「ダリア・・・あの方の事をどう思う?」
「あの方・・ビショップですか?」
「そうだ。」
 その時のラルフィルドの視線は暗い森の木々の間を彷徨っていた。
 澄み渡っていた碧色は精彩を欠き、どこかどんよりと空ろで、そのくせ、なにか・・・黒い希望を見ているかのように、奇妙は光を浮かべていた。
「・・・どう思うも、ありません。私はビショップのご命令に従うのみです。」
「ああ、そうだな。」
 ダリアの言葉を聞くと、ラルフィルドは満足そうに頷いた。
「私もまったく同意見だ。あの方が誰であって、なにを考えていようとも、私にはどうでも良い話だ・・・。あの方は我らの為に、玉座に座るべき方だ。今、はっきりとそれが証明された。ラヴィ・ロマリスクは、あの方の為にあると言っても過言ではない。」
「・・・え?」
「まるで、こうなる事を見越していたかのようじゃないか。」
「ラルフィルド殿?」
「我らが神の思し召しに、感謝をせねば。」
「何を言っておられるのです!?ラルフィルド殿!」
 ダリアとて、なにもミゲルが王に相応しいと思わない訳ではない。
 だが、なにかが違う。その予感に、ダリアは声を荒らげる。
 ラルフィルドは、その声も聞いていなかった。
 彼が耳を傾けていたのは、彼の中にある声だけだった。
 ・・・そして、その声が何を囁いていたのかは、他の誰にも聞く事ができなかった。

 

 

 

 

 

35.

 

 

 

 

「それで、本当にフェザーガルドって死んだの?」
 なんの感情も交えず。
 ハロルドが聞いた。
 その瞳は大きく光るアメシストのようだったが、瞬きをしてなかった。
 さながら人形の瞳で射すくめるかのようにダリアを見、興味もない事をおなざりに聞いているかのような口調だった。
 
 ダリアは頷く。
 透明な色つきのレンズのような瞳に見つめられ、罪を告白する咎人そのままに、促されるままに口を開く。
「ええ・・・。私がこの目で見ました。間違いありません。」
「それは、死んだのを確認したって事?死体に触ってみた?」
「いいえ・・・。ですが、ダイクロフトから飛び降りたのです。外殻の上に落ちたとしても・・・あの高さでは決して助からないかと。」
「ふうん。」
 やっぱり死んでたの、と感想ともいえない言葉を短く発した後、ハロルドは組んだ足の上に頬づえをつき、少しだけ思案しているようだった。
「・・・どうして飛び降りなんざ・・・。」
 カルロのそれは生き残る道がなかったのかという意味だったが、死ぬ為の方法としてどうしてそれを選んだんだ、と言ったのかと一瞬、カーレルは思った。
 妹に劣らず、自分もずいぶんと冷血だな、と思う。
「しかし・・・妙な話ですね。」
 カーレルが言った。
 それを合図にしたように、カルロとダリアとシャルティエの3人がカーレルを見る。ハロルドだけは、なにが可笑しいのか分かっているのだろう。話の先をカーレルにまかせて、自分は思案を続ける気らしい。
「・・・ダイクロフトは地上より遥か上にある。外殻の上から出ている部分だけでも大変な高さだ。ありとあらゆるところが衝撃に耐えられるようにできているでしょう。その窓ガラスが・・・人がぶつかった位で、簡単に割れるものなのですか?」
「あ・・・そういえば。」
 ぽんと手を打ち、シャルティエが納得したように言った。
「そもそも、フェザーガルドって人は錯乱して身投げしたって事ですけど・・・。窓、突き破らないとそれもできないんですよね。」
 どうなんだ、ダリアと言ってカルロが妹の顔を見ると、少しだけ考えていたように、ダリアは口元に指を当てていた。
「・・・そう言えば・・・。腑に落ちない事があってそちらばかり気にしていたけれど・・・あれも、可笑しかった・・・。」
「可笑しかった?なにが。」
「ダイクロフトです。なぜあの時・・・フェザーガルド様が身を投げたのは、窓ではなくハッチなんですが・・・どうして開いたのか。」
「フェザーガルドが、扉を開けられたの?」
 思考の底にいたのを一瞬で戻り、反応したのはハロルドだ。
 変だ。ダイクロフトの扉に、ロックがかかっていなかったとでもいうのか?
 フェザーガルドが開けられたのはその為か?
 まるで・・・飛び降りてくれと言わんばかりではないか。
「ええ・・・。部屋の中に扉があって・・・実はそれが外につながっているなんて、思いもしなかったのですが。フェザーガルド様が取り付いた時、それがすっと開いたのです。吹き込む風のあまりの強さにそれで一瞬、集中力が逸れて、気がついた時には止める間もなく・・・。」
「なにに対する集中力?」
 そもそも、その部屋とはどこだ。
 畳み掛けたいのをぐっと我慢して、ハロルドは聞いた。
「・・・ミクトランが・・・。」
「ミクトラン!?」
 なに、と全員が目を見開く。
 ミクトランの名前ほど、人々が無意識のうちに反応を示すものはない。
「・・・ミクトランがいたのです、その部屋に。」
 ダリアが言った。
「なんだ、その部屋ってのは!」
「・・ちょっと、待ってください。」
 カーレルが一気にざわめいた空気を鎮めようと口を開く。
「順序だてて説明してください。あなた方はミクトランに会ったのですか?」
「ええ。」
 ダリアは話した。
 ダイクロフトへと地上軍と共に乗り込んだ時、軍が乱れてミゲルとふたりきりになった事。
 そこで透明なエレベーターのようなもので、ある部屋に運ばれたこと。
 
