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 天上軍の攻撃を受けた箇所を修復する為、ラディスロウはとりあえず不時着する事となった。


「アトワイト、無事かしら〜。」
 会議室へと続く階段をぞろぞろと昇っている時、ふと思い出し、今更ながらにハロルドが言った。
 ラルフィルドと一戦交えてなければ、今頃安否を確かめられていた筈だった。
 大丈夫だとは思うが、怪我人や病人を抱える救護室が戦いに巻き込まれるのは、できれば避けたかった。・・ラディスロウのどてっぱらに穴を空けられたのでは、できればもなにもないが。
 ハロルドのその言葉は、別に誰に向けられたものでもなかったが、それに答える者がいる。
「大丈夫だろう。」
「・・・なんで、あんたにそんなこと断言できるわけ?」
 斜め後ろを歩くヴァレリーを軽く睨み、ハロルドが言うと、
「天上の飛行機がつっこんできた時、俺が無事を確かめた。」
 と答えてくる。
「あの時、救護室の近くにいたの?」
「ああ。」
 短く答えるヴァレリーに、そういえば、と割り込んできたのはカーレルだった。
「貴方はどこにいたんです?いきなりふって来たわけでも、湧いたわけでもないでしょう。」
 ハロルド対ラルフィルドとの一線には、カーレルたちですら駆けつけてきたのだ。まさか、近くを通りかかったという偶然などありえない。ましてや、ヴァレリーは今、騎士団の黒い制服を脱いで私服だ。ラディスロウの中に、初めからいたとしか思えない。
「ここは民間人の避難場所でもあるからな。」
 笑って、ヴァレリーは言った。
「潜り込むのには対して手間はかからなかった。しかも、その後は緊急事態でさらに民間人が押し寄せたからな。」
 その言葉に、ん?とハロルドは気がついた。
「あんた・・・山火事の前から入り込んでたの?」
「ああ。」
「・・・そっか。」
 山火事が起きたのはカルロのいる村だ。
 そしてその村には、天生の民が残したと言われる遺跡がある。
「あんた、サロメを探してあの遺跡まで行ったのね?」
「まるっきり当てがなかったからな。」
 ヴァレリーは言った。
「あいつは本当に、いきなり俺たちの前から姿を消した。騎士団には二度と天上軍には戻るなと言い残してな。朝になったらいなくなってて、見張りの騎士も去っていくあいつに気がつかなかった。」
「うん。」
 それは聞いた。
「あいつの行動が読めなかった。だから仕方なく、俺たちはラヴィ・ロマリスクの関係のあるところから当たってみる事にしたのさ。俺だけは、あんたを守るように言い渡されてたから・・・その中で、あんたにも関係のありそうな所に向かったんだ。」
「私に関係がありそう?」
 きょとん、とするハロルドに、ヴァレリーは笑い、
「捕虜交換の為に洞窟・・・俺たちが作ったラヴィ・ロマリスクの墓場に向かっている時、あんた、あいつと遺跡の話をしてただろ?」
 そういえばそんな事があった。
 よく聞いていたな、というよりも、ヴァレリーの記憶力に感心する。
「だから、もしかしたら、と思ってな。」
「・・・・・読めた。」
 そこまで聞いて、ハロルドは言った。 
 振り返ると視線を感じて、カルロは顔を上げ、階段の数段先に立つハロルドを見る。
「なんだ?」
「あんたが、あの時遺跡にいたのは、ヴァレリーと待ち合わせてたのね?」
 訪ねた遺跡で、ハロルドとカーレルはカルロと一晩語り明かしている。
 あの時カルロが、遺跡にひとり、寝泊りの準備までしていたのは、なにも遺跡の調査をしようというのではなかったのだ。よく考えれば近くに家があるというのに、わざわざ夜に来る必要などない。
「俺だとは明かしてないぜ?」
 このままではカルロが責められるとでも思ったのか、ヴァレリーが慌てて言った。
「だったら何よ?」
「あの天上から落っこちてきた科学者をあんたらに引き渡した後、家に戻ったら手紙がドアに差し込んであったんだ。」
 カルロが焦ったように言う。
 ハロルドが怖いのか、ふたりとも少しばかり動揺しているが、案外、リ・ヴォンの騎士の掟には、女性を怒らせてはならないというのがあるのかもしれない。
「”黒鶫騎士団のことで耳に入れたき旨あり。夜半時、遺跡に来られたし”ってな。」
「それで出向いたって訳?」
「嘘じゃないって。なんかの罠かとも疑ったが、俺になにかをしかけても得するヤツもいないしな。なによりもダリアの事もあって、騎士団の情報は少しでも欲しい時だった。だから、向かったんだ。」
 夜半時では指定されている時刻がおおざっぱだ。だからの寝泊りの支度だったのか。
「で、それなのに、あんたは来なかったって訳?」
 カルロが気の毒じゃない、と言いながらハロルドはヴァレリーを睨む。
 あの夜あんたがあそこに来てれば、もっとはやく事は進んだのに、とついでのような言い草だが、もちろん、こっちが本音だろう。
 ヴァレリーは苦笑して答えた。

