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飴色の柔らかいランプの光は、どこかほっとさせてくれる。
照らされるカーレルの横顔は、いつになく優しく慈悲深く見えるのは何故だろう。
それは無事に任務を終えて帰ってきた自分に対する労いの意味か、はたまた、全てを知っても何も言わない妹への、心配りだろうか。
全てを知った今、気づかいのある態度を取るべきは自分なのに、これでは逆だわ、とハロルドは思う。
結局、あの後・・・・。
ヴァレリーとの秘密の会合は、ディムロスにばれることもなく、無事に基地まで戻ってこれた。
突然いなくなったハロルドに、ディムロスは眉を吊り上げ怒ったことには怒ったが・・・。なんといっても、ハロルドは女だ。人目を憚ってどこに行っていたか、という嘘を考え付くのに、理由は事欠かない。
簡素な食事を終え、結局、双方の話合いにより、来た洞窟をその場で分かれて進む、という時になっても、別段、地上軍と騎士団は揉め事を起こしたりはしなかった。
いっそ清々しいほどに、綺麗に別々の道を辿っていった。
それには、彼らに対する配慮を、地上軍が持ちあわせていた事にあるだろう。これ以上の騙し討ちをするほど、地上軍の精神も腐ってはいなかった、という事だ。
そして、地上軍を未だに信じる(もしかしたら騙まし討ちをされるのも覚悟のうえかもしれないが)ほどの寛容さが騎士団にあった、という事実もあいまって、お互い無事に帰還となった訳である。
・・・もっとも、騎士団がどこへ向かったかは知らないが。
ラディスロウは、予想通り、かつての駐屯場所から移動していた。
それより北東、山を回りこんだ先で待っていたラディスロウに、捕らわれていたハードビー中佐の隊をつれ、ハロルドたちが帰還をしたのは、駐屯地を出てから、丸2日がたってからの事だ。
そこからラディスロウは本格的な基地移転となった。
今、ラディスロウは、大型戦艦としてはありえないほど、小さな、そして静かな音をたてながら空を飛んでいる途中だ。
帰還したハードビー中佐を含む、ディムロス、ハロルドの報告やら、リトラー司令の労いの言葉やら、新しい本拠地先の説明やらの、すべてのわずらわしいものが終わった後、ハロルドは、ひとり部屋に帰ってこれからの作戦を急いで立て直す必要があるのだ、と断る迷惑そうな兄の後に、無理矢理ついてきた。
報告しなければならない事がある。
・・・実際は、しなればならない義理などこれっぽっちもないのだが、ここはギブアンドテイクだ。
「ダリアを探してくれ。」
ヴァレリーはそう言った。
ダリアなら、全てを知っている、と。
副総長と共に騎士団を抜け、姿を消したという第二団隊、団長。
ヴァレリーの言葉を全部信じる訳にはいかないが、これから先、ハロルドが知りたい事を知りえるチャンスがあるならば、手がかりは確かに、彼女だけだ。
だが・・・ハロルドは、その女性の姿すら知らない。
探せと言われて、闇雲に探すには、同じ名前など山ほどいるし、ましてや、本人が今現在、偽名を使っていないとも限らない。
サロメの謎を探す前に、手がかりの彼女自身を探す手立てがない。
どうするか・・・。
雪の中、ラディスロウに向かいながらの道中で、ハロルドはその事に気がついた。
その女性。
ダリアという人に、実際に会った人間がすぐ近くにいるではないか、と。
「それで?」
話の取っ掛かりになれば、とヴァレリーとの密会の前までの一連の報告を、更に詳しい事実も交えて話し終えると、カーレルは面白くもなさそうに先を促した。
会議の席でも聞いた話など、今更聞かされてもなんの意味もない、と思っているのが、ありありな態度だ。
会議中は、神妙な顔をして聞き入っていたくせに。とハロルドはそんなカーレルに可笑しくなる。
「まあ、そこで・・・ひょんな事から捕虜になっていたあの騎士と、話す機会ができたんだけど・・・。」
「・・・・・。」
本題を話し始めると、途端に、カーレルの瞳が興味深げに光った。
今までの、さっさとハロルドを追い払おうという態度とはうって代わったあからさまな反応だった。
