ハロルドにとっての、ダリアの印象というのは、決して悪いものではなかった。
それは、戦った相手に対する奇妙な親愛の情によるものが大きかったのかもしれなかったが、彼女が・・少なくとも、動揺した結果に自分を見失い、なにかに流されてアンタイルスに行った訳ではない、と知ったからかもしれない。
ダリアは、兄達に周りを囲まれて座っている今も、心の弱い者とは相容れない、確固たる信念を感じさせる瞳をしていた。
味方がひとりもいない事など、まるっきり意に介していないようだった。
その姿に潔ささえみえ、美しい、とハロルドは思う。
逆に地上軍に対し、彼女は親しみを持つ訳はないのだが・・・別段、カーレルの名前を出したところで、なにも態度には示さなかった。
むしろ、地上軍に所属しているとはいえ、それを理由に遺恨を持つ気はないらしく、彼女にとってのカーレル・ベルセリオスという人物は、切れ者の軍師、という好印象のまま、揺らいだりはしなかったようだ。
「・・・・まったくお前は・・・。」
カルロはもう何度目にもなる、言葉を口にする。
だが、その後が続かないらしく、出かかかる言の葉は、そのまま零れ落ちる事はない。
そんな事を、何度も繰り返していた。
イクシフォスラーを綺麗に弧を描くようにして旋回させ、ゆっくりと雪原の上に着陸させると、どこで連絡を受けたやら、すでにカーレルはラディスロウの外に出てきていた。
ハッチを開け、まず先にハロルドが顔を見せたのだが、何も言わず、腕を組んだままでこちらを見つめている。
その表情は決して柔らかいものではない。
やっぱりお説教する為に待ち構えていたわね、とハロルドは後ろを振り返って舌を出す。
当たり前でしょう!と声を荒らげて、シャルティエは言って、ほら覚悟を決めて早く行きなさい、とまるで、それこそ兄のような口調でハロルドに言った。
以前は散々怯えていたくせに、しっかりとハロルドに対する免疫がついたようだ。
「ちぇ。」
あんたに唆されたって言ってやる、と意地悪を言ってみれば、シャルティエの方は
「絶対に中将は信じないって方に賭けます。」
と憎らしい事に慌てもしない。
それで、このままシャルティエをからかっていても、面白い展開にはならないそうだ、とハロルドは諦めた。
「ただいま〜・・・。」
雪の上をほてほてとカーレルに近づいてみたが、兄はなんの返答もしない。
無言のままハロルドをちらりと見ると、
「ご苦労だったね、シャルティエ。疲れただろう。」
と、そちらの方に声をかける。
「あ、いいえ・・・。」
「カルロ殿は、どうした?」
「あ、まだ中で・・・。」
「ちょっと〜私は無視!?」
自分を余所に展開されるふたりの会話に、ハロルドが叫び声をあげると、
「ほう?」
ようやくカーレルはハロルドの方に体を向けた。
「そんなに怒鳴られたいとはな?いつになく殊勝な態度だな。」
「なんで怒鳴るのよ!?」
「自覚がない、とでも?」
「う・・・。」
ハロルドは一瞬、言葉につまる。
「なによ〜だって、私が行った方が話が早いじゃないの。」
「ハロルド中佐。」
「な・・・なによ。」
「私は中将だ。」
「・・・知ってるけど?」
「上官の命令違反をしておいて、もはや言い逃れをしようというのではあるまいな?」
言い逃れなんてしません!悪いことなんてしてないもん!とハロルドが癇癪を起こすと、命令違反は悪い事だろう、子供かお前は!と怒鳴り返される。
「おいおい・・・。」
ハッチの向こうから顔を覗かせたカルロは、地面に足を下ろすよりも早く、双子の兄妹喧嘩に、まず呆れた。
「・・ホント、仲が良いんだな、あんたら兄妹は・・・。」
「そうみたいですね・・・。貴方にこんな一面があるとは・・・。」
その声に、カーレルは初めてイクシフォスラーの入り口を振り返る。
そして、ぱちぱちと瞬きをし、
「おや・・・。」
「びっくりした時の口癖が出たわよ?兄貴・・・。」
ハロルドは、仕返しするタイミングを外さす、意識を取られているカーレルの後ろ足に蹴りを入れる。
それを見て、くすくすとダリアが笑った。
「まさか、君が一緒に帰ってこようとは・・・。」
ハロルドの頭を上からぺしっと叩きながらカーレルは言った。
