18

 

 

 


「今、使者としてではなく、ダイクロフトに地上から天上へと行く者があるとすれば、地上軍だけだ。攻め込むその軍にもぐりこませて貰い、ダイクロフトへと進入する。」


 天上の狙いが、果たしてどこにあるのか。
 まさか、神を信仰する国だから、特別扱いしてやろう、などと、あのミクトランが殊勝な事を言う訳がない。
 ならば、なにか理由があるのだ。
 この、ラヴィ・ロマリスクに対し、なにかを仕掛ける気なのだ。
 
 その思惑を探るべく天上には行かねばならない。だが、ラヴィ・ロマリスク皇国が天上に上った、という事実はあくまで周囲の国に伏せなければならない。
 返事は、灰色のままで時間を稼ぐ。
 
 秘密裏に天上に上ることはだが、難しかった。
 空からの監視がある今の状況では、不審な動きあらば、すぐに察知される。相手にそうと知られぬようにダイクロフトへと入り込むなどできようはずもない。
 ならば、天上に目的を持って向かう者、天上に向かう事がなんら不思議でない者に紛れる。
 攻撃する為に天上に向かう、地上軍ならば、目くらましにはうってつけだ。


「なんだか、あやふやだな。作戦、とも呼べん。そんなんで上手くいくのか?」
「難しいだろうな。」
 不満顔のヴァレリーに、あっさりとミゲルは同意する。
「長期に渡って相手の懐に入り込み、思惑を探れというのならできないでもないが・・・。限られた時間内でなにか、判断になるものを手に入れるなど、途方もない話だ。川の中から、特定の石を探してくるようなものだな。」
 冷静な言葉を聞かされ、ますますヴァレリーは眉を吊り上げる。
「じゃあ、初めから失敗するのが分かってるのに任務を引き受けたっていうのかよ。」
 怒るのを通り越して呆れ顔のヴァレリーが言うと、会議で決まった事に我々には選択権はない、と涼しい顔で、ミゲルが答えた。
「相手の腹の内を探ることほど、時間のかかる事はない。一度くらい出撃したとしても、そんなに都合よく証拠やら証言やらが手に入る訳もない。まったくの無駄という事くらい、連中がいくらバカでも分かっている。我らも、今回ばかりはあてにされてはいないだろう。」
「では、今回の作戦はなんの為にあるのです?」
 自軍の指揮官の言い草に、身も蓋もないとはこの事だ、と思いながら、ラルフィルドも口を挟む。
 その表情はヴァレリーと同じくらいに不満そうだ。
「言っただろう。ただの時間稼ぎだ。」
 ミゲルは言った。
「選択は初めからふたつしかない。天上とまみえるか、下るか。連中はその決定を引き延ばしにしたいだけなんだ。元より地上軍と手を組んで戦うだけの度胸があれば、戦争も終盤のこの時期に、こんな事態を招きはしなかった。戦争が始まった当初からそれを提案していたマーテル司教などは、苦虫を噛み潰したような顔をなさっておいでだった。」
 マ−テル司教には、優しい人柄の中にも、自分の意見を曲げない、という強い一面もある。通らないと怒る、というのではなく、他人の言葉に流されることない、自分の意思というものを持っている。どんなに立派な建前であっても、司教がそうと思っていないのなら、どんな口先の奇麗事を並べたててたところで、マーテル司教を納得させる事は、不可能だ。

 ラルフィルドはマーテルの人の良い顔を思い浮かべると、ふいに気になって、目の前の美貌の指揮官に訊ねた。
「ビショップも、我らは地上軍と手を組むべきだった、とお考えですか?」
「僕の意見など、どうでもよい。」
 ぴしゃりと言い切り、ミゲルはラルフィルドに返す。
 無碍に扱われた友人のその横で、あきらかに不満げなため息をつき、ヴァレリーが、やってられるか、と吐き捨てた。
「俺たちはそんな馬鹿馬鹿しい理由の為に、わざわざ出撃するのか?実りのない行動になんの意味がある。」
「だが、それが司教様たちのご意向とあらば、致し方あるまい。」
 心境は同じなのが分かる不満げな顔のまま、ラルフィルドがヴァレリーを正すが、ヴァレリーはそれでは
納まらない。
「くだらん。誰かが救いの道を見出してくれないかと、きょときょと回りを探りまくっているガキと一緒だ。」
「少しだけ、溜飲が下がった、という程度のものだな。」
 尚も悪態をつこうとしたヴァレリーも、それを宥めようとしていたラルフィルドも、怪訝そうな表情を浮かべて、指揮官の顔を見る。
 それに対し、少しだけ口の端を上げる、特有の笑みを浮かべて、ミゲルが言った。
「グランバル司教の事だ。」
「グランバル司教?」
「が、なにか?」
 あの卒のない司教において、なにか失態を仕出かしたとは思えない。
 ふたりが顔を見合わせると、それが気に入ったのか、ミゲルはくつくつ、と少しだけ声を出して笑った。
「明らかに他の司教たちよりも、青白い顔で動揺していた。あれは思惑が外れて、うろたえている人間の顔だ。」
「司教が。」
「この件に関与している・・・。」
 最近、グランバル司教が天上に対し、なにかしらの手を講じているだろう、という推察したばかりだ。
 それが失敗した。
 司教の期待は見事に裏切られ、逆にラヴィ・ロマリスクに、混乱の事態を招いた。