この兄の表と裏の顔を、全兵士に見せてやりたい。とハロルドは心の中で舌を出す。
「なるほどな・・・。」
全部を説明し終わると、カーレルは腑に落ちた、というように何度も頷いた。
「それで、第二団長の情報を得ようと、こちらの迷惑顧みず、押し入ってきた、という訳か・・・。」
ハロルドがここに来た目的を、皆まで言わなくても、案の定、カーレルは察した。
「そう・・・。」
ダリアに関してのカーレルの印象をたずねようとして、ハロルドは、その前に、と質問を変える。
先に確かめておかねばならない。
「・・・この件、先に進めても良い?兄貴。」
「良いもなにも・・・ダメだと言ったところで、聞くお前か?」
なにを今更、と呆れ顔でカーレルは言った。
ハロルドにしてみれば、確かに、今更、承諾を得る必要のない事柄ではあった。
サロメの正体を探り、ついに手繰り寄せた時、それは自軍の犯した許されざるべき行為があからさまになった瞬間でもあった。
だから、そこで終いにしろ、と言われたとしても、無理はないとは思う。
これ以上、どちらに取っても傷を広げるような行為を、好奇心、それだけの為にするな、と。
それが、誰の為になるのか、と。
だが、とハロルドは思う。
この事件の背景は、これで全部ではない。
そして、終わった訳でもない。
今もどこかで、火種はくすぶり続けている。
それがこの先、これ以上の凶報を呼び込むとは限らないが、それでも、先に知りえる事で、なんらしかの手を講じられるなら、知っておきたい。
それは、初めからある信念にも似た、決意だった。
今更、それを曲げられるとは、自分自身でも思っていない。
「こちらにかかりきりになって、天上軍攻略計画に支障をきたしたりはしないだろうな?」
「もちろん。」
ハロルドには、ソーディアンの作製という重要な責務がある。
それは、一刻も早く完成させなければならず、だからといって、焦って進めようとしてもどうしようもできない、デリケートな問題でもある。
例えば、待つしか方法がない場合。
完成を待つ、予算を待つ、手配している資源が来るのを待つ。
皆、自分の意思だけでは、進めないカテゴリだ。
だから、無駄な待ち時間ともいうべき、その合間の時間に(そもそもこの時間がハロルドは大っ嫌いだ)ハロルドも事を起こすつもりだ。
それなら、計画の推進にはなんの支障も起こさない。
「なら、仕方ないじゃないか。」
あっさりとカーレルは許可を出した。
それは言い出したら聞かない妹への、諦めからではないと思う。
カーレルにはカーレルの信念がきっと、そこにあるのだ。
それは悔恨の気持ちからくるものかもしれないが、カーレルの信念は、ハロルドの信念。
必ず、ふたつの意志は、共鳴しあって、同じ結果を求めている。
「しかし・・・あの女性兵の事は、私もよくは知らないぞ?」
カーレルが言った。
視線がハロルドから、少しだけずれている。
なにかを正確に思い出そうとする時の、カーレルのクセだ。
こちらと会話をしながらも、意識の一部をどこかに飛ばしているのだ。
「でも、会った事はあるでしょ〜?」
そんな兄をよく知っているハロルドは、良い反応だ、と思った。
「顔も知らない私よりは幾分マシよ。」
「・・・確かにな。」
そう言って、カーレルは少しだけ可笑しそうに笑った。
そして、おもむろにハロルドに背を向けると、つかつかと中央に鎮座している机に向かい、どっかりとその椅子に腰掛けると、
「どうぞ。」
と笑って、向かいの椅子をハロルドに示した。
それは、とことんつきあうつもりになった、という合図だった。
立て直す必要のあった作戦、というのは、どこまで急いでいたのか知らないが、後回しでも良いらしい。
ハロルドは、にっこり笑い、カーレルの示した向かいの椅子に腰を下ろす。
こうして、何事かをふたりで話し合うのは久しぶりだ。小さい頃は、事あるごとにお互いの部屋を行き来し、なにもかもふたりで考察をしつくして答えを出していたものだ。
ひどく懐かしい気持ちになって、ハロルドは机に頬杖をつく。
カーレルはその姿に呼応したかのように、妙にリラックスした面持ちになって、両腕を組んで、ハロルドに話しの先を促した。
ふたりとも揃えたように、右足を組む。