「ええ、私もです。まさか、もう1度、こちらに来る事になろうとは。」
にっこりと左右の違う色の眼が笑みのカタチに細められ、カーレルは、この瞳がそんな風に自分達に向けられるなんて、不思議だ、と思った。
次に会う時はきっと、嫌悪と侮蔑の視線だろうと、覚悟をしていたからだった。
ダリアの事を、報告するのは少し待ってくれ、とカルロに頼まれるという、一悶着があったにはあった。
カルロが心配しているのは、カーレルたちが、ダリアが地上軍に対し、なにかを仕掛けるかもしれない、と疑っているのではないかと思っているからではない。
ダリアは未だに、騎士団に所属している、という事なのだ。
黒鶫騎士団は今、天上軍にくだったと地上側には認識されている。そこで別行動中の騎士が内部に入ったと知れれば、間諜に違いないと疑われるに決まっているからだ。
騎士であるダリアが、捕らえられるのは仕方がないが(ここらへんは身内に対してでも冷静だ)その前に、話をさせてくれ、とカルロは言った。
納得できる答えを得られないままに、妹から離されては、なんの為に探していたのか分かりはしない、と。
それに対してカーレルは、
「まあ、良いでしょう・・・。」
と答えた。
「え?いいの?」
もちろん、そのまま地上の捕虜にされることに自分も反対だったが、まさかカーレルがこうもあっさりと、違反を許すとは思いもしなかったハロルドは、目を丸くして兄を見た。
「確かに、ダリア殿が間諜である、という可能性はなくもない。」
頷きながらカーレルは答えた。
「しかしながら・・・。騎士団はすでに天上軍から離れたという、未確認ながらも情報がある以上、すべて見極めてから報告する方が良いように、私も思う。・・・なにしろ、リトラーも他の上層部の方々も、多忙でいらっしゃるからね。」
いたずらに余計な事を耳に入れるのはどうかね、とカーレルが言うのを、不満ながらも別に意見をしようというほどでもないらしいシャルティエが、まあ、一理ありますね、などと言いながら聞いていた。
そういう訳で、ダリアは避難してきた一般人のひとり、ということにしておいて(ばれたらばれたで、カーレルたちも、そんなのは知らなかったと知らん振りを決め込むということで合意したが)とりあえずは上層部への報告はしない、ということになった。
第一、考え様によっては、自らラディスロウに来たのだ。ダリアは、投降してきたのだ、と判断できなくもない。
聞かなければならないことが山ほどある。
そういうと、ダリアは、何でも聞いてください、と微笑んで答えた。
それに対してハロルドは、今までが今までだっただけに、肩透かしを食らったような気分になって、顔を顰める。
「・・・どうかしました?」
「なんかこう、素直にこられると調子が狂うっていうか。」
首を傾げるダリアに、ハロルドが言った。
「そういうものなのですか?」
「だって・・ヴァレリーといい、サ・・・ミゲルといい、こっちの質問にまともに答えるやつなんていなかったんだもの。」
ぷ〜と頬を膨らますハロルドに、ダリアはくすくすと笑った。どうも、ハロルドを自分よりも年下だと信じているようだ。拗ねた子供を仕草を微笑ましく見守っているような図だった。
「ヴァレリー殿はともかく、ビショップは、元から誰ひとりにも、まともに答えない方ですよ。」
「うわ、それでよく命令の意図とかが正確に伝わるわね。」
お前が人の事を言うな、とカーレルがハロルドの頭を叩く。
「意図は伝わらなくっても、言われた事にのみ従ってさえいれば、間違いなかったので。」
にっこりと笑うダリアに、例のアレか、とハロルドは思った。
騎士団は、なんの疑いもなく、総長に心酔している。
そうカーレルが称していた、騎士たちのサロメに対する態度。
今度、集まっている場所はカーレルに自室ではなく、ハロルドのラボだった。
ハロルドの自室もまるまる小型のラボであるが、今いるのは、主に仕事だけをする・・・研究チームが所属しているラボの方だ。
奥に途中で諦められた中途半端な計算票やら、研究員たちの私物やらが雑多に積み上げられた、小さな控えの部屋に5人は入り込み、内部から鍵を閉めていた。隣ではハロルドの部下が、今も大勢で仕事をしている。
