猫耳と謎の猫

 

 

 

 


 都合でこんな時期になっちゃってごめんね、とアニスが言うのに、なんだか申し訳ないという気持ちもあったが・・嬉しいのは間違いないので、素直に楽しみにすることにした。
 なにがって、アニスからのクリスマスプレゼントの話だ。
 アニスは本当は、ルークたちへのクリスマスプレゼントに、ボーナスを使って、クリスマス休暇中に三人で旅行しようと思っていた。
 ところが、思惑は外れ、フローリアンは初め予定のなかった諸国漫遊(というか導師就任に伴う各国への挨拶だ)を余儀なくされ、当然、導師守護役の長を務めるアニスも同行しなければならなくなり・・・その話はお預けになっていたのだ。


 季節は廻ってすっかり今は、春になってしまったが、それでも旅行の約束を叶えてくれようというアニスにルークはすっかり感激してしまった。
 なぜならば、昔のアニスを少しでも知っている人ならば・・・まさか彼女が他人の為に、自分が汗水たらして稼いだお金を使うことなど思いもしないだろうからだ。
 それだけ、アニスは大人になったということだ。

 それだけ、ルークたちを大切だと思ってくれているということだ。

 もちろん、ルークたちは居候という立場だけど、アニスにとって、ただそれだけの関係だとは思ってない。
 ダアトで見つかってしまった時は、本当にどうなるかと思ったけれど、ルークは自分たちを一番初めに発見した人がアニスであったのは、大変な幸運だと思っている。
 他の誰であったとしても・・・なんというのだろう。3人の間のパワーバランスが崩れてしまうのではないか、とそう思うのだ。
 
 ルークたちは、とてもうまくいっていると思う。
 ルークはアニスが好きだし、アッシュも・・・特別になにもない、みたいな顔をしているが、本心では結構アニスのことを気に入っていることを、ルークは知っている。
 アニスはルークたちの憩いだ。
 ルークたちはアニスの癒しだ。
 赤の他人であって、本来なら絶対に生活を共にできない立場の者たちがこうして集い、それは"ごっこ"であっても家族みたいなものだと思う。
 ルークにとって、アニスは、アッシュは、バチカルに残る父母とは違うカタチでの・・・すでに家族なのだ。

 

 

 ・・という話を、満足気にしているルークを、アッシュはどうしたものかと見つめ、
「で、結局どこへ行くんだ?」
 と、上昇中の気分を叩き落とすように言った。
 途端に現実に戻され、ルークの白いふわふわの耳が後ろへぺしゃんと寝る。
「せっかく良い話してんのに・・・。」
「それはいつでもできるから、後にしろ。とりあえずは、アニスに出された宿題が先だ。」
 ぶーと膨れながら、それでもアッシュの言葉に逆らえないルークは、ふたりの目の前に広げられている地図を覗き込んだ。
 テーブルの上の地図を挟むように、アッシュのマグカップとルーク用の小さなミルクピッチャーが置かれていて(中身は当然ミルクではない)、ルークはそれを手に取るとこくこくと中の紅茶を飲んだ。
「・・・て言っても、今更なぁ?」
「それは言うな。」
 折角のアニスの好意だ、とアッシュは言いながら・・・少し困ったように溜息をついた。
 なにに困っているのかはこの後すぐに判明することになるのだが、それは置いておいて。

「"どこに行くか決めておいてよ"って・・・俺たちの意見を尊重してくれるのは嬉しいけどさ。」
 そうは言っても・・・実はルークは疑ってもいる。
 実はアニスも・・・世界各国飛び回っている身であるが故に、大変贅沢な話ではあるが・・・特別に行きたいと思うところがないのではないだろうか。
 思いつかないのはお互い様だ。

