その時、ハロルドの頭の中に、雪の中の場面が蘇ってきていた。
 白一色の雪の中、人々に囲まれた場所で、なんの躊躇いもなく黒き総長に、ヴァレリーは頭を垂れた。
 両手を拘束されていることなど、なんの効力もないかのように。
 ただ、許しを請うためだけに膝を折ったその姿は気高く、捕虜に身を落とした者のそれではなかった。

 あの時に、気付いてしかるべきだったかもしれない。

 ヴァレリーのサロメに対する猜疑心も、忠誠を阻みはしなかったのだと。

 

 

 

 

 

40

 

 

 

 


「だから、さ。」
 きっぱりと言い切ったヴァレリーの瞳には力があって、ただの負け惜しみでもなんでもなく、初めから何も知らなかったのは自分たちであったのだ、とハロルドは悟った。
「いつから気がついてたのよ?」
 ハロルドが聞くと、ヴァレリーは薄く笑った。
 その笑みは、皮肉気と表現するのが一番しっくりする。
「初めから、だ。」
「どの初めよ?」
「あいつが・・・ミゲルとしてラヴィ・ロマリスクに入り込んできた、その日から。」


 


 ミゲルが帰ってきたとラルフィルドに告げられ、ヴァレリーは眉を顰めた。

 およそ、ふた月ほど前、ラヴィ・ロマリスクはベルクラントの脅威に晒されてからというもの、喪に服していた。
 一月にもおよぶ陰月の儀式の後、聖皇女フェザーガルドに奇妙な行いが見えるようなり、それは接触のない下位の司祭すらも知る事になった。その原因はフェザーガルドの許婚、ミゲルの死によるものだったのだが・・・。
 ベルクラントに吹き飛ばされた筈のミゲルが、生きていたという。目撃者さえいたというのに。
「・・・無事に帰ってきたってのか?」
 口を歪めてヴァレリーが言うのは、まさに皮肉以外の何者でもない。
 残念だと言わんばかりの言い草に、しかし、ラルフィルドが咎めることはしなかった。
「いや、まるっきり過去の記憶を失っておいでらしいが。」
 まだ私もお会いしてないので聞いただけだが、とまるでなんでもない事のようにラルフィルドが言うので、ヴァレリーは、一瞬、その言葉を聞き流してしまいそうになった。
「は。」
「所謂、記憶喪失というやつだな。それになっておいでだそうだ。」
「記憶喪失・・・。」
 聞いたことはあるものの、めったに見られない症状であるが故に、どこか胡散臭いものを感じるのは・・・ヴァレリーがミゲルを毛嫌いしているからだろうか。
「まるっきり記憶がないってのに。」
 訝しんでヴァレリーは言った。
「よくひとりでこの街に帰ってこれたな。」
 ラヴィ・ロマリスクは古代の遺跡を利用して、高く円を描く城壁の中に創られている。外から見ただけでは、その中にすっぽり街があるなど、想像もしない筈だ。
 更に、帰ってこなければ良かったのに、という態度をあからさまにすると、流石のラルフィルドも苦笑を漏らす。
「・・・連れ帰った人間がいるんだ。」
 ラルフィルドの表情には、最近のフェザーガルドの奇行ゆえか、疲れの影がべっとりと張り付いている。その為か、普段は服従になんの疑問も待たない態度の副総長ですら、総長の帰還を喜んでいないかのように見えた。
「誰かに拾われたってのか?」
「ああ。外を彷徨っていたところを偶然、見つけた、と。これも我らが女神の思し召しに違いないと神殿内は大騒ぎだ。無論、感激の方のな。」
「なんだ、そりゃ。」
 ヴァレリーは呆れて目を剥く。
「死んでたと思っていた人間が生きていた。誰もがそんなヤツに会ったら救うんじゃないのか?」
 特別な事をした訳じゃないだろ、とヴァレリーが言うと、
「連れ帰ったのは・・・。」
 ラルフィルドが言った。
「・・・フェザーガルドだ。」
「フェザーガルド?」
「ああ・・・。」
 よりにもよって、ヤツの死で錯乱状態に陥ったフェザーガルドが、街の外を彷徨っている間に、生きているミゲルを見つけたっていうのか?
 ヴァレリーは眉を顰める。
 気に入らない。出来すぎな気がする。
 そうつぶやくヴァレリーにラルフィルドは何も言わなかった。
 代わりに、まるで話を逸らすかのように、それで・・・と切り出してくる。
「総長が我々をお呼びだ。」
「我々?」
「ああ。・・・各隊の団長が揃って挨拶にこい、と。」
「・・・・・。」
 やはり、疲れているだけじゃない、とヴァレリーは思った。
 ラルフィルドの言葉にはいつになくトゲがある。総長に対し、ラルフィルドがこの手の態度を取る事はめずらしかったから、ヴァレリーは、どうかしたのか、と聞こうか、と思った。
 しかし一瞬後、それもしかたない、と思い直す。
 3ヶ月ほど前、彼らの幼馴染で兄とも慕っていた人物が、やっかいな総長ひとりのせいで、騎士団から退役した。・・・今でも彼の呪詛の言葉を忘れる事はない。

