ぼくとくま |
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巻き上がる砂煙にルークは目を細めた。
建物に阻まれているから少しはマシになったものの、一歩外へ出れば砂漠というこの街では、空気は常に乾燥していて埃っぽく、着ている服の間から吹き込む風が運んでくる砂が入り込んでは、じゃりじゃりと肌のうえに不快な感覚を落とす。
どうせ落としても入り込んでしまうと分かっているものの、ルークはもう何度目かになる服の裾をまくって、中に入り込んだ砂を叩き落とすという作業をしていた。
一緒に買出しに出たガイは、文句を言いながら自分の服をぱたぱた叩くルークを見て、そんな隙だらけの格好をしているからだろう、と呆れ顔で言った。
「良いじゃんか、好きなんだから。」
ルークが人の嗜好をとやかく言うなっとガイに向かってふくれると、文句は別にないんだがな、と前置きをしながらも、
「・・・そういうちんぴらみたいな服が好きってのもどうなんだ?」
貴族様のくせに、とルークに言い返す。
ルークがレプリカであろうと、なんだろうと、王位継承権第3位というとてつもない血筋の貴族であることには違いない。
ルークは、ガイが腕にかかえているトマトを紙袋のなかから取り上げてかぶりついた。
おいおい、とガイは、子供のようなルークに苦笑する。
そのトマトは、アニスから数まで指定して買ってくるように言い付かっていたものだから、このまま帰ればただではすまない。
それが分かっていての、ルークの軽い意趣返しだった。
ルークはトマトをかじりながら、宿ではなくケセドニアの市場のほうへと足を向ける。
ルークに取り上げられた分のトマトを、もうひとつ買わなければならなくなったガイも同じだ。
ふたりは市場の入り口で、竹串にささって売られていたカットされたパインとメロンを買うと、そのまま市場見学へと洒落こむことにした。
お使いの途中だが、少しぐらい足を伸ばしたって良い。
市場のなかは活気があり、店先にはこれはと思うような掘り出し物や、誰が買うんだと思うようなガラクタや、古い音機関の部品まで売っていて(ガイがしばらく離れなかった)、種類もなにも分類されずに置いてあったから、どんなに眺めていても、全てを見きれていないような気分にさせられた。
・・・あれ? そんな中で、ルークは繋がれたままのソーセージ(しかもシートの上に時下置き)と、白磁の年季の入った皿の間に、ちょこんと陳列されていた、テディ・ベアを見つけた。
初めは軽くティアが欲しがりそうだな、と思っていただけなのに、妙なデジャブに襲われて、どうにもこのテディ・ベアを以前どこかで見たような気がしてならない。
鼻の下に指を押し当て、う〜んと小さく唸っていると、すばやくトマトを見つけて買ってきたガイが、どうしたんだ?とルークの顔を覗きこんだ。
「いや、このくまのぬいぐるみ、さ。」
ルークはテディ・ベアを指差す。
「なんか・・・見覚えがあるんだよな。懐かしいっていうか。」
「あっ!」
ルークが言い終わるか終わらないかの時点で、くまのぬいぐるみをみたガイが声をあげた。
「これは、トゥーリオじゃないか!すごい偶然だな!」
「へ?」
「覚えてないか、ルーク!以前、屋敷にあっただろ!」
そう言われてみれば、とルークははるか昔の記憶を呼び覚ました。
たしかにまだ、ルークが幼かった頃、ルークの部屋にテディ・ベアが飾られていた。
しかし、ルークはそれには興味が湧かず、けっきょく・・・。
「えっと・・・。どうしたんだっけ??」
「売っちまっただろ?いらないからってさ。」
そう言いながら、ガイはなんだか困ったような顔をして笑った。
ん、とルークは首を傾げる。
そういえば昔・・・やはりこのくまのことで、ガイが同じような顔をしたのを見た事があるような気がする。
「まあ、いらねーよな。男の俺の部屋にくまのぬいぐるみだぜ?子供じゃないんだからさ。」
今のルークの実年齢はともかく、普通、くまのぬいぐるみを部屋に飾っている男子はいないと思う。
一般論だと思っての発言だったが、それを聞いたガイはますます複雑そうな顔をした、
「ルーク・・・テディ・ベアってのは、男の子のおもちゃなんだ。」
「へ!?」
