願イノサキ

2

 

 


「彗星?」

 そういいながら、カイルは自分が一瞬、違う名前でそれを呼んでいたことがある、と思った。
口をついて出そうだったのに、考えると、名前が出てこない。
彗星が見えるという、ジューダスに向かって、リアラは、少しだけ寂しそうに言った。
「ううん。私には見えないわ。あなたには・・・とても忌まわしかったのね。それは記憶の中で重要な位置を示していた。時計そのものの役割をしていたんだもの。無理もないわ。」
「どういう意味だ?」
「その前に、ひとつだけ答えると、それは現実には浮いていないわ。あなたにだけ見えるの。幻よ?」
リアラははっきりと言った。
その言葉を聞き、ジューダスは少しだけ、ほっとした。

 彗星を見た時、あれが本物だったなら、滅亡を意味していると、悟っていたからだ。
幻で、自分ひとりにしか見えないのなら、問題はない。


 「あなたは神の代理者に蘇らされた、そう言ったわね?」
「ああ。」
「正確に言うと、レンズなのよ。その神の正体は。巨大で強大な力を持ったレンズ。私たちは、意志が宿り、人類を滅ぼそうとしたそのレンズを砕くことで、それを阻止しようとしたの。でも、同時にそれは・・・私とあなたの消滅を意味していた。」
「え!?だってリアラは・・・。」
「カイル。わたしが戻ってこれたのは・・・たぶん、この子のおかげなの。」
リアラは言い、首からさげていたレンズのペンダントを外して、皆に見せた。
「前の・・・現実で。わたしとカイル、あなたは、この子に願掛けをしたの。こうしてもう一度めぐり会える事を信じて。そして、わたしは戻ってこれて・・・・。ジューダスも戻ってきて。そしてね、最近になって、この子、わたしのところに戻ってきたの。空からふわり、って突然。」
まるで、天使が舞い降りてきたかのように、リアラは言う。
「だから、意味があるってわたしも思ったわ。なにかが関連して、この子がわたしの元へと戻ってきたって。わたしも、まさかフォルトゥナが復活したのか・・・なんて、ジューダスみたいに心配した。」
「それで、真相はなんだったんだ?」
ふふふ、とリアラが笑った。
「ねえ、残留思念って知ってる?」
「うん?あの死んだ人間の心残りってやつか?」
ロニがうろ覚えの知識を披露する。
「うん。それに近いわね。フォルトゥナは・・・最終的にはああなってしまったけど、本質はやはり、人を救う為に生まれてきた者よ?数々の奇蹟を行い、人に幸せを与えようとしていた。レンズとして本体は私たちが砕いてしまったけど・・・たぶん、人の願いには敏感に反応するのよ。人間の願いを聞き届けようという意思は、未だにどこかに残ってる。だって、時間を越えられるほどの強大な力だったんだもの。死んだといっても、何かの影響をこの世に残していてもおかしくはないわ。この子が、わたしの願いを聞き届けたように。その思念が、近づいてきてるのだと思うわ。」
「思念が近づく?って?」
もういっぱいいっぱいだ、という見るからに混乱したような顔をして、カイルが聞く。
そんなカイルに、リアラはにこり、と笑いかける。
「最終決戦は、彗星の中だったの。エルレインがこの星にぶつけようとした神のたまごの中。そしてわたし達が勝利を掴んだとき・・・・太陽と、神のたまごと、この星とは、直線上に並んでた。そして、今、この星は、太陽から見た調度その角度に近づいているの。もうすぐ、太陽と、一直線上に神のたまごがあった地点に、到達するわ。」
「え?え?だから、なに?」
「つまり、もうすぐ一年がたつ、と言う事だ。」
星は太陽の周りを一年周期でまわる。
同じ地点に到達する、ということは、ぐるりと回って同じ場所に戻ってきたということになる。
「未だに、その地点にはフォトゥナの思念が残っているのか?」
「いえ、思念というよりも・・・奇蹟を行なってきた力の片鱗だと思う。もうフォルトゥナは存在していないもの。でも、この子は・・・今は単なる普通のレンズと同じで、力もさほど残っていないけど、もともとはフォルトゥナの分身だもの。残っている力に近づくことで・・・たぶん、奇蹟を起こせるほどの力を一瞬、取り戻すんだと思う。」
「それで僕達に影響を及ぼした。」
「ええ、そうだと思うわ。」
そして、リアラが、顔をあげ、ジューダスと、ロニを見た。
「願えば。そして、それが届けば、彼女たちに会えるかもしれないわ。」
「・・・・・。」
「会いたくない?わたし、とっても会いたいわ。」