 透明なエレベーターには興味を引かれたらしいが、ハロルドはそこには触れなかった。
「・・・運ばれたの?」
 まるで招待されたかのようではないか。
 そう言うとダリアはふつり、と黙った。
「ええ・・・。」
 そして言葉を選ぶようにして、
「そうなんです。・・・ただ、向こうは誰がが侵入してきたか分かってなかったようなので、偶然だったといえなくもないのですが・・・。」
 考えながら話す姿は、人目には一心になにかを思い出そうとしているように見えた。
「ダリア。」
 けれど、ハロルドは言った。
「はい?」
「なに隠してるの?」
「・・・・・っ。」
 え、とカルロとシャルティエはふたりの顔を交互に見る。
 カーレルは黙ったままだ。
「他になにかあるのか?ダリア。」
 追求の手に容赦のない兄が、ダリアに詰め寄る。
「・・・それは・・・。」
「なんなんだ!?」
「待ってください、そう畳み掛けるものではありません。」
 宥めるようにしてカーレルが割って入る。
「順序だてて、と言ったでしょう。可笑しいと思ったことの感想は後にして、とりあえず事実だけをありのまま、話してくださいますね?ダリア殿。」
 ダリアはそのまま、どうしようか、と悩んでいるように見えた。なかなか話し出さなかった。
 その横でイライラとカルロは床を蹴っていたが、それすらも妹の口を開かせる効果はないようだった。
 なにがそんなにダリアの心を縛っているのか。それは、分からないでもない。
 そう思い、救いの手を差し伸べるつもりで、ハロルドが代わりに言った。
「ミクトランは、ミゲルに会いたかったのね?」
 はっとしてダリアは顔をあげる。
「・・・少なくとも、ダリアの目にはそう見えた。」
「・・それは。」
「ねえ、もしかして。」
 飄々とした口調でダリアに反論の隙をあたえない。
「フェザーガルドが死を選んだのも、ミゲルが関係してるの?」
「・・・そんなっ!」
 息を飲み、思わず椅子から立ち上がってダリアが叫ぶ。
「ビショップはこの件にはなにも!むしろフェザーガルド様の方が・・・!」
「フェザーガルド?」
 びっくりした顔で、カルロがその名前を復唱する。
 驚いているのは、話の流れにではなく、いきなり憤ったダリアの態度にあるようだった。
 なるほど、とハロルドは思った。
 芯が強く冷静な印象を与えるダリアだが、こういう激しく熱い部分も持ち合わせていなければ、男達に混じり騎士としての功績をあげることなどできはしない。冷静なだけでもダメ、熱いだけでもダメなのだろう、きっと。
「フェザーガルドは、なにに関わっていたの?」
 落ち着いた口調のハロルドは冷静なままだ。
 頭の中では緻密な分析を続けている。
 見かけよりも熱いと分析されたダリアは反対に、ハロルドに、子供のような甘い外見とはまるで違う、冷たい印象を持った。
 まるでコンピューターを相手にしているようだ。
「フェザーガルドは、ラヴィ・ロマリスクに何をしたの?」
「・・・・っ!」
 がくり、と頭を垂れ、ダリアはどさりと立ち上がっていた椅子に座り直す。
 それは、ハロルドの言葉が図星である事を示していた。
 少なくとも、ダリアはそう思っているのだ、と。

