「来たわ。」
それはくしくも、星が出会うと言われている日だった。
その日は朝から、忙しかった。
笹とかいうめずらしい枝に願い事を書いて、飾ると叶うという言い伝えから、どこから仕入れてきたのかスタンが、その笹を持ってきたことで、子供達のお願い事ブームが始まり、文字のまだ書けない子供の代わりに短冊とかいうのを作ってやったり、色えんぴつを探してやったり、と大さわぎのうちに、日が暮れていた。
部屋をノックする音に顔を出せば、リアラと、一緒にカイルが立っていた。
ふたりを部屋にいれ、ドアを閉める。
「見て。」
差し出せれたリアラのレンズのペンダントを見ると、七色に光り輝いていた。
明らかに、普段の光り方と違う。
だが、まだ弱い。
まだ、その力はピークに達してないようだ。
ほんの少し、星が軸からずれているのだろう。
「いつごろだ?」
「わからないわ。でも、すぐ近く。今夜中なのは確かよ。」
「そうか。」
「ね、ジューダスは・・・。」
「僕は部屋にいる。」
そう言い、ジューダスはふたりから離れる。
カイルとリアラの視線を感じたが、それは無視した。
なにを言われるか、予想ができていた。
だが、それは聞きたくない。
たとえ、願いがかなえられるとしても。
どうせ、わからないのだ。
なら、どこでその時を待っても、同じだ。
「あのさ。」
カイルが言い、にこり、とジューダスに笑いかける。
「なんだ?」
それを気味悪く思いながら、ジューダスは聞きかえす。
「じゃ、オレたちと一緒に行こうよ!この間の、ホラ、あの丘!あそこで夜明かししようって言ってるんだ!」
「だから、僕は・・・。」
「だって、部屋にいるのも、オレたちといるのも一緒じゃん?どんなだか、見てみようよ!もしかしたら、すっげ〜流れ星の大群とかが、オレたちにだけ見えたりして、とか思わない?」
「お前は・・・。」
ジューダスは、そのしまりのない顔を見て、呆れた。
「あいかわらず、能天気なやつだな。神の卵は確かに彗星だったが・・・流星群だった訳でない。そんな訳ないだろう。」
ふふふ、と笑い、リアラが言う。
「でも、やっぱり一緒に行きましょう?どうしても嫌だっていうなら・・・わたしたちもここで良いけど。」
「うん、まあ、仕方ないね。」
「おい、待て。どうしてお前たちまでここにいるんだ!」
なにやら話が変な方向に動き出した。
ジューダスにしてみれば、ひとりで・・・星の一周期を迎えたかった。
静かに、心穏やかに。
「え〜?だって、別にいいじゃん?オレたちがどこにいたって。」
「良くない、僕は・・・。」
「わたしたちと一緒なのが、嫌ってこと?」
「そうじゃなく、お前達は勝手にしたら良いだろうという意味だ!」
「うん、だから勝手にする。ジューダスが部屋が良いっていうなら、オレたちも勝手に部屋で・・・。」
「わかった!行く、行けば、良いんだろう!!」
売り言葉に買い言葉的に承諾して、ジューダスは頭を抱えた。
だが、なんとなくリアラの心配もわかるような気がした。
彼女は彼女なりに不安なのだろう。
まさか、そんなことはないと思いながらも、星の影響で、自分が消えてしまったりしないか。
彼女がどうにかなる可能性もなくはないが、最近、悪い方に影響がでたのが、自分だった事を考えれば、心配なのは、こっちの方だというものだろう。
消えなくても、もともと、18年前の人間だ。
今は、どうしてこの時代に選別されたかは分からないが、それ故、なにかのはずみで、元の時代に戻る可能性もなくはない。
なにもかも、わからないのだ。この手の事は。
基準も、ルールもなにもない。
だから、暢気に構えて、自分をひとりにしておきたくなかったのだろう。
