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28.

 

 


 辺りはますます暗くなり、闇を照らす炎の中から、ぱちりという音と共に、焼けた木片の煤が、煽られて空へと舞い上がった。
 それらは石でできた遺跡を焼くことはない。
 ・・・生きた人間の住んでいた街を襲った炎と違って。

 石畳の上に腰を下ろしているのが疲れたのか、ハロルドが横で、もぞもぞと動いていたのを知っていたが、カーレルは別段、気にしていなかった。
 彼の妹はああ見えて、意外に頑丈にできている。興味ある事を目の前に、その程度で弱音を吐くはずがない。
 だが、女性上位のリ・ヴォンの元騎士であるカルロは、気になったらしい。
 持ってきていた荷物の中から、予備の毛布をほうって寄越し、クッション代わりにすると良い、とハロルドに薦める。
 

「俺は・・・退団する前は第五騎士団に所属していた。」
 カルロが言った。
「猛者たちの集まりとして有名だったんだ。騎士団の間でも、もっとも危ない任務でも、第五団が担当すれば間違いない、といわれていてね。」
「ほう・・・。」
 カーレルにとって、それは、初耳だった。
 それは、第五団隊の話は今まで一度も出ていなかったためだが・・・。そこまで勇猛果敢さを誇っている団隊ならば、天上に行った際、総長が追従者として、選出しても良さそうなものだ。
「それは・・・今の第五団と、俺が所属していた頃の第五団は、違うからだ。」
「違う?・・というのは・・・。」
「二年前の事だ。第五騎士団は、俺が退役した後、全滅している。」
「・・・・・全滅・・・。」
 これは妙な話になってきた、とカーレルは思った。
 そこに何を思ったか、ハロルドは何も言わないで聞いている。
「難民の救済に向かっていてな。そこにベルクラントが落ちたんだ。生き残った者もいたにはいたが・・・ほとんどが一生ものの傷を負った。俺はまだ、退役したとはいえ、ラヴィ・ロマリスクに留まっていて、それを目の当たりにした。死んだ騎士たちの残された家族は元より、司教たちも巻き添えで何人が犠牲になってた故、神殿内の動揺も激しくてな。更には・・・この時初めて、ラヴィ・ロマリスクはベルクラントの脅威を身を持って知ったんだ。あれが空にある以上、戦争とは無縁にみえる自分達の豊かな国も、決して安全な場所ではないのだ、とな。あの時に受けた攻撃は、その一回きりでも効果的で・・・かなりの長い時間、ラヴィ・ロマリスクを打ちのめしていた。俺はそのまま、リ・ヴォンそのものが、天上に無条件降伏でもしちまうんじゃないかって心配したほどだ。」
「・・・・・。」
 皮肉な事に、豊かであったが故に、温存されてきたその気質では、ベルクラントの脅威にさらされているという恐怖に立ち向かう術がなかった、という事か。
 カーレルたちの心情を知ってか知らずか、カルロは足の上に頬杖をつきながら、その時の事に思いを馳せているようだった。
 彼には彼の、あまり心地よくない思い出が、そこにはある。

