32.

 

 

 


「聖皇女?」
「・・・しかも前、ですか。」

 カルロの言葉に、双子の兄妹は、揃って首を傾げる。
 カーレルの部屋の、ランプの灯が、ゆらりと一瞬風に煽られて、大きく輝いた。
 このランプというのは、ハロルドが開発した特別な燃料で出来ていて、電灯と同じほどの明るさが出る。
 ラディスロウ内には一応、電力は通っていたが・・・そうでなければ、24時間、誰かしらの研究員が仕事に明け暮れているハロルドのラボが稼動できない・・・経費を削減する為に、部屋で個人的に使用する灯りは、ランプが指定されている。
 ちなみに、電力の動力源はもちろんレンズだ。
 そのレンズも、モンスターから簡単に手に入るとはいえ、そういうものほど、内部の密度の薄さによって消耗が激しいものが多く、兵士だけで十分な数を補うのは難しかった。
 そのランプの光を、別になんの意味もなく、目を細めて見ながら、カルロは、そうだ、と答えた。
「今は、アンタイルスの神殿で大司教の仕事に就いている。・・・ラヴィ・ロマリスクを出てからは、1度も戻ってきた事はない。」
 それは、その言葉通りならば、国を捨てた、という事だ。
「前聖皇女、と呼ぶならば・・・フェザーガルドの前に聖皇女の地位にいた、という事ですよね。」
「それって、つまり・・・。」
 カーレルとハロルドの言葉に、カルロは頷く。
「・・ああ。ラルフィルドとフェザーガルドの母親だな。ミゲルの父親が仕えていた前教皇の娘にして、現教皇睨下の妻女。・・・聖皇女を引退した今となっては、聖皇母とお呼びするんだが。」
「・・・そう。」
「・・・・・。」
 だが、それだけなら、それがなんだ、という印象だ。
 いくら、ラヴィ・ロマリスクの崩壊時に、アンタイルスの教団服を着た女性司教が消えたからと言って、それが前の聖皇女とどう繋がるというのか。
「それってさ。」
 ハロルドが言った。
「・・・その女性司教が、聖皇母の差し金で、ラヴィ・ロマリスクにいたのではないか、と疑っているって事?」
「・・もしくは、その司教そのものが、聖皇母本人であったか、と?」
 カーレルが、横から口を出すと、ハロルドは片眉をぴくりと吊り上げて、兄の顔を見た。
「それはないわよ、兄貴。その女性司教は、ラルフィルドと一緒に逃げ延びたって話でしょ?いくらなんでも、自分の母親がその場にいたなら、ラルフィルドは回りに、そう言う筈よ?」
「・・理由があって、言わなかったのかもしれない。」
「なんの為に。」
 そうでなくても、一緒に逃げ延びた人々の中で、聖皇母の顔を知っている人間がいないとは限らないではないか。理由があって、しらばくれるにしても、無理がある。
「盛り上げっているところ、悪いんだが・・・それに関しては、議論の余地がないんだ。」
 カルロが、本当に申し訳なさそうな顔で、カーレルに言った。
「消えた女性司教ってのは、見るからに20代、って年齢だったそうだ。どう見繕っても、ラルフィルドの母親とでは年が合わない。」
「ほら、見なさい。」
「・・・悪かった・・・。」
 まるで自分の手柄の様に胸を張る妹に、謝る兄。
 どうも、同じ仲が良いでも、自分達兄妹とは異なった力関係がこのふたりにはあるようだ。
 カルロはうっすらと笑みを浮かべる。
 ダリア。
 今頃、どこにいるのだろう。

