46.

 

 

 

 


 騎士団と地上軍師の奇妙な共闘関係は終わりを告げた。

 ラディスロウの会議室で、重々しい雰囲気に包まれ、今後の対策をたてる為に一同は介していた。
 今後の対策、といっても、するべきことはひとつしかない。
 ソーディアンの開発が待たれている今、ハロルドを奪還しなければこの戦争の勝機を逃す。

「それで、ハロルド博士はどこへ連れて行かれたのだ?」
 イクティノスが騎士たちを睨みながら問いただすと、
「分からん。」
 とヴァレリーは首をすくめて答えた。
「俺たちが聞きたいくらいだ。」
「しかし、連れ去ったのは、君たちの上官だぞ?」
 ディムロスの声は厳しいもので、ヴァレリーのどこか飄々とした態度を忌々しいと感じているのが見て取れた。
「上官というよりも、道を分かった元上官だからな。」
「では、あくまで彼の行き先は知らない、と?」
「知っていたら。」
 ここでディムロスを見るヴァレリーの視線も鋭いものが混じる。
「わざわざ地上軍に留まるような真似はしない。とっくにヤツの跡を追ってるさ。たとえ、道を分かったとはいえ、あいつは元上官だ。残った俺達の身柄がこれからどうなるかぐらい、想像できる。」
 彼らがおかれる立場を思えば、さっさと立ち去っておくほうが身の為なのは誰の目にも明らかで、だからこそ彼らの総長と彼らのつながりが今は切れているというのは、一応は筋が通る。
「けど、それが作戦ってこともあるんじゃないですか?」
 唇を尖らせ、シャルティエが言った。
「自分達が疑われるのは百も承知だけど、そうしなければならない理由がある、とか。」
「どんな。」
「ラディスロウに残りたかった、とか。」
 その意見に対しては、味方である筈のカーレルも猜疑的だった。
「・・ラディスロウに残ったところで、身柄を拘束されてしまえば、内部を探ることも、情報を漏洩させることもできない。実のある策とは思えん。」
 とはいえ、とカーレルは騎士たちを見る。
「だからといって全面的にあなた方を信用する、という訳にもいかない。」
 彼らを一応信用しようと採用したのはカーレルだったから、それに対して、カーレルはリトラーに謝罪した。
「私の判断が甘かった・・・。この責めはいかようにも。」
「確かに軍師殿にも落ち度はある。しかし今、そんなことを言っている場合ではなかろうて。」
 やんわりとカーレルを諌め、クレメンテがリトラーを見た。
「とにもかくにも、ハロルドの奪還じゃ。あの子がいないことには、ベルクラント開発チームを迎えたところでなんの意味もないからの。」
「ええ、それはもちろんです。」
 壇上のリトラーは、大きく頷き、それが最優先事項であることを強調した。
「けれど、闇雲に探しても、見つかりはしないでしょう。」
 イクティノスが言った。
 リトラーに対する反論ではなく、議論を一歩先へと促すための言葉だ。
「なにしろあちらは新型の飛行機も持ち去っている。徒歩と違い、人間ひとりを無理やりに連れていても移動できるのは、やっかいです。心当たりというものは、ないのですか?」
「・・ないな。」
 あったとしてもそれは自分ではない、と暗にカーレルは答え、話の矛先をヴァレリーに向ける。

 騎士は3人いたが、信頼していた総長の理解しがたい行動にダリアは動揺を抑えきれないようで、視線がどこかおぼつかなかった。彼らのなかで最も総長のことを知っているのはヴァレリーだったが、冷静な応対しているのも彼だった。
 
