7

 

 

 

 

 サロメが自室を出て行ってしばらくたつと、廊下からは人の気配が完全に消え失せていた。
耳を澄ましても、機械城を維持するための動力音だけが絶え間なく響いてくるだけで、人の足音らしきものは何も聞こえない。
たぶん、攻め入ってきた地上軍を迎え撃つべく、ほとんどの兵がそちらに向かったのだろう。


 柱に縛られた手首を返し、ハロルドは袖口に隠してあった、時計の小さな歯車を出して、それをロープに当てる。
ぎこぎことカッターの刃代わりにして、少しずつロープに傷をつけながら、まさかこんな事に使うとはね〜と、少しばかり情けなく思った。
ハロルドは部屋を変えられる度ごとに、与えられる時計から、少しづつ、部品を集めていた。
脱出する手順を考え、その為の何かを作ろうと計画していたのだ。
何か、とはまだ、具体的なカタチになっていない何か、だ。
なにしろ、まだ先は長いと思っていたし、その間の格好の暇つぶしにしようと考えていた。
すぐにその暇つぶしの材料を消費してしまうのはもったいない。
だから、もったいぶって楽しみを先延ばしにしておいたというのに・・・。
逆に、その楽しみの前に、状況の変化が訪れてしまった。
サロメに隠れて集めていた部品はもはや、この程度にしか使い道がない。
・・・それとも。
ハロルドは思う。
サロメはあるいは、部屋を変わる度に、時計の部品がなくなっている事に、気がついていたのかも、しれない。

 ぶちっ。

 思っていたよりもあっけなくロープはほぐれ、思いっきり力をいれると、手首の痛みに見合わないような軽い音をたてて、ほどけ始めた。
ハロルドはロープを口でたぐりよせ、緩ませる。
くにくにと手首をくねらせ、さらにほどくと、やがて力をなくしたかのように、ぱらり、とロープが床に落ちた。
ハロルドは短い間でも縛られていたことと、力を込めてひっぱった事で痛くなった手首をさすりつつ、そうっとサロメの自室から外の様子を伺う。
やはり、回りには人がいない。
こんな短期間に、人気がなくなるほど総動員しているところを見ると、地上軍の襲撃は、ここから比較的近いところで行なわれているのだろう。
わざわざ遠い場所から兵を向かわせるバカもいない。
サロメの自室を抜け出し、ハロルドは、口笛を吹いた。
状況はこちらに有利、と見た。

 

 

 

 


 「いくぞ!私に続け!」

 自ら号令をかけ、それに続くときの声を聞きながら、気後れしてなるものか、と青年大尉は自分自身を奮い立たせる。
なにも実戦は初めてではない。
いつものように落ち着いて、判断を誤らなければ大丈夫だ。
奪還するべき捕虜になった同士の姿を求めて、それだけで部屋になりそうなほどの広い幅の廊下を走りながら、大尉は自分に言い聞かせるようにして、何度も同じ言葉を心中で繰り返す。
逆に、彼の配下の兵たちは、どれも若年で戦闘経験が少ないが、それでも血気盛んな分、思わぬ功績をあげることもあるものだ。
負けてなるものか、と思う。
青年は自分で、自分の詰めの甘さを、十分に自覚していた。
同じ入隊時期の兵たちよりは出世してはいるが、それも、偶然によって功績をあげることができたからだ、と思わないでもない。
出世そのものを目標としている訳ではない。
憧れは若くしてその地位に収まった中将のディムロスである。入隊以来、彼は憧れで目標であった。
少しでも彼に近づきたいと、中枢に入る事を願っていたところに、先の戦闘での思わぬ出世。ここで手柄をたて、名を挙げておかなければならない。
それが良くない事だと気がついていても尚、青年には、功を焦る気持ちを留めることができないでいた。
だが、戦争は、本当の意味での戦闘は、怖い。
その恐怖が胸のうちにあるのも、事実。
それは誰にも悟られたくない。


 その時、小さな悲鳴が、彼の後ろからあがった。
見れば、目の前の角から、小さな刀を持ったような姿の機械仕掛けのモンスターが、一直線になって湧き出てくるように現れてきた。
青年は、一番手前にいたモンスターを薙ぎ払う。
一瞬、たじろいだ彼の部下たちも、それに勇気付けられたのか、いっせいにモンスターに立ち向かって行った。
辺りには、なにかがつぶれる音、倒れる音、人の怒号、悲鳴、それらが入り乱れる。
それと同時に、戦闘特有の、うかされたような高揚感。
己の命を懸けているというのに、どこか現実感がない、その感覚。
いや、やはり中には恐れを感じている者もいるらしい。
青年の視界の端で、壁際で震えて見ている年若い兵の姿が見えた。

