日記(未明・日付なし)

 

 

 

 ああ、なんということを、なんということを!!
 神よ、リ・ヴォンの神よ、どうか許しを!!
 我々は、暴徒だ。そこらの山賊と変わらぬ不貞の輩だ。


 

 それは、不穏な雰囲気のまま、何事もなく過ぎた5日目のことだった。
 我等はラヴィ・ロマリスクを守るという当初の目的と同時に、もうひとつの任務も秘密裏に遂行しなければならなかった。
 すなわち、ラヴィ・ロマリスクの動向を探る、という事だ。

 隊長は、正義の徒であった。
 それは、天上軍にのみならず、我々に対しても同様で、不正を許さず、疚しき行動を取る者は厳しく罰してこられた。
 
 私自身は、街の警護の任を与えられていた為、詳しい詳細は分からない。
 だが、探りを入れていた兵士たちの行動は、同じ地上兵たちのを聞く限りでも、やりすぎではないかと思われる場面が多々あった。
 それは、こちらにきてから起こった、ラヴィ・ロマリスクの住人たちとの確執が根底にあると思われたが、そもそも任務に私情を挟むべきではない。
 それには隊長も同じ意見らしく、たびたび行き過ぎた行動を取る兵たちを、叱咤している姿を私も目撃していた。

 

 その日、兵士のひとりが、やけに高揚していた。
 そしてなんだか、その目つきが可笑しかった。
 それは、酔っている時にも似ていて、だが、どこかでなにかの箍が外れている、そんな印象だった。

 血走った目で、兵士が報告を入れたには、ついにラヴィ・ロマリスクが天上に荷担し、地上軍を謀にかけている証拠が見つかった、という。
 そんなバカな、という声と、やはりという声とが行き交う中で、兵士は証拠の品だというものを示した。
 それは、遠目にもはっきりとレンズと分かるものだった。
 兵士はそれが神殿の奥深く、人目につかないところに隠されていた、と言った。
 隊長が詳しい説明を求めると、祭壇の横の床が外れているのを見つけ、不信の思って調査したところ、下へと続く隠し階段を見つけたそうだ。
 下るとそこには、巨大な・・天上にはめずらしくもないが(兵士はここを強調して言った)、地上では一部の高官しか使えないようなコンピューターがあり、その台座らしい場所にそのレンズは安置されていた、という。
 コンピューターに近づくと、なにやら質問は?とたずねられた、と兵士は言った。
 そんなことがありえるのか?と訝しがる我々の声など聞こえないようで、兵士は続けた。
 その時、ふと私は、この兵は自分の手柄に酔っているのかもしれないな、と思ったのだ。
 兵士はコンピューターに問いを打ち込んだのだ、と言った。
 「お前達は何者だ?」とそしてその答えは・・・
 「天生の民だと言ったのだ!!」と兵士がいきなり高らかに吼えた。そしてそのまま胸を張り、レンズを持つ手を掲げ、兵士はそこにあった岩に飛び乗った。
 「天に生まれた民だと!これこそがやつらが天上軍という証拠ではないか!」
 その芝居がかった仕草に、全員があっけに取られて兵士を見た。
 そして、気が付いた。
 たぶん、私だけではなかったはずだ。
 その兵士の足元、ブーツと制服の裾が、赤黒いもので染まっていた。
 まさか、と背筋に冷たいものが走った時、隊長の怒鳴り声が、兵士に向かって投げられた。
 その血はなんだ、と問う隊長に向かい、兵士は、ああ、これはと答えた。
 その瞬間に、分かった。
 酔っているのではなく、この者は、錯乱しているのだ、と。
 兵士は、ラヴィ・ロマリスクの神殿に忍び込み、レンズを持ち出そうとした際、それを神官に見つかり咎められ・・・あろうことか、その神官を殺害していた。


 
 軍が民間人に手をかけるなど、あってはならない事を、その兵士はしたのだ。

 その場で取り押さえられた兵は、なぜ自分が拘束されるのだ、としきりに叫んでいた。
 彼が、いつ錯乱したのかは知らない。
 任務の遂行中におけるストレスからなのか、神官を殺してしまったという罪の意識からの逃避によるものかのか。
 だが、なにがどこで狂ったとしてももう遅い。
 罪のない民間人を、地上兵が殺したのだ。それも神殿に安置されていたものを持ち出そうとして、それを咎められたから、だ。
 我らが簒奪者の類と罵られても、なんの申し開きができよう。

