誰かに呼ばれたような気がして、アッシュは背後を振り返る。
 炎の如き紅い自分の髪が、風に煽られ一瞬、舞った以外、視界に入るものはなにもなかった。

 

 

 


  グラム

 

 

 


「では、アッシュ。それが何の重さか知っていますか?」

 ディストの変に高い声は、聞く者をなんとなく不快にさせるものだが、アッシュは別段、ディスト自身を嫌いではなかった。
 幼馴染に対する罵詈雑言の類は、今では、自分の、自分の半身に向かうものと同じであるが、ディストのそれは、自分とは違い、やたらと敵愾心を抱きながらも、実は慕ってやまない結果・・・。寂しさや相手にされない悔しさの果ての感情である事には、とっくに気がついていた。
 だからと言って、別に同情していたから、嫌っていない、とかそういう問題ではないが。

「なんの重さか、だ?」
 ディストの厚い眼鏡の奥の瞳を睨み返し、アッシュは答える。
「知るか、そんな事。第一、それは重さと言えるようなもんなのか?」
 自分との回線を繋げる為に、レプリカを攫ってきた後の事だ。
 目的の為に堪えるつもりであったとはいえ、眠るその姿を目の当たりにした瞬間、その覚悟ははじけ飛び、思わず寝首を掻いてやりたいという衝動に駆られた。
 同じ顔。同じ姿。瓜二つなどと生易しいものではなく。
 吐き気にも似た嫌悪感が、いつまでたっても体の芯から去らなかった。

 そんなアッシュを余所に、ふむ、と言った後、まるで同じです、とふたりを見比べ、ディストは指でとんとん、と自分の胸をついた。
「あなたたちの間には・・そうですね。・・・例の7グラム分の違いしかない、というところでしょうか。」
「?」
 ですが、その7グラムが大きいのですよ、とディストは言った。
「何の事だ?」
「あなたとレプリカのことですよ。もちろん。」
 不機嫌なアッシュに、少しだけ穏やかに笑い(人の不機嫌を見るとディストは安心するらしい)そして、先ほどの質問をしたのだ。

 

 そんな事を思い出しながら、アッシュは初めて訪れた港町の、市場へ通じる坂道を、ゆっくりと歩いていた。
 肩には、強い海風が、赤い髪を舞い散らせている。

 小さな港町故、市場はと向かうところだというのに、喧騒からは無縁だった。
 先ほど通り抜けた海の臨める公園には、錆付いたベンチが連なっていたが、およそ憩いの場とは思えない、寂れた雰囲気だった。
 もっとも長居をする気はないから、どんな町でも関係はない。
 少なくなった食料の補充と、今夜一晩、雨露を凌げる宿さえあれば良い。
 連日連夜の捜索は、それなりにアッシュの体力を消耗した。
 腰には魔物の血をたっぷりと吸った剣を下げていたが、今、彼の持っている剣はそれだけではない。
 預かったもう一振りの剣の為に行動していた事は、気力と、レプリカに対する憤りのおかげで、体を動かしていても苦を感じることはなかったが、さすがにこのところの強行軍に、足や肩が悲鳴をあげ始めたのも事実で。
 思い通りにならない自分の体に舌打ちし、それでも、休息を取ることを、やっと自分に許した。
 


 ゆるい小路だった。
 石畳が日の光に白く、まばゆく、凝視すれば目に射るような痛みを感じさせた。
 そこでアッシュは、幼い少女と行き交う。
 
 ただ、それだけの事だった。
 だが、一瞬すれ違っただけで、ほんの少しの違和感をアッシュは感じとる。
 それは、ほんの些細な感覚で、その正体がなんであるかまでは分からない。だが、確実になにかの違和感だった。
 走っていく後ろ姿を無言で見送り、小さな背中が角を右に曲がったのを見届けた後、再び前を見て歩き出そうとした時だった。
「・・待て!」
 バラバラと血相を変え、駈けてくる男達の群れに、なんの原因の騒々しさだと、アッシュは眉を顰める。
 疲れた体を引きずっている今、騒がしいのは癇に障る。

「おい、あんた!」
 男達は一旦立ち止まり、アッシュに話しかけてくる。話す、というよりも、まるで怒鳴っているようだ。
「ここを女のガキが通らなかったか?」
 なるほど、こいつらは先ほどの少女を追っているものらしい。
 だが、あまりにも人にものを訊く態度ではない。
「通ったが?」
 それがなんだ、というように聞き返せば、相手は怯んだようだった。
 少しだけ込めた殺気に、相手の機嫌が悪いのに気がついたのだろう。バツが悪そうな顔をした後、男たちのひとりが、アッシュに聞いた。
「どっちへ行ったか、わかるか?」
 この先の角の事だ、とアッシュは気がつく。
「さぁな。」
 そっけなく答える声はますます不機嫌だ。
「ガキが通っていったのは見たが、わざわざ後ろを振り返ってどっちに行ったか確認などするか?」
 その言い分に、ちっと舌打ちし、男達は相手にならないと先を急ぐ。
 行き過ぎた者たちになど興味もなく、アッシュは逆の方向へと道を下っていった。