 モンスターの攻撃はキリがなかった。
一群を倒すと、また新たな一群が加わる。
だが、それにもめげず、青年は剣を振るい続けた。
地上と天上の、最も優劣を分ける一線は、天上には己の手足となるような機械仕掛けのモンスター、そして地上軍に加える為のモンスターを製作できる、ということにあった。
もっとも、レンズを用いて人工的に創り上げたモンスターには、知能がない。
やつらには、誰が地上軍で、誰が天上軍かは関係ない。
故に、どちらの兵も入り乱れるような戦闘の場では、プログラミングされた機械仕掛けのモンスターを用いてくるのが、天上のやり方だ。
今もどこかで、人工的に創り上げたモンスターが動いてはいるのだろうが、この場には現れてはいなかった。
だと、いう事は・・・。


 「ええい、どいつもこいつもふがいない!!」
やがて廊下の奥から、この場を鎮めようと何人もの天上軍兵士たちが駆けつけてきた。
彼らは剣を構え、機械と格闘する地上軍を見据えている。

 ついに来た・・・。
と青年大尉は思った。
できれば、このまま兵とはやりあいたくなかったのだが、こちらの都合に合わせてくれる訳もない。

 彼は、モンスターとやりあうのは怖くない。
命を懸けている分の恐怖というのはもちろんあるが、だが、モンスターとの戦闘では己の度量に頼るところが大きい。
だが。
兵と、やりあうのは・・・。
人間を斬るのは、心理的な圧迫感を伴う恐怖がつきまとう。
彼が心底怖いのは、彼が怖い戦闘とは、つまりは、そういう事だ。
相手が人間ならば、斬るのも、斬られるのも、怖い。


 機械仕掛けのモンスターを倒した時、その後ろから、天上軍兵が、彼に向かい、斬りかかってきた。
それをよけ、思わず目をつぶりながら、腕を思いっきり横に薙いだ。
重い手ごたえと、ざらり、とした感覚。
目を開けると、目の前で、兵がどうと倒れるところだった。
その腹の部分から、自分が切りつけた傷が、ぱっくりと口を開け、大量の血を吐き出していた。

 青年は思わずたじろいだ。
一瞬で悪寒が背筋をあがり、吐き気がこみ上げてくる。
だが、まるで悲鳴のような声をあげて、後ろから斬りつけてくる兵に、反射的に剣を振るってしまう。
兵が倒れる。
もうやめたい、と思っても自分の意思が尊重される事はない。
次から次へと敵兵は自分に対して向かってくるのだ。

 
 「ほう・・・。」
その声に後ろを振り向くと、天上軍の将校らしい男が、自分を見据えていた。
「いきなりふたりを斬り倒すとはな。名はなんという?」
「・・・ピ・・・ピエール・ド・シャルティエだ!」
「私は天上軍大佐、オルドルイ。お前の相手は私がしてやろう。最も、お前では私の足元にも及ばぬが。」
「・・な・・なんだと!?」
その侮辱的な言葉に激高するシャルティエに対して、オルドレイは嘲りの笑みさえ浮かべる。
自分に分がある、と確信しているものの、余裕だ。
「お前の戦い方は、闇雲に腕を振っているだけだ。無駄が多い。まだまだ若輩者だな。」
「黙れ!!」
シャルティエは、諦めのような気持ちを一瞬感じた後、生き残る為に、それらの感情を麻痺させて、オルドレイめがけてつっこんで行った。


 一撃目は交わされた。
次の攻撃はこちらが交わした。
オルドルイは自らそう言ったように、相当の手誰だ。
自分との力量の差が、たった少しの間、対峙しただけでも明白に分かる。
シャルティエは、焦りを覚える。
恐怖が、同時に湧きあがってくるのを感じる。
人を斬るのは、嫌だ。
だが、そんな事を言っている余裕もない。
オルドルイはシャルティエの剣先の行方を確実に読んで、その隙に踏み込んでくる。
一歩、シャルティエが下がる。
次の攻撃を仕掛けるまでの間に、また、一歩。
このまま、このままでは。
斬り殺されるのは、もっと嫌だ。