「グランバル司教が、何事を画策されたのかは、皆様の知られるところになったのですか?」
「いや、そこまでは。それが知れれば司教とて、ただではすまん。」
 では今ごろは、いつ事が露見し、自分の立場が危うくなるか、と戦々恐々としているだろう。

「そのグランバル司教だが。」
 物思いにふけりかかったラルフィルドは、総長の声に我に返る。
「はい。」
「・・・このまま、ほうっておくことはできない。窮鼠猫を噛む、という例もある。いざ自分の身が危うくなれば何をしでかすか分からん。」
「まさか、いくらなんでも司教が。ラヴィ・ロマリスクに対して、危害を及ぼすような事はなさいますまい。」
「さて、な。」
 慌てて言い返す副官に、指揮官は冷たく反応した。
「奴が、お前が言うほど、善人とも思えん。」
「しかし・・・。」
「それに関しちゃ、俺もミゲルに同感だな。」
 顎の無精ひげをさすりながら、ヴァレリーが言った。
 そのついでに、善人ですぐに人を信用するのはお前だ、とラルフィルドを茶化す。
「まあ、司教がなにかするかもしれない、位のつもりでいようぜ。・・・つまりは、今、司教を懐に抱いたままのラヴィ・ロマリスクを留守にするのは、危険ってことだろ?」
「そうだ。」
 ミゲルは頷く。
「騎士団は二手に分ける。ヴァレリーの第三団と、第四団は僕と一緒に、地上軍だ。後は・・・。」
「私も、作戦部隊の方に参加したいと思います。」
 ラルフィルドが言うと、一瞬、ミゲルは目を細めた。
「・・・では、お前も来い。後の団隊には、司教の動向に目を光らせつつ、残ってラヴィ・ロマリスクを守らせる。」
「はっ!」
 第一団長は副総長と決められ、総長、副総長両者が不在の時は、第ニ団、第三団の団長が指揮権を持つことが定められている。総長とラルフィルド、ヴァレリーとが一緒に行動することは稀だ。
 分かっていての申し出だったのだが、めずらしく自分の意見を取り入れられた事に、多少驚きながら、ラルフィルドは敬礼を返す。
 この指揮官は一度口にした自分の決定を、めったに覆さないので、有名だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 外は相変わらずの雪だった。


 つい最近までいた、第4駐屯地などは、ここよりも南に位置しているため、寒くはあったが、ここまでの雪は降らなかった。
 途切れることのなく落ちてくる雪の空を見上げ、地上軍の誉れ、と名高い若き軍師は、考える。

 第4駐屯地よりも、ここの方が非難してきている民間人が多い。
 ここの寒さは辛いだろう。あちらに移動することを提案すべきか。それとも、今の状態では、育った土地に近いここを離れたくないというだろうか。だったら、もう少し避難所の壁を厚くすることはできないだろうか。
 どちらにしても、そうなったら、人手が必要になる。
 果たして、すぐに許可がでるだろうか。


「ベルセリオス少将!」

「ベルセリオス少将!」
「・・・・・?」
 呼ばれ、我に返った軍師は声の方を振り返った。
「ベルセリオス少将、こちらにおいででしたか!」
 見覚えのない若い兵が、走り回って探したのか、息を弾ませて立っている。
「何か?」
「ベルセリオス博士から、通信が入っています!」
「・・・・・言いづらくないか?」
「・・・は?」
「いや、気にしないでくれ。」
 普段、自分たち兄妹は、ファーストネームで呼ばれている。
 気がついたら大勢に当たり前のようにその方法で区別されている。ディムロスなどは、ティンバーは軍内にひとりきりだというのに、やはりファーストネームで呼ばれているのだから、同じ名前だとややこしいからという理由だけではあるまい。などと改めてそんな事を思いながら、カーレルは通信室へと入る。
 通信機の前に座り、通話ボタンを押した。

