29

 

 


 ほぼ日の出と共に、カルロは、カーレルとハロルドを残して遺跡を後にした。
 ハロルドはまだ寝たままで、挨拶すらしなかったが、起きてその事を聞いた後、結局カルロは何をしに来たのかしら、とぶつぶつ言った。
 カルロが目的があって、遺跡を訪れたとしても、自分達が押しかけてきた為に果たせなかったのではないか、とカーレルは思う。
 だが、別れ際、それを別段、気にしていたそぶりは見せなかった。
 ではまた、と挨拶したカーレルに対して、カルロは片眉を少しだけあげただけで答えなかった。
 ダリアの事があって話す機会を得はしたが、地上軍と馴れ合うつもりはない、というところなのだろう。ただ、そっけなく動く右手を軽く振り、村への坂道を下っていった。
 ラヴィ・ロマリスクに住んでいた昔ならいざ知らず、今のカルロは近くの村に住む身だ。
 目的を、自分達に邪魔されたとしても、まだ出直せば良い事だ、とそれくらいにしか思ってないだろう。


 大きく伸びをし、石畳に寝たことであちこち痛くしている体を伸ばしながら、ハロルドは「お腹空いた」などと普通に言った。
「・・・こんなところで、朝食の催促をされても困る。」
 昨夜のうちに、ラディスロウに戻るつもりで出てきたのだ。当然、食料など持ってきていない。
 カーレルが言うと、空腹はさほど気にしたわけでもないらしく、あっさりとハロルドは同意して、もう少し遺跡を調べてから帰るから、ごはんは待ってて、などと、まるでカーレルが不満を漏らしたかのように言う。
「・・・なにを調べることがあるんだ?」
 ハロルドが遺跡の何に、興味を引かれるのかが気になって、カーレルが言った。
「う〜んとね・・・。」
 答えるハロルドの視線は、朝日に明るく照らされたレリーフの上を彷徨っていて、上の空だ。
「・・・実際に、なにが伝説の元になっているのか、と思って。」
「・・・・伝説?」
 ハロルドの言葉を、首を傾げて、カーレルは復唱する。
「そ。・・・一夜にして海に沈んだっていう、あれ。」
「ああ・・・。」
 カーレルの方はそんなおとぎ話を信じてなかったので、気にも留めていなかったが、それをハロルドが気にしていたのは、かなり意外だと思った。
「私も本気になんかしてないわよ?」
 そんな事を信じる人間はバカで、それと同類に自分を扱うとは何事か、と言わんばかりに眉を一瞬吊り上げ、ハロルドはカーレルを睨む。
「だけど、一夜にして海に沈んだ、というのは・・・興味深いとは思わない?」
「物理的に不可能だからか?」
「そう。大津波が起きたとしても、島全体が沈んだとしたなら、地盤沈下が起こらないと無理って事でしょ?波だけでは、実際に浮かんでいた地面を水の下に飲み込むことはできないわ。いきなり海の水量が増えるわけないもの。」
「なるほどな。時間が限定されている、ということに矛盾が生じるという訳だな。」
 そう、とハロルドは頷き、ただし、と付け加える。
「・・・海底火山の噴火でもあれば別ね。」
「島そのものが、海底火山の上にあった、とかな。」
「うん。」
 それに・・・とハロルドは言った。自分でも信じていない、という口調だで。
「・・・相違が見られるのもなんだか、ひっかかるといえば、ひっかかるのよね・・・。」
「相違?」
 なんのだ、とカーレルは聞き返した。
「・・・天生の民の末裔は、リ・ヴォン教を守っていた。」
「ああ・・・。」
「リ・ヴォンの総本山は、言うまでもなく、ラヴィ・ロマリスクよ?そして、ラヴィ・ロマリスクは一夜にして滅んでいる・・・。」
「・・・・・。」
 ハロルドは、まさか歴史は繰り返される、などという世迷言を信じている訳ではないだろう。だが、その相違点が気にかかる、というのはカーレルにも分かる。偶然が重なると、人はそこに必然を求めたくなるものだ。・・何度も言うが。
 だが、一夜にして滅んだという類似点があったとしても、それがなんらしかの原因と繋がっているとは思えない。隔てられている時が長すぎると同時に、片や災害、片や人害だ。