その事には、素直に感謝しよう。
気にかけてくれた事を。
後ろでは妙にほのぼのとした雰囲気を出しながら、カイルとリアラが楽しそうに話ながら歩いている。
年老いた夫婦のようだ、と思うというのも妙な話だが、そういう一緒にいて当たり前、という雰囲気をあのふたりは醸し出している。
引っ張られてきたとはいえ、よく、あのふたりの間に挟まっていられるものだ、と自分に笑った。
こうしていると、これから何かが起こるかもしれない、というあやふやな状態が嘘のようだ。
そう思いながら、ジューダスは草を踏みしめる。
裸足にでもなってみようか。
ひやりとした草の感覚は心地よいだろう。
だが、そんな子供っぽい事はできない。カイルじゃあるまいし・・・。と思っていると、
「ね〜、夜の草ってさ、気持ち良いよね!ホラ、リアラも裸足になってみなよ!」
と声がする。
当たりすぎてて却って何も答えられない、その声に、ジューダスが口元をあげて笑う。
見上げると、満天の星空だった。
7月7日に、出会う星は、雨になると会えない。
川が増水して、白鳥が姫を向こう岸に送り届けることができないのだったか。
だがこれなら、会うこともできそうだな。
そう思い、自然に笑みがこぼれる。
馬鹿げた事を。ありえない話だ。
だけど、話そのものは、確かに面白いのかもしれないな。
そう、思った。
「おい、カイル・・・・。」
「ねえ、どれがベガなの?」
一瞬。
ジューダスは自分が、まだ眠っているのかと思った。
本当は、夜が明けていず、7月7日の夢を見ているのか、と。
もしくは、知らない間に眠ってしまい、今、本当の体は丘の草の上に横たわっているかもしれない、と。
それとも初めから、全部が夢だったのだろうか。
スタンの家で、カイルたちと一緒にいた事が。
夢で、もうひとつの現実を思い出す。そっちの方が、夢だったのではないか?
今はまだ、神の卵での決戦を控え、なるべく長くこの時間を続く事を願いながら、白い花が咲く場所で、一緒に夜明けを待っているのでは、と。そう思った。
ピンク色の髪、菫色の瞳。
唇だけが、肉付きが良く、赤い口紅を引いている。
そういえば、それがこいつの自慢だった。
セクシーでしょ?といつも、いたずらっぽく言われたものだ。
小柄な体、細い足。
変わってない。
夢の中、そのままだ。
「ねえ、どれがベガよ?ベガってんでしょ?その、出会う星って。」
「ああ・・・。」
ジューダスは、混乱しているはずの自分の口から、すべるように答えが出たのを自覚した。
「あの、赤いやつだ。」
「こと座の〜?」
「そうだ。」
まるで、なにもないかのような自然な会話。
やはり、夢なのだろうか。
彼女は、ふうん、と言った後、こちらに向き直る。
嬉しそうに笑い、菫色の瞳を縁取る、長いまつげを瞬かせ、言った。
いつもの口調で。
「約束は?覚えてた?」
突然、肝心な話をふられ、予期していなかったジューダスは、二の句が告げず、答えに困る。
びっくり箱なのは、相変わらずだ。
「いや・・・。すまない。」
「あらら。」
それを聞くと、彼女は眉毛をさげ、唇を尖らせる。
「これだもの、やんなっちゃう。私は、約束した通り、覚えてたっていうのに。」
「覚えてたのか?帰ってからも?」
そう自然に口をついて言葉が出るのを、不思議だ、と思った。
まるで、当たりまえのように会話をしている。
「嘘。」
べっ、と舌を出し、彼女は笑った。
ああ、まるで子供だな、といつものように思う。
「実は、私も・・・・最近まで忘れてたの。いきなり、あんたが夢の中に出てくるようになって・・・変なヤツって思ってた。だって、あんな趣味の悪い・・・・。」
