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ユリア聖誕祭が近づいて、ダアトの街は一段と活気付いている。
昔も今も、この時期は華やいだ雰囲気が街を包み、1ヶ月も後のその日を今か今かと待ちわびているのが空気のそこここに感じられる。
もっとも最近ではユリアに感謝と祈りを捧げるというよりも、家族で一緒に過ごしたり、恋人同士が殊更おしゃれをして出かける日という意味合いの方が強くて、預言がなくなった今はさらに、イベント的な楽しみという感覚になりつつある。
その事を嘆く詠師もいるが、ただ単純に楽しむことが目的となってしまったとしても、ユリアの誕生を祝っていることには変わらないのだから、良いじゃん、とアニスは思う。
今年はフローリアンに何を買ってあげようかな、と賑わう露店を横目でみながらアニスは思った。
最近ではフローリアンも自我が強くなったのか、はたまた成長による意識改革が行われたのか、子供扱いされるのを嫌がるようになった。
去年は赤いブーツいっぱいのお菓子でも喜んでいたけれど、今年あたりは同じ手は使えそうにない。
アニスの家は相変わらず貧乏だし(借金は帳消しになったが収益の薄さは変わらない)あまり高いものを買ってあげることはできないが、いつもより節約すれば、本ぐらいなら、なんとかプレゼントできるだろう。
勉強家のフローリアンは、図鑑が好きだ。
その代わり、パパとママには涙を飲んでもらって(大人なんだからさ)自分には・・・今年も偉大なる始祖ユリア様にがんばって貰うしかなさそうだ。
聖誕祭のお祈りに自分へのプレゼントを願うなんて少し趣旨から離れているけれど、この際目を瞑ってもらおう。
その代わり、いつか私に空からずっごいラッキーが降ってきたら、お返しを弾むことを約束するし・・・。
そんな事を考えながら、歩いていた時だった。
「・・・え?」
色彩というのは時折目の錯覚と、相殺効果を生む。
聖誕祭準備の街なかにおいて、メインカラーのその色彩をよく見落とさなかったな、とアニスは自分で自分を誉めた。
白いフードつきのマントの下に、同じ白い服の裾が覗いている。燕尾のように見えるその裾をよく踏んづけてやりたい、といたずら心を起こしたものだった。(彼は身のこなしが軽いので、実際には一度もその機会にはめぐまれなかった)
頭をすっぽりと覆っているのだろうけれど、端から赤い髪がはみ出している。(自分では完璧に隠しているつもりだろうけど)
なによりも・・・。
向こうも油断していたのだろう。それとも寸前まで余所見をしていたのか。
ふと顔を返して、真正面を向いたその視線が、アニスを捕らえた。
その瞬間、目が大きく見開かれる。
聖誕祭のメインカラーと同じ緑の大きな目だ。
2年の不在などなかったように、変わらない姿の彼の唇が、声にこそならなかったが、あにす、と確かに動いたのが見えた。
アニスは瞬きも忘れて彼に見入る。
夢であったり幻でないことを確かめようと、名前を呼んで、一歩踏み出す。
そして次の瞬間。
「・・・っ!ちょっと、待ちなさいよ!!」 なんで逃げるの〜!と少しだけ傷つきながら、きびすを返して逃げる背中を追いかける。
だって彼の身のこなしは軽いから。
必死にならないと引き剥がされてしまうかもしれない。
偉大なる始祖ユリア。
どうか、今年のプレゼントに、私に彼を捕まえさせてください・・・!