 オルドルイの攻撃を受けても、それ以上、シャルティエも譲らない。
両者の間では、一瞬たりとも気を抜けない状態が続く。
何度かぶつかり、剣を交え、睨みあった後、両者はお互いを突き飛ばすようにして、間をとった。
肩で息を整えなければならないシャルティエに対し、オルドレイは余裕だ。
次の一撃の為に、ゆっくりと剣を構えなおす。
それに対して、シャルティエも剣を持ち直した時・・・。
バラバラ、と十数人の足音が響いてきた。

 天上軍の援軍か、とシャルティエは悟った。
こちらは人数も少なくなってきている上に、激戦で皆、疲れがでてきている。万事休すだ。
援軍と思しき一群は、全員が黒い服を着ていた。
それが目の端に映る。
間を空けていたオルドルイの視線が、一瞬、確認するようにそちらに反れた。
つられるように、シャルティエも、そちらに注意を向ける。


 ほんの一瞬とは言え、見えたのは。
全身を黒い色で覆い、一群を従えて、悠然と腕を組んで立っている人物。
細い体躯は、まだ、少年のもののようにも見える。
援軍としてきたにしては、いきなり戦闘に殴りこむのでもなく、その場の優劣を見極めようと成り行きを見守っている。
あまりに冷静だ。
冷静すぎて、静かな印象すら受ける。

 

「――――化け物が。」

 舌打ちと共に、オルドレイが囁いた言葉を、シャルティエは聞いた。
我に返ったシャルティエが、剣を構えなおしてオルドルイに向き直ったが、その必要はなかった。
「・・・なっ!?」
オルドレイは、戦闘をやめた。
シャルティエに背を向けその場を去って行ってしまう。
まるで、気分がそがれたから、遊びを切り上げる子供のようだ。
その後ろから斬りかかるほど、シャルティエは卑怯ではなかった。
それに、あまりの展開に、言葉もなくオルドルイの後ろ姿を見送ってしまう。

 化け物?

 
 戦闘をきりあげるオルドレイに気がついた何人かの兵が、それに続くように、その場を去っていった。
彼らはまるで逃げるように援軍のいる反対方向の廊下を走っていく。
それとは対照的にきたばかりの、誰も彼もが黒衣を身に纏った兵たちが、去る兵と入れ替わるように地上軍を迎え撃とうと剣を抜いていた。
黒い一群は誰も言葉を発しない。
それがまるで死神のようで、不気味に、恐怖心を煽る。
「――ええい!」
その恐怖に耐えかねたのだろう。
地上軍の誰かが黒い一群に切り込み、それを合図に再び、そこは戦闘の場と化す。


 戦闘の中、シャルティエは、始めに見た人物の姿を探した。
たぶん、この隊の指揮官なのだろう、その人物。
彼を討ってしまえば、勝機が見える。
狙いを彼だけに絞る、と決めた。
この隊の指揮官である自分が、彼と対峙するのは当然だ。


 だが・・・。


 敵味方が入り乱れる激しい戦闘の中、シャルティエは小柄なその人影を見つける。
 
 「待て!!私が相手だ!!」

 
 シャルティエの声に、地上軍の兵を倒したばかりの黒衣の指揮官が、たった今、血でぬれたばかりの剣をそのままに振り返る。
その仕草は、けっして反応が遅い訳ではないのに、優雅に見える。


 ああ、なんて。


 睨むでもなく、見据えるでもなく、相手はシャルティエを見返してくる。
まるで、そこにいるのを確かめるだけの仕草のように。


 なんて、綺麗なんだ。

 さっきのオルドルイが言った言葉は嘘だ、と思う。
こんなに美しい人間のどこか化け物だというのか。
それほどに、この人物は綺麗だ。
美しすぎて、恐怖すら感じるほどに。


 シャルティエは、黒衣の人物、目掛けて、剣を振るった。

 

 

 

 

 一度、外へと足を踏み出そうとしたものの、再び、ハロルドはサロメの自室へと戻る。
今の自分は武器の類は何も持っていない。
戦闘が始まっている中に向かおうというのに、あまりに無防備だ。
脱出の足がかりに、まずはサロメの自室で、武器を調達することにする。

