3

 

 

 

 

 

 ウィーンウィーンとなにかの機械音が部屋の中に響いている。
大きな音ではないが耳触りだ。

 身動きの取れないまま、それでもバルバトスは舌打ちをした。


 目を覚ました時、すでにこの体勢にされていた。
足元には、見たこともない文字の書かれた円があり、その円の縁から天井へと透明な壁が延びている。
バルバトスの両腕は左右に固定されていた。
手首には錠が掛けられているが、鎖はない。何か見えない力のようなもので押さえつけられているようだ。

 『それにしても。』
バルバトスは自由になる首をめぐらせて天井を、壁を、見回す。
この天上軍の施設の性能の高さはどうだ。
地上軍のそれとは大きく違う。
改めて、敵と自分たちの差を思い知らされ、苦々しい思いで、それらを眺めるバルバトスの耳に、部屋の外から、こちらに近づいてくる足音が聞こえた。
コツ、コツとゆっくり一定のリズムを刻み歩いてくる。
足音はやがて部屋の前で止まり、バルバトスの目の前の扉が開いた。


 「・・・お前か。」
黒衣の人物の顔をバルバトスは睨みつける。
これだけの屈辱を与えられて、忘れもしないその顔だ。
だが、美しい、と思った。
戦闘中でも思ったが、こうしていると人形のようで、まるで戦いをするようには見えない。
「気分はどうだ?」
少年はおざなりな口調で、バルバトスに話しかける。
「ふん。」
その言葉を、バルバトスは鼻で笑う。
「思ってもない事を口にするな。俺になんの用だ。」
くつくつと相手は笑った。
「まあ、そう急ぐこともない。」
そう言って、バルバトスの目の前で、足を組んで腰掛ける。
自分は立たされているのに、相手は座っている。
その事が相手の優位さを物語り、バルバトスははらわたが煮えくり返る思いで、それを見つめた。
「少将、だそうだな。」
「何だと?」
「貴様の位だ。八千人を従え、地上軍最強の武将と名を馳せるも、少将、か。」
黒衣の人物は、そこで言葉を切ってバルバトスを見る。

 「英雄殿には叶わないと見える。」

 バルバトスの表情が怒りのものへと変わる。
ワナワナと唇を震わせ、こめかみに青筋をたてる。
その言葉は、バルバトスにとって最も屈辱的なものだった。
敵に捕らわれたことなど、それに比べれば、ぬるい。

 「だからどうだと言うのだ!」
バルバトスが吼える。
「位など、この俺には何の意味もない!強さこそ!強さこそが全て!くだらぬ地位に拘れば腕が鈍る!いずれこの俺が、その事を分からせてくれるわ!」
「まあ、落ち着け。」
常人なら震え上がるようなバルバトスの恫喝にも顔色ひとつ変えず、少年が言う。
さらりと、ただの世間話のように。
「地上軍においておくには、惜しい男だ、と言っている。」
「・・・何?」
少年の口元が弓のように弧を描いた。
紫色の瞳は妖しく輝き、悪魔のささやきを口にする喜びを湛えていた。
バルバトスはそれを、気味悪く見つめた。
「天上軍に来い、バルバトス。」
こいつは魔物だ。
バルバトスの直感がそう告げた。
「ここでなら思う存分、暴れることができるぞ。お前を正当に認めない地上の奴らを相手に・・・。」
だが、抗うことができない。
「その斧を振るってみたいと思わないか?」
ぞくり、とするような笑みを湛えたまま、言葉を紡ぐ、相手の顔から目が離せない。
その口元がさらに釣りあがる。
勝利を確信しているかのような口調で、先を続ける。
「もちろん、ただで、という訳にはいかないが。」
バルバトスは、その美しい顔を凝視しながら、まるで操られてでもいるかのように、口を開いていた。
「・・・何が望みだ。」
少年が笑った。
それはまるで邪気を感じさせない、子供のような笑みだった。
一瞬で切り換わった表情の、先程とのあまりの違いに、バルバトスは背筋を寒くさせる思いだった。
「ディムロス・ティンバーの首。」
「・・・・・。」
「お前も欲しいのではないか?」
お気に入りのおもちゃを見つけたかのように、目を輝かせて少年は言う。