「私だ。」
『ちーっす。今、暇?』
 返ってきた声には、緊張感は皆無だった。
 がっくりと肩を落とし、カーレルは答える。
「・・・暇なわけないだろう・・・。」
『あら、かわいそ。私はこれからお昼ご飯なの〜。なんと、善意の民間人から差し入れがあって、ステーキよ、ステーキ!牛を一頭捌いてくれたらしいわ〜。』
「・・・それは、どこ宛の差し入れだ?」
 牛一頭捌いたとて、軍人全員に肉が行き渡るわけはない。軍全体への差し入れではないだろう。
『医療班よん。大怪我して運ばれてきたところを、アトワイトたちの献身の介護のおかげで救われたってんで、そのお礼♪』
「・・・また、おこぼれに預かっているんだな・・・・。」
『いや〜、こっちは良いわ〜。医療器具も揃っているし、そっちに比べて、ガミガミうるさく言うやつも少ないから、伸び伸びできるし!第5駐屯地、最高!』
 
 1番新しい第5駐屯地は、そもそも、出撃の為に設けられた基地ではなかった。非難してきた民間人の収容と、重要企画会議室などのスペース確保が目的だった為、駐在する兵も他に比べて少ないが、その分、高性能な器具を一箇所に揃える事で、医療施設としての役割を大きく担えるだろうという狙いもあった。
 ハロルドは2週間前から、そちらに駐在している。

「それで、用件は?」
『ん、お願いがあって。「誕生日パーティの準備はOK。でも包み紙が必要なの。用意できる?」』
「・・・・・それぐらいは、なんとかしよう。」
『忙しいのに、悪いわね♪頼りにしてるわ、兄貴♪』
 最後の妹のセリフは単なるつじつま合わせとも思えない。
「調子の良いやつだ・・・。」
 思わずカーレルも苦笑する。
 いつ傍受されるともしれない伝達事項には、暗号は必須だ。
 遊びに模しているが、実際は計画の進み具合に関する報告だった。実際に傍受されれれば、暗号であるとは見抜かれるだろうが、意味まで天上にはわからない。

 


 そもそもは、この前の誕生日がきっかけだった。

 自分と同じ日に、22歳を迎える妹に、カーレルは聞いたのだ。
 なにか、プレゼントして欲しいものはないか、と。
 そうね〜、と少しだけ悩んだ後、(もしかしたら、ふりかもしれないと今のカーレルは思っている)戦艦が欲しいと、彼女は言った。

「戦艦?」
 くれと言われて、おいそれとプレゼントできる訳もないその内容に、流石のカーレルも、呆気に取られた。妹のいきなりな発言には慣れていても、それはいくらなんでも予想の範囲を超えていたからだ。
「そ。ものすっごく大っきなやつ♪」
「なにに使うんだ?そんなもの・・・。」
「ボケてんの?兄貴。戦艦の使い道なんて、戦争以外にあって?」
「・・・・・。」
 それで、カーレルはこれは戯言ではないと表情を引き締める。
 ハロルドは、誕生日のプレゼントの話などではなく、この戦争におけるなにかの計画を持ちかける気なのだ。
 それを見て気を良くしたようで、目を輝かせたハロルドが口を開く。
「設備は攻撃を工程したものでなくても良いわ。後々それは取り付けるとして、とりあえずは移動できるだけで良い。ベルクラントの射程範囲内から逃げられるようならね。」
「つまり、それは・・・。」
「作戦本部を移築するわ。」
「本拠地を・・・。」
「そう、もちろん、リトラー司令の駐在が必要よ。後は軍の幹部も駐在させられるようにと、突入時に兵士たち乗り込めるように・・・規模はざっと、ここに計算してあるから。」
 ぴらり、とハロルドは、カーレルに走り書きしたメモを見せる。
「我が軍の頭脳部を、地上の駐屯地から戦艦内に移す、という事だな?」
 メモを見ながら、ひとりごとのようにその内容を確認するカーレルに、もしかして寝起き?兄貴。とハロルドが不満そうにつっこんだ。
「今みたいに、ダイクロフトの移動にあわせて、その度に作戦本部を引越しさせてるなら、初めから本部ごと移動させちゃえば良いのよ。・・・それにいざという時は、攻撃を交わしながら逃げられるわ。今みたいなドタバタがなくなる分、長い目で見ればコストダウンだと思うんだけど?」
「ああ・・・。」