「俺達にもない、とさっきから言ってるだろう。」
 ヴァレリーは答えた。
「・・・そもそも、あいつがハロルド博士を狙う意味がわからないんだからな。」
「本当にそうですか?」
「もちろん・・・。まあ・・。」
「なんです?」
 言葉を濁したヴァレリーに、しっかり答えなさい、とアトワイトが厳しい声で言った。
 ハロルドを連れ去られた憤りもあるだろうが、最近までヴァレリーはアトワイトの下で衛生班として働いていた。結果的に彼をかばってしまった事が、今回を招いたのかもしれないと、責任の一端を感じているのだろう。
「・・・逆ならありえるかもしれん、とな。」
「逆?」
 ヴァレリーが言い淀んだのにはに、きちんとした訳があった。
 今さらこんなことを言ったところで、とってつけたような言い訳としか取られないだろうと思っているのだ。
「あいつはハロルド博士を守るように、俺に言いつけていた。」
 それに関して、すでにカーレルとシャルティエ、そしてヴァレリーから直接打ち明けられているアトワイトは知っていたが、他は初めて聞く事実に、多少なりとも驚いたようだった。
「・・・守れ?敵軍の要人を?」
 そもそも、あなたがたがハロルド博士をダイクロフトへと連れ去ったのではないか、とイクティノスに言われ、それはそうなんだが、とヴァレリーは答えた。
「敵軍だったのは、前の話だ。たしかに博士を拉致した時、俺たちは天上軍についていた。けどなぁ・・・。」
 あいつがミクトランの寝首を掻こうとしてたのは間違いないからな、とつぶやくように言う。
「しかし、そう言っているのはあなただけだ。それも信用できる話なのかどうか怪しい。」
 とても信じられない、とイクティノスが厳しい声で言うと、そうかと答えたまま、ヴァレリーは口をつぐんだ。ならこの話は終わりだ、という意味らしい。
 反論してくると思っていた相手のあっけない引き下がりように、イクティノスですら、話の持っていく先をなくし、複雑な表情をもらした。

「彼がミクトランに敵意があったして、それがどうなる?」
 代わって質問したのはディムロスだった。
「敵意があるからこそ。」
 ヴァレリーはディムロスに視線を向ける。
 騎士である以前に根が正直なヴァレリーには、自分に話しかけてくる相手がいれば、それが敵であろうとも無視はできない。
「・・・ミクトランの裏を掻こうとしたのかもしれん、と思ってな。」
「・・・・・。」
「・・・それは。」
 一理あるものの、そうだと信じるには情報が足りず、複雑な顔をした一同に、ヴァレリーは言った。
「ミクトランは支配者気取りのいけ好かないヤツだが、天上にいて巨大な勢力を持っている。そいつに噛み付こうというのなら・・・真っ向から踏み込んでいくのは不利だ。ミクトランが何故ハロルド博士に固執するのかは知らんが、だが、博士がなんらしかの鍵であることは間違いない。蟻が象を倒すなら、そこを突くのが一番てっとり早い訳だ。」


「だが、その理屈だと、あなた方の総長はミクトランがなにを企んでいるのか分かっているということではないのか?」
 ディムロスが唸るように言った。
「ミクトランの意向に通じているという意味にも取れるが?」
「そうきたか。」
 ヴァレリーは苦笑し、まあ疑わしいのは確かだしな、と言った。
「確かにミクトランの思惑を知っているということは、親しい者の証明のようにも思えます。」
 カーレルは言い、
「・・しかし、そうとも言い切れない。」
 ヴァレリーの援護にまわる。
「どうしてそうなる?」
「ミクトランがなにを企んでいるかは、親しくなくても、おおよその検討がつくのかもしれない、ということですよ。」
「え?」
 ぎょっとしたようにシャルティエがカーレルを見た。
「中将には、ミクトランがなにを企んでいるのか、予想できるのですか?」
「いや、私は天上と地上とで距離も立場も間逆にいる。」
 カーレルは言った。
「しかし、たとえ内心はどうであれ、一度は味方しダイクロフトにいたのだ。彼ならあるいは・・・予測ができるのかも知れないと。」
「それだけの理由ですか?」
 疑わしそうにイクティノスが言った。
 それはもっともだ、とその他にも同意の声があがる。
 たとえ、天上軍にくだっていたとしても、あの猜疑心の塊のようなミクトランが、それだけの理由で黒鶫騎士団を情報が漏洩するような近くに配置するとは思えない。
「ええ。でも、今までの天上の動きを考えれば、私も予測できます。」
「え!?」
 今度こそ一同はぎょっとしたように姿勢を変え、カーレルの顔を覗き込むようにして注目した。
 カーレルはいいですか?というように、間を置いてから話しだした。
「ひとつに、ラヴィ・ロマリスクへの執着。」
 一呼吸おいて続ける。
「ひとつに、天上が高いエネルギーのレンズを探していたこと。」