「それに関しては、実は、もうひとつ仮説を立ててるんだけどぉ。」
 ハロルドの事だから、立てている仮説はひとつではないのだろうから、その中でもっともカーレルが興味を引きそうなものはひとつだけだ、という意味なのだろう。
「どんな説だ?」
 果たして、自分が満足するどんな答えを用意したのか、期待をしながらカーレルは訊ねた。
「民族、離散。」
「・・・・・なんだって?」
 もちろん意味は分かるが、ここでの持ち出すには相応しくないような気がして、カーレルはハロルドに聞き返した。
 それに対して、ハロルドはくふん、と自慢気に鼻を鳴らすと、もう1度言った。
「民族、離散、よ。天生の民は、自ら豊かであった文明と共に国を捨て、身を隠した。・・・しかも、ばらばらにね。」
「どうして、ばらばらなんだ?全員で、いずれかの移り住むのではダメなのか?」
「ダメじゃないけど・・・。それなら、天生の民の国が、今でもどこかに残っていても不思議じゃないんじゃない?天生の民は滅んだ、と言い伝えられている。しかも、その技術はラヴィ・ロマリスクがリ・ヴォン教を隠れ蓑に、今まで守ってきた・・・。隠していた事を思えば、離散した理由は、ひとつしかないと思わない?」
「・・・・・侵略、か。」
 その先んじた技術を、豊富な資源を狙った、巨大な何者かに、狙われた。
 カーレルが言うと、その反応の速さに満足したように、ハロルドは笑った。
「そう・・・実を言うと離散した、というのも希望的観測が含まれていないでもないのよね。まあ、卓越した技術を持っていたのだから、おめおめと侵略を許すまいと思ったから、そうじゃないかというだけで。・・・実際は、生き延びた一部の者だけがリ・ヴォン教を立ち上げ、残りのほとんどの民が・・・死滅したというのかもね。」
「そうだ、な・・・。」
 ハロルドのいう通り、先んじた技術を持った者たちが、簡単に他国の侵略を許すだろうか、と思ったところで、気がついた。
「・・・その頃、抜きん出ていたのは天生の民だけだ、と思い込んでいたが・・・。同レベルの技術を持つ国が、他にもあったのかもしれない、か。」
 それは、近年になって同じような状況を見ている。
 天上のミクトランと、古の技術を守り続けていたラヴィ・ロマリスクがそれだ。
 ミクトランは、自ら高い技術を持つ天上を指揮しながらも、ラヴィ・ロマリスクの持つ技術も欲しがった。
「そう・・・。だから、自分達のオリジナルの技術を、敵に渡さない為にばらばらに逃げたという仮説がたつわけ。まあ、更に、悪意的な仮説も立てられるけど。」
 だが、そうなると今度は、天生の民を侵略した方の高い技術を持った民族はどうなった、という事になる。それがその話だ。
 ハロルドは、唇に指を宛がい、これは内緒よ、という仕草をした。
 それにカーレルも頷く。これはここだけの話だ。もっとも内緒にするべき相手はここにはいないが。
「・・・実は、天生の民は全滅させられていて、その技術を奪った侵略者こそが、リ・ヴォンを立ち上げた。」
 そういう事だな?とカーレルは薄く笑みを浮かべた。
 罪悪感のなせる技なのか、影響力の強さの差が作用しているのかは知らないが、時々、侵略者は侵略した者たちに取り込まれることがある。奪いに行った筈が、逆に自分達が持っているものを奪われている、という現象。そしてそれは時には信仰の対象にすらなる。
「の、かもしれないけどね。まあ、連中は、自分達が天生の民の末裔だと信じているみたいだし?本当はどっちなのかなんてわからないけど。」
 この仮説そのものも、真実かどうかもわからないけど、とハロルドは付け足した。
「確かに、新しい説だな・・・。」
 カーレルは納得してつぶやいた。
 巨大な一国が、一夜にして海底に沈んだなどというのは荒唐無稽だ。だから、長年に渡り、天生の民の存在は疑問視されてきた。だが、それこそが、天生の民の策略だったらどうだろう。
 本当は、彼らは海底に沈んだりなどしておらず、自らそんな眉唾ものの伝説を残し、本当は国を捨て、一夜にして自分達の姿を、自分達で消し去ったのだとしたら。
 面白い・・・。
 そう満足しているカーレルの様子に、ハロルドはますます、得意気に胸を逸らした。