「実は、いた。」
「は?」
「・・・少し前から遺跡の中を捜索してたんだ。あの遺跡は地下都市の名残があってな。結構大きな広間がある。昔は居住区でもあったらしい。」
「知ってるわ。」
 そうか、流石に博識だな、とハロルドを褒めた後、
「そこに、あいつが潜んでいないか、もしくは立ち寄った痕跡がないか、探しながら数日寝泊りしてたんだ。そして、カルロにも事情を話そうとあの手紙を出した。俺の名前を出さなかったのは・・・カルロが、騎士団が天上にいるのを知っているかどうかが分からなかったからだ。知らなかったとしたら、騎士団が壊滅してると思っていても不思議じゃない。名前を出して警戒心を抱かせるより直接、姿を現わした方が、安心させられると思ったんだ。」
「直接、訪ねて行った方が早いじゃない。」
 姿を現わしたいなら、手紙だ待ち合わせだと回りくどいことをする必要がどこにある。
 ハロルドが言うと、だから俺たちの立場を考えてくれ、とヴァレリーは言った。
「俺たちはその時、すでに天上軍から出奔してたんだ。追っ手が出てても不思議じゃない。そんな中でカルロを訪ねるのはマズイだろう。どんな迷惑がかかるかもしれないし・・・。ミクトランのヤツも手をつくして、あいつを探しているだろうしな。騎士団を野放しにするとも思えん。」
「なんで?」
 どこにミクトランがサロメを探す理由があるのだ。
「その話はあとで説明するとして。」
 ハロルドの質問をはぐらかすようにしてヴァレリーは、強引に話を戻した。
「俺は夜半近くに、潜んでいた地下都市から外へ出て、カルロの姿を探した。炎の灯りが見えたから、当然、そこにいるだろうと思って近づいていった。そしたら・・・遠目にあんたたちの姿が見えたんだ。」
「嘘。」
 カルロと話に夢中になっていたあの時、その後ろか真横かに、ヴァレリーがいたのか。
 今更ながら、気がつかなかった自分が悔しい。
「それで、こんなチャンスはない、と思った。」
 ヴァレリーは言った。
「あんたたちが揃っているという事は、近くに戦艦が停泊しているということだ。戦艦に潜り込む絶好の機会だと思った。あんたを守れっていうあいつの命令に従うなら、あんたの傍にいなきゃならない。しかし、あんたたちから見たら俺は天上兵だ。のこのこ出て行って状況を説明したとて、護衛はさせて貰えないだろう。普通に考えれば。」
「まあ、それはそうですね。」
 カーレルが頷く。
 彼の妹は、これでも、天地戦争の要人だ。天上に籍をおいていた者が言う事を、たとえ真実を語っていたとしても、鵜呑みにする訳にはいかない。
「あっちじゃ天上に追われ、こっちじゃ天上兵としてすげなくされ、色々と忙しいんだ、俺も。」
 と冗談交じりにヴァレリーが言うと、
「じゃあ、ずっと民間人に紛れてたんですか?」
 それで誰にも見つからなかったんですか?とシャルティエが言った。
 それに対し、ああ、あんたもいたのか、とヴァレリーが始めてシャルティエがいた事に気がついたような態度で(シャルティエは誰にも、いたのかと言われる存在らしい)実はあんたとも一度すれ違っているんだが気がつかなかったな、と暴露した後(シャルティエは青くなった)、
「・・・あの人には見つかったがな。」
 と言った。
「あの人って?」
「俺がここで捕まっていた間に、面倒を見てくれた女医さんがいたろ。美人の。」
「ああ、アトワイト?」
「名前は知らないが・・・たぶん、その人なんだろう。医務局で世話になった他の誰も気がつかなかったが、あの人だけは、俺に気がついたようだった。」
 そんな報告は受けてないですよね〜?とシャルティエがいつもの卑屈を発揮してアトワイトを糾弾しだしたのを無視し、それでどうしたの?とハロルドは先を促す。
「どうしたもこうしたも・・・それだけだ。俺としては通報されることを覚悟したんだが、何をされるでも、質問されるでもない。俺の動向に目を光らせている節はあるのに・・・それでも沈黙を守ってくれた」
「・・・それで?」
 と今度先を促したのはカーレルだった。
「だから・・自ら投降したようなものだ。ハロルド博士を守らせ欲しい、って俺から潜り込んだ目的を説明したよ。」
「アトワイトはなんて?」
 ヴァレリーは苦笑した。
「あの方は軍の要人だからおいそれとは近づけないわよ、と遠まわしに断られた。」
「ああ・・・。」
「・・・流石。」
「それで、俺も腹を括った。俺が信用される訳はないということを十分に考慮して、それでもハロルド博士を守るというのなら、俺自身が騎士の身分を・・・自ら騎士である事を捨て、地上軍で一介の兵士となろうと心に決めた。」
「えっ!?」
「おい・・・!ヴァレリー!?」
 さらりと語られた言葉に、息を飲んだのは、もう一組の兄妹の方だった。
「なに言ってるんだ、お前!騎士を捨てるなんざ・・!」
「そうじゃなきゃ駄目なんだ、カルロ。」
 怒鳴るカルロを後方に振り返り、ヴァレリーは足を止めた。
 自然、全員が階段の中腹で足を止める。
「俺たちは・・・黒鶫騎士団はすでに地上軍に敵対している。その俺がハロルド博士を守れるのだとしたら、騎士という身分を捨て、ただの一兵として傍に仕えるしかない。地上軍と遺恨のあるラヴィ・ロマリスク所属ではどうしようもない。」
「だからどうして、そこまでして命令を守る必要がある!!」
 眉を寄せ、カルロが激高する。
 血を吐くような思いで騎士を退役したカルロにとって、容易く騎士の座を捨てると言われたことが、憤りの原因なのだろう。
「お前に命令を下したヤツが、お前が仕えるべき相手だというのは分かる。だが、たとえ、血約の誓いをたてた相手のいう事でも、騎士の座を離れればその証にすら意味がない。あべこべじゃねぇか!そんなもの・・・!」
「もう・・・ラヴィ・ロマリスクはないんだよ。」
 ヴァレリーは言った。
 その目はしっかりとカルロと、その少し後ろのダリアを捉える。声は静かで、それは何度も彼の中で考慮されつくし、すでに答えにいきついているのだという事を伺わせた。