 ダイクロフトは、通常、その回りを外殻で覆われている。
 外殻により固定されているベルクラントの攻撃は、1日のうちに移動する大地のしくみによって無差別とされるものだ。
 空に浮かぶダイクロフトの真下に来た時、その大地こそが、ベルクラントの脅威にさらされる事になる。故に、同じ経緯度にいなければ、安泰という訳ではあるのだが、ダイクロフトは、その気になれば外殻を崩し、経緯度を移動して、また外殻を作り壁にする事ができる。
 外殻が落ちるたびに、本部はダイクロフトの居場所を確認し、その都度、ベルクラントから離れる事を繰り返してきた。ミクトランの気まぐれにより、今まで何度、本部を立て直しさせられた事だろう。

 確かにハロルドの指摘するように、コストも削減できるが・・・ダイロフトから逃れるにしても、出撃するにしても、本部を特定されにくくなるという点に置いて、今のままの体制でいるよりは、そちらの方が遥かに有利だ。


 カーレルは感嘆のため息をついた。
「まったくおまえというやつは・・・。」
 本来なら、軍師である自分が気がついて良かった、と今更ながらに思う。
「流石だよ・・・。」
 その声を聞いて、満足そうににっこりと笑った妹の顔に、カーレルは微笑返す。
 自分をやり込める事に、時々この妹は無償の喜びを感じているらしい。
「じゃあ、そっちは兄貴がなんとかしてくれるものとあてにして、こっちはこっちで進めて良い?」
「ああ・・・。」
 妹はこういう時はせっかちだ。思いついたことを具現化させるのに、一時も待ってはいられない。
これから、この件は会議にかけなければならないのだが・・・。
 きっと彼女の頭の中では、すでに戦艦の設計図ができあがっているのだろう。
 会議が大詰めを迎える頃にはきっと、全員に設計図を見せながら説明できる。そうすれば一気に畳み掛けて決定してしまうことも可能だ。
 カーレルは、頭の中で会議で唱える為の理論を組み立てながら、妹に向かって答えた。
「まかせろ。」

 

 

  ハロルドは今、第5駐屯地で、その時の、ラディスロウという戦艦の作成に着手している。

 規模は逆に、当初の予定よりも大型なものへとなったが、それは回りの期待がいかに大きいかを察するパラメーターでもある。
 ハロルドの言う「誕生日プレゼント」とは、ラディスロウ計画の進み具合、そして「包み紙」とはそれを覆うもの・・・外壁などではなく「費用」のことだ。
 大型船を造る以上、経費も莫大だが・・・今はそんなことを言っている場合でもない。他の経費を削ってでも、ラディスロウにつぎ込まなければならない。
 多少、頭は痛いが(上層部からいやみを言われるに決まっている)最重要課題である事は変わらない。それでなくても予定よりも遅れているのだ。(ハロルドの要求に応えることは、一流の技師たちでも難しいらしい)
 
 出来上がった後、それまで以上の見返りがあるのは間違いない、という事が今は救いか・・・。

 だが、人は、上手くいったものに対しては、それが当然という態度しか示さない。
 文句のある時だけは、目を輝かせて、捲くし立てるものだ。
 カーレルは苦笑し、それも中堅どころの役割か、とひとりごちる。
「そのうち、出世してやる・・・。」
 通信を切った今となっては、その冗談に笑ってくれる人は誰もいなかった。

 

 


 
 

  少しの間、誰もいない通信室で考え事をした後、カーレルは立ち上がった。
 いつまでもさぼっていられるほど、気楽な身分でもない。
 きしみをあげるドアを開け、薄暗く壁の隙間から寒さの吹き込む廊下を、リトラー司令の執務室へと向かう。
 費用の件を、承知して貰わねばならない。
 そうして、数歩もいかぬうち、またもやカーレルは呼び止められる。
 さきほどの分も含め、朝から何度目のことだろう。

