「じゃ、乾杯v」
赤いワインの注がれたグラスを手に取り、にっこりとサロメに笑いかけながらハロルドが言うと、サロメはそれを合わせるどころか、自分のグラスをテーブルから持ち上げもしなかった。
振られた格好になったハロルドだが、気にせず、自分も一口、ワインを含む。
久しぶりのアルコールは、舌に絡まるように濃厚で、甘い。
「いただきますv」
両手を合掌し、ナイフとフォークを手にして、ハロルドが皿を覗き込んだ。
白いその上には、ソースのかかった肉が切り分けられていた。
ちゃんと煮た野菜も添えられている。
地上軍で、特別な時に出されるメニューに似ている。
だが、こちらは肉も厚く、柔らかそうだ。
「・・・毒が入っているかもしれないぞ?」
ぼそり、とそんなハロルドの様子を見て、サロメが言う。
「そんな訳ないっしょ。」
肉を口に放り込み、ハロルドは答える。
やはり肉は柔らかかった。
噛まないでも飲み込めそうに感じられるくらいだ。
「私を殺すなら、なにもわざわざ、夜中に毒殺しないでも、他にも手があるじゃない?死刑にするとかさ。」
自分の命のことなのに、気軽な挨拶でもするかのように言うハロルドに、一瞬、サロメは目を細めて笑う。
「ミクトランには知られずに殺したいのかもしれないぞ?ヤツと意見が割れて、それで個人的な判断で、お前を殺そうとするかも、とは?」
「それにしたって、ここには連れてこないでしょ〜?いつもの食事に毒を混ぜれば良い事だもの。ここだったら、死体を運び出すのに、人目に付いちゃうし。ここ、あんたの自室よね?」
ますます、おかしそうにサロメは笑った。
「本当に、良い度胸だな。」
「でしょ?」
そう答え、ハロルドも笑った。
その後、少しだけふたりは黙ったまま、食事を続けた。
本当はどういうつもりで、食事に、しかも自室になど連れてこられたのか興味があったが、それを聞こうとしても無駄だ、とハロルドには分かっていたのでやめた。
分かりきった事を聞くほど、つまらない行動はない。
だからその代わり、観察するつもりで、サロメの食事をする仕草を見ていた。
どこか優雅だが、気取った雰囲気は見られない。
そして、
「・・もう食べないの?」
「・・ああ。」
とても小食だ。
肉は半分ほど皿の上に残っている。
それなのに、フォークとナイフを皿の上に並べておき、サロメはそれから手をつけようとしない。
「・・・じゃあ、頂戴v」
「・・・・・。」
残した肉を強請ると、サロメは呆れたような表情をつくり、それから皿ごと、ハロルドの方へ押して寄越した。
ぶすっ、とフォークで肉を刺し、サロメの皿から自分の皿へと移して、ハロルドはそれも食べ始める。
「本当に、よく食うな。」
「だって、こんなの地上では食べられない・・・って、前にも言ったわよね?」
「・・・ああ。」
サロメはそれだけ答えた。
前のように、地上の現状を聞こうとはしなかった。
「お前、寝起きだったと思うが?」
「当たり前でしょ。」
眠っていたのをたたき起こしたのはサロメではないか。
「それなのに、よく入るなって言いたいわけ?」
「分かっているじゃないか。」
「お腹は寝てても減るの!減ってるならいつでも食べ物歓迎状態なの!」
「減ってたのか?」
「減ってたのよ!それまで見てた夢の中で、あんたに起こされて食べ損なったんだから!」
「・・・どんな夢だ?」
ハロルドは食事の手を止める。
「そうね・・・。」
散らかり放題の自分のラボを思い出す。
それは夢で見てたが、実際にあった出来事のだった。
「幸福な夢・・・だわね。」
そして、思い出したことで、急激にハロルドは地上にある自室に戻りたくなった。
幽閉される前の話だ。
ハロルドの新たな思いつきによって、製作が決定になったソーディアンは、イメージしていた魔法の杖と同じ機能を持たせるには、いくつかの問題があった。
まず、ハロルドは、ソーディアンによって使える晶術を分けようと考えていたが、それにはマスターとなるべき人間の資質が大きく関ってくること。その為、具体的な製作に入る前に、マスターを選出しなければならない事。だが、選ばれてもそれがレンズに対応できる体質であるかは、やってみなければ分からない。その為に高密度レンズが必要になり、そのレンズそのものすら、作成しなければならない事。
それらの問題が一度に浮き上がり、ハロルドは連日、試行錯誤を繰り返していた。
