空が青いという事は、この星は外から見たら、青い、と言う事だ。
とハロルドは、草の上に寝転び、空を見ていた。

 どこまでも広がる空の下、太陽に光がまぶしい。
そして、光というものは、こんなにも暖かいのか、とハロルドは寝っころがった体勢でのびをした。

 その恵みを受け、草は青く茂り、花は咲き乱れる。
あまたの生命たちの主張。
繰り返される、命の営み。

 









 









 「・・・・何をしている。」
ふと、赤かったまぶたの裏に影が差し、ハロルドは目を開けた。
ふりそそぐ太陽の光を遮るように、黒い影が自分を見下ろしている。
「ほえ、じゅーらす。」
不明瞭な発音に、ジューダスは眉を寄せた。
別にふざけているのでもないらしい。
という事は。
「何か食べているのか?」
「んー?」
ハロルドが寝転がったまま、口から、べっと出したのは・・・・・青い玉だった。
綺麗な球体をしているそれは、ソーダキャンディーと見間違えそうだった。
「ガラス玉・・・か?」
「うん。」
ジューダスはため息をついた。
そのガラス玉には見覚えがあった。
先刻、立ち寄った店の中で、ハロルドが興味深そうにひとつ、摘み上げていたものだ。
だが、それはディスプレイ用だったはずだ。
「・・・・・盗んだのか?」
「せめて、貰ってきた、と言って。」
「許可なく勝手に持ってきたなら、盗んだで間違いないだろう!」
「だって、別に売り物じゃなかったし。」
「同じだ!」
まったくこいつは・・・とジューダスは頭を抱えたくなる。
確かに彼女は天才で、その発言に助けられることも多い。
だが、普段はある意味、カイルよりも子供だ。
手間がかかる。
何をしでかすか、分かったものではない。


 「返しに行かなきゃダメ?」
「・・・・・。」
ジューダスが黙っていると、ハロルドはガラス玉を隠そうとするかのように、そろそろと再び、口の中に入れようとする。
「ガラス玉のひとつくらい、なくなっても気がつかないだろう。わざわざ怒られに行くのもバカバカしい。」
「そうよね♪」
嬉しそうに、にぱっとハロルドは笑った。
「そんなにそのガラス玉が気に入ったのか?」
ハロルドの隣に腰を下ろし、ジューダスは彼女の手の中のガラス玉を見下ろす。
「うん。この色が好き。」
確かにあざやかな青だ。
まるで。
「ほら、今日の空の色みたいでしょv」
ハロルドが言い、指でつまんだガラス玉を空へと向け、光を透かして見る。
覗きこむハロルドの顔の上に、淡いガラス玉の青い影が映る。
つられるように、ジューダスは空を仰ぎ見る。
雲ひとつない空を見ると、思わず、天井がない、と連想する。
「天井か・・・。」

 その後、しばらくハロルドは黙った。
いきなり静かになった相手の顔をジューダスは見る。
その、まさに同じタイミングで、ハロルドは勢いよく立ち上がると、すばやく草の上の、ジューダスの手を拾った。
「お・・おい?」
いきなり力いっぱいに引かれ、ジューダスは戸惑った。
「来て。」
「何だ?」
「見せたいものがあるのよぅ。」
手を引かれるまま、ジューダスは歩き出す。
小走りに急ぐハロルドは、ジューダスの手を握ってさえいなければ、そのまま走って行ってしまいそうだった。
そこで、ふと、ジューダスは、手を繋いだまま歩いている事に気がついた。




 その繋がった手を、ジューダスは見る。
細いだの、華奢だの、と言われていても、男の自分の手を比べれば、ハロルドのそれはおもちゃのようだ。
ぎゅっ、と握れば壊れてしまいそうなほど、小さく、柔らかく、そして暖かい。

 
 
 ふたりは石畳の道を人をよけて進む。
いつの間にか、町の中でも賑やかな場所へと出る。道の両脇には様々な店が軒先を並べ、色鮮やかに飾られた店先が人々の目を楽しませていた。
 