 
 そして、下りきった時・・・。
 そこには、先ほど行きかった少女がいた。

 状況が飲みこめず、思わずアッシュの足が止まる。
 少女は泣きじゃくり、ぐるりと周りを大人が固めていた。
 その姿に、盗みでも働き、捕まって、咎められてでもいるのか、とも思った。
 だが、ついさっき逃げていくのを見たばかりではないか。それから3分とたってない。
 思わず見入るアッシュの視界の中で、少女は1番近くにいた男に抱きついた。抱きつかれた男が少女の頭を撫でる。それはまさしく、彼女を守る者の仕草で、父親だと知れる。

 
 ・・・なるほど。

 そうだったか、とアッシュは先ほど感じた違和感の正体に気がついた。
 そして、知らずに眉を顰める。

 同じ顔の少女がふたり。
 ひとりは・・・レプリカだ。

 追われている者がそうなのだろう。
 目の前の子どもは、自分と同じ顔の少女に驚いて泣き出してしまったのだ。


 
 今現在、レプリカに対する世間の態度は、深刻を極める。
 世界にはレプリカを人間とは思ってない者も多く、捕らえられ、良いように働かされ、家畜と同様の扱いをされる者も少なくない。
 

 
 ・・・ヴァンの野郎は。

 袂を分かった師匠の顔が思い出された。
 育てて貰った恩を感じないでもないが、今は宿敵としての憎しみが勝る。

 ・・・あんなガキのレプリカまで作りやがるのか。


 そう思って、はた、と思い出した。
 自分が攫われ、レプリカと入れ替わったのも、まだ10歳の頃だ。
 レプリカを作るのに、年は関係ない。
 ただ、人間でも物でも、抜き出せるデータがあれば良い、というだけだ。
 それは、物に対しては時には恩恵であったとしても、人に対しては禁忌。
 あの男は・・・分かっていながら、それに手を染めたのだ。
 望んでもいないのに、勝手に思考が過去を彷徨いだし、薄暗い城の地下での風景を脳裏に映しかけた時、アッシュは、別の事に気がついた。
 レプリカは今現在、預言を聞きにきた者たちから、そうとは知られぬうちにデータを盗んで、生産されている。
 故に、オリジナルたちは、自分のなにが奪われ、何が生まれてきているのかなど、露ほども知らない。
 自分のレプリカがいる、という事。
 その事を知っている者が、この世界にはどれくらいいるのだろう。
 ましてや自分のように。


 ・・・・自分のレプリカに存在を奪われた者など。


 アッシュは知らずに道の中ほどに立ち止まる。
 大勢の人間が通る訳でもない故、彼が止動かなくなったところで、迷惑がかかる誰がいる訳でもない。

 
 ・・・・俺しかいない。


 そして、完全同位体である者たちも。


 先ほどの少女とそのレプリカも、完全なるコピーではない。
 どこかに必ず、差異があるのだ。
 見つけようと目を凝らせば、きっと。
 だが、自分たちは。
 どんなに探そうとも、違いなどどこにもない。
 おそらく、血の一滴までも。
 髪の一房にまでも。
 同じ構図が、組み込まれ。
 それは、人を構成する小さく精密な設計図に基づき。
 自分とアイツを同じものにさせようとする。
 そこに、自分達の意思は届かない。
 否が応でも、無理矢理にでも、曲げることのない事実を、まるで信念を持っているかのように、現わし続ける。
 違いがあるなら、きっと、それは、体を構成するものの中には、ありえない。
 あるとするならば。


「7グラム・・・・・か。」


「おや、その話を知っているのですか。」


 飄々とした声の主を、アッシュは振り返る。
 思わずこぼれた独り言に、答えがあった事に対する驚きからの行動だ。
 声の主は、相変わらずの無表情で、トレードマークとなった眼鏡の位置を、指で引き上げているところだった。
 その下の血の色のような赤い瞳。
 青いマルクトの軍服。
 1度見たなら案外と、忘れられない姿だ。

 こいつがひとりでここにいる訳もない。
 そう思い、アッシュは辺りを見回すが、誰ひとりとして見えなかった。

「・・・お前・・・。」
 なんでこんなところにいやがると口を開けば、それには答えず、
「また、あなたですか。」
 うんざりとした口調で逆に文句を言われ、思わずアッシュはむっとなる。
「・・俺だって望んじゃいねぇ・・・。」
「当然です。」
 なにを当たり前な事を、と冷たい口調で言いながら、ジェイドは同じく冷たく光る赤い瞳を細める。
 アッシュは口元を歪め、こちらを睨みつけている。
 表情だけでいうのならば、どうしてこうも違うのだろう、とジェイドは思った。
「・・・ですが、私たちの方が、貴方よりももっと望んでいません。毎回毎回、かけられる迷惑は比でないのですよ?」
「・・・それは俺のせいじゃないだろうがっ!」
 怒鳴りながらも、アッシュは考える。
 こんな言いがかりを受ける謂れはないが、相手がつっかかってくる理由はひとつしかない。
「・・・あいつは。」
 不機嫌ながらも、アッシュは言った。
「・・・またいなくなったんだな。」
「ええ。貴方が近くにいるせいで。」


 これまで、この連中と行動を共にした事が、1度だけあったにはあった。
 だが、その時はいなかったのだ。
 問題の、レプリカ・・・ルークが。
 ヤツにこういう現象が発生するなど、その時には誰一人分からなかった。