「いや、なくなっちゃいない。全員が死に絶えた訳でもないし、小さな灯火を灯らせているにすぎなくても・・・リ・ヴォンの信者は世界中に、大勢残っている。しかし、それでも俺のラヴィ・ロマリスクはなくなった。ラルフィルドがいなくなった。ダリアも去っていた。俺にとって、残された騎士団にとってのラヴィ・ロマリスクは・・・それに等しいほどの価値のあるもの、俺たちが騎士である必要性はあいつだけだった。あいつに仕えている事こそが、騎士団の存在理由だった。矛盾しているのは百も承知だ。俺は騎士である為に、騎士である事を捨てる覚悟をして、ここに残った。」
 それを聞いて複雑な表情を浮かべたのは、カルロよりもむしろハロルドで、ヴァレリーはそれに気がついて、苦笑を向けた。
「可笑しいだろ?・・・あいつが魔物だって分かっちゃいるんだ。それとも魔力ってやつかね。・・あいつにはそう、惹かれるものがあるんだ。」
「そう・・・。」
「あいつは、剣の腕も判断力も確かだが、相当生意気な男だ。俺の大っ嫌いなタイプで、それは今でも変わらない。そう・・今でも俺はあいつの事を嫌いでもあるんだろう。しかしどうも、あの中には純粋培養されたまっさらな魂みたいなもんがあるように思わされる。そこらへんもミゲルとは正反対だ。天使ってガラじゃねぇし・・・あんた、あいつのこと、なんか変な名前で呼んでたよな。」
「サロメ。」
「サロメ・・・・・ああ、あの"サロメ"か。」
 ハロルドが答えると、ヴァレリーは笑みを漏らした。戯曲の有名な女の名前だと思い出したのだろう。
「今となって思えば、俺の首は初めからあいつの手中にあった。・・・さしずめ、魅入られて死んだナラポートってとこか。」
 戯曲になぞって自分の立場を揶揄した後、ヴァレリーは再びカルロに向き直った。
「確かにお前の言う事は正しい。俺が血約の誓いをたてた相手は、ラヴィ・ロマリスクになんの縁もないかもしれん男だ。あいつが俺たち騎士の存在理由であると言ったが、それもこの1年、仕えるものを失った俺たちが、勝手に心の拠り所に選んだだけのことかもしれん。・・・実際、その通りなんだろう。それでも、俺は誓った。俺は騎士だが、その前に、リ・ヴォン信者だ。リ・ヴォンの掟は必ず守る。」
 それに対し、もう何もいう事はできないと悟ったのか、カルロは沈黙した。
 そして、少しの間をおいて、大きく頷いた。
「・・・まあ、そういう訳だ。あんたに近づく為に俺は覚悟を決めた。それを認めてくれたとは思わん。しかし、あの人は黙っていてくれた。だから俺は自ら監視して貰いやすいように行動する事にしたんだ。」
「監視?」
「ずっと医務局の手伝いをしていた。」
「ああ・・・。」
 だから、医務局の近くから来たのか。
 やっとここでカーレルの質問の答えを得、全員が納得をした。
「しかし・・・あんたたち、兄妹は忙しいな。」
 ヴァレリーは言い、カーレルとハロルドの顔を交互に見た。
「護衛しようにも・・・あっちこっち忙しく動き回られて、近づくこともできなかったぞ。」
「こっちも色々あんのよ〜。」
 そもそもハロルドたちが忙しくなった要因のひとつは、この男が持ちかけてきた頼みごとだろうに。
 そのうえ、もうひとつやっかいごとを持ち込んできてくれた、ときている。
 それも、とうとう、彼女たち兄妹と少数の協力者だけではすまない、どでかいやっかいごとを。
 