 
『ヴァレリー、俺はな。』
 その瞳は熱く、憤りの憎しみに燃えたぎっていた。
『あいつを許せないんだ・・・。どんなにそうしようと思っても、許すことができない・・・。こんなに苦しんでもなされないというのに、俺がヤツを許せない事を許せないという、この国が許せないんだ。』
 信仰とは、教えとは残酷だ。
 善意が大きく翼を広げた影で、胸を掻き毟るほどに苦しむ者がいるというのに、それを救えないことに疑問を持たない。

 
「まあ、そういう訳だ。」
 ラルフィルドの言葉に、ヴァレリーは、思いに耽ろうとしていたところを、我に返った。
「来い、とおっしゃっているのだ。行かねばなるまい。」
「・・・ああ。」
 どんなに嫌いな相手でも立場は、自分の上官だ。
 従わなければならないことに、今更不満を持ちはしない。


 呼ばれた先は、神殿内に設けられた騎士専用の部屋だった。司祭たちと会談する時にも使用されるが、用途としては控えの間であることの方が多い。主要の礼拝堂と大会議室へは扉を挟んで繋がっており、大事の時はいつでも常駐する騎士が駆けつけられるようになっている。その場所を通って教皇は朝、会議室へと向かうのだ。
 正確には、ここへ直接に来いと言いつけられた訳ではなかった。呼ばれたものの、総長は自分がどこにいるという話はしてこなかった。自分たちで勝手に探せと言わんばかりの態度に、そのままばっくれてしまおうか、という考えが一瞬、ヴァレリーの頭を掠めた。
 見つかりませんでした、と知らん顔をしてやり過ごすというのもできなくもない。

 だが、実際は鶫のモチーフが彫り込まれた扉の前に、ラルフィルドと並んで立っていた。
 刷り込みと揶揄されたとしても反論のしようがない。
 総長の命令に従うよう、いつの間にか躾けられている自分に気づいた時、かつて、ミゲルが総長に選ばれた時に拗ねてバルコニーにあがった自分の姿が思い出された。今の自分に比べたら、幼かったあの時でさえ、気骨だったと思える。
 
 ラルフィルドがノックを3回したが、返事は返って来ない。
 下位の者に応対することすらが気分次第の総長のことなので、その時は、気にも留めずに扉を開いた。
 
 そして、中を覗いて・・・・・。


 ヴァレリーは瞬きを無意識に繰り返す。
 一瞬、動きが固まったことを思えば、その違和感はラルフィルドも持ったのだろう。

 中ではあの総長が。
 自意識と自尊心のカタマリのミゲルが、マーテル司教に対し、頭を垂れ、長らくの留守を詫びていていた。

 騎士団の総長は司教相応の地位を持っている。
 加えて、ミゲルは時期教皇の座につく身であるから、それよりも扱いは上なものになる。
 その特権を散々駆使し、今まで、司教を呼びつけることはあっても、自分から出向いたことなど一度もないミゲルだ。
 なのに・・・どういう訳か、自分を下座におき、司教を敬った態度を取っているなど・・・ありえない。