そこで、彼女は一旦、言葉を切り、自分の顔を見る。
「あんた、仮面、してないのね。」
「ああ。」
そうだ。
前の旅の間、自分はずっと顔を隠す為の仮面をしていたのだった。
言われて、その事実を思い出し、ジューダスは、ますます不思議な気分になる。
次から次へと思い出せる。
まるで湧き水のように、記憶の方が後から後から追いかけてくる。
なにが現実で、なにが虚構か、と。
夢を見ては選定していた。なのに、今は。
これこそが、真実だと。
そう疑いもせずに思っている。
あんなに、迷っていたのが、嘘のように。
そして、その直後、ジューダスは自分自身に、驚愕した。
「ハロルド。」
「な〜に?」
振り向いた彼女の顔を、しばらく。
それは1秒もなかったかもしれないが、ジューダスは凝視した。
今、なにも考えずに、彼女の名前を、自分が呼んだということ。
それが、一番の驚きだった。
「なによ?」
ハロルドは、首をかしげ、ジューダスを見た。
呼ばれたものの、要件を言わない相手に、不思議そうに聞き返す。
「いや・・・。」
ジューダスは言葉を途切れさせ、それから、口の中で、その名前を転がす。
ハロルド。
まるで、思い出せなかった時の事などなかったかのようだ。
それくらいに、自分には当たり前のように、寄り添う名前だ。
たとえば、なにかの折、間違えて口をついて出てしまうような。
ばんやりしている時に誰かに呼ばれでもしたら、きっと、その名で、違う人間を呼んでしまうだろう。
それくらい、自分の近くにあって当たり前の、名前。
そう思い、ジューダスは、口元をあげて笑った。
今まで、思い出せなかったくせに、なんてゲンキンな話だろう。
「ねえ、それよりも。」
ハロルドは、ひとりで笑っているジューダスに、つまらなそうに口を尖らすと、手で両方の頬を包むと、自分の方に顔を向けさせた。
いたすらっぽくその表情が変化する。
「こうしている間には、限りがあるのよ?もっと、大事に一緒に過ごしましょうよ。」
大人びた口調。
まるで、誘惑する悪女のようだ。
だが、その魅力的な表情よりも、その内容の方が、ジューダスの心を射抜いた。
そうだ。
明日になれば、また、この手に触れることは叶わなくなる。
またもや、夢の中に戻ってしまうのだ。
そう思い、ジューダスは、ある事に気がついた。
そういえば、ハロルドはどこで、その事を知ったのだろう。
これが一夜限りの奇跡であることを。
「私を誰だと思ってるの?」
ジューダスが口にするよりも早く、ハロルドが言った。
こちらの表情を読んで、言いたい事が分かったのだろう。
「記憶が戻り始めて、すぐに。ありとあらゆる可能性を考慮して、なにが答えかとっくに出して今日を待ってたわよ。」
「待ってた・・・のか?」
「そう。待ってたの!」
胸をはり、ハロルドはジューダスの顔に、人差し指をつきつける。
「あんたに会った時、綺麗になったな〜とか、相変わらず可愛いな〜、とか思わせる為に、爪だって磨いたし、髪だって切っておいたし、後は・・・後は・・・その他モロモロ!とにかく準備して待ってたの!」
「そうか・・・。」
「なのに、再会してるっていうのに、うわの空で、自分の考えに浸ってひとり笑いなんかしちゃってさ!面白くないったら!」
「そうだな・・・すまない。」
素直に謝られ、調子が狂ったのか、ハロルドの方は、変な表情をした。
そして、手をかざし、額に触ろうとする。
「何〜?具合でも悪いの?」
「違う。触るな。」
「なによ〜。いいじゃない、触るくらい、減るもんじゃないし。」
そう言って笑い、ハロルドはジューダスに抱きついてくる。
「おい、ちょっと待て!」
からかい半分だったのだろうが、全体重をいきなりかけられ、ジューダスはバランスを崩した。
