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 昔の話だ。


 幼い時からハロルドは、すでに同じ年頃の子供と比べても、体格が小さく、体力もなかった。
だから、すぐに体をこわした。
だが、心が幼く、自分の体調よりも遊ぶ事に夢中だったその頃のハロルドは、そんな事はすっかり無視して無茶をしまくり、その度に熱を出して寝込んでいた。


 そして、一緒に遊んでいたカーレルも、その頃は子供だった。
遊びに熱中していて、うっかりとハロルドを気にかけるのを忘れてしまっては、母に叱られたものだ。

 『カーレル、妹を守るのがあなたの役目なのよ。そして、それは他の誰にもできないの。』
顔を真っ赤にして、うんうん唸っているハロルドの横で母に言われた言葉は、大人になった今でも、その優しく諭す声ごと思い出す。

 あの時の、苦しそうな小さなハロルドと、頭ごなしに叱ったりせず、自分を信じてくれた母の声。
思えば、あれがあったからこそ、しっかりと根付いた使命感だったのかもしれない。
ハロルドを守る、という事は。


 もっとも、大人になった今では、その"守る"という意味を、ただ『体を気づかう』だけのものではないと知ってもいるが。


 少年の頃には、妹に過保護で有名だったカーレルも、今では困り者の妹と、しっかりした兄、という評価を得ている。
そしてそれこそが、ハロルドを守る為に、最善で最適で、最も効果的である事をカーレル自身心得ている。
もしも自分が、ただの過保護だけの兄なら、周囲の信頼を勝ち取る事はできない。
お気に入りの生徒ばかりを贔屓する教師が、誰にも信頼されないのと同じ理屈だ。
早くにそれを悟ったカーレルは、だから、行き過ぎな妹の行動を窘める役に徹していた。
それで、今の地位も立場も手に入れることができたのだから、なにも無駄がない。
周囲には、あの妹には、あの兄がいるから安心だ、とでも思わせておけば、上手くいく。
どうせ、連中には・・・ハロルドの行動の真意も、自分の意図も、半分も理解できてない。


 欲しかったのは、くだらない自尊心を満足させるための地位ではなかった。
地位とは、この場合、盾だ。自我を譲歩しない為の。
もしてや、ハロルドの自我は、天才という名において他者の何倍もの強さで確立している。
自分たちのする事に、誰にも邪魔させず、誰にも文句を言わせない。
その為には、地位という手段は効果がある。
くだらない事ではあるが、世界とは、そのくだらないルールこそが絶対だ、と錯覚しながらでないと成立できない。
ならば、それを利用しない手はない。

 ハロルドのような天才には生まれなかったが。
カーレルはそれでも、凡人と言われる人々よりは自分に才があるという事を、冷静に知ってもいた。

 

 

 
 「はい、もう良いわよ。」

 アトワイトが言った。
注射器をしまいながらカーレルに、腕をしばらく押さえているように指示を出す。
「あなたは冷静で助かるわね。体力が落ちてるからって自分から医務局までくるなんて。」
ふふふ、と笑いながら、アトワイトはカーレルに向き直る。
誰と比べてか、と聞きそうになって、思い当たる人物が、ふたりいる事に気がついた。
彼女の恋人と、自分の妹。
どちらと比較されても、この場合、不名誉だ。
「今、私が倒れるわけにはいかないからな。まだまだ、やるべき事は山ほどある。」
苦笑し、結局カーレルは質問をするのをやめた。
「それがたいしたものだ、って言ってるのよ。」
にっこりと優しく笑い、アトワイトは言う。
「ハロルドを取り戻したくないの?って、この間なんか私、ディムロスに怒鳴ってしまったわ。」

 ディムロスは、ハロルドを取り戻す事を焦るあまり、奇襲をかけるなどと意気込んでいて、窘めさせられたばかりだ。
アンズスーンが落ちたばかりで、奇襲が叶うわけもない。
同じ手が二度も通じるような相手なら、とっくにこちらは勝利を収めている。
普段なら、それが分からないディムロスでもないだろうに。
そんな風に、完全に頭に血が上った状態で何かを言って、アトワイトに叱られたのだろう。