 元を正せば、この一連の事件はそこから端を発している。
 天上が地上のおりてきて、怪しい動きを繰り返したからこそ、地上軍は乗り出し、挙句、一度ハロルドはダイクロフトへ連れ去られ、バルバトスは地上を裏切った。

「そしてもうひとつ。ハロルドのことばかりを気にしているようですが・・・天上が、連れ去った人物はもうひとりいるでしょう。」
 一同は怪訝な顔をしてお互いの顔を見合わせた。
 ハロルドひとりだけ、黒衣の人物に連れ去られたと聞いていたが、他にもいただろうか?という顔だ。
 カーレルは、天上が、と言ってるでしょうに、と鈍い面々に少しだけ溜息をついた。
「ベルクラント開発チームのトリスタです。この前の襲撃はもはや彼を拿捕する為だったと言っても過言ではないと思います。天上は当初の思惑どおりにトリスタを捕らえた。だから天上はあれ以上の深追いをせず、ラディスロウも逃げおおせたのでは?」
「それは地上軍兵士たちの功績じゃ。」
 納得できない、という口調で、少し拗ねたようにクレメンテが言った。
「もちろんそうです。しかし、我らが地上軍を殲滅するなら、またとない機会でもあったはず。ラディスロウの大体の位置さえ分かれば座標を定め、ベルクラントで攻撃するなりできた筈ですからね。それをしなかったのは・・いや、できなかったのは、死なれては困るハロルドが、まだラディスロウにいたからです。」
「ハロルドに死なれては困る・・?」
「ええ。厳密には、ハロルドの頭脳に用があるのでしょう。ミクトランも科学者ではありますが、知識はハロルドには劣る。私はそう考えてます。ダイクロフトもヤツの発案ではあるものの、作成した訳ではないし、ましてやベルクラントも元々、大地を砕く目的で別の科学者たちが着想したものだ。ミクトランひとりでは手に余るもの、もしくは開発できないもの、もしくは解明できないものの為に、彼は連れ去ったトリスタをはじめ、科学者たちを集めている・・・。あるいは高エネルギーのレンズを集めていたのも、それが原因かもしれません。」
「ミクトランが狙う何か・・・。」
 カーレルの説は理にかなっているような気はする。
 頭脳明晰で兵士の信頼を一身に集めている軍師の言葉であっても、そのまま信じるには漠然としずぎていて、困惑をした顔で、一同は顔を見合わせた。
「そんなものがあったとしても。」
 ディムロスが言った。
「それがなんだか予想はできんだろう。」
「それがなんであるかは分かりませんが。」
 カーレルは親友に向かって、悠然と答えた。
 この余裕はなんだろうと疑問を持たれるほどの態度は、それが彼自身には確証があるということを物語っている。
「どのような企みであったか、は予想がつきます。」
「え!?」
 びっくりしたような顔のシャルティエに、よく考えればお前にもわかるだろう?とカーレルは柔らかく笑った。

「ラヴィ・ロマリスクの聖典の・・・そこに記されていたものの、実現。」

「・・・!?」
「おい・・!」
 それはカーレルの声ではなかったが、カーレルと同じくらい確信的な声であり、ダリアとカルロは発した人物を振り返った。
「ええ。」
 カーレルはヴァレリーを見る。
「そうだと思います。」
 頷くカーレルに、ヴァレリーも頷き返す。