 ところで、特別に行きたいと憧れるほどの場所はすでにないが・・・。

「お前、どこか好きな街とかないのか?」
 とアッシュに聞かれ、ルークは今まさにそのことを考えてました、と耳をぴん、と立てた。
 どうも猫の癖に犬っぽいと言われる由縁は、こういう仕草にあるらしい。
「好きっていえば・・・俺はケセドニアかなぁ?」
 遊ぶところがいっぱいあるケテルブルグも好きだが、カジノはお金に換算できないところにアニスは不満を持っているし、今の身の上ではホテルにある極上のスパも利用できない。
 となると、できるのは雪合戦くらいなもので・・・まぁ、想像しなくてもアッシュもアニスもやらないだろう、あの子供の遊びは。
「ケセドニア、か・・・。」
 アッシュがルークの言葉を反芻して目を細めた。
 確かに悪くねぇな、と言う。
 神託の盾時代に何度か任務で訪れたが、あの雰囲気は好きだというアッシュは、実はそこに隠れ家を持っているのだが・・・ルークに言うと絶対に行きたいとごねるに決まっているので、その話は黙っていた。
 あ、でもさ、とルークは続けた。
「ケセドニアって・・・漆黒の翼が根城にしてね?」
「・・・まぁな・・。」
 確かに漆黒の翼のアジトがあるにはある。
 アッシュは考えた。
 ケセドニアは小さな街ではないが・・・そもそも後ろ黒い奴らが潜伏していることも多い。
 自分たちも後ろ黒い立場ではあるので大きな声で批判する気はないが、それゆえに・・・情報に流通しているのも常だ。
 さまざまな事情を抱えた者たちは世界の動きや、噂に過敏であるが故に、それらも金に変わる。
 アッシュとルークの目撃談も、どこで金になるかわかったものではない。

「・・・と思うと、ケセドニアは避けたほうが良いかなぁ?」
「そんな事を言っているといつまでたっても決まらねぇがな。」
 うー・・とルークはまるで頭痛でも起こしたかのように頭を抱えて唸った。
 そんならさ、と顔をあげて言う。
「アッシュは?好きな街とか、ないのか?」
「・・・・・。」
 その時、アッシュの表情は複雑さを増した。
 あれ?とルークが思う間もなく、アッシュはがしがしと頭を掻く。
「・・・あるには、あるが・・・どうもな。」
「え?どこ?」
 こんな風に逡巡するアッシュなど珍しいと思って見上げると、アッシュはルークの視線を嫌がるように、さりげなく視線を外した。

「・・・グランコクマだ。」

「え?」
 ぐらんこくま?とルークはその単語を頭の中で繰り返す。
 グランコクマ、といえば、言わずの知れたマルクトの首都で、ピオニー陛下がいて。
 そして・・・水の都。

「あの街全体を揺るがすほどの大瀑布が好きなんだ。」
 アッシュは言った。
 いっそ気持ちの良いくらいに、はっきりと。
 それが妙にかっこよくって、アッシュらしくって。
「へー!」
 嬉しくなってにかっと笑うルークに、馬鹿にされたとでも思ったのか、アッシュはだから言いたくなかったんだ、とぶつぶつ言った。
 
「あ、でもさ。」
 次の瞬間には、我に返った顔になり、ルークは言った。
 その先は言われなくてもわかっているという風に、アッシュは頷く。
「そうだな。」
「ジェイドとガイ・・・それからピオニー皇帝もいるしな。」
「皇帝は・・・まぁ、宮殿から出てこないだろうから会うことはないだろうが。問題は。」
「だよなー。」
 ガイもだが、特にジェイドだ。 
 平和条約が締結されて戦争がなくなり、もうその名であまり呼ばれることもなくなった死霊使いは、とにかく敏い。
 隠密に行動していても、どこかで聞きつけたほんの小さな手がかりから、ルークとアッシュにたどり着いてしまわないとも限らない。
 そうなると・・・。

「やっぱ、グランコクマはダメ、だよな・・・。」
「・・・もうそろそろ潮時かもしれんがな・・・。」
「?なんの?」
 ルークは聞き返したが、アッシュは答えなかった。


 


