22.
追っ手をヴァレリーに任せ、防護壁をすり抜けた後、中心部への道は右へと伸びていた。
地図を持つ地上兵は後ろにいるが、作戦前に1度目を通しているミゲルは、すでに地図を覚えていたらしい。迷路のような道を、立ち止まって確認する事もなく進むその後ろ姿に、今や地上軍兵士も従っていた。
通路を走り抜け、軍は分断されたが、それは、天上軍とて同じ事だ。
幾分か少なくなってきた兵士を、すり抜けざまに斬りつけ、ミゲルは迷うことなく走っていく。
とどめを刺す必要はない、と後ろで同じように襲い掛かってくる天上兵とまみえている味方に指示を出した。
その間も足は止めない。
とどめを刺さないのは、天上兵に対する温情ではない。その時間が無駄だ、と考えているようだ。
一瞬にして傷を負わせ、それが致命傷でなくとも、兵士の動きが止まれば、そこで、先への道が開ける。
ダリアは剣を弓に持ち変えた。
彼女は、ミゲルよりも少し遅れた位置で走っていたが、前から新手の兵士が3人、通路の先に現れたのが見えたからだ。
走っていた足を止め、正確に兵士を狙い、矢を放つ。
うめき声が聞こえ、兵士が倒れる。
続けて2本矢を放ち、兵士が先頭を行くミゲルの元に辿り着くまでに一層した。
一瞬、ほっと息をつき、後ろを確認すると、第二団隊の騎士が殿から追っ手に矢を放っているのが見えた。
それも正確に敵を射抜き、兵士が倒れるのを確認すると、騎士は身を翻して、ダリアに向かって走ってくる。
「団長、お怪我は?」
「私は大丈夫だ。・・・先を急ごう。」
「はっ。」
騎士と並んで走り出すものの、女性のダリアの足は、先に行かせた他の兵士を追い越すほどのスピードは出ず、そのまま殿を勤めることになった。
「ビショップは・・・。」
「あの方の事は心配ない。」
ミゲルが倒れるなどありえない、と信じてはいるものの、それでもなにがあるかは分からない。
できれば傍を離れず、護衛にまわりたいのが、本音だ。
遥か後ろからミゲルの姿を確認しようと目を凝らしたが、間にいる何人もの兵士たちの姿に阻まれ、それも敵わない。
だが、兵士たちの足が止まってないという事は、軍勢を従えていたミゲルの足も止まっていない、という事だ。
ダリアがそう思った、その時だった。
どこからか、金属を擦るような音がして、ガタガタと通路全体が揺れた。
「・・・・・?」
それと同時に、全員の足が止まる。
ダリアはその隙に、彼らを追い越し、先頭にいるはずのミゲルをめざして、走った。
「ビショップ!」
通路の真ん中で、ミゲルも足を止めていた。
音を聞き分けようとするように、薄いぼんやりとした機械的な照明が灯されている天井を、見上げている。
「ビショップ・・・いかがなさいました・・・。」
ミゲルは無言のまま、剣を握っていない右手を挙げて、ダリアに静止するように、指示を出した。
言葉を飲み込み、ダリアもミゲルの横に並んで耳を澄ます。
先ほどから聞こえていた金属を擦るような音は、左から右へと抜けていく。
その音を追うように、ミゲルは首を巡らせ、
「・・・移動したな。」
と言った。
「移動ですか?」
なにが?と問おうとするダリアに、何かを思い出しているような表情で、ミゲルが告げる。
「ダイクロフトの構造で、一部、奇妙なものがあったな。」
「え?」
「設計図を見た時だ。」
「私は気がつきませんでしたが・・・」
ダイクロフトの設計図も見せられはしたが・・・。
ミゲルが気にかけているようなものを見た覚えがない。
「部屋の配列がおかしかった。向かい合わせの構造にも関わらず、右に6つに対し、左に5つ・・・。空いた位置にぽっかりとなにもない空間が設けられてた。まだ工事中なのかと思ったが・・・。」
「それは?」