「で、それって話はどこに繋がるわけ?」
 やっぱり、聖皇母の使いだったと睨んでいるの?とハロルドが言うのに、カルロは首を振った。
 だが、どこから説明したものか、と頭を悩ませる。
「俺が思うに・・・いや。」
 言いかけ、カルロは口を閉ざす。
 うん?とカルロの話し方に不自然なものを感じたようで、ハロルドは首を傾げる。
 カーレルもそれは感じたようだが、黙っていた。シャルティエだけが、次の言葉を待って、目をぱちぱちと瞬かせ、カルロの顔に見入る。
「・・・リ・ヴォンには色々な逸話がある。」
 だが、カルロは、そんな事を言った。
「実は、俺が騎士団を退役した後、歴史を志したのは、そういう他と類を見ない、リ・ヴォンの歴史に興味を持ったからなんだ。」
「へ?」
「・・・・・。」
 シャルティエは、いきなり話が飛んだかのようなカルロの言葉に、面食らっていたが、カーレルもハロルドも黙っていた。
 話が関連してないように見えるのは、たぶん、この話がリ・ヴォンを知らない者にとっては分かりづらいものだ、とカルロが判断したからだろう。彼は外堀を埋める作業か初めて、徐々に核心に触れていこうというのだ。
「類をみないって?」
 それに、リ・ヴォンの歴史には、自分も興味がなくもない。
 そう思い、ハロルドは素直にカルロの話の先を促す。
「例えば、国全体で何ヶ月も喪に服す儀式もあるがね。・・・その最たるものは、女神の顔が決まっている事だ、と俺は思う。」
「・・・?」
「決まっている、ですか?」
「女神の顔。・・・女神像の顔が統一されているんだ。」
 なんのことだ、と一瞬、訝しげに思った双子だったが、持ち前の判断力の早さで、その意味が分かった。
「崇める神は・・・神であるが故に、人々の心の中にある。その姿を模したとしても、それは想像の域を出ない。だからこそ、各自でイメージするものは違う筈なんだ。彫刻にしたって、それは同じさ。まあ・・そもそも、神を人と同じ姿に形容する事事態、思い上がりに過ぎないのかもしれん。そう思う人間も俺だけじゃないだろう。だからこそ・・・神を具現化させた時に全てが同じ姿をしているなんざ、稀な事なんだ。人がそれぞれ心の中で思い描く筈の神を、こういう顔をしている、と決定してしまったようなものだ。」
「・・そうね。珍しいかも。」
「それには、もちろん、理由があるのでしょう?」
「ああ。」
 カルロは、にこりと笑い、察しの良い双子に内心で感服していた。
 そして、逆に、へ〜と言いながら妙に感心をしているシャルティエに、親しみを感じる。普通、というのならば、彼のこの反応こそが普通だ。説明のし甲斐は、むしろ、シャルティエに対してこそ、あるというものだ。
「昔の言い伝えが元になっている。天生の民が、どうやって滅んだか、は知ってるよな?」
「暮らしていた島が、一夜にして海に沈んだ、と。」
 カーレルが答えると、そうだ、とカルロは言った。
「その、一夜にして滅んだ天生の民が、リ・ヴォンの始祖にあたる、と言い伝えられている。そして、まさに海に沈むその前夜・・・。島に背に羽根を生やした娘が飛来した。」
「は・・・・・。」
「・・翼のある娘?」
「ああ。それはその時、島を悩ませていた天変地異に不安を抱いていた人々にとって・・・ダメだしの脅威だった、と伝えられている。」
「天変地異、ね。」
 そこでハロルドは、話に割り込んだ。
「・・・信憑性はともかくとして、地震、と考えれば辻褄が合うわね。」
 天生の民が暮らしていた島は、海底火山の噴火により、沈没したのではないか、とカーレルと話した事がある。
「俺もそう思っていた・・・。」
 カルロは一瞬、嬉しそうに目を細めた。
 誉れ高い頭脳と同じ結論に、独自に至ったという事は、やはり嬉しいものだ、と思った。
「それで?その後どうなったのです?」
 よくある結末としては、その娘の呪いにより一族が滅んだ、という類だろう。カーレルはそう思いながら先を促したのだが、カルロは意外な事に、
「それで、終わりだ。」
 と言った。
「・・終わりですか?」
 いくばかりか面食らって、カーレルはカルロの言葉を反芻する。
 それで、終わり。ただ、翼の生えた娘が島に飛んできただけ。
 てっきり続きがあるとばかり思っていたのに、ただそれだけの話、なのか?
「それって・・その娘が凶運を齎したっていうオチじゃないの?その子が来たから、島が滅んだ、っていう。」
 やはり腑に落ちないというようにハロルドが食い下がったが、
「それがそうなんだ。」
 とカルロは答えた。
「翼のある娘が沈む前夜に、島を訪れた・・・。記録にそうあって、そしてそれだけなんだ。・・裏を返せば"だから、なんだ?"という話さ。それに纏わる話や伝承の類はなにもなく、そこから学ぶなにかがある訳でもない。確かに神秘的な言い伝えではあるが。まさに、記録にある、というだけでなんの意味もない。」
「・・・変わっているわね?」
 片目を細め、面白そうに、ハロルドが言った。
「それって・・・ただの言い伝えってだけにしても、妙に半端な印象だわ。第一、その娘の顔なんでしょ?リ・ヴォンの女神って。」
「・・と言われている。」
 カルロが肯定する。
「女神にはモデルがいて、でもそのモデルも実在した訳はない人物。有翼人種なんて、誰が聞いてもありえない話よ?ご丁寧にも、作り話に、証拠を捏造したようなものだわ。嘘が先にあって、真実として肉付けする。・・・確かに類を見ない話ではあるわね・・・。」
 そうだろう、とカルロは頷き、
「まあ、その娘が、これから起こる島の悲劇の前兆だった、という解釈もできるがな。だからこそ、その娘を神格化した・・・。」
 普通はしたくもなるだろう。本当に翼の生えた人間が、それも空からやってきたのだとしたら。 
 それに・・・そういう意味では作り話にしても、一族が滅んだその理由のひとつ・・・原因とひとつとしてそういう神秘の話を用意したくなった先人の気持も分からないではない。
 異形の者が到来し、一族に滅びを齎した。
 彼らは・・・美しくも残酷な心の拠り所を求めたのだ。 