 

 


 

 ヴァレリーの取引を受けるかどうかは上層部の判断を仰がなければ決められない。
 カーレルがそういうとヴァレリーは眉を顰め、
「あんたたちの知恵を・・・あいつがどこにいるのか、どういう行動にでるのか、それを考えて欲しいだけだ。」
 そう言って難色を示したのは、そこまでの大事になる事を望んでいなかったからだろう。
 しかし、カーレルと、地上軍の立場がもうそれを許さなかった。
 ダイクロフトの情報はどんな些細なことだとしても、扱いに慎重を要した。出所がはっきりしない情報を地上軍は信じるわけにはいかないからだ。
 ヴァレリーが取引材料としてダイクロフトの情報を提示した時、すでに彼らだけの問題ではなくなってしまっていた。

 
 全員が揃って並び、向かいにリトラーとソーディアンチームが集まっていた。
 行きがかり上、どうみてもあちら側の筈のシャルティエも、カルロとダリアの横にちょこんと並び、審判にひきだされる罪人のごとく小さくなっている。
 入室した途端に、片眉を大きく吊り上げて自分を見据えたディムロスに、怒られるとでも思っているのだろう。
 確かにディムロスにしてみれば、兄妹の悪巧み(後になり、それまでの兄妹の内密な行動は、そう呼ばれることとなる)にシャルティエまで加わっていたことをその時初めて知ったのであって、呆れたのもあるだろうが、実際に腹もたてていたのだろう。

「・・・なるほど。」
 カーレルによる説明が終わると、ふむふむと落ち着いた態度で髭を撫でながら、何度も納得したようにクレメンテが、頷く。
 彼の穏やかさはこういう時にとてもありがたいものだった。どんな衝撃的な提案をしたとしても、場を騒がせることもなく、また周囲にそれを許さない。
 そして、どうするね?とクレメンテは隣に立つリトラーを振り返った。
 そのリトラーは、確かに悪くはないですね、とあっさりとヴァレリーの申し出に対する判断をくだす。
「・・・確かにこちらはダイクロフトの情報なら、どんな些細なことでも喉から手が出るほど欲しい。たったひとりの人間を捜索する手間を惜しむよりも、見返りは大きい・・・。」
 カーレルが、許可を求めた上層部の面々の中に、他の将校たちがいないのは、表面上はダイクロフトに突入するの実際の人間の理解が必要だったからだ、ということにしてあった。
 しかし、その実・・・もう隠してはおけないが、地上軍すべてを巻き込むには及ばないという判断が含まれてもいる。
 この件は、兵士のラヴィ・ロマリスクにおける愚劣な行為、という軍にとってはナーバスな事情も絡んでいる。過去の過ちを大声で喚き散らすことで、兵士たちに無駄な動揺を与えることをさけたいという意図もあった。

