どちらかというと寒い地方のダアトの夏は遅い。
昼といわず夜といわず猫の姿なのだからあまり関係がないと思われるが、ルークは猫の習性そのものに、陽だまりが好きだ。
だから、ダアトに来た夏に心を躍らせ、夜更かしをしては、アニスに、いつまでも寝ないから早く起きられないでしょーがっと、遠い地の母にもついぞ言われなかったようなことで、怒られている。
その日もルークはひとりで起きていた。
前日に3人でやった神経衰弱にことごとく負け、アニスにもアッシュにもトリ頭だの、記憶力皆無だの言われたのが悔しくって、次こそは見返してやろうと、ひとりでトランプめくりに夢中になっていた時だった。
「・・・・・?」
ふ、となにかの気配を感じ、ルークは顔をあげる。
耳を澄ましても別段なにも聞こえず、気のせいか、と思いなおして、再びカードを見下ろした。
めくったカードはハートのエースだった。
そういえばとルークはひとり、思い出し笑いをする。
皆で旅をしている時もよくこうしてトランプに興じた。
どんなゲームにもあまり勝てず、お前は本当にこういう勝負事がヘタだなとガイに笑われた。
だが、ルークは手元にハートのエースがあると、どうしてもそれを中心に手を組んでしまう。
7並べで、最後まで離したがらなかったものだから、結局ビリになってしまったこともあった。
ハートのエースはアッシュの模様。
どうも本当は違うらしいが、あの頃、アッシュが着ていた教団服の胸に描かれていたエンブレムは、ハートのエースに酷似していた・・と今でも思っている。
そんなことを思い出しながら、カードをめくっていた時だった。
ぴたっとルークの指が止まる。
そして、耳を澄まして辺りの様子を伺う。
やっぱり・・・なにかいるっ!!
後ろを振り向く、誰もいない。
横を探るが、誰も。
テーブルの下にも、椅子の下にもそんな痕跡はなく、だが、絶対になにかの気配がしたのだ。
ひやり、と背中に冷たいものが触ったような感覚がして、ルークは、もう寝ようと、あたふたとテーブルを立った。
トランプを片付けようかと思ったが、もう明日にするっ!
そうして、ランプの灯りを消し、早々に自分の部屋に戻ろうとすると、扉を開けた途端、人影がぬっとルークの前に現れた。
「ぎゃーーーーー!!!」
しかしそれは、扉に前からかけられていた鏡に映った自分の姿だった。
「・・・あ?」
「えー?」
アッシュの不機嫌そうな声に、アニスの怪訝そうな声が重なっても、ルークの怯えはそう簡単には癒せそうにない。
だって。
「えーっと、なに?なんて言ったの、ルーク?」
「だから・・・。」
混乱というか呆れたようなアニスの声に、ルークは伝わらない苛立ちを交え、ぱしんと尻尾の先でソファーの背もたれを叩いた。
「絶対に出る!!この部屋!!」
「・・・・・。」
「・・・・・。」
「絶対に絶対に、ぜっっったいだ!!」
ふん、と胸を張って言われても、どう反応して良いのやら。
しかし、我に返ったのが早かったのは、家主であるアニスの方だった。
自分の部屋を悪く言われたのだから、当然、不機嫌そうである。
居候の分際で生意気な、とか思ってもいた。
「それで?」
目を半眼に細め、アニスはルークを見る。
「わたしたちにどうしろっていう訳?」
むしろ、どうにかするのは居候のあんたの役目でしょうが、と詰め寄られ、ルークは己の立場上、そそそそんなことは!とうろたえるしかない。
助けを請うようにアッシュをみれば。
「俺は、参加しねぇぞ。」
そんなものは、ほっとけば良い、と言い放った。
「そんなってそんなって、ユーレイかもしれねーんだぞっ!?」
「「だから?」」
アッシュとアニスの見事なハモリにルークは、うっと詰まる。
「・・ユーレイの出る部屋に暮らしてて、平気なのかよ・・・。」
「いや、別に?」
俺に見える訳じゃねぇし、とそっけなくアッシュ。
「縁起悪いとか、おもわねぇの?」
「ここに来てから、なにか縁起悪いことでもあったっけ?」
むしろ良いこと尽くめだよ、昨日お金拾ったし、とアニス。
「拾った金は届けろよ・・・ってそういう話じゃなくって!!」
ルークは半分涙目で言った。
「こ、こわ・・・・。」
「いや、別に。」
「そんなものが怖いのは、ルークひとりだと思いまーす。」
全部を言い切る前に、全力で否定され、ルークはうっかり自分は他人よりも怖がりなのか、と思い込みそうになった。
断じてちがーう。
ふたりとも、ルークのいうことなど信じてないのだ。
はなっから嘘だと決め付けているから、まともにとりあってくれないのだ。
「うー・・・。」
ルークは悔しさのあまり、テーブルに爪をたてた。
なにすんのよーとアニスに叩かれ、アッシュには、ガキかお前は、と睨まれたが、悔しすぎて涙が出そうだった!