 

 

 

 

 



『ラヴィ・ロマリスクが燃えています!』

 通信機を通して響き渡った声が告げた内容に、ミクトランに向けて番えていた弓の先が、震えた。
 ダリアは、その言葉を、驚愕で受け止める。
 
 ラヴィ・ロマリスクが、故郷が燃えている!!

 過去、1度も陥落したことのない無敵の要塞都市、神と平和の美しいあの国が。

 ・・・そんな馬鹿な!


 ダリアの動揺を見て取ったのか、視線の先にいる男は、冷たい余裕の笑みを浮かべた。
 後ろに見えていた大きな窓ガラスが、突如スクリーンに変わり、遥か天上からでも、はっきりと認識できる円を描く街が真っ赤に燃え盛っている姿が映し出される。

 それはまぎれもなく、今まさに、なにもかもを奪っていく勢いの火の手に包まれ、灰と化そうというラヴィ・ロマリスクだった。

 

 思わず叫び声が喉からせりあがってきて、それが飛び出す寸前、違う方面から甲高い声があがる。
 冷静に判断できない状態でそれでも、反射的にダリアはその方を見た。
 両腕を捕まれ、さきほどまでゆらゆらと立っていたフェザーガルドが、国の惨状を目の当たりにして、正気を取り戻したところだった。
 金色の長い髪を振り乱し、拘束された腕を振り解いてスクリーンに飛びついた姿に、ダリアは自分の姿を見る。
 フェザーガルドの悲鳴で我に返らなければ、それは自分がしたであろう事だった。

 唇をぐっと噛み、恨みを込めてダリアは、構えていた矢を、ミクトランに向けて放った。
 弦を思い切り引き絞り、放った怒りの一撃は、ミクトランに届く前に床に落ちた。
 見えないバリアーのようなものが、自分たちとミクトランの間を隔てているのだ、とダリアは気がついた。

「観客は、そこで黙ってみているが良い。」
 ミクトランは、ダリアの顔に浮かんだ絶望を見て取ってせせら笑う。
 ミクトランから見れば、ダリア達など気にする価値もない、手の上の蟻と同じだ。自分に決して傷をつけられない事を確信し、わざわざいたぶる為にスクリーンにラヴィ・ロマリスクの姿を映してみせた。
 怒りで身を焦がしそうで、無駄だと思っていても、もう1度、弓を引き絞る。
 放った矢は、同じく途中で力なく落ち、それが床につくのを確認する前に、新しい矢を弓に番える。
 気がつくと、涙が頬を零れ落ちていた。
 歪む視界のなか金色の長い髪を標的に定める。
 弦がきゅりりと鳴り矢を放とうとした時、弓を握り締めた自分の手を、掴んだ手に、ダリアは我に返る。
 剣を扱うとは思えないと常々思っていた細く、白い手は、比較すると自分のものよりも若干大きい。柄があたる筈の部分は他よりも固くなっている。
 そして、なによりも・・・暖かかった。
 いつでも、冷たい印象を受けていたのに、きちんと体温を持っていた。

「ビショップ・・・。」
「・・・・・。」
 涙の間から覗くミゲルの顔は、わずかに眉を顰めていて、いつもは冷徹な総長ですら、この状況に動揺しているのが、分かった。
 落ち着け、とミゲルは言わなかった。
 こんな時に、それほど残酷な言葉はないと、彼は知っている。
 
 ミゲルの指先に促され、弓を下ろすと、それを見ていたミクトランは面白そうに笑った。
 そして、わざとそうしているように、ふたりにゆっくりと背を向けると、スクリーンに取り付いて、ずるずると床に座り込んだ、茫然自失のフェザーガルドを見て、再び笑った。
「辛いのか、国を失うのが?」
 ミクトランは言った。
「お前でも?」

「・・・・・!?」
「・・・・・。」
 その言葉の意味が、ダリアには分からない。
 お前でも?
 誰が。
 フェザーガルド様が?