ハロルドの作業がいつでも再会できるようにという、カーレルの配慮と・・・木の葉を隠すなら木の葉、というたとえもある。堂々と人前に出ている人間が、怪しいとは誰も思わない。そう思っての選択でもあった。もっとも、人前に出てても目撃者たちは皆、自分の研究以外には目もくれず、目の前でミクトランが手を振っていたとしても、気がつかないだろうという連中ばかりだ。好都合もここに極めり、だ。
白く統一されたデスクが会議室のように並べられた殺風景な部屋の中で、5人は銘々が勝手に好きな位置に座り、円を描くようにして向き合っていた。
ドアを隔てた向こうからは、あまり聞きなれない色々な音が聞こえてきていたが、反対に人の声はあまりしない。
「ところで、お前はどうして・・・。」
口火を切ったのは、カルロだった。
「・・・あそこに、いたんだ。」
「ラヴィ・ロマリスク亡き後、アンタイルスが1番大きな神殿を持っていたからよ。」
「だから、それはどうしてだ・・。」
カルロは自分の質問の仕方が悪かったのだ、と気がついて、そもそもの質問を初めからやり直した。アンタイルスに至る前までに対する疑問が、その前にある。
「そもそも・・・どうして、お前は騎士団を離れたりしたのだ?」
カルロが言うと、きょとん、とダリアは兄の顔を見た。
そして、どうしてそんな質問をするのだ、というように、
「・・・そこから聞くわけ?」
と言った。
「そこからもなにも、どこから始まっているのか、俺は知らないんだがね。」
カルロがそういうと呆れた、とダリアは言った。
「てっきり兄さんは、ある程度の事情は飲み込めているのかと思ってた。じゃあ、どうしてアンタイルスまで来た訳?」
「・・・偶然だ。」
「違います〜。色々な角度からの推測の結果です〜。」
割り込み、ハロルドが声高に主張する。
どうしてこう、男は面倒臭がりなのだろう。今、明らかにカルロはそこまでの経緯を説明する事を略そうとしていた。そんな事では正確ななにかを必ず落としてしまうのに、適当に済ませて真実を逃している場合ではない。
ハロルドに睨まれ、カルロは両手を広げて肩を竦めてみせた。
「そうだ。まあ、色々と、な。分かっている事実をつき合わせて、アンタイルスまで辿り着いたって訳だ。その事はおいおいと話そう。」
「それよりダリア殿。先ほどのカルロ殿の質問を繰り返させてもらって構わないかな?」
カーレルがずれた会話の流れの修正を図る。
「・・・そもそも、どうして貴女は、敬愛するビショップから離れ・・・騎士団と行動を別にしているのです?」
「それは・・・。」
ちらり、とダリアはカルロを見た。
それは、しゃべっても良いかの確認というよりも、カーレルがどこまでラヴィ・ロマリスクの事を知っているのか図りかねての仕草に見えた。
カルロが頷くと、ダリアはまっすぐな視線をカーレルに戻し、口を開いた。
「私の別行動は・・・ビショップのご命令あっての事なのです。」
「え?」
「・・・総長の、ですか。」
「あいつが、またなんで。」
「話せば長くなりますが。」
口々に問いかける声に、ダリアは片手を挙げて、順序たてさせてください、と言った。
「・・そもそもは、ラヴィ・ロマリスクが落ちた、あの日からの話になります。」
あの日。
戻ってきたダリアたちは、そこで火に捲かれた故郷の姿と、人相が変わるほどの悲壮な姿のラルフィルドに会った。
「そこは、ヴァレリーから聞いたわ。」
ハロルドが言うと一同が頷き、ダリアはそこからの事を話す。
「その時・・・私たちの、聖なる血筋・・・聖皇女の持ち物たるレンズが、地上軍に持ち去られた、という話を聞き、取り戻す為に逃げた兵達を追いかける事になったのですが。」
ダリアはそこに残るようにサロメから命令された、と言う。
逃げ延びてきた住人たちや、それを守護し、負傷した騎士たちの手当てをする役目を任せられた、と。
「ところが・・・。レンズを取り戻した同胞達が戻ってくる頃には、ラルフィルド殿の姿が消えていて・・・。」
その事をダリアは、急いでサロメに知らせたのだと言った。