「だとしたら、あの総長が単独でハロルドを連れ去ったのにもある程度の理由が分かる。ラヴィ・ロマリスクの聖典はすでにミクトランの手に渡っている・・・。ラヴィ・ロマリスクが滅んだ前の拉致事件。あの時に、フェザーガルドに聖典を開けさせ、そのまま天上に連れ去られた。そういうことではないか?という議論は、我々のなかでは、すでに終えられている。」
 カーレルはそこで、言葉を一旦切った。
 一同が頷くのを見て(ソーディアンチームのメンバーなどは未だに困惑顔だが)、続ける。
「しかし・・・それは、ミクトランだけでは実現不可能な技術で、その為に優秀な頭脳を集めるだろう、と彼には予測できていた。それを、阻止する為にはハロルドをミクトランに渡す訳にもいかない。」
「聖典の実現の阻止・・・。」
「しかし・・・!あれは、なにを表すものかわからねぇぞ!?」 
 とカルロが怒鳴った。
「そもそも、その説は、あんたらの憶測だろう?天上がフェザーガルドに鍵を開けさせたとするなら、内容を知っていなきゃ可笑しいってことにもなっていたじゃねぇか!初めからミクトランが知ってたっていうのかよ!?」
「そう思います。」
 返すカーレルはあくまで冷静だ。
「しかし・・・!」
「・・・知っていたのでしょうね。」
 言い返そうとするカルロに、ダリアの声が割り込んだ。
「ダリア?」
「兄さん。私が・・・フェザーガルド様の最期を話したのを、覚えてる?」
「忘れるかよ。」
 国の皇女の最期の話だ。
 聞き流すような内容ではない。
「ミクトランは、フェザーガルド様に"お前が捲いた種だ"と言っていた。」
「そしてハロルドは、ヴァレリー殿にこう聞いた。"生前のフェザーガルドが祖国に対して大変な背徳を犯していた、と思うか?"と。」
 今にして思えば、ハロルドはすでに、そこまで承知していた。
 もしかしたら、聖典がなんであるか、そこになにがあるのかすら、察知していたのかもしれない。
「つまりは。」
 俺もそう思う、とヴァレリーは言った。
 覚悟を持って。
「・・・ミクトランに聖典になにが記されているか、それを話したのは、フェザーガルドだと考えるのが妥当だろうな。」
 自国に対する、反逆心と取られてもしかたのない考えだとは承知のうえだった。
 だから、今まで、口にするのを憚っていた。だが。
「・・・私も、そう思うわ。兄さん。」
 ダリアが目をふせて言った。
「だから・・・ラヴィ・ロマリスクは、必要以上に痛めつけられた。・・ミクトランは、自分が手にした聖典を他にも知る者がいては、困ると思ったんじゃないかと思うの。」
 たとえば、ラルフィルド殿、とか。
 同じ聖なる血筋だ。フェザーガルドと同じく、ラルフィルドが内容を知っている可能性は高い。
 カルロは絶句していた。
 しかし、カーレルにもヴァレリーにもダリアにも、反論する言葉が見つからない。
 それは、そのそうだと飲み込んでしまえば、これ以上、辻褄があうことこの上ないからだった。

 

 

 

 


 結局、ハロルドの行方を追う為の手がかりを掴めないまま、会議は終了となり、ヴァレリーたちは牢屋行きと決まった。
 それには、礼の血約の誓いのせいで、地上軍側の全ての質問にヴァレリーが答えなかったということも関係している。


「意味が分からない部分に関して、もう一度話しあう必要があると思う。」

 暗い牢屋に入れられ、一息をつく暇もないまま、やおらやってきてそう言うカーレルに、カルロとヴァレリーは苦笑したが、望むべくもないので、同意の意味を込めて黙っていた。

 牢屋の中は薄暗く、与えられたランプが灯をともしているだけにすぎない。
 立っているカーレルの姿は闇に浮かび、彼の後ろにあるであろう壁すら見えないほどだった。
 しかし、この状況も仕方のないことだ、とふたりは思っているし、今さら待遇に対し、不平不満を言うほど身の程を弁えてもいないつもりだ。