「あの女性はそうだな・・・。小柄だったという印象だな。」
「小柄。」
「そうだ。お前ほどじゃないが、あの3人と並んだ時の比較でも、ひとりだけ殊更小さかった・・・。」
そこで一旦、カーレルは言葉を切った。
「あの総長も小柄だったが、それよりも少し低い位、だった。彼は、どれ位の身長だと思う?」
「う〜んと・・・これくらい?」
ハロルドは自分よりも頭ひとつ程の位置を、手のひらで示す。
「兄貴から見たら?」
「これくらい、だったか。」
逆にカーレルは自分の顎のラインくらいを手のひらで示す。
「ちょうど・・・。」
「間くらい、か。」
ハロルドの身長は143cmと少女のように小柄だが、逆に双子の兄のカーレルは183pと若い男性らしく大柄だ。ふたりの身長さは、40cmもある。
まったく、同じ遺伝子引き継いでどうしてこうも身長さが違うのよ、とぶつぶつ言うハロルドの文句は聞いていないふりをして相殺し、では163cm前後、というところか、とカーレルは言った。
「だとしたら・・・ダリアの身長は160cm前後って事ね?」
「ああ、たぶん、それくらいだろう・・・。」
ふむ、と納得し、ハロルドは頭の中にそれをメモる。
「他の特徴は?」
「髪が短かったな。」
そこは女性兵らしい、というべきか。まるで男を真似ているかのように、さっぱりと清潔感溢れ、頭のカタチもはっきりと分かるほど短く切り込んでいた。
それがやたらと印象的だったので、そう口にしたのだが・・・それを聞いたハロルドは呆れる。そんなものは特徴ではない、という。
「髪型なんて変えてしまえば、お終いじゃないのよ!もっと身体的な特徴とか、ないの?」
「身体的な特徴と言ってもな・・・。目もふたつで口はひとつだったぞ、ちゃんと。」
「・・・・・・・兄貴。」
「・・・冗談だ。」
自分ではしょっちゅう馬鹿げた事をいうクセに、他人の言葉には冷たい反応を返すハロルドだ。
「ああ、そうだ。」
小鹿のようは大きな瞳を思い出し、カーレルは言った。
「左右の瞳の色が違ったな。」
「オッドアイ?」
「そうだ。」
確か、右目が緑、左目がブラウンという色だったはずだ。
へえ、とハロルドは感心したように言った。
オッドアイならば、十分に身体的な特徴を現わしている。髪は伸ばすこともできるし、色を染めることもできるが、瞳の色は変えようがない。
これは後々、本人の識別をするのに有力な情報だ、と満足して、ハロルドは質問の方向性を少し変えた、
「じゃあ、態度は?総長に対して、なにか特別な遺恨でも持っていそうとか、そういうのはなかった?」
「いや、ないな。」
それには、きっぱりとカーレルは言った。
「彼女たちと会話をしたのは、少しの間だけだが、それでも観察するのには十分な時間はあった。あの第二団長には、少しも怪しいところはなかった。むしろ、兵士としての態度にはなんの遜色なく、当然のように上官を敬い、信頼していたな。命令にも素直に従っていたしな。」
「・・・逆に、総長に対しての個人的な思い入れなんかは?」
「・・・・そこまでは。」
と考えている分言いよどんで、
「・・ない、とは言い切れんな。」
カーレルは答えた。
観察するのに十分な時間といっても、それは現れる態度にしかない。
もしも、ダリアが、他人にも知られることなく、その胸の内に、総長に対して恋慕の情を抱いていたとしても、勤務中の態度から見た限りでは、読み取れなかった、という答えしか出せない。
そもそも、兵士とて人間だ。
ディムロスとアトワイトのように、軍内で特別な関係を築くことは、稀な話ではない。
「・・だが、私の見た限りではそれもないように思えたが・・・。」
「それって、アテになる訳?」
心底疑わしそうにハロルドは言った。
「兄貴が、軍内では誰とも恋愛しない主義なのは、分かってるんだからね。」
「・・・関係があるのか。」
「あるわよ!上官と部下って、それだけである種、特別な関係でしょ?それが単なる信頼関係か、男女間にある親密なそれか、そんな兄貴に区別できる?そのダリアのサロメに対する敬っていた態度っていうのが、そうじゃないって保障でも?」
「それは・・・。」
