に、少なからず思うところがあるのだろう。
だが、ディムロスの目には、それだけではないように見える。
言ったところで、本人は素直にそれを認めないだろうが。
 シャルティエに関しては、ソーディアンチームへの参加がほぼ間違いない、とカーレルから聞いている。
おそらく、これから先、浅からぬつきあいになるであろう、その金髪の青年の姿を、ディムロスは少しだけ微笑ましく思った。


 ディムロスは黒い後姿に、目を凝らす。
左手は光る鎖で、ハロルドに繋がれている。
こうして後ろから見ていると、ハロルドの方が引きづられている様にしか見えない。
 なにも心配りをしていないようにふるまっていながら、実際はモンスターの襲撃の最初の一瞬、ハロルドを後ろにして自らが前に出たのを、ディムロスは見ていた。
 先ほどの質問を思い返す。
結局、はぐらかされるようにして、答えを得ることはできなかったが。
 彼に勝算があったとしたら、それはハロルドなのだろうか?
自分が出てくれば、必ず、彼女が現われ、なんらしかの打開策を講じる、と。
事実、そうなったのではあるが、そうだとしたら、それはそれこそ、結果論に近い。
もしもハロルドが出てこなかった場合、彼らはどんな手を打ったというのだろう。

 ・・・分からんな。

 なってもいない事を想像するのは、ディムロスは苦手だ。カーレルではあるまいし。

 黒い外套が舞うのを見ながら、ディムロスは、そのカーレルとの接点を、とっくに彼の上に見つけていた事を思い出した。
このふたりは、どことなく似ている。

 ディムロスが彼に会ったのは、初めてだ。
話だけならば、カーレルから直接聞いている。
めずらしくカーレルが、個人の感情を交えて語る姿を見て、興味を持ったものだ。
だが、その人物と自分が会うことは決してないだろう、とその時は思った。
・・・なのに。

 ・・・皮肉なものだ。

 

 

 
 「見えました。」
その時、口元に笑みを浮かべたディムロスの耳に、つぶやくような声が聞こえた。
目の前の、黒衣の男が言ったのではない。
むしろ、それは、その男に向かって投げかけられたものだ。

 黒衣の男は、黙って、その言葉に頷いた。
ハロルドが、やっと着いたの〜と緊張感のない口調で言う。
それに対して、また他の誰かが、もう少しかかるが、と説明する。
向こう側は、なぜかハロルドに対しては敵意がないらしい。
ディムロスとシャルティエに対する殺伐としたものと、明らかに態度が違う。
 ディムロスが見えた、と言われたその方向に目を凝らす。
目の前には、こんもりとした森が、黒く蹲っている。
ハードビー軍は、森の中のどこかに捕らわれているのだろうか。

 「んっとぉ・・・。位置からしたら、ヴァンジェロの西南の辺り?」
ラディスロウを出てからの方向と、移動距離を考え、ハロルドは大体の位置をはじき出した。
 ハロルドの言葉にサロメは返事をしない。
相変わらず、前だけを見ている。
ハロルドの方も、いちいちそんな事を気にするつもりはなく、すぐさま、自分の思考に戻っていく。
ヴァンジェロの西南にあると言えば・・・。

 「遺跡群、がこの近くにあったわよね?」
 かつて天生の民が栄えていた時の、文明の残りといわれている遺跡群のことだ。
「そこに向かっているの?・・にしては変か。遺跡は海の近くにあるはずだものね・・・。」
それで森に向かっていたら、逆方向だ。
「それとも、森を抜ける方が、遺跡には近道、とかいうオチ?」

 ハードビー軍が捕らわれているのが、適当な場所なら別だが、彼らにとっては拠点ともなる場所であったなら、近道でなくても、場所を分かりにくくする為に、堂々めぐりをしている可能性もある。

 「ねえ、遺跡はどっちなのよ?そこに向かってるの?向かってないの?」
「・・・うるさいから黙っていろ。」
サロメが一言の下に言い捨てたのに、ハロルドは、ぶ〜と膨れた。
「なによ、教えてくれたって良いでしょ?」
そして、前を向いたままの、黒衣の背中に言う。
「・・・ミゲルのケチ。」


