「誰が駒鳥殺したの?」
「それはわたし」
と が言った。
24.
陽は、かなり前に地面の裏側に隠れてしまった。
黒い騎士達が、乾いた枯れ枝を持ち寄って、火をつけた。
赤く辺りを照らす炎を、ハロルドはじっと眺める。
荒削りの三角柱のモニュメントも、その回りを囲むようにしておかれたレンズの数々も、透明なその中に火を閉じ込めたかのように、赤く揺れるその姿を映していた。
煙が、そこだけ洞窟の天井にぽっかりと空いた円形の穴から、空へと伸びていく。
ぱちぱちという爆ぜる音と共に空気を暖める炎は、頬を火照らせ、近くで見ていると目の表面を乾かしていく。
肌のつっぱるような感覚に、ハロルドはそっと頬を押さえる。
長きに渡り、それは人々の生活となくてはならないものだった。文明は炎なくして栄えなかったといっても過言ではない。
だが、母であっても、それが自然界において生まれ出たものであるならば、同時に、自然界を支配しようとする者に対して、容赦なく牙をむく、諸刃の剣だ。
長い話は終わっていた。
ディムロスの話に耳を傾けた者、すでに知っている悲劇にを聞く気になれないと背を向けた者、様々あれど、今、自分達の体を暖め、暗闇の中、辺りを照らすその炎を、感慨なくして見つめている者はひとりもいないだろう。
乾いた音をたて、枝から離れた火の子がひとつ、三角柱の方向に向かい、その途中で力なく消えた。
サロメは、ここに一部だけなら大勢が眠っている、と言った。
焼け落ちたラヴィ・ロマリスクの、住民達の遺体の一部を切りとって、ここまで持ち込んだのだろう。
・・・ひとりひとりに墓を作ってやりたくとも、誰が誰だか判別できる状態ではなかったに違いない。
そして、ここに、埋めた。
全員を一緒にしたのはきっと、寂しくないように、なのだろう。
そのサロメは、今はいない。
拘束していた手錠を切ってしまったことで自由を得た彼は、ハロルドから離れ、辺りの騎士に小声でなにかを指示しながら、三角柱の向こう側と行ってしまった。
今、その姿は炎の届かない闇の中にある。
洞窟の隅、誰とも距離をおいた位置で、膝を抱えていた座っていたハロルドの傍に、ディムロスがやってきた。
そのまま、許可も求めず、無言で隣に腰を下ろす。
なにも言わないハロルドに、ディムロスの方も意図的に目を合わせない。
「・・・疲れたか?」
声だけで交流を取ろうとするディムロスの遠慮がちな態度は、自分を思いやっての事だと分かっていても、気に入らない。
ハロルドは鋭い声で聞き返した。
「なにに対してよ?」
「・・・・ここまで、歩いてきた事だ。」
「・・・・・。」
それには沈黙、という手段を使って答える。
その沈黙の意味するものを感じ取って、ディムロスは短く、すまない、と詫びる。
「なにに対して詫びてるのよ?」
「色々と、だ。」
心痛を思いやるというのもあるが、今までラヴィ・ロマリスクの事を知りたがっていたハロルドの行動に対して、妨害していたのは事実だ。
今となっては、これ以上の失礼もないものだ、と思う。
「分かっているなら、それは良いわ。」
そんなディムロスの心情など、この天才にかかれば、口にしなくても手に取るようにわかるのだろう。
ふん、と鼻をならしてハロルドが言った。
それに・・とディムロスが口にしかかった時、無言で黒い騎士のひとりが寄ってきて、ハロルドの目の前にアルミでできた深い皿を差し出す。
よく軍が遠征先で使う、あれだ。
「え?私に?」
驚いてハロルドが覗き込むと、その中身は暖かいスープだった。
焚き火の上には鍋がかけられ、それでなにかを調理している匂いがしているのには気がついていたが、そのおこぼれに、自分が預かるとは思わなかったのだ。
騎士は無言で頷く。
ハロルドが皿を手に取ると、そのまま背を向けて去っていってしまう。スープはディムロスの分はないようだ。そのうえ、騎士の姿を目で追うと、また新しい缶詰を開けて鍋の中に移し変えている。自分の分よりも先にハロルドの分を用意してくれたものらしい。
何故、敵側の私に?と訝しがっていると、違う騎士が通りざま、我らの名誉にかけて、毒など入れてませんのでお召し上がりを。と礼儀正しくハロルドに言った。