「・・なんだ?」
 ため息混じりに振り返ると、兵士は、恐縮したように敬礼を返して言う。
「あ、すみません、その・・・。リトラー司令に直接、取り次ぐのもどうか、と思いまして・・・。」
「言い訳は良い。用件を言いなさい。」
 そっけなく返され、兵士はますます恐縮したようだった。
「はい。自分は出入り口の歩哨の見張りをしていたのですが・・・。怪しいやつらが、リトラー司令への面会を申し出てきました。」
「怪しい?」
 それを聞き、カーレルは眉を吊り上げる。
「主観で物を言うな、と伝えたある筈だが。まあ、良い。どう怪しいんだ?」
「はい。数十人で形成された軍、のようにも見えるのですが、傭兵のような感じでもなく・・・。全員、全身黒尽くめの服を着て、ひとりを除いては誰も口を利かず、その姿が大変無気味で・・・。」
「感想はどうでも良い。他にはなにか?いきなり来て、リトラー司令にあわせろとだけ言ってるのか?」
「いえ、『鶫が来た』と伝えろ、と。訳がわかりません。」
「・・・鶫?」

 ・・・黒い、鶫か。

 それでカーレルは合点がいった。
「分かった。2〜3人だけを第2会議室へと通して、後はそこで待て、と伝えろ。・・・私が会おう。」
「え・・。よ、宜しいのですか?」
「ああ。できれば協力を取りつけたい相手が、向うから来たのだ。無碍に追い返す必要もないだろう。」
「・・・は?」
「早く、しろ。」
「あ、は・・はい!」
 敬礼して去っていく兵の後姿を見ながら、カーレルは、さて、凶とでるか吉とでるか、と考える。もっとも考えていても意味のない事だ。話を聞いてみないことには、始まりすらしない。

 

 

 

 

 会議室で待っていたカーレルの前の現れたのは、3人だった。
 ふたりは、参じた二団隊のそれぞれの団長だという。
 彼らは、報告通り全身を黒い軍服で統一していた。そのうえ、顔の下半分をやはり黒いスカーフのようなもので覆っている。カーレルがその事を指摘すると、無礼を詫びながら、黒いマスクを取り外した。
「失礼した・・・。さきほどまで吹雪いていたので、防護していたのだ。顔を隠したい訳ではない・・。」
「それは良いが。それで、そちらは?おふたりは、第一、第三団長だという話だが。後ろの方は、どのような立場の方かご説明頂けるか?」
 会議室まで通したはしたが、それで信用したという事ではない。
 カーレルが相手を探るように目を細める。
 金髪に碧眼の第一団長、ブラウンの髪に緑の瞳の第三団長の後ろ、ふたりの守られるような位置に、もうひとり立っている。
 烏の濡れ羽色の黒き光沢を放つその髪が、黒い軍服の上ではさらに、他のふたりよりも一段とトーンを暗くしている。
 背はけっして高くなく、体つきも細い。柔軟なイメージはどことなく中性的だ。
 だが、周囲の空気にけっして溶け込まないなにかが、その人にはあった。


「・・・黒鶫騎士団総長、ミゲル・カサドラ・イシュタル・・・。」
 カーレルに示され、白い面を覆う、黒い布を取り去りながら、その人物は名乗った。
「お初にお目にかかる・・・。」
「・・・・・!」
 人間の顔を見て、息を呑む、という経験を、カーレルは初めてした。

 ただ、整っているでは適切ですらない。
 陳腐で月並みであっても、美しい、という以上になんと表現をしたら良いのだろう。
 顔を隠していた時とは反対に、印象は女のものではなかった。
 それは、引き締まった表情の精悍さによって与えられるものだろう。
 男女という枠をたやすく超え、神々しいまでの存在感さえ感じさせる。

 相手は、思わず見入ってしまったカーレルの不躾な視線にも、微動だにしなかった。
 それは、自分の美貌を晒した時の相手の反応に、慣れているからに違いない。

「失礼だが・・・。」
 カーレルは言った。
「総長、とは総大将という意味で取って宜しいのか?・・・貴殿は、ずいぶんとお若く見受けられるが?」
 相手の美貌に、少しだけ笑みが浮かぶ。 
 親しみのものではなく、皮肉を含んだものだ。
「貴殿も、軍の要人にしては若いと思うが?私は、これでも成人している。」
「失礼した・・・おいくつで?」
「21だ。」
 そんなことになんの意味がある、と言わんばかりにそっけなく相手は言い捨てる。
 
