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 その日記の、一連の事件に関する記述は、これからの不吉な予兆の一旦もなく、淡々と始まっていた。
 


 書いた兵士は、結局、地上軍駐屯地へは2度と戻ってこなかった。
 書き記した主を失ったまま、その日記は、後日、軍内部を廻りまわって、報告書と共にカーレルの手に渡ったのだ。
 リトラー司令の、この1件に対し証拠の類の隠滅を一切禁止、もしも背く者あらば厳罰を持って対処する、という命令が速やかな下されなければ、あるいはこの日記も、誰の目に触れる事もなく、密かに処分されていたかもしれない。

 

 

 

 


 10月3日

 本日、ラヴィ・ロマリスク皇国の護衛の任を授かる。


 私自身はそうではないが、私の叔母夫婦がかねてよりリ・ヴォン信仰をしており、ラヴィ・ロマリスクの知識を多少持ち合わせていることもあっての、人選ではないか、と思う。
 以前、巡礼に赴いた叔母たちの話では、ラヴィ・ロマリスクはまるで楽園の如き、美しい国だと言う。
 この目で見るのが楽しみだ。
 だが、出立前、カーレル軍師から直々に気を抜くな、との言葉を頂く。
 ラヴィ・ロマリスクとの今の関係が大変難しいものであるという事と、それゆえ、護衛しながらも彼らの動向に目を光らせておくように、との事だ。
 杞憂だとは思うが万が一ということもある、とあまり乗り気でない顔でおっしゃった。
 軍師殿は、心底ではラヴィ・ロマリスクを信じているのだろうか?
 だったら良いと思う。
 あまり他国を頭ごなしに疑ってかかるような事はしたくない。
 甘いだろうか。
 だが、天と地での争いを続けている今だからこそ、同じ地上に住む者同士、手を取り合って生きていきたいと思うのだ。
 

 

 

 


 10月7日

 移動中、何度かモンスターに襲われるも、怪我人もなし。
 黒鶫騎士団はかなり統率された優秀な軍で、我々としても楽だ。さぼりたい、という意味ではなく、安心していられる、という事だ。
 騎士団を束ねる青年も(聞けば、副官という立場だそうだ)、人当たりの良い好青年で、我が軍の兵士たちとも折り合いが良い。
 騎士たちも皆礼儀正しく、信仰を持つ者特有のある種の感情の薄さも見て取れる。
 良くも悪くも、自分の心を激しく律する者は、常に穏やかな言動の中に、美意識を持っているようだ。
 実に、頼もしく思える。

 

 

 

 

 

 


 


 外殻の上に上がったことは、当然のことだが、それまで1度もなかった。
 ここが、と胸に込みあげる何かが、ある訳でもないが。


 吹きすさび、油断すればそのまま飛ばされそうな風の中、ヴァレリーは顔を袖の下に隠しながら、目を凝らそうと、懸命に努力していた。
 三方は見渡す限りの何もない荒れた地面。根を張る草木1本ありはしない。

 一同は今、黒々とした機械城のグロテスクなシルエットにの影に一体化するようにして立ち、その時を待っていた。
 もう何時間かが経過していた。
 後、どれくらいの時間を要するだろう。


 彼の上官の、細い体躯はしっかりと、まるで外壁にそのものに吸い付いて立っているかのように揺れもしない。
 靡くは、背の黒いマントばかりだ。

 その黒い旗が安定している事を確認して、ヴァレリーは目を細める。
 身を乗り出せば見つかる危険性があるので、腰をかがめ、こころもち上体を前に倒していて下を見た。期待するような動きはまだない。
 ヴァレリーのすぐ隣には、風に煽られると飛んでいってしまいそうな、か細く小さな体のダリアが、全身に力を入れて外壁にすがりつくようにして立っていた。
 騎士にとって、過酷な状況下におかれることは想定内だ。
 それでも、心配に思ってしまう自分の心情を知れば、女性差別だ、とダリアは眉を顰めるだろうか。
 そんなつもりは毛頭ない。
 そもそも、女神を崇め、息女の世襲制を保つリ・ヴォンにおいて、事実上、女性は男性よりも上位なのだ。