「だが・・・そうだな。そういう意味では貢献した、と認めてやっても良い。死んだと思われていたミゲルのやつが帰ってきたんだ。」
「・・・ミゲルが?」
「・・死んだはずだったのですか?」
 ふたりが同時に聞くと、ああ、とカルロは炎を見ながら答える。
 そこには、きっと、自分の記憶が浮かんでいるのだろう。
「ヤツはベルクラントが落ちた時、第五団隊を指揮してたんだ。先ほど、俺を訪ねてきたっていう騎士が証人さ。そいつは生き残った少ない人間のひとりだが、ミゲルのヤツが、ベルクラントが大地を抉った時、一緒に吹き飛ばされたところを、間違いなく目撃した、と言ったんだ。それに3人もの騎士も同意した。辺りが粉々に吹き飛んでいるのに、人間が生き残れる訳がない、と。」
 よく考えたら、そいつはその時と、ラヴィ・ロマリスクが全滅した時、2回も命拾いしたんだな、とカルロが感心したように言った。
「・・・それなのに、ミゲルは帰ってきた?」
「ああ。」
 ハロルドの問いはひとりごとだったが、カルロは律儀に頷いた。
「それでにわかに・・・神殿が活気付いた。なにしろ、リ・ヴォンにとっても、大事な立場の人間でもあった訳だからな。神殿が活気付けば、それは街にも伝染する。ラヴィ・ロマリスクはヤツが帰ってきたことで、息を吹き返した。もっとも・・・ミゲル自身は無傷って訳にはいかなかったがね。」
「・・と言いますと?」
「所謂、記憶喪失ってやつさ。」
「記憶喪失?」
 ハロルドは、ぱちぱちと瞬きを繰り返して、その事実を把握しようと努めた。
「・・って、ミゲルが?」
「ああ。吹っ飛ばされたショックで、それまでの記憶がなくなっていたらしいな。・・俺は退役して、神殿内部には出入りできない立場だったから、実際に会った訳じゃないが。」
「失礼ですが。」
 そこでカーレルが口を挟む。
「記憶をなくしたという御仁が、騎士団の総長をそのまま務めるのは無理では?司教たちの反対はなかったのですか?」
「なかった。」
 苦笑しながら、カルロは答える。
「・・・そもそも、司教にとっちゃ、総長ってのは肩書きなんだ。地位と名誉を与えなければならない人物だからこその総長だ。本末転倒だがね。真実はそんなものさ。」
「地位と名誉の為だけの、総長・・・。」
「そうさ。ヤツはフェザーガルドの、許婚として選ばれた。それは次期教皇である事を意味する。そいつがなんの地位もない人間じゃ格好が悪い。その為の人選だったんだ。じゃあなければ、あんな・・・。」
 カルロは言った。
「あんな、ちょっとばかり顔が良いだけで、別段抜きん出たなにかがある訳でもない男が、総長の座に就くなど、ありえん。」

「・・・・・・・?」
「・・・・・・!?」
 ふたりは、それが聞き違いかと思い、息を飲む。
 だが、カルロは別に変わった事を言ったつもりもないらしく、火に新しい薪をくべていた。


「それでも、総長は総長だ。」
 カルロは言った。
「・・盾になれ、といわれれば、盾にもなるさ。」
 その一言だけは、ぽつり、と何かの諦めの響きを持って空気を震わした。
「・・・もしかして・・・。」
「ああ。」
 カルロは笑い、左手をゆっくりとさする。
「参拝者の寄付を狙った山賊とやりあった時だ。・・・そこらの盗人崩れとタカをくくって油断してたミゲルを庇って、斬られた。」
「・・・・・。」
「・・・・・。」
「医者は手を尽くしてくれたがな・・・。傷は骨まで達していて、危うく分断されるところまできていた。結局、肘から下を動かす事はできないだろう、と診断が下された。利き手でないのが幸いだ、と慰めてくれている医者の横で、それを聞いたミゲルのやつは、鼻で笑って言い放ったよ。」
 一旦言葉を切り、カルロは息をついた。
 吐き出す為の吸い込んだ空気の音さえするほど、深く。
「“ではこの男は、今後なんの役にもたたないって訳だな”ってな。」
 その時の事を思い出せば、嫌でもカルロの胸に、憎悪が湧き上がるのだろう。
 彼の瞳は冷たく冴え渡り、視線で誰かを殺せそうなほどだった。
 その視線の先にいるのは、ミゲル、だ。