 挨拶が終わると、ミゲルは顔をあげた。
 ちらり、とヴァレリーたちを見ると・・・。

「遅かったな。」
 と一言、言った。


 目があった瞬間。

 ぞわっと鳥肌が立ち、ヴァレリーは目の前の人物を凝視した。
 まるで無音の海底で背後から人魚に首筋を撫でられたかのような、純粋でそのうえ甘みのある悪寒が背を走る。


 ラルフィルドは一瞬、なんと声をかけたものかと迷ったらしいが、結局は、おかえりなさいませ、とまるで家人であるかのような挨拶をした。
 それに習い、ここにあらずという口先だけの挨拶をしながら、ヴァレリーは、密かに、深く深く、考えていた。
 間違いない、と思う。確かにこいつだ、と。
 そのクセ、その違和感を拭えなかった。
 いつになくこいつが殊勝な態度を取っているからだ、と言い聞かせ、その顔をもう一度、まじまじと見る。

 確かに、ミゲルだった。
 そうとしか思えなかった。

 しかし。

 そう思い込もうとする自分自身を、ヴァレリーは確かに感じた。
 まるで自分の意思とは違うなのかの命令を受けているかのように。
 心の中のどこかではそれに抗い、もっと違う、目の前にないなにかに気付けとまるで警報を鳴らすかのように、誰かが大声で喚いていた。


  髪が一筋、白い頬に流れているのがうっとうしいのか、面倒くさそうにかき上げる不機嫌そうな仕草を、どこか呆然と見ていると、アメシスト色の瞳と目があった。
 澄んだ湖の底のように、無邪気な子供のものような罪なきその瞳の中に、謀略の色が浮かんでいるのがヴァレリーには確かに見えた。
 しかし、それが本当にあったものかどうか、確信を持つ間もなく、すぐに霧散して消えてしまう。

 だが目の前の男は、そんなかすかな動揺に気がついたようで、あからさまにヴァレリーに向け、薄く笑みを浮かべた。

 涼しげで、不敵な、完璧なる笑みを。

「僕になにか言う事はないか?」

 その言葉で、ヴァレリーは気がついた。

 自分が今、究極の選択を、一身に任されているのだ、と。

 試されていた。ある意味では命運を預けられたと言っても良い。
 もしもここで意を唱えたら、こいつはそれには逆らわない。逆らわないまま、ラヴィ・ロマリスクから、騎士団から手を引く。どんなに練った計画を背後に隠していたとしても。
 
 引き返せるのは、今、この瞬間を持って他にない、と。

 そう、悟った。



「おかえりなさいませ・・・。」
 ヴァレリーは言った。

 目の前の男を、二度も凝視するのは危険だ、と思った。
 背後から忍び寄るなにかに、食いつかれるように、もう一度ぞっとする。
 あまりにも。

「お待ちしておりました。・・・・・美しい方。」

  
 後に誰かが、自分を裏切り者だと罵るだろうか、とヴァレリーは思った。
 ヴァレリーはその時、自らの意思で、圧倒的な美しいモンスターに、ラヴィ・ロマリスクを明け渡したのだ。

 

 

 

 

 

「・・・・・。」
 思わずカーレルは、この胸の内を表現するのに、適切な言葉を探した。
 自分たちが試行錯誤して、つい先ほどようやく辿り着いた答えを、ヴァレリーは初めから知っていたという。
 道化のような。無駄な努力だった。初めからヴァレリーを探せば良かったものを。
 そのどれもが少しずつ適切で、そのほとんどが不完全だった。
 カルロとダリアの兄妹の顔を見ると、ふたりはショックを受けまいとしているようだが、落ち着きなく、視線はヴァレリーを見ながらも彷徨っていた。
 それはそうだろう、とカーレルは思う。
 今まで・・・ずっと総長だと信じてきて、その事実が先ほど崩壊したばかりの整理もつかないところだというのに、今度はそんな事は元から知っていた、という人間が現れたなら。
 誰でも動揺もする。
 ましてやそれが・・・初めから分かっていた、などと。
 いや、この場合、共犯といった方が、より適切かもしれない。