 YesともNoともバルバトスは答えなかった。
代わりに、ふと頭の中に浮かんだ疑問を口にする。
「貴様、名はなんと言う?」
天上軍に、こんなヤツがいるなどと。
今まで一度も聞いた事がない。
元からの天上人なのか?
見かけだけなら、柔な特別階級の人間に見える。
だが、こいつは中身は柔ではない。
どちらかと言えば、辛酸を舐めてきた地上軍のような強靭さがある。
「さあな。」
バルバトスの突然の質問に、目を瞬かせ、少年は言う。
「人に呼ばれる為の名などない。好きなように呼べ。」


 バルバトスは哄笑した。
いっそ、清々しい思いがした。
自分よりもディムロスを讃えてきた地上軍への鬱憤は、澱となって溜まっていた。
そう、奴らに思い知らせてやれば良い。
最強が、誰であるか、を。


 「首を欲しがるか。」
バルバトスはにやり、と笑い、相手を見た。
女のように美しい。
「"サロメ"とかいう女がいたな。」
それを聞くと少年は、再び、くつくつと笑った。

 

 

 

 

 白くぼんやりとし照明に照らされた天井を見つめ、ハロルドは溜息をつく。

 この部屋の壁は、全てつるりとした素材で覆われていて、室内にはベッド以外には何もない。
ハロルドはそこに鎖のない錠で繋がれていた。
厳密に言えば、繋がれている訳ではない。
体の自由も利くし、歩き回れる。
だが、壁に近づこうものなら、いきなり錠がなにかに引っ張られたかのように、腕を空に固定するのだ。
始めは面白い仕組みだと思い、観察していたが、解明できてしまった今では飽きてしまった。
要するに攻撃機能のない、障壁と同じ仕組みなのだ。
外部からの関与がなければ解く事ができない。

 「あーあ。」
ベッドに寝転がり、天井を睨む。
拘束されている事のなによりも耐え難い点は退屈なことだ。
ここには、機械も研究道具もない。
せめて話し相手でもいればなぁ、と思っていると、いつの間に入ってきたのか、声がした。
「だいぶ、飽きているようだな。」
「ああ、あんたか。」
ハロルドは黒衣の少年を見る。
「調度良かった。話し相手が欲しかったの。」
よいしょ、と言いながら体を起こすと、少年はくすりと笑った。
「捕らえられているのに、話し相手の心配か。」
「だって、どうせ私を殺さないでしょ?」
「ああ。」
軽く頷きながら、少年は、ハロルドに数歩近づく。
身の危険を感じていないからか、ハロルドは、それを見ても眉ひとつ動かさない。
ハロルドから攻撃を仕掛けられたとしても、防げるだけの間を取って立ち止まり、少年は言う。
「そう、少し滞在して貰う事になりそうだ。その間に、手伝って欲しいこともあるのだが?」
「いーやーよー。」
節をつけたような、棒読みのような妙な口調でハロルドが答えると、面白そうに少年が見る。
「敵のためになんか〜死んでも働かないわ〜。私にはー地上軍のー誇りがー。」
「もう、いい。」
笑いを堪えて少年が言う。
「本当に食えない女だな、ハロルド・ベルセリオス。噂通りだ。」
「あら、そうかしら?試しに食ってみる?」
「今はいい。」
「あ、そ。」
それじゃ、する事がまたないわ、と言って、ハロルドは再びベッドに寝転がる。