「その前に、確認して良いか?」
 そうは言っても兄の権利を持ってカルロは言った。
「ダリアはどうしてる?」
 その兄の心情を、カーレルは無碍にはしなかった。同じ兄としての温情かもしれない。
「・・・空いている兵士用の部屋にいます・・・見張りつきですが。」
「監禁されてるってことだよな。」
「・・・手荒な真似は一切しないと約束しましょう。」
「ああ。それは信用する。」
 カーレルはもちろんだが、何度か顔をつき合わせているだけでも、天上軍の上層部に、そのような野蛮な考えを持つ人間はいないと感じられた。
 カルロは頷き、それで、なにを話すって?とカーレルに向き直った。

「ミゲルのことです。」

「・・・ああ・・。」
 それに関しては、俺の方が話したいと思っていたんだ、とカルロはヴァレリーを見た。
 ヴァレリーはふたりの視線を受けて、静かに頷く。
 先ほど、カルロに奇妙なことだと指摘されて以来、彼もずっと考えていたことだ。

 この記憶の相違は・・・なんなのだ、と。


「カルロ殿。改めてお聞きしますが・・・本当に、彼は貴方の知っている"ミゲル"ではないのですね?」
「それに対しては、俺のが聞きたいくらいだね。」
 フン、と鼻を鳴らして、カルロが言った。
「ほんっっと、どうかしてるぜおまえら!ミゲルのヤツは、栗色の髪に、栗色の瞳だ!それに、みかけもあんなに若くはねぇぞ!?」
「・・と、言われてもなぁ・・・。」
 珍しいことに、ヴァレリーは、本気で困り顔だった。
「・・・そんなのは記憶にない。俺の知っている"ミゲル"の顔は、あいつと同一だしな。」
「でも、あんな美貌じゃなかったって、自分でも言ってたじゃねぇか!」
 そこでカルロは、やりあった現総長の顔を思い出したらしく、しかし本当に反則だな、あれじゃ人じゃなくって魔物だと言いたくはなるわな・・と乱暴な表現で、彼の美貌を賞賛した。
「しかし・・・いや。それは、そうなんだと納得するしかないか・・・。」
 こんなことを言い合いしても始まらない、と思ったのだろう。
 ヴァレリーは、言葉を切って、顎をさすりながら目を細めた。考えている。
 
「俺とダリアの知っている"ミゲル"は、カルロの知っている"ミゲル"と違う。それは散々、ふたりが入れ替わったということで決着がついている話だから、間違いないだろう。しかし、顔に関しては・・・偶然、入れ替わったふたりが似ていたんだろうってことで、うやむやになっていたが・・・。」
「ああ。おまえ達の勘違い。これで決まりだ。」
 ヴァレリーと、カルロは頷きあって、揃ってカーレルを見た。
 それによって生じる問題点を論じるのは任せる、という目だった。
「・・・・・ありえない話なのだがな、普通は。」
 似ている人間が、酷い体験をして人相が変わったというレベルでは、もはやない。
 ふたりは似ても似つかなかった。
 にも関わらず。

 

 国中の人間が、入れ替わっていたことに気がつかなかった。

 


 断じて言うが、そんなことはありえない。

 


 しかし、実際にそれは起こった。

 

 

「・・・本来なら、間違っているのは、カルロ殿の筈なのだ。」
「俺は正気だぜ?」
 カルロが言った。
 自分を信じろとかそういう問題ですらなく、すでに確実で確信的な物言いだった。
 
 普通に考えたら、1対2(+一国の住人)なのだから、カルロのほうが疑わしい。
 しかし、どうにもカーレルには、カルロの言っていることは正しいように思えた。
 そもそも、人間が入れ替わっていたことを、すでに事実としているのだ。
 この入れ替わりには、まだ裏がある。
 それが分かれば全てが繋がる。そういうことではないのだろうか。
 