その日も、徹夜をして、食事も取らず、自分の机の前から離れなかった。
アトワイトがそんなハロルドを心配して、差し入れを持ってきたりしてくれていたが、食事を取る時間がもったいなかったハロルドはそれを受け取ったままで、放置していた。
なんの用があったのか、ハロルドのラボを訪れたカーレルに見つかったのはその時だ。
「顔をあげなさい。ハロルド。」
いつになく真摯な声に、ハロルドはびっくりしてカーレルを振り返った。
見るとカーレルはほったらかしにしておいた、アトワイトの差し入れを手に持っている。
それまでは何を言われても生返事で返していたハロルドに、文句ひとつ言わなかったカーレルの声色は、その時、明らかに違っていた。
「お前には研究が大事なのも、それがわが軍には必要だという事も承知の上だ。」
カーレルは言い、けれど、厳しく妹を叱りつけた。
「だからと言って、自分をおもいやってくれる人の行為を蔑ろにして良いと思うか?アトワイトがなんの為にこれをお前にもってきてくれたか、考えないのか?こんな風に、わざわざ、食べやすいように工夫してくれて、研究をしながらでもお前が食べられるように、と思っての事じゃないのか?そんなことにも気がつかないのか?」
カーレルがハロルドの机の上に置いた皿を捲ってみると、そこには片手でも摘めるように小さく切り分けたサンドイッチが乗っていた。具も栄養を考えてのことなのか、ハムや野菜や卵と多種だ。サンドイッチはヘタに小さく切るとぐちゃりと中身がつぶれてしまう。けれど、これは綺麗だった。わざわざ、ハロルドひとりの為に、アトワイトが手間をかけてくれたのは一目瞭然だった。
それを見て、ハロルドはなんだか、泣きそうになった。
アトワイトの思いやりとカーレルの思いやりの両方が胸に染みてきて、涙が出そうになったのだ。
カーレルは昔から、ハロルドを守ることに全力を傾けてくれていた。
だからこそ、今、ハロルドを大事に扱ってくれる人間に対して、惜しみない感謝の気持ちを抱いてくれているのだろう。
それを、本人が無碍にするような行為をしている。
人の好意は別に、底から枯れることなくわきあがる泉でもなんでもない。
些細な事から人間は、相手に裏切られたと時に思い、何気ない言動で傷つく。
そんな壊れやすいシャボン玉のような生き物だ。
その大切さを、研究の為とはいえ、忘れたかのようにふるまっているハロルドが、カーレルは許せないのだ。
今、カーレルは、幼い時人づきあいが下手で、いつも泣いていた、あの頃のハロルドに代わって怒っている。
「ごめんなさい。」
カーレルとアトワイトの両方に小さく言い、ハロルドはサンドイッチに手を伸ばす。
小さく切ったパンの間から、ハロルドの好きなチーズが入っているのが見えた。
このチーズとトマトを一緒に食べると美味しい!と以前、ハロルドはアトワイトに言った事がある。
そっとパンを捲ってみると、やはりチーズと一緒にトマトがスライスされて入っていた。
そっと伺い見ると、もうカーレルは怒っていなかった。
ほっとしたように笑い、少し言いすぎたな、と照れたように言った後、お茶を入れてやろう、とお湯の入っているポットを取りに行った。
ハロルドは、ちいさいサンドイッチを口に近づけた。
そして、私は、こんなにも愛されている、と思った。
「そこであんたが叩き起こしてくれたのよ。」
実際には、あの後、当然、ハロルドはサンドイッチを食べた。
今までで食べた、どのサンドイッチとも、その時のものは違っていた。
あれほど、特別で幸福な匂いをさせた食事など、この後、何度食べることができるだろうか。
そう思うと、夢の中とは言え、また経験できるところだったというのに、そこで起こしてくれたサロメを、少しばかり恨めしく思うのも仕方ないではないか。
そう思い、軽く睨むと、サロメはそんな事よりも、違う事に気を取られているようだった。
目の前のハロルドの顔を見ながらも、視線はハロルドを通り越し、別の事を思案している表情をしている。
「カーレルは・・・。」
「ん?」
「いつも、お前にそんなに厳しいのか?」
「・・・・・。」
きょとん、とハロルドはサロメを見返す。
「厳しい・・・かしら?そう思う?」
「・・・ああ。もっと・・・甘やかすだけ、甘やかしているのかと思っていた。」
「・・・・・。」