 『まったく、どっちが兄だか分かったものではないな。』

  
 「でもね。」
苦笑していたカーレルに、アトワイトの小さく囁く声がかかった。
「ディムロスにはああ言ったけど・・・。私も気が気ではないわ。まさか、泣くって事はないでしょうけど、敵中にあってひとりともなれば。嫌な思いをしていなければ良いけど・・・。」
その言い回しが、絶妙だ。
心細い思いをしているとかの、ハロルドの性格ではありえそうもない事や、カーレルに対して、悪い事態を想像させるような言葉を避けて発言している。
だからこそ、口先だけの言葉ではないと、分かる。
「あの子なら、きっと大丈夫だ。」
自分が慰めの言葉を口にするのも変な話だ、と思いながらもアトワイトに返し、カーレルは、この心優しい女性が、ハロルドの友人であった事に感謝しよう、と思った。

 

 

 

 カーレルが会議室に戻ると、すでに今作戦の主要メンバーは全員揃い、自軍の軍師が来るのを待っていた。

 カーレルはまず、遅くなった事を侘び(実際には集合時間よりも1分早いのだが)、では、と切り出した。
「アンズスーンの今後について、決定した事項を伝えます。」
カーレルは、一旦、言葉を切り、一同を眺める。
司令官リトラー、ディムロス、クレメンテ老に加えて、重要な役割を担う上官位が顔を揃えている。

 「前作戦において攻略に成功したアンズスーンを、今後、完全に手中に収め、ダイクロフト攻略の足がかりにする事ができれば、我が軍の勝機も見えてきます。その為にも、早急に足場を組む必要が在ると思われます。」
カーレルは再び言葉を切った。
質問、反対意見がある場合、ここで発言があるものだが、誰もが黙したままだ。

 もともとダイクロフトが上空にあり、直接的な攻撃をしにくいという点が、最も地上軍を苦しめてきた。
外殻上にあるアンズスーンがこちらの手に落ちた以上、そこからの出撃が可能になれば、そういった問題も解決される。
誰の目にも、それが最良であるのは、あきらかだった。

 誰も発言しないのを、了承と受け取り、カーレルは続ける。
「よって、アンズスーン駐在軍の先陣として、アルトレット中将にこの任を命じます。ハードビー中佐以下、数名を率いて、物資と共にアンズスーンへ向かい、敵側を撃退しつつ、追って駐在軍に加わる次軍を待つよう。」
「承った。」
部屋の奥、リトラーの正面において、アルトレット中将が答える。


 アルトレット中将は、40代半ばの、丈夫そうな大男だった。背筋をぴんと張って歩き、軍人らしく大声ではっきりと物を言う。
金髪に碧眼という容姿で、若い女性兵には人気も高い。
さらに天上人にこそならなかったが、貴族の出身者だった。
そのためか、自己顕示欲が強いきらいがあるが、決して根の悪い人物ではない。


 そのアルトレット中将の視線が、ちらりとディムロスに注がれる。
この任をディムロスではなく、自分が引き受けたことを自慢したいのかもしれない。
だが、ディムロスの方はそんな事に気がつきもせず、次の重要事項を促すように、カーレルを睨んでいる。

 まるで怒られているようだ、とカーレルは思い、次に伝えるべき作戦を口にする。
「アンズスーンを完全に攻撃拠点として構えた後、前作戦で捕虜になった同志の奪還を図ります。・・・天上側はなんとしても、アンズスーンを取り戻そうと攻撃をしかけてくるでしょう。危険な任になりますが。」
「もとより承知だ。」
それがどうした、と言わんばかりにアルトレット中将が言った。

 「捕虜といえば・・・カーレル中将の妹が捕らわれていましたな・・・。」
「それが何か?ハードビー中佐。」
務めて冷静に・・・冷淡にさえ感じられる口調で、カーレルは答える。