 艦内放送が、敵はほぼ撃退されたと告げていた。
 一線を交えた後という、興奮が交じり合った空気がラディスロウの中に蔓延していたが、ここの、ヴァレリーを中心に6人が顔を合わせた一帯だけは、妙な緊張感が漂っている。


「俺があいつをミゲルだと認めた時から、あいつは騎士団の総長になった。」
 ヴァレリーは言った。
「・・・正直、俺は自分の違和感こそ間違っているんじゃないかと常に迷っていたというのもある。死ぬ目にあったんだ。あいつが・・・ミゲルのやつが違う人間のようになっていたって不思議じゃない。」
「けれど。」
 カーレルは言った。
「あなたは、帰ってきた総長がミゲルではない、と見抜いた・・・。」
「俺はミゲルのヤツが嫌いでね。」
 ヴァレリーははっきりと言った。
 まるで星が自転しているという当たり前の事実を、言い出したかのような迷いのない口調だった。
 カルロもダリアも黙ってヴァレリーの言葉に耳を傾けている。
 その姿を見ながらハロルドは、他者とヴァレリーを大きく分けた理由がこれだと気がついた。
 カルロは戻ってきたミゲルには一度も会ってないという。
 もしも、初めからその場にカルロがいたら、自国に対する背徳の幕を開けたのはカルロの方だったかもしれない。
 ミゲルが入れ替わっていたという事実が、背徳であったとしたら、だが。

「だから気がついた。もちろん、俺が間違っているのではないかという思いも常にあったがね。だが・・俺が、この俺が間違ってもミゲルのやつを美しいと思うわけがない。」
「でも、自分でも言ってたじゃないですか?」
 シャルティエが、首を傾げて言う。
 彼はいつの間に調達したのか、当て布で、ヴァレリーの傷を縛っている。
「死ぬ目にあったのだから、違う印象になっていても、おかしくないのでは?」
「だとしても、だ。」
 ヴァレリーは、少しだけ顔を顰め(たぶん、シャルティエが傷口をきつく縛ったのだろう)答える。
「ミゲルのやつは確かに、少しばかりは整っていた顔をしてた。だが、絶対にあんな・・・ぞっとするような美貌じゃなかった。それだけは、間違いない。・・あいつとミゲルは・・別人だよ。」

