| ルークは雨が好きだった。
雨のあがった後、緑の下に入り込み、空気そのものを洗浄したかのような芳香を胸いっぱいに吸い込むのがルークは好きで、まだわがままいっぱいで世界の広さを知らなかった時分から、雨上がりの後は決まって、屋敷の敷地内にある小さな森に入り、ガイに迎えに来て貰っていた。
お前は本当に雨上がりが好きだね、と必ず言っては、立ち込める緑の匂いを独り占めしようと、あっちにいけとガイに言うルークの理不尽さを笑って許してくれていた。 あの笑顔を見なくなって、もうひと月近くなる。 きっと探してくれているだろう。
どこかで怪我でも、と心配してくれているに違いない。
ガイたちが自分の本質的なところを理解してくれていると信じているからか、ルークはなぜか、仲間たちに自分が死んだと思われている気はしなかった。
旅を始めた時には、けっしてありえない類でお互いを思う気持ちがそこにあることを、ルークは不思議に思う。
そんな見えもしないものを、どうして、あると確信できるのか。
それは、空気は見えないのに、ないと死んでしまうというのと同じ理屈に思える。
ばさばさっと大きな音をたて、たまった雨粒の重さに受け止めきれなくなった葉の上から、大量の雨水がこぼれおちた。
それは、この雨が生き物の気配を消し、すっかりと音が聞こえなくなったなかで、しばらくぶりの大きな音で、ルークが驚いて、びくりと身を竦ませたほどだ。
ルークは雨宿りのつもりでおおぶりの枝の下にもぐりこんでいた。
少し上を向き、目をつむる。
神経を研ぎ澄ますようにして、気配を探ると、丘の向こう側から太陽を感じた。
夕刻のスコールは、すぐに通り過ぎる性質を持っているから、きっともう少し待てば、雨もやむだろう。
「ご主人様、濡れているですの。」
さきほどから枝の隙間から落ちる雨が、ルークの右の肩を濡らしていた。
足元でミュウに指摘され、ルークはにこりと笑うと、それを左手で払った。どうせ濡れると思って諦めていたが、やはりじっとりと纏わり突く布の感触はあまり気持ちの良いものではない。
ルークは声を失って以来、以前よりも気配に敏感になった。
手も足もそこにある全てと同化したかのように、声以外の全て機能は研ぎ澄まされ、周囲に溶け込んでしまったている、小さな物音や風の匂いを感じた。
そんな時ルークは、自分をまるで透明な水のように、思う。
水ならば、雨の同族だ。
ルークが雨を好きな理由は、なんとなくわかっていた。
アッシュは雨は嫌いだと言う。
世界に閉じ込められた気がする、と。
そんな叙情的な言葉をアッシュが自分に向けたのは意外だったが、あとになってじわりと喜びが湧いてでてきた。
アッシュはおよそ自分に対して、人が普通に話すような言葉らしい言葉をかけてきたことなどなかったし、自分に対して話すだけ言葉が無駄になるくらい思っているものだと思っていた。
無駄なものがなく、なににも固執も執着もしない。それが時にはルークには寂しく映ったりもするが、アッシュの潔さの現われだと思う。時には痛く、激しく掻き抱いてあげたくなる人。
雨の日、ルークは初めてアッシュに会った。
「あー、いたいた!ルークさん!」
声の方を見ると、ギンジがフードつきのコートと傘を手に、走ってくる。
彼は息せき切ってルークが雨宿りをしていた木の根元までくると、すみません迎えにくるのが遅くなって、と言ってコートをルークの肩にかける。
なにも約束はしてないし、ギンジが彼の雨を避けなければならない理由などなにもないのだから、謝る必要などないというのに、ギンジはとても他人に対して、気を使う人だった。
今もルークが笑みを浮かべて、首を降ると、こんなに濡れちゃってすみません、と言いながらルークを傘の下に入れ、用意してきたタオルで、濡れていた右肩をぬぐってくれた。
「じゃあ、いきましょうか。」
ノエルの兄は、妹と同じように空の使者だった。
そうして曇りのない空のような笑顔をルークに向け、移動を促す。
「早く行かないと、アッシュさんに怒鳴られちゃいますよ?」
まったくあの人ときたら、怒鳴るのが趣味みたいなんですから、とギンジは笑った。
磁石も利かない森へと落ちて、2週間もたった頃、やっと彼らは森を抜け出した。
道中には、見慣れないおぞましい姿の魔物や、逆に食べたこともない美味しい果実などがあって(毒があるかどうかはミュウが判断してくれた)、彷徨っていたにも関わらず、あまりルークは、不安に感じることがなかった。