「・・・とはいえ、そんな証拠はどこにもないけどね。この遺跡のどこかに、その痕跡がないかと思って調べてるんだけど・・・それらしきものはないわ。」
「そんな簡単に、見つかるなら、とっくの昔に考古学者が発表でもしているさ。」
 それが事実だとしても、天生の民は、学者に重要視された事などなかった。今までどの程度の研究をされたか怪しいものだ、というのは百も承知で、カーレルは言った。
「それよりも、ハロルド・・・。」
 天生の民の話も面白いが、カーレルは他の話をしたかった。
「カルロの話、どう思った?」
 それだけで、ハロルドは、カーレルが何を言いたいのか、察知していた。
「兄貴の考えている事は、ほぼ間違いない、と思ってる。」
「・・・やはり、そう思うか。」
「うん。」
 事も無げに頷き、
「でも、それと同時に、ほぼ無理がある、とも思っている。」
「・・・私もだ。」
 ハロルドの否定を、カーレルも納得せざる負えない。


 


 カルロの話は、ラヴィ・ロマリスクの在りし日の姿を想像させてくれた。
 特に、興味深かったのは・・・ラヴィ・ロマリスクが過去に、ベルクラントの恐怖に晒された事がある、という点だ。
 カーレルは、元々、勇猛果敢と謳われる騎士団を持ち、各国の信頼を得ているラヴィ・ロマリスクが、天上に対してはっきりとした拒絶の意志を現わさない事を疑問に思っていた。
 豊富な資源を持ち、信仰において平等の精神を掲げる一国が取る態度としては、あまりにも曖昧ではないか、と。
 もっとも、リ・ヴォンの精神において、天上を批難する立場も取れない、と言われればそれまでではあったのだが・・・属国に下れ、と命令された状況下においてまで、地上の顔色を伺いに来るというのは、ずいぶんとのんびりとした対応ではなかったか。
「だが、それも・・ベルクラントを恐れての事だった、というなら、納得できないでもないな。」
 できれば、静かに行き過ぎる事を祈る嵐のように、頭上を災いが通りすぎてくれないか、と望みをかけてもいたのだろう。ミクトラン相手に無駄な事なのに。
「・・・怖いんだったら、尚更、地上軍にさっさと協力しなさいよ、ってところだけどね。・・・向こうも私たちをそれほどまでに信用できるとは、思ってなかったんでしょうしね。」
 どっちの味方だ、とつっこまれそうな口調で、ハロルドが言った。
 たぶん、どうでも良いと思っているのだろう。ハロルドの関心はラヴィ・ロマリスクの曖昧な態度の理由などにはないからだ。
 兄貴、とハロルドは言った。