「そう・・・たしかに辛かろう。だが、元からグロテスクに歪んだ国だ。こういう滅び方の方がいっそ、潔いというものだ。」
 ミクトランは、フェザーガルドに近づき、笑いながら耳元に囁く。
 びくり、とフェザーガルドの体が跳ねて、
「・・・あ・・。」
 恐る恐る、ミクトランを振り向いた。
「・・・っひ・・。」
 フェザーガルドは、それが誰だか認識したようだった。
 怯えきった声を出し、床に腰をつけたまま、後ずさりしてミクトランから逃れようとする。
 視界のないままにさがって背が人にぶつかり、フェザーガルドはその人物を見上げる。

 そこに立っていたのは、女だった。
 先ほど、この部屋で始めた見たときから、異様な存在感を放っていた女。
 大勢にかしずかれ、中心にいた女だ。まるで女王のように。
 冷たい女王は、その冷笑を美しい顔に浮かべ、まるで手の中の哀れな小鳥を見るように、フェザーガルドを見下ろしている。

「そもそもは、お前が捲いた種だろう。」
 どこか威厳すら感じられる落ちついた声で、女が言った。
「お前が1番大事だったのは、国ではないだろう?国など、自分の望みを叶える事に比べれば、なんの価値もなかったのだろう?だったら、なにを今更嘆いてみせる?」
「・・・あ・・・!」
 自分を見上げるフェザーガルドの表情に、女の口元がさらにつりあがる。
「・・・欲をかかずに、無知は無知のまま、与えられたもので満足していれば、愛しい兄と共に静かに国で暮らせただろうに。だいそれた望みなど持つから、こういう結果を招く。」
 フェザーガルドが、息を飲んで目を見開き、女の顔を見た。
 女は、他にはなにもないかのように一心に見上げるその瞳に、わざと自分の姿を見せ付けるように屈みこみ、フェザーガルドの耳元で、
「私が誰だか、思い出したか?」
 と、言い放った。

 

 その時の、フェザーガルドの態度は、可笑しかった。
 異常だった、と言ってよい。
 両耳を塞ぎ、髪を振り乱し、頭を振って、まるで絞め殺される鶏のような、甲高く長い悲鳴をあげつづけ、そして・・・・・。

 がくりと床につっぷすと・・・。

 次に顔をあげた時、ダリアたちの方を見た。
 正確には、ミゲルを。
 
 フェザーガルドの目にはその時、ミゲル以外が映っていたとは思えない。

 

 その頬には涙が伝い、瞳はミゲルを捕らえたままで、一瞬、ふにゃりと顔を歪ませ。

 

 そして、そのまま。

 

 フェザーガルドは扉を開いて。

 

 外へと身を投げた。

 

 

 

 

 

 


「ちょっと待て、その女って誰なんだ!?」
 フェザーガルドの最期の様子を聞かされ、知らぬうちに感情的になったのか、カルロが声を荒らげてダリアに言った。
「それ、ダリアに聞いたってわかんないんじゃないの?」
 ちょっと考えればわかるでしょうに、とハロルドは唇を尖らせ、間に割って入る。
 ダリアの方は、兄の疑問が最もだと思いながらも、ハロルドの言う通りのようで、無言で首を振っただけだ。

「また、女ですかぁ・・・。」
 うんざりしたように、シャルティエが言った。
 彼の方は、フェザーガルドの名前すら、最近になって初めて聞いたばかりだ。
 なにかしらの思い入れなどなくて当たり前だ。
「・・・また?」
 その言葉に反応したのはダリアだ。
「"また"というのは、なんの事ですか?」
「ん?ああ・・・ラルフィルドが守っていた女司教の話だ。」
 そこで、カルロは今までの経緯も含め、かいつまんでダリアに話す。