その間にも失われた声が戻ってくることはなく、ルークは漠然と、このままでは自分の声が二度と出ることはないだろうと思っていた。
しかし、それでも。
ルークは森を出たくなかった。
通り過ぎがてら、木に墨で目印をつけながら、まっすぐへと道をとっていると、やがて木々の並ぶ間隔が徐々に広くなり、木立の向こうが透けてみえるようになってきて、ルークは森が終わりつつあることに気がついた。
あの時の感情をなんと表現したら良いのだろう。
永遠に続くかと思っていた風景が変わったことにほっとしたのと同時に、異様な寂しさと虚しさがルークの胸に飛来して、一瞬、肺が焼け付きてしまうのではないかと思うほどに、痛んだ。
森を抜ければ、アッシュとのふたり旅は終わりを告げる。
それまでは、他に選択肢のない状態でのパーティだからこそ、アッシュがルークと行動を共にしていたことは嫌というほど分かっていて、その規制がなくなればアッシュがルークを置き去りにするだろうことは、目に見えていた。
アッシュはなにもかも秀ですぎていた。
剣の腕も、料理も、道の選びかたも迷いがなく、失敗の類をしない。
ルークはいつも迷いばかりで、完全な足手まといだった。
森を抜けた場所が幸いしたのか、アッシュにはそこに見覚えがあるという。
そして、はぐれた時、落ち合うと決めてある場所とも近いと説明した。
そこにはギンジがいて、アルビオールが待っている、と。
アッシュとルークのふたりの姿に気がついた時、ギンジは一目散に駆け寄ってきて、おふたりとも怪我は!?と聞いてくれた。
アッシュは、別にねぇと答えたが、ふたりが森の中で彷徨い出してからきちんと把握していたと思っていた日数が、実は1日ずれている事を指摘され、ふたり揃ってぞっとなった。
同じことの繰り返しや、同じ風景ばかり見ていると、人間はどこかで時間を勘定する機能が緩む。
あのまま、もっと長い時間を過ごしたなら、1日のずれは、3日にも10日もなってしまったかもしれない。
ふたりともよくご無事で・・・と半ば涙ぐみながらギンジは言い、近くの街まで飛ぶので、宿で一晩を過ごすと良いですよ、と薦められた。
そこでゆっくりと疲れを取れば良い、今日のうちに自分がノエルに連絡して、ルークを迎えに来てもらうようにしておくから、とギンジが言って、言葉を紡ぐ方法のないルークは、素直にそれに頷くしかなかった。
だが。
「連絡はしなくて良い。」
きっぱりとアッシュが否定の言葉を口にして、ルークは目を丸くし、ギンジはなんでですか?と首を傾げた。
こいつは、とアッシュはルークを指差した。
「こいつは、このまま連れて行く。」
「!」
「え!」
ルークの驚きももっともだったが、日頃からアッシュがルークを屑だのなんだのと罵倒しているのを傍で見ていたギンジは本気で面食らって、それってルークさんになにかするつもりじゃないですよね!ととんでもなく失礼な言葉を口走った。
「こいつは今、口が利けねぇんだよ。」
「え・・・。」
驚いた顔で、ギンジはルークを見た。
ルークは眉を下げ、困った顔のまま笑い返すしかない。
「こんな状態で、あいつらのところに帰してみろ。俺がなにかしたんじゃねぇかってあらぬ疑いをかけられるに決まっている。」
苦々しそうに吐き捨てるアッシュに、ルークはそうだろうか、と首を傾げた。
確かに、ガイをはじめとするルークの仲間は、アッシュがルークを快く思っていないことを知っている。
しかし、だからと言って、危害を加えたと頭ごなしに決め付けたりはしないだろう。
それからもう2週間近くなる。
ルークはあいかわらず声が出ず、アッシュとミュウとギンジ、というそれまでだったらありえない組み合わせで、セフィロトを廻っている。
ルークは声が出ない為、ふたり(と1匹)との意志の疎通をジェスチャで行っていたが、かかる時間の面倒臭さに対してアッシュがなにも言わないことが不思議だった。
そしてアッシュはあれ以来・・・決して回線を繋ごうとはしなかった。
それは好都合であると同時に切なくもある。
ルークはけっして、アッシュに知られてはならない秘密を抱えているし、それを知られないためならば死をも辞さない覚悟でいる。
しかし守ろうとするあまりに、ルークがとった行動でアッシュはますますルークを嫌ったのではないだろうか。