「ぬいぐるみだから女の子って思ったんだろうけど、テディ・ベアは男の子が生まれた時、その子の初めての友達という意味合いで、贈られるものなんだ・・・まあ、そういう習慣なんだな。貴族なんかは特に多いんだが。」
「え・・じゃあ、これって・・・。」
ルークは目を丸くしながら、鎮座しているくまを指差す。
「そう。ファブレ家に嫡子が生まれたというお祝いに、奥様が買い与えたものだ、と聞いてる・・・。」
「そ・・それを俺は・・・?」
「いらないって出入りしてた業者に売っちまうんだもんな・・・。しかし、理由が理由だったからなぁ・・・。」
旦那様も、怒るに怒れなかったんだろうが、とガイは続けた。
たしかあの時は。
母の誕生日に、なにかをプレゼントしたくって、ルークはお金を必要としていたのだ。
ファブレ家にはお金があっても、それはルークのものではなく、母上にプレゼントしたいからお金をくれ、は本末転倒な気がした。だから、自分の身の回りのもので、いらないもの、つかわないものを業者に売った・・・。
そんなことを思い出していた時だった。
ルークは、鋭く差す胸の痛みに、思わず胸を掴んだ。
「ルーク?」
ガイの怪訝そうな顔に、なんでもねー、と笑って答える。
その間も、大きな罪悪感はルークを責め苛んでいた。
テディ・ベアは男の子が生まれた祝いに贈られるものだという。
その時、誕生を喜ばれ成長を願われて、くまを贈られたのは・・・ルークではない。
このテディ・ベアの持ち主は、本当はアッシュなのだ。
ルークはそんなことは知らなかった。
初めから自分のものだと疑いもせず、自分にはいらないものだと判断した。
アッシュに向けられた、祝福も期待もすべて、ルークが勝手に肩代わりした挙句、それらをまるっと売ってしまったのだ。
そこに込められていた何人もの人の願いなど、考えもせずに。
それは仕方のないことだ、と言い訳はきく。
そして誰も責めはしないだろう。
だが、ルークは7年間暮らしてきたあの屋敷のなかで、様々なものを壊し捨ててきた。
その全てに、アッシュの生きた軌跡も、たしかに刻まれていた筈だった。
そうしてなにも知らぬまま、ルークはどれほどアッシュのものを、捨ててきてしまったのだろう。
そう思ったら、なんだかいたたまれなくなってきて、少しでも取り戻そうと、結局ルークは、そのテディ・ベアを買い戻した。
テディ・ベアにはトゥーリオという名前がついていた。
当然だが、それはほんとうによちよち歩いていた頃のアッシュがつけたのだという。
くまは長い間、様々な人の手に渡り、あちこちほつれて、汚らしくみすぼらしくなっていた。
まるでアッシュの大事な想い出もボロボロにされてしまったようで、辛くって。
ルークは汚れたベアの顔を、自分の服の燕尾の部分でごしごしと拭いたが、綺麗になった気がまったくしない。
自分の服が汚れているのかも、と清潔なタオルを持ち出してきて拭いてみたが、やはり代わり映えはしなかった。
ルークは溜息をつく。
ベッドサイドに座らせると、左に傾くそれを眺めては溜息をつき、タオルで拭いたり、全身の毛を櫛で梳かしてみたりを繰り返す。
いっそ洗おうかと思ったが、そんなことをしたらダメになってしまうでしょう、とティアに怒られた為、それはやめた。
そんな益体ないことを夜半過ぎまでやっていると。
「・・・あ。」
『おい、窓を開けろ。』
声なき命令が耳の奥へ飛んできて、ルークは慌てて、窓へと駆け寄った。
焦る気持ちが手元をもたつかせたが、それでもなんとか鍵を開けると、同時にアッシュが入ってきた。
何度、正面から入ってくれば良いのにと言っても、アッシュは、ルークの部屋には窓からやってくると決めているようだ。
アッシュは部屋に入ると、体を投げ出すように備え付けの椅子に腰掛け、ブーツを脱ぎだした。手袋はすでにベッドの上に投げだされている。
いつも思うのだが、アッシュの手袋とブーツは長く、やたらと手足を締め付けているように見える。
くつろごうという時、アッシュが一番初めにそれらを脱ぐことからみても、それは大きく外れた見解でもないと思う。
自由になった両足を床に投げ出し、アッシュは、は、と溜息をついた。
アッシュの溜息は、少しだけ疲れを感じさせ、そして気だるげな色気も滲ませている。
ルークはお湯で温めたタオルを手に持ったまま、そんなアッシュの様子に、思わず見惚れてしまうのだった。
「・・・で?」
じろり、と睨むようにアッシュに見られ、ルークは慌ててタオルを差し出したが、そうじゃねえ、と怒鳴られた。