 

 我々は普段、ラヴィ・ロマリスクの城壁の外に待機していたが、すぐさま街へと向かった。
 混乱が生じていると覚悟していた街中の現状はそれ以上だった。
 まず、我々は中に入るどころではなかった。
 地上軍の制服を見ただけで、住民は石を投げてくる。
 話合いを持とうにも、住民は我らの話など信用できぬと言い、とにかく出て行け、と怒号をあげた。

 お互いの上層部は被害が広がらぬように、迅速な対応に出たものの、暴徒と化した住民たちの怒りは納まることを知らず、地上兵にも負傷者が出た。
 そして、ままならぬ、と判断した隊長を始めとした上官達は、ついにある決断を下した。
 ラヴィ・ロマリスクの関門を閉じてしまおう、というのだ。
 そもそもラヴィ・ロマリスクは街全体を高い城壁で囲われている。
 その出入り口である関門を閉め、内と外とで地上軍と住民とを分断するしか、この混乱を収める手立てがない。
 もちろんこちらとしても苦肉の策だったが、騎士団の目がそれた時に、車輪を奪い閉門を強行した我等に対し、そのような不当な扱いをされる謂れはない、とラヴィ・ロマリスク側はすぐさま抗議してきた。
 だが、他に手立てがないと信じていた上官たちはそれを黙殺。
 ただでさえ険悪だった雰囲気は悪化をたどり、それまではまだ、穏便に事の収集を務めようとしていたラヴィ・ロマリスク上層部に対しては、裏切りに等しい行為だと思う。
 抗議の意を伝えにきた、騎士団副総長を務めるあの青年の、不信感と失望に満ちた目を、私は忘れることができない。
 ・・・以降、彼の姿は見ていない。


 だが、今にして思えば、蛮行だと言い放った彼の言葉は正しかったのだ。

 
 地上軍がラヴィ・ロマリスクを閉鎖した、その2日後の事だった。
 その日は朝から強い風が吹き、夕刻になってもやむことはなかった。
 諍いとは、やっかいなものであるが、そもそもの非はこちらにもある。我等は和解の道を模索していた。たとえ、先が見えなくとも、どこからか光明が差し込むのを待っていた。
 それは、嘘ではない。
 だが、人とは、所詮自分が可愛い。
 こんな時代だからこそ、余計に自分の命が惜しいのだ。

 


 周辺に、ベルクラントが落とされたのは、日も暮れ、我らが野営の支度に取り掛かっていた時分だっ
た。


 ベルクラントの威力は凄まじく、地面を揺るがし、その激しさに全員が立っておられずに転倒したほどだった。
 我々はすぐに、周辺住民の被害の状況を把握し、必要とあらば救助に向かう為に、行動を開始した。

 その時我々は、ラヴィ・ロマリスクを頂く山の反対側に拠点を構えていたが、向う側の闇夜の空が赤く染まっているのに気がついていた。
 被害が出たのか、と様子を見に行った小隊は、半時間ほどで戻り、我々にその報告をしたのだ。
 ラヴィ・ロマリスクが燃えている、と。


 直撃をした訳ではないが、ベルクラントにより山を燃やしていた炎が、風で町の中へと飛び火したものらしい。
 言うまでもなくラヴィ・ロマリスクの関門は、我等によって封鎖されてた。
 住民が外へと避難する事ができない。
 我々は、直ちに救出へと向かった。
 なにはともあれ、扉を開け、逃走路を確保しなければならない、そういう命令だった。

 


 だが・・・・。

 山の反対側へと回り、目にしたラヴィ・ロマリスクは・・・。
 まさに、地獄図だった。

 


 あれほどの惨劇を、目の当たりにしたことなどあっただろうか。
 空高く聳えた円形の城壁は、それがむしろ、地獄の釜のように赤々と燃え、その向うからは断末魔が絶えず響いてくる。
 助けを求めて泣き叫ぶ声と、人間の焦げた独特の匂いと共に、灰が空から延々と降ってきていた。
 目を開けていることが困難なほどの熱量を感じ、傍によることも容易ではなかった。
 
 それでも、進もうとすると、神への賛美と共に、我らへの呪詛の言葉が幾重にも幾重にも聞こえてくる。 
 それは地を這い、意志を持った怪物のように我らの耳を打った。

 

 
 