「部屋の中で、一部、モーターがつけられているものがあった。それによって位置を変えられる部屋があるようだな。」
「・・・・・。」
なんて、ややこしいの。とダリアは思った。
完成させておきながら、また一から造り直している通路を、先ほど目の当たりにしたばかりだ。
ミクトランという人間の考えが、まったくもって読めない。
「・・・権力者になりたがるような人間に、碌なヤツはいない。」
ダリアの内心の呆れを見透かしたように、ミゲルが薄く笑った。
「問題は、なにを移動したか・・・。」
ひとりごとを漏らすようにミゲルが言う。
可能性としてはふたつある。
フェザーガルドを移動したか。
もしくは、撹乱する為に地図上の配置を変えただけなのか。
判断に有した時間は、一瞬だけだった。
ミゲルは身を翻し、進行方向を変える。
右へと逸れるその足運びにつき従いながら、ダリアはミゲルに並び、小声で質問をする。
「・・・ミクトランは、フェザーガルド様を捕らえている部屋を移動したと思われるのですか?」
だとしたら、こちらが、地上軍ではなく黒鶫騎士団だと察している、という事でもある。
その考えに眉を顰めたダリアに、ミゲルが短く答えた。
「いや。」
「・・・では、単に我々から地理感を奪うのが目的で?」
「・・僕ならば。」
ミゲルはそっけなく答える。
「どちらも狙う。」
「・・・・・。」
「お前の案ずる通り、これが罠とも限らない。このまま進んで袋小路に追い込み、一網打尽を狙っているのかもしれんな。」
「・・わたくしは・・。」
そこまでは考えていませんでした、と言おうかと思ったが、ダリアはそのまま口を噤む。
なんの功績もあげてないのに褒められたようで、居心地が悪いのは確かだが、それしきの事でわざわざ否定するのは、無駄口の類だ、と思ったからだ。
「・・それでも、ビショップはこの道をお選びになる?」
「たとえ罠であっても、あの場所に立ち止まっている事の方が意味をなさない。・・・それに、捕虜の部屋でなかったなら、果たしてなにが移動したのか、興味がある。」
見つかるのが捕虜ならば・・・フェザーガルドならばつまらない、と聞こえるのは気のせいだろうか。
「わざわざ大掛かりな仕掛けを用いて、城内を移動するほどのものだ。きっと地上にいては、めったにお目にかかれないものだろう。」
笑いを含んだその声に、ダリアは、ふと思った。
もしかしたら、総長には、その先になにがあるのか、予想がついているのではないか、と。
すでに意味のなさなくなった地図に頼る事を捨て、移動したものを追って、先を進むと、中心部に向かっているはずなのに、人気が感じられなくなった。
先ほど、警報機が鳴り響き、厳戒態勢がひかれた城内とは思えない。
まるで、侵入者の追跡を諦めたかのように、あたりは静まり返り、いつの頃からか進んでいた通路は、明かりがワントーン落とされているような気がする。
それが静寂を呼ぶのだろうか。だが、このどこかに人がいないか、と求めたくなるような静けさ。
これではまるで、墓場のようだ、とダリアは思った。
ダイクロフトから一方的な攻撃を与えられる立場だからといって、戦争はそれだけではない。
こうやって地上軍が攻めてくれば斬り合いにもなる。接近戦を行なえば、必ずどちらとも死傷者が出る。
天上の人間は、死んだらどこに埋葬されるのだろう。
地上ならば柔らかい土の上がある。
たとえ、陽が遮られ冷たくともその中で、星の生命連鎖に溶け込んでいくことができる。
だが、外殻は、異常なまでに硬い。
墓穴を掘ることはかなわず、土への埋葬は不可能だ。
もしかしたら、本当に・・・。
ダリアは思った。
この先は墓場なのかもしれない。
土へと埋葬できないのなら、ダイクロフトの内部に安置されている、と考えるべきだろう。
ラヴィ・ロマリスクも、教会内部に墓地がある。