「それで、わが軍の司令官への面会をご希望されているとの事ですが。」
「そうです。」
「その前に、私が話を伺いましょう。」
 どこの軍でもいきなり司令官に会わせて貰える事などない。
 ラルフィルドは、当然の事と頷き、かいつまんで説明する。
 天上から使者をよこせと通達があったこと、ラヴィ・ロマリスクとしてはこれを承諾するつもりがないこと等。
 ラルフィルドが説明をしている横で、黙ったまま、ヴァレリーは地上軍の軍師だという男を観察していた。
 相手はずっときちんと背筋を伸ばし、誠実な態度で、ラルフィルドの話を聞いている。
『・・・どことなく・・・。』
 自軍の総長の姿をちらりと見ると、腕を組み眠っているかのように目を閉じ、微動だにしない。
『似ている・・・。』
 表面上はどこにも共通点は見られない。
 相手の軍師は、物腰もやわらかく、どことなく穏やかだ。
 激情にまかせることも、それによる失態をすることもないだろう。こちらの話を聞く態度にも、寛容さも伺える。
 だが、どこかで油断がならない、そうも思う。
 優しげな表情のその奥に、喉笛を噛み砕こうとする狼が潜んでいる。そんな気がする。
 彼らの上司もそうだ。
 もっとも、表面からして、冷たく近寄りがたい雰囲気をかもし出しているのは対照的だが。
 その姿のもっと奥に、時には残忍なほどの一面を潜ませている。
 
 「・・・お話はわかりました。」
 ラルフィルドの話を一通り聞き終え、カーレルが言った。
 だが、その後の言葉が続かない。
 一旦、口をつぐみ、品定めをするかのように、こちらを見返してくる。

 なんともいえない雰囲気の間が、落ちた。

「・・・ですが、どうにも理解できない。」
 唐突に、カーレルが一言言い放ち、そして、また口をつぐんだ。
「・・・なにがです?」
 思わずラルフィルドが聞き返すと、ちっと短く、ミゲルが舌打ちをした。
 カーレルの態度にではなく、ラルフィルドに対しての苛立ちだろう、とヴァレリーは思う。
 無言の時間に耐え切れず、ラルフィルドはカーレルの話を聞こう、という体制になってしまっている。交渉を仕掛けたならば、ただでさえ、立場的にはこちらが下だ。多少でも懇願の姿勢を取ってしまっては、一方的に足元を見られるだけだ。
 真っ向正直なラルフィルドは、この手の駆け引きに向かない。
 カーレルが言った。
「あなた方に、我らと共に天上に向かう必要性があるとは思えない。」
「それは・・・。」
 戸惑って、ラルフィルドは言葉につまる。
「来い、と言われたのだから、行かれてみれば宜しいのでは?」
「しかし、それでは・・・。」
「リ・ヴォン信者たちの不信を買うのを恐れているというのなら・・必ずしもそうとは言えないでしょう。むしろ天上の要求を聞き、納得できる範囲のものであるなら、協定を結ぶなりなんなりして、ベルクラントの攻撃対象から外させる約束でも取り付ければ宜しいのでは?他国も含めての約束なら、むしろ、命の保証をされただけでも、感謝されるでしょう。」
「では、ラヴィ・ロマリスクに、天上の下僕になれ、と?」
 怒りのあまり青白く顔色を変化させたラルフィルドが声を硬くしても、カーレルは動じもしなかった。まずい、とヴァレリーですら思った。こちらが先に冷静さを失えば、相手の思うツボだ。

「場合によっては。それは交渉をされる方の手腕にかかっているでしょう。」
 その時、カーレルの顔に浮かんだ笑みは、穏やかながらも冷たいものだった。
 それを見て、喰えないやつ、と思いながらヴァレリーが会話に割り込む。
「もし、そうなったとして。」
 割り込まれ事にも、不快な表情を見せず、カーレルはきちんとヴァレリーを見返す。
「このまま帰してくださるのか?我らが天上に下れば、敵だろう。見過ごす手はないんじゃないか。」
「ええ、でもまだ敵と確定された訳でもありません。」
 にこりと笑い、カーレルが言う。
「あなた方が帰るというなら、止めるつもりはない。この件は、私の胸のうちにしまっておきましょう。」
 ああ、そうか、とヴァレリーは思った。
 つまりは、天上と敵対するというはっきりとした意志を示さない相手など、協力するに値しない、という事なのだ。
 こちらの意志が地上の近かろうとも、どちらにつくか、地上からしたら分からない。そんな曖昧なことで、都合良く利用されては叶わないのは、こちらとて同じだ。

