だが、そんなに都合よく、世界は自分達に味方はしない。
口を尖らすハロルドと、苦笑を漏らすカーレルは、次の男の言葉を聞いて、そう思った。
「妹は・・・ダリアは現在、行方不明なんだ。」
これで、ダリアが兄のところに身を寄せているかもしれない、という淡い期待は一瞬で消え去った。
「あんたたち・・・なにか聞いたことないか?」
男は眉を寄せ、逆になにかの情報を聞きだせないかと、真剣な面持ちで見返してくる。
ハロルドは、それに対して、「悪いけど・・・」と首を横に振った。
落胆を隠しもせず、男は大きくせり出した肩を落とした。
「そもそも・・・どうして妹さんは、いなくなったの?」
自分達もダリアを探している、という事実は隠して、ハロルドは聞いた。
「わからん。」
男は言った。潔いほどの簡素な言葉だ。
だがその目の奥深くには、隠し切れない不安が見えていた。
「そう・・・。」
少しだけ、ハロルドは後ろめたい気持ちになる。
妹を心配する兄に応えてやりたいと思いはするが、それを告げればこちらの持つ事情も話さなければならなくなる。背景になにがあり、それがどう絡まっているのか分からない今の状況で、これ以上混乱を招くのは避けたかった。
「連絡を絶ったのは・・・・いつからですか?」
後を請負い、カーレルが口を開く。
「・・・そうだな。」
男は一旦、言葉を切った。
「・・・ラヴィ・ロマリスクが焼け落ちた、後くらいだ、な。」
その言葉は、遠まわしに地上軍を責めてもいた。
この男は、地上軍に持っていた恨みの、その理由が明白になった訳だ。
ハロルドは、詳しい事情を聞こうと身を乗り出したが、それよりも先にカーレルが口を開いたので、体を再び元の位置に戻す。何者かに質問をする術は兄の方が長けている。卒なく、ハロルドの聞きたい事も聞きだしてくれる筈だ。
「初めに・・・貴方の事をお聞きしたいのですが。元は騎士だという事は、今は退団なさったのですね?」
「・・・・・そうだ。」
男は短く答え、火に薪をくべる。
一瞬、勢いの強くなった炎に目を細め、もう1本、枯れ枝を手繰り寄せる。
それは、左手に積んであるのにも関わらず、伸ばされた手は右だ。
さきほどから、男が、右手だけで、なにかをなしている事にハロルドは気がついた。
カーレルがさらに訊ねる。
「お住まいも・・こちらに?」
「ああ・・・。」
「・・・失礼ですが、こちらのご出身で?」
「いや、違う。」
畳み掛けるような質問に機嫌を損ねるかと思ったが、男は口元を緩めて、カーレルたちを見た。
久しぶりに自慢話を聞かせられる、と思っているのが分かる、少しだけ楽しそうな表情でもあった。
それを見て、かつては、かなりの猛者だったのではないか、とハロルドたちも推測できた。
男の顔は彫りが深く精悍で、眼光も鋭く、見る者に緊迫感を与える。
そのタダ者ではない印象は、大きな背丈にも現れていて、183cmはあるカーレルよりも更に大きいだろう。腕もがっしりとしていて、胸板も厚く、目の前に立たれたら、小山に立ちふさがれたように思えるに違いない。だが、頬骨が浮かぶ引き締まった顔のおかげで、肉感的で暑苦しい印象は受けない。
そのうえ、短く刈り込まれた、銀にも見える薄い色の金髪と、左右の違う大きめの瞳が、優しげとも、あどけないともいえて、人懐こい印象を見る者に与える。
それが、余計な警戒心を相手に与えない原因だろう。
「俺は、カルロ・ファトマ・ヴォルベティオだ。」