かつての教皇や、教会内で生まれ育ち、一生をリ・ヴォンに捧げた大司教たちが眠る場所だ。
それは、大きな大理石でできた石棺で、それぞれが生前の姿を現わした彫刻が施されている、という。
そこは、地下の一角にあり、上官職にあるものだけしか立ち入る事のできない区域だ。噂だけで、ダリアは行ったことはない。
「ダリア。」
もの思いに耽っていたダリアは、呼ばれて顔をあげた。
「はい・・。」
答えながら、この大事な時に、任務とは関係のない事に思考を漂わせてた事に、羞恥心を覚えた。今、それを叱責されるとは思わないが、総長は時々、人の考えていることが分かるらしい。まさか、と思いながらもいささか緊張しながら、ダリアはミゲルの横に並んで、言葉を待った。
「この通路の向こう側だ。いるぞ。」
「え?」
「人気が急になくなったのは、その為だろう。」
あ!と思わず声をあげそうになり、ダリアはそれを飲み込む。
ダイクロフトには、城内を巡回するモンスターがいる、と聞いたではないか。
「警戒するように指示を出します。」
そう口にすると、ミゲルが薄く笑いを浮かべたのが目に入る。
敵陣のただ中にいて、今更警戒しろもない、と自分で気づき、ダリアは的確でない表現をした事を後悔した。
だが、羞恥している場合でもない。それでもモンスターがいる事は伝えるべきだろうと思い直して、身を翻した時、地上兵が歩いているすぐ横の陰から、鋭い刀を握った、骨格としか形容のしがたい細い腕が、にゅるり、と出現したのを見て、息を飲んだ。
「・・・危ない!!」
はっ、とその声に、我に返った時には遅かった。 1番近くにいた兵は、なにが起こったか分からぬ顔のまま、どう、と倒れた。
その体からあがった血しぶきが、壁を染めていく。
すぐ後ろでその様を見ていた兵士は、ひっ、と悲鳴をあげ尻込した。それを見逃さず、容赦ないモンスターが襲い掛かる。
突然の惨劇に、兵士たちの間から、動揺の声が漏れる。
騎士を狙う違うモンスターに、ダリアは剣を抜いた。
だが、それに届く前に、またしても1匹、新しいモンスターが銀色に光る四肢を伸ばして、ダリアの前の立ちふさがった。
視界に、黒い影が滑り込んでくる。
モンスターがダリアに向かってくるよりも早く、ミゲルがその個体を両断して、わらわらと集まってくるモンスターの群れの中に踊りこんだ。
その場は、混乱を極めた。
まるで降ってきたかのように現れた大量のモンスターの奇襲に、兵士たちの体制は否応なしに崩れる。
あちらこちらで剣を奮う音と、いくつもの怒鳴り声、
もはや収集のつかなくなった惨状を見て、大きく舌打ちすると、ミゲルは声をあげた。
「退くぞ!」
ここは、この場を一旦離れ、もう一度体勢を立て直す必要がある。
ミゲルの声に、動けるものはすぐに従った。
先にいるものはすべて薙ぎ払い、走りながら、後ろを確認すると、諦めを知らない機械仕掛けのモンスターはいまだに追跡を止めない。
全員が全力で走り、目の前の通路がつき当たりになっているのを認めると、ダリアは大きく、右に進路を取った。
「・・・・っ待て!ダリア!!」
めずらしい総長の怒鳴り声に、ダリアが、え?と思った時、通路の両端を緑色の光が通っているのに気が付いた。
とたん、体が浮く感覚。
床が抜けていた。その先にあるのは漆黒の闇。そのまま落下する中で、ミゲルの右手が差し出されるのを見る。
ああ、助けてくださる気なのだ・・・と思い、ダリアはその手を掴もうとした。
だが、その手が届く間もなく。
体が、床に叩きつけられる感覚。
固い床に背中を打ち、空気を吐き出だす肺に響いた。
痛みに息を飲み、それから、状況に我に返る。
さきほど、視界に入ったのは、底のない闇だった。
なのに、落ちたのは、それほどの高さではない。
これは・・?