「それはおいておいて。」
 なかなか面白い話だが、今の核はその事ではない。
 思考を元に戻し、ハロルドは、カルロに向き直った。
「それが、聖皇母とどんな関係が?」
「聖皇母、というのは・・・なんていうか、色々と特別な方だった。」
 カルロは言った。
「まず・・・顔立ちが、な。その女神像によく似ていたんだ。その娘の生まれ変わりとまで言われ、教団内では、彼女そのものが信仰の対象にされていた時期もある。」
「へぇ・・・。」
 自身そのものが信仰の対象。
 なんだか、サロメと騎士たちの関係を思い出す。
「まあ・・・その頃の教皇は、前にも言ったが、あまり褒められたお人じゃなかった。だからこそ、司教たちは、殊更に彼女の存在に縋ったというのもあったんだろう。そういう意味で、リ・ヴォンにとって・・・ラヴィ・ロマリスクにとって、大事なお方だった。分かるか?「普通」の聖皇女ですらない。「特別」な聖皇女様、という訳だ。」
「うん。」
 そう答えながら、ただでさえ特別扱いされているのに、そのうえ崇められてまでいたのでは、さぞかし自由はなかったのだろうな、とハロルドは思った。
「そう・・・その通りだ。」
 カルロはそれに同意する。
「それが原因、というのもあっただろうし・・・父親である前教皇への反発心もあっただろう。崇められていたとはいえ、聖皇母にだってフェザーガルドと同じ、娘の時期があったんだ。生まれながらの聖女とかじゃなかった。だからこそ・・・。」
 カルロはそこで、言葉を切った。
 その後は、待っていても一向に口を開く気配がない。