そのまま、ふたりして、地面に倒れこむ。
勢いこんで倒れた先は、見た事のある、花の大群。
「あら。」
「これは・・・。」
奇跡は、場所まで用意できるらしい。
いつのまにか、丘ではなく、そこは、花畑だった。
白い花が咲く、あの場所だ。
一緒に、夜明けを見に行った花畑で、ふたりは、顔を見合わせる。
すぐ近くに相手の顔があった。
その事に、不思議なことに照れなかった。
ハロルドが、感情をにじませ、言った。
「・・・・・会いたかった。」
「ああ。」
倒れこんだままに、ジューダスの上に、ハロルドが乗っている。
そのまま、ふたりは何も言わずに顔を近づけ、わずかに唇を重ねる。
久しぶりの邂逅と、星の奇跡を、祝って。
星が段々と薄くなる。
以前、それを見て感じた喪失感が、またもや、じんわりとやってきた。
もうすぐ、夜が明ける。
奇跡も、幕を閉じる。
「ねえ。」
「なんだ?」
ジューダスの肩にもたれ、ハロルドが、言った。
そうすると、耳の下にある小さな頭から、しゃべる度に振動が伝わる。
今は、その感覚を、楽しんでいられる。
結局、あの後、少しの近状報告を済ませた後は、こうして寄り添ったまま、お互い黙って、夜を過ごした。
今更、語り明かすものがあるほど、心情のわからない相手ではない。
お互いに感じているものは、すでに共有していると、分かっていた。
だからこそ、お互いの、言葉よりも確かなぬくもりを味わっていたかった。
「もうひとつの約束、覚えてる?」
「約束?」
「そう。会いに行くって。」
「・・・・・ああ。」
そうだった。
覚えてたら、時を超えて会いにくると。
そう言っていた。
「あんたまさか、あの約束の方も・・・。」
「いや、覚えていた。」
少しだけ焦り、ジューダスは言う。
ここにきて、拗ねられては叶わない。
それを聞くと、ハロルドは、満足そうに笑ったらしい。
くふん、と耳の下から、笑う声が聞こえた。
「待っててくれる?」
ハロルドは言い、深く、ジューダスの胸へと顔を埋めるようにした。
「必ず、私は、時を超える方法を考え付くわ。」
「ああ、そうだったな・・・。」
前もそう宣言していた。
その時、小気味の良い女だな、と思ったことも思い出した。
そんなジュ―ダスの心情を知らず、答えが返ってこない事を不満そうに、ハロルドはもう一度聞いた。
「ねえ、それまで、待っててくれる?」
「今、うちは孤児院で、ガキが大勢いる・・・。」
「それで?」
「お前、子供は苦手だろう?」
胸のあたりで、膨れる気配。
「いつ、そんなこと言ったのよ?」
「確か、天地戦争の・・・・。」
言いながら、ふとジューダスは、肩にかかる重みが、軽くなっていることに気がついて、言葉を切った。
「ハロルド?」
「あらら・・。」
肩のあたりから声がしたが、さきほどの振動はもう、感じられない。
ハロルドの存在は、薄くなっている。
空が白々と、明けてきていた。
「時間、みたいね・・・。」
「ハロルド!」
その声は、儚げに響いた。
空気の中に吸い込まれるように小さくなっていく。
やがて、しっかりと感じられていたぬくもりの感覚がなくなり、その姿も消えていく。
それこそ、光の中に取り込まれてしまうかのように。
「ハロルド!」
再び、別れる。
それは分かっていた事だとしても、胸を裂く痛みに、ジューダスが思わず、叫ぶ。
思わず、抱きようようと白くなっていく影に手を伸ばせば、腕は空をきり、雲のような手ごたえのなさだ。
「会いに・・・・約・・・。」
その声が、途切れ途切れになる。
なにを言っているのか、はっきりとは聞こえない。