「貴様の言うとおりだ。我々は別にどちらでも構わない。」
「・・・ビショップ・・・!」
「おい、ミゲル・・・。」
 しばらくぶりに口を開けば、なにを言い出すのか、とふたりの部下は慌てて、自軍の指揮官の顔を見る。
「そもそも、こちらとしてはより有利な方と手を組むつもりだった。今回はその判断材料を集める為の画策でしかない、と認めよう。貴殿の指摘したように、我らに協力したところで、地上軍にはなんの見返りもない。」
 こいつまで頭にきて、物別れでもする気か?と一瞬、眩暈を覚えたヴァレリーだったが、はたと我に返った。
 抜け目ないこの総長が、そんな事をする訳はない。
「だが、我等は。」
 鋭くカーレルを見据え、ミゲルは断言した。
「ミクトランの誇大妄想に付き合うつもりはない。」
「・・・・・・・。」
「我等の神は、我らが女神のみ。王はふたりもいらぬし、他に頭を垂れるくらいならば死を選ぶ。命より、我等は我等の信念を選ぼう。」
 ミゲルの言い方は、どうしても熱の感じられるものではなかった。長く説明するのも面倒だというように言い捨てる。
「それが詭弁でないと、どうやって証明します?」
「天上に宣戦布告をしろ、というならしてやろう。」
 なんでもない事のように、ミゲルが言った。
「だが、それをしたところで、我等にどんな利がある?地上軍と同盟を結んでいる訳でもないのに。」

 ヴァレリーが見ると、カーレルの顔にはさらなる笑みが浮かんでいた。まるで宣戦布告を受けたのが自分だとでも言うように、面白そうにミゲルの顔を見ている。
「つまりは・・・。」
 カーレルは言った。
「私たちが選べ、と?」
「それも、そちらの自由だ。」
 そっけなくミゲルは答える。
「必ず、我等は天上とは敵対する。地上軍に刃を向ける事はないという事だけは、断言しよう。そのうえで、我等と同盟を結ぶも結ばぬも、好きにするが良い。我等の方には、どうしても地上軍と肩を並べなければならない理由もない。・・・・だが、そちらには、あるのではないか?」
「ええ。」
 カーレルは即答する。
「ラヴィ・ロマリスクは豊かな国だと聞いています。」
「ああ。」
「参拝者は未だに後を絶たず、その美しい街並みを見た者たちの間では、南の宝石とも呼ばれているとか。信仰というものには、事情も貧富も関わらない。リ・ヴォンを信仰する同盟国からの支援もあり、この戦況下になりながら、物資に事欠かない、と。」
「そうだ。」
「地上軍は枯渇している。それを潤えるだけの蓄えが、ラヴィ・ロマリスクにはありますか?」
 その時、ミゲルが少しだけ笑った。
「いつの時代も信仰には、こちらが頼んでもいないのに、布施も寄付もついてくるものだ。他国に援助をしても、それは余りある。」

 

 

 


「簡単に相手の手に乗せられるな。このバカが。」
「申し訳ありません・・・。」
 申し出の件は会議にかけましょう、と言い残してカーレルは去り、客人として宛がわれた部屋で、ミゲルはラルフィルドを叱責する。
 怒られたラルフィルドは子供のように居心地悪そうに、床の1点を見つめている。
 確かに、ラルフィルドは駆け引きが下手だ。
 だが、今回ばかりは仕方がないだろう、とヴァレリーがラルフィルドの援護に回る。
「あんな巧みにやられたんじゃなぁ・・・。こちらの心情を見事に逆手に取られた・・・。流石は天才軍師と謳われているだけの事はある・・・。」
「それも、初めから予想できなくて、どうする。」
 ミゲルには、少しの手加減もない。
「まあ、良い。どちらにしろ、向こうは要求を呑むだろうからな。」
「・・・どうしてそう思う?」
「言っただろう、どちらでも良い、と。」
 手ごたえはあった気がするが、それは断言するに早いのではないか、と訝しげるヴァレリーに、ミゲルは言った。
「それは向こうとて同じ事。だが、我等と手を組む事に、地上軍にとって、不利益になる事などなにもない。むしろ、敵に回られた方がやっかいだ、というのが本音だろう。こちらには、地上軍ほどの武力はないにしろ、後ろには何万というリ・ヴォン信者がついている。それが、根こそぎ天上側についたりしたら、この先、やりにくいだろうからな。」
「しかしな〜・・・。」
 ヴァレリーは言う。
「なんだ?まだ不満でもあるのか?」
「いや・・・。天上と敵対する、ってのは俺たちの希望だろう?むしろ、やつの言うように、ミクトランとの交渉次第では、天上に与するという結論を、国が出さないとも限らない。あんな風に断言しちまって大丈夫なのか?」
「案外、心配性だな、お前も。」
 ミゲルは笑った。
 そして、その笑みを絶やさぬまま、ヴァレリーにだけ、小声で言う。
「そんな事にはさせない。なんの為に僕は、フェザーガルドと結婚するのだと思っている?」
「・・・・・・・。」
 そうだった。
 ヴァレリーはその笑みに浮かぶものに、邪悪ささえ感じて目を逸らした。
 この総長は、昔からこうだったのだ。
 久しぶりに見たその素顔に、嫌な気持ちになるかと思った。
 だが、意外にも、胸のうちに浮かんだのは、腑に落ちた。そういう感想だけだった。