言いがかりだろう、と言いかけて、カーレルはハロルドを見返す。
その顔の上部分にある眉毛は、不機嫌そうに寄せられている。
「お前、もしかして・・・。」
堪えきれずに、カーレルは笑みを零した。
「妬いているのか?」
「・・・・違います!」
ぷーっとますます膨れてハロルドが訂正する様が可笑しくて、カーレルは声に出して笑った。
あるようにみえて、実は卒のない妹の、弱みを握ったような気がした。
「第二団長の胸の内は知らないが。」
にこにこするカーレルとは反対に、ハロルドは不機嫌そうだ。
「総長の方は、部下としか思ってなさそうだったぞ?」
「聞いてないって、そんな事。」
しつこいな〜と、益々、眉間の皺を深くするハロルドに、からかうのもこの位にしないと、そろそろ仕返しがくるな、と予想して、カーレルは肩を竦めて見せる。
それで、膨れていたハロルドも、会話を再開する気になった。
「そういえば、元々は、ラルフィルドっていう副総長の部下だったらしいわね、ダリアって。」
「うん?」
ヴァレリーの話に出てきた事柄を思い出したハロルドに、カーレルは首を傾げた。
「そうなのか・・・。」
「知らなかった?」
「ああ・・・。騎士団が滞在していた間にそんな話にはならなかったしね。」
「ダリアの、ラルフィルドへの態度はどんなだったか、覚えている?」
ふたりは一緒に姿をくらました。
それこそ恋愛関係とは限らないが、ふたりだけの特別な信頼関係があったとみて、間違いはないようだ。
「そうだな・・・。」
カーレルは少しだけ考えれる。
「・・・私には、それほど親密にも見えなかったがな。もっとも人間関係の機微までは、あの短い時間だけで理解できたとは言いかねるが、仲は悪そうにも見えなかった。・・・とにかくダリアという女性は、総長に対する敬意を、やたらとはっきりと態度に現わしていたからな。そればかりが印象に残っている。」
「・・・そう。」
「逆に、ヴァレリーという第三団長と、ふたりだけでいるのを見かけはしたが・・・。」
あれは確か、ラルフィルドの見送りに出てきたふたりが、しばらく立ち話をしていた、そんな風だった。
遠巻きに自分も見送ろうという気持ちから、窓を眺めていたカーレルの視界に、ふたりの姿が入っていた。
それを聞き、ハロルドは考える。
つまりは、ダリアは誰とも険悪な仲ではなかった、誰に思うところもなかった、と見るべきか。
その中でも、特に、サロメに対する信頼の情は厚かった、と。
「そもそも、男の3人ってさ・・・。」
「幼馴染だそうだ。」
ハロルドの言わんとする事を先回りして、カーレルは答えた。
「とはいえ、ラヴィ・ロマリスクで育った子どもは、神殿で教育を受けるそうだ。同じ年頃の子どもはすべからく幼馴染だ、と言っていたがな。」
「それは誰の説明?」
「第三団長の、彼だ。」
ヴァレリーか。
洞窟で会ったあの男の顔を、ハロルドは思い浮かべる。
人となりはけして悪くなさそうに見えた。
裏表がない、とまでは言わないが、嘘の類を言うタイプではなさそうだった。そして、敵方である筈のハロルドに全て託す、とまで言った言葉も、本心だと感じさせる強さがあった。
ある意味でまっすぐな性格なのだろう。
だが・・・あのサロメに対する、腹に一物あり、な態度はなんなのだろう。
そもそも、ハロルドがもっともひっかかるのはそれだった。
なにもカーレル相手に、興味本位だけで、彼らの人間関係を聞き出している訳ではない。
ハロルドは、彼らのうちの、誰に、どう判断を下すかの審問をしているのだ。
何故ならば、ヴァレリーが、サロメに対して、思うところがあるのならば、感情論で目の仇にしているだけ、という事もありうるからだ。
ヴァレリーは、サロメがフェザーガルドを殺した可能性がある、と言った。
それを知っているとしたらダリアだ、と。
だがヴァレリーは、なぜ、サロメが許婚であるフェザーガルドを殺す必要があったのか、まではハロルドには告げていない。
その疑惑の根底にあるものの正体が掴めぬまま、ヴァレリーを信用などできない。
ましてや、その言葉を鵜呑みになどできる訳もなく、たとえ、ヴァレリーの言葉を信用したとしても。
ダリアという女性は信じられるのか?