 ミゲルの見目は、すこしは良かったかもしれないが、これほどではなかった。
 少なくとも、ヴァレリーの美意識が、ミゲルを美しいと思ったことは一度もない。

 だからこそヴァレリーは、本能にも似たその勘を信じた。
 心の中では未だに、どう考えてもミゲルだ、と思うその声の方こそを無視した。


「おまえは、そいつに血約の誓いをたてている、と言ったな。」
 唸るような低い声を出し、カルロが言った。
「なんでなんだ?そいつがミゲルではないと・・・ミゲルどころか、ラヴィ・ロマリスクとも関係のない赤の他人だと、分かってたんだろう!?」
 なのに何故、と声を荒らげて問うカルロに、ヴァレリーは顔を向けた。
 ばたばたと慌しく状況が変化しているから、のんびりと挨拶している暇はなかっただろうが、ふたりが顔を合わせるのは2年ぶりになる筈だった。
 ヴァレリーはどこか嬉しそうに目を細めて、カルロを見ると、
「それを、あんたが聞くのか?」
 と言った。
「そうさ、あいつはミゲルじゃない。だが・・総長だというのならば、あれほどに相応しい男はいない。」
 それはダリアも同意見なんじゃないか?と言われ、ダリアは躊躇うことなく頷く。
 自分たちの命運の任せるに値すると、それを疑う余地はない、と。
「今更ながらに、俺は残念だ。」
 ヴァレリーはカルロを見て、はっきりと言った。
「あんたが退役した時、俺はあんたの怒りがわかると思った。だから騎士団に引き止めることをしなかった。しかし今になって思えば・・・引き止めておけば良かった、と思うよ。もしくは、あんたの退役がほんの少し、伸びていたら。そうしたら・・・。」
 ヴァレリーはにこり、と笑った。
「・・・あんたの望む、理想の騎士団を・・・。真に騎士が騎士たる騎士団の姿を見せてやれた。ミゲルが死に、あいつが来た。たったそれだけのことがこんなにも違うのかって俺は思ったもんだ。」
 以前の話だ・・・とヴァレリーは言う。
「天地戦争が始まって、しばらくは活動していなかった地下組織の・・・リ・ヴォンに反抗していたやつらが神殿に入り込み、教皇に対して謀反を企てていたことが露見してな。そこで・・・まあ、色々とあってラルフィルドの失態に処罰がくだされる事になった時があった。」
 事件の話だけは、ダリアに聞いていたらしく、詳しい説明がなくてもカルロは、ああ、と答えた。
「だが、ラルフィルドを罰するとなれば、色々と面倒がある。厳罰に処するのは、まずい。しかし、教皇の子息だからといって処罰を軽くすれば示しがつかない。しかも他の騎士に被害が及んでいるともあればな。司教たちも困って会議室に何時間も篭っていた。・・・その時にあいつが、教皇の前に直々に出向いて頭を下げた。」
「・・・教皇に、か?」
「ラルフィルドが教皇の子息である点には一切触れず。部下としてラルフィルドの失態を詫び、自分の監督不行き届きがこの件を招いたのだから処罰は自分にも下してくれ、と。まあ、そういう事を、な。」
「仲間思いのお人よしってやつだったのか?」
 あまりにも美談すぎてかえって薄ら寒い、と言いながらカルロが目を細める。
 サロメを知っている人間なら絶対に言わないようなことを、カルロが言ったのが可笑しかったようだ。
 全然違う、とヴァレリーは笑い、
「自分がそうすれば、そのまま事態はあやふやになり、ラルフィルドの処罰も軽くなるのが、あいつには分かってたのさ。しかし、それがラルフィルドを思いやってというのも違う。ただ単に・・・。」
「面倒くさかったんじゃないの?」
「めんど・・・?」
 横から割り込んでハロルドが言うと、カルロはハロルドとヴァレリーの顔を交互に見て、目を何度か瞬きした。
「俺もそう思う。」
 にやりと笑って、ヴァレリーはハロルドに同意した。
「そういうことってあるだろう。決まりってのは、大半が真意を無視してただ面倒くさいだけなんだ。大義名分を掲げている分にはよく機能するが、一度例外が出ると・・掲げてきた者に限って途方に暮れちまうのさ。所謂、自分たちでは判断がつきかねるってやつだな。ラルフィルドの処遇をめぐっていた司教たちが、まさにそうだった。」
「・・・ああ・・・まぁな。」
「ラルフィルドには確かに甘い部分もあった。だから処罰を覚悟していたんだろう。だが、それに難色を示したのは司教たちなんだ。ぐだぐだと長い時間を無駄に費やされ、俺たちも辟易していた。あいつはそれを、くだらん、と一言の元に言い捨てていた。」
「だから、頭を下げた、か。」
 騎士団の総長が、自ら部下の罪をかぶるような発言をすれば、自然に処罰は甘いものに傾かざるおえない。もしもそれでもラルフィルドに厳罰が処せられるとなれば、自分の責任だと認めた総長にもその罰はおよぶ。それでその一件には片がつく。