「・・・・・?」
「カルロさん?」
 シャルティエさえも、訝しみ始めた頃、カルロは、重くなってしまった口を、ようようといった体で開いた。
「だからこそ、聖皇母様は、教皇に選ばれた許婚を嫌い、違う男を選んだんだ。地位も名誉もなにも持たない一介の司祭を。」
「・・・一介の司教?」
「ああ。」
「・・・・・。」
 つまりは、父親の選んだ男とは違う男と、恋に落ちたという事か。
 ハロルドにとって、その手の話しは、つまらないメロドラマみたいな印象しかない。物語としても、人気がある題材である事から、普通の女子ならばロマンチックな響きを受けるのだろうが・・・よくある話、自分には関係のない他人事、だ。特別興味を惹かれるものではなかった。
「それで、揉めたのね?」
 もちろん、と面白くもなさそうに付け加えると、カルロはそうだ、と期待通りの答えを返した。
「聖皇女の伴侶となるのは、時期教皇だからな。違う男を選んだといってそれで済むわけもない。しかも、揉めたどころの騒ぎじゃなかった。前教皇派と、聖皇女派に分かれていた司教たちは、そのまま保守派と改革派になった・・・。元々前教皇をよく思わない連中にとって、聖皇女のスキャンダルは、自分達が政権を握る為の良いチャンスでもあったのさ。リ・ヴォンのしきたりを根底から見直そうという動きにまで発展して、あの頃のラヴィ・ロマリスクは政治に気を取られ、信仰すらも蔑ろにしていた・・・。他国に対しても示しがつかない位でな。」
 信仰の国が、祈りも教えもそっちのけで政権争いをしていたとあれば、近隣諸国はびっくりだ。
「で、結局は・・・教皇が勝ったのですね?」
 最終的に、ラヴィ・ロマリスクの体制は、昔ながらのしきたり守っていた。
 以前ミゲルと会話した事を思い出し、カーレルはカルロに言った。
「ああ・・・・。前教皇の、暗殺未遂が起こってな。」
「ほえ?」
 単なる悲劇のメロドラマかと思っていたら、やたら血なまぐさい話になってきた。
「下手人としてあげられた司教がいたにはいたんだがね。それでも、暗殺計画を持ちかけたのは聖皇女、という事になった。」
「・・・・・。」
 花よ蝶よと育てられた箱入り娘、というのが聖皇女のイメージだったのだが・・そうとばかりは言い切れないのか、とハロルドは思った。やたらと勇ましいではないか。
「だが、相手が聖皇女では捕らえる事も、処罰を受けさせる事もできない。なにしろひとり娘で、継承権を持っているのは彼女ひとりだ。それで、結局は・・・。」
「・・・改革派の司教たちが粛清された、という訳ですね。」
 カーレルが言った。
「ああ・・・。教皇派にしてみれば、濡れ手に粟だ。教団内で力のある大司教たちはここぞとばかりに、罰せられた。死者すらも出たんだ・・・。」
「・・・・ふぅん。」
 神を崇め、信仰を核にしているのはいえ、やはり普通の「国」としての顔も、ラヴィ・ロマリスクにはあるのだな、とハロルドは思った。
「まあ、それでな。指示する大司教たちという勢力を失った聖皇女は、前教皇の言いなりにならざるおえなかった。現教皇と婚儀を交わし、ラルフィルドとフェザーガルドを産んだ。」
 そして、フェザーガルドがある年まで成長すると、国を捨てた。
 そこに聖皇母の、悲しみというよりも怒りを感じる気がする。自分の意のままのいかない人生と、それを強要する国。
 すべて清算してせいせいしたかったのではないか、という考えは穿ちすぎだろうか。
「その聖皇母が・・・。」
「アンタイルスにいる?」
 自国に対して含みがある聖皇母が、裏でなにかを画策していても不思議ではない。
 そういう話なのか、と誰もが思った。
 だが。

「・・・ここから先は。ラヴィ・ロマリスクでは、決して口にしてはいけない秘密なんだが。」
「うん?」
 カルロの話はそこへは辿り着かないものだったらしい。
 言いにくそうに言葉を選ぶ姿に、全員が、注目した。
「国そのものがなくなってしまった今となっては、意味もない話だ。それでも、あまり公言はしないでくれないか。ラヴィ・ロマリスクは滅んでも、リ・ヴォンは残っている。後々になって混乱の火種にならないとも限らない・・・。」
 いや、もう火はついているのかもしれんがね、と言い、対する全員の無言を承諾と取って、カルロは続きを口にした。
「そういう訳で、聖皇母は現教皇との間にふたりの子どもを儲けた・・・。だが、結婚を承諾させられたとはいえ、人の心を縛ることなど、できはしない。・・・いつの頃からか、教団内に、決して人前では語る事ができない、噂が持ち上がったんだ。」
「噂?」
「ああ。」
 カルロはひとつ頷き、言った。

「・・・『聖皇母は、密かに、別の子どもを産んだ。』と。」

「子ども。」
「・・・ええと、それって、つまり・・・。」
「教皇の子どもじゃないのよね、当然。」
 カーレルとシャルティエを先回りしたカタチで、ハロルドはカルロに確認する。
 もしも教皇の子どもだというのならば、それは教団内に秘密裏にされる事柄ではない筈だ。
 カルロは無言で頷く。
「・・・相手は、政権争いのきっかけになったというその司教ですか?」
「いや、そこまでは分からん。」
 カルロはカーレルの質問に、首を振る。
「・・・なにしろ、噂そのものがタブーだったんだ。・・・本当ならば、たぶんそうなのだろう。この件に関しちゃ確かななにかなど、なにもないのさ。確証を求める訳にもいかない。そんな事をすれば、身の破滅になりかねん。」
 それこそが、教団の禁忌。
 ラルフィルドやフェザーガルドとは違う。国から祝われる事も、正式に認められる事すらもない、不義の子ども。