「まるでインプリンティングですね。」
 口元にうっすらと笑みを浮かべ、ジェイドが言った。
「いつからだ?」
 その嫌味を、アッシュは軽く聞き流す。
 この手の話には乗らない事にしている。
 アイツと自分の繋がりなど。
 なければ、ないに越した事はない、とアッシュは本気でそう思っている。

 なのに、ルークはアッシュが近くにいると自分を見失う。
 


 それは、帰巣本能に似ている、と目の前の男がかつて言ったことがあった。
 レプリカはレプリカ、オリジナルはオリジナル、と別個人であるにも関わらず・・・完全同位体の為せる技ですかねぇ・・と相変わらず飄々とした口調で。
 レプリカであるルークは、近くに・・・例えば同じ町にいるような距離だ・・・オリジナルであるアッシュがいると、時々、いきなり道に迷いだすのだ。
 それは、一同で行動している時もあるし、いきなり宿からいなくなる時もある。
 ルークは、まるで北を目指す渡り鳥のように、ふらふらと方向感覚を見失い、自分でも訳が分からぬうちに、アッシュを探して彷徨い歩き出してしまうのだ。
 後ろを見ればすでにルークの姿はなく、その度に何度も捜索する羽目になってきた一同は、本当に心からアッシュが近くに来なければ良いと思っている。
 アッシュにしてみれば、ひどい言いがかりにしかならず、更にレプリカであるルークを、やっかいな存在と煙たく思う。
 それは、お互いがお互いを拒絶しているにも関わらず、限りなく続く負の連鎖。
 ある意味での、後ろ向きな運命。


「おや、彼の心配をしているのですか?」
 ルークがいつ頃からいなくなったのか訊ねたアッシュに、不思議そうに首を傾げ(絶対にわざとに決まっている)ジェイドが言った。
「・・・誰が、だ。」
「彼が知ったら、さぞかし喜ぶでしょうねぇ。」
「ほざけ!」
 うっすらと笑う顔に、本気で苛立ちを覚える。
 だが、ほっておけば、いつまでもこの男が自分に付き纏うのが目に見えている。それ故、探さなければならない、というのも事実だ。
 そう自分を納得させて、アッシュは、で?とジェイドの方に一歩近づいた。
「いなくなったのは、そうですね。1時間ほど前くらいでしょうか。」
「他の連中もあいつを探しているって訳だな?」
「ええ。他の人たちは。私は貴方を探す方が早い、と思ったもので。」
「・・・・・。」
 先ほどは、ここで会ったのが意外だ、と言わんばかりの口調だったというのに、実は自分を探していた、という事か。
 相変わらず、喰えない男だ、とアッシュはジェイドを睨んだ。
「だって、そうでしょう?」
 ジェイドはそれにはビクともせずに、言う。
「ルークは貴方を目指しているのですから、貴方を探した方が早い。こちらが貴方に辿り着く方が早かったとしても・・・あなたにはアレがありますからね。」
「・・・・・。」
 あの導師守護役の小娘が言うには、便利連絡網。
 アッシュならばルークに、一方的に回線を繋げる事ができる。
 
 お願いしますね、といかにも人事という口調のジェイドを一睨みした後、アッシュは軽く目を閉じた。
 どんな状態でも、回線は繋がるが、視界を遮断した方が集中力が高まる。
 神経を研ぎ澄まし、意識を広がらせて、自分のいる場所とは違うどこかへと、飛んでいくようなそんなイメージ。

 
 キィン、という僅かな耳鳴りがした。


 ・・・痛ぇ。


 繋がったのが分かるのは、いつでもその第一声が、頭の中に響く時だ。


『おい、レプリカ。』

 ・・・アッシュ?

『今、どこにいやがる。』

 ・・・ええと・・・。

『毎回毎回、手間かけさせやがって、迷惑なんだよ!てめぇの存在もな!』

 ・・・・・。

『おい、黙ってるんじゃねぇ。どこにいると訊いているだろうが!』

 ・・・それが、さ。説明しにくいんだ。


 どうにもはっきりとした答えが返ってこない。
 苛立ちながら、アッシュはもっと深く回線を繋ぎ、会話だけではなく、ルークの視界にも入り込む。


『・・・どこだ、ここは。』
 
 ルークの視界で見たその場所は、どこかの納屋のようだった。
 切り抜かれた小窓がひとつあるだけで、内部は薄暗く、壁際に使い古された箱が積み上げてある。
 その陰に隠れ、警戒するように、入り口になる木製の扉を睨みつけている。

 もしや、と思いアッシュは更に、回線を広げる。
 感覚までも、共有できるようになると、ルークは、暖かく柔らかいものを、抱きしめていた。

 アッシュは回線を切った。


「おや、どうしました?」
 突然、回線を切ったのを感じ取りながら、別に心配の類はしていません、という顔で、ジェイドが聞いてきた。
「・・・近く、だ。」
「近いのですか?」
「ああ・・・。たぶん、子どもの足で5分とかからない距離、だな。こっちだ。」
 言いながら、アッシュは先ほど下ってきた坂の小道を、示した。
「どういう事です?」
「レプリカだ。」
「は?」
「さっき、女のガキのレプリカとすれ違ったんだよ。オリジナルとその父親たちに追われていた。アイツは、そのガキを匿ってどこかに隠れていやがる。」
「ああ、なるほど。」
 納得した、という声には、微塵の焦りも混じっていない。
 こいつは本当は、アイツの心配などしてないんじゃないのか?とアッシュはジェイドを疑った。
 それに気がついているのかいないのか、飄々とした口調で、隠れてるだけではどうなる訳でもないでしょうに、とジェイドは言った。
「まったく、ルークらしいですねぇ・・・。」