名乗りをあげられ、カーレルは思わず居住まいを正す。
「失礼・・・。私はカーレル・ベルセリオス。」
「ハロルド・ベルセリオスよ。」
こちらはリラックスして両足を前の投げ出したままの姿勢だ。
「ほう・・・。」
目を細め、カルロはふたりの顔を交互に見比べた。
「あんたたちが、あの有名な地上軍の双子か・・・。」
有名、というのならば、確かに自分達はあらゆる意味で有名だ。
なにか答えようかと思ったが、カーレルはそれに対しては沈黙したままでいた。
だが、相手もたいして気にしはしないだろう。
ハロルドも別段、なにも言わなかった。もっとも、彼女はそれが褒め言葉であれ、悪口であれ、誰に何を言われようと気にした試がない。
「カルロ殿は。」
1度、横に逸れた話を、カーレルは強引に戻す。
「・・・騎士の頃は、やはりラヴィ・ロマリスクにいたのですね?」
カルロは、口元に笑みを浮かべた。
「そう・・・。さっきの話じゃないが、出身も、ラヴィ・ロマリスクだ。生粋だな。」
「生粋・・・。」
「生粋のリ・ヴォンの子だ。」
リ・ヴォンの子。
この言い回しは始めて聞いたが、それはたぶん、内々で使われ続けていた閉塞的な言葉なのだろう。そのニュアンスは、少しだけ誇りを感じさせる響きがあった。
カーレルは言った。
「では、あなたも神殿の内側ですか?」
「・・・誰に聞いた、その言い方は。」
かつて、ヴァレリーに教わった、ラヴィ・ロマリスクの住人の中にだけ通じる言い回しを使うカーレルに、カルロは訝しげな表情を浮かべる。
「第三団を束ねていた・・・ヴァレリー殿に。」
もしや旧知の仲ですか?と付け加えると、カルロは、ああ、と目を細める。
「幼馴染だからな。」
「ラヴィ・ロマリスクでは、年頃の子どもはすべからく、そうなのだそうですね。」
「ああ、神殿が学び舎で遊び場だった。幼い頃から、そこに尽くすのが当たり前と思って育ってきたという訳だ。なかでも騎士は・・・男子なら誰でもなりたがる憧れの的だったな。」
「騎士の任を賜るのは、大変な名誉だそうですね。」
「ああ。」
「それなのに、退団された・・・。」
そこで、カルロはカーレルが何を言いたいのかに、気がついたようだった。
「・・・仕方ないさ。」
自分自身に諦めを強要するかのように、ゆっくりと、カルロは言う。
右手で、左手をさする。
「・・この腕じゃな。」
「動かないの?」
飾りも、配慮のカケラもなく、ハロルドが率直に聞いた。
あまりにも、礼儀を欠いている言い草に、怒るかとカーレルは心配したが、カルロは却って、その方が気が楽らしい。
「ああ、そうだ」
あっけらかんと、カルロは左腕を、ハロルドの方に差し出す。
「・・・今は飾りみたいなもんさ。肘から下は、まるっきり動かない。」
「・・感覚は?」
「ある。だが、ダメだ。この腕は、なにがなんでも脳の命令を無視すると心に決めているらしくてな。」
冗句のような言葉の中に、少しだけ皮肉を交えてはいるものの、苦渋を滲ませてはいない。
「まあ、それでな。騎士の職からも離れたし、これからどうしようかという時になって、・・・以前から歴史に興味があってな。この遺跡の近くに住まいを移したって訳だ。・・・これでも今は、まあ、考古学者の端くれって訳さ。」
「へぇ・・。」
専門は違えど、同じ学者と知り、ハロルドは目を丸くする。
そして、その目の端が赤くなっていくのを、カーレルは確認し、また彼女の悪い虫が疼きだしたのに気がついて、頭を抱えたくなった。