 ラルフィルドが、ラヴィ・ロマリスクから一種に連れて逃げ延びた筈の女司教が消えたこと。
 その女が着ていた司教服が、アンタイルスのものではないか、ということ。
 そして、シャルティエが聞いたミゲルが言った一言。
 それによって、カルロがラヴィ・ロマリスクにある噂を思い出したこと。
 その話を辿って、聖皇母を訊ねたこと、など。

「両方の話をつきあわせると、女っていうのがキーワードみたいにで何度もでてきますよね?」
 う〜ん、と唸りながらシャルティエが言った。
「きっと、ダリアが見た女と、消えた女司教は同じ人物ですよね。そうすれば辻褄があう・・・。」
「きっと、ダリアの見た女と、消えたアンタイルスの女司教は別人よ。そうでないと辻褄があわない。」
 自分では絶対だ、と思った説を即座に、しかも揚げ足を取られるようにハロルドに否定され、シャルティエはムッとする。
「なんでですか〜!?」
「よく考えてみろ。時間的に変だろう。」
 それに答えたのは、カーレルだった。
「ダリアは、ラヴィ・ロマリスクが燃えているのを天上から見ている。そこにいた女が、どうして、燃えているラヴィ・ロマリスクからラルフィルドに救出されるというんだ。」
「・・・・あ。」
「・・そういうことか。」
 そうだ。
 謎の女、がふたり。
 出てくれば、どうしたって同一人物視をしてしまう。
 それは、多数の身元不明な人間が、同時期に表舞台に出てきたこの状況の方が不自然だからだ。
 ひとりだけ、というのなら、わかる。
 だが、ほぼ同じ時間に今まで出てきもしなかったふたりの、この事件に関っているらしい(そして、らしい、というのもますます状況を混乱させている)女が、いきなり人々の前に姿を現わした。
 それは、秘密裏でなにかがあったのでは、という予感を生む。

 その通りに、シャルティエが言った。
「な〜んか陰謀の匂いがしますよね〜。」
「陰謀?」
 ラヴィ・ロマリスクが滅んだのは、地上軍と天上軍のせいだぜ?とカルロは言った。
 なにかに絡んでいたとしても、このふたりの女は、ラヴィ・ロマリスクが滅んだ原因ではないのは確かだ。
「ええ。その通りです。」
 カーレルはあっさりと頷く。
「けれど、ラルフィルドの出奔には、関わっている・・・。」
「それと、フェザーガルドが死んだ、本当の理由にも。」
 フェザーガルドは、ラヴィ・ロマリスクが滅亡したことを憂いて、自らの命を絶った、と言われていたが・・・。
 それはもう、違うだろう。
 それはダリアの話からも分かる。

 ラヴィ・ロマリスクの滅亡を見たからではない。
 たぶん、それは。
 
「ヴァレリーの勘は当たってるって事ね・・・。」
 誰にも聞こえないほどの小声でつぶやいたが、隣に座っていたカーレルだけは、横目でちらりとハロルドを見た。
「・・・フェザーガルドと天上軍の間には、ラヴィ・ロマリスクをその状況の追いやった、なにかがあったって事ですね。」
 ハロルドのつぶやきを聞いていないシャルティエが、ひとりで、うんうんと頷く。

 滅ぼしたのは、ベルクラントの炎で。
 その結果を招いたのが、地上軍が城壁を閉鎖したことだとしても。
 その事実とは別に、その状況を招いたなにかが、他にあった。
 ミクトランの言い草では、そうとしか思えない。