 ハロルドがディムロスの隣で大人しくしているアトワイトを見ると、目があった。
 アトワイトは、それとわからない程度ですばやくハロルドに対して微笑むと、そのまま視線をヴァレリーに向ける。
 その事で、アトワイトがやはり、ヴァレリーを庇っていたのだ、とハロルドを確信した。
 それは多分、ハロルドのことを思っての事だ。
 以前の図書館でのやりとりを思い出す。あの時ハロルドは、アトワイトに対して、どうしても知りたいと思うことということの説明をしたのだ。そして、その時、ハロルドはそれなりに焦ってもいた。
 アトワイトはそれを覚えていて・・・ヴァレリーの顔を見るなり、ハロルドになにか繋がりがあると察したのだろう。
 そして案の定、ヴァレリーの口から彼女の名前が出たから・・・・・黙っていると、決めた。
 そのアトワイトは、まるで初めて騎士を見たと言わんばかりの態度で、ヴァレリーを見ていたが、実際に、彼が潜んでいたのを前から知っていたという事をこの場で糾弾されたとしても、なんのことか分からない、捕虜の顔なんぞいちいち覚えていないと、しれっとした顔で言い張るだろう。
 頼もしい援軍がここにもいたということを改めて感じ、ハロルドの胸のあたりが、ほのかの暖かくなった。

「たしかに悪くはないですが。」
 そう言って、難色を示してみせたのは、イクティノスだった。
 全員はその顔に注目したが、彼が反対意見を言い出すことは、予想していた。彼が嫌味だとかではなく・・・そういう役割なのだ。
「失礼ですが・・・。そこの騎士殿を、」
「ヴァレリーだ。」
 ヴァレリーはイクティノスに自ら名乗った。
 イクティノスは知る由もなかったが、ラヴィ・ロマリスクでは敵意がないことを示す時、握手ではなく名を名乗る。古来から伝わる、真実の名を知られるとその相手に支配されるという呪縛の話に由来する。
「ヴァレリー・パルム・マヌーヴァ。黒鶫第三騎士団の長だ。」
「では言い直しましょう。失礼ですが、ヴァレリー殿をはたして信じて良いものでしょうか?」
 本人を前にして、冷静にイクティノスが言い放つ。
「これが、罠でないという保証でも?」
「・・・それは、ないな。」
 苦笑してヴァレリーは言った。
 頭の中では、この男には会ったことがないよな、と記憶を呼び起こしているところだった。

 以前、彼らが地上軍を訪ねた時に会ったのはリトラーとカーレルだけだ。そして場所も地上に設けられた駐屯地で、有名な地上軍の戦艦はまだできていなかった。少しの間に色々な事が様変わりした。・・・彼らが初めて地上軍と接触を持った相手はカーレルだったが、その時に共に行動していた彼らは、3人だった。・・・そのふたりはここにはいない。

「だが、騎士団が地上軍を攻撃するような真似はしないと、断言しよう。」
 天上軍のことは知らないが、とヴァレリーは言い、言い草は暗に騎士団と天上軍が別物であることを示していた。
 確かに少しでも敵が減ることはありがたいことでもある。ましてや勇猛果敢と謳われた黒鶫騎士団が敵方にまわらないともなるなら。
 なんと答えようとしたのかは知らないが、少しだけ考えている風のイクティノスに笑い、
「そんなに心配するな。」
 とヴァレリーは言った。
「・・・総長、副総長が揃って出奔した今、騎士団を指揮できるのは、第二、第三騎士団のそれぞれの長だけだ。・・・それはここに揃っている。」
 ダリアがひとつ頷き、一歩前に出る。
「そのうえ、リ・ヴォンの掟ではだまし討ちの類は禁止されている。騎士たるもの、堂々と勝負せよ、ということだな。」
「・・・・・わかりました。」
 余計なことを言って申しわけない、と無礼を詫びてイクティノスは退いたが、それはヴァレリーのいう事が尤もらしかったからでも、騎士団を信じたからでもなかった。
 黒鶫騎士団は、地上軍に対し、もっと強硬な態度に出ても良かった。
 地上軍がラヴィ・ロマリスクに対して持つ負い目は、それほどに大きく、それを持ち出して交渉すればもっと楽に、優位に事を進めることもできた。
 しかし、ヴァレリーはそうしなかった。
 相手の弱みにつけこむようなやり方を、ヴァレリーがしていたらイクティノスは彼らを信じなかっただろう。
 だが、彼らは国が滅んでも騎士であり、その国を滅ぼした原因である地上軍に対しても、騎士であることを貫いた。
 それ以上疑ってかかるのならば、誰がみても、真の卑怯者たるのはこちらだろう、とイクティノスは思ったのだ。