 

 

 

 

 


 ガンガンガンと隠れている納屋の中に音が響く。

 閂をかけておいた事で、逆に居場所が知られた。
 ここは廃屋で、外からは鍵がかけられなくて。
 鍵がかかっているという事はつまり、中に人がいるという事。

 外にいる人々が、殺気だっているのが、扉を挟んでいても感じられ、ルークの腕の中にいる子どもは身を硬くしている。
 怒鳴り声と共に、開けようと躍起になってツルで木製の扉を叩く音に、恐怖に駆られ、今にも泣き出しそうだ。

 大丈夫だから、とルークは子どもに言った。
 それを、単なる慰めにはさせまい、と心に誓う。
 

 ・・・だが、どうする?


 焦りとも緊張ともつかない感情が、背筋を這い上がってくる。
 それは、ずいぶんと気持ちの悪い感覚だった。

 自分の意思とは関係なしに生み出されたレプリカには、罪はない。
 だから、それを理由に向けられる怒りや憎しみは、謂れのないものだ。


 ガンッ!と最後に大きな音がして、木製の扉には大きな穴が開いた。
 そこから外の光が、薄暗い室内に、乱暴に入り込んでくる。

 やがて、怒鳴り声や唸り声と共に、ざわざわとして落ち着きのない空気が流れ込んできて、それと同時に数人の男達が、ツルやらスコップを片手に納屋に入ってきた。

 それを見て、ルークは可笑しくなる。
 こんな子どもの、一体何にそんなに脅威を覚えるのだろうか。
 武装しなければならない理由など微塵もないではないか。

 一瞬だけ、浮かび上がった怒りに、ルークは子どもを背に庇って立ち上がった。

 こんな幼い子どもに、寄ってたかって、それが、良い大人のする事か。
 自分達で可笑しいと思わないのか。
 そんな事で、相手がレプリカだという状況だけで、そんな判断もできなくなるのか。
 ・・・それほどまでに、レプリカが憎いのか。
 この子が、お前たちに何をしたっていうんだ。


 立ち上がったルークの姿を見て、他に人がいるとは思わなかったのか、驚いた顔で、男達は身じろぎをした。
 だが、剣を抜いていないルークの姿に、再び、手にした武器を持ち直す。
 それを目にして、ルークは迷う。
 相手は戦いに慣れていない町人や漁師たちばかりだ。
 いっせいに飛び掛られたとしても、ルークの剣の腕なら、この場を易々と突破できる。
 だが。


 ・・・斬る事はできない。


 レプリカである子どもには罪はない。
 だが、それは目の前の男達にも同じ事。


「その子どもを渡せ!」
 誰かが怒鳴り声をあげ、それによって数歩、男達はルークまでの距離を縮める。
 後ろの少女が息を吸い込む音がして、ぎゅっと小さな手でルークの足にしがみついた。

 
 この場を話しあいで納められるとは思えない。
 皆で席に座って会談しているのとは、場合が違う。
 大勢で気分を高まらせている時には、どんな人間にも言葉が通じない事を、ルークは知っている。


 ならば・・どうする?


 迷うルークが答えを出す前に、男達のひとりが、ルークの後ろに隠れる子どもに手を伸ばしてきた。
 その手を反射的にルークが払い落とす。
 それをきっかけに、わっと男達が、ルークに襲いかかってきた。
 伸ばされる手を払い、殴り、殴られながら、ルークが子どもに振り返り、この隙に逃げろ!と叫ぶ。
 剣があれば優位だが、殴り合いでは多勢に無勢のこの状況で、そんなにいつまでも持ち堪えられるとは思えない。
 
 震えていた子どもはそれでも、ルークのいいつけを守り、小さな勇気を奮い立たせて、大きく口を開く扉から漏れる光を目指して走り出した。
 それを追おうとするふたりの襟首を後ろから掴み、勢いを相殺できず、前のめりにルークが倒れる。
 邪魔者に対する怒りを燃やし、男達が倒れたルークを押さえ込み、腹を蹴り上げ、息を詰まらせたルークの顔を、立て続けに2度殴りつけた。
 殴られながら、ルークは逃げる子どもの姿を目で追う。
 少女は、伸ばされる手をかわし、壊された扉を踏みつけながら、小さな体で外へと飛び出した。
 だが。

 少女がその場で立ち止まった。
 外へ出た体が、数歩、後じさりしながら納屋の中に戻ってくる。 
 それを見てルークが、羽交い絞めにされた体を捻り、なんとか少女の元へと向かおうと暴れる。
 その目の前で、少女の体に大人の、男の手が回された。