 「・・・・・その名で呼ぶな。死んだ男の名だ。」
ハロルドにチラリとも目もくれず、サロメが言った。
「凶報を呼ぶ。」
「へえ?あんたでも迷信とか信じるんだ?」
意外ね〜と言いながら、ハロルドは口笛を吹いた。
たとえ、黒鶫騎士団にいようとも、サロメには、祈る神の名さえないのかと思っていた。
「じゃあサロメ様。どっちの方向に向かってるんですか?教えてくださいませ。」
「・・・・・遺跡ではない。」
「そう。」
少しだけ、ハロルドはがっかりした。
 名前を聞いたことがあるものの、実際の遺跡を見た事はない。
そこに向かっていたのだとしたら、初めてこの目で拝めると思ったのに。
 だが一瞬で、それはそれだと、頭の片隅に片付ける。
「じゃあ、どこ?森の中?」
 サロメはひとつ、溜息をついた。
そして、ハロルドの顔を振り返って見る。
「諦める、という事を知らないのか?お前は・・・。」
呆れたように言ったその口調に、今までなかった温度が感じられる。
根負けしたように笑いを含んだ声に、ハロルドはにっこりと笑った。
「願えばいつか叶うってね。妥協はしない主義なの、私は。」
「だろうな・・・。」
サロメは言い、諦めたように口にした。
「・・・墓場だ。」
そしてそのまま、再び、ハロルドには背を向けてしまう
「墓場?」
言い捨てたサロメの口ぶりに、ハロルドは嫌な予感がした。
「・・・誰の墓場?」
「・・・行けばわかる。」
先ほど、一瞬体温を取り戻したと思ったサロメの口調は、冷たいもの変わっていた。それだけではなく、重さも含まれている。まるで疲れて投げやりになっているかのようだ。
それを感じて、さすがのハロルドも黙る。
サロメの禁忌に触れたのかもしれない。

 墓場。
・・・・・まさか、と思った。

 

 

 


 それは、森を抜けた場所にあった。
 山の岩肌をくり抜くようにして、ぽっかりと口を開ける洞窟は、余程の事がない限り、人が立ち入る事もない森に隠され、冷たく、ひっそりと存在していた。
 その口の中に、吸い込まれるように、先頭を行く黒衣の兵が入っていく。
 彼らは誰一人言葉を発せず、次々とそれに続き、サロメももちろん、そしてサロメに繋がれたハロルドも、それを護衛するディムロスもシャルティエも洞窟の中へと足を踏み入れる。

 
 「わぁ・・・・・。」
 初めは外の明るさとの差に視界を塞がれたものの、まるで見えでもしているかのように、しっかりとした足取りのサロメにくっついて歩いていくうちに、徐々に暗闇に目が慣れてきた。
ハロルドは、頭上を仰ぐ。
 そこには洞窟の暗闇に張り付くようにして、こうもりが群れをなして逆さまにぶら下がっていた。
「ごめんね〜。騒がして。」
「・・・誰に言ってる。」
「こうもり。」
「・・・・・言葉も通じない相手に、話しかけるな。」
サロメは心底、嫌そうに言った。
「言葉が通じても、話そうともしない相手に話しかけるのに、飽きちゃったんだもん。」
ハロルドも負けずに言い返す。
「・・・・・。」
サロメはハロルドを軽く睨み、そのまま歩みを少しだけ早くした。
いきなり大きくなった歩幅に、手錠に繋がれたハロルドの手首がひっぱられる。
「ちょっと・・・早く歩かないでって言ってるでしょ。」
「うるさい。さっさと歩け。」
サロメの意趣返しに、子供みたい、とぶ〜と膨れ、ハロルドは違う質問の為に口を開いた。
「ミゲル。」
「その名で呼ぶな、と言っただろう。」
「どうしてそんなに嫌がるのよ?本名でしょ?」
「・・・・・。」
「あんたに聞きたい事があるの・・・・・。」
「なんだ?」
自分に背を向けたまま、サロメが返事をしたのを聞きハロルドは言う。
「・・・・・フェザーガルドは本当に死んだの?」
「ハロルド。」
「・・・・・え。」
驚いてハロルドは聞き返す。
 今、サロメは自分の名前を呼んだが・・・初対面で、本人かどうかを確認する為に、1度呼ばれて以来、それは初めてのことだった。天上にいた時、いつも彼は、自分をお前呼ばわりしていた。
「・・・・・余計な事に首をつっこむな。」
「余計な事?」
「お前には関係ない事だ。」
「・・・・・。」
 また、それか。とハロルドはうんざりした。
どうしてこうも、どいつもこいつも、この話から自分を遠ざけるようとするのだろう。
それとも、レベルでも試されているのだろうか。
真実に、自分ひとりで辿り着けるかどうかのテストか何かで。
「関係ないとは言わさないわよ?」
ハロルドは言った。
「この件に関しては、兄貴が関わっているんでしょ?だからあんたは・・・・・。」
「ついた。」
ハロルドの言葉は遮るように、サロメが目的の場所への到着を宣言した。