ハロルドは、興味を示すと後先考えない時がある。
勢いこんで話を強引に自分の都合の良い方向へ持っていき、順序だてて聞こうと計算していたカーレルの手順を台無しにしてしまうのだ。
それは自分が真剣に、情報を得ようとしている時が最も多く、少しぐらいのズレが生じても、カーレルの手腕なら修正できるとタカを括っているのだろうと思う事にしてはいるが、正直今までにも、軽い嫌がらせのつもりかもしれない、と疑う事が多々あった。
勘弁してくれ、と心の中で祈りながら、身を乗り出したハロルドよりも早く、カーレルが早口で語りかけた。
「では後ほど我々にも、この歴史的建造物について、手ほどき頂けますか?」
「・・・この遺跡に興味があるのか?」
「ええ。」
興味があるのは、ハロルドだが、とりあえずは、そう答えておく。
ハロルドは、自分が聞きたかった事を後回しにされた事に気がつき、ぶーっと頬を膨らませた。
だが、カーレルの思惑は外れ、今度はカルロの興味が逸れてしまった。
カルロは、ハロルドに向き直る。
「・・・ここが、どういう場所だか、知っているのか?」
慎重な言い方だが、確信を得ている響きがある。
実際、さきほど、ハロルドが「鶫」のレリーフに反応を示しているのを見ているのだから、すでにこちらが、リ・ヴォン教の裏の顔を知ってる事を、感じ取っているのだろう。
それを察して、ハロルドは無言のまま頷いた。
「・・・そうか。」
カルロは、1度、目を伏せ、そして再び顔を上げた時には、心が決まっていたかのようだった。
では、隠し事をしても意味はない、とその瞳が語っている。
「で、あんた方は、なにが知りたいんだ?リ・ヴォンの事か?」
「・・・・・。」
「・・・・・。」
一瞬、ふたりはなんと言おうかと迷った。
それは、彼にとって価値のあるものと、ふたりが価値を見出しているものがズレているからだ。
知りたいのは、今の、リ・ヴォン。今現在の、生き残ったラヴィ・ロマリスクの姿だ。
リ・ヴォンの本質に関しては、天生の民との関係と、地上軍との確執を知ってしまった今となっては、これ以上、興味がない。
だがそれを、故郷の美しい残像を胸に抱えている者に言うのは、いくらなんでも失礼極まる、と流石のハロルドも分かっていた。
「いいえ。」
結局、それでもハロルドは口を開く。
「リ・ヴォンの事は・・・もう良いの。私たちが、今現在、知らなければならないのは、それではないわ。」
「・・・・・では、なんだ?」
「敵として、天上に駐在している騎士団の生き残りの事です。」
後を受けるようにして、カーレルが言葉を発する。
「彼らが、何を持って、天上に与したのか、それが知りたい。・・・初めは我らに対する憎しみからだと思っていたのですが・・・。それでは、理屈が通らない。」
見ると、カルロは口元に笑みを浮かべていた。
その意外な反応に、カーレルは少しだけ驚いた。
まさか、今、騎士団が天上にいるのを知らないのだろうか。それとも知っていて、面白がっているのだろうか。
「・・・それで?」
カルロは先を促す。
「そもそも・・・壊滅させるほどの原因を作ったのは我々ですが、それでも、ラヴィ・ロマリスクを焼いたのは、ベルクラントの炎だ。同じくらい天上を憎む道理が、彼らにはある。なのに、何故彼らは、我らではなく、天上を選んだのか。」
「理由があるのだろうな。」