「レンズを取り返して騎士団が戻ってきた時、総長以外の誰かに会った?たとえば、ヴァレリーとか。」
「いいえ。戻ってこられるまで待てませんでした。私が自ら軍を追いかけ、そこでビショップにお知らせしたのです。」
ハロルドの質問にダリアは、答えた。
ならばヴァレリーの言う、戻ってきた時にはダリアの姿も消えていた、というのも、嘘ではなかったという事だ。ヴァレリーは、ダリアが自分達を追ってきて、サロメに接触した事を知らなかったのだろう。
「それで?ミゲルはなんて?」
「"追え”と。」
「ダリアひとりに?」
「ええ。そもそも・・・ラルフィルド殿は様子が変でした。ビショップはその事を気にかけておいででした。だからこそ、私に残ってラルフィルド殿を見張っているように、と申し付けられたのです。」
「人相も変わっているくらいだったってからな。」
あいつでも心配もするさ、と言ったカルロにダリアは首を振った。
「違うの、兄さん。」
「違うって?」
「確かに・・・ラルフィルド殿はラヴィ・ロマリスクの現状を目の当たりにして、ひどく憔悴しておられた。けれど、そうじゃなくって・・・別に、それとは別に、様子が可笑しかったの。」
「様子が可笑しかった、とは?」
具体的にどうだ、と言われ、ダリアは、少し考えていた。
自国が目の前で焼き落とされたなら、普通、人間がおかしな行動を取ったとしても、それはむしろ普通だ。そういう場面でなら、警戒するには値しない。
サロメは何を見て、ラルフィルドをダリアに見張れと言い、ダリアは何を感じて、ラルフィルドの様子が可笑しいと思ったのか。
それをしっかりと説明できるように、記憶から呼び起こし、頭の中で整頓していたそぶりのダリアは、やがて、それは、と顔をあげた。
「・・・ラルフィルド殿は・・・初め私たちを地上軍と間違えたようでした。」
ダリアが言った。
「それは、錯乱状態に近かったのだと思います。業火の炎に包まれ逃げ惑う人々の悲鳴の中で、閉鎖された門をようやくこじ開けて、助けられる者だけを連れて逃げ延びてきた・・・。想像するにあまりある過酷な状況です。そんな光景を目の当たりにしたら・・・。私だってとても冷静ではいられない。」
一同が、それに同意して頷く。
「そんな時に、森の中で出くわしたラルフィルド殿が、私たちを地上軍と誤って認識し斬りつけてきた・・・。」
その時、遮二無二斬りかかってくるその刃を一早く受け、落ち着け、と叱咤したのは、ミゲルだった。
「ラルフィルド殿は・・・ビショップの一言で、我に返って・・・。」
そして。
一瞬、惚けたような表情になった後。
「・・・打って変わったように、いきなり、笑ったんです。」
「笑った?」
「ええ。」
それは・・・奇妙な笑みだった。
なんとか逃げ延びた人々を救おうとしていた重責と心痛に耐えかねた時に、突然、信頼する人間が目の前に現れた。それで、救われたと思ってほっとした、のとは違っていた。
「あえて言うならば・・・陶酔していたかのような。」
以前、異国で羽目を外し、麻薬に手を出して免責された騎士を見た事がある。
ラルフィルドのその時の表情は、その時の・・・自我を半分溶けさせていた騎士の顔と似ているところがあった。
「・・・麻薬、ですか。」
眉を顰めて、カーレルがダリアの言葉を反芻した。
麻薬に手を染め、現実から逃れようとする兵士は・・・地上軍でも後を絶たない。戦争の過酷さは、否が応でも人の精神を蝕んでいく。人間の手でそれを完全に止める術は、ないのかもしれない。規律で禁じられたことだからと縛ることはできるが、心の弱さにまでは、規律など効果はない。結局は・・・個人の精神力の問題だ。
「・・それから?」
別の方向に向かっていた思考を現実に戻し、カーレルは目の前のダリアに注目する。
この女性は、火の手の上がった時、ラヴィ・ロマリスクにはいなかった。だが、国を失くし、過酷な運命に晒されたという意味では、ラルフィルドと同じだ。
「ラルフィルド殿は。」
ダリアが言った。
「ラヴィ・ロマリスクを再生しようと言ったんです。ビショップに。」
そのなにかに陶酔したような笑顔をミゲル向けて、開口一番、お嘆きになることはありません、とラルフィルドは妙にはっきりした口調で言った。