「・・・その手を離せ。」

 声の主は、ルークではなかった。
 それは、少女にではなく、ルークを押さえつける男達に対して向けられている。
 一瞬で緊迫感を呼び込む、殺気を含む静かな声。
 この男がその声で話す時は、怒っている時だとルークは知っていた。
 
 見れば少女に回された腕が、柔らかい仕草で、その持ち主の背に子どもの体を誘導する。
 見慣れた、青い裾。
 同じ青い手袋の、軍服姿。


「・・・アッシュ・・・。」

 ジェイドの前に立つ黒い教団服を目にした途端、ルークは泣き笑いの表情になった。
 彼の髪は、いつでも燃え盛る炎のようだった。
 それは今では彼の内面を、表現しているかのように背に舞い、黒に赤のコントラストが映え、見るものを圧倒する。

 男達はその顔を見るなり、驚愕に目を見開き、ルークを振り返り、それから再びアッシュを振り返った。
「・・・お・・同じ顔!」

「その手をどけろ。」
 アッシュは、男達の動揺など興味もなさそうに、一瞥すると、冷めた口調で命令した。
「お前たちに、そいつをどうこうされる謂れはねぇ。」
 そして、まっすぐにルークを指差した。
「そいつは、俺のレプリカだ。」
 

 一瞬にしてざわめいた空気にもアッシュは動じない。
 当たり前の顔をして、当たり前の事をしているように、ルークの傍まで近づくと、羽交い絞めにしている男を睨み、ルークの体を抑えつけているいくつかの腕を、無言で引き剥がした。
 あっけにとられているからか、それともその気迫に飲まれたのか、男達は素直にアッシュの命令どおりに、ルークを束縛している腕を解いた。

「・・・アッシュ。」
 自由になった体を起こし、ルークが嬉しそうに笑いかけると、それを避けるようにして、アッシュは男達のいる室内を見回した。
 その中に、オリジナルの少女と、それを庇うようにして入り口近くの壁に立っている父親の姿を見つける。
「おい、お前!」
 それに対してアッシュが怒鳴り、男達はびくり、と体を震わせ、顔を見合わせる。
「・・・こいつは連れて行くぞ。文句はないだろうな!?」
 怯えた様に頷く男たちの様子をちらりと確認し、アッシュはルークの腕を掴む。
 その少し上を、殴られた際にどこかにぶつけたらしい、内出血の跡が見えた。
 その青黒い痣に、一瞬、目を眇めた後、無言でアッシュはルークの腕を引く。

 目の前で忙しく展開する光景に、あっけにとられていたが、そのうちオリジナルの父親が我に返ると、おい、とアッシュに呼びかけた。
「そいつがあんたのレプリカだって事は分かった。」
 アッシュは立ち止まり、無言で父親をちらりと見る。
「だ・・だが、そっちはあんたには関係ないだろう。」
 そういって、子どもの方を示す。
 むしろ、問題なのは、それが彼の娘のレプリカだ、という事だ。
 ルークがアッシュのレプリカで、彼に関する全ての権利がアッシュにあるというならば、ジェイドの後ろに隠れているレプリカの権利は、娘にある、という理屈になる。
 アッシュは、表情も変えず、
「そこのレプリカは置いていく。」
 と答えた。
「ア・・アッシュ!」
「好きにすれば良い。」
「・・・っ!ちょっと待てよ!!」
 そのまま入り口にまで引かれ、ルークはジェイドの隣で抵抗するように立ち止まる。
「俺、あの子も連れていかなくっちゃ。」
 ジェイドの後ろに未だ隠れている子どもを指差して、ルークが言った。
 このまま、この中にあの子を置いていく事はできない。
 一緒に示されたジェイドの方はやれやれと、呆れ顔で行く末を見守っている。どちらの味方をする気もないようだ。

 アッシュは舌打ちをした。
「・・・聞いてただろうが!」
 ルークを怒鳴る。
「そっちのレプリカに関する権利はお前にはないんだよっ!」
 吐き捨てるようなその口調に、思わずルークの頭に血が昇る。
 そんな一言で片付けられるほど、簡単な問題ではない。
 それは、アッシュだって知っている。
 知っている筈なのに・・・。

「・・・そんな事で納得できるかよっ!」
 ルークはアッシュの胸倉を掴んだ。
 そもそも、なにも考えないで感情のままに行動する性格だったのだ。変わる事に決めた今でも、その本質までは治らない。
 それでも同じ身長を持つアッシュを、ルークは持ち上げる事はできない。せいぜいが締め上げるくらいだったが、その力は弱かった。
 結局のところ、ルークはアッシュに、本気での攻撃などできないはしないのだ。
 それに気がついて、アッシュはうっすらと嘲笑を浮かべた。
「なんだ?同族を庇おうってのか?」
 お前如きが、と言い捨てられ、ルークは結局、無言のまま、アッシュの胸倉を掴んでいる腕を解いた。
「大体な、お前のそれは、でしゃばりなんだよ。」
「・・・・・。」
「今回のそれは、そこのレプリカと、コピーされたそこのガキとの問題だ。お前がでしゃしゃり出てくるんじゃねぇ。」
 だが、このまま、ここに置いていくというのは、見捨てるのと同じ事ではないか。
 そう反論しようと、ルークは顔をあげた。
 確かに、オリジナルとレプリカの間にある問題は、当人同士がもっとも深刻かもしれず、それは他者がとやかく言おうともなんの解決にもならない。だが、広くレプリカの問題として見てみれば、それは世界に生きる誰の上にも関係のあるものなのだ。
 自分は、その世界に生きるひとりとして、レプリカとして、この場を捨てて、黙って行くことなどできない。
 ルークが口を開きかけると、アッシュはそれよりも早く、その場にいた人間に向かって怒鳴っていた。