「・・しかしなぁ。」
 カルロは逆に、懐疑的だ。
「地上軍が城壁を閉鎖したのもは、住民とのトラブルを避けるためだし、ベルクラントの炎が飛び火したのは・・偶然だろう?そこに、なにがあったとしても、あの状況を招くようなものが、あったとは思えないんだがな。」
「それに関しては、反論の余地はないわね。」
 ハロルドが言った。
「・・色々な仮説をたてることはできないでもないけど、なにしろ、ダリアが聞いた当人同士の会話の断片だけじゃ、なんの確証も得られないもの。無駄は省きましょう。」
「で?無駄を省くとどうなるんだ?」
「とりあえず、その謎の女の正体を判明させる事で、前進するでしょうね。」
 カーレルが言うと、カルロは肩をすくめて見せた。
「それこそ、なんの確証もなし、だぜ?なにしろ、天上にいたひとりを見たのはダリアだが、もうは片方を見たのはラルフィルドだ。しかも、この謎の女ふたりの間になんらしかの関係があるのか、ないのかすら分からん。」
「ないって思っちゃったら話が進みませんよ?」
 そこでシャルティエが割って入る。
「とりあえず、ある、って方向で探っていかないと。」
「・・・・・。」
「・・・・・。」
「・・・・・。」
「・・・・・。」
「・・・ええ!?」
 四人に一斉に顔を見られたシャルティエは、どぎまぎしながら、僕なにか悪い事言いました?と早口で言った。
「いや〜。」
 それに対して、ハロルドが答える。
「あんた、良いこと言うなって思ってさ〜。」
「・・素直に褒められている気がしないのはなんででしょう!?」
「褒めてるんだって。」
 実際、ハロルドは感心していた。
 いつもはナーバスにあれやこれやと余計な心配をしているクセに、こういう時の頭の切り替えは悪くない。
 今回の出来事で、シャルティエには色々な面があるのだと知ったが、それを改めて感心していたところだった。

「確かに、そうだな。」
 なんやかやと難癖をつけているのは自分の方だと思ったらしく、カルロはバツが悪そうに頭を掻くと、
「じゃあ、とりあえず・・・。そのふたりはなんらしかの関係があるって事にしておくとして・・・。」
 と言った。
「・・・その謎の女っていうのを、考えるに。やっぱり怪しいのは・・・どっちかが幻の聖皇女じゃないか、って事だよな?」
 改めて確認するまでもないが、とカルロが言い、それに3人が頷いたが、ダリアはひとりだけ黙っていた。
 どことなく浮かない顔で、けれど・・と首を傾げる。
「・・・私もラヴィ・ロマリスクの生まれですから、その話は・・・聞いたことはあります。でも、おとぎ話の類だと思いますよ?」
 ありえませんから、とダリアは言った。
「まあ、俺もそうは思ってたがね。」
 そんな話を真に受けるなんて、と暗に責められているようで、カルロはダリアに向けて苦笑する。
「けれど、他に手がかりがなかったんだ。藁にも縋る気持ちってやつさ。」
「藁にも縋る気持ちで、カーレル殿に、根拠もなにもない噂話を聞かせたの?」
 今度こそダリアはカルロを叱り付けた。
「まあ、そう睨むな・・・。」
「睨むわよ!そんな根も葉もない事を本当のように聞かせてどうするの?人をいたずらに混乱させるだけじゃないの!」
 まぁまぁというようにカーレルが割って入る。
 なんでだか知らないが、他人の兄妹喧嘩を見ると、妙に自分もいたたまれない気持ちになるな、と思いながら。
「我々とて、噂が本物ものだと、信じて行動している訳ではないのですよ、ダリア殿。これしか方向性を見出せなかったというだけです。」
「そうそう。」
 カーレルが援護をしても、ダリアは兄に対する憤りの表情を緩めない。
「そうそう、じゃないわよ。余計な話を聞かせてしまうなんて・・・。そんなの少し考えれば嘘だって分からないの?ラヴィ・ロマリスクは・・閉塞的で、でも平和で、誰もが知り合いのような国なのよ?そんな中で、出生のはっきりしない子供が、どうやって隠れ住めるというの?兄さんだって、ラヴィ・ロマリスクにいる孤児の数が何人か、詳細に把握しているでしょうに!」
 ありえないわ、ともう1度声を荒らげて、ダリアが言う。
「ダリアは、その噂を、どう聞いてるの?」
 住民全員が、孤児の数を把握してるってのは、それはそれですごいわね〜と感心しながら、ハロルドはダリアがどの程度知っているのかに興味を持った。
 噂というのはまさに、姿のみえない幽霊のようなもので、人の口から口へと伝わるうちに、姿を変え、意味を変え、従来のものとは似ても似つかないものへと変貌してしまうことが多々ある。
 カルロの聞いている話と、ダリアの聞いている話では、全然違うかもしれない。
 ダリアは一瞬、これだけ言っても納得しないらしい、ハロルドの好奇心に、呆れたような顔をしたが、
「同じようなものですね。ラヴァベルナ様が、密かな子供をひとり、別に設けている、と。」
「ラヴァベルナ様?」
「聖皇母様のお名前です。」
「ラルフィルド・ラヴィ・ラヴァベルナ、のラヴァベルナ?」
 どうでも良いような小さな事もハロルドは知りたがる。
 苦笑するカーレルにつられたのか、ダリアもやんわりと笑い、ハロルドに、そうです、と頷いた。
「ええ。ラヴィ・ロマリスクは、名前、姓、の後に父親の名前を名乗るしきたりなのですが・・・。聖なる血筋だけは特別に、聖皇女の・・・母親の名前を引き継ぐのが習わしです。」
「・・・ふぅん。」
 それに対して、ハロルドは違和感を感じた。
 ラヴィ・ロマリスクでは、父親の名前を名乗る習わしだというのは、どこかでちらりと聞いた事が確かにある。
 だが。