「確かに、不義の子どもで、教団には都合が悪いって事は分かりますけど・・・。」
 そこでシャルティエが言った。
「でも・・・それってそれほどのタブーなんですか?」
 3人が顔をあげ、揃ってシャルティエを見たため、彼は少しだけどぎまぎした様だった。
 それでも、自分の言いたい事を最後まで伝えようと懸命に言葉を紡ぐ。
「その聖皇母という人が、政権争いを引き起こすほど教団内に力を持っていた、っていうのもわかります。でも、なんていうか・・・いくら教皇が頂点に立っていても、リ・ヴォンって聖皇女が世襲する習わしなんでしょ?どちらかっていうと、絶対的な地位にあるのは、聖皇女の方じゃないですか。」
「・・・そうだが?」
「じゃあ、誰の子どもを産んだってそんなに問題ではない気がするんですけど。逆に言えば、教皇は誰でも構わない訳だし、よく言うご落胤っていうのの、女性版ってだけなだけで、むしろ、聖皇女の子どもって事で大事にされていても可笑しくない・・・。」
「・・・・・。」
「・・・・・。」
「・・・・・。」
「・・・あれ?また僕、的外れな事、言っちゃいましたか?」
 無言の一同に、慌てたようなシャルティエに、ハロルドは言った。
「シャルティエ・・・。」
「は・・はい・・・。」
「意外に鋭いのね、あんたって。」
 褒められると思ってなかったシャルティエは、ほえ?とハロルドみたいな声をあげた。
「・・・いや。」
 とカルロが言った。
「リ・ヴォン教では婚姻は認められてはいるがね。正式には離婚は認められていない。できない事もないが、少しやっかいなしきたりがあってかなりの時間が必要になる。しかし、姦通はどう足掻いても重罪なんだ。」
 そもそも、リ・ヴォン教は、神に仕える身の人間に婚姻を許すような寛容な宗教だが、それは婚姻を神聖視するが故だ。しかしだからこそ、離婚は逆に認められていない。離婚申し立てをする場合は、双方が神官として5年間もの間、教団に仕える事で禊とし、別人となったと認められてから人生をやり直さなければならない。その神官として生きる5年の間に異性と情を交わす事は姦通として禁止される。
「だからこそ、リ・ヴォンでは婚姻は大事ごとなんだ。ラヴィ・ロマリスクは他国よりも晩婚が多いが・・・それはおいそれとは離婚できない掟が背景にあるからだ。」
 簡単に相手を選んだ結果、自分がのちに大変な思いをするかもしれないともなれば、慎重になる者が多いのも頷ける。
 だが、とカルロは言った。
 そうなると逆に、一緒に暮らしていてても、婚姻しないという選択をする者も多くなる。
「長いリ・ヴォンの歴史の中には、男妾を得ても婚姻はせず、自分が教皇の座についていた聖皇女がいない訳でもない・・・。逆に、父親である教皇を長く在位させて、自分の代はすっとばし、婚姻せずに産んだ娘の伴侶に、教皇の座を継がせたという話もある。リ・ヴォンにおいて、聖皇女の存在こそが絶対で、教皇が誰であろうと構わないという風潮は今も昔もあった。しかし・・・婚姻を結んだというのに、違う男の子供を聖皇女が産んだともなれば・・・。」
「大波乱ってことですね?」
 シャルティエは納得したように言った。
「そうだ。」
 カルロは言った。
「・・・そのうえ・・・。」
「・・聖皇母が産んだとされる子供が、女、だったりしたら。」
 カーレルとハロルドが唸るようにして言う。
 
 姦通の子供の待遇は、それは厳しいものになるだろうということは想像に難しくないが、問題はそれが、聖皇女の子どもだという事。
 聖皇女が子どもを産んだからこそ、大問題なのだ。
 そして、それが・・・女の子どもだったのだとしたら。