その言い方に、ハロルドはひっかかるモノを感じる。
「正しいことと間違っている事を、厳しく躾ける事が甘い、というならその通りだと思うけど・・・。あんたの言っているのは、違う意味?」
「・・・・・。」
今度はサロメが口をつぐむ。
そして、自然を装いながらも、不自然に顔を背ける。
思わず、余計な事を言った、その表情がそう語っている。
その時、初めてダイクロフトでサロメに対して感じたものが、再び、ハロルドの脳裏を過ぎった。
あの時、やはりカーレルの話題が出て、サロメの表情は微妙に変化した。
それを見て、ハロルドは思ったのだ。
「あんた・・・。」
声に出すと、サロメはハロルドに向き直る。
次にくる質問を予測している顔で、それでもハロルドを見返してくる。
今、聞きたい事を聞いても、サロメは答える。
そう、ハロルドは思った。
「・・・もしかして、兄さんと、知り合いなの?」
「―――敵襲だ!!」
「―――――!」
いきなり飛び込んできた叫び声に、ハロルドもサロメも同時に腰を浮かせた。
立場の違いから、片方はなんてタイミングが良いの!と思い、片方はそのタイミングの悪さに舌打ちした。
今は、サロメの自室だ。
幽閉されていた部屋の、監獄のような変な設備はここにはない。
サロメはハロルドの手を取り、手早くロープで両の手首を結ぶ。
それを柱代わりに、頑丈そうな何かの機械に結わいつける。
その間、無駄な抵抗はハロルドもしなかった。
今、この状況でサロメが自分を縛るのは当たり前、だと達観している態度だった。
「・・・動くなよ。」
言いながらも、サロメも無茶な話だ、と思っただろう。
好機だというこの時に、ハロルドが大人しく、ここにひとりで留まるわけもない。
たとえ縛られていても、なにかしらの行動にでるに決まっている。
それでも、立場の問題から、サロメは言わざるおえない。
「うん、分かった。」
嘘です、と言わんばかりの口調で、ハロルドは答える。
口先だけで答える事に、別段、なんの計算もなかった。
演技して不安そうにでもしてみたところで、サロメを騙せる訳もない。
ここにきて、今、この瞬間、完全にお互いの考えていることが分かった。
対極にいながらも、同じものを共有した。
サロメはそれきり、ハロルドになにも言わなかった。
ただ、部屋を出て行く一瞬、ちらりとハロルドを振り返った。
その表情を見送り、ハロルドも思う。
これが、最後の晩餐だったのだ、と。
アンズスーンよりも、何倍も巨大なダイクロフトを間近にみて、アルトレットはその姿に畏怖すら覚えた。
機械城、という呼び名がまさにふさわしい。
それは基地というよりも、国、そのものだ。
そこには人であって人ではないものが住み、あらん限りの贅をつくし、地上を見下ろす。中に入れば、二度と出てはこれず、住人たちに魂までも食われてしまう。
アンズスーンから物資を携えてやってきた、と連絡をすると、すぐに飛行艇の為にダイクロフトの格納庫の扉が開いた。
それをほくそ笑みを浮かべ、アルトレットは眺める。
積年の思いが、今こそ叶えられる。
貧困の地上軍には飽き飽きしていた。
あの年下の生意気な小僧どもが、自分と肩を並べているのにも我慢できなかった。
いずれ、見返してやろうと思っていたが、その時、良い事を思いついた。
地上を捨て、自分も天上に行くのだ。
その時は手土産に地上軍の最高機密を持っていけば良い。
自分の地位も優遇され、すでに勝ちが決まっている天上軍の誇るダイクロフトで、この世の春を謳歌できるというものだ。
「ご苦労さまです。」
すでに知れているのか、天上軍の若い兵が、アルトレットに対し、敬意を評した。
目上の者にする敬礼をし、従うように後ろをついてくる。
その後ろには、拘束されたハードビー以下、地上軍の兵士たちがついてくる。
その姿を見て、アルトレットはみじめなものだ、と笑った。
今、彼らの命運は自分の手の中だ。
しばらく案内され、その先に、今回りにいる兵たちよりも高位らしい初老の男が、自分に対して敬礼をしているのが見えた。
「ご苦労だったな。アルトレット元中将。」
尊大な態度で、じろりと値踏みするようにこちらを見ると、一言、そう言う。
「・・・・・。」
なんと返したものか、アルトレットは言葉に詰まる。
そして、まあ良い、と自分に対して心の中で言い聞かせる。