 ひとりの若い兵が突然、咆哮をあげた。
 
 髪を掻き毟り、悲鳴とも怒号ともつかない叫び声をあげ、それを間のあたりにした途端、我らの中で、なにかの糸が切れたのだ。
 それは我らを、鉄格子を開けられ、檻の中から逃げ出す猛獣と化させる、最後の一押しだった。
 
 私たちは逃げた。
 焼け落ちていく城壁の中から、助けを求める苦悶の悲鳴が地を走ってくるのが恐ろしかった。
 関門を開け、そこで目にするであろう惨状も、それを招いたのが我らである事も、浴びせられるであろう呪いの言葉も怖かった。
 それらから逃れたくて、闇雲に、それぞれがそれぞれ、逃げられる道という道を求め、ひたすらに走った。
 逃げても逃げても見える、闇の中に浮ぶ赤い炎の光から、それでも逃れようともがき、身をよじり、悲鳴をあげて、とにかく走った。
 逃げようとする地上兵たちの前に立ちはだかり、救出に向かうように指示を飛ばしていた隊長は、我を失い見境がつかなかった我が軍の兵士達に撲殺された、と後で聞いた。
 我々は恐ろしかった。
 なにもかもが恐ろしく、そして、取り返しがつかなかった。
 もしかしたらあの時、扉を開けに戻っていたら、と思う。
 だが、もしも開ければラヴィ・ロマリスクの住人達の憎しみは我らに向けられたに違いない。助けるべきだと分かっていても、我らの方が殺されたかもしれないあの状況下では、やはり逃げたろうとしか思えないのだ。 


 逃げ惑い、走り、そして我に返ったのは、翌日にうっすらと空が白じんできたのを見た頃だった。


 そして我々は、ひとり、またひとりとラヴィ・ロマリスクが見下ろせる山の頂へと集まってきた。
 半数はそのまま逃げたのだろう。戻ってはこなかった。
 だが、戻ってはきたものの、ラヴィ・ロマリスクへと下る決心はつきかねていた。
 はっきり言おう。
 自分達の罪の恐ろしさから逃れたい、という一心から、全員が心の中で、ラヴィ・ロマリスクの民がひとり残らず死んでいたら良いと思っていたに違いない。
 ひとりも残っていなければ、罵る声を聞くこともなく、そうすれば自分達の罪が消えてなくなりはしないか、と期待していたのだ。
 なんという卑劣だろうか。
 なんという愚かさだろうか。

 結局、その日も自分達が惨事を齎した街を見る勇気が誰もでなかった。
 一言も言葉を交わさず、我等はその夜を、そこで過ごすことにした。
 明日になれば、誰かが、街まで様子を見に行こうと言い出すだろう。
 それを待ち、それまでに覚悟を決めよう。

 弱く、卑怯な私には、それくらいしか自分で行動も決められない。
 それほどに恐ろしかった。
 ひとつの街を、大勢の罪なき人々を、我が身可愛さに見殺しにした、という事実は。

 


 そうして、眠れぬままのその夜半過ぎ。
 我等は我等の罪を、そうまでして大事にした自らの命で購わねばならなくなったのだ。

 

 それは、まるで風の如き速さの、奇襲だった。

 暗闇の中、ひとり、またひとりと、短い悲鳴をあげ、地上兵たちは倒れていった。
 状況がわからぬままに全員が泣き叫び、逃げ惑い、そしてその先には、黒衣を纏った騎士達が、我等を囲むようにして待っていた。
 自国を滅ぼされた者たちの、報復。
 ひときわ輝く白金の刃が、炎の光に照らされて朱色染まっていた。それともそれは血で濡れた為だったのか。


 私が見たのは。
 そこにいたのは、まさに、鬼神だった。
 いや、黒い衣の死神だった。

 

 白い面の右半分はすでに、化粧を施したかのようにべっとりと返り血で赤く染められ、黒い髪がそのうえに張り付いて、纏っている黒い衣服も夜目にも分かるほど血を吸って、濡れていた。
 そのアメシスト色の瞳は怒りと我等に対する憎しみに満ち、暗闇に輝く野生の獣のように、はっきりと光っているのが見えた。
 なによりも、その美貌。
 闇夜に浮かび、炎で照らされたその顔は、神の使いと呼ぶに相応しく、神々しいほどの美しさを讃えていた。
 その美しさが・・・・恐ろしかった。