「・・・聖皇女の、正式な聖皇女であるフェザーガルドの立場も微妙なものになる。」
 聖皇母の産んだ不義の子が娘であったとしたら、ただの姦通の娘ではなくなる。娘の世襲制を保つラヴィ・ロマリスクにおいて、フェザーガルドと、もうひとり、教皇の血を受けてない娘。
 たとえ生まれはどうでも、聖皇女の娘となれば、そのどちらにも聖皇女としての資格がある。
 ただでさえ、前教皇時代の争いの記憶は新しい。しかも、それが争いの種になった聖皇女の齎したものだというのならば・・・折角、平和な時期を迎える事ができたラヴィ・ロマリスクからしてみれば、それは大きな不安の材料になった筈だ。
 またもや、血が流されるような。
 災いの種になりかねない、と・・・。
「・・・そもそも、リ・ヴォンで女性にしか継承権がない、というのが、実は問題でな。聖皇女に就いたものが、必ず女の子を産むとは限らない。そんなことはそれこそ神のお決めになる事さ。だから、聖皇女は何人も娘を産むと喜ばれた。実際にリ・ヴォンの歴史の中では、聖皇女の地位にあった長女が、女の子に恵まれなかった為に、妹にその座を譲ったなんて話は五万とある。・・・だが。」
「・・・今回ばかりはまずかった・・・。」
「ああ。」
 本当に産まれたのが、女の子だったとして。
 それそのものが禁忌だ。
「教団としては、先の争いの原因にもなった聖皇女が姦通の果てに生んだ娘なんて存在に、ラヴィ・ロマリスクの政権を譲る訳にはいかなかった。だから、産まれてはならない子、とされた筈だ。」
「だから、存在そのものを隠す必要があった。」
「ああ。」
「・・・けれど、万が一にもフェザーガルドになにかあった場合、今度はその不義の子が諸手をあげて歓迎されるんでしょうが。」
 事情が変われば、周囲の態度も変わる。まるで蝙蝠のようだが、そういうものだ。
 それを嘲り笑えるほどには、カーレルも子供ではない。対する理解も寛容も、すでに手にして・・もう何年にもなる。

「そうか。」
 そこで納得したように、シャルティエは言った。
「つまり、カルロさんは、その不義の子が、騎士団が仕えていたっていう女じゃないかっていうんですね?」
「そう、早まるなよ。」
 正解を言い当てたと自慢気なシャルティエの口調に、カルロは苦笑する。
「・・・そういう可能性がある、という事を思いついたにすぎん。・・そもそも聖皇母が子どもを産んだってのもなんの証拠もないんだ。ただのデマかもしれん。」
「でも、火のないところに煙は立たないっていうじゃないですか?」
「そうだが・・・。なにしろ一時政権を揺るがしたお人だからな。聖皇母が再び力を持つんじゃないかとびくびくして、あの方の支持者を少しでも減らそうという輩が、今でもいない訳じゃあないんだ。・・そいつらが悪意を持って、噂をでっちあげた可能性もなくはない。」
 シャルティエの言葉に反論するカルロに、今度はハロルドが意を唱える。
「けれど、作り話というのなら・・・ちょっと変じゃないかしら。聖皇母を貶める為の噂なら、姦通している、それだけで良い筈。子どもの話なんて・・・余計だわ。その子が存在しないなら、どうやったって証拠のでない嘘なんて押し通せないもの。逆に根も葉もない噂を立てたって事で、教皇の怒りを買い、自分が罰せられても可笑しくない・・・。」
「そう考えれば、やはり子どもはいた、と思うべきでしょうね。」
 カーレルもハロルドに同意する。
「存在は認められていないが確かにいたのと、実在してもいない者を生きていると言い通すのと。どちらが信憑性があるかは、明らかです。この場合、たとえ出所が悪意からであったとしても、噂というのは・・・ある程度の証明されるなにかがなければ、広まりません。そして生きている人間の存在を、誰にも気がつかずに隠し通すことなど・・・できはしない。」
 子供が生まれれば、必ず、それに関わる人間がいる筈だ。
 その全員に口を噤ませておくことなど、果たしてできるだろうか。
 つまりは、そういう事だ。