 

 

 急に視界が開け、しかも光が差し込んでいる。
何度かまばたきしてから目を凝らすと、そこは大きな広場、だった。
 頭上を見上げると、暮れ行く空がぽっかりと浮かんでいる。
どうやらここだけ、洞窟の天井が、穴が穿っているように、円の形に抜けているようだ。
 向こう側には、更に奥へ向かう洞窟の道が続いている。
 広場の中央には、大きな木が、一本生えているように見えた。
だが、それは、良く見ると岩を削ってつくったモニュメントで、不恰好ながらも剣のように先を尖らせた細い三角形に、表面にはなにかの模様が荒削りに彫りこまれていた。
 そして、その回りをぐるりと囲むように、大小も純度も様々なレンズが、無数に置かれていて、それらが光を反射し、キラキラと輝いていた。

 これが墓石か、とハロルドが思い、光る三角柱を見上げていると、
「無事か?ハードビー中佐。」
ディムロスの声は、まっすぐに奥へと向けられた。それに対して「中将殿!」と返す声がする。
 広場の奥、一塊にされ、黒い一群がさらにそれをぐるりと囲む形で、ハードビー軍は捕らわれていた。
見たところ、怪我人もいず、表情には疲労を漂わせているものの、それ以外は健康そうだ。
 それを確認し、ディムロスが安堵の溜息をついたのを、ハロルドは横で聞いていた。


 「納得したか?」
サロメは言い、ハロルドの方を一瞬向いたが、それはハロルドにではなく、その後ろで、仲間の安否を気遣っているディムロスに向けられたものなのは、明らかだった。
 ディムロスは無言で頷く。
 それを見てサロメは、もっと近くで確認させてやろうという気なのか、ディムロスとシャルティエを促すように、黒い軍勢に囲まれた、ハードビー軍へと近づいていった。
必然的に、ハロルドもハードビー軍に合流する事になる。
敵の大将と繋がれたままで。

 さて、とハロルドは思った。
この先、どうするか。

 捕虜の引渡しの時、一番肝心なのは、その方法だ。
受け取る側には、隙が生じやすく、そこを狙われて全滅させられる、というのもありえない話ではない。
 サロメの事は信じているが、逆に、ハロルドが信じているのは、サロメひとりだけだ。
黒鶫騎士団が、彼の命令なくして、こちらを殺そうとするとは思わないが、用心するに越したことはない。

 ・・・やはり、ここは、一旦外に出て、サロメとふたりでその場に残り、どちらの兵も十分に離れた後、手錠を切るのが一番良いだろう。


 そんな事を考えて、サロメにそう進言しようとした時だった。

 


 その時、たった今、ハロルドたちと戻ってきた黒い兵たちの中から数人が、帰還の挨拶をするかのように、三角の墓石に対して頭を垂れ、なにかをつぶやいているのが聞こえていたが、それを見ていたハードビーがぽつり、と言った。