 

 目的地のダイクロフトには、遥か上空から着陸した。
 外殻への移動中に攻撃されるのを防ぐ為に、飛行艇ではダイクロフトのレーダーが捉えられる範囲内に降り立つことができない。
 これが攻撃を目的とした出撃なら、ダイクロフトめがけて特攻をしかけ、できた穴から侵入する。
 だが、人質奪還が目的のこの場合、そんな派手な行動に出ては、相手にこちらの動きがばれてしまう。
 知られずに侵入する為に、飛行艇は、外殻のわずかな隙間から空へと舞い上がり、ダイクロフトより遥かに上昇してから急降下した。
 これは地上からの攻撃を予想して造られたダイクロフトの欠点を突く作戦だった。自らよりも高い位置には空しかないダイクロフトは、それを油断してか、上空からの攻撃に対して油断がある。
 上空に対しては、レーダーの探査網にも穴があり、そこをつけば、懐に忍び込むのは容易いのだ。
 空から接近した飛行艇は静かに着陸した。
 多少は衝撃があっただろうが、機械城の内部までは響かなかったらしい。気づかれた気配もなく、一同は飛行艇からダイクロフトの壁を伝って外殻へと降りた。
 だが、そこからは壁に張り付いた姿勢のまま、何時間も待たされることとなった。
 


 そうか、とヴァレリーは、ふと思いついた。
 ラヴィ・ロマリスクの欠点もダイクロフトと同じだ。
 脇を固めても、空から直接の攻撃に対する守りは想定されていなかった。天上は自らの経験から、この方法がいかに有効であるかを知っていて、あんなに容易く神殿へと侵入できたのだ。


 
「いつまで待つんだ?」
 そろそろ業を煮やしたのか、地上軍の方の指揮官が、隣の兵へと話しかける。
 それにつられるようにして、ヴァレリーは首を反らして、ダイクロフトの巨大なシルエットを見上げる。
 機械城はその外側を頑丈な鋼鉄の壁で囲み、それらは一部の隙間もなくぴたりとくっついている。
 おいそれと侵入できるとは思えない。

「予定では、もうそろそろのはずです。」
 別に敵に聞こえる訳でもないだろうに、地上軍側の副隊長が、小声で説明をした。
 1日に1度、ダイクロフトからアンズスーンへの、物資の補給がなされる。
 計画では、その時間のハッチが開く時を狙い、内部への侵入を試みる事になっている。

「ところで、目指す場所は頭に入っているか?」
 ヴァレリーは隣で、緊張した面持ちで立っているダリアに気づき、それをほぐそうという意図もあって、話かける。
 ダリアは無言で頷いた。
 その目には、しっかりとした決意を湛える光が宿っている。
 ダイクロフト内を、目標も定めずに闇雲に探し回るほど、こちらも愚かではない。
 過去のデータを下に、フェザーガルドが捕らえられているなら、中央より少し外れた捕虜区だろうと推測されている。
 そこまで到達するには、長い時間を要すると思われ、その間、敵に発見されないよう神経を使う事も、考えれば、かなりの精神力と体力とが必要とされるだろう。
 そして、万に一つも失敗はできない、という覚悟も。

「開きます!」
 地上軍の兵士が、声をあげ、それと同時に全員が一斉にさらに身をかがめる。
 やがて、耳を覆いたくなるほどの悲鳴にも似た大きな音を立てながら、ハッチが左右に開きだす。
 全員はそのハッチの裏側、死角になる場所へとずばやく移動した。
 開閉は完全にコンピューターで指示されているらしく、人影は見えない。
 内部から重装甲車が一台、その重量からは想像ができないほどのスピードで、走り出てくる。
 一瞬、外殻の上を砂煙が舞った。

「今です。」
 合図と共に、全員は閉じ始めたハッチからダイクロフト内部へと走りこんだ。

 

 

 

 

 

 