 沈黙したままの双子に気がつき、カルロは一瞬で我に返った。
「すまない・・・。」
 誰に許しを請う必要もないのに、カルロは侘びを口にした。
「俺自身・・・許さなければならない、と思いながらも、抑えることができないんだ。あれほどの激しい感情を抱いたのは、後にも先にもあれ1度きりだ。」
「それで、退役を?」
 眉を顰めた表情で聞いたカーレルを見て、何を思ったのか、カルロは苦笑した。
「本当の、理由は、そうだ。」
「本当、は?」
 その言い回しをハロルドは聞き逃さなかった。
「表向きは違う、って事?」
「ああ。表向きは・・・総長自らが俺に退役を薦めてくださったからさ。恐れ多くも、その身で今まで通りの激務をこなすのは辛かろう、と思いやってくださったって訳だ。」
「・・・・・。」
「・・・・・。」
「てめぇを庇って傷を負った部下を、役に立たないからって、てめぇでやっかい払いだ。つくづく、身の回りを綺麗にしておきたい性格とみえる。」
 吐き捨てたカルロは、そこで息をついた。
 憎しみを一旦外に出したことで、おちつきを取り戻そうと、務めているのが見てとれる。
 そして、ぽつりと言った。
「復讐は罪悪だ。それは分かっている。」
「復讐したいの?」
「いや・・今は、な。当時はヤツの寝首を掻く夢ばかり見たものだ。・・・それで全て嫌になった。ミゲルのヤツは・・・元々、フェザーガルドの許婚だという事で、持て囃す周囲の甘言を本気にするような愚か者だったが、それも若さゆえの自尊心の先走りだと思っていたんだがね・・・本気で殺す価値ほどもない人間だと思い知ったよ。・・・残れと言ってくれた仲間もいたにはいたが・・・わざわざ頼み込んで騎士に居座ったところで、ヤツの命令に従う事になるんだ。あいつの顔なんぞ2度と見たくなかった。ヤツを担ぎ上げるラヴィ・ロマリスクにすら嫌気がさした。2度とあんな国の為に働くものか、と思ったよ。それが退役した、理由だ。」
「・・・そう。」
「まあ、今にして思えば、あの時の俺は、余程、頭に血が昇っていたんだろう。落ち着いて考えれば、国を捨てちまうほどの事じゃない、と思えるがね。」
 だが、それほどまでに・・・その時のカルロは本気だった。
 そういう事なのだろう。

 騎士として生きていた事が、この男の誇りだった。
 それは容易に想像できる。
 だが、信用できない総長の下につくいう事実は、それすら意味がなくなるほどに、彼の矜持が許さなかったのだろう。
 それほどの憎悪を抱いた相手、自分よりも劣っている人間を担ぎ上げろという命令に従うくらいなら、死んだように後世を生きるほどがなんぼかもマシだった。
 彼はそちらにこそ、価値を見出したのだ。


「ひとつ、お聞きしたいのですが。」
 黙って聞いていたカーレルが口を開いた。
 一連の話を聞いているうちに湧いて出てきた疑問がハロルドにもあったが、それを我慢できなくなったらしい。
 カーレルにしてはめずらしく、相手の話の腰を折る方法を選んだ。
 普段は、相手の好きにさせておいて、そうとは気づかせずに、こちらの思い通りに事を進めていくのが、カーレルのやり方だ。
「あなたが騎士団にいらした頃に・・・。」
 なんと説明したものか一瞬、カーレルは迷ったようだった。
「・・・総長は、他人の持たない能力をお持ちでなかったですか?」
「なんのことだ?」
 カルロは不思議顔だ。
 カーレルの言葉では意味が通じなかったのか、心当たりがないのか。
「晶術、というやつの事よ?」
 後を受けて、ハロルドが言った。
 この説明は、カーレルがするよりも自分が適任だ。
「レンズには、人の精神の力を増幅させ、具現化する働きがあるの。それを主に攻撃を目的として狙った相手に使用する・・・それが晶術よ。」
「なんだ、それは。」
 目を丸くし、カルロは言った。
「まるで魔法じゃないか。」
「うん、そうね。それが近い、かな。晶術には色々な種類のものがあって、炎や雷をなにもないところから呼び出すの。・・・・・知らなかった?」
「まったく。」
 きっぱりとカルロは言った。
「・・それはあんたが開発したのか?」
 そして、胡散臭そうにハロルドを見る。
「開発したんじゃなくって、発見して、体系化したの!」
 適当にそうだ、と言っておけば良いものを、開発と体系化を、間違われるのが侮辱だとでも思っているのか、ハロルドが声高に否定する。
 カルロの方は晶術になど、興味があまりないらしく、ふうん、と曖昧な返事を返しただけで、カーレルの質問の方に戻る。
「ミゲルのやつが、か・・・。」
 考えながら顎をさするその仕草を見て、この調子ならなかったという事なのだろう、と予想しながらカーレルが、頷くと・・・。
「いや、待て。」
 なにかを思い出したように、カルロが顎から手を離した。
「そういや、話に1度聞いた、な。ダリアからだ。」
「ダリアから?」
「それは、いつ?」
「俺が退役した後だ。」
 カルロは言った。
「断言するがな・・・あんたの質問に答えるなら、NOだ。俺が騎士団にいた頃、ミゲルにはそんな特別な能力は備わっちゃいなかった。本当に・・・ごくごく普通の人間のくせに、それを決して認めない・・・気位ばかりが高いヤツだったんだ。だが、俺が辞めた後、しばらくして・・・ダリアが、第二団長に任命された。」
 カルロは目を細め、その時の事を思い出したように、誇らしげな顔になる。
 あからさまに感情が顔にでる男だ。
「その時は、少しばかり人選をしたミゲルのヤツを見直したんだがね。だが、ダリアは俺の事があって以来、ヤツに対してかなりの不信感を抱いていたから、その人事にも懐疑的だった。それで、俺が自ら力を抜けと助言したんだ。それではこちらの足元を掬われるってな。・・・ところがその後の事だ。久々に再会してみれば、ダリアのやつは事もあろうに、あのミゲルに、心酔しているときやがる。」
 そこでカルロは苦笑し、大事な妹に、ろくでもない男と結婚すると宣言された方がまだマシだったな、ありゃあ、と嘆く。
「それで?」
「そこで、まあ・・・言い合いになっちまったんだよ。俺も大人げなかったと思うが・・・。あいつも頑固でな。流石に頭ごなしに、俺が間違っているとは言いやしなかったが、同じようなもんだ。人の一部を見ただけで全部を判断してはいけない、なんぞと言いやがった。」
「あ〜・・・・。」
 らしくなく、唸り声をあげたのはカーレルだった。
 彼も、何度も同じような経験をした事が思い出される。
 すべからく兄は妹にとっちめられる存在なのかもしれない。なにしろ妹という存在は兄に対して容赦がない。