もしサロメに、フェザーガルドを殺す事ができたとしたならば。
近くにいた、ダリアにもその機会があった、という事だ。
だが・・・それならば。
なぜ、ラルフィルドはダリアと一緒に姿をくらます必要があったのだ?
「兄貴、一緒に消えたラルフィルドってのは・・・?」
「ああ・・・。誠実そうな青年だったな。それこそ、裏表がないような、とは彼の事だ。真面目で、人当たりも良く、育ちの良さが現れていた。」
カーレルの語るラルフィルド像も、ヴァレリーが語ったものと、対して変わらない。
個人的にはあまり興味を惹かれないタイプの人間だ、という自分の感想を脇によけ、ハロルドは考える。
「人に対して、疑いを持ったら、それを隠しておけないタイプでも、ありそう?」
「そう思う。」
ダリアが、ラルフィルドに告げた言葉が、サロメに対して、恨みを抱かせるものだったとしたら・・・。
とても傍にいられない、と逃げ出した可能性もある。
「いや・・・しかし。相手があの総長だとしたら、ダリアの話を聞いただけで、それを真に受けるとも思えんが。」
机の上に肘をついて手を組みなおし、その上に顎を乗せた姿勢で、カーレルが言う。
言葉に仕草を交えるのは、勘を口にする時の、断言できない気持ち悪さの表現でもある。
そんなカーレルにハロルドは反論を試みた。
「彼女に対しては、元部下で、信頼も厚かったんじゃなかったっけ?」
「そうだろうが・・・。それでも、あの総長に対する信頼を覆せるほどでもないように思う。」
「・・・・・。」
どうも、カーレルの話を聞くと、誰も彼もがサロメを信じきっていて、それ以外の絶対はないかのようだ。
まるで、彼を信仰しているかのように。
「言いえて妙だな。」
ハロルドの膨れ面に、カーレルは、小さく笑みを浮かべた。
「彼らの関係は・・・私には、まさにそのように見えた。絶対的な存在である総長と、それに付き従う部下、という関係。総長の為なら命を捨てる、と彼らが覚悟の言葉を口にしたとして、軍人の言葉だと思う前に、彼らの間なら当然の事だと納得するだろうな、私は。」
「そんなに仲良さそうだった?」
「仲が良さそう、には見えなかった。」
カーレルの言葉に、ハロルドは、はいはい適切な表現じゃなくてすみませんね、と舌を出した。
「そんなにも他の騎士たちは・・・サロメを信じていたって訳ね?」
「まさに、信仰の如く、な。」
「そう、信仰の如く、ね。」
一瞬、ハロルドは黙る。
だとしたら、彼らは彼らで、事実と感情論とは別個として判断している、とみても良いのだろうか。
「ヴァレリーは?」
ハロルドが聞いた。
「私に話す時いつも、彼はサロメに対して、なにか含んだ言い方をしていたんだけど・・・。」
それにしても。
その時、ハロルドは思い出していた。
雪の上、自分を迎えに来た総長に、彼は地面につかんばかりにして、頭を垂れた。
あの時の、あの表情、あの態度が、ただ単に、部下の上官に対するものにも思えない。
「私は、彼だけは、本質を重要視していたように思う。」
「本質?」
おや?と思いハロルドは顔をあげる。
「ヴァレリーは・・・ラルフィルドやダリアとは、違う視点で彼を見ていた、と思うんだ。他のふたりにとって彼は「命を懸けるほどの尊敬に値する総長」だったが、ヴァレリーにとっては「ミゲル・カサドラ・イシュタル本人」だった・・・。」
「・・・・・。」
ハロルドは、黙って考える。
人間は、たったひとりでも生きてさえいれば、必ず、世界のどこかに、軌跡を落とす。
接してきた者が、相手のそれを自分自身の中に見出すのは、時に功績であったり、言動だったりと違いこそあれ、多かれ少なかれ、自分に影響を及ぼしたその片鱗だ。
ダリアとラルフィルドにとっては、自分自身の使命をまっとうする相手としてのそれだった。
では、ヴァレリーにとっては?