「ところで、被害状況はどんな感じなの?」
 ハロルドが言った。
 ん、とディムロスがその声に答えて顔をあげる。
「攻撃が派手だったからな。格納庫近くの側面に穴を開けられている。中が空だったこともあり少数しかそこにいなかったおかげで、奇跡的にもミサイルの爆発による死者がでなかったのは幸いだった。」
「穴ってどれくらいの大きさ?」
「直径にしたら7〜8メートルといったところか。」
 詳しいことは調査報告書が届かないと分からないが、修復には10日はかかりそうだ、という事だった。
「結構、大きいわね・・・。」
 ハロルドが唸ると、カーレルが言った。
「その傷のまま、ここまで飛行できたなど奇跡だな。」
「・・・ちょっとひっかかるわね。飛べるに決まってるじゃないの、私が造ったのよ?」
「いくらお前の作でも、万全ではないだろう。」
「仕方ないでしょ。物質は必ず崩壊する宿命にあるんだから。万全ではないけど、万全には近いわよ。」
 自分のせいではないというハロルドにカーレルは苦笑する。
 まったくもってこの妹は、謙遜と言うものを知らない。万全なものがこの世にできない原因は自分にはない、と言っている。
 折角造ったのに、とぶ〜と膨れた後、ハロルドは、まぁいいか、と言った。
 いくらなんでも不謹慎だぞ、とカーレルが窘めると、新しく思いついた機能を、この際追加したいのだ、とハロルドが答える。
 いいでしょ司令、とリトラーに振り返り、苦笑したリトラーが設計図を先に提出しろよ、と言うのを聞くと、
「それで攻め入った天上兵のことは?なにか報告がある?」
 とハロルドが言うので、ディムロスは眉を寄せる。
「一通りは。負傷者の数とともに、連絡は受けているが?」
 だからなんだ、というディムロスに答えたのは、カーレルだった。

「その中に、騎士が・・・。ひとりでも良い、黒い制服をきた騎士が乗り込んできたのを見た、という報告はないか?」
「・・・ない、が?」
 なにを言わんとしているのか分からないという表情のままディムロスは答える。
 ヴァレリーとカルロ兄妹は、カーレルが黒い騎士と言い出したので、そちらに関心を向けていた。
「・・・おかしい。」
「なにが。」
 間髪言わずに問いかけたのはカルロだった。
 そのカルロを振り返り、カーレルは言った。
「さきほど、ヴァレリー殿と戦った時、ラルフィルドが言った言葉を覚えていますか?」
「どのことだ。」
「貴方がたの行動を、信じられない、と。」
「・・・・・ああ。」
「"こうして地上軍の船に乗っていることも、天上軍にいることも信じられない"と確か。」
「ああ、言ってたな。」
 ヴァレリーが頷く。その顔に眉間に皺を寄せ、怪訝そうな表情を浮かべていた。その怪訝はカーレルに対するものではなかった。
「だとしたら・・・。」
「確かに、おかしい。」
「なにがです?」
 自分の存在をアピールするかのように、シャルティエが声を出した。
 ソーディアンチームに向かって、一列に並んでいた彼らはいつしか、カーレルの顔を伺うように、彼を中心に半円を描くように立ち居地が変わっていた。
「だって、そうじゃない?」
 もうひとり、その事に気がついていたらしいハロルドが、ううん、と両手を頭の後ろに組み、そのポーズのままで言った。
「ラルフィルドは、自分は天上軍には加担してないって言ってる訳でしょ?・・・だとしたらこのタイミングで、どうやってラディスロウに攻め入ってきたっていうの?」
 あ、というように一同が息を飲む。
「俺はずっとラルフィルドのやつも天上の・・・俺たちとは違う、どこか遠いセクションかなんかで、天上軍に身を置いているのでは、と疑っていた。」
 ヴァレリーは言った。
「だから、ダイクロフトを探っている時に、そっちの方も探っていた訳だ。」
「実は私も、ラルフィルド殿は天上軍にいると思っていました。」
 ダリアが口を開き、一同がその顔を見る。
「私が離れた後、騎士団が天上軍に与したと聞いた時に・・もしやダイクロフトで合流しているかもしれない、とも思っていました。ラヴィ・ロマリスクが落ちた時、ラルフィルド殿の様子がおかしかったと話しましたが・・・。天上兵が密かに接触してきていて、ミクトランの誇大妄想を吹き込まれて、ラヴィ・ロマリスクの再興を夢見ているのでは、と疑ったからです。」
「確かに、ミクトランの寝言とラルフィルドのうわ言は似て非なるものがあるな・・・。」
「なるほど。そうだったのね。」
 ハロルドがひとりで納得したように言うので、カーレルはなんだ?と聞いた。
「いいの、いいの。今のはひとりごと。」
 なぜダリアがアンタイルスにいたのか、これでよく分かった。
 サロメがミゲルではないという事を疑っていたとしても、ラルフィルドを捜索しろという命令をほっておいて、自分の意思でアンタイルスに行ったことに違和感を感じていた。
 ダリアは、総長の命令には絶対に背かないタイプだと思う。
 打つ手がなく、ラルフィルドが騎士団に戻ったかもしれない、と思ったからこそ、彼女は自由に行動することにしたのだ。