手をついたその下を見れば、大きくぽっかりと空いた闇が、広がっている。
「・・・床は、かなり厚いガラス板のようだな・・・。」
素材はおそらくレンズを加工したものだろう。
冷静な声が聞こえ、ダリアは顔をあげる。
「ビショップ・・・。」
「しかも、この透明度。・・・天上の技術も侮れない。」
ダリアを追って、飛び降りたらしいミゲルが、感心したように下を見下ろしている。
つられるようにして、もう一度果ての分からない下を見、このまま転落していたら、と思うとダリアの背筋に冷たいものが走る。
「さて、どこへ行くものか・・・。」
「え?」
差し出された右手に捕まって体を起こしながら、ダリアは周囲を見回す。
天井はなく、残る三方は床と同じ厚いガラス板。透けて見えるのは鋼鉄の壁だ。
ダリアたちがいるのは、箱のようなものだった。
それが、動いているのがわかった。
移動は時折、金属をかする音がする以外は、静かで、スムーズだ。
まるで空を泳いでいるかのような感覚に、ダリアは、細める。
別段、気持ちが悪いとは思わないが・・・初めて乗るものに対しての警戒心が強まる。
このままどこに連れて行かれるのか知らないが、それは一定の決められた動きの中に偶然入り込んでしまったものなのか、自分達だと認識をしてのものなのか、予想がつかない。
やがて、ふたりの乗ったガラスの箱は、筒のように囲まれた空間に、ぽんと投げ出される。
落下するかと一瞬、恐怖を覚えたが、それは安定したまま揺れもせず、90度向きを変えて回転すると、するすると上昇をしだす。
どうやら、エレベーターのようだった。
「ビショップ・・・。」
「・・・僕らに用がある者がいるようだな。」
薄く緑色に光る円筒の遥か頭上を見上げれば、光源になっているライトが見える。
軽く見上げた姿勢のままのミゲルの、冷静な声を聞いて、ダリアはふ、と肩の力を抜いた。
ここまできたらなるようにしかならないし、一緒にいるのが、ミゲルなのは心強い。彼を守護する立場の人間の言い草ではないが、総長といれば、まず大丈夫だ、という気がした。
ダリアがそう思った、その時だった。
ドオン!という地を揺るがすほどの轟音が辺りに響き渡り、空気がびりびりと割れる音をたてる。
エレベーターも揺れ、ダリアは体勢を崩した。
倒れこそしなかったが、傾いだ体をミゲルに支えられ、床は未だに横に揺れていたが、足に力をいれて踏みとどまった。
ダリアは何事かと目を光らせた。
周囲にはなにもない。
エレベーターはそのまま、上昇している。
先ほどの爆音のせいで鼓膜をやぶいたか、と疑った。
うってかわり、まるでなにもなかったかのような、静けさに包まれる。
「ビショップ・・・今の爆音は?」
ダリアがミゲルの顔を見る。
もしや、内部で爆発でも、と疑ったのだが・・・。
ミゲルは、形の良い眉を寄せ、ちっと舌打ちした。
「・・・ベルクラントだろう。」
「・・・・っ!」
「威嚇のつもりか。・・・地上に向けて発射したな。」
「・・・それでは・・。」
またもや大地が削られ、人の命が奪われたのか。
こんなものを造った大馬鹿者はどこの誰だ、とダリアの胸に怒りがこみあげる。
いや、そもそも、ダイクロフトは人類救済の為の装置だった、と分かってはいる。
だが、科学者たちは、それが兵器にもなりうると、想像しなかったのだろうか。
たとえ、思いつかなかったとしても・・・。
一方的な虐殺の道具となった今、罪がないとは言わせない。
「ダリア。」
怒りに震えるダリアに、ミゲルの冷静な声がかかる。
常に感情を押し殺しているこの総長の声には、ダリアと同じ怒りなど、微塵も感じられない。
一瞬だけ、ダリアは、それを嫌悪した。
「はい。」
息を吐き、その感情をなきものにしてから、ダリアは答えた。