それはお互いなのか、ハロルドの薄く、向こうが透けて見えるようになった姿が、寂しげに揺れた。
たぶん、向こうも、こちらの声をよく聞こうと、最後までしっかりと姿を見ようとしているのだろう。
やがて立ち上る蜃気楼のように、危ういただの影になりつつある姿で、それでも。
笑って、別れようと。
次への再会へ繋げる為に。
にっこりとハロルドは笑い、
「ジューダス。」
その時、最後に、その夜はじめて、自分の名前を呼んだハロルドの声が、はっきりと聞こえ・・・・なにもかもが、消え去った。
そして霧が晴れるように、一瞬で。
ジューダスは、もとの丘の上にいた。
横を見ると、カイルとリアラとが、同じように惚けた表情で、丘の上に佇んでいた。
それぞれが時間や場所を飛んでいたようだ。
やがて、我に返ったのか、リアラがジューダスの顔を見る。
ジューダスも見返す。
「会えたの?」
誰に、とは言わなかった。
だが、もちろん、答えはひとつだけだ。
「ああ。」
リアラの目は、赤くなっていた。
楽しい時間を過ごせたとしても、同時に、今まで味わってきた切なさも一緒だったのだろう。
三人は、そのまま、余韻の残る若い朝日を、黙ってみつめていた。
「昨日の星空だもの。織姫と彦星も、きっと会えたわね・・・。」
やがて、リアラが言い、もう星の消え去った空を見つめる。
くしくも伝説の恋人同士と同じ気持ちを体験したことを、ジューダスは思う。
もう、ただのくだらないつくり話だ、と笑う気になれなかった。
「大丈夫だった?ふたりとも。」
カイルの心配そうな声に、ふたりは頷いた。
そして、そのまま、言うべき言葉が見つからず、黙ったままでいた。
リアラとカイルも、それについてなにかを質問しようとはしなかった。
太陽は本格的に昇り始める。
段々と強くなる光の中、鳥が鳴き、羽ばたく音が聞こえる。
草は、露を含み、新しい光を反射して、輝いていた。
そして、その朝日の中、ジューダスはハロルドに答えを返せなかったことを、思い出した。
後日談。
いつものように昼食のパンを買いに、町の中心へとジューダスは出てきた。
いつの間にか、それはジューダスの役目と決まっていた。
子供の相手は、騒がしいうえに、疲れる。
だいぶ、改善されてるわよ〜、とルーティなどは鼻歌交じりに言うが(的外れの励ましかもしれない)ジューダスは、もともと子供は苦手だ。
こうして、少しでも離れる時間があると、ほっとする。
あれから。
記憶は全部、戻っていた。
それまで、夢で小まめに思い出していたのが、あの一夜でいきなり、膨大な記憶の数々を取り戻した。
今、ジューダスは、逆に、自分がもう仮面をしていない、という事を忘れそうになる。
隠れていた時のクセで、思わず、思いっきり顔に出してしまい「ジューダス、見えてないと思ってるだろ。」とカイルにからかわれたりする。
「よ!」
いつものように、ドアを押し開けると、待ってましたとばかりに、ロニが手を上げた。
すでにジューダスに渡すためのパンが、袋に詰められておいてある。
「半分以上は、オヤジさんのおまけ、ってやつな。」
そう言い、ロニは、その重い袋をジューダスに渡した。
「それでよ。」
「なんだ?」
いつもは、孤児院まで一緒についてくるのに、今日に限って、店のカウンターの中から出てこない。
訝しく思いながらジューダスが、ロニの言い掛けた言葉を促す。
「俺、しばらく旅にでてくっから。」
「・・・いきなりだな。」
話し出しと、旅の決定の、両方を差してジューダスが答える。
「ん、まあな。」
ロニは、かかか、と笑い、その後、鼻の頭をかく。
その仕草が、妙に、らしくない。
「なんというか、こう。旅心っていうの?芽生えちまって。なにしろ・・・いきなりだったからな。」