他の騎士たちの無事を確かめる事も、守ってきた民の事を報告もせず。
いきなり、ミゲルを、ミゲルだと認識した途端。
ラヴィ・ロマリスクを再生しましょう、ビショップ、と。
「・・・・・再生?」
「ええ。」
「まだ、ラヴィ・ロマリスクが燃えている最中に、か?」
「ええ。」
「悲観に暮れる間もなく、いきなり再生の話を?」
カルロが声を荒らげるのも、無理はない。
「な〜んだか薄情ね〜。」
「うん・・・悪いですけど。僕もそう思います。」
「・・・・・。」
人々は、そこで生きていた。そして、今まさに業火に焼かれ死にいく者たちもいるというのに、救えなかったその事を悔いるでもなく、嘆くでもなく、恨み言を、呪詛の言葉を吐くでもなく、いきなり、崩れかかっている国を再生しようなどと。
そんなに簡単に、気持ちの切り替えなどできるものか。失った者に対して、泣く暇も与えないというのか。
人は嘆きの中からいずれは立たなければならないが、それは、今、目の前で滅び行く祖国を前に手をこまねいている時に、ではない。
それでは・・・あまりにも非情というものではないか。
まるで、滅ぶものは仕方がない、とさっさと諦めてしまったかのようではないか。
「ラルフィルドが、そんなに早くにラヴィ・ロマリスクを見限ったという事か・・・?」
教皇の子息である、ラルフィルドが。
カルロは思わず、眉を寄せ、歯噛みをする。
教皇を君主と同じ地位で崇めるラヴィ・ロマリスクにおいて、教皇の一族とはすなわち、王族だ。
それが・・・国をさっさと見捨てる、など。
大きく裏切られた気がして、カルロは情けなく思った。
「・・・それが、ラルフィルドが可笑しいと思った第一の理由?」
ハロルドが確認すると、ダリアは頷いた
「ラルフィルド殿は・・・ラヴィ・ロマリスクを蘇らせよう、と言いました。以前の美しいラヴィ・ロマリスクをそのままに、蘇らせよう、と。」
そして、それを聞いて・・・。
総長は眉を顰めた、という。
「ラルフィルド殿は、穏やかで、いかなる時も人々への温情を忘れない方です。」
ダリアが言った。
「そんな方が、あんまりな物言いだと私ですら思いました。もちろん、それが教皇の子息である立場から・・・そして祖国を失った悔しさからの言葉だったとは思います。でも、ラルフィルド殿は先のベルクラントの時に・・・。」
「ああ、そうだったな。」
思い出したように、カルロが相槌をうつ。
「先のベルクラントの時っていうのは。」
「・・・ミゲルが1度消息を絶った時の話ね?」
カーレルとハロルドが確認を取ると、カルロとダリアの兄妹は無言で頷いた。
「あの時・・・ラルフィルドは見ていて痛々しいほどでね。ヤツは身内に死者が出た訳じゃあなかったんだが。」
「じゃあ、なんで?」
「・・・ベルクラントが落ちたのは、ラヴィ・ロマリスクにとって、脅威だったと、この前も聞いただろう。」
無邪気な口調で、人の気持ちを察しもしない妹に、カーレルは呆れて口を挟む。
「うん、聞いたけど?」
「国がそんな状況になった事で、ラルフィルドさんは心労を重ね・・・憔悴していったって事でしょう?」
シャルティエにも呆れた様に説明され、ハロルドは両側から責められるかたちになったが、そんなことは別段、気にもならないようだった。
「それって教皇の息子だから?国に対する責任を担っているってやつかしら?」
「いや、まあ、それもあるんだろうがな。」
苦笑してカルロが言った。
「・・・フェザーガルドが、な・・・。」
「フェザーガルド?」
「・・・ミゲルのヤツは、死んだと思われていた。証人すらいたんだ。はっきり言って・・・帰って来るなんて誰も思ってなかった。」
「フェザーガルド様は、大層、許婚であるビショップを慕っておいででした。」
カルロに続いてダリアが、言った。
「それで一時・・・錯乱されたかのような振る舞いを・・・。」
「・・共も連れずに、ひとり、野原を彷徨ってたりしたのさ。なにしろ、何度連れ戻しても、いつのまにか神殿を抜け出して、ベルクラントが落ちた方に・・・要するに、ミゲルが死んだ場所を目指して、ふらふらと歩き回っていた。その姿は・・・兄であるラルフィルドには見ていられなかったんだろうよ。」