 「・・・やはり、リ・ヴォン教か・・・。」

 「・・・え?」
ハロルドはハードビーを振り返り、サロメも眉を顰めて、同じ方向を見た。
 自分達を捕らえている黒い軍勢が、黒鶫騎士団だとハードビーが気づいているとは思いもしなかった。
ディムロスにもシャルティエにも見られ、少しだけハードビーはバツの悪そうな顔をして続けた。
「捕らわれている間・・・彼らの仕草を見ていて、そうではないか、と・・・。」
反撃の余地を探しながらも、敵を観察していた、という事だろう。
「・・・・・私の、妹夫婦が、リ・ヴォンを信仰していた。」
「・・・そう。」
「・・・・・。」
ハロルドは答えたが、サロメは何を言うでもなかった。
そのまま、興味もなさそうに、ハードビーの顔から視線を逸らす。

 「おのれ・・・。」
ハードビー軍の、捕らえられていた兵のひとりが怒りを滲ませ、近くにきたサロメを憎々しげに睨みつけているのが、ハロルドの視界に入る。
「・・このままで済むと思うなよ・・・。」
 捕らえられたという屈辱は、自分でそう簡単に納得できるものではないのであろうが、ハロルドは呆れてその兵の顔を見た。
まだあどけない表情から、最近入ったばかりの新兵であることは窺い知れたが、捕らえられた挙句、自軍の将校に迎えに来て貰っているというのに、未だにその状況が把握できてないというのは、鈍いにも程がある。
敵であろうと、味方であろうと、自分たちの、しいては軍の意地とプライドに拘るあまり、手痛い事実から目をそむけようとする愚か者が、ハロルドは嫌いだ。
手痛い嫌味でも言ってやろうか、と思っていた時、ハードビーが、よせ、とその若い兵をたしなめた。
「これ以上の、恥を上乗せする気か?」
「中佐・・・。」
「認めようが認めまいがお前の勝手だが、我らは戦闘に負け、そして無様にも、自軍に多大なる迷惑をかけているのだぞ?」
「・・・・・。」
上官に怒られたのが堪えたのか、その兵はしゅん、となってしまった。
若さ故、粋がってみせてはいたものの、自分の意見を絶対だと思い込むほど、愚かでもなかったらしい。
「それに・・・。」
ハードビーがぽつり、と続ける。
「・・・彼らがラヴィ・ロマリスクの民であるなら・・地上を恨むのは、道理だ。」

 

 「・・・・・・・!!!」

 ハロルドは、瞬間、はっと目を見開き、ハードビーに詰め寄ろうとした。
だが、身を乗り出すのと同時に、腰の辺りを抱えられ、引き戻される。
「・・・ちょっ!!」
ハロルドが抗議の声をあげる。
「離してよ、サロメ!」
「余計な事に首をつっこむな、と言っただろう!」
めずらしく声を荒らげたサロメに、その場にいた者、全員が注目する。
そして、その中でも、ディムロスは瞬時にして、状況を把握した。

 「は〜な〜し〜て!」
背中から抱えられるような体制に、ハロルドが手足をばたつかせて振りほどこうとする。
サロメの方はそれを押さえ込もうとして、更に腕に力を込めた。

 だが、ハードビーの言った言葉に、事実を知りたがっているハロルドが反応し、相手方の将校はそれを阻止しようとしているのだ、と理解しているのは、その中ではディムロスだけだった。
 他の兵達は、それぞれの自軍の上官が争いを始めたのかと勘違いし、一気に殺気だった。
 剣を抜いた黒衣の兵が、それをハロルドに向ける気なのだと気がつき、ディムロスも剣の柄に手を伸ばす。
「よせ、そうじゃない!」
それに気がついたサロメが、先に抜いた兵に、剣を納めろ、と鋭い声で叱咤した瞬間、
「・・・なっ・・!」
いきなり軽くなった左手の束縛に、サロメが気がついた時はもう遅かった。
サロメの気がそれた隙をつき、目にも留まらぬ早さで、パスワードを入力し、

 ハロルドはサロメと自分を繋いでいた手錠を切ってしまった。

 

 「・・おい!!」
 そうなったら、いままでのお膳立ては水の泡だ。
なんの為に、ここまで手錠でお互いを繋いでいたのか。
拘束を解いて、ハードビーに駆け寄るハロルドに、サロメは大きく舌打ちする。
 「・・・このバカがっ!」
「どうして、後先を考えないんだ、お前は!!」
サロメとディムロスの両方に浴びせられる罵声に、ハロルドは気にも留めなかった。