 アルトレットと一緒にアンズスーンに向かうハードビーは、40に手が届くかという年齢で、すでに白髪が混じっているヒゲを蓄えた男だった。ぎょろりとした大きな目とこけた頬が、年齢よりもさらに老けた印象を見るものに与えている。ディムロスやカーレルよりもかなり年上にもかかわらず、位は中佐。それには理由がある。1年前の作戦で率いていた軍を壊滅させ、その責任によって降格させられていたのだ。


 「捕虜になっているのはハロルド中佐だけではない。」
リトラーが、カーレルに代わって発言した。
「確かに危険な任ではあるが、それは敵側にベルクラントがある以上、地上にいても同じ事だ。この作戦は不満か?ハードビー中佐。」
「いえ・・・。失礼しました。」
ハードビーは答え、壇上のリトラーの視線から逃れるように、顔を俯けた。
その後、全員の顔を見回し、他に誰も発言しないのを確認すると、壇上でリトラーが宣言する。
「今作戦においての最重要課題は、アンズスーンの完全なる掌握だ。捕虜奪還が控えていることを考慮に入れ、速やかに作戦を執り行ってもらいたい。」
「―はっ!」


 全員が敬礼し、会議室を出て行った後、カーレルは溜息をついて、ふと、その場にまだ、リトラーが残っている事を思い出し、襟を正す。
それを見て、年上の心優しい司令官は労わりの笑みをこぼした。
「・・・気にしなくても良い。心労がかさむな、カーレル。」
「いえ、そんなことは・・・。」
「それよりも、ぐずぐずしていて、本当にハロルドは大丈夫なのか?カーレル。」
傍により、強い口調でそう問いただしてきたのはディムロスだった。
いらだちを隠そうともせず、詰め寄ってくる。
あいかわらず、具体的なハロルドの救出の話が出ないことを不満に思っているという事を、隠しもしない。
それに対して、カーレルは苦笑で返すしかない。
「大丈夫か、と聞かれても・・・。大丈夫のはずだ、としか答えられないよ。私は天上軍の気分まで握っているわけではないからね。」
それを聞き、ディムロスは苦虫を噛み潰したような顔になった。
「またそんな事を・・・。お前はよく・・・・。」
後に続くのは、冷静な態度でいられるな、だったのだが、ディムロス自身、それはカーレルの美点だと思っている。だからこそ、そこまでは口にしない。
非難するつもりは毛頭ないからだ。


 その時、乱れた足音が聞こえ、
「失礼します!」
と返事を聞く間でなく、入室してきた兵がいた。
「なんだ?」
司令官と軍師、加えて、誉れ高い英雄、ディムロスの姿を見てほっとしたらしく、その若い兵は、ほとんど泣きそうな顔になり、それから自軍の急報を告げる。


 「反乱です!反旗を翻した者がいる模様です!」


 「反乱だと!?」
一斉に、その声が、若い兵を打つように飛んだ。
「誰がだ!?」
怒鳴るようにリトラーが言い、若い兵は自分が怒られたかのように、身を縮ませた。
だが、事態が事態だ。
新兵の心労を思いやっている場合ではない。
「・・・です・・・。」
「なんだって?」
ディムロスが言う。
兵の声は、萎縮して小さくなってしまっていたが、十分に聞こえた。
それを聞き返したのは、その人物が思いもかけない相手だったからだ。



 「バルバトス・ゲーティア少将です!」



 「・・・天上軍に捕らえられていたはずだぞ!?」
ディムロスが怒鳴った。
「捕らわれていなかったという事か?」
リトラーが言い、その後をカーレルが受けた。
「もしくは・・・天上に寝返った為に、開放された、か。」
なんにしろ、バルバトスが地上軍の手を離れた以上、こちらもただではすまない。
あの男は、檻の中にいても尚、捕獲者を食らおうと目を光らせている獅子だ。

 「このクソ忙しい時に、忌々しい。」
静かに、憎々しげなカーレルの声が響き、それを横で聞いたディムロスは、むしろ、カーレルがそんな事を言った事の方が驚きだ、と思った。