そして、その涙の分だけ、ルークもムキになる。
「わかったよっ!!」
ばん、とテーブルを叩いてルークは言った。
「俺が、ユーレイがいるって証拠つかめば良いんだろっ!」
「・・・・・。」
「・・・・・。」
冷静に考えればわかることだが、この場合、いる証拠をつかんでもなんの役にも立たない。
本来の最終目的は、あたりまえだが、追い払うことである。
そもそも論点がずれている。
もっとも、本当にいるなら、だが。
だが、怒ってしまったルークが意見を曲げない。
ムキになるのは相変わらずで、アニスは成長してないなぁ、と溜息をついた。
それから三日。
夜中までがんばって起きていたものの、なんの進展もない。
ルークもそろそろ自分はバカなことをしていると気がつく頃だったが、あろうことか今日の昼、未だに拘ってるのかバカか、とアッシュに言われたことで、さらにむかつきに火がついて、今日こそはと意地になって起きている。
夜食にと昼間買ってきたドーナツも先ほど食べてしまった。
この暇な時間を勉強に費やそうかとも思ったが、どうしてかこういう時、本を開くと眠くなるので、他にすることもなくルークはシンクを磨いたり、鍋を洗ったり、ふきんを漂白したりとキッチンの片づけをして過ごしていた。
アッシュもアニスもすでに寝ている。
ふたりとも薄情だよな、と思わないでもないルークである。
どこでもここでも、ガルドで夢は買えるが、夢ではガルドは買えないと叫ぶ現実派のアニスはともかく、同族でルークの被験者であるアッシュはもう少し気づかってくれたって良いのではないだろうか。
被験者といえば、レプリカの唯一の身内。親よりも深い絆で結ばれた仲ではないか。
ちぇ、と唇と尖らし、洗い終わった鍋をふせて水切りをしている時、ふとルークは思いついた。
もしかして・・・。
『俺が、成人の姿をしているから、警戒して出てこない・・とか?』
ユーレイは警戒などしませんというつっこみをしてくれる人たちはすでに眠っていた。
思いついたらまっしぐらなルークは、むむむ、とこめかみに力をよせる。
そんなことをしないでも猫になれるが、今はひとりで盛り上がるしかないので、せめて手順を大切にしたい。
なにかの呪文を唱える必要などなく、ルークは猫に変身した。
目を閉じて開けると、さきほどのふせられた鍋を見上げる。
こうなってしまえば、足音も猫なみに軽くなる為、余計な物音をたてることはない。
あとは隠れるところ・・・っと。
少し思案して、ルークはラブソファーと上のクッションの間に隠れることを思いついた。
あそこから柔らかいし、潜ってもいたくないし、ソファーの影になって調度良い。
ルークはまず部屋の灯りを消し(消す為には、もう一度成人の姿に戻らなければならなかった・・・面倒くさい)それからソファーのうえで猫になった。
もぞもぞとふたつ置かれたクッションとクッションの間にもぐりこむ。
ぴったりとした狭いところは落ち着くな〜と安堵の息をつきながら、ルークがふと目をあげると。
いつからいたのか、窓辺に黒い猫が座っている。
ただ、それだけのことだ。
『あれ・・?でも・・・。』
デジャブ。
それからなにか大事なことを忘れている感覚。
あの猫は、どこかで見たことがあるような・・・・・。
ごそっと空気が動いた。
耳をぴん!とたて、ルークが気配のしたほうに一瞬、気をとられ視線を戻すと・・・もうそこにさきほどの猫はいなかった。
変な猫。
しっぽがなく、瞳は赤く光っていて・・・・・。
赤く?
ん?とルークは小首をかしげた。
目の前を赤く光るなにかが動いている。
それはすーっと、ルークの前を左から右へと流れるように移動していく。
今も。
まさに移動中。
「・・・ぴっ!」
目を凝らしていたルークの、背中にぞわりと寒気が走った。
全身は毛で覆われていて、嫌な匂いがする。なによりも、うねっとした長いミミズみたいなしっぽ!
「ね・・・ネズミだーーーーーー!」
あらん限りの大声で騒ぎ、ルークはそのまま、ぱったりとソファーの上に倒れた。
「猫がネズミが怖いってどーいうことよ?」
翌日、アニスにこっぴどく怒られたうえに、(ルークの悲鳴でたたき起こされたからだ)呆れられるルークであった。
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