「頼む・・・!アニスっ!」
振り返りながら(それでも走っている)彼は叫んだ。
「見逃してくれ!」
久々に会っても、泣きそうな顔は変わっていない。
「俺、こんなんだから・・・!皆のところには帰れない!」
この2年間、失踪していた奴がなにを言う。
と鬼の形相のアニスは聞き届ける気がもちろんない。
第一、なにがこんな、なのだ。
そんな事を聞いたら、問い詰めないとならないではないか。
全速力で走っていく後姿を見失うまいと、ごったがえす人並みをすり抜けるアニスを、チラリと振り返って確認し、その度に彼の顔が泣きそうに歪んだ。
なんだかいじめているようで気分が悪いが、アニスには譲歩してやる気まったくない。
いつまでも着いてくるその姿に焦ったのか、彼の方はぐるぐると手を回しだす。
子供だな相変わらずと思ったその時、叫んでいる彼の言葉が耳に入った。
「アニスに見つかった!逃げろ!」
その声と同時に、アニスたちより遥か先にいた黒いフードの人物が身を翻したのが目に入った。
白いコートの彼とは対照的に、きっちりと全身を黒い布でまとい、太っているのか痩せているのかすら確認できなかったが、それでも身を翻したその瞬間、フードの中からふわりと零れ落ちたものがある。
それは長くまっすぐな真紅の絹糸だった。
「え。」
ぎょっとして、アニスは叫ぶ。
それは、決して見慣れているものでもなかったが、見間違える訳もない。
「アッシュも一緒なの!?」
死んだはずの人間がふたり、なんで揃ってここにいるのだ。
黒と白の逃亡者はその声に一層、走る速度をあげたようだった。
体力的にも成人男性よりも劣るアニスでは、いつまでも追い続けているのには限界があって、息は切れて、心臓は飛び出そうで、目の前にチカチカと星が舞い始める。
それでも、絶対に諦めるもんか、と必死になってくらいついていると、本当に始祖ユリアのご加護があった。
黒と白のふたつの影は、そろって逃げていたが、やがて片方が角を右に曲がった。
その道のことをアニスはよく知っている。なぜならば、最近区画整理があって、今は通行止めだからだ。
白い影を追ってアニスも角を曲がる。
目の前には、これから使用するレンガが壁のように積み上げてあって、足をかけるところもない。右と左は頑丈な石壁が垂直に建ち、何メートルもある高いの建物の屋上まで続いている。
あるといえば、隣り合った建物と建物の間にできた隙間だけで、とても人が入り込むほどの幅はない。
なのに。
「え!?」
白い影の人物は姿かたちもそこにはなかった。
アニスは短気だ。自分も同じようなものだから、よく分かる。
と、ルークは思った。
だから、じっとその場に隠れていれば、いずれ痺れを切らし、違うところを探しに行くだろう。もしかしたら目の錯覚だった、と思ってくれるかもしれない。
ただ、アニスに知られた以上、自分達の生存が仲間に知られてしまうのは必至だと思う。
それでも、捕まらなかっただけ、マシだ。
皆のことは今でも大好きだ。できればアッシュとふたり、自ら訪ねて行って、自分達の生還を告げたかった。
どんなに喜んでくれただろう。抱きしめても貰えたかもしれない。
けれど、こうなってしまった以上、もう諦めるしかない。
こんなこと・・・告げたらきっと、驚かせて、悲しませるだけだ。
ならいっそ知られないほうがいいのだ。
それがルーク(とアッシュのふたり)が身を隠してきた理由だった。
「・・・よいしょっと。」
隠れていた場所からルークは抜け出た。
アッシュはどうしただろう。
自分と違って要領が良いから、心配してはいない。
きっとアニスから逃れて、待ち合わせの場所に先に行っているに違いない。
あたりをそっと見回し、人影がないことを確認すると、ルークは本格的に体を乗り出した。
背の高い草を見上げ、一応、その影に隠れるようにして移動しようとした瞬間。
ひょい、と襟首をつかまれ、持ち上げられる。
「あ。」
「・・・嘘。」
ぶらさげられる不安定な位置から見下ろすのは茶色い瞳。
それがまんまるに見開かれている。
見つかってしまった。
「どどど、どうしたのよ!?」