 10月8日

 ラヴィ・ロマリスクは噂に違わぬ、美しさだった。
 胸を打たれ、感動すら覚えるほどだ。
 舗装された石畳は美しく、雪積もる駐屯地ではけっして見ることができない花々が道を飾るようにして咲いている。
 人々の表情も明るい。
 まるで、今、この時間に戦争が起こっているというほうが嘘のようだ。
 
 荘厳な神殿内部は、チリひとつ落ちておらず、あまたの彫刻、絵画のおびただしい数に目を見張るばかりだ。
 神官たちも皆礼儀正しく、きちんとした人となりが感じられる。

 我らに宿を提供してくれるというので、案内されながら、町へと出てみた。
 人々は皆、親切で、騎士団のひとりが我々を、護衛の為に来てくれた地上軍だと説明すると、笑顔を浮かべて歓迎してくれた。
 地上にまだ、このようなところが残っていようとは。
 本当に、夢のように美しい国だ。

 

 

 

 

 


 
 

 

 ダイクロフトの内部は異様な静けさが支配していた。

 うすら寒い、というのがヴァレリーの第一印象だった。
 人工物の大きさに比べ明らかに人気がなく、うねるような機械音だけが絶えず響く城内はまるで、巨大な墓場のようだ。
 地上人に比べ、天上人の数は明らかに少ない。
 もちろん、地上に比べ、外殻上にある生活区域は圧倒的に少ないのだが・・・それを賄っても釣り合いが取れないほど、人口が少ないのだろう。
 そもそも、特権階級を持つ輩の集まりだ。ごろごろいる訳もないが。

 この後、まずはセキュリティを殺す事になっている。
 侵入に成功はしたが、早々に見つかり、警報を鳴らされたのでは何の意味もない。
 ダイクロフトは人事不足を補う為、城内に機械仕掛けのモンスターを巡回させ、侵入者を排除するシステムがあるという。
 だがそれは、機械仕掛けとはいえ、モンスターの性質を危惧してのものか、侵入者ありと認められた場合に、警戒態勢がしかれてから、発動されるらしい。
 始動させられると面倒くさいことになるのは明らかだ。
 だからその前に、向うの視野を奪ってしまおうという訳だ。
 
  

 セキュリティルームは城内にいくつかあるが、その1番近くが、入り口から入ってすぐの場所にある。
 地上軍は、どこから調達したのか、ダイクロフトの地図を持っている。
 それを広げながら、兵士が指示したドアの前に、一同は音もなく移動した。
 中の様子を伺うが、ドアは厚い鋼鉄製のもので、内部の音などは一切漏れてこない。
 ドアの左右に兵士が分かれ、身を屈めてから、突入の体勢を整える。
 無言で頷くと、ひとりがドアを開け、次の瞬間、全員が一斉にセキュリティールームへと飛び込んだ。

「なんだ!?」
「何者だ!?」

 隙をつかれ、うろたえる天上軍の兵士たちを、騎士団と地上兵が、次々と薙ぎ倒していく。
 ある者は驚きのあまり、任務も忘れ、こちらに背を向けて奥へと逃げようとする始末だった。
 それを逃さず、柄の部分で気絶させた後、縛り上げた兵士たちを床に放置したまま、全員が巨大なコンピューターの前に集まった。
 地上軍の中には、知識のあるものがいなかったらしい。これをどう操作するのか・・といった風に地上兵たちが顔を見合わせているのを尻目に、騎士団の方は一向に動じている者はいなかった。
 この手のものは、彼らは実は慣れていた。
 太古から伝わる秘中の知識を持つリ・ヴォンにとって、コンピューターは慣れ親しんだ、便利な道具だ。
 無言のまま、ヴァレリーがセキュリティシステムのスイッチを選んで、オフにする。
 幼い頃から教育されているミゲルほどではないが、ヴァレリーもコンピューターの知識くらいは、当然のように持っている。
 
 なにかのパターンを描きながら、青く点滅していたブラウザが、静かに消えた。
 これで、内部に張り巡らされた侵入者用の監視システムの心配がなくなり、移動がだいぶ楽になる。後は人に見つかる事だけを警戒すれば良い。
 第一段階のクリアに、気を抜いた訳でもなかったが、一瞬、張り詰めていた空気が緩む。
 その時だった。