 会いたいか、会いたくないのかと問われても、答えられない。
現実感がないからだ。
実感を伴わなければ、感情もない。
リアラは、自分達が残りのふたりと親密な関係だったと言う。
だが、その当人である自分達には・・・・。
相手の姿は、ぼんやりとした霧の中にあるだけなのだ。
そんな人間を愛しいかと問われても、Yesとは答えられない。

 だが、そう思うジューダスの横で、ロニがぽつん、と言った。
「もう、会ってんだよな・・・。」
「え?」
「ロニ?なんのこと?」
「いやさ。もう・・・後の残りのふたり?もうひとりは知らないが・・・。あのガキだろ?ホープタウンって町にいた。赤毛の。」
「え?」
「弟の病気を治してやったじゃねえか・・・。」
お前、覚えてない?と言いながら、ロニはカイルを見る。
それに、はっとしたように、カイルが叫んだ。
「ナナリー!?」
「ああ・・・。」
その名前に、心のどこかで反応したのは、ジューダスも同じだった。
よく知っている名前だ。そう思った。
それが、現実に彼女と会ったという証拠なのだ、と頭の中で告げる声がした。
へ〜そうだったんだ〜、どうりであの時やけに思い入れしてたよね〜などと、カイルがロニをからかう横で、ジューダスは考える。
ロニほどはっきりした記憶は自分にはない。
その事に、複雑な気分になった。

 目をつぶり、思い出そうとする。
ぼんやりと、夢に出てきた姿を反芻する。
綿毛のようだ、と思った髪。
甘く幼い話し方の声。
だが、顔までは思い出せない。
名前も、わからない。


 「ジューダス?」
心配そうな顔で、リアラが見ていた。
ジューダスは頭を振り、そして、諦めた。
思い出せないものは、どうしたって、思い出せないのだ。
「ジューダス、あの人は・・・。」
「いい。」
言いかけたリアラの言葉を遮り、ジューダスは立ち上がる。
「いくら説明されても無駄だ。僕には、そいつの記憶はない。」
「でも・・。」
その人物を自分が愛していた、とリアラは言う。
だがそもそも、そんなことが可能だと、ジューダス自身には思えない。
自分は誰も愛せない。命を捧げた彼女以外を、この心の中に入れるとは思えない。
それは意地ではなく、未来への望みでも、彼女に対する誓いでもない。
現に、「誰も愛さない」そう思うと心は痛む。
だけど、どうしても、他の誰かを自分が愛せたとは思えないのだ。
「僕は、お前が考えているほど、そいつの事を思ってわけではないのだろう。きっと。」
そのひと言を言いながら、ジューダスは、酷い孤独感を味わっていた。







 「ねえ、あの川ってお話があるんでしょ?」
「どの川だ?」
「空に浮かんでる、星の大群。天の川っていうんだって聞いたけど?」
違うの?といい、振り向いてこちらを見る。
そうだ、というと嬉しそうに笑い、本当に川みたいよね、と言った。
彼女は、満天の星空とは無縁の世界で生きてきた。
「ねえ、それで、さっきの続き。」
「なんだ?」
「お話があるんでしょ?おとぎ話みたいなの。」
「うん?」
少し考え、7月7日に出会う、星の話があった事を思い出す。
バカバカしい話だ。星と星が出会うわけはない。
「あんたって、そういうとこ、可愛くないわよね〜。」
「光栄だな。お前に可愛いと言われるなど、ぞっとするだけだ。」
「なによ〜。」
ぶ〜と子供のように膨れる顔を見ていると、思わず笑みがこぼれる。
「あんなつくり話に興味があるのか?」
「そりゃ、絶対に天地神明に誓って・・・あら、やだ。私は誓いをたてる趣味はないんだった。ま、いいか。絶対にありえないことだけど〜?ちょっとロマンチックな話じゃない?」
「なにがロマンチックだ。似合わんこと言うな。」
「誰に似合わないのよ!この私ほど、ロマンチックは女はいないわ!」
「口を開けば実験、実験というような女のどこにロマンが似合うんだ。」
「なにを言ってるのよ。科学は、誰かの思い描いた夢を現実にする方法なのよ?ホラ、私にぴったり〜。」
「言ってろ。」
言いあいながら、今はつぼんでいる白い花畑の中をゆっくりと歩く。
ここでは、時間を意識することもない。
夜は永遠を思い起こさせる。そのことに安心する。
いつかは終わる。
それが見えていたとしても、忘れていられる時間が欲しい。
なによりも長く。
今は、気がつかないフリをし続けていたい。