「いつでもあいつの考え方は合理的だった。そしてそれはいつも適切だった。あいつは自分の総長と時期教皇という肩書きがあたえる影響力を利用してそういう風に物事を簡単にいなしていた。それにより騎士である俺たちが巻き込まれる裏事情ってやつが、恐ろしいほどに減っていった。」
 分かるよな?と聞いたが、ヴァレリーの物言いが抽象的過ぎたのか、カルロにはぴんとこなかったようだ。
「・・・ラヴィ・ロマリスクは小国だが、他国への影響力が強い。そして裕福だ。その為、自分の利益になると踏んでいそいそと裏でなにやら企んでいたヤツは数え切れなかった。そいつらは大概、誰が一番力があるかを嗅ぎ分けるのが上手く、相手の操り方を知り尽くしている。総長で時期教皇のミゲルのやつに取り入ろうとしてたヤツは数えきれなかった。」
「ああ・・・そうだな。」
 その時の事を思い出したのか、カルロが苦虫を噛み潰したような顔をした。
「あいつが総長に入れ替わった後。」
 苦笑してヴァレリーが言う。
「ミゲルにおべっかをつかっていたヤツらは、帰ってきた総長に以前のような甘い蜜を吸わせて貰おうと期待した。だが近づいていった途端に、素気無くあしらわれ、以来、決してやつには近づこうとしなかった。・・・これは余談だがな。あいつがなんて言ったか、お前にも聞かせたかったよ。」
 その事を思い出したのか、ダリアもふふ、と笑う。
「なんだ?」
「"どんなに望んでも教皇になれぬ身の上、少しでも利益を得ようと企む気持ちがわからぬでもないが、私に実力がある事も、美貌であることも、自分でよく分かっている。今更、褒められても鬱陶しいだけだけなので、次にはもっとマシな土産を持ってきてくれ。先に言っておくが金には困ってないから、賄賂はいらない。"そう騎士や司教もいる公衆面前で言い切った。」
「身も蓋もねぇ・・・。」
「青くなったミゲルの取り巻き連中の顔は見物だった。」
 ヴァレリーがひとつ笑った後、
「そういう訳だ。それまでミゲルに取り入っていたヤツらが、一気に減ったことで、俺たち騎士団の間の風通しも良くなった。ミゲルの一言で、絶対にどこかの誰かしか得をしないような、くだらない、無駄な作業をさせられた事は何度もあったが・・・それがなくなったんだ。俺たちは騎士として与えられた役割に専念できるようになった。それ以外の無駄な事をあいつが一切嫌った為だ。」
「・・・ああ・・・。」
 それに対してはカルロも心当たりがあったのだろう。相槌には感嘆が含まれていて、カルロが現役時代、いかにそれを望んでいたのかが伺えた。
「あいつには自分で言うだけの実力もあった。総長という・・・総大将としての判断力も、剣技も抜きんでていた。口こそ悪くて愛想の欠片もなかったが・・・それまで腐りきっていたラヴィ・ロマリスクの騎士団には、過ぎた総長だ。」
「それが、血約の誓いをたてた理由?」
 ハロルドが聞くと、ヴァレリーは視線を戻し、それが一環だな、と言い、そして。

「あんたたちに頼みがあるんだ・・・。」
 といきなりハロルドに言った。
 その視界の中には、カーレルも入っている。
「何?」
 無邪気な返答で反応をしたハロルドと違い、それまでカルロとヴァレリーの場だったところに、いきなり登場させられたカーレルは適切な言葉を探す。
 しかし、結局。
「・・お聞きしましょう。」
 と答えた。
「あいつを探してくれ。」
「・・・なんですって?」
 ヴァレリーの言うことがイマイチ理解できず、ハロルドは聞き返す。
 

「あいつが、消えた。」
「・・・・・!」

「あんたたちと洞窟で分かれた後、すぐに。俺にハロルド博士を守るように命令して、そのままあいつは俺たちの前から消えうせた。騎士の全員で捜索したが・・・今でも見つかっていない。」
 もうあんたたちを頼るしか打つ手がない、とヴァレリーが言うのに対して、
「今頃、なに言ってんのよ、あんた!」
 そんな大事を今になって言うなんて、順番が逆じゃないの!?とハロルドが怒鳴る。
 今の今まで、なにを暢気にカルロに説明していたのだと、無性に腹が立つ。