「フェザーガルド様は、ビショップが戻られた事で正気を取り戻されましたが・・・。実際、あのままでいらしたなら、ラヴィ・ロマリスクの存続に関わる危機でした。」
フェザーガルド本人よりも、ラヴィ・ロマリスクの行く末を案じるような発言をするところをみると、ダリアが特別、フェザーガルド本人に対して、親しみを抱いていた訳ではなさそうだ。まあ、そんなものかもしれない。
そんな事を観察しつつハロルドの方は、ふ〜んそうなの、と聞いていた。
「まあ、そんな訳でね。ラルフィルドは・・・少しでもラヴィ・ロマリスクに脅威を齎す者ありと噂があれば、過敏に警戒するほど、国思いだったのさ。」
確かにそんなヤツが、いきなり国を見捨てたかのような発言をするのは変だ、と冷静になったカルロは言った。
だが実際、ラルフィルドが言ったのは、そんな言葉だ。
「それで、総長殿は離れる際、貴女に、ラルフィルド殿を見張れ、と。」
カーレルに言われると、
「ええ・・・。実を言うと、言葉もそのまんまなんです。」
そう答えながらダリアは首を傾げ、訝しげに眉を寄せる。
「心配だから目を離さないようにしろ、とかそういう意味合いではなく。見張れ、と、そう・・。」
まるで、ラルフィルドがこれからなにかを仕出かすと思っているかのような物言いだ。
「そういえば。」
ふと思い出し、ハロルドが言った。
「貴女がラルフィルドと言い争ってたって、聞いたんだけど?」
報告に来た兵士がカルロに告げた話だ。
「なにが原因だったの?」
「同じ話です。」
ダリアはハロルドを見ながら、なにかを思い出すそぶりもみせずに、即答した。
「私にも・・同じ話をされたんです。ラヴィ・ロマリスクを再興するのだ、って。」
ん?とハロルドは思った。
「ちょっと待って。再生じゃなくって、再興な訳?」
再興とは、国が滅んだ後になされるものだ。
たとえ、壊滅的な損害を受けたとしても、生き残る道を見出し、国をなんとか立て直そうというのは、再生だ。
さきほどと微妙だがニュアンスが変わっている。
言い間違えか、とハロルドは思ったが、細かいところがひっかかり、それで聞き返すと、
「ラルフィルド殿は混乱しておいででしたから、あまり気にかける事でもないかもしれないですよ?」
とダリアも同じように言ったが。
「・・・ですが、私にしたのは、まさしく再興の話でした。」
「どう違ったんですか?」
きょとんと目を瞬かせ、シャルティエが言った。
「・・・ラルフィルド殿はすでに、新しい体制でラヴィ・ロマリスクを建て直そうと考えておいでだったようです。」
「新しい体制?」
「ええ・・・。聖皇女に国存続の全てを任せるのではなく・・・新しく教皇に代わるような人材を擁立しよう・・と。」
そりゃあ、錯乱していたヤツの話じゃねぇな、とカルロは相槌をうった。
「でも、兄さん・・・。」
ダリアが上目遣いに兄を見て・・・言いかかった言葉を飲み込んだ。
「なんだ?」
それに気がついてカルロが聞き返す。
「・・・うん。」
「なんだよ?言いたい事があるなら、はっきり言え。」
「なるほど。」
ダリアに詰め寄るカルロの横で、会得したように頷くのを聞き、カルロがカーレルを見る。
「なんの話だ?」
「つまりは。」
こういうことですよ、とカーレルはカルロに向かって言った。
「ラルフィルド殿が擁立しようと考えていたその人物こそが。」
「・・・ミゲルって事ね?」
ハロルドに言われ、カルロは一瞬、表情を険しくする。
「そうなんですか?」
シャルティエがダリアに確認を取ると、彼女は無言のまま頷いた。
それを見て、元々ミゲルをよく思っていないカルロは、憤慨するかと思いきや、
「・・そういうことか。」
と納得したように言う。
「たしかに・・あいつは元々、ミゲルの能力を高く評価していたからな。やつに、ラヴィ・ロマリスクを任せたい、国の礎を担って欲しいと考えたところで、不思議じゃない。」
「けれど、なんだか、もっと薄情な話じゃない?」
ハロルドは、唇をなぞる。考えを整理しようという時の彼女の癖だ。