 同類を発見したと思ったか、にっ、とカルロはカーレルに笑いかけた。
「ま、それで、な。腹を立てた俺に、ダリアの方も言い含めようと向きになって、あいつの良いところ、尊敬できるところってやつを並べ立て始めやがった。その中にあったんだ、それが。神から与えられた能力とかなんとか。俺も頭に血が昇ってたから、話半分に聞いて、寝言は寝て言えってんで、本気にしなかったんだが。」
 晶術は、まあ、確かに、目の当たりにした事でもない限り寝言の類だろう。
 そう心の中で納得したカーレルだが、頷いた途端、彼の妹に思いっきり睨まれた。
「その時、ダリアは晶術の具体的な説明をしなかった訳?」
 少しだけ機嫌悪げにハロルドは言った。
「いや、別に。」
 つっけんどんな物言いも気にせず、カルロは答える。
「あれは・・・どうなんだろうな。実際に、ダリアも見たことあるのか、怪しかったと思うぜ?あったとしても・・・あんたのように仕組みが分かっていたとは思えん。それはダリアに限らず、誰もがそうだったんじゃないのか。それなら俺に説明できなかったのも道理だ。」
「もう1度確認するけど。」
 ハロルドは言った。
「・・・総長が、自分が晶術を使えるのを、黙っていたって事は?」
「ないと思うぜ。」
 きっぱりとカルロは言った。
「だってそうだろ?神に与えられた力という事は、そこに祝福があった、という意味だ。隠す必要がどこにある?」
 それに、とカルロは続ける。
「そんなものを使えたなら、ミゲルが黙っている訳がない。自分がどれだけ他者と比べて優秀か、ことあるごとに自慢したに決まっている。」
「だとしたらどういう事になります?」
 カーレルが、指を組み、思案気につぶやいた。
「・・・総長が晶術が使えたか、使えなかったか。あなたとダリア殿の証言は正反対に分かれる事になる・・・。」
「それに関しては、まあ、理由付けが、できない事もない。」
 カルロは言った。
「その・・・晶術とか言うやつの話は忘れていたが、俺もダリアの言う事を全部が全部、真剣に聞いてなかった訳じゃないんだ。なにしろ、かなり、俺とダリアの間では、ミゲルに対する判定が違いすぎた。だから、俺は思った。・・・・・ミゲルのやつは、記憶を失くして、一から人生やり直したんだ、ってな。」