「お前が変な顔している理由はなんだ?」
「へ・・変な顔!?」
「変な顔だろうが。」
自分の顔をぱたぱた触り、それから急にしょぼくれた顔になって、ルークはアッシュに寄って行った。
目の前で、ぽすんと座ると、怒られるかなと思いながら、アッシュの膝の上に頭を乗せる。心配に反して、アッシュはなにも言わなかった。頭を撫でてくれるような愛ある行動もなかったが。
「俺は疲れてんだ!」
「う・・うん。」
「ようやくここまで辿り着いてみれば、部屋ではお前がしょぼくれてやがる。俺がわざわざ来てやったってのに、少しは嬉しそうな顔をしたらどうなんだ!」
「うん・・・。」
嬉しいよ、と言いながらルークはアッシュの胴に腕をまわす。
そうは見えねぇな、と言いながら、アッシュはそれでやっと、ルークの背中をとんとんと軽く叩いてくれた。
「で、どうした?」
アッシュが聞くので、おずおずとルークは理由を話す。
ルークが全部話し終えると、アッシュは、はー、と溜息をついて、
「通りで汚いものを大事に奉っていると思ったぜ。」
と言った。
手袋をベッドに投げた時に、すでにそこに汚れたくまのぬいぐるみが飾ってあることに気がついていたらしい。
アッシュは立ち上がって、ベッドサイドまで行くと、テディ・ベアを手に取る。
後ろをひっくりかえして足の裏を見ると、
「確かに、これは俺のだな。」
と言った。
「え?」
「ここに、名前が書いてある。」
とくまの足を指差す。
メイドのひとりが、名前を刺繍してくれたのだそうだ。
そうなんだ、とよく見ようとルークが近づこうとした時だった。
ボスン!とダイレクトな音をたて、くまのぬいぐるみはゴミ箱に捨てられた。
「あー!!」
なにすんだよ、アッシュ!と叫び声をあげ、わたわたとルークがくまをゴミ箱から救出すると、それで良いんだろう?とアッシュは平然と言い放つ。
「なにが良いんだよっ!」
その言い方が憎たらしくって、噛み付くルークに、だから、と溜息がまじったような声で、アッシュは言う。
「そのくまは、俺がいらないから捨てたんだ。それをお前が拾った。それで文句はないんだろう?」
「・・・・っ!」
思わず涙目でくまを抱きしめていたルークは、アッシュを見る。
その姿が、まるで幼いこどものようで、アッシュは苦笑すると、ぽんぽんとルークの頭を軽く叩いた。
「捨てちまったものは、また拾えば良いことだろう。そんなことでいちいち騒ぐんじゃねぇよ。」
そして、うぜぇ、と付け加える。
アッシュがいつも余計な一言を付け加えるのはいつものことで、それはテレ隠しなのはわかっていても、時にはルークを落ち込ませたりもするのだが、その時は、気にならなかった。
「アッシュ、これ・・・。」
くまのぬいぐるみを、目の前にかざすようにして持ち上げると、くまの首はアッシュを避けるように、くたりと後ろへ傾いた。
「俺が貰って良い?」
「お前が金出して、買ったんだろう・・・・・。」
そんなものを買うやつの気がしれんが、とアッシュは言った。
後日談。
宿に入るとくまのぬいぐるみをベッドサイドに置くようになったルークに、ガイはもちろん、意外にもジェイドもなにも言わなかった。
いつもは部屋を別にしているものの、ちょっとしたきっかけでそれが知れた女性陣も同様だった。
ナタリアはともかく、アニスは絶対にからかってくるだろうと思っていたのに反応は普通で、思わずルークのほうから理由を聞いてみると、本当に不思議そうに、それって珍しくもないし?と返された。
貴族の男性は、すべからく、こどもの時に贈られたテディ・ベアを生涯の友人として、大事にしているものらしい。
部屋に飾っているのはもちろん、時には衣装をオーダーしたり、旅に持ち歩くなど珍しくもない。イオンも、ルークのように宿に入るといちいち出したりはしないが、それでも実は持ち歩いているという。
へえ、そうなんだ、と目を丸くして納得したルークだったが、たたひとつ困ったことは。
ティアがなにかといっては欲しがるので、ルークはこの病的な可愛いもの好きから、トゥーリオを死守しなければならなかった。
おかしい・・・ルークが嘆く話のはずだったのに・・・。
('09 5.10)
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