 「ところで、あんた。」
「何だ?」
「あんた、って呼ばれるのが嫌なら名乗りなさいな。なんての?」
「名前か。」
少年は困ったように首を傾げる。
そうしていると、ますます子供に見える。
だが、それまでの落ち着いた物腰は、老練の兵士のようにも見える。
その差が、面白い。
「どうでも良いんだがな、僕は。とりあえず、サロメ、と言っておこう。」
「サロメ?女名じゃない。」
「お前のハロルドも、男名だと思うが。」
「ま、そうだけど〜。私のはね〜こう色々と計画をして、計算の上に成り立っている名前なのよ〜。適当につけたんじゃないの!あんたは今、とってつけたように言ったでしょ。」
「たった今、貰ったばかりだからな。」
「名前の話よね?」
「青い髪の男が名づけ親だ。」
「ありゃりゃ。」
それを聞き、ハロルドは溜息をついた。
「じゃあ、そういう事ね?」
「ああ。だからお前には、大人しく滞在して頂く事になった。悪く思うなよ。」
「思うわよ。普通、思うでしょ〜。」
「お前が、普通などという言葉を知っていたのか。」
本気で呆れたように、相手は返してくる。
ほとんど主文のない会話だった。
だが、ハロルドの言う言葉の意味を的確に捉えている。
頭は悪くない。
そう相手を判断し、ハロルドは唇を舐めた。

 そう、悪くない。
敵であれ味方であれ、楽しめそうな相手はめったに見つかるものではない。
「ところでさっき私に何かさせたいって言ってたわよね?」
「ああ。」
サロメは、ひと言、そう答え、そのまま黙った。
「・・・?」
ハロルドは一瞬、自分からの次の質問を待っているのかと思った。
そのために出来た間、なのか、と。
だが。

 ・・・そうじゃないわね。

 彼はすでにハロルドを計画に引き込むのを諦めたのだ。なんの計画かは知らないが。
だから、もうそれ以上、その件に関する話をする気がないのだ。
「う〜ん。」
唸り、ハロルドは自分から質問する。
「それってさ〜。最近の天上軍の動きと、関係があるの?」
「ああ。」
「うう〜ん。」
ハロルドは右手の人差し指をこめかみに当てて考える。


 最近の天上軍の動きをすでに暗記している記憶の底からひっぱりだし、シュミレーションをしてみる。
それに加えて、自分の知識の有効さと、目の前の男の存在。
・・・やはり、か。
当初、予想していた通りの答え、という事だろう。


 「・・・そこまでは天上軍も目をつけた、って事?」
「天上軍というよりも・・・。」
ハロルドのは、独り言がこぼれたものだった。相手に答えを期待していたわけではない。
だが、サロメは言った。
「ミクトランだ。」
「へえ?」
ハロルドは少しばかり驚きの声をあげた。
きちんと彼が自分の言葉に答えを返してきたことと、天上王を呼び捨てにしたという事、どちらにも対して。
「帰ったら、せいぜい急ぐんだな、ハロルド・ベルセリオス。」
「・・・・う〜ん。」
ハロルドは、その奇妙さに首を傾げる。
この男は・・・一体、なんなのだろう。
「ねえ、それって、私をこのまま拘束しておいた方が良いんじゃないの?」
「確かにな。お前が地上に戻らなければ天上側が先んじる。後の戦いは楽だ。」
「それなのに、私を帰してくれるの?」
「帰す、とは言ってない。」
溜息をつきながら(ここで何故、溜息なのかも考慮すべき点だ)サロメは言う。
「用がなくなったから帰す、という訳にはいかない。お前、自分が何者か分かっているか?」
「地上軍の中心部に近いところにいる存在。」
「・・・単なる中佐クラスでは、人質でも役にたたん。お前に地上にいられると困る。少なくとも、この天上に、そう思っているのが、ふたりいる。」
「ふたり?あんた、と・・。」
「僕と、ミクトランだ。」
悪名高き天上王にお褒め頂けるとは恐悦しごく、とでも言ってやろうかと思ったが、バカバカしいのでやめた。
ミクトランの悪口を言ったところで、目の前の男は痛くも痒くもなさそうだ。
からかうよりもむしろ、それが何故か、の方が気になる。
「だから、お前を帰す、という訳にはいかない。特にミクトランは、お前の能力を認めてる。脅威すら抱いている、と言っても良い。」
「・・・そんな事言って、あんたの首は大丈夫なの?」
それが例え本当だとしても、ミクトランの耳にでも入ったら、どんな目に合うやら分からないような、侮辱の言葉ではないか。
「この部屋には盗聴機の類はない。安心して、寝言でも歯軋りでもしろ。」
「しません!乙女に対して失礼な。」
「乙女だったのか。」
「う〜。」
ハロルドは膨れながらも、そのポーズの中で猛スピードで計算していた。
この男の真意が、どうしても見えない。
しかも、またしてもハロルドが意外に思うような言葉を、サロメは言う。
「だが、逃げられると思うがな。」
「・・・それは阻止できないって意味?」
「できないだろうな。」
「随分と謙虚なのねえ。」
「謙虚なのではなく事実だ。天上の甘ったれた軍は、地上の軍には劣る。確かに物資はあるかもしれんが、それだけだ。死に物狂いで戦っているお前達と違って、くだらない優越感に浸って油断しているから隙だらけだ。アンズスーンを落とされて、少しは懲りたかもしれんが・・・相手が、あのカーレル・ベルセリオスではな。」
「・・・・・。」
兄の名を口にした時。
サロメは一瞬、目を細めた。
それが、忌々しさからなのか、あるいは、憧れの類のものなのか、妙な光が瞳を過ぎったのを見た瞬間、うっかりハロルドは、それは何故か?と問いそうになった。
何故と、何、を口にするのは禁じているにも関らず。