 

 

 

 

 

 「あ〜・・・もう!」
ベットの上にうつぶせ、ぱたぱたとハロルドは足をばたつかせる。
そして枕の隙間から、ちらり、と壁を見た。

 お昼の2時だ。
それは白い壁に掛かっている時計の針がそう差している。
さっき見たときは、1時55分を差していた。その前は50分。
そんな事を繰り返し、何度、時計を見直しても、いきなり時間は流れたりしないものだ。

 この部屋には時計があった。
前に欲しいとねだったからかもしれない。
だったら、とてつもない優遇ではないか。捕虜の希望が叶えられるなんて。
他に欲しいものがあったら、駄目元で言ってみる事にしよう。
どこまで欲求は叶えられるものなのか、試してみたい。
前にそう思った事を思い出しながら、ハロルドは大きな声で、誰もいない部屋に訴える。


 「おなか空いた〜!ごはん〜〜〜!!」


 捕虜の不便な点をもうひとつ見つけた。
それは、好きな時に食事が取れないという事だ。
忘れられたのか、何か意図があるのか。
いつもなら、12時ぴったりに運ばれてくる昼食が、今日は2時間過ぎてもこない。
なにもする事がないのだから、せめてごはん位楽しみたいのに。
「ちょっと〜〜〜!!誰もいないの〜〜!?忘れてるの〜?」
それにしても自分の声は、部屋の外には聞こえないのか。
聞こえていたなら、なにかしてくれても良いではないか。
誰もいない部屋の中では、誰も聞くことのない言葉だが、訴える相手は、すでにハロルドの中では決まっていた。
「サロメ〜!」

 「・・・やかましいぞ。」


 「およ?」
タイミングよく返ってきた言葉に、ハロルドはベッドの上でそっくりかえってドアの方を見る。
いつの間に入ってきたのか、いつものように黒衣を身にまとい、サロメが腕を組んで、こちらを見ていた。
それに向かって、ひらひらとハロルドは手を振る。
「待ってたのよ〜。」
つかつかと軽い足音を響かせ、サロメはベッドの上のハロルドに近づく。
「なにか用か?」
取り付く島もない、と言った風の言葉だが、その手のあしらわれ方では、ハロルドはびくともしない。
「おなか空いたの〜。お昼ごはん〜。」
「・・・まだ、取ってないのか?」
「うん、そう。持ってきてくれないんだもん。なにかあったの?」
「・・・・・。」
右眉を少しだけ上に動かし、サロメはそれには答えない。
さりげなく言ってみたのだが、やはりひっかからなかった。
いくらハロルドを優遇しているとは言え、自軍の内情を捕虜に暴露するほど、この男はバカではない。
ましてや、相手がハロルドでは、どんな些細な事でも分析され、知られたくない事まで知られる恐れがある、と分かっていた。


 「昼食は・・・。」
サロメがまっすぐハロルドを見下ろして言う。
「次の部屋で用意させよう。・・・移動だ。」
「また〜?」
ぶ〜ぶ〜文句を言いながら、ハロルドはベッドの上に起き上がる。



 同じ箇所にハロルドを置くことは危険だと思っているのか、捕らわれて以来、何度もハロルドは部屋を変えさせられている。
いつも移動させられるのは同じフロア内なので、ダイロフトそのものの、全体図までは分からない。
だが、そのワンフロアで異常な広さがあり、少し移動させられたくらいでは全ては計りきれないが、間違いなく、地上軍本拠地など、すっぽりと入ってしまうだろう。
それはそのものが、ひとつの町のようだ。
では、ダイクロフト本体は、さしずめ国だろうか。



 シュン、と軽い音をたて、扉が開く。
3日ぶりに部屋を出たハロルドは、両腕に錠をかけられている。
だが、それでも開放感があった。
ひとつの空間というのは、圧迫感を感じるものだ。
なにか没頭できるものでもあれば別だが、何もないときは、頭を回転させている以外はする事がない。
それは得意分野だが、たまには運動のひとつもしたくなる。
部屋で手軽にできる屈伸運動とかではなく、広いところを走り回るとか。