「となると、こういう事ですよね?」
 ううん、とこちらも唸りながら腕組みをし、シャルティエが言った。
「ラルフィルドが天上軍と一緒にいるところを見た者は誰もいない。だから、ラルフィルドは天上軍とはなんの関係もない。・・・天上軍がラディスロウに攻め入った事と、ラルフィルドがハロルド博士を攻撃した事は、タイミングが一緒だけど、全然、別。」
「そうなるな。」
「しかしなんで、ハロルド博士なんだ?」
 カルロが言った。
「ヤツは復讐できないことを苦しんでいたが、それでも地上軍に一矢報いろうっていうなら博士ってのは変だろう・・・。もっと復讐に相応しい相手は山ほどいる。」
 特に、カーレルとか。カルロが暗にそう言っていた。
「違う違う。」
 手をぱたぱた振りながらハロルドは言った。
「違う?」
「なにが?」
 ここで初めてハロルドは、カーレルたちが現れたタイミングを思い出した。ラルフィルドとの戦闘の前の事を、彼らは知らないのだ。
「ラルフィルドと私が戦闘になったのは、彼が強硬手段に出たからなの。・・・私が、ラルフィルドと一緒に行くことを拒んだから。」
 初め、彼は礼儀正しく、ハロルドにお願いをしたのだ。
 私と一緒に来てくださいませんか、と。
「・・・・・。」
 それを聞き、カーレルは片目を眇める。彼にしてはめずらしい表情だった。
「え?ということはラルフィルドの目的って博士の拉致だったんですか?」
 シャルティエが言い、ハロルドはそうなるわね、と答えた。
「またか。」
 向こう側から唸ったのはディムロスで、続けてソーディアンチーム全員から大きな溜息を漏れる。
「初めはラヴィ・ロマリスクの皇女と身柄の交換。2回目は、バルバトスと一緒に拉致。これで3回目だ。なんだってそう、ハロルドばかりを狙うのだ?」
 しかも、今回は天上軍ではなく、謎の行動を続ける騎士ときている。

 確かに、ハロルドは地上軍の要で、彼女の存在が戦争の勝敗と分けるといっても過言ではないが、それが目的ならばいっそ殺害を目論むものだろう。
 なのに何故、多方面からハロルドの身が狙われるのか。
 連中は・・・。

「ハロルドに、なにをさせたがっているのだ・・・?」
 それが天上軍にしろ、出奔した騎士にしろ、ハロルドの頭脳を欲しがってるのは明白だ。
 ハロルドなら出来るもの。他の研究者の類ではできないもの。
 いや、逆だ。
 他の研究者では手に追えないなにかがあって、だからこそハロルドに白羽の矢が立った。
 

 


 その時、会議室に通信機のコールが響き渡った。
 会議中にはおいそれとは入れない為、外部から用件が入った時だけ、それで連絡を取ることができるようになっている。

「なんだ?」
 会議はまだ終わってないぞという事を応対にでたイクティノスが言うと、
『新たな被害の報告です。』
 と通信者が機械の向こうで告げた。
「新たな事実でも判明したのか?」
『はい、それが、ハロルド博士のラボからなんですが。』
「なんですって!?」
 それを聞き、声を荒らげたのはハロルドだ。
「ラボってなによ!?研究が盗まれたの!?それとも誰か死んだの!?」
 イクティノスを押しのけ、通信機に食って掛かるハロルドを、待て!落ちつけ!と後ろからカーレルが羽交い絞めする。
 この調子では、通信機器そのものを壊しかねない。
 ハロルド博士のラボの人間が訪ねてきてますから直接聞いてください、と怯えた声が告げて、通信は切れた。

 リトラーの許可を得て、ロックされていた会議室のドアが開けられる。
 入ってきたのはテアドアで、彼は会議室にハロルドがいるのを見ると、ここにいらしたとは知りませんでした。おひさしぶりですね、と抑揚のない声で言った。
 嫌味かそれは!?と叫ぶハロルドには答えず、テアドアは目的の報告を始める。
 