だからこそ、不愉快な回線を繋ごうとしないのでは。
回線はルークの思考を筒抜けにさせる。
アッシュとの確固たる絆の証であったが、同時に、ルークが本当は醜く、欲にかられたろくでなしであることを一番知られたくない人に、知らしめてしまう諸刃の剣だった。
自分は醜い。
アッシュに気持ちを知られたくないのは、それでアッシュを困惑わせてしまうことでも、ナタリアに対する罪悪感でもなかった。
それを知られれば、アッシュは、自分を気味悪く思うだろう。
そんな目で見られたくなかった。
呆れられても蔑まれても、かまわない。
しかしアッシュに、まるで自分には理解できない生き物のように見られるのだけは嫌だった。
それくらいなら、どうしようもない不良品だと言われ続けているほうが何倍もマシだ。
アッシュに理解されないことが決定的になってしまったら、ルークを理解してくれる者はこの世には誰もいなくなってしまう。
そうして世界には己ひとりだけだと思い知って、傷つくのがルークは怖いのだ。
俺は・・・醜い。
人への思いやりなど微塵もなく、自分だけが可愛くて自分さえよければそれで良い。そんなことを考えている。
それが本当のルークで、それをアッシュには知られたくなかった。
崇高なアッシュのレプリカである自分が、こんなにも醜い不良品であるなど許されない。
それは唯一絶対の、ルークの信じる、思い込みの真実だった。
「どうだ?レプリカ。」
問われ、ルークは首を振る。
第七音素の気配は微塵も感じられず、ルークはアッシュなら受け取れたであろうものを自分が取り落としたことに対する事実に、肩を落とすだけだ。
ローレライの宝珠は見つからなかった。
しかし、アッシュは必ず送られてきた筈だ、という。
第七音素の塊であるローレライは生命体ではないが故に、嘘はつかない。
送るといったからには、こちらがどんな状況であったとしても送ったはずで、それをルークが取りこぼしたことは、明らかだった。
ヴァンの動向を探らなければならないのに、こんなところで道草を食っている暇はなかった。
そもそも、ヴァンが本当に生きているのかわからないのだから、調べるにしてもそこからで、それにはいくら人手があっても足りないだろう。
ルークはアニスのことを思った。
イオンを亡くして、アリエッタに決闘を申し込まれ、あの小さな肩が背負っているものを考えると、どうしても自分は甘いのだと思わないではいられない。
こんなところで躓いて、結局アッシュに助けてもらって。
ガイも、ジェイドもティアもナタリアも。
皆、己の業も運命も受け入れて、生きているというのに。
ルークはアッシュにすがって・・・自分はレプリカだからオリジナルに劣っていてあたりまえだと、そんな言い訳すら考えている。
ルークが首を振ったのを見ると、アッシュはふいっと顔を背けた。
つまらないと感じて身を翻す猫のように、ルークの答えで興味を失った証拠だ。
情けない気持ちになってルークはうつむく。
どうしたら、アッシュの期待に応えられるのかすら、考えてもわからないなんて。
「ルークさん!?」
ギンジの焦った声に、なんらしかの制止の声が混ざっているのに気がついて、え、とルークは顔をあげた。
途端、視界いっぱいに大きく広げられた黒い手のひらが入り、ルークは一瞬、なにを見ているのかがわからなかった。
「この・・・バカがっ!」
アッシュの怒号が響く。
「口を開けろ!噛むんじゃねぇ!」
胸元を締められ、顎を強引につかまれる。
それに抵抗する間もなく、アッシュの指がルークの歯と歯の間に乱暴に入ってきた。
力の入った指で口をこじ開けられた痛みに眉を顰め、そしてその瞬間、ルークは自分の唇に違和感を感じて、左手を口元へと持っていく。
指先には、独特の粘り気あるの赤い色がつき、やがてじんじんと唇が痛み出して、そこで初めてルークは、自分が噛み切るほどに強く、唇を噛みしめていたことに気がついた。
ルークはアッシュを見た。
しかし、ルークと視線が合いそうになるとアッシュは目を逸らし、ルークの襟元を掴んでいた指を解いて、背を向ける。
「・・もうここには用はない。行くぞ。」
そっけなさには不機嫌さが混じっていて、ルークは手間のかかる自分に内心アッシュは舌打しているに違いないと悲しくなった。
しかし、本当はそれは、ルークの熱っぽい視線を、嫌がるかのような仕草だった。