 少しの間、相手の声が聞こえないことに気がついた。
ちゃんとついてきているか不安になり、振り返ると、空を見上げながら、少し離れたところで立ち止まっていた。
「なにをしている?行くぞ。」
「あ、うん。・・・きゃ。」
慌てて歩き出そうとしたからだろう。
夜の空気にひんやりと冷えた草に、足をすべらせ、その小柄な体が、沈んだ。
「おい。」
その姿に呆れて、それでも数歩、戻ってやる。
まるっきり子供の相手をしているようだな、と思いながら。
「大丈夫か?」
「うん。」
対した怪我をするほど、派手に転んだ訳でもない。
そう思って軽く言葉をかけたのだが、返事は聞こえたが、立ち上がる気配はなかった。
「どうした?」
訝しく思いながら、もう一度声をかけると、小さな綿毛のような頭が、自分を見上げる為に角度を変えるところだった。
その表情は、先ほどと打って変わって、ひどく不安げだ。
「運命の時がきて・・・。」
「なんだ?いきなり。」
そう言いながら、どきりと胸がひとつ鳴った。
そして、追従するように、切なさと、焦りとが沸きあがってくる。
「離れ離れになってしまっても、私、あんたのこと、忘れない。」
「・・・・・。」
どうやって、とは言えない。
もしも、明るい空の下で言われたなら、冗談めかしてそう返すことも可能だったかもしれない。
だが、今この全てが透明に、上から見透かされているような空の下では、とてもそんな事をいう勇気がでなかった。
「だから、あんたも忘れないで。」
その時の、切羽詰ったような瞳を見て。
切なさに、それに答えようと口を開いたとき、でてくるはずの言葉がでてこなかった。
名前が。
相手の名前が、どうしても出てこない。
よく知っているはずなのに。いつも、大事に口にしていたはずなのに。
「思いだけでどうにかなるのか?」
代わりにいつもの皮肉が言葉が喉から出てきて、相手はそれを聞くと、きょとん、とこちらを見た。
「なるわよ〜。」
そう言って、キラキラといたずらっぽく瞳を輝かせ、笑う。
普通なら、こんなことを言われたら、泣くか拗ねるだろう。
だけど、彼女は、挑まれたら受けてたたずにはいられない。
根っからの負けん気の強さ。
「大体ね。人間の思い込みの強さを侮っちゃいけないわ。特に女は思い込めば超常現象だって呼ぶんですからね!」
「女?」
「そ。私なら津波を起こすくらい訳ないわ。」
「それは違う話だろう。お前のはなにか変な装置がでてくるに決まっている。」
「なにを使っても同じでしょ〜?」
「同じじゃないだろう、この場合。」
まあね、と言い、満足そうに笑うと、こちらに向き直る。
「でもね。私は本当に忘れない。だって、たとえそれが何千分の1の可能性だったとしても・・・そんな数字に意味があるの?所詮は計算だもの。この思いの強さは、計算の中に入ってないのよ?」
「屁理屈じゃないのか?それは。」
「屁理屈でも理屈のうちです〜。だから、私は賭けてみる。それに実際にあった事が、全て無に戻るというのも、考えようによっては酷く乱暴な原理だわ。有から完全なる無へ。そんなもの、この世にはない法則よ?それが本当にありえるなんて、信じられないわ。」
こうなると独壇場だ。
なにしろ、この女は世界の法則も、解答も、もっとも多くを有している。
彼女があると言えばあり、ないと言えばない。
疑わずに信じ込める要素がある。
「だから、ね?」
彼女は言い、右手を差し出した。
その指に、小指だけが立っている。
「私はあんたを忘れない。そして、時間を超える方法を考えつくの。会いに行くわ。それが、どんな場所だったとしても。」
この戦いが終わったら、自分は消える・・・そう言いたくても言えない。
だが、そこで気がついた。有から無へなどありえない。その中には、自分の存在も含まれている。
それがフォルトゥナの力だったとしても「有った」以上、「無」には返れないはずだ。
今、彼女はそう言ったのだ。
「だから、あんたも忘れないで。だって、会いに行っても忘れられてたら、意味がないもの。」
「・・・・・。」
「約束して?あんな星だって、再会を約束されてるのよ?なのに、この私たちにはできないなんて事、それこそありえないわ。」
強い意志を称えた瞳が、それでも不安なのか、揺れていた。
「約束する。」
差し出された細い指を絡め、言う。
相手の瞳には、うっすらと透明な水が溜まっていた。
長いまつげに縁取られた菫色が、ぱちぱちと瞬くと、その水ははらはらと零れ落ちる。
こいつの涙を見るのは、2度目だな、と思った。