 鼻歌まじりに廊下を歩くハロルドに、行きかう天上軍兵たちが振り返り、そして、そのまま視線をずらす。
それはまるで、見てはならないものを見たかのような反応だった。
捕虜を連行していれば嫌でも目立つ。
見ないほうがおかしい。
だからそれは、かなり不自然な反応だった。
だが、今に始まった事ではない。
初めてサロメに連れられ、部屋を出たときから、ハロルドはそれに気がついていた。


 サロメ。

 ハロルドは、自分を連行する黒い影を見る。
いつもハロルドを移動させる時、彼が一緒だ。
しかも、必ずひとりだ。
逃走経路を絶つ為に、捕虜を囲んで歩く兵は誰ひとりついてこない。
使える部下がいないのか、それとも、サロメがひとりだけで捕虜を扱えるほどの高位にいるのか。
いや・・とハロルドは考える。
たとえ、高位であっても、捕らえられて者をひとりで連行するなど、ありえない。
捕虜は、一個人にではなく、軍に所有権がある。
それを一兵にのみ、預けるなど・・・・。
だとしたら、まさか・・・。


 この移動、サロメが勝手にひとりでしてるのかしら。


 しかも、軍の了解を得ずに。

 規律で縛られ、そのマニュアル通りに動く事が最重要。
それが軍というものだ。
その点をハロルドは、嫌というほど分かっている。
勝手にしているとは言え、ハロルドも軍人だ。
ある程度の不自由さがあるのは、(それを不自由だと考えるほど我慢している訳でもないが)心得ている。

 
 周りの、あからさまな態度で自分たちを無視する兵たちを、ハロルドは見る。
こちらを伺っていた兵のひとりの視線の先は、サロメに注がれ、そして次にハロルドと目が合う。
慌てたように視線を逸らし、兵は足早に去っていった。
まるで、災難から逃れようとするかのようだ。


 誰も彼もが、こちらを見ない。
中にはこちらに気がつくと、いきなり違う方向に歩き出す者もいる。
そして、彼らが避けているのは・・・捕虜の自分ではなく、自軍兵のサロメの方らしい。

 気になるのは・・・その視線の先にあるもの。
彼らが見てはいけない、と思っているものは、自分をひとりで連れ歩くサロメの行動だろうか。
それとも。


 サロメ自身だろうか。

 

 

 「入れ。」

 やがてひとつの部屋に辿り着き、サロメが言った。
前の部屋からは直線で132メートル、右に46メートル離れた場所にあった。

 中は前の部屋と別段、変わった風もない。
あいかわらずそっけないほど、何もない。

 「少し待っていろ。」
そういい残し、ハロルドを部屋に入れた後、サロメは行ってしまった。
ハロルドは部屋のほぼ中央にあるベッドに腰掛ける。
部屋の中央に、眠りを司るベッドがあるというのは哲学的だ。

 「うん、良いじゃないv」
前の部屋よりも気に入って、ハロルドはひとり事を言う。
時計もあるし。
前の部屋で欲しがった時計の事を、サロメは忘れていなかったらしい。
新しくあてがわれた部屋にも、シンプルな時計が掛けられていた。

 サロメが戻ってきた。
「昼食だ。」
部屋に入ってくるなり、自ら持ってきたトレイを、ハロルドの膝の上に置く。
そして、要求される前に、ハロルドの腕を拘束している錠を外してくれる。
気が利く。
口笛を軽く吹き、ハロルドはトレイの上を見た。
白いふかふかのパンのようなものが、ふたつ乗っている。
ひとつがハロルドの手のひらよりも大きいそのパンの中身はひき肉のお団子で、かぶりつくと、中から肉汁が出てくる。美味しいやつだ。
それと、野菜のスープ。
琥珀色の液体の下に、半透明になったたまねぎと、赤いにんじんが沈んでいた。
しかも、どちらもまだ暖かい。