「ねえ、どうして私が優先なの?」
思わず聞くと、炎に照らされたわずかな光の中でも、騎士が少しだけ笑ったのがわかった。
「我らリ・ヴォンにおいて、女性は上位ですから。」
「そうなの?」
「女性よりも先に飲食物を口にするのは、騎士にあるまじき恥ずべき行為です。」
「・・・へえ・・。」
そういえば、とハロルドは思い出す。
ダイクロフトに捕らわれ、一瞬だけサロメと食事を共にした時、彼はハロルドが手をつけたのを確認してからグラスのワインを口にしていた。
それには、こんな意味があったとは。
一緒にそえられたスプーンでスープをひとすくいし、それをパクン、と口に入れる。
本当は全然食欲などなかったが、自分が先に食べないと騎士たちは困るだろう、と思ったからだ。まさかそうなったら誰も食事しない、という事はないだろうが、一緒にスープ皿を抱えたまま睨みあいをするのもバカらしい。
要人が女性だった場合、毒見はどうするのだろう、と思いながら、ハロルドはもう一口、スープを運ぶ。
空腹は感じなかったが、それでも、暖かい食べ物は、体に優しい。
それを確認した騎士は、明らかにほっとしたように、その場を去って行った。
「それで、なに?言いかけたこと。」
騎士は、どうやら地上兵の分の食事も用意したらしい。
ディムロスにも遅れて皿を渡しにきて、戸惑いながらディムロスがそれを受け取ったのを横目で見ながら、ハロルドが一旦、流れていた会話を引き戻す。
「ああ。」
促され、ディムロスが言う。
疚しい事を感じさせない、はっきりとした友人の声だった。
「お前たちが仲たがいするのではないか、などとバカな疑いを持った事も詫びねばならない・・・。」
まったくだ、とハロルドは思った。
今ならば、ディムロス自身にも分かるだろう。
何故、その事をハロルドが知るとカーレルと喧嘩になるというのだ。それも修正できないほどの。
地上軍のしたこと・・・卑怯な言い方だが・・・書類上は、ひとつの判断ミスと、ひとつの命令違反にしかならない。
ラヴィ・ロマリスクを閉門したこと。
救出に向かえという上官の命令に従わなかったこと。
結果はおぞましく、当事者は自分を責め苛む罪悪感を伴い、それによって精神を壊すものであったとしても、軍が出した結論は、それだけなのだ。
それが被害を広げ、そのうえ、何百人もの罪なき人々を見殺しにしたとしても、それは結果にすぎない。
ラヴィ・ロマリスクを焼いたのは、ベルクラントの炎だ。
街はその飛び火を受け、運悪く消滅しただけだ。
だが、その裏にあるものの、なんと罪深いことか。
自分達が閉じ込めた助けを求める声を見捨てて逃げるなど、唾棄すべき行為だ。直接手を下す卑劣さにも並ぶ。
たとえ、どんなに声を枯らし贖罪を請うたところで、誰も許しはしないだろう。
地上軍がしたことは、決して許されない。
それが人類の信じる道徳、背負った倫理だからだ。
ハロルドは逆に、なぜディムロスがそう思ったのか、その理由が分かる、と思った。
「兄さんは・・・。」
「ああ・・。」
「後悔しているのね。」
「・・・無論だ。」
罪悪感とは身を食む獣だ。
それは深ければ深いほど、悪い方、悪い方へと胸に浮かぶ不安を駆り立てていく。
そうしてその幻覚の被害妄想から這い上がれず、自分を持ち崩した人間は山ほどいる。
そうなってしまった知人を救えなかった経験をしないでいられた幸せな人間が、この時代に果たして何人いるというのか。
後悔とは、自分に非があると認めたときに起こる。
もしくは、自分自分の正義に反し、身の置き場のない思いをした時に。
ハロルドの心の中にあるカーレルの居場所は、例えるとするなら、奥深くで、風に揺れることない穏やかな水面を湛える泉だろう。
あの、今まで決して間違ったことをしなかったはずの兄が、後悔している、という事実は、それなりにその穏やかな部分に波紋を作った。
それを心配したディムロスたちの行動は行き過ぎだったかもしれないが、余計な事と、責める事はハロルドにはできない。