寝返ったばかりの自分に良い印象ばかりの者がいる訳もない。狭心は許してやらねばなるまい。いずれここでも、目にものを見せてくれる。
「これが地上軍の貴重な物資、という訳か?」
男は言い、飛行艇の中に詰まれていた、大きなコンテナ数個を顎でしゃくって指した。
そのコンテナは、それを運輸する為の飛行艇が2機も用意されたほどの大きさと量だった。
「そうだ。」
負けぬほど横柄な態度で、アルトレットも答える。
男は、ふん、と鼻で笑うと、顎でついてくるよう、アルトレットを促す。
その態度に、アルトレットは腸が煮えくり返る思いをする。
後ろでは、拘束されたハードビーたちが連れて行かれるところだった。
それを目の端の捕らえ、アルトレットは不本意ながらも男の指示に従おうと、コンテナに背を向けた。
そのコンテナを開く、重厚な音が格納庫に響いた。
その時
「ぐぁ―!!」
兵の悲鳴が聞こえ、驚いてアルトレットと男が振り返る。
同じくして、大勢のときの声が、格納庫の壁を揺るがすほどに響く。
「――な・・・!?」
そのまま、アルトレットは絶句した。
コンテナの中から、大勢の兵士がなだれ込んでくる。
まるで何もないところから、瞬間的に湧き出てきたかのような兵たちは、どどど、という足音を響かせ、天上軍兵に襲い掛かった。
「ど・・どういう事だ!?」
男が怒号をあげ、アルトレットを突き飛ばした。
そして、自分も剣を抜く。
壁まで突き飛ばされ、そこに座り込んだまま、唖然とその姿を、アルトレットは見る。
なにが起こっているのか、理解ができない。
だが、アルトレットが自分を失っていようといまいと、状況は変化する。
すでに格納庫は戦場と化していた。何人もの兵たちが、恐ろしい声をあげ、斬りあっていた。それはすでに格納庫のみに留まらず、ダイクロフト内部の他所にまで飛び火しているようだった。
目の前に、天上軍兵の体が倒れてきて、アルトレットは我に返る。
自分もこの戦いに参戦しなければ。そうして勝たなければ生き延びる術は他にない。
そう思い、倒れている兵の握っている剣を奪おうとする。
だが、よほど強く握っているのか、すでに事切れている兵の手は剣を握ったままで開かない。
無理やり開かせようと指の間に手を入れた時、後ろで静かな声がした。
「アルトレット中将。」
それは静かながらも、怒りが含まれ尚且つ、冷たい声だった。
アルトレットは振り返り、自分を見返している男を見る。
「・・・お前はたしか・・・。」
「地上軍大佐イクティノス・マイナードです。」
大音声が天上から降り注ぎ、それで地上軍は、外殻の上で大事が起こった事を核心した。
「・・・始まったな。」
腕を組んだまま、静かにリトラーが言う。
その傍らで、その言葉を受けカーレルも答える。
「・・・ええ。」
そして、自分の思惑通りに事が運んでいる、という事を喜ぶべきか、落胆するべきなのか、と思った。
「・・始まりましたね。」
「どうしてお前が・・・。」
アルトレットはあえぐように言う。
この男は、自分よりも下位ながら、優秀であると知られている。アルトレットも一目置いていた。
だが、今回の作戦の参加者には名前が挙がってなかったはずだ。
「我々はコンテナの中に潜んでいたのですよ。」
抑揚もなく冷たいままの口調で、栗色の髪、栗色の瞳のイクティノスが言う。
「コンテナ?」
「あなたが天上軍に寝返り、地上軍の物資をダイクロフトまで持ち込むだろう、とカーレル軍師は読んでおいででした。」
「・・・・・。」
一瞬、あ然とした後、アルトレットは猛烈な怒りの表情を浮かべた。
では、自分はあの小僧の手のひらで踊らされていた、という事か。
アルトレットの手が屈辱でワナワナと震える。
その時、すさまじい爆発音が響いた。
ダイクロフト内部ではない。外、しかも、離れた位置だ。
「アンズスーンは爆破しました。」
それを聞き、淡々とした口調で、イクティノスは言う。
「アンズスーンを・・!ばかな・・!」
それを聞き、ありえないことだと、アルトレットの顔色が変わる。
アンズスーンはこれから地上軍の基地となり、ダイクロフト攻略の拠点になるのではなかったか。
「自分の功績に執着するあなたには理解できないかもしれませんが、カーレル中将は、こちらの手に落ちた時からすでにアンズスーンを見限っておられました。維持するのではなく、徹底的に破壊すべきだ、とね。」