 星が、その日に近づいているのだな、と思う。

 このところ見る夢はますます鮮明で、回数も多くなってきている。
ぼんやりとしか聞こえなかった会話も、今でははっきりと聞き取れるようになってきた。
だが、それでも・・・。
その時は、はっきりと見えていた相手の顔は、朝になると思い出せなくなる。
記憶の波に攫われて見失ったようなものだ。

 夢を見れば、思い出す。
夢の中なら、相手が確認できる。
けれど、目が覚めてしまえば終わり。また、忘れてしまう。
このところ、その繰り返しだ。

 結局、名前を思い出せなかった。
抱き寄せた細い肩も、柔らかい髪を撫でた感触も残っているのに。



 どしゃぶりの雨の中、頭を冷やす為に、わざわざ濡れて帰ってきたジューダスに、ルーティは怒鳴って、それから暖かいお風呂と、部屋の暖かいベッドを用意した。

 夏が近いとはいえ、強い風と強い雨に長時間当たっていた体は冷えて、そのうえ、このところの体調の悪さもあいまって、案の定、翌日は熱を出した。
体調が悪いのは、なにも不摂生をしていた訳ではない。
精神的なものだ。
思いつめていた事が、体に影響を及ばした。


 「無様だな。」

 はあ、と息苦しい息の下で、ジューダスは自嘲する。
白い天井をぼんやりと見上げていたが、熱くなっている頭が、目がまわっている錯覚を起こすのを感じて、目を閉じた。
最近、弱くなったと感じる。
明らかに体力が落ちていた。
リアラが言うには、それも、星の周期の関係ではないかという。
モロに影響を受けるのは、わたしとジューダスのはずだから、と。
だが、もともと、フォルトゥナの聖女だった彼女と違い、その手から生みだされたものは・・・存在そのものに影響がでてしまったらしい。

 不安定な力の下にあって、「有」と「無」の間で揺れ動いてでもいるか?

 そう思い、目を閉じたまま、最近見た夢を反芻した。

 
 強いまなざし、菫色の瞳。
そういう、パーツの印象なら覚えているのに。
どうしてもそれがひとつにまとまらない。


「時を超える」と言っていた。
ならば、同じ時代に、生きている相手ではないのか?
では、一体、いつの時代の人間なのだろう?

 そんなことも分からない。

 星が一周期を迎えるまで、あとわずかだ。


 リアラは、願えば会えるかもしれない、と言う。
だが、今の自分がそれを願っても、叶うとは到底思えなかった。

 自分は約束を果たせなかった。
結局、覚えていなかった。
たとえ、会えたとしても、名前も呼べないのに、どの面をさげて会うという?
目の前にいても、そうだとわからないかもしれないのに。


 なにもかも、白々しく感じる。

 この焦りも焦燥感も、自分で自分を騙す為につくりあげた幻の感情ではないのか?
約束を果たせなかったことへの罪悪感が錯覚させているだけではないのか?

 すまない、と口の中で言う。
だが、語りかける相手の名前さえ、でてこない。
謝罪の言葉は行き先がない。

 どうせ願うなら。
邂逅よりも、その名前を。



 もう一度名前を呼べるなら、他の言葉をなくしても構わない。

 

 






Back  Next

前後編でなく、中編までできてしまった・・・(汗) おさまりませんでした(大汗)
ところで、前回、言い忘れた事があるのですが・・・・。 このお話の中では、ふたりは、すでに恋愛関係に落ちていることになってます。 今までの、どっちつかずの状態とは違いますね。
夢に追い詰まられているジューダスですが、前編では、リアラに怒って否定してたくせにいきなり、これ!!
ですが、ジューダスの中に眠る記憶が、どんどんと彼を揺り動かしているのです。 本人はそれに煽られて、段々、以前の自分に戻りつつある・・・。 だけど、そうは思っていても、実際にはっきりした記憶がないことに焦っている。そういう状態です。
後編は、本日の夜、アップします。

(04' 7/6)