カーレルは、ハロルドだからこそ、自分を許しはしないだろう、と思ったのだろう。
それは、カーレルが死ぬまで自分を許す気がないからだ。
彼の決めた事を・・・たとえそれが己を責める行為でも・・・ハロルドに理解できないわけはない、と。
どこまでも同じ考えの兄妹だからこそ、同じ結論を出すだろう、と。
だからこそ、自分が決して自分を許さないのと、同じように。
ハロルドにも許されたくない、と。
そう、願ったのだろう。
それを自虐的だと責めも、潔い行為と賞賛も、ハロルドはしない。
きっと、自分がその立場なら、同じような結論を出す。
自分達は仲が良い兄妹だが、けっして周囲が思っているほど、甘えきった関係でもない。
この場合の甘えとは、血が近しいという結束の中なら、楽に逃げ込め、無条件で自分を受け止めて貰えるという思い上がりだ。
カーレルとハロルドは違う。
いうなれば、お互いは、布を被せた鏡だ。
そこになにが映っているか、分かるからこそ、見たくないこともある。
そこにだけは決して、逃げ込みたくないこともあるのだ。
「ラヴィ・ロマリスクに派遣された兵士達の姿は・・・ディムロスも見た?」
「・・・・・ああ。」
一瞬、ふいをつかれたかのように息を飲み、それを吐き出しながら、ディムロスが答える。
悪夢を見た者は、よほど強靭な精神を持ってそれを受け入れられなければ、持ちこたえられない。
医務室の入院患者だった兵士。精神を病んだ彼が、その見本だ。
もう二度と、彼らには平穏な日々は戻らない。
「初め・・・戻ってきた彼らは詳しい供述をしようとしなかった。護衛に行ったラヴィ・ロマリスクはベルクラントによって焼き落とされた、としか。だが、円形に高く城壁を持つというラヴィ・ロマリスクの構造を知っていたカーレルがその報告に疑問を持った。直撃でもされなければ、壊滅的な打撃を受けるわけはない、しかも、生存者もほとんどないというのは、一体どういう事なのか、と。それに・・・兵士達の言動にもあやふやなものがあって、そこで軍内からも追求の声が高まり・・・発覚した訳だが。」
「・・・そう。」
「報告を怠ったり、故意に隠蔽しようとするのは軍の規律に反する。した事も含め、彼らは糾弾されて当然だが・・それが更に追い詰める結果にもなったな。・・・罪の意識は、当事者の彼らも持っていただろう。」
それは当然だ。
その罪の深さから逃れたい一心で、彼らはまともに報告できなかったのだろうから。
だが、それで、何から逃れられたか?
自らの罪を隠蔽しようとした事で、更に、立場を悪くしただけではないか。
そして、彼らを擁護するような発言は、地上軍の人間がすべきではない。
そうは思っているが・・・やはり追い詰められた彼らの姿を目の当たりにすると心が痛む、とディムロスは言った。
「カーレルにしてみれば、己の判断ミスだと思わないではいられなかったんだろう。あの時、ラヴィ・ロマリスクに地上軍を派遣する事を提案したのも、内密に探るように指示を出したのもカーレルだ。元凶が全て自分にあると思ったところで、不思議ではない。・・・私はそうは思わないが。」
「・・・そうね。」
「だが、責任を感じることはないといくら言ったところで、なんの慰めにもならないのは分かっている。カーレルのやるせない気持ちも理解できるんだ。もしも違う策を練っていたなら、ラヴィ・ロマリスクの末路も違うものになっていた筈だ。どちらもこんなに苦しまなくても済んだ。」
「・・うん。」
誰のせいでもない、と言うのは簡単な事だ。
不幸な偶然が招いた結果だった、と。
だが・・・それでは誰ひとり悪くないのか、と問われたならば、やはりどこかに、誰かがいるのだろう。
誰も悪くなかった、とはとても言えない。
どこかでボタンの掛け違いを起こしたヤツは、必ずいる。
それを責めるな、忘れろ、許せと、大勢を殺された身の上の人間に、加害者に近い者が言えやしない。
ならば、責任を感じる人間も同じくいる、という事だ。
知らんぷりで都合の良い時だけ物分りの良い顔をし、それを投げ出せとは、慰めであってたとしても、誰にも言う権利はない。
ディムロスは、視線を地面に落とす。