「・・・ミゲル・カサドラ・イシュタル・・・?」
 イシュタルというのは、女の名前ではないのか?
 ハロルドのつぶやきを聞いて、シャルティエが、うん?と顔を傾けた時、けれど、とダリアが言った。
「私は、それとは別の話も聞いていて・・・だから、これは嘘だな、と。」
「違う話?」
「ええ。・・・恐れ多いことですが、ラルフィルド様もフェザーガルド様も、教皇の実の御子ではない、と。」
「はあ!?」
 カルロが素っ頓狂な声を上げ、
「そんなん、俺は聞いた事ねぇぞ!?」
「だから、嘘だって言ったでしょう。」
 ダリアが、呆れたように兄を見る。
「ラルフィルド様は、間違いなく教皇のお子様である筈だし、フェザーガルド様だって。」
「どうして、ラルフィルドが教皇の子供で間違いないの?」
「どうしてって・・そりゃあ・・・。」
 もごもごとカルロは口ごもる。
 今更何を言いあぐねてるの、とダリアが言い、
「・・・ラヴァベルナ様がお慕いしていらした方は、先の暗殺事件の後、すぐにラヴィ・ロマリスクを離れていらっしゃいました。」
「要するに島流しってやつでね。」
 カルロが言った。
「3年間、四方を海に囲まれた島に布教の名目で赴いて、戻ってくる事が許されなかった。ラヴァベルナ様はその間に、現教皇との婚姻を結ばれ、ラルフィルドを産んでいる。」
「父親がその人でも、教皇でもないって可能はあるんじゃない?」
「ないとは言わんが、ちょいとな・・・。」
 聖皇母を貶めるような発言をした事をお許しを、と天井を見てからつぶやいて、カルロはハロルドに向き直る。
「・・聖皇女ってのは・・・婚姻をした後は、次の聖皇女に位を譲るまでは、ほとんど表に姿を出さす、神殿の奥の、男子禁制の聖域でお過ごしになるもんなんだよ。例外は、他国への慰問ぐらいだ。ラヴァベルナ様は、婚姻後5年間、慰問には出かけられなかった。」
「・・・聖皇女って・・・自由に暮らせるのは結婚するまでの間なんだ。」
「まあ、後は、娘に位を譲ってからだな。だからか、基本的に、長い間の在位はあまり例がない・・・。」
「ふうん・・。」
 そういうものだから仕方がないが、まるっきり籠の鳥という事だ。
 それに婚姻前だろうと、聖皇母になった後であろうと、身辺を守る者たちに囲まれていることには違いない。
 王族にだけはなりなくないものだ、とハロルドは思った。
「そういうことなのです。」
 ダリアが言った。
「ありえもしない噂が立っている位です。悪意を持って、ラヴァベルナ様を貶めようとする輩がいたのは確かだと思われます。もうひとりの御子の話は、そういう輩の仕業ではないか、と。」
「なるほどね〜。」
 ハロルドは頷いた。
「それでさ・・・。」

 

 

 