 「わ〜いvいただきま〜すv」
嬉しそうにかぶりつくハロルドの姿に、呆れたようにサロメが言う。
「よく、敵に出された食事を、平気でバクバク食べられるな・・・。」
「ほえ?」
もぐもぐと口を動かしながら、ハロルドはサロメを見る。
ごくん、と飲み込み、次のひとくちの間に、すばやく
「だって、ここのごはん、美味しいもの。」
と言ってやった。
「地上じゃ、こんな贅沢なもの食べられないわ。」
「普段は・・・何を食べているんだ?」
「馬鈴薯かな。後、黒い粉で焼いた固いパン。でも噛めば噛むほど味がでるの。そういう意味では美味しいわ。こんな風に暖かいものはでないけどね。」
それを聞き、サロメは複雑な表情になる。
「地上は・・・。」
「ん?」
「いや・・やめておこう。」
サロメが言いにくそうに言葉を呑んだのを、ハロルドが引き受ける。
「そんなに貧しいのかって事?貧しいわよ。全部、天上が巻き上げちゃったんでしょうが。」
ハロルドは、あ!と言って、手の中のパンもどきを見る。
「そう思えば、これは元は地上のものよね!なんだ、遠慮なく食べよう!」
「元々、遠慮しているようには見えないが・・・。」
「しても仕方ないものは、初めからしない主義なの。」
そう言いながら、ぱくぱくと食べるハロルドの姿を、サロメは目を細めて見ていた。
その表情は、とても敵とは思えないものだ。
自分に対して、なんの不信感もなんの疑いも抱いていない。
優しく、子供をあやすような視線だ。
盗み見ていたハロルドは少しだけ悲しくなって、それを悟られないように、大きな口を開け、もうひとつのパンもどきにかぶりついた。

 「・・・あんたは?」
「なんだ?」
「あんたは普段、何を食べてるの?」
「・・・・・。」
何故、その質問をされるのか分からない。
そういう表情で、サロメはハロルドを見返す。
「・・・出されたものを。」
「・・・・・。」
用意されたものという意味だろうが、そういう言い方をされると、サロメまで囚人かなにかのように感じられる。
「やっぱり・・・。」
ハロルドは言う。
「こんな感じ?それとも、もっと豪華なの?」
なんとなくだが、自分のものよりも贅沢な食事であって欲しい。
そう思った。

 「ああ、こんなに簡素なものではないな。」
「あ、そう。」
その返事に、ほっとして、ハロルドは言う。
「いいわね〜。地上軍の将校ともなれば、食べる物も、そりゃあ贅沢なんでしょうね〜。」
「贅沢品かもしれないがな。」
サロメは少しだけ笑った。
それは楽しそうな笑いではなかった。
その後に続く言葉が、ハロルドにはなんだか分からない。
贅沢品かもしれないが、なんなのだろう?
「いいな〜。今度、私にも食べさせてよ〜。」
「・・・・・天上軍の全ての食料を食べつくすつもりか?」
それに対して、サロメは呆れたように言い、そして、ハロルドが食べ終わったのを確認すると、トレイを持って部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 


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うちのカーレルがハロルドが捕らわれても、沈着冷静でいる理由を書きたかったのですが・・・・。
兄さん、腹黒っ!(笑)
実際は、そんなに腹黒いイメージはないのですがね・・・。 だが、ゲームの制作側としてはどうだったのだろう・・・とふと思う今日この頃。
CDドラマなど聴くと、結構、カーレル兄さんは態度がでかかったりますし・・・。
「シャルティエ。 (自分に対する)礼がまだだぞ?」とか、「妹を助けてくれた彼らに失礼だろう。」とかね〜・・・。
別にシャルは、カーレルの妹を助けて貰ったら礼を尽くさなければいけない道理もないだろうに(笑) ん?あれ? 兄さんが態度でかいのって、シャルにのみか?

今回はちょいと長いですね。 ハロルドが解放されるまで、もう少し掛かります・・・。

(04’11/5)