そこに、落ち着きない身の置き場を探しているかのようだ。
「そして、もしカーレルがそうしていたなら、彼らが天上軍に下ることはなかった。彼らは1度、天上と地上とを天秤にかけ、我々の方を選んだ。なのに、その期待に応える事ができず、挙句その結果がこれだ。・・・我らを恨んで当然だ。」
溜息のように声を息を漏らし、やるせなさと共に地に吐き出す言葉を、ハロルドは、体温が下がった冷えた頭で聞いていた。
「うん・・・。でも、それ違うと思う。」
「なにがだ?」
ディムロスは、怪訝そうにハロルドの顔を見返した。
違う。
国を滅ぼされた黒鶫騎士団は、地上軍を恨んだかもしれない。
いや、確実に恨み憎んだだろう。
だが、それで天上軍についたというのなら、それは今度は、彼らの倫理に反する。
リ・ヴォンにおいて、復讐は罪悪のはずだ。
あの時の疑問が、ハロルドの中で再び首を擡げてくる。
・・・何故、黒鶫騎士団は天上軍に下ったのだろう。
もちろん、帰る国を失い、それでも地上軍に身を寄せる気にならなかったという、ごく自然な気持ちの流れが、彼らを天上に向かわせた、ということもありえる。
だが・・・あのサロメがそんな感情論で、天上軍を選んだというのが、しっくりとこない。
それに滅ぼした、というのならば、直接の原因は天上軍のベルクラントではないのか?
恨んでいる、というのならば、騎士団は地上軍と同じように天上軍も恨んでいるはずだ。
なのに・・・・。
何故?
大きく風を切る音が遥か頭上から、聞こえた。
ハロルドは、はっと我に返って、ぽっかりと丸く空いた空を仰ぎ見る。
暗闇の中には、外殻のせいで星も見えないが、それでもぼんやりと、外殻の上にはでているのだろう月の光が、天井を形成している土の間から漏れている。
耳を澄ませなくでも、くっきりとそれだとわかる爆音が、段々と近づいてくるのが分かった。
「―――火を消せ!」
どこからか聞こえた、短い指示の声は、サロメのものだった。
ほぼ同時に、焚き火の炎がかき消される。
完全に火が消え去った後に見上げた空から、一筋のまぶしい光が地上を探っている。
爆音が更に近づき、間もなく見あげた空に浮かび上がったシルエットは、天上軍の飛行艇のものだった。
洞窟の中、息を殺して、全員が身を潜める。
飛行艇は辺りをサーチライトで照らし、一瞬、きらめく光は三角柱をも捉えたが、結局誰の姿も見つける事ができなかったようだ。
何度か旋回をしているような、飛行音が響いていたが、やがてそれも遠のいて言った。
元々からいた洞窟の隅で、更に身を縮め、ハロルドは息を殺す。
ディムロスはハロルドに、ここで待っていろと言い、念の為に、近くにいた別の地上兵にハロルドの身を守るよう、指示を出してから、自分は捕虜になっていたハードビー中佐のところへ移動したようだ。
もちろん、彼らの安否の確認の為だが、同じにそこには、奇妙な問題を浮きあがらせてもいる。
ディムロスもその事には気がついているだろう。
何故、サロメ以下、騎士団が天上軍から身を隠すのだろう。
応援が来たと幸いに、ハロルド達を三度捕らえることもできたのに。
そんなことを、暗闇の中、つらつらと考えていた時だった。
後ろから小さく呼ぶ声がする。
「ハロルド博士。」
「・・・・・?」
聞いた事があったが、誰の声だか思い出すのに一瞬かかった。
ハロルドが振り向くと、暗闇の中、視界のきかない中でも、気配で感じ取ったのだろう。
相手は、こちらへ、とハロルドを誘導した。
「もっと奥へ。・・・もう危険はないと思いますが念の為に、壁伝いに移動してディムロス中将と合流しましょう。」
「・・・・・うん。そうする。」
ハロルドは、はっきりと言って、その場を立ち上がった。
違う地上兵がハロルドを迎えに来たと思ったのだろう。
ディムロスにハロルドを見張っていろと言われた兵は、動きもしなかった。
声の主は、ハロルドの肘の辺りを引きながら、洞窟の奥へと進んでいく。
それは無理に引きずっていくというのではなく、足元が覚束ないハロルドの体を支える仕草だった。