「博士ーーーー!!」


 どんどんどんどん!と忙しなく扉を叩く者がいて、一同はびっくりして、そっちを振り向いた。
 ちっと舌打ちし、1番早くに反応したのはハロルドだ。
 大股でドアまで近づくと、それを開けて、相手を怒鳴りつける。
「なによ!?」
「割れちゃいました〜!」
 ハロルドの剣幕など気にもせずに、白衣を着た大の男が、情けない声を出して訴える。
「なにが!」
「レンズです〜。何度やっても研磨の段階で、割れちゃうんですよ〜。」

 今、ハロルドの研究班は、ソーディアンの完成を前に、前実験を兼ねた試作品を創作中で、それには高密度レンズの使用を計画していた。
 そのレンズの作製に手間取っているのだ。

「もう〜!ソーディアンはその何倍もの高密度レンズ使おうってのに!その前の、前の、前くらいの段階で、それでどうすんのよ!この役立たず!!」
 だって無理ですよ〜と泣き言を言うのを、ハロルドは、うるさい、この惰民ども!とぼかっと殴りつける。
 めそめそ大の男が泣くのが鬱陶しいのか、ハロルドはさらに、泣くな!と研究員を蹴ると、ちょっと席外す!とカーレルたちに言い残して、研究室へと消えた。

 


「・・・じゃあ、僕はそろそろ・・・。」
 殴られた研究員の姿を見て、恐れおののきながら、シャルティエが言った。
「帰ってきて、まだ眠ってないし。続きは、また今度って事で良いですか?カーレル中将。」
「ああ。すまなかったな。ご苦労だった。」
 カーレルが言うと、それじゃ、と言ってカルロも立ち上がる。
「今日はこの辺にしとこうぜ。なんだか色々な事を聞かされて、混乱気味だ。少し頭を冷やさんとな。」
 いくぞ、ダリアと言われ、ダリアも素直に兄に従う。
「では、カーレル殿・・・。」
「ええ。また、時間がある時にでも。」

 

 

 

 3人が去った後、ひとり部屋に残り、カーレルは考える。

 たぶん、ハロルドも気がついているだろうが・・・。

 腑に落ちない事が山ほどあった。

 

 ダリアの話をそもそも、全て信用してよいものかどうか。
 ダイクロフトでの出来事は・・・彼女は焼かれる故郷を見せられ、とても冷静でいられなかったのだろう。
 混乱し、普段の判断力が低下していたのは仕方がないにしても・・・。


 あの話の中で、総長の事があまり出てこないのは、何故だ。


 国を焼かれたのだ。
 彼だって冷静ではいなかった筈だ。
 しかも、許婚が目の前で死んだ。

 
 なのに、取り乱すこともなく。


 ミクトランとの対面にも、ダリアの様に動揺していた感じでもない。


 もっとも、ダリアも総長の態度になど、気を配っている場合ではなかったのは、間違いないだろうから、事細かに覚えていた方が可笑しいのも確かだが。

 だが。
 
 先ほど、ミゲルの名前にハロルドが興味を示した時、ダリアは意図的に話をはぐらかせた。

 それは、何故だ。

 ダリアは、なにかを知っているのか?
 
 それとも、彼女だけは、なにかに勘付いているのか。

 


 この件を考え様とすれば、どこからも関係があるという確証は得られないのに、どうしてもあの美しい白い顔が脳裏に浮かぶ。


 ミクトランは何故、あの時、わざわざ彼らをダイクロフトの中枢部に呼び寄せるような真似をしたのだろう。
 いや・・それも入り込んできたネズミを自らの手で始末しようと気まぐれを起こしただけかもしれない。


 だが・・・。
 彼らに、フェザーガルドをいたぶるところを見せ付けたかったからだ、と思うのは、あまりにも考えすぎなのだろうか。


 
『なるほど、お前がそうなのか。』
 とミクトランは言ったという。


 ・・・一体、なにが、どう、そうなのだ?

 

 

 

 

 

 

 

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 またもや細々と出てきてすみません・・・。
 私の方が混乱しそうなくらいなので、読んでいる方は、訳分からん、ですよね、すみません;;
 動きがあるのは、もう少し先。

 カットはダイクロフトのイメージです。なんとなく、天球に浮かんでいるみたいで。

 

('07 1.28)