 探すと言っても、時間はそんなにはかからない、と思えた。
サロメの自室はそっけないほど、何もなさ過ぎる。
とりあえず、ここらへんか?とあたりをつけ、ハロルドはベッドの横のデスクに近寄っていく。
この部屋の配置は、ラディスロウのカーレルの部屋に似ていた。
デスクの上は、なにもなかった。
書類などが放置されていれば好都合だったのだが、その手の類のものも見当たらない。
ハロルドを自室に入れる前に片付けたのか、元から持っていないのか。
とりあえず、ハロルドはデスクの引き出しに手をかける。
鍵がかかっているなら壊すしかないと思っていたのに、それはあっさりと開いた。
中を物色しようと覗いてみるが、物色するもなにも、あっけないほど、ここにもなにもない。
ただ、紫色の更紗の布に包まれたものと、小さな小箱が、そっと入れられているだけだ。

 「・・・・・?」
ハロルドは、手のひらに乗るほどの大きさの、紫の包みを手に取る。
重さも対してなかった。
だが、布の上からでも分かる、その感触。
そっと布を捲って出てきたのは、やはりレンズだった。
「・・・・・これ、かなり純度が高いわね。」
正確な密度はコンピューターで測定してみなければ分からないが、透かしてみただけでも、中で屈折する光は見当たらない。
レンズの性能度は、レンズがいかに純度を保っているかに左右される。
中に不純物が含まれれば光を屈折させ、光を分散させるために透き通って見えることはない。

 そのレンズを片手に、ハロルドはしばし、考えをめぐらせる。
これほどの純度の天然のレンズ、というのはめずらしい。
まだ、レンズそのものに対する認識が浅く、最近になって研究が進められた為に、一般には知られた法則ではないのだが、実はレンズは消耗品なのだ。レンズそのもの、というよりもレンズの出すエネルギーというのは使えば、いずれは枯渇する仕組みになっている。
そしてそれはレンズの質により大きく違ってくる。
大きいもの、純度の高いものが性質が良いとされ、摂取できるエネルギー量も、枯渇するまでも期間も、それによって左右されているという訳だ。
ハロルドが作成中のソーディアンなどは、これ以上の高密度を要求されるが、それを天然のままのレンズで得ようとするのは無理だ。
人工的に、レンズそのものにも手を施す必要がある。
今ここにあるレンズは、もちろん、ソーディアン用に求めている高密度レンズには及びもしないが、それでも、ここまでの密度を誇るものを見たのは、初めてだ。
科学者としての好奇心から、しげしげとハロルドはレンズに見入る。

 サロメはこれを使っているのだろうか。


 サロメに会うまで、ハロルドは晶術を目の当たりにする事はなかった。
そういうものが使えるはずだ、というのはハロルドがレンズの研究を進めるうちに気がついた論理だ。
未だに、同じ科学者でさえ、おとぎ話の類だと思っている向きがある。

 晶術を使えるものはいない。
レンズの特製を発見したハロルド自身、これから自分で体系化しようと思っていたのだ。
仕組みは分かっているし、原理はそれで間違いない、という自信はあるが、実戦はまだだ。
だが、すでに科学者でもないサロメが、その原理を利用できているとすると・・・。


 おっと、とハロルドは我に返る。
今は、それどころではない。考えるのはいつでもできる。
絶対に武器ではなさそうだが、それでも好奇心に勝てず、ハロルドは引き出しの中の小箱に手を伸ばす。
小箱にも別に鍵の類はついてなかった。
フタをかぶせるだけのシンプルな、木製の箱だ。
それを開け、ハロルドは中を見る。
「・・・なにかしら?ブローチ?」
中にあったのは、同じような紫の布のうえに、そっと置かれている宝飾品だった。
全体は蔦が絡まるようなデザインで、真ん中には、淡く青白く光る宝石が施されている。
裏をひっくりかえしてみると、そこは針ではなく、止め具になっていた。
「・・・ブローチじゃないわね・・・。これは・・・髪留め?」
髪が短く、いつでもはね放題にさせているハロルドには、あまりなじみがないが、アトワイトなどが、時々、つけているのを目にする。あれと同じ種類のものだろう。

 ・・・サロメがこれを?