やがて手探りで進む中、一本道はなだらかなに曲がった先へと辿り着き、振り返って、完全に兵士たちがいる広場から、自分達の姿が隠れたとを確認すると、相手がハロルドの肘から手を離した。
「それで?」
ハロルドは言った。
「私に何の用?」
声の主は、マッチを1本、擦って小さな灯りを短い間灯した。
それにより、一時、お互いの顔がはっきりと確認できるようになる。
それはたぶん、ハロルドに対する礼儀の意味での行動なのだろう。
自分の顔を見せないという事は、対等でない事でもある。
ハロルドは別段気にしないが、負い目のようなものでも感じるのか。
火に照らされて、浮かび上がる端整で引き締まった表情は、地上軍駐屯地で見た時よりも、ぐっと精悍さを増し、顔色の悪かったあの時のものとはまるで別人のようだった。
「初めに騙して悪かった、と詫びようと思ったが・・。」
男が言った。
「・・・俺が誰か、分かっていたようだな。」
「うん、声で。」
もう火は消えていた。
見えはしない相手に、ハロルドはにっこりと笑いかける。
「言ったでしょ?私を誤魔化せるとは思わないでって。」
「・・そうだった。再度、失礼した。」
暗闇の中、男が笑った気配がした。
「あんたに、話しておきたいことがある・・・。」
「気が変わったの?」
医務室の鉄格子の中にいた時は、もうハロルドに話す事はなにもない、と言わんばかりの態度だったのに。
どうして気が変わったのか、興味が湧いてきた。
「ああ・・・。あの時、俺はあんたに聞いただろう?ラヴィ・ロマリスクがどうなったのか知ってるのか、と。」
あの時も持った感想だったが、この男の声は低い割には、聞き取りやすい。
はっきりと発音をしているからだろう。
どこにも訛りがない、美しい言葉を使っている。
ラヴィ・ロマリスクの人間は皆、こういう話し方をするのだろうか。そういえば、サロメの言葉にも、訛りもクセもない。
「・・・あの時は、まだあんたは何も知らない風だった。だから別の・・・騎士団の誰かに当たろうと思った。だが・・今なら、知ってるな?だったら、あんたが1番適任だ。」
「なにのよ?」
「・・・・・我々の事に興味があるのだろう?」
捕虜だった男が言った。
ハロルドに対し、もってまわった言い方をする人間はめずらしい。
そういう駆け引きを持ち出す前の、間を挟んだ会話を今までハロルドとした事があるのは・・・カーレルとサロメくらいなものだ。
ハロルドは気が短いし、相手の言いたい事がすぐに読めてしまう。1度でも先まわりして言わんとする事を言い当てられると、大概の人間は気後れし、もう2度と、そういう言い方をハロルドにはしない。
「興味あるわ。」
はっきりとハロルドは答える。
「さっきのディムロスの話だけでは、腑に落ちない事が多かったし。聞きたいことなら一杯ある。・・・手頃なところで、あんたの名前とかね。」
「・・・失礼した。」
男は笑った。
失礼失礼、とハロルドによく謝る男だ。
「俺の名前は、ヴァレリー・パルム・マヌーヴァという。・・・黒鶫騎士団第三団隊の長だ。」
「そうなの。」
ぱちぱちとハロルドは瞬きする。
暗闇に目が慣れ、判別できるようになってきた中、相手の顔がぼんやりと浮かぶ。
・・・サロメはあんな無茶をしてまで、地上軍に捕らえられていたこの男を迎えに来たのだ。
「それで、私に話したい事って何?」
それを聞くとヴァレリーは言った。
「そっちから質問してくれないか。たぶん、俺の伝えたい事と、あんたの知りたい事は重複しているものが多いだろう。あんたの理解力を考えたら、その方が話が早く済む。」
確かにその通りだった。
ぐずぐすしていたらディムロスにハロルドの不在がバレてしまう。時間がない。
この男は、頭が切れるようだ。
「じゃあ、聞くわ。」
ハロルドは口を開いた。
「フェザーガルドは、どうしたの?」
天上軍に人質に取られ、ハロルドを捕らえる為の餌にされた彼女は、結局今どこにいるのか。
ディムロスの話では、そこに触れてなかった。
噂では、カーレルのせいで死んだ事になっていたが・・・。
「死んだ。」
あっさりとヴァレリーは答えた。
「・・・本当に死んだの?」