「サロメとミゲルは。」
「・・・違う人間だろうな。」

 入れ替わっている、と言うのが正しい。


 話を聞いていて、違和感は尽きなかった。
 同じ兄妹でも、総長に対して、ダリアとカルロの間では、意見の相違がありすぎる。

 人の価値観には、確かに違いがある。
 それでも。
 晶術も、剣術も、あの美貌も。
 カルロから見て、どれも価値がない、という事など果たしてありえるだろうか。
 カルロは、2年前、記憶を失って帰ってきたというミゲルには会ってないと言っていた。
 だから、ダリアが従ってきたミゲルを知らないという事だ。

 その点を、カルロ自身は、ミゲルが記憶を失い、人生をやり直したからだと説明づけていた。だから、人格まで変わっていったのだろう、と。
 だが。

「ダリアの言うミゲルと。」
「カルロの言うミゲルが、別人だったというなら・・・納得できるな、この場合。」

  
 たとえ、記憶を失い、人格さえ形成し直されたのだとしても。

 ダリアのミゲル。カルロのミゲル。

 ふたりの見ていた姿は、まるっきり違いすぎる。
 同じ人間であるとは到底思えない。

 それは、性悪説、性善説を唱えるまでもなく、人間の根底にあるものは、結局は、真っ白になったとしても、いきなり間逆には変わらないと思うからだ。
 たとえ、それが、ハロルドとカーレルだけが信じている説だとしても、この場合、必要なのはお互いの意見だけだから、関係ない。
 ハロルドはカーレルの、カーレルはハロルドの直感を、判断材料にしているのだ。


「けど。」
 ハロルドが浮かない顔で言った。
 それに対して、頷き、カーレルも浮かない顔で答える。
「・・・それだと、辻褄が合わない・・・。」


 例えば、2年前、黒鶫騎士団を率いていたミゲルは、ベルクラントにより本当は死亡していた、としよう。

 そこへ、どこかからか、現ミゲル・・・サロメがやってきたとして。


 誰が、彼をミゲルと認めるというのか。



 人は当たり前だが、生きていれば、そこに軌跡を残す。
 ラヴィ・ロマリスクでラルフィルドやヴァレリーと幼馴染だったミゲルは、それを取り巻く環境、彼を彼と認識する多くの目に囲まれていた。
 記憶を失くした、という言い訳で人間が入れ替われるのは、それ以前に、本来の彼を知る人間のいない場所、という条件に限られる。


「記憶を失くした、という以上、サロメはミゲルだと自ら名乗る事は許されないわよね。だったら、誰かが彼を、どこで見つけたかは今はおいておくけど・・・誰かが彼を、ミゲルだと言ってラヴィ・ロマリスクに連れ帰った、という事になる・・・。そこで本人じゃなかったら、絶対に、違う人間だって騒ぎが起こるわよね?」
「もしもヴァレリーたちが、違う人間を、ミゲルだと勘違いする可能性は?」
「ないでしょう、普通。」
 当たり前の事言わないでよ、と軽くハロルドは兄を睨む。
「たとえば・・・顔を隠してそれまで生活してたとか、ミクトランのように一部の人間しか顔を知らないとか、そういう特殊な場合なら可能かもしれないけど・・・。人間は普通の生活をしていても、思ったよりも多くの人間の目に晒されているものだもの。違う人間が、それまでそこで生活していた人間と、そっくり入れ替わるなんて不可能だわ。」
「それはそうだな・・・。」
 腑に落ちないものがあったとしても、それは認めざるおえない。
 カーレルは、もしも、と考えてみる。

 ハロルドは・・・この通り破天荒の性格だが、記憶がなくなったと言っても、別人のようになるとは思えない。
 だが、入れ替わったとして、それを周囲が見破れないというのもありえない。