 大事に保管している、というよりも、封印している、と言った感じに近い。
そうハロルドは勘で察した。
知らないほうが良いもの、という感覚。
それは、深入りするな、と頭の中で警告する。
それを知ったら・・・深みに嵌るだけだ、と。
だが、そんなものは。
あったとしても、なかったとしても、それで結果を招く事などありえない。
きっかけというのは、足がかりにすぎないのだから。

 

 

 

 

 

 彼は、オルドルイ以上の強敵だった。

 斬り込ませまいと必死に剣を払いながら、シャルティエは息を切らす。
弧を描くような無駄のない剣筋を、掠めるように避けて、一瞬でひやり、となる。
無言の彼の剣技は美しい。まるで舞踊のようだ。
命と命を掛けながらも、シャルティエはどこか現実感のないものとしてそれを見ている。
模範演技を見せられている時と同じだ。
あまりにも完璧すぎて、計算された軌跡を剣先が紡いでいるだけのようにも感じられる。

 「・・っ!」
黒衣の人物の切っ先が、シャルティエの腕を捕らえた。
掠っただけで、深くは斬らせなかったが、冴えている剣はそれだけで、切り口も鮮やかだ。
ほんの一瞬後に追うようにして感じた鋭い痛みに、思わず、顔を顰める。
少年がもう一度、剣先でシャルティエを薙いだ。
今度は、かすることもなく、それをかわす。
だが、大きく退いたために、体制を崩し、そのタイミングを逃さず、相手の剣が、シャルティエの喉下を狙って繰り出される。

「・・・わ!」
だが、それよりもシャルティエが本格的に体制を崩す方が早かった。
足を滑らせ、床に倒れこむことで、剣先がシャルティエから遠ざかる。
シャルティエは思わず、仰向けに倒れる体をささえようと、相手の胸倉を掴んだ。
とりあえず、目の前にあったから手を伸ばしてしまったのだが、それで相手も体制を崩す。
剣技を繰り出そうとしているところへ、いきなりの重さがかかり、とっさに体を支えることができない。
そして、一瞬。

 「――――!?」
 
 わずかに、どすん、と床が響いたような気がした。
まわりの兵も、いきなりの振動に、もつれるようにもんどり打った。
空に浮かぶ機械城に地震があるわけもない。

 
 「わわ!な・・なんだ!?」
新たな攻撃か!?とシャルティエは身構えたが、その時、怪訝そうな黒衣の少年と目があった。
たった今まで戦っていた相手が、沈黙のまま、シャルティエの顔を見ている。
我に返ると、シャルティエは、相手の胸倉を掴んだままだった。
手のなかには、なにか硬いものの感触。
少年が服の中に入れていたものを、とっさに掴んでいたらしい。

 「・・・おまえ・・・。」
「?」
剣を交えていたことも忘れたように、少年がシャルティエを凝視している。
そういう視線をなぜ、自分が受けているのかシャルティエには予想もできなかった。
吸い込まれそうなその紫の瞳が、わずかに動揺して揺れている。
「・・えっと・・・。」

 

 


 「撤退するぞ!!」

 シャルティエの耳にもその声が届く。
地上軍に退却命令が出た。
地上に戻る為の飛行艇まで引き上げる時がきた。
捕虜たちはこちらの手に戻ったのだ。
いつまでもダイクロフトにいる訳にもいかない。

 「くそぅ・・・。」
できれば捕虜になっている同士を無事に救出する役目は自分がやりたかった。
シャルティエは小さく歯噛みする。
だが、撤退するには、まず、目の前の黒衣の人物を突破しなければならないと思い出し、そんな事を悔しがっている場合でもない、と悟る。
相手は相当の剣の使い手だ。
果たして、無事に退却させて貰えるかどうか。


 少年は格納庫へ戻る道を背にして、剣を構え、うっすらと笑った。
こちらの状況も心情も読まれている。
彼の表情を見たとたん、シャルティエには、どうしても、自分の力量で叶う相手とは思えなくなった。
心が負けを認めると、絶対に勝機はつかめない。
そう思っていても、勝てる気がしない。
死に物狂いで打ち込めばなんとかなるだろうか。
自分はこのまま、ここで果てるのだろうか。

 

 


 その時、いきなり、目の前に光が出現して、少年とシャルティエの間に落ちた。
それはまさしく光の弾さながらのスピードで、空気を切り裂き、ふたりの間に割って入る。
それは見た事もないものだった。
だが、なにかのアクシデントの類ではなく、明らかに自分か、少年かを狙っていたものだ、とシャルティエは察する。
先程の床が揺れた時のような新しい攻撃か?と身構える。