「なんか、物音がしなかったか・・・?」
 まさか闖入者がいるとは思わなかったらしい、天上の兵士がのんびりとした口調で様子を見にセキュリティールームへ顔を出した。
 入り口で、地上軍の兵士と目があい、一瞬、固まる。


「し・・・侵入者あり!!誰か!!」
 
 援護を呼ぼうと大声で叫び、兵士はきびすを返して走り出した。
 慌ててその後を追い、部屋の内部から地上兵が走り出た時には、天上兵すでに、向こうは壁にかかる無線に手が届こうかというところだった。

 地上軍の兵士がそれを阻止しようと、一丸となって走る。
 ダリアが矢を番え、その背を狙うが、走る地上兵が視界に入り、うまく標的を定める事ができない。
 天上兵の指がボタンにかかる。
 手を伸ばそうにも、とても届かない。
 追う地上兵の背中にどっと冷や汗がでてくる。

 ここまで来て、計画がダメになるのか、と思ったその時。

 空を切り裂くようにして、閃光が走った。


 それが天上兵めがけて飛ぶと、その体に吸い込まれるようにして、消えた。
 同時に、兵士は悲鳴もなく、崩れ落ちた。
 すべては一瞬の出来事。

 
 目の前で何が起きたのか把握できず、ぽかんとしていた地上軍の兵士が我に返ったのは、黒い軍勢の指揮官の静かな声を聞いたからだった。
「こいつも連れていけ。」
「はい。」
 騎士たちは、何事もなかったかのように、指揮官の命令に頷くと、気を失って倒れた兵士をあっという間に縛り上げ、セキュリティールームへと引きずっていく。
 それを見届けながら、未だに状況が飲み込めない地上軍の兵士たちは、お互いに顔を見合わせ、誰もが言葉を発しない。
 だが、その後、申し合わせたようにして、黒い騎士団の総長という人物の、端正な顔を盗み見た。
 なにが起きたかは、未だに理解できないが、彼がやったことだ、という事だけは間違いない。
 そして、自分達が一緒にいるのは、なにか得体のしれない力を持った者だと不気味に感じる中で理解し、同時に、自分達は果たして、見てはいけないものを見てしまったのでは、という不安が湧き上がってきた。
 さきほどかいたのと同じ汗が、再び背中を伝うのを、誰もが感じていた。

 

 

 

 

 

10月13日

 友好的だったラヴィ・ロマリスクとの関係に暗雲が立ち込めだした。

 言い訳をするならば、我等は様々な苦痛に耐え、それがあまりにも長かった為に、平和で美しいこの国の雰囲気に浮かれていたというのもある。
 だが、それを差し引いても、我が軍の兵士の態度はあまりにも紳士的とは言いがたかった。
 酒場で、飲んだくれていたひとりが、給仕をしていた町娘に言い寄った。
 それは、下品な言葉で、羞恥のあまり私の顔まで赤くなるほどだった。
 町娘が辛辣な言葉で、拒否したのは至極当然のことだった。
 だが、酔って己を見失い、断られたことに腹を立てたその兵士は、誰がこの国を守ってやっていると思っている、酒場に響くような怒号をあげたのだ。
 その場に、全員が凍りついた。
 酔っているときだけ、気が大きくなる者がたまにいるが・・・。
 それで許して貰える雰囲気ではなかった。
 酒場は一瞬にして、静まり返り、それまで一緒に酒を酌み交わしていたラヴィ・ロマリスクの人々の顔はもはや、嫌悪に満ちていた。
 我ら地上軍を見るのも汚らわしいという風に。
 やがて、酒場の、亭主が怒りの篭った声で言った。
 でていってくれ、お前たちに飲ませる酒などない。
 ラヴィ・ロマリスクには騎士団という立派な護衛団がいる。お前たちのような、どこの馬とも知れぬ輩の
寄せ集めとは違う、立派な騎士団だ。お前たちには頼まれても、護衛される筋合いはない。
 亭主に声は震えていて、その口調から、皆の態度から、我等は、ラヴィ・ロマリスクの誇りを傷つけたのだ、と知った。
 そして、信仰に殉ずるも辞さぬほどの意志を持つ者に、それは決してしてはいけない行為だったのだ。