 ゆるい坂の途中にあるその店の前で、ハロルドは足を止めた。




 「・・・・・?」
ジューダスが見上げた店の看板は、先ほど、ハロルドが青いガラス玉を盗んできたところのものだ。
怪訝そうに見るジューダスにハロルドは、にっこりと笑いかける。
「見て。」
「・・・・・?」
指差すハロルドの言うままに見て、店先の飾ってあったのは・・・。
「天体球儀・・・?」
「綺麗よね。」
ハロルドの見せたかったものの正体よりも、それに対するハロルドの言葉の方が意外だった。

それは、アンティークのただの天体球儀だった。
特別な素材で出来ている訳でも、鮮やかな色彩をしている訳でもない。
自分たちが住むこの星を模した、色だけならむしろ、汚らしくさえ見える茶色い丸い玉だ。

 「見せたいものとは、これか?」
ジューダスが聞くと、ハロルドは、うん、と言った。
「見てて飽きないわ。この世にある形の中で、円ほど完璧なものはないもの。」
そう嬉しそうに言う、ハロルドの顔はまるで子供のようだ。
しばらくふたりは、球の上の地図を黙ってながめていた。
これと同じ形をした星の上に、今、生きている。
そう思うと不思議な気分になった。
この上には国境も、墓場も描かれていない。
人の手の中に、全てが納まってしまう。

 「それでね・・・。」
「以前から気になっていたんだが。」
ハロルドが言いかけるのと同時に、ジューダスが口を開いた。
「何よ?」
「これは一体、誰が始めにつくったんだ?」
「・・・・・!」
今、まさに。
同じ事を考えていた。とハロルドは思った。
それはまるで、ぴったりと寄り添うように、思念と思念が呼応したかのようだ。
「そうなの。」
意味もなく照れくさくなり、ジューダスには視線を合わせず、それでガラス窓の中を覗き込みながら、ハロルドは答えた。
「それ、私も、小さい時に考えたの。天体球儀を始めに作ったのが誰なのか。」
「そして、それは何の為か?」
「そう。」
「と、言う事は、お前に時代にはすでにあったんだな?」
「うん。」



 それはいつの事だったろう。
確か、図書館の棚の上に、見つけたのだと思う。







 
 その頃、まだ子供だったハロルドのは、手も届かないほど高く飾られているその球体が、なにものにもまして魅力的だった。
あれ、取って兄貴。というと、カーレルは笑って、部屋の隅から脚立を持ってきた。
いくら、その頃からカーレルの方が背が高かったとは言え、流石に手が届く位置にはなかった。
ぐらぐら揺れる脚立を使って、カーレルが降ろしてくれたその球には、紙を濡らした時にできる茶色いしみのような模様が浮き上がるように描いてあった。

 『これは天体球儀だよ。』
とカーレルは言った。
『それぐらい分かるわよ!』
とハロルドは頬を膨らます。
『バカにしないでよ。』
『じゃあ、これはどこだ?』
カーレルは球の一点を指差す。
『ヴァンジェロ。ここがレアルタ』
『そうだよ。』
『ねえ?』
そこでハロルドは兄の顔を見た。
『わたしも見たい!』
『え?』
『私も空高く上って、こうやって地上を見下ろすの!』
カーレルは苦笑して、首を振った。
それを止められたのだと思った幼いハロルドは、両手をふり回し、見たい!今すぐ、見る!と駄々をこねた。
カーレルはそんなハロルドに、ますます苦笑し、
『無理だよ。だって・・・。』
ハロルドの頭をぽん、と叩いて言った。
『宇宙に行く方法なんて、まだ、ないんだから。』








 「では誰が一体、空からこの星を見ろしたのか。」
その頃は、まだダイクロフトも上がってない時だ。
空から地上を見る事など、誰にもできなかった。
ハロルドは言い、謎々を出しているときの目をして、意味ありげにジューダスを見上げる。
「その質問に、答えはあるのか?」
「もちろん。」
「・・・・・お前が出した答えか?」
「そうよ。」
「ふん。」
ジューダスはハロルドから目を逸らし、天体球儀を見つめる。
「なら、それは間違いなく真実、という事だな。」
誰も確かめられない事は、答えとは言わない。
だが、その答えに到達したのが、ハロルドであるなら、別だ。
この女は、世界の解答に最も近い。