 ところが。

「グランコクマ?なに大佐のこと気にしてんの?だったらちょうど良いよ!」
 
 翌日の朝、出勤前の用意を終えたアニスに、どこ行きたいか決まった?と聞かれ、ぼそぼそとルークが説明したところ(結局、堂々巡りで決まらなかったことを怒られると思ったのだが)笑みを浮かべてそんな事を言う。
「ちょうど・・?」
「そうそう!大佐、私たちの休暇中にこっちに来ることになってんの!」
 うまい具合に行き違いになるよ!とアニスは言う。
「・・・ジェイド、ダアトに来るのか?」
「そう。ほら、例の一年に一度の三カ国会議。今年は大佐がピオニー陛下の護衛を任命されてるんだって。」
 だから、私たちが行くときは、グランコクマには不在だよ、と言われ納得したものの・・・。
「あれ?三カ国会議って・・・当然、フローリアンも出席、だよな?」
「そーだよ?」
 導師様なんだから当たり前じゃん!とアニスに言われ、ルークは、えー?と耳と一緒に首を傾げた。・・ちなみに今は成人の姿である。
「じゃあ、導師守護役のアニスも出なきゃじゃないのか?休暇って・・・。」
 それを聞くと、アニスはお皿に渦巻き型の甘いパンを並べていた手を止めて。
「・・・ルークって、時々、やっぱりバカだよね?」
 と心底呆れたような顔をした。
「導師守護役は私だけじゃないんですけど?」
「あ。」
 そうだ。
 前導師イオンの時から、アニスは常に導師と共に行動していたから・・・どうにもアニスは導師の傍を離れられない立場だと思い込んでいた。
「三カ国会議はダアトでする習わしだからね。導師がダアトから出られない分、導師守護役はいつもよりも多人数を傍に置けるし、今はまぁ、そんなに物騒なことも起こってないから・・・むしろ長である私が休暇を取るには、もってこいの時期といえるんだー。」
 フローリアンにも許可を取っているしね、とアニスは言った。
 ルークが納得しているとみるや、アニスは、さーて!と腕まくりをし、
「そうと決まれば、早速、宿の手配しなくちゃ!グランコクマには温泉こそないけど、あそこって温水プールがあるって知ってた?まだ行ったことないでしょ?」
 と目を輝かせて、ルークに聞く。
「そうなのか?」
 知らなかったーとルークが言うと、なんでもケテルブルグを懐かしがってピオニー皇帝直々に建設を命じたって噂だよ、とアニスは言った。
 情報通のアニスに感心したルークだったが・・・むしろルークが世間に疎いだけかもしれない。
 少しだけそんなことが気になったが・・・温水プールと聞いて、そっちの方に気を取られるルークである。絶対に楽しそうだ。
「あー・・でもアッシュって、プールで泳いだりしなさそう・・・。」
「まぁ、そうかもだけど。でも、あんたが行くといえばついてくるんじゃない?嫌だっていうんなら置いて行けば良いよ。グランコクマなら観劇だってできるし。退屈することはないでしょう!」
 うきうきとしているアニスを見ていると、つられてルークも嬉しくなる。
 なによりも・・・この1年。ダアトから離れることはできなかったのだ。単純に、出かける、それだけでも楽しみに違いない。
「そっかー!それもそうだな!」
 ルークは言いながら、でも一応アッシュの分の水着も用意しなくっちゃな!と意気込んでいた。

 

 

 

 ところが、予想外のことが起こったのは、その日の夜だった。

 気の早いルークは、アニスが出勤した後、早速、町で自分とアッシュの分の水着を買いに行ったのだが(拒絶される前に先手を打ったというのもある)・・帰って来ると、まだ寝ていると思っていたアッシュは部屋からいなくなっていた。
 アッシュがひとりででかけてしまうのはよくあることだし、行先を告げずに出ていくこともしょっちゅうだったので、あまり気にもかけずにいたが・・・しかし、アッシュはお昼どころか、夕食の時間になっても戻ってこなかった。

「いくらなんでも遅くね?」
 とルークが食卓で愚痴をこぼすと、
「私に言わないでしょ!」
 とアニスに怒られる。
 テーブルの上にはアニス特製のオムライスが乗っていて、食べて貰えるのを今か今かと待っている。その横には、アッシュのお気に入りのロールケーキの箱が置いてあって、それはフローリアンからの貰い物だった。信者からの差し入れを、ルークたちにとくれたのだ。
「・・・先に食べちゃう?」
「う・・・うん。」
 本当は、アッシュも一緒に食卓を囲むのが常だ。
 礼儀正しいアッシュは、食事と決まっている時間に、自分勝手にいなかったことは一度もない。時折傭兵まがいの仕事をしているが、そうして稼ぎに行ったりでもしない限りは、必ず時間には戻ってきていた。
 だから心配で、本当はアッシュを待っていたかったが・・・作ってくれたアニスの為に、料理は温かいうちに食べてしまうのが礼儀というものだ。
「いただきます・・・。」
 そう言ってルークが、スプーンを手に持ち、まさにオムライスに差し込もうというその時、ガタン!と大きく扉の前で音がした。
「あ、帰ってきたかな?」
 ぱっと笑って、テーブルから腰を浮かせたルークだったが・・・その後、扉が開く気配がない。
 アニスと顔を見合わせ・・・それからルークはいつでも抜刀できるように剣を構え、アニスが忍び足で扉に近づく。それに合わせてルークは壁の扉からは死角になるところに移動した。もしもアニスの知り合いの急な来訪だった場合、ルークが対応しては大変なことになるからだ。
 ふたりで顔を見合わせ、うん、と合図をした後、アニスが勢いよく扉を開く。
 果たして、そこにいたのは・・・。