 

 

 

 

 

 ダイクロフトの広さは、想像以上だった。

 地上軍、騎士団と合わせればかなりの人数であるが故、気づかれぬように慎重に進んでいたが、そんな心配は無用なのでは、とヴァレリーは思った。
 今まで、人ひとり出会ってない。
 それは、天上軍が怠慢だからではなく、本当に人がいないのだろう。
 おそらく人員は、中枢部に固まっていて、末端の監視はすべて、セキュリティーシステムで賄っているのだ。
  内部は細く、薄暗い通路が延々と続き、かと思うといきなり道がなくなったりする。ダイクロフトは未だに未完成とみえて、かろうじて閉じたらしい鉄の壁が行く手を塞いだりするのだ。
地図がない訳ではない。地上軍は以前よりダイクロフトの設計図と内部の地図を入手し、今も先頭の兵士がそれを見ながら道を選んでいるというのに、それでも一度作られていた筈の場所はなくなっていたりするのだ。完成はされていたはずだ。それをまた、一から作り直している。


 まるで巨大な迷路に迷い込んだかのようだった。
 
その袋小路に入り込む度に、ヴァレリーは小さく舌打ちした。
 精神は屈強の騎士であるから、普段は愚痴の類は控えているが1度通った道を引き返すという行為が、この機械城の無駄に長い通路では、容易ではない。
 作戦が安易なものではないのは分かっていた。
 だから、焦りを覚えぬように、心がけていた。だが、小さな目標を目指して進むにも、ダイクフロフトは巨大過ぎる。
 どれほどの時間を費やせば、目的を達成できるのか・・・。
 その困難さを思うと、ヴァレリーの気持ちから、平常心を奪われていくような気がする。

「なんだか・・・不気味ですね。」
 こそりと小声でダリアが言った。
「不気味か?」
 イラついていたヴァレリーとは違い、ダリアはダイクロフトに関心を抱いたようだった。
「ええ・・・。完成したはずのものを壊して、また作り直す・・・。意味のある行為とは思われません。人を迷わせようという悪意が後ろに潜んでいるようで。」
 これでは天上兵すら、道を覚えるのは容易ではないのではないか、とダリアは続けた。
 それに対して、ヴァレリーは目的と手段が反対になっているかのような印象を抱く。
 たとえば、壊すことを目的に、完璧な彫刻を彫り上げていくような。
 それではまるで狂人だ、とヴァレリーは思った。
 ミクトランの、猜疑心が強いことは有名な話だが・・・。
 人間は確かに、どこで裏切るとも、秘密を漏洩するとも限らない。
 もしも、自軍兵さえも疑っての、行為だったとしたら、天上兵達は、そんな王になにを持って仕えているのか。

「もしくは。」
 しばらく声を出していなかったからなのか、いつもよりも低く聞こえるその声が、黒衣の総長のものであると気づくのに一瞬遅れ、ヴァレリーは前を歩く背中を見る。
「・・・完成するという事、そのものに対して、恐れでも抱いているか・・・。」
「・・・・・。」
「・・・・・。」
 この男はたまに、どこか遠いところの話をする。
 ヴァレリーは片目を細め、その背に語りかける。
「怖いのかよ?お前は?」
「・・・・・完全であるものほど。」
 振り向きもせず、ミゲルが言った。
「醜悪さを感じるのも確かだ。」
「醜悪さ・・・。」
「・・・・・。」
 ダリアは分かっているのかいないのか、黙ったままだ。
 だが、それと似たような気持ちになった事が、ヴァレリーにはあった。
 分かるような気がする。

 あまりにも、美しいものは、怖い。
 それが完璧に思えるものであればあるほど、見たいと思うと同時に、見たくない、とも思う。
 近寄れば、なにかの代償を要求される気がする。失ったら最後、自分を保つことができなくなるようなものを。