「だがな!」
 アッシュはジェイドの後ろに隠れて、怯える子どもに視線を落とす。
 びくびくと涙目で見上げるその顔は、7年前、彼の分身が、目の前で作り出された光景を思い出させるものだった。
 誰も味方のない世界にほうり出され。
 自分の行く末を知らぬ、無垢な瞳。
 アッシュはオリジナルと、その父親に向き直る。


「お前は、てめぇの娘と同じ顔の子どもを、殺せるのか?」


 それは、氷の刃。
 一瞬にして、その場をの誰もを凍りつかせ、現実という杭で心臓を打つ。


「顔だけでなく。」
 アッシュはオリジナルの少女を指差す。
「その子どもとまるっきり同じ。てめぇの遺伝子を受け継いでいる子どもだぞ?」
 それでも、殺せるのか、とアッシュは問う。
 父親は呆然と、ジェイドの後ろに隠れる子どもを見やる。
 その目には恐れが浮かんでいた。
 その子に対するものではなく。
 受け止めた事実の重さへの、恐怖だ。

「殺すの?」
 その時、オリジナルの少女が口を開いた。
 それはただ単に、事実だけを確認する為だけの言葉に聞こえた。
「あの子、殺しちゃうの?」
 呆然としたままで、父親は娘を見下ろす。
「パパ?」
 娘は後ろを振り返り、父親の足に、すがりついた。
「私なのに・・・殺しちゃうの?」
 少女は言い、改めて、ジェイドの後ろに隠れる、自分と同じ顔の子どもを指差した。

 

 

 

 

「見事なお手並みでしたね、と一応褒めておきましょうか。」
「・・・ふん。」
 思ってもいないくせに、とアッシュはジェイドに目もくれない。
「でも、良かったんだよな、あれで。」
 ルークは、複雑な表情の中に、務めて明るい口調で、自分自身に確認するように、何度も言った。


 結局。
 子どもはオリジナルの父親がダアトのローレライ教団本部へ連れて行く、と言い出した。
 あんたの言うとおりだ、俺にはこの子は殺せないと、涙目で言い、だが引き取るとは言わなかった。
 自分の娘とそのレプリカという関係を、彼自身の中で消化するのは時間がかかる。
 だから、今はそれで良しとしよう、とルークは自分自身に納得させる。


「・・・後は、あの子と、オリジナルと・・・その家族にまかせるしかないよな。」
「・・・・・。」 

 レプリカの問題は、個人がカタをつけるには、大きすぎた。
 どんな人間にもそれぞれの見解があり、差別も、理解も同じ感情の直線状にある。
 たとえ、あの場を丸く治められたとしても。
 それが、あの子にとって、不変なる平和を齎すとは限らない。

 後ろに見え隠れする不安に対して何もする事ができず、ルークはそれを知っていて、唇を噛んでいた。
 アッシュとジェイドの後ろを歩いているから、顔は見られることはない。
 もっとも、バレている可能性のが高いが。


 風が動いた気がして、ルークは地面に落としていた視線を上にあげる。
 夕日が差し、それを背にして、アッシュが調度、身を翻したところだった。
 それの意図する事が分かって、ルークは声をあげる。
「アッシュ!」
「まだ何か用か?」
 足早に去ろうとしたアッシュは、声をかけられたという状況に、そっけない返答を返した。
 その顔は本当に、不機嫌そうに顰められている。
 用があるなら、早くしろ、と冷たく光るその目がルークを促していた。
「そうじゃなくって・・・。」
 ルークは言いよどむ。
 媚びた台詞と相手が捕らえるのは分かっていたが、根が素直にできているため言いつくろうのは苦手だ。
「折角、会えたのに・・・。」
「・・・は。」
 アッシュは、口元を歪めた。
「会えたのに?笑わせるな。」
 俺はお前になど、会いたくない。
 いつだって面倒ばかりかけやがって、鬱陶しくて仕方がない存在だ。
 そうアッシュが口を開きかけた時・・・。

「なんだか嫌な予感がします。」
 と、とてもそう思っているようには聞こえない声で、ジェイドが言った。

「・・・は?」
「・・・なんだ?」
 場の緊張感は費え、アッシュとルークは揃ってジェイドの顔を見る。
「貴方がたは。」
 にっこりとジェイドは笑った。
「また私の前で、喧嘩をおっぱじめる気ですね?」
「・・いや、俺は喧嘩なんて・・・。」
「正式には。」
 びしっと、ジェイドはアッシュを指差す。
「貴方がルークに喧嘩をふっかける気です。・・・そうでしょう?」
 アッシュが眉間に皺を寄せると、怒鳴られる前に、とジェイドは言った。
「私は退散致します。後はふたりでいかようにも。では、御機嫌よう。」
 そして、先ほどアッシュがそうしかけたように、身を翻し、
「あなたのそれは、まるでお気に入りの子にちょっかいをだす、いじめっ子と変わりませんね〜。」
 と去り際、アッシュに耳打ちした。
なにを言いやがる!と怒鳴るアッシュを、ジェイドは相手にもしない。
 言いたい事を言いたいだけ言うと、気が済んだというようにすっきりした顔で、ふたりにひらひらと手を振った。
「え?ってジェイド?」
「おい・・!待て、メガネ!」
 そうしてジェイドは行ってしまった。
 その後ろ姿を見ながら、もしかしたら、気を利かせてくれたのだろうか、とルークは思った。
 たぶん違うが。