 「・・・・・・・。」
少年が不機嫌そうに、シャルティエの後ろに視線を向けた。
敵の視線が反れると、つられてしまうのはシャルティエの悪いクセだ。
この時も状況を忘れ、思いっきり後ろを振り向いてしまう。少年の罠だったとしたら、後ろから刺されていたところだ。

 

 「・・・ハロルド博士!!」

 視線の先に、遠くからでも分かる派手な色合いの戦闘服の小柄な女性が立っていた。
軍最大の問題児にして最大の頭脳とも呼ばれる、有名な双子の片割れを、交流がなくても知らないものはいない。
思わず名前を叫んで我に返り、シャルティエは少年へと慌てて視線を戻す。
今になって対峙していた相手を思い出しての行動だったが、少年の方はもうシャルティエを忘れてしまったかのように、まっすぐハロルドへと視線を向けていた。


 コツコツと少し早いテンポの足音を響かせ、ハロルドが近づいてくる。
敵地から逃げようとする捕虜にしては、焦っている様子は少しも見えない。

 「どう?デルタレイ、使ってみたんだけど〜?」
「・・・・・。」
「・・・へっ?」
ハロルドの緊張感のない口調に、シャルティエは面食らう。
しかも、それはどうやら、シャルティエが対峙していた黒衣の少年に向かっての発言らしい。
それに対しては、少年は答えない。代わりに、質問で返した。

 「帰るのか?」
「うん、帰る。」
「・・・・・。」
一瞬の間があった。
まるで立ち話でもしているかのような気軽な会話に、シャルティエはふたりが旧知の仲か?と思った。
敵同士の会話とは思えない。
「・・・ただで、帰すと思うか?」
「あらら。」
黒衣の少年の言葉に、ハロルドは眉を下げて両手を広げ、頭を左右に振って見せた。
「やっぱり?」
「当たり前だ。」
「う〜ん、じゃあ、仕方ないか。」
なにが仕方ないんですか〜?とシャルティエが聞いた声を軽く無視し、ハロルドが一瞬で、後ろへと下がった。
その行動の意味することが分かり、シャルティエは一瞬で青くなる。
「わわ!待って!ハロルド博士!!」
「デルタレイ!!」
先程飛んできたのと同じ光の弾が、綺麗な弧を描き、少年向けて、ハロルドの手のひらから放たれる。
それを少年は後ろにさがって、避けた。
シャルティエもわたわたとなんとか逃げおおせる。
初めて目の当たりにする晶術に、なにがなんだか分からないまでも、先程の光はハロルドの仕業だったのか、とシャルティエは納得をした。


 「シャルティエ!!」
「は・・はい!!」
すっかり傍観者の体で見守っていたシャルティエに、ハロルドの鋭い叱咤が飛ぶ。
「ボケっと見てない!!あんたは私を無事の地上に連れ戻すんでしょうが!」
それでシャルティエは我に返る。
他の捕虜は他者に先に奪還されたが、最も重要視されていたハロルド博士は、自分が守るのだ。
使命感がふつふつと湧き上がってきて、シャルティエは剣を握りなおす。
先程は、絶対に叶わないと思っていた相手だが、その思いも吹き飛んだ。
自分たちは、地上に帰る。
絶対だ。


 「デルタレイ!!」
ハロルドの放った晶術が、少年を目掛けて走ったが、少年の方は怯みもしない。
飛んでくる光の弾をかいくぐり、まっすぐにこちらに狙いをつけて、剣を振るってくる。
ハロルドの前に出て、少年の剣を受け、シャルティエも力を込めて押し返す。
ギィン、と剣と剣の間で火花が散った。
睨みあい、力では負けるものかとシャルティエが思った瞬間、左からきらりと光る剣先が入ってくるのが見えた。
寸でのところで、シャルティエは新しい刃を避けた。
少年は右手に長剣を持っている。左手には、それよりも短い剣を携えていた。
双剣が使えるらしい。
シャルティエの影からハロルドが走り出て、どこで調達したのか、短剣を少年目掛けて振るう。
つっこんだ、というような体制だったが、それをあっさりと受け止められると、すばやくハロルドは体重を移動し、後ろ向けに、とん、と地面に着地した。
その隙を狙い、シャルティエが斬り込むがそれよりも早く、少年の剣先がシャルティエの肩に食い込んだ。
「・・・っ!」
戦闘の高揚感で痛みを感じにくくなっているのが幸いだった。
血が拭き出した肩に、シャルティエが思う。
だけど、後で絶対にものすごく痛むんだろうな〜。