「ああ・・・。と言っても、俺は見たわけじゃないから、絶対かと聞かれても、神には誓えないがな。・・・ラヴィ・ロマリスクが燃えている様を目の当たりにして、錯乱状態になり、そのままダイクロフトから身を投げたらしい。」
「それは誰が見届けたの?」
「・・・・・騎士団の第二団長の女性と・・・あいつ、だ。」
「あいつって・・・。」
今と言い、鉄格子の中でと言い、どうもヴァレリーは含みのある言い方をする。
「ミゲルね?」
「・・・ああ。」
一旦、言葉を切り、息をついた後、ヴァレリーは再び話し出した。
その声は重く、あまり語りたくない事柄なのが伺える。
だが、ハロルドに伝えるなにかの為に、ようやく口を開いている。そんな感じがした。
「俺たちは・・・ラヴィ・ロマリスクが燃えているのを、ダイクロフトの地上を映したモニタで確認した。だが・・・あの炎の勢いはすごかったからな。離れたところにいた、あいつらも肉眼で確認できたそうなんだ。円形に燃えるそれは、ひとめでラヴィ・ロマリスクだと分かったと。それで、フェザーガルドは死を選んだらしい・・・。」
「・・・あんたたちはどうして帰ってきたの?」
「元々、フェザーガルドを奪還して地上に戻る為の飛行艇を奪われないように、格納庫で守っていたやつらがいたんだ。そこに戻ると、後からあいつらも追いついてきて、フェザーガルドの死を告げた。それですぐさま帰還になった。」
「そうか。救助に行ったフェザーガルドが死んだのなら・・・。」
「・・・天上に残る意味などないからな。一刻も早くラヴィ・ロマリスクに戻る事の方が先決だった。」
「・・・・・。」
この男の家族は、どうしたのだろう。
もしも、ラヴィ・ロマリスクで暮らしていたのだとしたら・・無事ではすまなかったのだろう。
劫火の中、一部の住民たちは関門を破り、逃れられたという。だが、その大半は炎に巻かれ命を落とした。
彼らは、国をその地獄の炎が焼き尽くしていく様を見て、無我夢中で戻ってきたのだろう。
・・・そして、目の前には無残な姿となった、故郷の姿が・・・。
「それで、その第二団長という女性は今どこにいるの?」
こみあげてくるものを頭を振って消し、ハロルドは、質問を続ける。
だが、返ってきたヴァレリーの言葉は予想外なものだった。
「行方知れずだ。」
「・・・・行方不明?」
思わずハロルドは聞き返す。
「・・・我ら黒鶫騎士団にはもうひとり、総長が不在の時に、代わりに騎士団を指揮できる者がある。」
「・・うん?」
「副総長がそれだ。我らの副総長に、ラルフィルド・ラヴィ・ラヴァベルナという男がいるんだが。」
「・・・ラヴィ?」
「・・・教皇の子息だ。」
では、フェザーガルドの兄弟か。
ハロルドの考えた事を、肯定するようにヴァレリーは無言で頷く。
「・・・地上に戻り、焼け落ちたラヴィ・ロマリスクの残骸を目の当たりにした我らは、生き残ったラルフィルドがわずかな住民を守っているのに遭遇した。」
ヴァレリーは、その時の事を思い出す。
ラルフィルドは、一瞬、騎士団と地上軍を間違えたようだった。
こちらに剣を向けた、その気配は空気すら震わすほどの怒りに満ち、まるで鬼のような面持ちだった。
あの優しく柔和な印象だった面影は、幼馴染で親しかったヴァレリーさえ、ぞっとして後ずさりする程の憎悪を浮かべていた。
「そこで報告を受けた。地上軍がラヴィ・ロマリスクの関門を無理矢理閉じたこと。その前に神官を殺し、我らが守ってきた大事な・・・。神の化身といわれ、崇めてきたものを奪った、と。」
それが、あの、レンズか。
とハロルドは納得する。
あの人工知能のようなものを持つレンズがあったからこそ、ハロルドはサロメと騎士団とラヴィ・ロマリスクに辿り着いた。
・・・そういえば、あのレンズが今、ハロルドの手元にある事を、この男は知っているだろうか。
まさかサロメが、ハロルドに自室から持ち出された事を気がついていないとは思えない。
騎士団は、そのレンズを取り戻す為に地上軍を襲ったと報告されている。
サロメが、返せ、と自ら言ったと。
それほどの大切なものなら、ハロルドから取り戻そうと何故しない?