 
 乱れた息の下から我等に向けられた剣先は、けれども、揺れもせず、それがかえって我等の恐怖を煽り、
それに耐え切れなくなったのか、兵がひとり、がむしゃらに剣を振るって立ち向かっていったが、黒衣の死神の方は、少しも動じず、狙いすまして的確に、兵士の喉笛を掻き切った。

 見事な剣技だった。
 見惚れるほどの。
 
 とても敵うわけもない。
 そして、精神を消耗していた我等には、戦う気力すら残っていなかった。

 

 
 私は剣を捨てた。
 大人しく裁きを受けよう、そう思い覚悟を決めた。
 もとよりこの先、この大量虐殺者の身で生き延びてなんになろう。
 戻っても決して、地上軍とて、我等を許しはしまい。
 我等は卑劣極まりない、犯罪者だ。

 私の行為につられる様に他の兵士たちも次々と剣を捨てていく。
 あたりは無気力で、覇気のない廃人のような兵士たちばかりになり、それを囲う復讐の騎士たちは、私達をいかようにもできる状況になった。
 だが、意外な事に、私を含め、剣を捨てた兵士に対し、騎士達は制裁を加えようとはしなかった。
 その冷静な態度が、逆に我等をみじめにさせた。
 確固たる意志を持ち、常に自分を見失わない。
 その強靭な精神は、我々にないものだった。
 あれば、こんな事態には落ち込まなかったものを。

 我々は正義の徒のつもりで、地上軍に参加した。
 だが、その実はただの、幼い自尊心を満足させる為だけに入隊した臆病者の集団にすぎなかったのかもしれない。
 いまや、薄汚い罪人まで落ちたこの身には、自尊心などカケラもない。

 
 騎士達は、降伏した我々に危害を加えなかったが、全員を並べて、持ち物を探っていた。
 なにかを探していたように、思う。
 やがて、その中の・・・黒衣の死神のごとき美貌の青年が、一言、私達に告げた。
 盗んだものを返せ、と。
 ああ、そうだ。
 私達は簒奪者でもあったのだ。

 神殿深く、安置されていたレンズを盗み出し、それを天上軍と無理矢理に結びつけたのだ。
 我等はそこに正当性を見つけようとしたが、その正当性の正体とは果たしてなんであったのか。
 我等は、美しく豊かなラヴィ・ロマリスクを妬んでいた。
 そこに住む人々の、笑顔を見ては、自分達の境遇と照らし合わせて僻み、心の中で、その醜き心情のまま、なんの罪もない彼らにそれを思い知らせてやりたいと、考えていたのではなかったか。
 錯乱し、神官を殺した兵士は、明日の我の身代わりではなかったのか。
 
 
 私にはもう、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日記はそこで途切れていた。

 そして、どこで朽ち果てたとも、いずこへ消えたとも分からない。

 書いた主は2度と帰ってこなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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 過去の大事の説明を、日記というカタチにしてしまったのは、今でも少しだけ悩むところです。
 実は、初めは地上軍の隊長が諸悪の根源になる予定だった・・・。彼の両親が幼い頃、天上軍に寝返っていて正義感の強い彼にはその事が我慢できず、以来、心に疚しい者を決して許さない性格となり、天上軍と裏取引してそうな(誤解)ラヴィ・ロマリスクを怒りにまかせて閉鎖してしまう、というのが当初の設定でした。
 後、本当は殺された神官(女性)と、殺した地上兵と、もうひとりがいて、それが三角関係みたいな感じとか。仲が良くなったけど、神官である彼女は結局、地上軍の任務には理解を示さず、お互い疑心暗鬼になったあげく、事故的に・・・みたいな。他にも、色々。
 しかし、そんなものを書けば当然長くなり、一番の問題は・・・その中に主役がいないことでした。
 ハロルドもカーレルもサロメもいないのでは物語をひっぱるのには無理があった。
 それで、思い切っての決断でもあったのです。
 ちなみにどうでも良いのですが・・・。
 地上軍に奇襲をかけたサロメは、前回の説明をまるっきり覆し、かなりの返り血を浴びてます。
 いさい構わず、怒りにまかせて斬り込んできた、という表現のつもり。
 たぶん、返り血を浴びるサロメの描写はこれが最初で最後になると思う・・・。

 ラヴィ・ロマリスクの前身を「天生の民」という名前にしたのは、これが理由です。
 「天に生まれた民」=「天上軍」という言いがかりの為のフェイク。

 

('06 6.24)