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 始めに気がついたのは、ハロルドだった。
「・・・・・おかしいわねぇ?」
「なにがだ。」
ハロルドの方を見向きもせずにバルバトスが聞いた。

 天上軍の調査隊とおぼしき一群が降りてきて、すでに数時あまり。
どうも、動きが緩慢で、のんびりしすぎている。
始めは、上から人を見下ろすのが好きな連中だから、地上に降りてきた時、その厳しさに耐え切れないのだろう、と思っていた。
だが、それにしても時間がかかりすぎだ。


 「第一、この道を行ったら、一度通った場所へ・・・。」
一瞬で、ハロルドは自分が判断を誤ったのを知った。
その次にうかんだのは、まさかという思いだった。
まさか、私を、兄さんの考えを敵が読んでいるわけはない。
そう踏んで、タカを括りすぎていた。
信じられない。
そんな事があるなんて。
それが、ほんのわずかの遅れを取ったのだ。


 「戻って!」
ハロルドはあらんかぎりの声で叫ぶ。
「なんだと!?」
バルバトスが焦った口調のハロルドをふり返る。
その顔に浮かんでいるのは憤怒の表情に近い。
自分の行こうとする方向を邪魔されると、この男は怒るらしい。
だが、そんな事はどうでも良い。
「たぶん、これはワナよ!嵌る前に戻って、態勢を立て直さないと・・・・。」
その時、ハロルドの目に吹雪の中に浮かぶ、黒い一団が見えた。
四方を見渡せば、自分たちを囲むように黒い影の一群が迫ってきている。
静かに身に迫ってくるその影が不吉の象徴に見えて、不気味だった。
逃げ場がない事に気がついた兵たちは動揺し、一気に隊列は乱れた。
だが、そのひとりも逃がさぬよう、取り囲む黒い一団はじりじりと近づいてくる。
徐々に狭まってくる距離に、後退していくハロルドたちはしだいに一箇所に集められていった。
ついに、全ての兵達の背中が、互いに届きそうなほど近づいた時、取り囲む一団の中から、まるで白い視界の中から急にぬけだしてきたかのように、ひとり、黒衣の人物が前に出た。

 

 それは、華奢な体躯で、とても剣士や戦士には見えなかった。
だが、物腰は落ち着いていて、どこか威厳めいたものを感じさせる。
「気づくのが遅かったな。」
影としか形容できないほど全身、黒い服を纏った人物が口を開いた。
それは少年のように見える姿から想像するよりも低く、落ち着いた声音だった。
「バルバトス・ゲーティア」
ぴくり、とバルバトスが眉をあげ、
「ハロルド・ベルセリオス」
「なによ?」
名を呼ばれ、ハロルドが反応する。
「一緒に来て貰うぞ。」

 ハロルドは片眉を上げた。
「来てもらうって言われてもねぇ。」
そろそろと袖の中で手を握る。
「はい、そうですかっていくかっての!」
ハロルドが腕をふりあげ、袖の中に隠し持っていたナイフを黒衣の人物に投げた。
それをいつの間に抜いたのか、細身の剣で払われる。
「うおおおおおお!!」
咆哮をあげ、バルバトスが腕を振り上げた。
その近くにいた数人の兵士が切り裂かれ、どう、と地面に倒れる。
「ふざけるな!」
バルバトスが吼える。
「この俺の相手が!この俺を捕らえに来たのが、貴様の如き、小僧だと!?」
黒衣の少年は、チラリとバルバトスを見ると、すぐに視線を戻し、うるさい奴だ、とつぶやいた。
同時に一斉に兵士がバルバトスに飛び掛り、それを合図にしたようにあちらこちらで、刃の交わる男が響き始めた。

 バルバトスの斧が空を切り、うなりをあげて、天上軍の兵士の体を叩き割った。
そして斧を片手で引き抜くと、そのまま黒衣の細い腹を狙って横薙ぎに振るった。
黒衣の体がそれを飛び退ってよける。
バルバトスは体勢を崩したその隙を逃がさず、上段から叩き付ける様に斧を振り下ろした。
ギィンと刃の噛み合う音が響き、少年の剣がその攻撃を防ぐ。
だが、バルバトスの一撃の重みに一瞬、腰が沈む。そこを狙いバルバトスは斧を掬うように振り上げた。
その斧の刃を、少年が抜き身のままの剣先で防いだ。
少年は、体躯の差そのものに攻撃も軽い。
だが、そのスピードは逆にバルバトスの動きの大きいそれとは段違いに早い。
「ほう・・・。」
自分の攻撃を2度に渡り防いだことで、少しは楽しめる相手だったか、とバルバトスは笑う。
「貴様、双剣使いか。」
「だから、どうだと?」
目の前に交差する2本の剣にバルバトスは大きく身を振りかぶり、はじけ飛ばすように斧を振るったが、少年はそれより早くバルバトスのふところに飛び込むと、目の前の肉壁を剣で切り裂いた。
バルバトスの腹から鮮血が飛び散る。
だが、それは、致命傷になるほど、深い傷ではない。
バルバトスは自分の損傷には気もとめず斧を薙ぎ、少年を狙った。
横へ飛び、少年はそれをかわす。
そこへもう一度、バルバトスの一撃が振り降ろされ、双剣が交差してその刃を受けた。
ぎぃんという音と共に火花が散る。
「ちっ。」
どちらも舌打ちをする。
一旦、ふたりは体を引き、間合いを取る。
次の攻撃は少年の方が早かった。
剣先が弧を描き、バルバトスの肩を切り裂き、血が飛んだ。
「ぬるいわ!」
バルバトスが吼え、それと同時に少年の頭を目掛け、バルバトスの斧が迫る。
少年はそれを右へとかわしたが、バルバトスはその動きを読んでいたかのように拳を叩きつけた。
がっ、っという音と共に少年の体が宙に舞った。
直撃こそまぬがれはしたが、バルバトスの力に、簡単に吹き飛ばされる。
「これで終わりだ!小僧!!」
その隙を逃さず、バルバトスは渾身の力をこめた斧を振り下ろす。
だが。

