※注 性的な表現はありませんが、直接的な表現が一部にあり。

 

 

 

 

 

 

アーリータイム・ベッドタイム

 

 

 


 朝目覚めると、妙な寂しさを感じるのは何故だろう。

 真新しい空気とが肺を満たし、世界は真新しい1日と、真新しい匂いにあふれているのに、どこかで二度と味わえない昨日を惜しみ、過ぎ行く時間を懐かしむ。
 
 くだらない感傷だ。
 そんなものに浸っていられるほど、暇ではないと自分の身の上を思い返し、アッシュは義務的な動きで、黒い上着を羽織った。
 カーテンでも開ければ、気分が切り換わるかもしれない。
 昨日の預言では、今日の天気は晴れだった。

 

 身を屈め、床に転がっているベルトを手にとり、腰にまわす。カチャリを軽い音をさせ、それを止めると、
「・・なに見てるんだ?」
 先ほどから寝たふりを決め込んでいた相手を、横目で睨んだ。
 
 白いシーツに埋もれるように寝ている相手が、くすくす、と笑いをこぼし、
「だってさ。」
 と、こどものような口調で言った。
「その服、どうやって着るのか、いっつも気になってたから。」
 ちょうど目を覚ましたら、アッシュが服着てるところだったから、と盗み見の言い訳をしつつ、まだ眠いのか、気持ち良さそうに毛布を手繰り寄せている。
 隙間から飛び出ている髪は、あちらこちらに飛び跳ねていて、それだけが白いベッドの中で鮮やかに朱かった。

 ベッドはめずらしく清潔で白く、壁にかかるランプも新品のように煤ひとつついていない。
 綺麗に掃除が行き届いている宿は、値段もそこそこの安さのくせに対応もよく、大概はアッシュの宿へと出向いてくるルークが、昨日は、自分たちが取った宿の方が感じが良いからとアッシュを呼び寄せた。
 驚いたことに、その為にルークは、同室だったガイをどこかへ追いやったらしい。
 なにをどうやって説明して、部屋を空けさせたのか気になったが、なんだかそれは聞かないほうが良い気がした。
 次に会った時、ガイに刺されないかが心配でもあるが。

 あいかわらずシーツの波に埋もれた姿勢のままで、ルークが言った。
「なぁ、それ。インナー着ないで着るのか?」
「なにがだ?」
「その上着みたいなの。」
 いつも思っていたが、アッシュの服はやたらと、着込んでいると思う。
 もちろんルークが薄着なのだし、アッシュの服は教団の制服の一種なのだろうが、見た目だけでは、どこがどう繋がっているのかわかりにくい。
 胸のジッパーをあげながら、アッシュはルークを見ると、この地方は暑いからな、と言った。いつもきっちりと服を着ているアッシュにしては、きちんと襟元を止めてないところを見ると説得力がある。
 けれど、アッシュの服は裸の上に時下に着るようなものではないと思う。
「まあ、なんと言っても制服だしな。」
 と今は椅子にかかったままの、角の生えたハートのようなカタチの教団のマークが入ったコートを顎でしゃくる。
「軍隊の制服なんてものは、露出部分が少ないもんだ。外気に晒されていると怪我を負う確立も高いからな。」
 つまり、布一枚でも素肌を晒しているよりは、危険が少ないとの考えなのだという。どこまで本当かは知らないが。
 第一、それを言ったら生足を晒しているアニスや、それ以上になんだかよくわからなく露出度が高いリグレットなど、傷だからけになってしまう。
「女の子なのに・・・。」
「は?」
「アッシュがじゃねーよ。」
 当たり前だが。
 アッシュが女だったら、自分の上に乗り上げたりしない。

 そうこうするうちに、アッシュは膝上までを覆う長いブーツを手に取った。
 それをみて、ああやっぱり面倒臭そうな服だな、とルークは思った。
 アッシュは慣れているのか、気にした風もない。ブーツの前には黒い厚手の、タイツのようなスラックスのようなものを履いていたのだが(それはルークは見逃している。)ここまで着るのに、ほんのわずかな時間しかかかっていない。

 

 そして、アッシュと一緒にいられる時間も、あとほんのわずかしかない。

 