 ハロルドは考える。

 記憶というのは、その人間の、性格を構成する遺伝子のようなものだ。
 幼い時から、今現在の至る膨大な情報。
 それらの中に普通にある嫌な事、楽しかった事の記憶を繋ぎ合わせ、人は思考を繰り返す。
 安全に自分として生きる為に、試行錯誤する為の資料が、ある日突然なくなったら、人はどうなるだろう。
 今まで築いてきた、積み木の家は、もうない。
 なくなったものは諦めて、一から組み立てなおすか。
 なくなったものを諦めきれず、ぐずぐずといつまでも引きづりながら延々と回りに文句を言い、奇跡的にそれが戻ってくるのをひたすら待つか。
 生きていく為に、必要な決断は、当然、前者だ。
 今まであったものが全て無に返り、なにもかも初めからやり直したのだとしたら。
 確かに、カルロの言うように、突然、人が変わってしまっても不思議ではない・・・・・。

 

 だが。

 


「・・・つまり、あなたの言いたいのは、ミゲルはベルクラントにふき飛ばされたショックで・・・。」
「その力を目覚めさせたのではないか、という事ですね?」
 ハロルドとカーレルが言ったのはほぼ同時だった。
 それを可笑しそうに笑い(たぶん、双子は気があうって本当だな、と思っている)カルロは頷く。
「まあ、そういう事だ。ただ、悔しいが、そういう素質は元から、あったにはあったんだろう。ヤツは記憶をなくし、九死に一生を得、そして記憶の代わりにその能力を呼び覚ました。そういう事じゃないのか?」
「偶然にしてはできすぎね。」
「俺もそうは思う。だが、時期を考えればそれしかない。」
 そもそも、カルロが退役したのは、ダイクロフトの被害を受け、ミゲルが死んだと思われていた時期の、まさに直前だったという。
 その後、ダリアの第二団長まで間があるが、それでも、きっかけ、という事を考えれば、その時の経験が原因だと考えるのが1番しっくりくる。

 ハロルドは少しの間、考えた。
 晶術を体系化する、というのは、元々ある素質であって、超能力のようにいきなり目覚めたりする類のものではない。
 逆を言えば、素質さえあれば、誰でも使いこなせるものなのだ。
 ソーディアンほど高性能なものを求めれば、適性能力の大小まで問題視しなければならないが、合う合わないという違いがあるのはあるが、大概の人間は、なんらしかの種の晶術の素質を持っているというのが、ハロルドの出した結論だ。
 ミゲルだけではなく・・・・・。
 ダリアにも、ヴァレリーにも、このカルロにもある。

 だとしたら、どうなる?

 晶術を、晶術として使用せしめるのは、自分になんの素質があるか、認識している場合だ。
 レンズにはそういう力がある、と知っている、という事。それが最低条件。
 そして、晶術を体系化するのには・・・時間がかかる。
 素質があってもなくても、今日知って、明日には使えるという訳にはいかない。
 レンズの波動に呼応するような体質に、自分自身を持っていかなければならないからだ。
 その時間を短縮するには、高密度のレンズの能力で補うしかないが、それこそソーディアンではあるまいし、そこまで必要に狩られる事などないはずだ。

 

 


 だとしたら・・・。


 

 サロメは、どこでその知識を得た?

 それとも。

 本当に、カルロの言った通り、偶然にも晶術を手に入れたのだろうか。

 もちろん、理論など知らなくても、晶術を使う事は可能だ。

 サロメの晶術は、そういう類のものなのか?

 

 

 記憶を失くしたというが、2年前。

 

 


 果たしてその時、彼の身に、なにが起こった?

 

 


 

 

 


 


 ぱちぱちと、小さくはぜる音を聞きながら、カーレルは無言で、炎を見つめる。

 炎を挟んで向こう側には、カルロがやはり黙ったまま、くべる枝を手に取り、ふたつにぱきりと折っていた。
 ハロルドは、カルロが持参した毛布を借り、鶫のレリーフの石畳に、ごろりと横になっている。