頭脳明晰でなんでも分析するには長けているが、ハロルドは人間関係の複雑さによる他人の感情の流れを読むことはあまり得意としない。子供さながらに、人の気持ちを汲むことはできるが・・・。それだって計りは自分自身だ。自分に理解できない感情まで、察することには、彼女なりに苦手意識があるようだ。
「そもそも・・・国の命運は聖皇女に全て託されていたっていうけどさ。その聖皇女ってラルフィルドの妹よね?ラヴィ・ロマリスクは妹のフェザーガルドのものだった。その妹が死んだっていうのに・・・他に思うところがあるものなんじゃない?次の統治者を崇める気分になんかならないと思うけど。普通なら。」
「私も同じ思いでした。それが・・・ラルフィルド殿と言い争いした主な内容です。」
ダリアが、言った。
「事実上、国の礎であった妹殿が亡くなったというのに、新体制の話を持ち出すなんて。・・ビショップでなくても、ラルフィルド殿の正気を疑いたくもなります。」
「・・でも正気だったんでしょ?」
「ええ・・・。話も明瞭で・・・なによりも冷静でいらっしゃいました。」
それが逆に、恐ろしかったとダリアは付け加えた。
まるで温厚でいつも笑みを浮かべていたラルフィルドとは、同じ穏やかな物言いながらも全然違ってみえて、背筋が寒くなる思いだった、と。
「ラルフィルド殿は確かにビショップに絶大の信頼を寄せておいででした。だからこそ、フェザーガルド様と婚姻を結び、時期教皇の座に就かれる事を喜んでおられました。けれど、それは・・・妹のフェザーガルド様を含めた話なんです。確かに体制を新しいものに変える必要があると、よく口にしておいででしたが、私に話された内容は、聖皇女の世襲制度を廃止しようとか、そこまで大掛かりなものではなかった。」
「上手い具合に、今の時勢に合わせた体制にできないか、と思ってたって訳ね?」
「はい。」
「それがいきなり・・・今の体制をあっさりと変えてしまおうと言い出したっていうのも変だが・・・。」
まあ、フェザーガルドが死んだから新しい体制でしか再建できないって事なのかもしれないがね、と言いながら、
「俺はやはり、フェザーガルドの事をまるで気にかけてなかったヤツの態度ってのが気になるな。」
カルロは、ちらりとカーレルを見た。
同じ妹を持つ兄同士にしか分からない視線が、そこで交差する。
「・・確認しますが。妹が死んだ、ということをラルフィルド殿は・・・?」
カルロにしか分からない程度に頷き、カーレルがダリアに確認を取った。
「ご存知でした。私が直接・・・告げましたから。」
フェザーガルドが死んだ?
その時、ラルフィルドは呆然とつぶやき。その後は一言も発しなかった。
彼の中で、どんな感情が吹き荒れていたかはわからない。
けれど表面上は、憔悴しきっていて、これ以上の絶望を感じることができないかのように見えた。
その後は・・・何を言っても、惚けているかのような態度で、まるで聞いていなかったかのようだった。
ショックを受けた人間の反応としては正しい、とハロルドは分析する。
だが・・・それからすぐに、いきなりフェザーガルドの事を持ち出さすことはせず、あっさりとまるで立ち直ったか、ふっきったかのように、新体制の話だの、再興の話だのを言い出すのは、いかなる理由が、彼の中であったからなのだろう。
あまりにも・・・切り替えが早すぎる。
普通は・・・。
「ありえねぇだろう。普通は。」
カルロが言って、訳がわからない、と頭を抱えた。
いっそ、ラルフィルドが錯乱してたって事なら、辻褄があう、と。
それはハロルドに限らず、カーレルも、シャルティエも同じ感想だった。
ダリアも、そうなのだろう。
彼女は目の前にいながら、ラルフィルドが何を考え、何を思い、何を望んでいるのか・・・。
本当のところは全然理解できなかったのだ。
まるで、夢に浮かされたかのように、ラルフィルドはなにか、彼にしか見えないものを見ていたのだ。
そして、誰にも理解できない話を残し、ひとりで消えた。
ダリアはそれを、今までずっと、追いかけていたのだ。
どこにいるとも知れぬ、ラルフィルドを。
・・・ミゲルの命令で。
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