 「なんだと!?」
突如、バルバトスをめがけ、三筋の光の束が飛び、胸で一気に落電した。
「何だ!?これは!!」
「!!晶術ですって!?」
ハロルドの細い、驚きの声が飛んだ。
と同時にバルバトスの足元から黒い刃が突如出現し、斧を切断し、バルバトスの体を切り裂く。
「ついでだ。」
その声にあわせ、バルバトスの胸が裂け、十字の深い傷から血が噴出した。
バルバトスが始めて見る晶術にひるんだ隙に、脇で構えていた兵士がいっせいに飛び掛り、バルバトスはそれらを殴り飛ばし蹴り飛ばして薙ぎ払った。
「・・・むう・・。」
バルバトスが立ち上がった時、その喉元に剣先がぴたりと押し当てられる。
バルバトスは少年を睨んだ。
少年の手は震えもせず、紙一枚の隙間を残し、バルバトスの喉元を狙っていた。
動けば、たちまち、その剣先が横に滑るだろう。

 動きの止まったバルバトスの体を鋼鉄の鎖がいく重にも捲かれていく。
その鎖の束が、バルバトスの腕力をもってしても一気には断ち切れないほどになった時、少年は右手をバルバトスの頭に向けた。
「何をする気だ。」
「少し眠っていてもらう。」
その声と同時に、白い稲妻がバルバトスの頭を直撃し、さすがのバルバトスももんどり打って倒れた。
「至近距離で、デルタレイを頭に直撃されれば普通は死ぬが・・・。」
少年は右手を黒い外套の中に戻す。
「こいつなら大丈夫だろう。」
どう、という音と共に地面に沈むバルバトスの体を十数人の天上軍兵士が取り囲み、ひきずるように連れて行く。


「さて。」
少年はすでに四方を囲まれ、取り押さえられるハロルドに向き直った。
「次はお前だが?」
その口調は冷めていて、一切の感情が篭っていない。
「大人しく従うなら手荒なマネはしない。叩き伏せられるのが趣味だと言うなら止めはしないが。」
ハロルドは黒衣の人物の顔を睨みつけた。
一瞬の間が出来る。
答えないハロルドに舌打ちし、少年が兵士たちに命じた。
「連れて行け。」
そのまま、ゆっくりとハロルドに背を向け、歩き出す。
気を失ったままのバルバトスとその他の捕虜を引きずって、天上軍兵たちがそれに続く。
「ちょっと離しなさいよ!自分で行くわよ!離せってのがわかんないのー!」
後方からハロルドの喚く声がしたが、黒い影はちらりともそちらを振り返らなかった。

 

 

 


 親友の横顔を盗み見ながらディムロスは複雑な思いをしていた。
感心と、同時に相手に対する心配と。
『この男は、本当に取り乱さない・・・。』
カーレルはリトラーの横で、いつもの冷静な物腰のまま作戦の全報告を受けている。

 ハロルドとバルバトスが――あのバルバトス・ゲーティアが――天上軍に捕らえられたと聞いたとき、ディムロスは真っ先にカーレルの顔を思い浮かべた。
彼が慌てふためく姿は想像できなかったが、それでも心中が穏やかな訳もない。
たったひとりの妹が敵の手に落ちたとなれば。
だが、今、目の前のカーレルの表情からは動揺の類は少しも読み取る事ができない。
それは軍師であるという立場からなのか。
それとも、己に課した何かを礎にしているからなのか。
感情の動きを微塵も覗かせず、静かに佇んでいる姿には、感心させられると同時に、妙な苛立ちすら感じてしまうのは、何故だろう。
もしも、とディムロスは思う。
もしも、例えば、恋人のアトワイトが捕らわれたりしたならば、自分はここまで冷静でいられるだろうか。