「「アッシュ!?」」

 
 力が入らないという体で地面に座り込み、そこにいたのは確かにアッシュだ。
 息も少しだけ乱れていて苦しそうで、アニスは具合でも悪いのかと駆け寄ろうとしたのだが、それを察したアッシュが手をぱたぱたと振った。
 それをルークを呼んでいるサインだと気がつき、辺りをきょろきょろと見回して誰もいないのを確認すると、アニスは体をどけ、ルークが前に出る。
 そして、ひっぱりこむようにして、同じ体格のルークがアッシュを部屋の中に担ぎこんだ。

「アッシュ、どうしたんだよ!?大丈夫か?」
「本当にどうしたのよ?別に怪我してないみたいだけど・・・。」

 アニスの赤いラブソファーに倒れ込むようにして座ったアッシュに、矢継ぎ早の質問を浴びせると、アッシュはぐったりと背もたれに体を預けてから、うっとうしそうにうっすらと目を開けた。
 そうして、溜息のような声で答える。
「・・・ヤツ、だ・・・。」
「は?」
「ヤツに会った、んだ・・・。追いかけて行ったんだが、逃げられた。」
「え?ヤツって誰の事だよ!?」
「・・・猫・・・。」
 え?とルークとアニスが顔を見合わせると、アッシュはルークの顔を指さして・・・そして、力なく、ぱたんとその手を落とした。
「アッシュ・・!」
「体が・・・重・い・・。」
 そして、アッシュは気を失ったかのように、眠りについた。

 ぎょっとしたルークたちだったが、アッシュの寝息は意外にも安らかで、まるで疲れ果てただけ、という風に見える。
 ふたりは顔を見合わせて・・・その後、少しだけ議論をしたのだが、とりあえず緊急に医者を呼ぶのはやめた。
 呼ぶに呼べない状況であるのも確かだが、アッシュが具合を悪くした原因がわからない以上どうにもできないのでは、という結論に達したのだ。
 それに・・・やはり、アッシュはただ眠っているだけのようだ。
 額をさわってみても別段熱くなっておらず、ざっと点検したがどこかに傷をこしらえているということもない。
 ただ心配なのは・・・アッシュが眠る前に言ったことが、訳が分からないという点なのだが。


「・・・ほんとーに心当たりない?」
 疑わしそうにアニスがルークを見る。
「う・・うん。」
 なんで俺疑われてんの!?と少し情けなくなりながらルークが答えると、
「でもアッシュ・・・絶対、ルークに話してたよ?あれ。」
 少なくとも、私に話してたんじゃなかったもん、とアニスは言う。
 だから、ルークには分かる内容の筈だ、と。
 ルークは考える。
 アッシュは・・・街中で何者かに遭遇し、それを追って行った。そして逃げられて・・・それから?それからどうしたのだろう?アッシュの体調不良となにか関係があるのだろうか。
 そういえば、妙なことを言っていた。
『猫』?
 今更だが、ルークが猫になることと何か関係が?けれど、満月になればアッシュだって猫になる訳だし・・・。
「猫、ねぇ・・・。」
 アニスが頬杖をつきながら、うーんと唸った。
 その前には食べそびれたオムライスが乗っていて、それを見た途端、ルークは空腹を覚えた。
 アッシュが倒れ込んできたから、食事どころではなかったのだ。

「なぁ・・・明日になってもアッシュが回復しなかった場合・・・医者に診せるの、どうしたら良い?」
 ルークは泣きそうになりながら言った。
 彼らは隠れ住んでいる身だから、おいそれと医者にも行けない。治癒師も同じだ。
 もしもアッシュが、大変な病だったらどうしたら良いんだろう・・・。
 目の前が真っ暗になったルークに、意外にも、その件はまかせておいて!とアニスの頼もしい返答があった。
「え?どうにかできるのか?」
「うん・・・。この際、フローリアンに頼るしかないかなぁって。」
「フローリアン?」
「そう。」
 フローリアンは確かにルークたちの事を知っているが・・・それと医者とどういう関係が?
「フローリアンに内密に医者を手配して貰おうと思って。私が直接頼むと、あんたたちとの関係性やらなにやらと質問をされちゃうけど、フローリアンのお客様が急に病になったことにして貰えば、私が傍にいても不思議じゃないし・・・詮索されないでしょ?」
 導師の客となればすべからく高貴な身分の者に違いないし、それに対してあれやこれやと言えるような者が、教団内にいる訳もない。
「あ、なるほど!」
 と納得し、ほっと胸を撫で下ろすルークだった。

 

 

 

 

>2

 

 

 

 


これは、猫化の謎の真相にちょっと近づく話です。
・・・そしてこの後、急展開にもなるのです。
今までの、ほんわかで平和な話から進展してしまうので、今まで書くのをためらいましたが・・・。
進展しても、ほんわかは崩さないようにがんばります。

('12 2.14)