頷き、カルロが相槌を打った。
「実は、俺もそれが知りたい。」
その言葉に、カーレルとハロルドは揃ってカルロの表情に注目した。
「復讐は、我等にとって罪悪だ。だから、お前たち地上軍も天上軍も、許さなければならない相手である事に変わりないんだ。・・・もっとも、信仰によって禁じられていても、なかなか感情的には、な。我らは単なる信者だ。真理を見た大司教たちの胸中にまでは達せない。」
当たり前だが、騎士を退役したからと言って、カルロはリ・ヴォンの信仰を捨てた訳ではない。
憎むべき相手を目の当たりにしても、恨み事を言えないというのは、どれだけ苦痛なのだろう、とハロルドは思った。
憎まれる方も、いっそ、責めて貰った方が気が楽だ。
科学とは、人の生活を豊かにし、便利性を重んじる一方、精神的な部分をそれによって甘やかす道具でもある、と言われる事がある。
人間は、行動と精神の二面を補わなければならず、それは、隣り合っているくせに、決して仲が良いとは良いがたい。
科学によって行動が簡潔化しても、心の中の、悩みや悲しみ、妬みや嫉みといったどうしようもない部分まで、なくなる訳ではないのだ。
行動が楽になる一方で、精神面はどんどん、その比重を重くしていく。
行動の自由さに反比例するように精神は不自由さに喘ぎ、がんじがらめになっていく。
その一旦を担い、時には残酷なほどに、その不自由さに左右されない強さを自分自身に強要するのも、信仰ならばこそなせる業だ。 その点は、ハロルドも認める。
科学はすでに、信仰による道徳が支配していた世界を奪いつつあるが、それでも、人に安らぎを齎すのは、生活の便利性ではなく、精神の安定である、という事を。
科学は決して、人間の内面まで支配できる訳ではない。
「実は・・・密かに俺は、それがダリアの失踪と関係しているのではないか、と疑っている。」
カルロの言葉に、ハロルドは、関係のない方向へと思考を彷徨わせていた自分から我に返る。
「・・・どうしてそう思うの?」
ハロルドが訝しんで、聞くとカルロは少しだけ、皮肉気に口元を動かした。
「だって、そうだろう?」
どうやらそれは、嘲りの表情だったらしい。
いまや、その口調を隠しもせず、言い放つ。
「普通の状況なら、ダリアのヤツが・・・ミゲルの傍を離れるわけはない。」
「・・・・・。」
「・・・・・。」
2度目の短い沈黙が、双子に降りた。
「ダリアは賢い女だ。」
無言で顔を見合わせているふたりの横で、カルロが言った。
「だが、ミゲルに関してのみは、どうにもそれが当てはまらない。そもそも、ダリアが何故そこまで、あのミゲルに心酔できるのか・・・。俺にはどうしても理解できないが、それでも、ダリアがヤツを敬い信じきっていたのは、間違いない。」
その言い草、その表情には、ハロルドが見覚えがあった。
これは、ヴァレリーがミゲルを語る時のそれと同質のものだ。
そういえば先ほど、カルロは、総長という言葉を聞いて、顔を顰めていた。ミゲルに対し、快く思っていないという態度の現われだ。
「なのに、ダリアはヤツから離れた。それには、なにか特別な理由があった筈なんだ。」
「・・・それが、騎士団が天上に与したのと同じ理由だと?」
小首を傾げ、カーレルが聞き返す。
今まで、ダリアたちが行方を眩ましたのは、フェザーガルドの死に関わっているというのがヴァレリーの説だった為、うっかり見落としていたが、確かにそれもありえる。