「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・ジェ・・・ジェイド、行っちまったなっ!」
「・・・・・・。」
「あ〜・・あ、そうだ!ハラ!アッシュ、腹減らねぇ?」
「・・・減ったらなんだというんだ。」
「・・い・・・一緒にメシでもどうかなぁ〜って・・・。」
「お前と?」
「・・う・・・うん。」
「・・・・・・・俺が?」
「う・・・。」
 き・・きまずい。
 ルークはアッシュを慕ってはいるが、元々仲の良いふたりではない。
 いざ、ふたりきりになっても会話が続こう筈もない。
 お前は馬鹿か、とアッシュは口を開いた。
「そんなことより、宝珠は見つかったのか?」
「う・・・まだ・・・。」
 ちっとアッシュは舌打ちする。
 本当にイライラする。
「まったく、てめぇのせいでこっちは良い迷惑だ!そんなこともまともにできないのか!」
「う・・・だから、ごめんって。」
「てめぇの口先だけの謝罪なんて聞き飽きたんだよ!」
 俺がどっちも受け取ってればこんな事にはならなかったんだ、まったくローレライのやつ・・・とアッシュが言うのを聞いて、いきなり、ルークは笑い出した。
「あははは!」
「・・なに笑ってやがるっ!」
「いや、なんか不思議だからさ。」
「なにがだ。」
「だって、さっきのやつらに言ったようにさ。俺はアッシュのレプリカなのに、全然アッシュみたいじゃないからさ。」
「・・・・・。」
 なんで中身まで似ないんだろうな〜、とルークは言った。
 同じ顔の筈なのに、まるっきり違う表情で。
 こんな屈託なくは、アッシュは笑えない。
 そういえば、こいつとは味覚も違う。
 その事に、アッシュは気がついた。
「・・・味覚ってのは。」
「え?」
「どこに属するものなんだろうな。」
「はぁ?」
 体の仕組みが同じで、感覚が同じであるならば、食べ物の嗜好も同じである筈だ。つまりそれは、ルークとアッシュは、感覚が別、という事の証明になりはしないか。
「味覚って、味覚だよな?あれって口の中じゃねぇの?あれ?舌かな?」
 首を傾げたり、耳を掻いたりしながら、ルークは真剣に考えている。
 唐突なアッシュの言葉にも、それを馬鹿にしたり、聞き流したりは、決してしない。
 まるで子供のように一生懸命に、答えようとしている。
 こんな馬鹿馬鹿しい質問に。


 同じ体、同じ細胞でできていても、こいつと俺とはこんなにも違う。

 

 ・・・・どうしてお前は俺を嫌わないんだ。

 こいつのせいで居場所を失ったなど、言いがかり以外のなんでもない。
 確かに原因のひとつではあるが、仕掛けたのはヴァンだし、それまで何も知らなかったこいつに、ましてや自分がレプリカだとも知らなかったやつになんにも責任はない。
 だが、それをこいつは疑わない。
 俺の言った事を真に受けて、勝手に罪悪感を感じては落ち込み、その姿は情けないとも思えて、嫌悪感を感じるものだったのだ。
 ・・・今までずっと。
 だが。

 


 そうやって追い詰めたのは、俺じゃねぇか・・・。

 


 嫌えよ、俺を。

 

 『まるで帰巣本能ですね。』

 その根に張り付いて離れないのは、細胞と遺伝子の持つ記憶のせいだ。

 だが、こいつの言うように中身まで同じだったなら、こいつはきっと俺を嫌う筈なのだ。
 そうならない理由は・・・・・。
 違うからだ。
 根本的な部分が、絶対的に暴力的に違うからだ。


 7グラム。


「7グラム・・・か。」
「え?なに?」
 きょとん、としか形容のない顔で、ルークはアッシュの顔を見た。
 なんでもねぇよ、と言って、アッシュはルークに背を向けた。
「・・・次会う時までに、宝珠を見つけておけ。」
「あ・・アッシュ!」
 行ってしまうつもりだと知って、ルークの顔は微妙に変化した。
 まるで、泣き出す寸前で、それを堪えているかのように。
 それを見て、アッシュは殊更、足早にその場を去る。

 これ以上、一緒にいても、不用意に傷つけるような言葉を言ってしまうだけなのが、嫌だった。
 そして今まで、それ以外の言葉を彼に対して持っていなかった自分を、少しだけ、後悔した。

 

 

 