「逆に・・・。」
 ふと、浮かんだ考えを、カーレルは口にする。
「・・・・ラヴィ・ロマリスク全体で、彼をミゲルに仕立て上げている、というのはどうだ?」
 なにしろ、本人には記憶がないのだ。
 これ幸いと、本人でないのは百も承知で、その役を押し付けられたとしても、サロメには分からないかもしれない。それならば、ラヴィ・ロマリスクの人間達は、違う人間を喜んでミゲルだと認めるはずだ。騙されているのはサロメの方、という事になる。
「なんの為によ?」
 思いつきは良いが、まるで意味がない、とばかりにハロルドが言い捨てた。
「聞いたところによると、ミゲルってのは、名ばかりの総長で、フェザーガルドの許婚だけど、まだ教皇にもなっていない人物なのよ?そんな人間の、影武者たてる必要がどこにあるのよ?フェザーガルドの伴侶がいなくなって困るっていうなら、新しく選出し直せば良いじゃないの。」
「・・・それはそうだな。」
 カーレルの説だと、たとえ、違う人間でも「ミゲル」という人物に存在していて貰わないとならない理由が、ラヴィ・ロマリスクにある事になる。
 ミクトランや、リトラー司令ならば、死亡による不在を(この場合、復帰することは2度とない)伏せておきたいという理由から、そういう事もありえるかもしれないが・・・それ以外になると、どんな理由なのか、想像もできない。やはり、この説はないな、とカーレルは早々に、その考えを捨てた。
「しかし、そうなると・・・。」
「やっぱり、サロメとミゲルは同一人物って事になりそうね・・・。」
 どうしてそこまで人格変わったのか結局謎だけど、と溜息をついて、ハロルドが言った。
 それに頷き、カーレルはそこで始めて、自分が黒鶫騎士団の総長の彼に、思い入れをしている事に気がついた。
 カルロの言うミゲルは、決してカーレルから見ても、尊敬にも、信頼にも当たらない人物で、それがカーレルの知る、美貌の総長と同じ人間であったとは思いたくないらしい。
 それはきっと、ハロルドの方がそう思っているに違いなかった。今、こんな近くで観察しても、そんな態度は露ほどにも現わしていないが。
 案外、自分もまだまだ青い、とカーレルは彼の妹に気づかれないように、こっそりと苦笑した。

 

 

 

 


 


 胸を逸らし、水を得た魚のように話をするハロルドは、まるで、女王の如く、場を仕切っていた。
 その役者ぶりは、人々の前で演説する事に慣れているリトラー司令ですら、凌いでいるように見える。
 堂々とした口調は、まさに、軍師である自分の口調を真似たもので、カーレルは、感心すると同時に、呆れてもいた。


 ラディスロウに戻ると、ふたりは入り口で仁王立ちしているシャルティエに出迎えられた。
 顔を真っ赤にして怒っている。
 朝から、探していたのにどこに行ってたんですか!と詰め寄る彼の顔を見るなり、今日は大事な会議がある事を思い出した。リトラー司令からシャルティエを含む数人に、召集がかかっていたのだ。
 それを聞くなり、すぐにハロルドは、驚くほどの切り替えの速さで、いきなりカーレルの腕を捕み、連行するかのように会議室へとひっぱっていった。
 本来の自分の役目をハロルドに取られ、切り替えができてないのは、どうやらカーレルの方らしかった。
 そもそも、興味のある事柄を追求するのは良いが、仕事が最優先だ、と釘を刺したのはカーレルだ。
 ハロルドはそれを忘れていなかったらしい。
 会議室ではすでに、事前に指示されていたのだろうハロルドの部下たちが、機械だの装置だのを持ち込んで、用意を終えて待っていた。ディムロスたちもすでに勢ぞろいしていて、ふたりが最後であるらしかった。
 先に来ているべき自分がこの会議に遅れて来た事、先ほどまで忘れていた事に、カーレルは冷や汗が出てくる思いだ。
 天性の楽観視体質であるハロルドの影響を受けるにも、ほどがある。天地戦争の命運を分ける大事な会議だというのに。

 