 


 バァン!というものすごい爆発音とともに襲撃波を感じた。

 もくもくと煙のあがっている向こうから数名の地上軍兵が走りこんでくる。
その先頭にいる将校の顔には、シャルティエは見覚えがある。
激しい爆発に天上軍兵が怯んだ隙に、彼らは手を伸ばし、残っている地上軍兵へ退却の道筋を示して行く。
今のは、撤退する際の追っ手となってる天上軍を蹴散らす為の爆発だったらしい。
これで潮時だ、と察したシャルティエとハロルドは、格納庫に向けて走った。
追っ手はいくばくかはあるものの、爆破した各所の煙で視界を奪われ、戦闘意欲もなくしているようだ。
あっさりと叩き伏せられ、そのまま伸びてしまう者たちが後を経たない。
退却する地上軍を邪魔をするものはすでにいなくなっていた。


 煙が目に染みるのを我慢し、息が切れるのをかまわずに全力で格納庫へと走る。
近づくにつれ、兵は地上軍のものばかりになっていく。
格納庫へと走りこむと、思わず、助かったという呟きがもれた。
飛行艇は同士が守っていて無事だった。
その内部へと無事に走りこむと、すぐにエンジンのかかる音がする。


 「・・・どうやら、我々が最後だったようですね。」
爆破しながら、味方の退路を作ってくれた将校が、安堵の息と共につぶやいた。
「あ・・ありがとうございます。イクティノス大佐・・・。」
ごほごほと、吸った煙のせいで咳き込みながら、シャルティエが礼を言うと
「いいえ、これも任務ですから。」
とそっけなく答えが返ってくる。
顔をあげて飛行艇内をよく見ると、裏切り者のアルトレット中将が縛り上げられ、回りを兵に囲まれていた。

 飛行艇はふわりと浮き上がる感覚がする。
これで無事に地上に帰れる。
ここにきて、ようやくシャルティエも安堵の息を漏らす。
先程、斬られた傷がやはりずきずきと痛み出した。
しばらくは剣を振るえないだろうか。
疲れから朦朧としながら、シャルティエはぼんやりと考える。
そのまま視線を、飛行艇の窓の外へと向けると。

 格納庫の上段から、発進し始めた飛行艇のプロペラの風で外套をなびかせ、さっきまで対峙していた黒衣の人物が、腕を組んで、こちらを見ていた。

 シャルティエは彼の表情に注目する。
別段、悔しがっているようには見えない。
むしろ、帰って行く自軍の兵を見送りにきたかのような、達成感さえ感じさせる顔だ。
それとも、あれは諦めの表情だろうか。
一生涯、戦った相手としては、最も忘れられそうにない。
恐怖さえ感じるほど美しく、恐ろしく強い、黒衣のその人物。

 シャルティエの横から割り込むようにしてハロルドが窓の外を見た。
たぶん、同じように彼を見つけたのだろう。

 「・・・サロメ・・・。」

 溜息のような、そしてどこか寂しげな声で、ハロルドがつぶやく。


それは何者も恐れない天才科学者の、始めての弱音のように、シャルティエには聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

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今回は前回からの引きつづきで戦闘シーンばかりで、あまり物語としては進んでいません(汗)
ソーディアンチームで今まで名前もでなかった最後の人物が出来てましたが・・・予定ではこんなに出番がある筈でもありませんでした。でも、大活躍。 
そのシャルティエですが、ゲームの設定でも、気弱だの、劣等感のカタマリだのといわれていて、私もそのイメージはあるのですが、彼が、決して弱かったとは思っていません。 軍の中で少佐といえば、高位の方ですし、そこまで上り詰めたからには、それなりのものがあったはず。 なので、その人間的な弱さと甘さがどこにあるかを考えていたらこうなりました。 それはそれで嘘っぱちですが、人間臭いと思って微笑ましく見ていただけると大変ありがたいです(汗)
作中でてきたオルドルイという人は、この先、重要な役割を果たすとかもありません。 名前ないと不便だったから、つけただけ。 

さて、話としては、実はこれで第一部が終わった、というところ。
次回からは姫が地上に帰り、第2部ともいうべき違う展開になってきます。 まだまだ先は長い・・・がんばる。

(05’2.27)