 それは、ラボの人間がひとり、天上軍の攻撃の後、姿が見えなくなったというものだった。

「姿が見えない?」
「天上軍の攻撃から逃れた、ということではないのか?」
 逃げてるうちに、迷子になったのでは、という意味だ。
 なにしろラディスロウは大きく、そのうえ、ハロルドのラボの連中といえば、そこからめったに外には出てこない。
「いえ、ラボはラディスロウの下っ腹に位置しています。・・・これは元々攻撃を想定して、研究の機密を守るためと・・研究者の、ハロルド博士の身を守る為なのですが。」
 チラリとハロルドを見てテアドアが言った。
 軍の敵は頭上にいるため戦艦の下部の方が安全なのだ。
「ご存知の通り、そこにはこの会議室や、司令室、上層部の方々の居住地などが置かれています。追いそれとは侵入をさせないように防護シールドも設けられている。」
「だから?」
「・・・天上兵から逃げるその研究者が、ラボを飛び出しているのを何人かが目撃しているのですが。やつら、ラボの近くまで辿り着いたというのに、その先にあった司令室には攻め込まなかった。もちろん、ラディスロウの構造をやつらが知らないのかもしれませんが、しかし、その研究者のところには辿り着いた。」
「なにが言いたい?」
「変だってことでしょ?」
 苛ついた声のディムロスに、ハロルドが言った。
「天上軍はラボの近くまで辿り着いたのね?研究は?」
「それは大丈夫です。我々が攻撃があったというアナウンスと共に、非常事態用のシールドをコンピュータに敷きました。」
 それはハロルド作で、一旦スリープ状態になると誰にも稼動することはできない。ハロルドの眼と声紋と指紋の3点が同時に揃うことがパスワードだ。
 もちろん、無理にデータを抜こうとすれば全てが消えさることになっている。
 しかし、とテアドアは続けた。
「やつらはラボにすら興味がなかったようです。あったかもしれませんが、探したりはしなかった。ただひたすら、ひとりを追い回していた・・・。」
「その追われていたっていうのは。」
 ハロルドが言った。
「トリスタ、ね?」
「ええ。」
「ダイクロフトから逃げてきた、ベルクラント開発チームの?」
 カーレルが眉を顰める。

「ええ〜?じゃあ、そいつが手引きしたって事ですか?」
「さっき、テアドアの報告にあったでしょ。トリスタは逃げ回ってたって。」
 声をあげたシャルティエを、ハロルドは一瞥する。
「たぶん逃げる前・・・ダイクロフトにいる時から、追跡用のチップかなにかをつけられてたのよ。・・・埋め込まれているのかもしれないわね。」
「だとしたら、彼がラディスロウに来た時から、我々の位置がダイクロフトに知られていたということか?」
「だったら、とっくにベルクラントを撃ち込まれているでしょ〜?」
 バカね、とハロルドはディムロスに言った。
「ミクトランは・・・ベルクラント開発チームが逃げ出さないように、追跡用のチップをつけはしたのだろうけど。そんなの距離がうんと離れてしまえば、追跡は不可能よ。範囲は無限大ではないもの。・・・・・トリスタがダイクロフトから逃れた後、追跡不能になっていたというのに、わざわざラディスロウの方がその範囲に入ってしまった・・・。攻撃された時って、天上の基地の近くを飛んでたんじゃないの?」
「ヘルレオスのすぐ、下を。」
「じゃあ、それが原因よ。」
 迂闊だった、とハロルドは思った。
 トリスタが天上軍から逃げおおせた時に、疑ってしかるべきだったのだ。
「けど・・・まあ、逆を考えれば、それを使えばこちらもダイクロフト内のベルクラント開発チームの居場所がつかめるってことだけど。」
 そう言ってにっこり笑い、ハロルドはカーレルを見た。
 ソーディアンの核になるコアクリスタルをベルクラント開発チームに任せる為には、彼らを地上に連れ戻す必要がある。その為の準備は難航していたが、とりあえず彼らの居場所を突き止める方法はこれで解決した訳だ。

「しかし、謎だな・・・。」
 カルロが言い、その場の空気を引き戻す。
「その、連れ去られたらしいトリスタってのも科学者なんだろう?ハロルド博士といい、なんだってこう・・・科学者っていうのが追い回されてるんだ?」
「うん、それはね。カルロ。」
 ハロルドは言った。
「私が一番、知りたい。」
 そう言ってにっこりと笑い、ハロルドはこの先どんなミステリーに巻き込まれるのやら、と思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ラヴィ・ロマリスクの風習は、色々と、本当に細かく出てきますが、それはラヴィ・ロマリスクが特別な風習を独自持つ他国であるという印象にする為と、後に重要なファクタになるのです。
 もうそろそろ、前のを読み返すと、見えてくるものもあるかもしれません。
 ・・・余談ですが、ヴァレリーは、ハロルドと始めて会話したとき、ミゲルとサロメが別人であることを知っている様なそぶりをしています。

 

(’07 9.16)