「な、セックスした後、女をベッドに残す男って、最低って言われてるって知ってるか?」
「それはした後、すぐの話だ。」
 ルークの挑発には乗らず、アッシュはブーツに右足を入れた。膝までくる長さの為に、椅子に軽く腰掛けて、引き上げる。
「第一、てめぇは女じゃねぇだろうが。」
「そーだけどさ・・・。」
 ごろん、とルークはベッドの中で半回転した。
 天井が目に入り、素肌に教団の制服を着たアッシュの上半身が目に入る。あのなかには昨夜散々貪りあった、ひきしまった胸板が収まっているのだ。
「なあ、アッシュ・・・。」
 ルークが呼べば、ん?という風にアッシュが近づいてきた。
 いつもは屑だなんだとイライラしては怒鳴り散らすくせに、ふたりきりの時間になるとアッシュは静かさを好む。
 以前はその正反対のアッシュの性格に、いちいち振り回されたものだが、今では慣れた。
「ジェイドがさぁ・・・。」
 ぴくんとアッシュの眉があがったが、ルークは見なかったことにした。
 それこそふたりきりの時、他の人間の名前があがるとアッシュは不機嫌になる。もっとも、それはルークにしても、ふたりの時間にナタリアの名前が出てこないことでもあるから、どちらかといえば、ラッキーな方の約束のないルールだった。
「こないだの便利連絡網のときにさ。」
「なんだ?」
「"まるで都合の良い女扱いですね"って。」
「あいつ・・・。」
 アッシュは唸り、右手の中に顔を埋めた。
「余計なことを・・・。」
「なぁ、違うよな?」
 ルークはアッシュがからかうつもりだった筈の気持ちが、自分を裏切って切実なほうに傾いていくのを感じた。
「俺が、都合が良いからアッシュは、繋げてくるんじゃないよな?」
 おい、とアッシュは口にしそうになった。
 ルークにはそんな気持ちがないのだろうが、今のルークがそれを口にすると、妙に艶かしい。

「さて、な。"都合の良い"ってのも人によって解釈が違うからな。」
 ジェイドの言う意味とはあきらかに違うが、確かに、アッシュにしたら、どこにいても話ができるルークとの関係は、なにかと"都合が良い"。
 アッシュがすぐに否定せずにそんなことを言うものだから、ルークはぐずぐずと情けない顔になった。
 そのくせアッシュは、そんなルークを慰める気など微塵もなく、ちっと小さく舌打ちすると、こんなことでいちいちベソかくな、面倒くせぇ、とつぶやいた。

 ルークはばふん、と音をたて、枕につっぷした。
 昨夜はあまり使わなかったが、中身は羽毛で、清潔な匂いがした。それが、追い詰めるかのようにルークを惨めな思いにさせる。
 枕の下からちらりと伺えば、アッシュはそんなことなど意に介さない様子で、左足をブーツにつっこんでいる。
 まるで自分などここにいないかの態度が、少しだけ癪に障り、ルークはそろそろと手を伸ばすと、サイドテーブルに乗せてあったものを、すばやくシーツの中に隠した。

「おい。」
 アッシュの支度ももう最後だ。
 手袋を嵌める前に時計をつけようとして、そこにないことに気がついたアッシュは、なにも言わなくとも犯人はルークだと決め付けて(事実だが)、さっさと返せと要求した。
「俺じゃないよー。」
 つん、とそっぽを向いて言うルークに、そんなわけねぇだろうが、とアッシュは言った。
「てめぇ意外に誰がいるってんだ。」
「落っこちてるかもしれないじゃん?」
「いや、お前だ。」
「調べもしないでなに速攻決め付けてんだよ!」
 ルークの意地に、返せ俺じゃないの攻防を3往復ほどした後、
「それなら調べさせろ。」
 とアッシュは、引きつった笑みを浮かべて言った。
「その代わり・・・出てきた時には、どうなるかわかってんだろうな?」
「・・・・・。」
 ピクピクと痙攣しているこめかみに、本当にアッシュって短気だよな、とルークは溜息をついた。
 ほんの少しの悪戯心に対しても、アッシュは容赦ということを知らない。
 観念して、シーツの中からそれを出してみせれば、アッシュはそらみたことか、という顔をした。
 それが悔しくって、時計に手を伸ばしたアッシュの腕を掴むと、おもいっきりひっぱる。
 うわっという短い悲鳴をあげ、アッシュの体がベッドに沈む。
「てめぇ・・・。」
 シーツから顔をあげ、ルークを睨むアッシュの姿は、すでに悪戯の域を超えていた。
 それを見た途端、びっくりして、ルークの心臓が跳ねる。
 いつもとは違う体の位置関係で、ルークを睨むアッシュの髪は、ほどけるようにして肩を覆い、締め切ってない胸元と裸のままの二の腕が、黒い服の下から覗いていて妙に艶かしい。
 さりげないアッシュの色気にあてられ、ルークは自分の動揺っぷりに、しっかりしろ俺!と小さな声援を送ったほどだ。

 


 そういえば、以前アッシュに、色気をつけろ、と言われたことがあった。
 お前の告白ごときでは良い雰囲気にならない、と。
 けれど、こんな間近でアッシュの色気に毒されてしまうと、どう逆立ちしても、自分には真似できそうにない。
 天性の魔性が潜んででもいるような意味ありげな笑みも、血を思わせる紅い髪の艶やかさも自分にはないもので、それを越せるほど魅惑的なものを自分が持っているとは到底思えなかった。


 だから、半分ヤケの気持ちになって、ルークは身を起こそうとしたアッシュの胸元に、飛び込んだ。
 抗議の声よりも早く懐に入り込んで、最後まで止められてないジッパーの金具を唇で摘んでおろし出す。
 おい、と言うアッシュの声には、呆れはあっても怒りはなかった。
 それを感じ取って、ルークはにっこりと笑う。

「なぁ、もう一回しよ?」

 バカかてめぇは、と呆れた声が降ってきて、それでも頬にかけられた指が、唇を撫でるのを確認すると、ルークは満足げに笑みをこぼした。

 

 

 

 

 

('09 4.9)