ビショップに当たるなど、持っての他だ。
「落ち着け。」
「・・・はい。」
分かっている。
自分などより、この総長の方が、ベルクラントに対する恨みは強い。
かつて、ラヴィ・ロマリスクが1度だけ、ベルクラントの被害にあった時。
山ひとつ向こうに落ちたその先に、難民救済の任に当たっていた第五騎士団もいた。
帰ってきたのは、ほんの数人だ。
その中のひとりに、当時、指揮をとっていたミゲルが含まれている。
総長は生き延びて戻ってはきたが・・・彼は全て失ったのだ。
文字通り、なにもかも。
ガラスの床を睨んでいたダリアの視界が、突然、暗闇に染まる。
顔をあげ、見回すと辺りは闇に包まれていた。
そして、すぐに視界はまばゆい光に晒された。
今までの薄暗さで、目がついていかず、一瞬つぶる。
もう1度開くと、すでにいままでとは一変していた。
そこは白い部屋だった。
白い、としか形容がしがたい。
今までの鉄製の無機質な壁とは違い、一面が薄いカーテンのようなもので覆われている。
柱が4本、左右シンメトリーに並んでいるが、どれも表面がつるりと滑らかで、薄く張ったシャボンの膜のような虹色の光の反射を見せている。
その奥、中央に扉がある。
楕円の弧を描く扉も白く、けれどこちらは柱よりも硬く重い素材でできているようだ。
他になにもない故に、その扉の前へとふたりは進む。
扉は大きく、3メートルは優にあろうかと思われた。
形は扉そのものだが、取っ手も、ボタンもなにもない。
フチを飾る波模様は、かたつむりのカラのように、なだらかな円を描いている。
それを確認していた時だった。
ガコン、という音と共に、扉が向こう側へと倒れた。
片面のどんでん返しのように開いた扉の先には、もうひとつ部屋が現れた。
誘われるように、思わずダリアは部屋の中へと足を踏み入れる。
隣にいるミゲルは無言で、特別静止の声が聞こえなかったのもあったが、興味を惹かれて幾分、集中力にかけていたのも間違いない。
室内は前の場所と同じように、白い。
カーテンのような薄い膜はなかったが、ダリアのいる入り口から壁までがひどく距離があった。
しん、と静まりかえった広い空間特有の不気味さを感じながら、ダリアは数段のゆるい階段を下りる。
首をめぐらせて様子を伺うと、ぐるりと壁際に沿ってテーブルが配置され、左手の奥には、巨大なモニタがつけられていた。
その横には、かなり複雑なコンピュータが数台、上下に這うようにして壁に埋め込まれている。
ざっと見たところ、コントロールルームの類のようだった。
壁にはさきほどと同じ、カタツムリの殻を思わせる模様が、蔦のように壁一面に施されていて、コンピュータの硬い光と対比したその様に、グロテスクさを感じて、ダリアはぞっとする。
なにをコントロールする為のコンピュータなのか、ミゲルの推察を聞こうとダリアが、横を向いた時だった。
斜め後ろの視界に、空が見えた。
え?とダリアは我が目を疑う。
なにもなかった空間に突如あらわれたそれは、見間違いなどなく、段々とその比率を大きくしていく。
部屋を真ん中に区切り、向う側がスライドしているのだ、と気が付いた。
いや、回転しているのはこちらかもしれない。
やはり、罠か。
そう思いながらもダリアを落ち着いている自分に気がついていた。
ここまできたらじたばたしても始まらないと覚悟を決めたのもあるが、やはり、動じないミゲルが傍にいるのが心強い。
そして、この方をお守りすることにのみ神経を集中しよう。と心に決めた。
もしもの時、盾になって死ねるならこれほど名誉な事もない。
だが、その決心をした時、目の前に入ってきたものは、ダリアに衝撃を与える。
地上からは決して望めない空を写した巨大なガラス窓。
そこから入り込む光の量は、あまりにも激しく、あたりを照らし出す。