 結局、帰るのがおっくうになったハロルドが、止める兄の言葉に耳を貸さず、ここで夜明かしすると言い出したおかげで、とうとう今日中に、ラディウロウには戻れない羽目になった。
 駄々を捏ねる子どもを置いていくという選択もあるのはあったが・・・。
 そんな風に脅せば、本格的にハロルドが拗ねるに決まっているし、そうなったら意地でも彼女は動かない。
 本当に、ハロルドをひとりで置き去りになどできるわけもなく、それは、カーレル自身の心配が1番の理由ではあるが・・・そんな事をしたら最後、ディムロスにもリトラー司令にもなんと言って責められるか。
 なんやかやと言いながら、子供はごねたもの勝ちだ。
 わがままが過ぎれば過ぎるほど、それに大人は弱いものなのだ。


 毛布をハロルドに取られたカルロだが、気を悪くした風は見受けられない。
 最も、こんなところにひとりで、本格的に眠れるわけもないから、本人は徹夜の覚悟だったのだろう。
 別段、眠そうでもなく、黙々と炎の番をしている。

「あんたは寝なくって良いのか?」
「いえ、大丈夫です。」
 俺が寝ずの番をしているから、休んでいいぞというカルロの申し出をカーレルが断ると、軍師ってのは肉体労働には向いてないだろうに、とからかわれた。
 だが、なにがなんでもカーレルを寝せようなどとは思ってないらしく、1度そう訊ねた後、2度は確かめなかった。
 代わりに、飲むか?と言って、酒らしいものを、カーレルに勧めてくる。
「いえ・・・私は・・・。」
 カーレルはさほど酒には強くない。
 飲むには飲めないこともないが、見た目でカルロは強そうだ。相手をできるとは到底思えない。
「そんなに何度も注いだりしないから、安心して少し付き合え。」
 やはり、こちらも見た目からか、酒に弱いのがばれている。
 カルロが笑いながら言うので、では少しだけ、と言ってカーレルは杯を手に取る。
 とたんに、カップの底に、透明な液体が注がれ、甘く独特な匂いが鼻腔をくすぐった。
「自家製の果実酒でな。飲みやすいぞ。」
「果実・・・。」
 今のご時世に?という疑問が顔にでたのだろう。
 いつの間にか隣に座り込んだカルロが、笑った。
「果実は、二年前のラヴィ・ロマリスクのものさ。酒にして寝かしてあるんだ。」
「そうでしたか・・・。」
 二年前と言っても、その頃にはもう、ダイクロフトの圧制に、地上は苦しめられていた。
 南にあるとはいえ、ラヴィ・ロマリスクには、当たり前のように実りがあったのか。
 どれほど、豊かな国であったか、それだけで想像できるというものだ。
 カーレルが杯を煽ると、得もいわれぬ芳香が口の中に広がった。美味い。思わず口に出すと、満足そうにカルロが笑い、
「まぁ甘口だし、どちらかというと、あちらさん向けって感じがするんだがな。」
 と蓑虫のように毛布に包まって眠っているハロルドを、示した。
「確かに。」
 カーレルは同意をしながら、口元に笑みを浮かべる。
 それは、果実酒の甘みに対しての感想でもない。ハロルドはカーレルよりも酒に強いからだ。
「へぇ、そうなのか・・。」
 と妙に感心したように相槌を打ちながら、カルロは、自身も杯を煽る。
 一口、飲み込んだ後、言った。
「・・あんたの妹は面白いな。」
「そうでしょうか・・・。」
 言ってから、この妹を変人だと思わない人間はいない、という事実にぶち当たり、カーレルは答えに困った。
 確かに、彼の妹は常人には理解し得ないところがあるが、それは、判断する人間が凡人だからだ。
 なにかに秀で、天才と謳われる者は、多かれ少なかれ、浮世離れした者が多い。
 それは、天才の紡ぎだす世界が、凡人には新しすぎるからだ。
 そういう意味では、カーレルは、真の天才に対する理解が深い。彼自身が時には天才と呼ばれるからではなく、妹という媒体を、近くで見過ぎてきた為に、ピントがずれている事に、なかなか気がつかないからだ。