 


 ・・・それが、絶世の美貌ならば。


 ふと、視線に気がついたのか、ミゲルが振り返った。


 ・・・それだけでもう、魔物だ。


「どうした?」
「いや。」
 ヴァレリーは頭を振って、そんな考えを振り払う。
 胸には、嫌悪感がせりあがってくる。
 それは自分に対してか、目の前の男に対してなのか。

 ただ、魅入られた者の姿は、確かにある種の醜悪かもしれない、と思う。


 フェザーガルドにしろ、ラルフィルドにしろ。


 

 振り返っていたミゲルの表情が一瞬、崩れた。

 ちっ、と小さく舌打ちし、即座に抜刀するのを確かめ、ヴァレリーもその視線の先を振り返る。

 
「て・・敵襲だ!!」
 同時に声があがった。

「見つかったか!」
 地上軍兵士のひとりが小さく叫び、それを合図にしたように、次々と戦闘に備えて剣を抜く。
 ヴァレリーは、剣を抜くと手前の兵士に挑みかかった。
 視線の隅で、援軍にまわろうと駆けつけてくる兵士に向けて、矢を番えるダリアの姿が見て取れた。
 前方では、ヴァレリーよりも早く、身を躍らせた黒いマントがひらりと揺れていた。
 ミゲルが走ると、その左右で、まるで道を開けていくかのように、斬られた天上兵が綺麗な弧を描いて倒れていく。
 ひとりを倒したヴァレリーは、足を早めてそれを追い越すと、ミゲルの行く手に邪魔な兵士に、斬りかかる。

 ギィンと刃と刃を切り結ぶ音が響き、腕には一気に重みがかかった。
 相手が少しだけ引き腰なのを見て取って、そのまま叩きつけるようにして剣を奮った。
 ひとり倒れた陰から、またひとりが向かってくる。
 こちらもあまり戦闘慣れしているとはいえない剣技で、彼らが戦闘要員としてよりも、ただの護衛団なのだと察せられた。
 その証拠の様にばたばたと倒れていく兵士は、全て天上軍のもので、後から援護が何人か来たが、それすらも簡単にのされていく。

 その中にあって、ミゲルの動きは滑るようで、無駄なものが一切なかった。
 右の視界で確認していたと思えば、すでに目の前にいて、そのうえ、何人もの兵と切り結んでいるというのに、一向に俊敏さは衰えない。
 剣技は美しく、まるで舞踊のようだ。
 弧を描いた切っ先が、銀色の光を放ち、敵を薙ぎ払った。
 あがった血しぶきは、すでに身を翻したミゲルを濡らすこともなかった。
 そもそも、総長は戦闘において返り血すらも浴びない、と騎士の間で囁かれている。
 
 

 この場での戦闘は、圧倒的に地上軍が優勢だった。
 すでに何人かを残し、それらは廊下の端の方まで地上兵に追い詰められている。
 終わったも同然だが、それでも気を緩まないように隅々を確認しながら、ヴァレリーは、剣に纏わりついた血を振り払っているミゲルの姿を目に留める。

 ヴァレリーは実は、さほど、こうしてミゲルと共に戦ったことがない。
 黒鶫騎士団は専らラヴィ・ロマリスクの護衛を担っているし、天地戦争が始まってからは巡礼者も減り、それを狙った山賊とまみえることも少なくなっている。
 しかも、総長自ら指揮を取ることは珍しく、同行する機会もめったにない。
 そう考えれば、副官のラルフィルドなどは、さほどどころか、ミゲルと一緒に戦闘に加わったことなど、1度もないのではないだろうか。