「・・・以上、各人の適性は説明した通りです。最善のメンバーである事は私が保証致します。」
 ハロルドは言い、神妙な顔つきの一同を、ぐるりと見回した。
 会議室は無言だった。誰が発言権を持っているのか、自分達には分からないといった感じだった。
 反論の類がない事を確認すると、ハロルドは、にっと笑い、横に並んでいた助手のテアドアに、その先の説明を詳しくするように、と言いつける。
 一歩前にでたテアドアの話は、専門的な仕組みと構造についてのもので、自分に関わるとはいえ、一同はさっぱり分からないに違いなく、それでも全員が、それを表情には出さず、真剣に聞き入っている。


 これで、チーム、という訳か・・・。

 カーレルはテアドアの話を聞きながらも、上の空で、集まった面子を眺める。
 それは、まるでハロルドが計ったかのように、適性と同時に、お互いの信頼関係を築いている事も、保証されていた。

 ディムロス・ティンバー。
 アトワイト・エックス。
 ラヴェル・クレメンテ。
 ピエール・ド・シャルティエ。
 イクティノス・マイナード。
 カーレル・ベルセリオス。

 以上の6名が、ハロルドがソーディアンマスターとして選んだ面々だ。
 もっとも決定を下したのはリトラーであるが。


 テアドアの、ソーディアンの構造に関する説明が終わると、次に進み出てきたのは、先日、天上軍から逃げ延びてきたベルクラント開発チームの研究者だった。名前をトリスタという。
 そのトリスタは、ソーディアンに使用されるレンズの重要さ、求められる密度の高さの説明をし、そのレンズは今現在、ハロルド博士の内密の依頼を受け、天上でベルクラント開発チームが作製中で、しかも完成間近である事を請け負った。
 だが、それは同時に、レンズが完成しなければ、ソーディアンも完成しない、という事でもある。
 あまり楽観視もできない、とカーレルは、先のことを考えて溜息をつきたい気分だというのに、ハロルドは、鼻歌でも歌いだしそうな上機嫌だ。
 それを見て、ハロルドの今の1番の関心が、黒鶫騎士団にあるとばかり思っていたが、決してそうではないのだ、とカーレルは気がついた。
 仕事、と分類してしまいがちだが・・・ハロルドにとって研究は、何においても優先される事柄で、帰艦した時に一瞬にして切り換わった事から考えても、片時も頭から離れることがないのだ。
 カーレルが内心で、そんな妹を誇らしげに思っていたその時だった。ディムロスが難しい顔をして、話があるのだが・・・と切り出したのは。
 
 場の空気を急激に変化させる。そういう布石を投げるのは、大概、ディムロスのような男だ。


「・・・このメンバーに、聞いておいて欲しい事がある。」
 いきなりの言葉に、それまで、ある程度の気心が知れたメンバーでチームを組む事に安堵していた一同の間に、緊張感が漂い始めた。
「このメンバー、というのは・・・ソーディアン・チームとしてって事ですか?」
 質問をしたのは、シャルティエだった。
 茶化そうとかそういうのではまったくなく、彼には緊張した空気に耐えられないという繊細な一面がある。この時も、その場から逃れたくなる心境からでた、一言だった。
「そうだ・・・。これから我々がソーディアンを扱う上で、非常に重要な事だ。」
 そういうディムロスの表情は引き締まり、これから話す内容が、決して明るいものではない、という事を口にする前から物語っていた。
「ほう?そんな事があるのか?それはなんじゃ?」
 年長者の長年の経験からか、張り詰めた空気の息苦しさを改善する為に、穏やかな声を出し、発言したのはクレメンテだった。
 その意図を汲み取り、感謝のまなざしで見つめた後、ディムロスは口を開く。