「ああ。」
記憶の復活は、ロニにも訪れていた。
一晩明けたら、パン屋の店員から、元アタモニ騎士だ。
大きく違う人生を一度に味わい、色々と考えることもあるのだろう、と思った。
「ひとりで行くのか?」
「ああ、まな。」
カイルを伴いたい、と申し出るかと思ったジューダスの予想は外れた。
「ま、すぐに戻ってくっけどさ。今回は、ひとりで行くわ。」
「どこにだ?」
別に深い意味はなかった。
話の流れでなんとなく、行き先を尋ねてみただけだった。
だが、ロニは、真っ赤になり、ええとな、などと言いにくそうにしている。
「?」
「まあ、ちょっとな。その、さ。ルーがどの程度回復したか、とか気になるし。」
「ホープタウンか。」
つまりは、ナナリーに会いにいく、という訳だ。
だが、今のナナリーは、前回の旅の途中でロニに出会う以前のナナリーだ。
実際に違う形で出会ってはいるから、お互いに知ってはいるが、子供のナナリーである今、旅の記憶を持つナナリーではない。
それでも、やはり気にかかるのだろう。
ふと、ふたりの今の歳の差を思い出し、ジューダスは口の端をあげる。
「ロリコンだな・・・。」
「抜かせ!」
ロニは怒鳴り、その後、普段の口調に戻って言った。
「そんで、戻ってきたらさ、今度こそ一緒に行こうぜ?」
「僕と、か?」
意外な気持ちで、ジューダスはロニを見る。
「まあ、駄目だってもカイルのヤツもついてくるだろうな。そしたら、リアラも来るだろ?また、同じように旅をしようじゃねぇか。フィリアさんに会って、船旅を楽しんで、最後にウッドロウ王のところだ。」
「・・・・・。」
「なんだよ?もう昔の仲間にだって、お前が帰ってきたのは知れ渡ってんだろ?今更、気兼ねをするこたねぇよ。」
ジューダスがスタンに拾われた後、すぐに昔の仲間に知らせをやったと聞いた時は、複雑な気分だった。心から望んでそうしたのではないにしろ裏切ってしまった仲間だ。あわせる顔がない、というのが正直な気持ちだったのだが・・・。スタンの知らせを受け、ぜひ一度こちらにも会いに来てくれと、色々な方面から連絡が来た時は、思わず、動揺して、胸が熱くなった。
それには未だに応えていない。
謝罪がてら、昔の仲間を訪ねるのも悪くはない・・・・それに。
「第一、ホラ。ファンダリアのハイデルベルグ近くにゃ、あそこがあるしよ。」
あそこ、とはもちろん、地上軍跡のことだ。
千年前とは違う、ただの廃墟と化した場所でも、ジューダスには思い入れがある場所だ。
それをロニは言っている。
「ああ。」
ジューダスは、静かに頷いた。
「そうだな。」
店の外に出ると、本格的な夏の到来を宣言するように、一斉に蝉が鳴き始めた。
見上げれば、雲ひとつない、空。
そして当然、外殻などの、太陽の光をさえぎるものが何もない空だ。
天地戦争の終わった後、ハロルドもこういう太陽の光を浴びれたのだろうか。
短い近状報告の中には、その話は含まれていなかったな、と思い出す。
ジューダスは手でひさしをつくり、空を見上げる。
その光を見ながら、次に会う時は、並んで太陽の下に立てることを、願う。
一年後に同じような奇跡があるとは限らないが、それでも、満天の空の下ではなく。
別れの約束された邂逅でないことを。
『待っててくれる?』
彼女はきっと来るだろう。
この世に、不可能がないとすれば、それはきっと彼女の上にだけだ。
運命さえも捻じ曲げ、強い意志の元、時さえも超えて。
きっと、来る。
ジューダスは言った。
「待ってる。」
fin
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