「・・・そして、それっきりだ。」
ヴァレリーは言った。
ハロルドが考え込んでいるのも気にせず、話を進める。
「ダリアは・・・。それが、第二騎士団長の名前なんだが、ダリアはあいつに率いられた俺たちが、レンズを取り戻す為に地上軍を追って行った時に、傷を負った住民と、それまで不眠不休だった第一団隊を守る為にそこに残された。だが・・・我らが戻ってみると、騎士と住民はそのままだったにも関わらず、ダリアと第一騎士団長のラルフィルドの姿だけが消えていた。」
「・・・ふたりして姿を消した、という事よね?もちろん。」
「神隠しの類ではないと断言できるな。」
ハロルドの質問に、きっぱりとヴァレリーは言い、可笑しなところがない訳でもなかった、と続けた。
「俺が可笑しい、と感じたのは・・・。再会した時、すぐにダリアは、ラルフィルドにフェザーガルドの最期を伝えはした。だがそこでは、細部まで詳しく報告しなかったんだ。・・・ダリアは元々ラルフィルドの部下で信頼も厚かった。なのに、フェザーガルドの兄であるやつに言う事がない訳がない。」
「そもそも、フェザーガルドが死んだ、とあんた達に告げたのは、ダリアって人とサロメだって事だけど。」
「サロメ?」
ヴァレリーが片眉をあげて、ハロルドの言葉を反芻した。
「・・・失礼。ダリアと、ミゲルだって言ってたけど?」
「ああ。」
「その時の供述におかしなところはなかったの?聞いていて、これは辻褄が合わないと思った、とか。」
「変もなにも、あいつの言う事はいつも変だ。」
きっぱりとヴァレリーが言うので、ハロルドは思わず笑ってしまった。
「だが、あんたの言う通りだ。あの時から不穏な感覚はずっとあった。そもそも・・・フェザーガルドがダイクロフトから身を投げたと言ったのは、あいつひとりなんだ。ダリアは黙ってずっと立っていただけだ。」
その時の事を思い出す。
ダリアの顔色は、紙の様に真っ白だった。
聖皇女の死を目の当たりにし、平静を装ってもいられないだろう、とその時は思った。
だが・・・総長の淡々とした口調を横に、ダリアは身を硬くしていた。
あれは・・・なにかに怯えていたようにも見えた。
「ダリアはやつの言葉を、否定も肯定もしなかった。補足するような事もなにひとつ、な。だが、総長がそう告げた。それだけで俺たち騎士団には十分なんだ。」
「それが嘘だったとしても?」
ハロルドの言わんとする事が分かって、ヴァレリーが鼻白んだ気配がした。
「それでも、だ。総長の言葉は絶対だ。真実よりも重い。」
「じゃあ・・・やっぱりフェザーガルドは生きてる可能性がある?」
「・・・いや。俺は死んだ、と思ってる。」
それはなんで?と訊ねようとしたハロルドの耳に、離れたところで怒鳴っている声が聞こえてきた。
ハロルドはどうした!?と言っている。ディムロスだ。
もうそろそろ時間がない。
証言者は消えた。
近くでその目で見て、なにが真実だったかを伝えられる人間に頼るという術は使えない。
「・・・あんたは、ミゲルの言葉を信じてないのね?」
総長の言葉を絶対とする騎士でも、人間だ。
猜疑心を持つ事までは禁じられない。
「ああ。」
ハロルドの言葉に、ヴァレリーは言った。
「それでも、フェザーガルドは死んだと思う?」
「ああ。フェザーガルドが生きている、と考えるのは無理がある。」
迷いのない、はっきりした言葉だった。
「そもそも、今も生きているなら、俺たちが気づかない訳はない。俺たちは天上軍にいたんだぞ?ダイクロフトのどこに隠れるというんだ。」