「・・・ソーディアンが、晶術という技を使用できる、というのは、皆、もう把握しているな?」
「もちろんじゃ。・・仕組みは難しくてよく分からないが、要するに魔法の杖のようなもんじゃろう?」
 魔法の杖、という子供じみた言い方が気に入らないらしく、カーレルの目の端に、膨れたハロルドの顔が映る。
 だが、他の者たちはそんな事に気がつきもしない。全員の視線はディムロスの、硬い表情の上にあった。
 ディムロスはクレメンテにそうです、と頷いた後、続ける。
「そもそも、その晶術というのは、体系化できさえすれば、誰でも使用可能なものなのだそうだが・・・。そうだな?ハロルド。」
「そうよ〜。」
 ディムロスに質問に、ハロルドは答える。
「・・ただし、その体系化こそが難しいわ。レンズは精神力と呼応して晶術を発動させるけど、ただ闇雲にやろうとしてもできるものでもないの。レンズとの相性もあるし、資質の問題もあるわ。理論的には誰でもできる筈だけど・・・。使いこなす人間は、そう多くは出てこないでしょうね。」
 その口調は、いつになく落ち着いているものだった。その場にいる全員に、事態をちゃんと把握させようと努めている。
 ハロルドには、もう、ディムロスが何を言い出すのか、分かっているのだ。
 そしてカーレルも、そのハロルドの態度から、何がこの先待っているか気がついた。


「その晶術を・・・。」
 ディムロスが言った。
「すでに使いこなしている人間が、天上にいる。」

「・・・・・!」
「なんじゃと?」
 その場にいる全員が息を飲み、
「それは・・・ミクトランの事ですか?」
 その中でも、一瞬で冷静さを取り戻したのは、イクティノスだった。
 自分達の最終兵器が、天上王に先んじられていたならば、勝敗に大きく関わる。
 1番気にかかるのは、誰でも同じことだ。
「違う。」
 幸いな事にな、とディムロスは付け加えた。
「・・・それは、黒鶫騎士団の総長をつとめている人物だ。」

 それにより各自が示した反応は、それぞれだった。
 クレメンテは沈黙し、シャルティエは、う、と言葉に詰まった。
 リトラーも何も言わず、アトワイトとイクティノスは、事態の飲み込めない顔で、眉を顰めた。
「・・・黒鶫騎士団、というのは確か。」
 イクティノスが、記憶の奥から引っ張り出すようにして、いつもよりもゆっくりと話す。
「・・・ラヴィ・ロマリスク皇国の、自国軍ではなかったですか?リ・ヴォン教の。」
 何故、ここでその名前が出るのか分からない、というような表情を見せながらも、詰め寄るような真似を、イクティノスはしない。
 代わりに、ディムロスではなく、更なる説明を求める様に、リトラーに向き直った。
 ディムロスの知っている事を、リトラーが知らぬ訳もないから、疑問の矛先がそちらに向かうのは自然な流れでもある。
 それに答えるように、リトラーはゆっくりと重い口を開く。

 ラヴィ・ロマリスクの事件を記した記録書の閲覧は、少佐以上の者には許されている。
 わざわざ調べたりしなければ、目にする事もないが、ここにいるのは全て、少佐以上。話して聞かせても、なんの問題もない者ばかりだ。最も、この件に関しては、もっと位の低い兵士でも知っている者はいるのだ。今更隠したところで、どうにもならないし、また、自分達の軍が起こした事の責任を問う意味でも、広く知れても良い事実だ、という意識が、リトラー自身にはあった。

 説明を聞き全てを知った後も、なにも思うことはない訳でもないだろうに、冷静なイクティノスは何も言わなかった。
 ただ、そういう事でしたか、と納得したという意思表示だけは示した。
 同じく何も知らされていなかったアトワイトは、もう、話の途中からハロルドに視線を向けていた。

 嫌になる、と心の中で思い、アトワイトは溜息を、そうとは分からない程度についた。
 アトワイトは勘が良い。
 それでなくても、日頃から、ハロルドの事を心配し、常に気にかけている。
 だから、すぐに、気がついたのだ。
 先日聞いた、ディムロスがハロルドから隠そうとした一件がこれであること、ハロルドが会いたがった捕虜、そしてその捕虜を引き取りに来たという一群こそが、黒鶫騎士団だったのだという事。
 そして、事態は・・・アトワイトが思っていたよりも複雑であるのだ、という事に。