 しかし、なんでまた。
 ヴァレリーは、こそりと溜息をついた。
 俺よりも強いやつを、守らなきゃならないのかね・・・。

 当然ながら、優先されるは指揮官の命だ。
 援護といえば聞こえは良いが、要するに盾になって総長を守ることが、下にいるものの務めだ。
 だが、ことミゲルに関しては、その必要性があるように感じられない。
 ヴァレリーが個人的にミゲルを庇いたくないからではなく、普通、指揮官というのは頭脳が優れてさえいれば、多少、剣の腕が確かでなくとも良いとされる。
 頭は戦闘に赴かなくても、戦闘要員の後ろから指示さえ出していれば良い、という考え方は、今も昔も消えることはない。
 だが、現総長においては、それは当てはまらない。
 ミゲルは戦闘になれば、真っ先に自ら斬りこんでいくし、部下の後ろに隠れて命を拾おうなどと考えてはおるまい。
 そして、騎士団の誰よりも腕が確かだ。
 この男が誰かに庇われるところなど、想像もできない。
 


 そんな事を考えていた視界の隅で、動く者が認められ、ヴァレリーは我に返る。

 床に倒れ、すでに事切れていると思われ放置されていた兵士のひとりが、最後の力を振り絞るようにして体を起こし、壁に手を伸ばしている。


「・・・・おいっ!!」

 レバーのようなものを下げ、兵士は力なく倒れた。
 途端に、急かす様なけたたましい音が当たりに響き渡る。

 1度作動した警報機は、慌てた地上軍がレバーを引き上げても、鳴り止む事はなかった。

「行くぞ。」

 真っ先に身を翻し、指示を出したのは、地上軍の隊長ではなく、騎士団の総長だった。
 なんの疑問も持たぬままに、地上軍の兵士を含む全員が従う。
 
 ここに留まるのは、得策ではない。
 目的を達成せぬまま、見つかったのなら、一刻も早く立ち去るべきだ。


 全員が内部へと、ひた走る中、あちらこちらから天上軍の兵士が警報機の音に集まってきた。
 行く手を遮るものは、先頭を行くミゲルの剣に簡単に薙ぎ払われ、次々と倒れていくが、今度は兵士の数に終わりがない。
 走っている通路に繋がる、あらゆる角から新しく兵士が走り込んで来る。

 前進だけをしてきた、軍勢の足はついに止まった。

 行く手からも新手の兵士が現れ、走ってくる。
 全ての抜け道がふさがれ、一同は四方を囲まれる体勢に持ち込まれた。


 覚悟!という声と共に、襲い掛かってきた兵士の剣を薙ぎ払い、ヴァレリーがその胴体に剣先をつきたてる。
 重く、鈍い感触が握っている柄の部分から伝わってくる。
 途端に倒れこむ天上兵の最後を見届けることもなく、斜め後ろから襲い掛かってくる兵士を、反動をつけて返した剣で斬り捨てた。
 すぐに次の兵士に狙い定め、的確に、迅速に剣を振るう。
 一気に、3人を倒して、回りを見ると、目指していた通路が、狭ばっていくのが見えた。
 防衛装置を作動させたのか、通路を囲む壁から鉄製の防護壁が延びてきて、道を塞ごうとしている。


 ちっ、とヴァレリーは舌打ちした。
「ミゲル!」と叫び、その光景を見るように促す。
 ミゲルと、弓ではなく剣を手にしているダリアと目があった。

「行け!!」
 迫りくる壁は、すでに通路の半分を塞ごうとしていた。
 意図が伝わり、走りこむふたりを追おうとする天上兵の前方に回りこみ、ヴァレリーはミゲルたちの向かった方向を背にして、立ちはだかった。
 騎士達が何人か、ヴァレリーの横を通り、ミゲルたちの後を追う。
 それを行かせ、だが、天上兵は通さない。
 なるほど、こういう場面でなら、盾になる役目もまわってくるのか、とヴァレリーは密かに思い、闇雲に襲い掛かってくる天上兵たちを、ひとりづつ、的確に倒していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ラヴィ・ロマリスク回想編のクライマックスで、続きます・・・。
すみません、言い訳しますと、ラヴィ・ロマリスクへと向かった軍を記述するのはあり字なるキャラがあと2〜3人必要となり、余計な時間もかかる為、苦肉の策で日記というカタチになりました・・・(逃げた臭い;;)  天上に行った側も、 戦闘シーンばかりで、申し訳ありません;; 次回、回想編、最終回です。

 

(’06 6.10)