そう言うヴァレリーにハロルドは、先ほどから持ってるひとつの可能性というカードを、披露することにした。
「あんた達は、今でもフェザーガルドを人質に取られて、天上軍に与してるのかと思ったけど?」
「・・・違う。」
「でも、復讐の為でもないでしょう?」
「ああ。」
そして、ハロルドの言葉を意地悪だ、と言わんばかりに、ヴァレリーは諸手をあげた。
「すまんが、そこは聞かれても答えられない。血約の誓いを立てていると言っただろう。」
「そうだったわね。」
またこれが立ちふさがるか、とハロルドは心の中で舌打ちをした。
それから、はた、とその事実に気がついた。
「そうか・・・レンズを取り戻すのが、目的だったから・・・。」
サロメたちに襲撃された地上軍兵は、ほとんど殺された。
それは、殺戮に近かったと聞いたが故に、今まで復讐だと思いこんでいた。
憎悪の炎をそのまま向けてきたものだ、と。
だが、それだと辻褄が合わない。
復讐が罪悪なリ・ヴォンにおいて、それは認められない。
「・・・そいつは違うだろうな。」
「え?」
ハロルドの独り言に対して、ヴァレリーが答える。
思いもしない返答があった事で、ハロルドはきょとんとヴァレリーを見る。
「今、なんて?」
「レンズを取り戻す為ってのは口実さ。あれは間違いなく、復讐だった。あれほど頭に血をのぼらせたあいつの姿を初めて見たが・・・地上軍なら誰から構わず、斬りつけてやがった。後ろについていた俺たちにも止められなかった。・・・騎士達の中ですら、恐れをなして震えていたやつがいた程だ。」
「・・・でも、それだと・・・。」
教えに反するんじゃない?と言おうとしたハロルドの言葉を遮って、ヴァレリーは吐き捨てるようにして言った。
「あいつはリ・ヴォンなんて信じちゃいない。」
「・・・・・。」
「あいつには、信仰する神はいない。いても、それは俺たちの神じゃない。それだけは、間違いない。」
「・・あんたは、つまり・・・。」
ハロルドがその先にある言葉を悟った。
何故、この事をハロルドに告げようとしたのかも、そしてハロルドになにをさせたいのか、も。
「ああ。」
その時、ヴァレリーの表情が、なにもない・・・なんの感情もないものに変わった。
それは苦労して、押し殺したのかも、しれなかった。
「俺は・・・あいつが、フェザーガルドを殺した、と思っている。」
どうしてハロルドを守っていなかった!?とディムロスに叱責され、なにかもごもごと言い訳している兵士の声が、微弱な風に乗って届いてきた。
広場には空洞が空いているから、そこからの空気の流れだろう。
向こうの声がよく聞こえる。
「ラルフィルドたちを、探してくれ。」
後ろの様子を伺って、ここまでだ、と判断したらしいヴァレリーが早口でハロルドに告げた。
「ダリアなら、全てを知っている筈だ。」
「ちょっと、待ちなさいよ・・・。」
こっちは目当ての人の顔も知らないし、なんの手がかりもないのに、どうするのよ?というハロルドの文句は黙殺された。
「あいつが何を考え、何を企てているのか。そして、それが俺たちにどう関係してるのか。俺はそれが知りたい。」
聞いちゃいないわ、とハロルドが膨れるのに構わず、自分の用件のみを続けるヴァレリーの、決心を秘めた瞳だけは、暗闇の中でも、はっきりと見て取れた。
「俺は、あんたに全て託す。」
「あの美しい化け物の、化けの皮を剥がしてくれ。」
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