 クレメンテは事件後、調査の段階からその事を知っている人物で、シャルティエも同行した洞窟の中で、すでにディムロスの話を聞いて知っている。


「これは、だからどうだ、という話ではない。」
 ディムロスが言った。
「だが・・・我らがソーディアンで戦いを挑む時、必ず、彼が立ちふさがってくるだろう。その時に、動揺を誘いたくなかった。向こう側にも晶術を使う人物がいる、という事を把握しておいて貰いたかったのだ。」
 けれど、と冷静な顔を持ち出して、発言をしたのは、それまで黙っていたカーレルだ。
 ディムロスの言わんとする事はわかる。だが、これはそれで終わる話でもない。
「結局のところ、対処をどうするか、でしょう。」
 今は敵側についているとは言え、元々は同志、そして裏切ってしまった相手だ。
 対する気持ちが、傾いてしまう事を、悪いとは思わない。
 ディムロスが、それを案じていながら、冷たく口にできないのは、彼の優しい性格故なのも、分かっている。
 だからこそ自分が、はっきりと言わなければならない、とカーレルが口を開いたのだが。
「甘っちょろいわね。」
 嘲りにも似た物言いの声が、そこに割り込んだ。
「対処もなにもないでしょう〜。」
 心底呆れた、と言うようにハロルドは、言い捨てる。
「阻まれれば、相手が誰であろうと、叩き伏せるのみ。」
 それが、自ら滅ぼしてしまった国の民であったとしても。

 罪悪感を持つのは勝手だが、それとこれとを同じにはできない。
 滅ぼしてしまった国の民が相手だからといって、戦わずに白旗をあげる訳にも、天上に勝利を渡してしまう訳にもいかない。
 勝つか負けるか。
 それによってかかってくるのは、自己満足では補えない、人民の命運だ。負ければ、今度は地上が、ラヴィ・ロマリスクと同じ憂き目を見る事になる。
 それなのに、手心を加えてどうする。
 立ちふさがる者があるならば、誰であろうと、叩き伏せる。

 

 ハロルドは、自ら、言ったのだ。

 

 

 敵であるならば、勝利を勝ち取る為に。

 

 

 それが、彼であろうとも。

 

 殺さなければならないのだ、と。

 

 


 
 ――それが戦争だ。それこそが、戦争なのだ。

 

 

 ハロルドのその時の、瞳の色を見て、宿る光の強さを見て。


 カーレルは、そっと目を伏せた。


 ハロルドのその覚悟に対して、何もしてやる事はできない。


 軍師であるのに。
 全てが、上手く、誰も傷つかずにすむ方法が。

 なにも思いつかない。

 


 
 もしもあるならば、自分の方が聞きたい、とカーレルは思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 長い回想の話(ラヴィ・ロマリスク編)を書いた後、すぐに洞窟のシーンに戻ったのですが・・・・。その時、シャルティエの事はしっかり忘れていた、という事に、さっき、気がついた・・・。
 あの洞窟の中で、シャルはひとりでなにやってたのかな〜っと。・・後で書く事もあるでしょう・・・たぶん;;
 なんだか、無駄に出てきたっぽいソーディアンチームのおかげで、余計なシーンがどんどん入ってしまって、全然、予定のところまで、書けなかった・・・・。
 この後、トリスタの話が出てくる筈だったのに・・・。無駄に出てきたわけでも、名前つけた訳でもないんですよ、あの人は。

 ハロルドの覚悟は、前からです。
 サロメを追っかけてますが、それが敵である事はわかってる。場合によってはいつ殺し合いになるか分からない、という事を常に頭においています。それをちょっと書いておきたかっただけ。

 

('06 10.9)