それを背に、まるで彫像のような姿で佇む者があった。
足首までの長いローブのような衣装をまとい、金色に輝く長い髪は緩く、肩を流れて体を覆っている。
額にみっつめの目のような、琥珀の額飾りをつけ、その下の金色のまつげに縁取られた瞳は、どこを見ているのが知れず、見たものを石に変えるメデューサのように冷たい。
ダリアの全員の毛が逆立つ。
これは、この男は・・・。
「・・・どこぞのねずみが、入り込んだかと思えば・・。」
違う方向から声が聞こえて、そちらを見れば、その周りには、何人もの白い服を纏った女が、無機質な物体であるかのように、感情のない表情を浮かべて立っている。
「お前か。」
無表情の女達の前に、ひとりだけ、飛びぬけて美しい女が立っている。
それはひとりだけ生きていて、ひとりだけ女王だった。
その女だけは目に光が宿り、口元には嘲笑が浮んでいた。
まわりの女達全てが、彼女にかしずいているかのように見えた。
その女の顔をどこかで見たことがあるような気がする。
記憶を探ろうとした時、後ろの無機質な女達の中に、それよりも重要な見知った顔が見えた気がして、目を凝らし、ダリアははっと息を飲む。
「・・・フェザーガルド様!?」
美しいその顔も、表情に変化がなければ、人形めいて見える。
名を呼ばれても、フェザーガルドは顔色ひとつ変えない。
他の女たち同様、意識が、心がここにはない。
魂が抜けてしまっているその体は、倒れこそしないが、ふわふわと足元が覚束なく揺れてた。
その腕は十字に広げられ、左右から同じような白い服を着た女に捕まれ、倒れそうな体を支えられている。
「・・・薬でも飲まされているな。」
感情を覗かせない事を比べれば、こちらも負けてはいまい。
将来を決められた許婚を目の前にしても、少しも動じたところを見せずに声は短く言い捨てた。
その顔を確認するように見てみると、ミゲルの視線はその言葉とは裏腹に、フェザーガルドからは離れている。
先にあるのは、中央に立つ男の方だ。
「なるほど。」
うっすらと、背筋が寒くなるような笑みを浮かべて男が言った。
声ははっきりと若く、張りがあった。
「お前が、そうなのか。」
「お前が・・・。」
それに対する答えにもならない言葉で、ミゲルが返す。
天気の話をするのと、なんの代わりもない声で。
「ミクトランか。」
やはり、これが・・・。
知らずにダリアは半歩下がる。
気圧されての無意識の行動だった。
見かけは美しく、若い男だ。
だが、その視線が、まとう空気が、空間をゆがめ絡みつく蛇のように、禍々しいものを感じさせる。
それは目に見えないものに対する恐怖であり、そのくせ、なにか美しく光るものを落とした井戸の底のように、覗かずにはいられないものを持っている。
「そう。」
くつくつ、とミクトランは笑った。
「私が・・・この世で唯一、絶対の、天上王だ。」
その一言に、ダリアは体中の血が巡りだす。
飲まれていた雰囲気の中から、我に返った。
地上の全ての人々を散々苦しめておいて、よくも!と身を乗り出し、すばやく弓と矢を背から取り出す。
ミゲルは、ダリアの行動を止めない。
それを了承の意と取って、矢を番えて構えた時だった。
『ビショップ!!!』
響き渡るのは、どこからか、通じている騎士のひとりの声だった。
なにがなんでも総長へと連絡を取ろうと、闇雲に装置を操作したものらしい。
こちらに響くと同時に、あちらこちらから跳ね返ってきた声が、幾重にもミゲルを呼んでいる。
『ビショップ!!!・・・ラヴィ・ロマリスクが・・・・!』
うろたえ、その声は、叫んだ。
『ラヴィ・ロマリスクが燃えています!!!』
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