「7グラム・・・。」
「ルーク、塩、7グラムじゃ足りないよ!」
 ルークが鍋を睨んだまま、そんな事を言うものだから、もっと入れないと味がないじゃない、とアニスが眉を吊り上げて、ルークに言った。
「あ、いや。違うよ。」
 慌ててルークが訂正すると、アニスは、じゃあなに?と不機嫌そうに言う。
「昨日、アッシュが・・・。」
「アッシュ?」
 またアッシュがらみの話か、とアニスは、少女特有の整った眉を顰めた。
「今度はなに言われたの〜?」
 気にしなければ良いのに、ルークはアッシュの言葉にいちいち反応しすぎだ。
 屑だの滓だの、子供の喧嘩レベルの話ではないか。
「いや、アッシュがさ。7グラムって言ってたから。なんのことかな〜って思ってさ。」
 アニス、わかるか?と聞かれて、知らないよそんなこと、とアニスは答えた。


「魂の重さですよ。」


「え?」
 振り向くとジェイドが、メガネをあげながら立っている。

「魂って言いましたか〜?大佐。」
「ええ。」
 それが聞こえたのか、なんだなんだ、と他の皆もやってくる。

「人が死ぬと、21グラム体重が減るらしいのです。」
 ジェイドは言った。
「減る?」
「なんでだ?」
 計り間違いとかじゃないのかい、とガイが言った。
「さあ。なにぶん、どのような計り方をしたかまでははっきりしていませんから。まあ、一種の言い伝えみたいなものですか。」
 前置きをし、ジェイドは続ける。
「体の中には固形以外のものも色々と蓄積されています。ガスや、水分。それらはわずかながら、当然、重さがある。その諸々の分を体から差し引いて・・・それでも、7グラム残る。」
 不明な7グラムです、と言いながらルークを見ると、ルークは分かっているのかいないのか、ふぅん?と唸って首を傾げた。
「で、それが?」
「その不明な7グラム。それが、動かなくなった体から、抜けてしまった魂の重さではないか、と言われているのですよ。」
「・・・・・え。」

「そんな事あるんですね・・・。」
 と妙に感心したようにティアが相槌を打った。
 その横で、ナタリアは目を輝かせている。
「面白いお話ですわね。」
「げ、ナタリア、こういう話好き?」
「好きというよりも、証明できたら、面白いという話ですわ。」
「証明ったって・・・。どうやってだ?ナタリア・・・。」
 わいわいと、その話に夢中の様子の仲間たちの声を聞きながら、ルークは自分の手の平を広げてみる。そしてもう1度閉じてみた。
 それは、間違いなく、ルークの意志によって動かしている。
 これを支配するものが、魂と呼ばれるものなのか。

 レプリカの自分にも、それは存在するのか。

 
 その7グラムが。


 アッシュにとってはどれくらい重いのだろう、とルークは思った。  

 彼と自分の、決定的で、絶対的で、暴力的な、どうにもならない違いを。
 どれだけ重いか、少しでも感じてくれただろうか、と。
 そう、思った。

 

 

 

 


 


 魔物は最後の咆哮をあげ、どう、と倒れた。
 それを避けると、アッシュすでに動かなくなった獣を冷たい目で見下ろした。
 斬り倒した際に、少しだけ、返り血を浴びていた。
 普段はなんとも思わない、粘り気のあるその匂いに、珍しく吐き気を覚え、一度、大きく息を吸うと、反射的に激しく咳き込む。
 それが治まった時、ふ、とアッシュは、ルークへの回線を繋ごうか、と思った。
 なんの理由もなく。


 7グラム、とアッシュはつぶやく。
 

 なにを表すでも、なにを手に取るでもない、その重さ。
 すでにそれは重さとも呼べず、まちがってなにかを失くしても、欠けたことさえ気がつかないような、そんな。


 本当は分かっている。
 分かっていた。

 あいつは、あの冷たく暗い城の下に置き忘れた自分自身でも、自分の身を削って作った紛いものでもない。
 あいつだけが片翼なのでもなければ、半身なのでもない。
 
 
 
 その7グラムこそが。


 お前をお前に、俺を俺にまっぷたつに分ける。


 限りなく重く、両手ではとても支えきれない7グラム。
 自分の所有しない、もう別のものになった、それ。


 分離した部分が帰巣本能で、自分に引きつけられるというのならば、自分の方も、コピーされた一部を懐かしがっているのだろうか、と思った。


 一緒だというのなら、いっその事。
 


 憎め。

 別個として、もう二度と戻らないという、その証として。
 この飢えのような孤独感を癒す事が、決してできないように。
 自分自身に、思い知らせる為の戒めとして。

 憎め、俺を。

 
 それは、逆に恋焦がれている感情にも似て。

 

 

 

 

 

 

fin

 

 

 

 

 


 

 


 コンタミネーション現象を抑えるための、おまじない。 結局は止められないけどね。
 別にアシュルクとして書いたわけではありませんが、どちらでも良いようにしてあります。

 魂の重さですが、21グラムという説もあります。(どちらかというとその説の方が有名です。)
 1907年、米マサチューセッツ州の医師ダンカン・マクドゥーガル博士によって、実験された結果、不明の重さが7グラム〜21グラムあった、と。
 でも語呂が悪いのと、同タイトルの映画があったので、7グラムで。
 この話は、けっこう、ハガレンでは使われていると思う・・・。

('06 11.1)