 カルロは、カーレルの相槌に笑った。
 明らかに面白がっている姿を見て、カーレルは、無礼を承知で聞いてみることにする。
 場合によっては怒るかもしれないが、長くつきあう相手でもなし、気にする事はない。
「あなたは、ダリア殿に嫉妬を覚えた事はないのですか・・・?」
 質問は、遠まわしだが、的を得ていた。
 それに対し、一瞬、カルロは真顔になったが・・・すぐに、再び笑みを浮かべた。
 それは、意地悪とも皮肉ともつかない笑みで、うちなる自分自身ではなく、間違いなく、カーレルに向けられたものだった。
「あんたは?」
 カルロは逆に聞き返してくる。
「・・・天才の誉れ高い妹に対して、蟇目のようなものを、感じる事があるかい?」
 聞き返されるのは、実は、予想の範疇だった。
 カーレルは、表情も変えず、いいえ、と答える。
「妹は、まさに真の天才で・・・双子ながら、すでに生まれた時から差がついていた、としか思えない。実力が僅差なものだったなら別でしょうが、初めから敵わない事が分かりきっていた。勝負にすらならない、とね。それでは逆に、コンプレックスなど感じようもない。」
 猫が虎に嫉妬するようなものです、とカーレルは言った。
 事実、自分とハロルドでは、同じ遺伝子を持っていても、別個の・・知的レベルの違う生命体としか思えない。すでにレベルが違うですら、適当ではない、と思う。
「なるほど。」
 理解しているかは別にして、カルロはその説明に納得したようだった。
 そして、自らカーレルの問いに話を戻す。
「俺も・・・ないな。正直なところ、なくもなかった。俺は、いつか騎士団の中で、人を束ねる任を賜るのが夢だった。志なかばで退役する事になっても後悔はなかったが、それだけが未練でね。ダリアが第二団の団長に任命されたのを聞いた時、一瞬、悔しかったよ。」
「一瞬?」
「ああ。先を越された!と思った。だがな。俺はあんたと違って、ダリアよりも俺のが剣の腕も、統率力も上だった、と自負してるぜ?だから、ダリアが優秀だと言われれば、それはそのまま俺への賛辞だ、と思い直した。ダリアは、俺に代わって他人の賞賛を受けているようなものだ、とな。」
 聞き様によっては自信過剰で、ダリアに対して配慮が足りないように見受けられるが、それは決してそういう意味ではない。
 ダリアの実力はダリアのものだが、それでも、もしもカルロが退役をしてなければ、第二団はカルロのものだったかもしれない。いずれは就く筈だったダリアは、兄に後れて回り道をさせられ、それからその任を賜ったかもしれない。
 現実逃避で、自分を慰めるやり方だが、案外、当たっていたかもしれない、とカーレルは、カルロを見ていると思う。
 この男には確かに、それだけの実力があるように見える、と。


利き手でない方の腕が多少使えなくとも、それは変わらない。


 それを・・・・。

 
 あの総長が、そこを、本当に分からなかったのだろうか・・・。

 

「それに・・・なにに置いても、俺はダリアが可愛い。なによりも1番、大事なんだ。」
 カルロは言った。
 それを聞き、その顔を見返した時、そうだ、この男はダリアの情報欲しさに、地上軍である自分たちに話しかけたのだ、と思い出した。
 故郷を滅ぼした軍に属する人間への不信感すら、ひっくり返せるほどに、この男は妹の情報に飢えていた。
 自分なら果たしてどうだろうかと思い、少し前、彼の妹が彼の手の届かない天上へと連れ去れた事を思い出した。
 報告を受けた時、カーレルは一瞬で決心したのだ。
 ディムロスなどは冷静なカーレルの姿に、歯痒いものを感じていたようだが、決してしくじらないように、誰になにを思われようとも冷静を失うまい、と鉄の楔を自らに打ちつけ、カーレルはその事だけに万進していた。
 
 
 絶対に、この世の、なにを敵に回しても、取り返す・・・。


 今のカルロもきっと、同じ気持ちなのだろう、と思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

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 実際は、ミゲルの話以外にも、もう少し、ラヴィ・ロマリスクの過去の状況を書こうと思ったのですが・・・。そちらは後でも良いと思い、今回は見送りました。
 詰め込みすぎは良くない、と判断した為ですが、それにより、カルロの会話が終われば、全て、出すべき過去の話は終わる予定だったのに、延長です。
 もう少し余計な付属部分もつけて、それはおいおい。

 今回は、兄、という立場の人のお話。
 最後のふたりだけの会話なんて、大して必要ではなかったのですが(笑)妙に書きたくって。
 たまには、赤の他人と話込むカーレルも宜しかろう、と。

 

('06 8/24)