 

 

 

 

「ラヴィ・ロマリスク・・・か。」

 カーレルの報告を受け、緊急に開かれた会議での結果は、概ねで、ラヴィ・ロマリスクと同盟を結ぶ事に賛成、というものだった。
 そもそも切迫した費用は、最も頭を悩ませている事柄だったし、相手の国の体質が体質だけに、敵対するよりも、味方にしておきたいという意見の方が圧倒的だったのだ。

 リトラーを初めとする軍の幹部は全員、その国を当然のように、知っていた。
 なかには、身内に熱心なリ・ヴォン信者がいるものさえいる。

 

「しかし、全ての話を信用してもよいものか・・・。」
 賛成意見を出しながらも、眉間に皺を寄せながら、第4駐屯地の責任者を担う中将が言った。
「はい。」
 それに対し、カーレルも頷く。
「・・・その疑いは、私も持っています。同盟を結ぶ事はこちらの利になりこそしますが、それで彼らを一方的に信じるのは、いささか危険かと。」
「何かの罠やもしれぬ、という事か?」
「あるいは。・・・ですが、平等の精神を掲げる信仰の国が、陰でミクトランと手を組んでいるというのも、腑に落ちない。」
「だとしたら・・・どう思う?」
 会議用の大きな机の1番端で、カーレルの顔を見返し、リトラーが言った。
「なにかあるのでしょう。」
「なにかとは?」
 異口同音で、質問してくる会議室の面々に、それはわかりません、とカーレルは返す。
「ですが・・・。天上が目をつけた理由が、がラヴィ・ロマリスク皇国にはあるのでしょう・・・。もしくはリ・ヴォン教そのものに、か。自身を神として君臨しようというミクトランが、己たちの神を絶対とする国に、親しみを持つとは思えない。」
「・・・その意味での、なにか、か。」
 リトラーは言った。
「・・・ラヴィ・ロマリスク側は、すでに通達されたそのなにかについて、事実を隠している、という事だな。」
「・・・あるいは、本当にミクトランからの通達がなされておらず、ラヴィ・ロマリスク皇国でも、その理由に思い当たっていないという事もありますが。」
 カーレルは、先ほど渡り合った黒鶫騎士団の総長の、ほくそ笑みにも似た笑いを思い出す。
 こちらの反応を楽しんでいるのか、もしくは、どうせ分からぬだろうと鷹を括っているとも見える。
「・・・おそらくは、ミクトランの狙いがどこにあるのか検討はついている、とは思います。」
 だが、きっとあの男は、いずれはこちらが・・・というよりも、カーレル自身が、気がつくだろうと思っているだろう。
 あれは、挑戦というよりも、遊びを仕掛けた時の表情だ。
 誰に分からなくても、自分には分かるだろう、と赤の他人に思われている。
 味方でもない人間に、いきなり高い評価を下されるのは、こんな妙な気分になるものなのか、とカーレルは思った。
 まるで、期待されているかの、ようだった。

 

 

 

 

 

 

 

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これでやっとカーレルが出てきました・・・。別に信頼しあう関係になる訳ではないので、睨みあいで宜しいか、と。
細かいことですが、ミゲルの名前に頭を悩ませました・・・。日記にあるように、セフィロト、クリフォトをもじった名前にする予定だったものの、アレに仰山でてきていたから・・・。 イシュタルはオリエント神話の愛と美の女神・・・ヴィーナスとは違って、なんだか色々な武勇伝(?)がありますが・・;; 実際は古代バビロニアの首都にあったイシュタルの門をもじろうとした、その名残。 ミゲル・バビロニア・イシュタルにしようかと思ったのですが・・・なんだかな〜・・・。 ジューダスを連想させて、ミゲル・カサドラ・イスカリオテも候補にありましたが、こちらもあまりなので・・・;;
回想編はまだ続きます・・・。

(’06 1.29)