 「以上です。」
兵士の報告が終わり、状況を把握した一同の間に、しん、とした空気が流れる。
重く圧し掛かるような空気の中、誰もが口火を切るのを躊躇っていた。
自軍の悲報にというよりも、目の前の人物に対する気遣いの方が、その場を硬直させている。
「バルバトス少将とハロルドが捕らえられたのは誤算でしたが。」
その中、言葉を発したのは、他でもないカーレルだった。
「まあ、仕方がないでしょう。」
「カーレル、ハロルドは・・・。」
ディムロスが伺うようにカーレルを見た。
隣に立つイクティノスもカーレルを見る。
ふたりの視線を、何もないような態度で交わし、静かな声でカーレルは言った。
「いくらあの子でも、こちらの機密を漏らすような事はしないでしょう。ご心配なく。」
「そうではない!」
声を荒らげて、ディムロスは一歩、カーレルに詰め寄る。
「彼女を救出しなければならない!その作戦はどうするんだ、と聞いているのだ!」
「ああ。分かっている。」
自分に代わり激高する親友に感謝を覚え、カーレルはその口調を軍師から友人のものへと崩した。
「あの子には、天上軍の命運をかける武器の制作という仕事もある。私個人の希望を抜いたとしても、ハロルドは取り戻さねばならない。」
カーレルは壇上のリトラーを振り仰いだ。
リトラーも無言で頷く。
「問題は、敵側の意図、なのだ。」
「意図?」
「そうだ。天上側が果たして、どこまで把握してハロルド・・・とバルバトス少将を連れて行ったのか、という事。ただ単に、地上に降りてきたところに出くわし、撃退して捕虜にしたとは思えない・・・。陽動作戦のつもりが、こちらが逆に陽動された、と見て良いだろう・・・。私の判断ミスでもあるが。」
己の非を認めるカーレルは言った。
「だとしたら・・・間違いなく、敵側は目的を持って、バルバトス少将とハロルドを連れて行った、という事だろう・・・。」
「目的を持って連れて行かれたのならば、命の保障はされている・・・。」
「そうだ。」
ディムロスの言葉にカーレルは頷いた。
「しばらくはそれで、時間稼ぎが出来る。幸運にも未だにこちらはアンズスーンを押させている。いざという時の足がかりには調度良い。今までと違って地上からの出撃ほど時間は掛からないし、そして、天上の目もそちらに裂かれる。ハロルドとバルバトス少将にばかりに注意を向けてもおられまい。取り戻そうとやっきになっているはずだからな。その間にこちらも作戦を立て直す。効果的で、確実な作戦を。・・・そう思うのだが?」
一旦、カーレルが言葉を切り、ディムロスの言葉を待ったが、ディムロスは無言で同意している事を示している。カーレルは続けた。
「それに、この一連の天上軍の動きと、この捕獲劇が関係あるのだとしたら、必ず敵側はハロルドに接触してくるはずだ。ならば、彼女が戻ってきた後に、我々が知りたかった情報も明らかになる。そこまで楽観視はできないが・・間諜を差し向けたようなものだと思えば良い。」
カーレルが言葉を切ると、横でイクティノスは感心したように溜息をついた。
「さすがは軍師殿だ。そこまでの考えが、すでにおありとは。」
イクティノスの褒め言葉はめずらしいのだが、カーレルはそれに対して、にこりともせず
「常に不測の事態がありうると言う事を肯定しているだけです。」
と言った。

 

 

 

 

 

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下書きで出来ている関係上、短くって申し訳ありません・・・。 とりあえず、2話です。
しかも、ほとんど戦闘シーンで・・・嫌いな方は、そこは飛ばして読んでください; でも、結構、戦闘シーンって書くのは面白いのですよ^^ まあ、うちはTODの設定が生きてないものが多いので、たまにはいいか、と・・・。

ところで、その設定なのですが・・・・。
TODの世界ではソーディアン以外は、晶術を使えなかったものがTOD2ではレンズ使えるようになっていたりと、曖昧にされている場合が多いのですが・・・。
そもそも 晶術が使えたというのであれば、ソーディアンがあれほど特別視される必要はない訳で。 そこの疑問を、ノベライズでは矛盾なく説明されていたので、それになぞらせて頂きました。
つまり、この時点では、晶術は未だにハロルドひとりの実験段階にあり、彼女自身も未だに使った事はない・・・。 知識としてもまだ新しく、ハロルドから直接、説明を受けていない者は、同じ地上軍であろうとも知っている訳ではない。 そういうカタチになっています。 故に、ハロルドは晶術を知っているが、バルバトスは見たこともない、となります。

さて、謎の人物が出てきてますが・・・・。 彼の正体はおいおい、と。 先にネタばらしをしますと、ジューダス自身ではありません。
ただし、ジューダスと同一視をされても、問題はないという・・・(笑)
それも物語の終盤にかけて、解かるようになっていますので、しばらくお付き合いください。

 

(04'10.09)