ただ単に、ふたりは天上軍が嫌で、逃げているのかもしれない。
「・・そこまでは断言できないが、だが、特別に解せない事がある時は、他にも一斉に解せない事が起こり、その全てが理解不能ななにかで繋がっているものじゃないのか?」
「関連性?」
ハロルドが、適切な表現を見出す。
「それだ。なにかがあって、離れない筈のダリアはミゲルと袂を分かった。なにかがあって、騎士団は敵愾心を抱いていた天上軍に加わった。そのなにかが、同じでなくても、関連している、と思うのは当然じゃないか?時期もあっているようだしな。」
あ、そうだ、とハロルドは思った。
確かめていないが・・・カルロは。
「ダリアは・・ひとりだけ行方不明なの?」
カルロは、果たして、ラルフィルドも一緒に消えた事を知っているのだろうか。
その事を知りたくて、口を開きかけたのだが、自分達がその話を知らないフリをしているのを思い出し、ハロルドはわざとらしい質問をする。
自分でも呆れたが、カーレルも、ちらりとハロルドを見て、溜息をついた。なんだか、ややこしくて嫌になる。
「・・・副総長も一緒に消えた、と聞いている。」
「そう・・・。」
そこで、ハロルドは確信した。
「その話・・・誰かに聞いたのよね?」
単なる風の噂で聞いたのではない。
そこまで知っているという事は、事情をカルロに話した誰かがいたという事だ。
「ああ。」
カルロは頷いた。
「・・・元々、同じ団隊に所属していたヤツがいてな。そいつは、一緒に消えた副総長の率いる第一団隊にいたんだが、団長のいなくなった後、第三団隊に籍を移す羽目になった。天上に行く事になったから、とその前に、わざわざ俺を訪ねてくれてな。そこで、ダリアがいなくなった時の話を詳しく説明してくれたんだ。」
はっと、身を乗り出し、思わずハロルドは息を飲む。
カーレルを見ると、頷いている。
ダリアたちが消えた時の状況は、ヴァレリーは知らなかった。
これは、新情報だ。
「それで、なにが原因か分かったの?」
問うハロルドにカルロは首を振る。
「いや。やつらは・・・第一団隊は、地上でラヴィ・ロマリスクの生き残った人々を守っていたんだそうだが・・・。やがて天上から戻った騎士団と合流し、ダリアの第二団がその場に残された。その時、ラルフィルドが・・・。」
おっと、と言ってカルロはカーレルの顔を見た。
「確か、ラルフィルドにも会ってるよな、あんたは。」
「ええ。」
じゃあ、それで通じるな、と確認してから、カルロは口を開く。
「・・・そのラルフィルドに、ダリアが何かを話していたんだそうだ。真剣な面持ちで顔をつきあわせて。」
「真剣にってなにを?」
「そこまでは。なにしろ、ふたりとも会話を回りに聞かれたくないらしく、人のいない場所を選んで話し込んでいたらしい。だが、時折、ダリアがラルフィルドに対して、声を荒らげているのが聞こえてきて、騎士たちは訝しんでいたのだそうだ。まるで、責めているようだった、とな。」
「・・・ダリアの方が・・・?」
「ああ。」
「・・・・・。」
もちろん、会話の仕方次第では、ありえないことでもないが・・・。
それは少しだけ、変だ、とハロルドは思った。
天上でのフェザーガルド死去という凶事を持ち込んだダリアの方が、ラルフィルドに責め立てられているのなら分からないでもない。だが、その反対、というのは・・・。
ダリアがラルフィルドを責める?
それは、何故だ?