 「おそらくこの戦いは・・・。」
ぽつり、とサロメは言った。
視線はハロルドを反れて、後ろの壁を見ているようだった。
「お前達が勝つ。」
「・・・・・。」
その時のサロメの顔に浮かんだ、悲しみの表情がハロルドには上手く理解できなかった。
「ミクトラン、だけど。」
「何だ?」
「あいつは神様気取りで人類を支配するのは自分だって言っている。自分たちの優性遺伝こそが生き残るべきで、それこそが人類の為だなんて、でたらめな大義名分を翳してる。あんたはそう思わないの?あんただって天上人でしょ?」
「本気で思ってもいない事を口にするのか?ハロルド・ベルセリオス。」
サロメはくつくつと笑った。
「後ろめたい事があるヤツほど、必死で自分を正当化するものだ。」
「・・・その通りね。」
ハロルドは即答した。

 こいつは、やはり違う。
こいつはミクトランに仕えているのではない。
天上人だからと、地上にいる人々を見下しているのでもない。
なにか違うものに、仕えているのだ。

 それがなにかを知りたくって、ハロルドは探りを入れる。
「センス、ないわよね〜!」
「何だ?」
「その名前!サロメ?」
ああ、と言って再びサロメは、くつくつと笑った。
「気に入らないか?」
「なんかさ〜、あんたがその名前だと、嵌りすぎてて嫌って感じ?首を欲しがる妖艶な美女・・・やだやだ。想像できちゃう。」
「では、お前なら、なんとつける?」
「う〜ん、そうね。」
もう一歩を、ハロルドは詰める。
「どうせなら・・・ユダ、かな?」
「・・・・・ユダ、か。」
サロメは視線を下に落とした。
その表情は冷たいものへと変わっていた。
その瞬間、ハロルドは失敗した、と思った。
その言葉のどこの問題があったのかは分からない。
けれどサロメは、先程まで細く開けていた扉を、急激にハロルドの前で閉じてしまった。
そう、思った。

 「・・・僕は天上軍を裏切らない。」
「・・・サロメ?」
「しゃべりすぎたようだ。お前には手荒なマネはしない。命の保障もする。だから大人しくしている事だな。」
ひらり、と黒い外套を翻し、ハロルドの方を振り向きもせず、サロメはそのまま、部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

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今回は捕らえられた側のみの場面で申し訳ない・・・。
とりあえずの3話です。 やっと謎の人物の名前が出てきました。 というか・・・タイトルなんだけどさ。
実は、ここまでは清書なのですが、4話はまるっきりの白紙状態。 なぜならば、実際は、このまますぐにハロルドは地上に戻って、そこからだったのですが、それではなんだろうと、急遽書き加えることにしたからです。
なのでお待たせして申し訳ないのですが、少々、お時間がかかるものと思われます・・・。 お許しあれ。

 

(04’10.26)