「あんただって、そう思ってたんでしょ?」
 確信的にハロルドに言われ、カルロも、う、と詰まる。
「・・・まあ、それは、な。俺も本当に単なるデマだと思っている訳じゃない。本当だったとするなら、それで辻褄があう事もあるしな」
「辻褄のあう事って?」
「些細な事だがな。聖皇母が、なぜにあっさりと国を捨てたのか、とか。聖皇母と現教皇とは仲むつまじい夫婦って訳じゃなかったが、それでもお互いの寛容さによるのか、憎みあっていた訳じゃなかった。お互いに興味がない、という程度のもんだ。そういうものだと割り切っていた、というか。それに聖皇母がラヴィ・ロマリスクを嫌っていたわけでもない。むしろリ・ヴォンの行く末を案じていたのは間違いないだろうよ。だが、それでも、聖皇母は、神殿を出て行った・・・。」
「それは、その不義の子どもがいたから?」
「ああ・・・。人目を憚るその子どもを、教団の目が厳しくはないアンタイルスの地に、一緒に連れて行ったのではないか、という噂もあった。」
「なるほど。」
 とカーレルは言った。
「確かに、いつまでも日の光の下に出る事ができない我が子を不憫に思い、いっその事と、国を出たという事もありえます・・・か。」
「だがな、聖皇母が子どもを産んだというのも、それが女子であったというのも、なんの証拠もない憶測にしか過ぎないってのが、現実だろう?」
 カルロが言った。
「実際・・・その噂ってのは、いつから聞こえていたものなのかも、はっきりしないんだ。俺が聞いた時には当然、ラルフィルドどころか、フェザーガルドも生まれてた。たとえ、不義の子がいたとしても、いつ生まれたのか時期すらも分からない。フェザーガルドの後に産まれたのかもしれないし、逆にラルフィルドよりも先に・・その政権争いのさなかに密かに産まれた子かもしれない。第一、男かもしれないだろう?」
「だが、本当に女の子だったのなら。」
「・・・フェザーガルドが死んだ今、彼女の立場は、聖皇女・・・。」
「・・・・。」
 痛いところを突かれた、というようにカルロは眉間に皺を寄せた。
「まぁ・・な。」
 それこそ渋々というように、
「そうなる。」
 カルロは頷いた。
 そして、それを考慮しようとでも言うように、銘々がそのまま口を閉ざした。

 

「・・アンタイルスか・・・。」
 しばらくして、ハロルドがぽつり、と漏らす。
 カーレルが、ぴくりと左の眉を動かした。
「・・やっぱり、行ってみた方が早・・・。」
「ダメだ。」
 言い切らないうちに、カーレルがハロルドを遮った。
「え〜?」
 ここで、止められると思ってなかったのか、ハロルドは不満気は声をあげる。
「この件に関しては、好きにして良いって言わなかった?兄貴・・・。」
「仕事が優先だ、とも言ったぞ?私は。」
 今をどんな時期だと思っている、とカーレルは言った。

 トリスタを地上に迎えられた事により、ソーディアン製作は最終段階にまできている。
 ハロルドはこれから、必要になる高密度レンズの入手と共に、いつでも完成できるような状態まで、ソーディアンを仕上げなければならない。
 本体にあたる剣のデザインは大筋に決まったが、後は銘々のマスターの使い勝手の良さに合わせて調整する作業も残されている。
 時間が足りないかも、とハロルド自身も言っていたではないか。


 ハロルドも状況は分かっている。
 だが、猫をも殺す好奇心。1度火が着いたら、なかなか消火できないのが、この妹の性格だ。
「でも、ソーディアンの最終的段階と言っても、実際にレンズの挿入を果たす前に、計算値の間違いがないか確かめるのが1番大事なところな訳で。それは計算式さえあれば簡単に確認できるわ。剣の部分の削ったり付け足したりは、私の代わりにいくらでも・・・。」
「ダメだ。」
 確かに優秀な部下達には、ハロルドが不在であっても、できることは山程あるだろうが・・・。
 中心になる人物は、やはりいるといないでは大きく与える影響が違うのだ。信頼に足る軍人が、士気を取る、というのにそれは似ている。いざという時に、そこにいるだけで頼れる存在というのは与えられる安心感が違う。
 
 兄の頑固さは、ハロルドも心得ている。
 ぶ〜と膨れて抗議の表情を見せても、カーレルはびくともしない。
 カーレルに言われるまでもなく、ソーディアンの事はハロルドにとっても大事な事だ。
 だから、それをほっておきたい訳ではないのだ。でも、他に気になる事があって落ち着かない。だから、せめてそっちがある程度まで片付いてしまえば・・・。片付かなくても、ハロルドが納得できるところまで理解できさえすれば、その時こそ、心置きなく研究に没頭できる、というものではないか。だから、先ほど、行ってこの目で確認してしまった方が早い、と言いかかったと言うのに。