「無理ですね。」
 それとは逆に、妙に冷静な口調でカーレルは言う。
「・・・彼を探すことに、我々になにかの利益がある訳ではない。それで地上兵を動かせるとは貴方も思ってないでしょう。」
「ええ〜、カーレル中将・・・。」
 素気無いカーレルの返答に、シャルティエが子供のような不満を漏らす。
 カルロもダリアもカーレルに対して、なにかを言いたげな表情を見せた。しかし、それは道理なので、結局はなにも言わない。
 確かに騎士団の総長が行方不明になったところで、地上軍にはなんの関係もない。

「じゃあ、言い方を変えるぜ。」
 対するヴァレリーは、カーレルの言葉に腹をたてることもなく、
「取引をしよう。」
 とあっさりと言った。
 カーレルに対し、初めから言い方を間違ったと自分で思ったのかもしれない。
「取引・・・ですか。」
「そうだ。」
 あっさりとヴァレリーは頷き、
「俺たち騎士団が一時期でも、天上軍の、しかもダイクロフトにいたという事を忘れないで貰おう。」
 と言った。

「ダイクロフト・・・。」
 天上城ダイクロフトのことは、おおまかな地図がある以外、分からない。
 そのうえ、ミクトランは何度も内部を作り変えているらしい。そういう点からも一切の情報がないといっても過言ではなかった。
 ソーディアン完成と同時に、発動される筈の最終決戦の前に、いかにしてダイクロフトのことを知りえるか、という事に、カーレルは頭を悩ましていた。
「・・・ダイクロフトの情報と引き換えだ、と?」
「ああ。今現在の内部の構成と、レンズによるモンスターの製造方法。俺たちだって黙って天上軍に与していた訳じゃない。いつかまみえる時がくる。そう思いながらダイクロフトにいたんだ。それと分からないように調べはつけてある。」
 少しでも情報を得たいのは確かだ。カーレルがなるほど、と納得しかけたところに、
「あんたにも、土産があるし、な。」
 とヴァレリーが、ハロルドにも言った。
「土産?」
 私になに?とハロルドが目を丸くすると、
「たぶん、あんたも興味をそそられると思うぜ。」
 とヴァレリーは言った。
「何故ミクトランのやつが、ラヴィ・ロマリスクに拘るの、か。知りたくないか?」

「・・・・お。」
 ハロルドは目を丸くする。
 ヴァレリーの着目点は悪くない。確かにそれは何度も、疑問視されてきた。

 ラヴィ・ロマリスクは特殊とはいえ、小国だ。
 しかも、はっきりと天上に対し敵対意志を示した訳でもない。
 なのに何故、そこまでして、ミクトランがラヴィ・ロマリスクに悪意ともいえるほどの興味を持つのか。

 それが分かるの?と、ハロルドが詰め寄ろうとした時、
「は!」
 とシャルティエの息を飲む声が大きく響いた。

 

「ラルフィルドが・・・いない!!」

 我に返り、全員があたりを見回す。
 その一帯に黒い服は見えず、そのうえ、あたりには足音すら響いてなかった。


「いつからだ!?」
 立ち上がって叫ぶカルロに、答える者はいなかった。

 確かにさっきまでここにいた。
 その筈だ、と誰もが思った。
 今の今まで、ヴァレリーの横にいた気がする、と。

 しかし。
 その実、誰もがその顔を見ていたという記憶がなかった。

 いつの間にか、まるで手品かなにかのように。
 物質消滅がおきたかのように音もなく。


 ラルフィルドの姿はいつの間にか消えうせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ラルフィルドがいつ頃いないかは、さりげなく書いてあります。
 
 途中、拍手の小説とダブる部分がありますが、読んでない人は話が分からないだろうと思い、あえて。
 ・・また予定のところまで書きあがらなかった・・・。

('07 9.02)