おしゃべりは終わりだ、とでも言うように、アルトレットの目の前に剣が投げ出される。
イクティノスは言った。
「丸腰のあなたを斬るのは、いささか卑劣だと私は感じざるおえない。正々堂々と勝負、といきましょう。その上で私はあなたを地上に連行し、軍法会議にかけさせていただきます。」
アルトレットは剣を手に取る。
情けをかけられたも同然だが、今はそんな事に拘ってもいられない。
この場から逃げ出さない限りは、自分の末路は決まっている。
いかに戦局が有利に見えるような時でも、それが状況によっては却って不利な場合がある。
今回、アンズスーンが地上軍の手に陥落した時、誰もが、同じ外殻上に存在する基地を攻撃の拠点にすべきだと考えた。
軍師、カーレル以外は。
「今、攻撃拠点を天上に移したところで、こちらが長くはもちません。動員数も、それに伴い必要となる物資も、こちらにないのです。ダイクロフトを落とす前に、地上軍が力尽きてしまう。」
ならば。
アンズスーンを維持する事には拘らず、敵へのダメージを与える事を重要視した方が良い。
壊滅させるのが望ましいが、それができない場合、復旧に時間がかかる程度の規模の破壊はしておくべきだ。その間、地上への攻撃の手は緩まる。
そして、捕獲された自軍兵たちを取り戻す。
それが、今回の作戦の真の姿だった。
そもそも、カーレル自身、アルトレットがいずれは天上に着くだろうと、早い段階から警戒していた。
自尊心ばかりが強いアルトレットが、かなり年下の自分たちを疎んじていたのも、承知の上だった。
このチャンスを逃さず、天上につくだろうと予想して作戦を立てていたものの、心中は複雑だ。
アルトレットが裏切らず、そのままアンズスーンに留まるようならば、また違う作戦を取る手筈になっていたからだ。
・・・実際、アルトレットについて、天上軍についた兵など、ほとんどいない。
そういう風に見せかけ、コンテナに身を潜めた者、そうと気づかれないようアルトレットと共にダイクロフトに進入した者と役割は様々だったが、彼らには予め、本当の作戦の方を伝えてあった。アルトレットの裏切りがなければ良し、そうでなければ、当初の予定通りに行動せよ、と。
この作戦に配置する為の兵は、万が一、アルトレットに寝返り、こちらの真の目的を伝えられぬことがないよう、最新の注意を払って選出した。
全員が全員、天上に対して遺恨があるものばかり。
その選出をしている時点で、実際にカーレルは陰鬱な気分になったものだ。
これほどまでに、天上に傷つけられた者がいるのか、と。
そして、その傷を利用しているようでやるせなかった。
「ハードビー中佐。」
その中において、カーレルには、疑問を抱かざるおえなかった人物がいた。
彼が信頼にたる人物である事は間違いなかった。
それは、自軍が退却を余儀なくされた時、必ず、しんがりを務め、兵たちを守ってきた事でも証明されている。
だが、自分の失態の責任とはいえ、降格された事で、軍に思うところはないのか。
「そんなものはある訳もない。」
カーレルの質問にその時、ハードビーは答えた。
相変わらず、表情は暗く、顔色も優れなかった。
口調も淡々としていて、覇気はなかった。
だが、そんな質問をされた事を、面白くないと思っているのが伝わってきた。
「そうですか?あなたが、1年ほど前、率いていた部隊を壊滅させたのは事実ですが、それまでのあなたの功績は目覚しいものがありました。その後もです。あなたは撤退する自軍に対してかなり貢献してきた。それは認められてしかるべきでは・・・。」
「くだらぬ事だ。」
「くだらない・・・。」
カーレルが聞き返すと、説明するのも面倒だと言わんばかりにハードビーは言う。
「地位も名誉もなにも欲しくない。私が望むのは・・・もしも、取り戻せるのだとしたら、本当に望むのは、私の為に失わせてしまった部下たちの命だ。」
ハードビーは言い、もうこれ以上何も語るべき事はない、というように目を閉じた。
カーレルはその時の事を思い出し、ハードビーの無事を、その他の兵の無事を、捕虜奪還の無事を、祈った。
そして、こういう時は、黙って待っているしかない軍師の立場を、少しばかり、嫌なものだ、と思った。
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