「あの・・・。」
 険悪なムード(?)になってしまった双子に、恐る恐ると言うように声がかかる。
「・・・僕が行ってきましょうか?アンタイルスに。」
 え?と言う顔で、全員がシャルティエを見た。
「行って、事の次第を探ってくれば良いんですよね?聖皇母って人に面会して、直接問いただせるなら、それに越したことないけど。ハロルド博士でなくても、それくらいはできますよ。大体の事情は今の話で、掴めたし。」
「しかし、シャルティエ。」
 眉を顰めてカーレルが言った。
「製作途中の今の段階では、ソーディアンマスターは、いつ呼び出されるか分からない。それは君もだ。」
「はい、そうなんですけど。僕のソーディアンって1番手間がかかりそうだって連絡されているんです。手の膨らみに合わせた柄の部分を拵えるのに、もう少しかかりそうだって。それまでしばらく待ってくれ、って言われてるから・・・その間は、お呼び出しはないはずだと思うんですけど・・・。」
 そう言って、シャルティエはちらり、とハロルドを見た。
 そう、その通りとハロルドは頷く。
 細かいところに拘るシャルティエのおかげで、余計な手間がかかっている、というのが本当なのだが、それは内緒にしておこう。
「だから、ぱっと行ってぱっと帰って来るぐらいはできると思うんです。・・・幸いな事に、ここからアンタイルスってそんなに遠くないですよね?」
「それはそうだが。」
「じゃあ、決まりです。ラディスロウの次の拠点が正式に決まってしまわないうちに、行ってきちゃいますよ。」
「俺も行こう。」
 当然、といった風でカルロが言った。
「リ・ヴォンと騎士団の事は俺にも関係の深い事だ。それに・・・アンタイルスの神殿と交流がない訳じゃない。騎士を退役した後は足を運んでないが、以前には何度か駐留した事がある。なじみの司教も多い・・・。」

「じゃあ、飛行機を一機、提供するわ。」
 ハロルドが言った。
「飛行機!?」
 いきなり降って来たハロルドの言葉に、全員が驚愕の声をあげる。

「飛行機って・・・飛行艇、か?」
 困惑顔のカルロを余所に、ハロルドは胸を張る。
「そう。飛行艇ほど大きくないので、飛行機。まあ、数人は寝泊りできるけどね。ツバメをモチーフに、軽量で、スピードが出るように計算して造ったわ。アンタイルスまでなんか、ちょちょいのちょいの行き帰りよ?」
「ちょちょい・・?」
「ごてごてしてやぼったいばかりの天上には、ちょっと真似できないタイプのものね。名前ももう、イクシフォスラーって決めてあるの!ちょっと良いでしょ〜?このセンス・・・。」
「おい、ハロルド。」
 得意満面で、立て板に水のような講釈を始めた妹に、カーレルが言った。
「そんなものが完成したなど、聞いていないが?」
「当然よ!まだ試運転もしてないんだから!!」
「・・・・・。」
「・・・・・。」
 そんなものに乗せられるのか?と焦る者が約二人。
 ひとりは、とうとう僕にも博士の災難が・・・と嘆き、ひとりは、これが彼女が地上の厄災と言われる所以か、と実感しているところだった。
「だいじょ〜ぶよ!試さなくたって私が造ったものが落ちる訳ないから。落ちても平気平気!死にゃあしないって!」
 普通、飛行機が落ちたら死ぬ。
 死ななくても、重症だ。・・・それ以前に、問題はそこではない。
「あの、それって・・・。」
 シャルティエが恐る恐るといった感じで口は挟んだ。
 講釈を垂れている時のハロルドに口出ししたら、本気で殴られると思っているようだ。
「・・・僕達じゃ、操縦の仕方なんて分からないんですけど。」
「ん?」
 遠まわしな辞退だったのだが、シャルティエの意図はハロルドには通じなかった。
「それもそっか。じゃあ、1度教えるわね?大丈夫よ、簡単だから!」
 落ちても平気よ、と言った同じ口調で、そう言われても、不安は増すばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

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 ・・・・・説明ばかりの長台詞で、一話が終わってしまった・・・。orz。
 予定では、この後まで書く筈だったのに・・・。 配分が難しいなぁ・・(遠い目)

 今頃になって、光をランプにしたのを後悔・・・。確かD2でも、ラディスロウ内は電気通っていた筈・・・。 その時は、こっちのがイメージだと思ったんだけど・・・;; なんだか苦しい言い訳が続くなあ。

 とりあえず、続きます。

('06 11.26)