「はい。これよく効きますから。」
ギンジは、いつもはアルビオールのパイロット席の足元に置かれた小さな薬箱に常備されている、プラスチックの容器に入った軟膏をルークに差し出した。そして、念の為に薬の類を持ってきて良かった、とどこか得意そうに微笑む。
「?」
「唇。つけると良いですよ。」
にこりと笑うギンジに、ルークはありがとう、と口を動かして伝える。
早速フタを開け、指ですくった薬を唇に塗ろうとしたが、鏡がないからあてずっぽうなところに塗ってしまって、なかなか傷に触れることができない。
唇はじくじくと痛むのに、傷口がわからないのが面倒で、ルークはてっとり早く唇全体に塗り込んでしまおうとしたのだが、それに気がついたギンジが、
「ダメですよ。傷が広がっちゃうじゃないですか。」
だいいち擦ったら痛いですよ?と言って、
「ほら、オイラが塗ってあげますよ。」
薬をルークの手から取り上げた。
「口、少し開いてください。」
ルークは言われるままに口を開く。
ちょんちょん、という感じでギンジは薬を塗っていく。なんとなく甘い匂いがして、ルークはぺろりと唇を舐めてみた。
「あー、ダメですよ。薬取れちゃうじゃないですかー。」
ギンジは、あーあ、といって溜息をついた。
その薬はノエルも愛用しているリップクリームで、原料に保湿成分のあるハチミツと薬草が使われている。原料は無添加だから、食べても体に害はないが、薬を舐めてしまったら元も子もない。
しかしルークはそれがお気に召したようだった。
ギンジが薬を塗りなおすと、ルークは甘い薬をぺろりと舐める。
ダメじゃないですか〜と言いながら、何度かそれを繰り返していくうちに、ギンジはくすくすと笑いをこぼしだし、ふたりは幼い子どもの兄弟のように近しく相手を感じた。
元々、ノエルから聞かされていて、ギンジのルークに対する評価は高い。
ルークの方も、気の良いギンジに気を許すのは当然で、なんだかガイといるみたいな気軽さと安心感を感じていた。
「おい。」
一向に薬が塗り終わらないふたりを、アッシュは嫌そうに見た。
「こいつに構うんじゃねぇ!」
お前も薬なんか塗ってやるんじゃねぇ、甘やかすな!とアッシュに怒鳴られ、ギンジは肩を竦める。
それを見てルークは、おれのせいでごめん、と唇を動かしてギンジに侘びを告げようとしたのだが、その瞬間。
「!」
ぐい、と胸倉を掴まれ、アッシュに睨まれる。
「いちいち謝ってんじゃねぇよ!」
アッシュの瞳には、苛立ちが混じっていた。
直接なにかしたという訳ではないから、このアッシュの怒りの原因がわからず、ルークは動揺しながら、アッシュの顔を覗きこむ。
瞳がかちあった瞬間、は、とアッシュが嘲りの笑みを浮かべた。
「そうやってなんでも自分のせいしてれば、気分が楽ってか?」
「・・・!」
「自己憐憫に浸っているってのは、さぞやいい気分なんだろうな?」
放り投げるようにして、アッシュはルークを放した。数歩後ろによろけると、その背をギンジが支えてくれる。
ルークはアッシュを見た。
アッシュもルークを見た。
ふたりはそのまま何もいう事ができずに見つめあい、アッシュが、ふん、と視線を逸らした瞬間、支えてきた糸が切れたマリオネットのように、その場にルークは膝をついた。
そのまま、前に体が倒れこむ。
アッシュは。
きっとアッシュは・・・。
どくん、とルークの鼓動が大きく鳴った。
ふいに、炎の記憶が蘇ってきて、ルークはそれを幻だと思う間にも、意識をそちらに持っていかれてしまう。
目の前は火事だった。
煙で、呼吸が苦しい。
焼けた木々の匂いと、肺を焼く熱い空気。
遠く、ティアの譜歌の声が聞こえて・・・。
森に入ったばかりの時、高い枝に巣をつくっている若い鳥のカップルを見つけた。
もうすぐ卵が孵化する季節ですよ、とジェイドが言って、屋敷裏の森にもあの鳥は住んでるから、それくらいは俺でも知っていると返した。
あの鳥の精魂込めてつくりあげた巣は、卵ごときっと、もう、ない・・・。
炎の向こうから、ナタリアの声が・・・。
俺を心配する声と、歌声と。
それから。
それから・・・・・。
落ちる。
手を伸ばして、届かない。
アッシュ。
アッシュ、アッシュ、アッシュアッシュ、アッシュ、アッシュアッシュ、アッシュ、アッシュアッシュ、アッシュ、アッシュ!!