 「ハードビー中佐!」
「はい。」
緊迫した空気をものともせず、きょとん、とした視線でハードビーはハロルドを見返す。
「ラヴィ・ロマリスクがどうなったか、知ってるのね!?」


 その言葉に、自国の名前を聞かされた黒鶫騎士団は沈黙を落とす。
それに、つられるように地上軍も、沈黙する。
しん・・と敵軍同士が顔を見合わせるその場に、静けさによる不思議な間ができた。


 「・・・・・・・?」
ハードビーは、初めハロルドを、次にサロメを、そして最後にディムロスの顔を順番に見ていき、
「・・・・・ご存知なかったのですか?博士は。」
と言った。
「私は、聞かされてないの。」
ハロルドは身を乗り出すようにして、答える。
「ダメだ、ハードビー中佐。彼女に余計な事を話すな。」
「聞かされてないのなら、必要がないという事だろう。」
ディムロスとサロメが、ハロルドとハードビーを止めにかかる。
敵側のふたりの、奇妙な連携にも、ハロルドは怯まない。
「余計な話?」
ハロルドは、ディムロスを振り返った。
そのまま、睨みつける。
 いつになく真剣な顔で、ハロルドに睨まれ、ディムロスは少しだけ怯んだ。
 敵に対しては、勇猛果敢と噂される英雄も、親友の妹には、強くは出れない。
ディムロスがカーレル以上に、ハロルドに甘い、と噂されるのは、あながち嘘でもなかった。

 「少なからず、私にも関係あるって知ってるのよ?ディムロス。」
ハロルドは言った。
「それは、違・・・。」
「それに、もう噂になってる。」
なにかを言おうとしたディムロスを遮って、ハロルドは続ける。
「なにがだ?」
ディムロスの方は、訝しげな表情で答えた。
今にも首を傾げそうだ。
どうやら、ディムロスは、本当に噂を知らないらしかった。
「兄貴が、私と引き換えに、こちらの王女を死なせたって。」


 「・・・あ。」
小さく声をあげたのは、シャルティエだった。
それから、慌てて、自分の口に手を持っていく。
「・・シャルティエも、聞いてるみたいね。」
「・・・ち・・違います!」
慌てたように、シャルティエが言った。
「そんなのなにかの間違いです!地上軍が、そんなことする訳ないでしょう・・・!」
「でも、聞いた事はある。」
「それは・・・。」
もごもごと口の中で言い訳するシャルティエを尻目に、ハロルドは、ディムロスに向き直った。
「ね?多くの兵が、この話を噂話の段階で聞き、それが嘘か誠か確かめられる事もないまま、次々にバトンタッチされていってる・・・。そのうち尾ひれ背びれがついて、とんでもないことになるわよ?」
「ほっておけば良い。どうせ、ほとんどが作り話だ。」
「・・・作り話でも、不吉なものであればあるほど、不安を煽って始末に終えないものに変貌するわ。それに、まったく全部がつくり話でもないんでしょう?」
「・・・・・。」
「答えて、ディムロス。」
ハロルドは言った。



 「フェザーガルドは、私のせいで、兄貴に殺されたの?」


 

 「違う。」


 訂正しようと身を乗り出したディムロスより先に、呆れたように言ったのは、サロメだった。
「どうしたら、そうなるんだ?お前の頭は。」

 ディムロスは、本当に不思議な感覚で、黒衣の男の顔を見た。
ディムロスの訂正よりも、彼の言葉の方が、ハロルドには効果的なのは、明らかだ。
そう思い、開きかけていた口を閉じる。
 それは、彼の方をハロルドが信用しているからではなく、被害者側であるはずの彼が、それをハロルドには聞かせたがらない奇妙さのせいかもしれない。
 自分たちが受けた仕打ちを、ハロルドに訴える事で、こちらにダメージを与えようとは微塵も思ってない。
 そうだ、とディムロスははたと我に返る。
いつの間にか自分も、彼のハロルドに対する態度だけは、信用してしまっている。