 「空から地上を見下ろしたのは・・・。」
ジューダスは言った。
目は天体球儀から、離さない。
「誰もいないんだな?」
「・・・・・・正解よ。」
面白くなさそうな感情を、ありありと声ににじませ、ハロルドは答える。


そう。
実際にある事と、実際に見たかどうかは、別の事だ。
あるからと言って、見たとは限らない。
気づいてみれば簡単な答えだ。
ふたつの事実さえあれば良いのだ。
船で海を渡り、星が丸いとつきとめた事実と、地図という事実。
そのふたつを組み合わせ、球の上に地図を貼り付けた。
ただ、それだけの事だ。

 「つまんないの。」
ぷくっと頬を膨らませるハロルドに、ジューダスはかすかに笑う。
「僕は面白い。」
笑いを含んだ声で言われ、ハロルドは自分の事を言っているのだと気がついて、ますます口を尖らす。
だが、一緒にいてつまらないと言われるよりも全然、マシだ。
マシ・・・いや、むしろ嬉しい。


ジューダスは天体球儀を見つめたままだった。
「今までなかった物を、最初に造る、という事は・・・。」
「ん?」
「それだけで、喜びを得られるものなのだろうな。」
「・・・ええ。」
ハロルドは一瞬だけ目をつぶる。
急に目の前の風景が、くっきり見えて、体の一部が澄んでいくのを感じる。
「そうよ。その通りだわ。」
ジューダスは別段、気の効いた事を言ったつもりも、理解力のある自分を確かめたかった訳でもないだろう。
ハロルドが科学者だから、そう聞いただけだ。
けれど、今まで一度もなかった、他人に自分の事を理解されるという体験は、凶暴なほどに、ハロルドの全身を喜びで満たした。
それは自分でも持て余しそうなほどで、その感情を押さえつける術を、新しく習得しないとならなそうだ、と思った。
でないと、次から自分がどういう行動に出ようとするかが、予想できてしまう。

 「ありがと・・・。」
「・・・何だ?」
「ううん。なんでもないの。」
ハロルドの言葉が良く聞こえなかったらしいジューダスは、それでも、それを追求するような事はせず、もう一度、天体球儀を見た後、行くか、と低い声でハロルドを促した。
ハロルドは、うん、と小さく返事をしながら、天体球儀を最初に作ろうと思った、過去の誰かに思いを馳せる。
それはたぶん、この世に最初の一歩を残すというロマンと、誰かを驚かしたいという、いたずらだったのだろう。
けれど、後々それは、遥か先の人間の間で役に立ち、こうして、時にはうっとりと眺めて貰えることになったのだ。
本人がそこまでを望んだかどうかは、知らないが。
ハロルドの研究したものも、いずれ、そうなるだろうか。
「あ、なってたか・・・。」
ハロルドは、先を歩き出したジューダスの黒いマントの背中を見つめる。
自分の生み出したものが、幼い頃から長きに渡り、彼の友人であり続けたことを、誇りに思う。
彼にかけがえのない物を贈れたのが、他の誰でもなく自分であった事を、嬉しく思う。

 ハロルドは、歩きながらチラリ、と斜め後ろの店頭を振り返った。

 大きな流れを持って時間がそこに在り続けるのは、仕方がないけれど。


 この天体球儀の模型ではなく。
今、自分たちの足の下にある、本物の星が、約370000回、回転すると。
自分と彼が、繋がるのだ、と、そんな事を思った。









fin    



作中、天体球儀、と言わせていますが、要するに地球儀のことです。
エターニアのように、セレスティアとか名前がはっきり分かってたら良かったんですが、デスティニーの世界では、星の名前がでてこなかったんでこうしました・・・地球と銘打ってないのに、地球儀と言うのにも抵抗があったので・・・(汗) 謎々の答えも適当です。この世界ではそうだった・・という事で、勘弁してくださいませ。
なんのたわいもない話ではあるんですが・・・。 まだ恋愛の入り込んでいない、ふたりの世界も好きなのでv
今回は、そういう話です。

なんでも良いですが・・・タイトルの「天体球儀+丸い球」は私の自作です。 

(04'6.05)