ひゅ、と短く、息を飲む音がして、そのままルークはくず折れた。
喉元をかき抱くようにして、倒れこんだルークは小刻みでせわしなく、はっ、はっ、はっ、と異常な呼吸音を繰り返している。
「アッシュさん!」
明らかな緊張状態のルークに、ギンジが焦ってアッシュを呼ぶのと、アッシュがルークに手を伸ばすのは同時だった。
「レプリカ、ゆっくりと息をしろ!」
「深呼吸してください!ルークさん!」
呼んでも、揺すってもルークはアッシュをみない。
せわしない呼吸音を繰り返す瞳はうつろで、焦点があってなかった。
ルークの明らかな過呼吸の症状に、ギンジはうろたえながらも袋の類を探したがあいにくと持ち合わせはなく、そうだ、と気がついて道具袋から中身をひっくりかえしだした。
焦るギンジがもたもたと作業しているその間にも、ルークは喉元を掻き毟るようにして体を逸らし、それを見たアッシュは、とっさにルークの鼻と口とを手で覆った。
とたんに手のひらに触れたルークの柔らかい唇の感触と漏れる息の熱さに、思わずアッシュはたじろいだ。
反射的にせっかく塞いだ手を外し、なにかの罪悪感に支配されながらルークから離れようすると、その瞬間、離れる腕に追い縋るように、ルークの指がアッシュを掴んだ。
ルークを責め苛んでいるものは、今やルークそのものを支配していて、まともに呼吸できない苦しさからか、ルークの見開いたまま、まばたくすらしていない瞳から透明な涙が流れおちた。
ルークは血の気をなくして真っ白になった指をきつく握りしめ、捕まれたアッシュは、あとで痣になるな、と自分の腕を人事のようにみて、それから。
それが、ルークがまともな思考すら奪われていての、無意識下の行動だったということはわかっている。
それでも、縋りつかれたその瞬間に、アッシュは自分のなにかの箍が外れたことを自覚した。
ルークの顎を掴み、セフィロトでしたのと同じように指をねじこんで、口を開けさせた。
そのまま、ルークのせわしない呼吸を飲み込むようにして、唇で塞ぐ。
アッシュは、床に倒れるルークの体の上に覆いかぶさると、心臓の上辺りに手を持っていった。
このままルークの、苦しさでのたうちまわる心臓が止まってしまうことを無意識に案じていた。
歯に歯があたる感覚と、熱い息の間から、少しだけ舌があたった感触にアッシュは目を見開くと、それから何も見ないように目を閉じ、ゆっくりとルークの口内への侵入していった。
とろけそうなほど柔らかい肉の感触をしばらく貪ってから離れると、いつの間にかルークの呼吸も落ち着きを取り戻していた。
「・・・まったく。」
ルークの呼吸が一定のものになったことを確認して、アッシュは自分の口元を、ぐい、と拭う。
「どこまでも、手間のかかるレプリカだ・・・。」
しかし、その言葉を、ギンジは素直に受け取らなかった。
「えっと・・・アッシュさん?」
「なんだ?」
ギロリと睨めば、ええと、とギンジは躊躇いがちに、それでいて複雑そうな視線でもって、アッシュを見る。
「アッシュさんって、その・・・。」
未だ、床で気を失っているままのルークを見て。
「ルークさんのこと、好きだったんですか?」
「違う。」
アッシュは即答した。
「こいつが、俺を好きなだけだ。」
勝手にな、とアッシュは言った。
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