めずらしくよく回るアニスの舌が、回っていなかった。驚いているからだろう。
「ルーク!?どうしたの、可愛くなっちゃって!?」
「・・・う。」
「なんなのよ、このサイズ、この猫耳!?」
なに萌えキャラに変更なの!?と矢継ぎ早にアニスは言った。
「しかもこの尻尾!本物!?本物なの!?」
つうか、戻ってきたらこれってなんなのよ!?と叫ぶ声はもはや悲鳴で、近くで怒鳴られたルークの耳にきんきんと響いた。
「やっぱり屑だな、貴様。」
待ち合わせの場所には、アニスの手の上に乗せられたまま行くことになった。
ごめんアッシュ〜と項垂れる姿は尻尾も下がり、耳も頭につかんばかりに寝ている。
その耳も尻尾も白く、それでいてさきっぽの方はほんのりピンクで、その色合いがルークの赤い髪によく似合う。
可愛いなぁとアニスは思った。顔もかなり幼くなっている。目がさらに大きく、まんまるだ。
ティアに知られたら、絶対に独占されてしまうから、しばらくは内緒にしよう。
そう思いながら、アニスは手の上のルークをきゅっと握る。
落ちないようにという配慮だが、急に締められたからか、ルークが驚いたように、きゃうっと鳴いた。
あああ、もう可愛いなぁ・・。
叫んだ、ではなく鳴いたとか言ってしまう時点で、もうメロメロなダメ大人だ。
なんだろう、どうしたんだろうと疑問はつきないが、可愛さにきゅーーーっとしたくなる。
そもそもアッシュとルークはダアトには所用で出かけてきたのだ、という。
長居をする気はまったくなく、アッシュはひとりで用を終えたらすぐに戻る気だったのだが・・・無理矢理ルークがついて来たのだそうだ。
それでみつかってんじゃねぇ、屑!と怒鳴るのを、懐かしいなぁとアニスが言うと、アッシュはバツが悪そうに顔を顰めると、ぷいっとそっぽを向いた。
「で、どうしてこんなんなっちゃったの?ルーク。」
そもそも私に出会った時、大人だったじゃん?とアニスは聞いた。
さきほどはフードを被っていたから分からなかったが、その時からすでに猫耳は生えていたのかどうかも気になる。
「しらね。」
拗ねたような口調でルークが言った。
「普段は普通なんだけどさ・・・。驚いたりテンパったり泣きたくなったりすると、いきなり縮むんだよ。理由は・・・わかんね。」
「じゃあ、普段から猫耳は・・・。」
「そんなん生えてねぇよ!」
変態じゃあるまいし!とルークは目を真っ赤にして怒鳴った。
男で猫耳をつけているから変態というのは違うと思う、そもそもねこにんはどうなるんだ・・・とそこまで思い、はた、とアニスは気がついた。
「そうだよっ!ねこにん!ルーク、ねこにんに生まれ変わったとかないの!?」
「違う。」
即答したのはアッシュだった。
「第一、生まれ変わったんなら、記憶とかねぇだろ。」
俺たちは俺たちのまま『帰って』きたんだ、とアッシュは言った。
「そうかぁ・・・って、そうだアッシュは?」
「なんだ?」
「アッシュは、ルークみたく変身したりしないの?」
その後のアッシュの顔は、今までアニスが見たどれよりも凶悪なものだった。
「・・・・・。」
「・・・・・。」
「・・・・・・・。」
「・・・・・・するんだ。」
聞くなと訴える無言の圧力は、肯定以外のなにものでもない。
「だが、違う!俺はこんなにちっこくならねぇ!!」
怒鳴るアッシュに、ちっこいとかいうな!とアニスの手の中でルークが怒鳴り返した。
「じゃあ、どうなるのよ?」
そもそも。
ルークが猫耳で縮小化するのが今まで隠れていた原因だったとしても、アッシュが無事なら、普通に帰ってくるだろう。
意外と優しいアッシュが、ルークにつきあいで隠れていたのだとしても、見つかって逃げる必要はないと思う。
だから、アッシュにもなんらしかの変化があると思ってしかるべきだ。
私ってあったまいい〜と思いながら、アニスが詰め寄ると、嫌そうに顔を背けるアッシュを尻目に、あにす、と手の中のルークが首を伸ばして言った。
なに、と聞き返す。
「アッシュは、満月の夜になると、猫耳と尻尾が生えるんだよ。」
どんな狼男だ、それは。
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