 「じゃあ、何?」
ハロルドは睨む相手を、サロメに変え、聞き返す。
相手は、その視線を受け止め、だが、腕を組んだまま、動きも答えもしなかった。
「・・・そうやって都合が悪くなると、答えないのね?」
「・・・・・・・。」
なにを言われても、黒衣の人物は揺るがない。

 

 「・・・仕方がないな。」

 その睨み合いをしばらく見ていたが、やがて、ディムロスが言った。
諦めるしかないようだった。


 こうなれば、ハロルドは梃子でも動かない。
それに、どうやら黒衣の人物も、ハロルドに負けず、呆れる位の頑固者のようだ。
両者の睨み合いに、決着がつくとは思えない。

 ハロルドにこの話を聞かせたくなかったのは、そもそも、カーレルとハロルドの間に確執が生じるのを防ぎたかったからだ。
 カーレル自身の意見とは食い違いはするが、個人的な理由を省いても、それは軍にとっても痛手になる、とディムロスには思えた。
 ・・・だが、ここまでくれば、同じだ。
いつまでも隠しておいても、それで逆に、確執が生じる。


 それに、黒衣の人物への手前もある。

 彼が、まさかカーレルに対しての思いやりで、ハロルドから自国の悲劇を遠ざけたがっているとは思えないが、結果的に庇って貰っているというのに、それを良い事に、都合よくこちらの思惑を通りにしようといというのも、虫の良い話ではないか。



 ディムロスの言葉に、ハロルドは振り返った。
黒衣の人物も、ディムロスが何を言いだすのか、と訝しげな表情を浮かべる。

 「・・・私が説明してやろう。」

 その言葉にぱちぱちとハロルドは瞬きをした。
なにがディムロスを心変わりさせたのか、いきなりの事で驚いている。
黒衣の人物は、何も言わなかった。
だが、軽く舌打したらしい。
対照的な反応だが、どちらもそれで納得したようだ。


 ディムロスは、その前に、と言って、黒衣の人物に向き直った。
「ここは、ラヴィ・ロマリスク国民の、墓、と聞いたが?」
「・・・正確に言えば、墓、のようなものだ。」
「慰霊碑、のようなものか?」
サロメは頷いた。
「参らせて貰っても良いか?」
サロメは同じように頷いた。
「死体、そのものは一体もないが、それでも良ければ。」
「では、誰も眠ってはいない?」
「・・・・・一部、だけなら大勢が眠っている。」

 ああ、そうか。
と思い、ディムロスは、三角の柱の前に膝をつく。


 それに習うようにして、黒衣の軍勢も静かに目を閉じた。
 
 敵にあたる地上軍の将校になど、参られたくないと拒絶するかと思ったが、そんな事は彼らは尾媚にもださなかった。
憎しみを浄化する術を、彼らは彼らなりに持っているのだろうか。


 ディムロスは頭を垂れた。
いつの間にかハロルドが横にきて、同じようにしている。


 ここには、彼らの国民が、大勢眠ってはいる。
一部だったのはたぶん、誰が誰だが、わからなかったからだ。


 だから、きっと。


 かき集めるようにして、一箇所に、静かなここへと運んできたのだろう。
ひっそりと、誰にも眠りを邪魔されない場所を選んで。

 そのことを思うと、胸がキリリ、と痛む。
どれだけ無念であったことだろうか。


 本当に、バカげている、とディムロスは思った。

 

 戦争など。
 

 始めるやつも、仕掛けるやつも、受けるやつも、全員。

 

 愚か者だ、と思った。

 

 

 

 

 

 

 

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こういう流れですから、次回こそ、過去の話が明らかになります・・・・・。 本当は今回で出てくる予定だったんですが・・・すみません;;
もう、本当スランプっていうか・・・・この回は、ストーリーが進まなくって、マジに参った;;
出てきたものの、なんの為にシャルティエがいるのか、分からないし;; ・・・本当はもっとサロメにつっかからせようと思ってたんですけどね;;

さて、今回、こういうだらだらした流れになっていますが、一応、狙ったのは、天上にいた短い間に芽生えたかもしれないサロメとハロルドの間の連帯感、が未だにあるか、ないか。 ・・・をここで記しておこうと思ってたのですが・・・・。
なんだか、私が思っている以上に、このふたりって・・・・・・・・。

 

(’05.08.12)