3人の騎士たち。
ふたりは総長の下を去り。
ひとりは総長の傍に留まった。
そこが。
彼らを二分させた理由なのだろうか。
トントン、とノックの音を聞き、カーレルはハロルドの顔の上にあった、視線を扉へと向ける。
ドアの横にはインターフォンがあって、いつもなら、それを使うなり通信で呼び出すなりする筈なのに、一体誰が?と訝しげに思いながら、カーレルは席を立つ。
それをきっかけに、雑然としていた思考を中断し、ハロルドもカーレルの動きを目で追った。
カーレルはドアを開ける仕草がスムーズで柔らかい。
ハロルドなどは、開ききるのも待たずに、相手を確認しようとするが、カーレルは開けきるまでの時間の余裕を、相手の為に用意しているかのようだ。
軍師の部屋まで直接呼びに行くほどの用事など、大概、その役回りに貧乏くじを引いたと舌打ちしたくなるほど、碌でもない事と相場が決まっている。
「・・・おや?」
そのドアが開けきった後、覗いた顔を見て、カーレルは、彼にしては珍しく、可愛らしい言葉を漏らした。今しがた話していたからだろうか。まるで、ハロルドに対してそのまま言ったかのようだ。
「ええと、君は・・・。」
戸惑うような声を聞いて、ハロルドはドアの向こうを覗こうと首を伸ばす。
カーレルが訊ねられて困惑する相手、というのはどんな人物だろう、という興味からだった。
「あれ。」
今度、可愛らしい声を発したのはハロルドだった。
「テアドア?」
ハロルドは、兄の部屋の前に、自分の部下の姿を見て目を丸くする。
「どうしたの?私に緊急の用?」
彼女の部下たちは、責任者であるハロルドがいなくても、開発に支障をきたしたりしない優秀なスタッフばかりだ。
だから、よほど彼女の意見を聞く必要がある時以外は、ハロルドがラボにいなくても誰も気にしない。
ほてほてと兄の部屋を横切り、ハロルドは部下に近づく。
「いいえ。」
ハロルドの顔を確認し、棒読みと言って良いほど、抑揚のない声でテアドアは答えた。
「博士も探してはいましたが、緊急というほどではありません。でも、調度良かった。手間が省けました。」
「あん?」
「と、いう事は私に用かい?」
その言い草に機嫌を悪くした妹と、言葉尻だけで理解した兄の両方に見つめられても(ハロルドには睨まれていたが)、テアドアは眉ひとつ動かさない。
「ええ。主にカーレル中将への用件です。」
「なによ?」
「なんだ?」
「結果がでました。」
その簡素なテアドアの言葉に、なんの、とはふたりとも聞かなかった。
今、「結果」といえば、それを示す試験はひとつしかない。
そういえば、テアドアには、その検査の集計を取る役を任せていたのだった、と今更ながらハロルドは思い出した。
テアドアは無表情のまま、カーレルを見つめ、続きを口にする。
「ソーディアンのマスターとして、適性あり、と結果がでました。・・・しかも、数値は他の方よりも群を抜いています。・・・もっと詳しく検査をしたいので、協力をお願いしに上がりました。リトラー司令の許可はまだ取ってませんが、それも中将にお願いします。」
この忙しい時に、試験の時間を取らせられ、さらに、その許可を自分で取って来い、とは。
まったく・・・と心の中で、軽く悪口を言いかけたところで、カーレルは思い直した。
この上司にして、この部下あり。
用事があっても、ハロルド博士のラボには近づきたくない、と日頃嘆いている兵士たちの気持ちが、自分にもやっと分かった、とカーレルは思った。
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