 
「カルロ殿は・・・どう思います?」
「どうもこうも。」
 カルロがヴァレリーを見ると、ヴァレリーは肩を竦めて見せた。
「俺は・・・こいつらが集団で、催眠術にでもかけられているんじゃないかって思っているくらいだぜ?」
「しかし、それはありえないでしょう。」
 ひとりふたりなら、ともかく。

 まるごと国中の人間に、同じ催眠術をかけるなど。


「まぁ、ありえないよな。」
 相槌を打つヴァレリーの言い方は、まるで他人事だ。
 そして、それにしても寒いなぁ、となにもない暗い牢のなかを見渡した。
「前に入れられた時も、こんなに寒かったっけな?」
「知らん。」
 それに対してのカルロの返事は、そっけない。
「そもそも、おまえたちの総長のせいで、俺までこんな目に合わされてんだ。迷惑な話だぜ。まったく・・・。」
「それに関しては、すまないと現騎士を代表して謝っとくぜ・・・それにしてもあいつ、俺達がここにいるとは思ってなかったみたいだな。」
 ヴァレリーがやりあった時の、サロメの様子を思い出して言った。
 そのようですね、とカーレルも同意する。
「もしも、貴方がここにいると分かっていたら・・・ハロルドを攫えと命令したかもしれませんね。」
「そんな事は・・・・・。・・・まあ、こうなっちゃ、どうだったかは分からないよな・・・。」
 ヴァレリーは反論しかかった言葉を飲み込んだようだった。

 沈黙が落ちた。
 カルロはやれやれというように、簡素な木製のベッドにそっくり返り、ヴァレリーは冷たい壁に背を押し付けるようにして座ったまま、なにかを考えている。
 話を戻すか、とカーレルは思った。

「もしも、そんな催眠術が可能だったとして。」
 カーレルの言葉に、ふたりが揃って顔をあげる。
「一体、いつ、どのようにして仕掛けたものなのか・・・。」
「それに関しては・・・心当たりがない訳じゃないな。」
 カルロが言い、どっこいしょ、と寝台の上に体を起こした。
「心当たり?」
 困惑している様子で聞き返したのはヴァレリーで、カーレルは黙ったままだ。
「俺が思うに、たぶん、陰月の儀式の時じゃねぇかと思う。」
「陰月の儀式か・・・。」
「ああ・・・。ベルクラントの攻撃を喰らって、ミゲルが死んで・・・ヤツが入れ替わる前に、俺がラヴィ・ロマリスクを離れたのはその時だけだ。俺はミゲルが帰ってきた後には、一度ラヴィ・ロマリスクに帰ってるしな。」
「そして、その時には退役していたから、神殿には立ち入ってない・・・。」
「そうだ。帰ってきたミゲルの顔は見ていない。」
 ヴァレリーと、カルロの違いがあるのは、確かにそこだけのようだ。
 陰月の儀式は、かつてあった城壁の門の全てを封鎖して、祈りを捧げる禊の意味を持つ儀式だ。
 カルロはその時、退役をしたばかりで、体力も落ちていたため、過酷なその儀式には参加せずに、アンタイルスに身を寄せていた。
 もしも、何事かをラヴィ・ロマリスクに仕掛けるなら・・・確かに、その時は狙い目だろう。

「しかし、それも憶測の域はでねぇな。本当に催眠術だとしても、国中の人間に、違うやつを同じ人間だと思いこませることなど・・・できるもんなのか?」
「たぶん、無理でしょうね。」
 普通なら、とカーレルは言って・・・それは対した意味もない相槌だったのだが、自分で言ったことに違和感を持った。
 普通なら?
 では、普通の方法でないならできる、とでも?
「・・・・・。」
 3人は、議論の行き場をなくしたことで、語る言葉もなくした。
 長い沈黙は重く、それぞれの思考が牢の中の壁を伝い、ツタのように絡まっていくような錯覚さえ、した。

 

 

 

 

 

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きまぐれを起こしたといわれてもしかたない更新ですが、事実、きまぐれを起こしました。
今年いっぱいに終了は・・・ないだろうなぁ。

(’10 4.18)