「他には、何かなかったの?」
「他には、というと?」
「一見、なにも関係ないように見える事でもなんでも・・・。こういう変な事があった、っていう話。」
なにか理屈で通らないことがある時は、他にも理屈で通らないことがあり、一見それは、関係ないように見えても、全部繋がっている。
カルロの意見に、ハロルドは賛成だ。
「いや・・・別に聞いてないが・・・・。」
言いかけてカルロは、思い出した。
「ああ、そういや・・・もうひとり、他国の司教が行方不明とか、なんとか。」
「他国の司教?」
「ああ・・・。女性の司教、という話だ。生き残った人たちの中には司教もいたという話だが・・・ラルフィルド自身が見慣れない教団服を着た女性を助けてきたらしい。たぶん、他国から高位の司教が参拝に来ていて、あの事件に巻き込まれたのだろう、と騎士たちは思ってたらしいがね。その人が、いつの間にかいなくなっていたと。時を同じくして、ラルフィルドとダリアのふたりも行方不明になったから、その司教が地上か天上かの間諜だったのではないのか、と噂になったらしい。」
「・・・・地上の者ではないな。」
カーレルは言った。
そんなことわかっているわよ、とハロルドは頬を膨らます。
ラヴィ・ロマリスクに派遣された中には女性兵はいなかったはずだし、それに、わざわざ他国の教団服を着る意味がない。
「それってどこの教団服だったの?」
「・・・・・アンタイルスのものに近かった、と聞いている。」
「・・・・・。」
アンタイルスとは、つまりはダイクロフトの属国だ。
実際は違うが、世間では同一視されている。
その理由は、ミクトランの出身地だからだ。
元々、アンタイルスは貧富の差と、それによる階級の差別がひどい国であったが、ダイクロフトが外殻の上にあがり、貴族のみが招かれた後、残された貧民層の人間は、更なる困窮に貶められた。
彼らのせいではないにも関わらず、ミクトランの出身地だというだけで、他国からも白い目で見られ、世捨て人同然になってしまったアンタイルスの住民のほとんどは、他国に行く事もできず、一時は、リ・ヴォンに庇護を求めていた、と聞く。
どうも、腑に落ちない。
ハロルドは、ゆっくりと自分の唇を人差し指でなぞる。
ダリアとラルフィルドが、寸前、言い争いをしていたのだとすると、もしや、ふたりは一緒に消えた訳ではないのだろうか。
もしくは、一緒にいても今現在、隠れているその理由と目的が、違うのか。
そして、その件に、同時期にいなくなったという他国の司教は関わっているのか、いないのか。
「それにしても・・・。」
ここで考えていても答えは得られないと判断し、ハロルドは話題を別のものに変える。
「あんたに知らせに来たっていう義理堅いその騎士も、大変だったわね・・・。」
故郷の惨事の中、生き残ったというのに・・・上官は行方不明。
それにより所属していた第一団隊はヴァレリーの率いる第三団隊に吸収されなければならなかった。
従う上官がそうコロコロ変わったのでは、どこに忠誠を持つべきか、悩んだりしないのだろうか。
「俺たちが、忠誠を誓うのは、リ・ヴォンの神と、総長にだけだ。」
それを聞き、笑ってカルロは言った。
「総長、ねぇ・・・。」
「そうだ。」
再度、カルロは頷く。
「でも、あんたさっき、ダリアがミゲルを心酔するのが信じられないって言ってなかった?」
少し前の会話を思い出し、ハロルドが言うと、
「だから、俺は退役した。」
とカルロは答えた。
その声は、硬く、強い嫌悪が現れている。
「そう・・・その事も、よろしければ、お聞きしたいと思っていたのです。」
カーレルが頷きながら、口を挟む。
ここまで順調にハロルドが話を聞きだしていたのを、大人しく聞いていたが、更なる情報収集を得られる好機は見逃さない、というタイミングだった。
「・・・あの総長には私もお会いしましたが・・・。仰るとおり、ダリア殿もラルフィルド殿も、かなりの信頼を寄せているようにお見受けしました。」
「ああ。」
カルロは相槌をうちながら眉を顰め、
「・・・・あんたは、それをどう思った?」
と逆にカーレルに訊ねる。
「彼自身を見れば、それは理解できる、と。あれだけの才をお持ちならば、部下には信頼されるに値するでしょう。」
それはお世辞でもなんでもない。
実際に渡りあった自分としても、あの総長には、畏敬の念を覚える。
だが、それを聞くと、カルロは唸り声をあげ、がしがしと頭を掻いた。
「・・・それと同じ事を何度もダリアに言われたんだがな・・・。」
「ええ。」
「俺にはそうは思えん。・・・というよりも、どうしてヤツの評価がそこまで高いのか、信じられん気持ちなんだ。あの、ミゲル、だぞ?」
あの、という部分に妙に力を入れて言うカルロに、ふたりは沈黙する。
宜しければ、その先を聞かせてくれとカーレルが言うまでもなく、カルロは昔話を始めた。
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