あれ?と思ってルークは目の前で階段を下りていく後ろ姿を見る。
アニスかと思った。
そんな筈はないのに。
よく見ると目の前の子は、アニスよりも背が高く髪も長い。
なによりも、当のアニスから言いつけられたおつかいの途中なのだから、本人は今頃、温かい部屋でアッシュとふたり、ぬくぬくと待っている筈である。
じゃんけんで負けたルークは、そんな訳で、こうしてこの冬の寒空にアイスを買いに、街まで出てきたのだ。
でも、ちょっと見ではあるけれど、目の前の子はアニスに似ている。
顔は後ろ姿だから見えないが・・・細い感じと良い、雰囲気と良いアニスがあと数年成長したら、こんな感じだろうか。
最近では、友人が増え、少し大人っぽい服装で夜遊びに出かけることもあるアニスだから、その想像は難しくなかった。
『あ。そうだ・・!』
片手にアイスの入った袋を抱えながら、ルークは思いついた。
もう少しで、ユリアの生誕祭だ。
なんだかんだと、アッシュとふたりでアニスの部屋に転がり込んで・・・1年になろうとしている。
教団に内緒でかくまってくれたアニスには、感謝してもしきれないほどで、お金に執着する癖に、自分のものは欲しがらないアニスの為に(お金に執着しているから自分のものは買わないの間違いである)、今年はふたりでプレゼントを贈ろうか、とアッシュと話したばかりだ。
ルークは目の前の女の子の後ろ姿をもう一度見て・・・。
きっとアニスにも似合うだろうな、と女の子の服装に思いを馳せる。
『そうだ、そうだ。そうしよう!』
自分の思いつきに、ルークはにんまりとする。
これはなかなか良い案ではないのだろうか。
ルークはそう思い、アッシュに相談する為に、さきほどよりも歩くスピードを早めるのだった。
アニスの家では、生誕祭の朝は、たっぷりのメイプルシロップがかかったパンケーキと、昔から決まっていた。
他の家と違ってプレゼントなどなかったが・・・ちなみに、お金がないとかの問題ではない。アニスの両親はプレゼントはサンタクロースがくれるもの、と良い大人が本気で信じているからだ。
毎年アニスにはプレゼントがないことを疑問にも思わず「サンタさんは忙しいから、来年こそ順番が回ってくるわよ」という慰め言葉を母が本気で口にしているのだと気が付いた時、アニスはクリスマスのプレゼントを貰うという事を諦めた。思えば、おかしいやら切ないやら、悲しいやらの少女時代を迎えたものだ。純粋とかお人よしとか、そういう問題ではすでにない気がする両親の元に生まれた宿命と、こちらも諦めよう。
・・とまあ、そういう訳で、プレゼントとは縁のないタトリン家だったが、ユリア生誕を感謝するその日だけは、チキンかターキーといった贅沢な鳥料理が食べられる日で、それらを焼くために朝食後すぐにオーブンに向かうのがアニスの毎年の行事だった。
ベッドから、むくりと起き上がり、今日着ようと用意してあった赤いセーターに首をつっこみながら、アニスはディナーの手順を考えていた。
今年は、両親とは一緒には過ごさないと決めていて(その為に、前夜祭の挨拶は昨日済ませに行った)、そのことには少し心が痛んだが、今現在、アニスの家にいる(内緒の)同居人を置いておく訳にはいかない。
ふたりは・・・外に食事に出たりしないから、アニスがほっとくとふたりして、せっかくのユリアの生誕祭に、豪華な食事もケーキもなにもない寂しい一日を過ごしてしまうに決まっている。
『特にアッシュは・・・ユリアの誕生を祝う義理などないとか、嘯いているし。』
アッシュはそれで良いとしても、ルークが巻き添えになるのは可哀想だ。
つい最近まで、ルークには毎年、食べきれないほどのご馳走や、抱えきれないほどのプレゼントが用意されていた筈だ。
それなのに、今年からなにもなし、なんて・・・絶対に寂しいだろう。(ちなみに去年は、ばったりと街角でふたりに出会った騒動のおかげで、アニスもロクに生誕祭を楽しめなかった)
だから、ディナーだけは、できる限りのご馳走を腕によりをかけて用意するつもりだった。
食べきれないほどの品数はなくっても、屋敷で食べたものよりも美味しい!と、絶対に喜ばせてやる。
そんなことを考えながら、アニスは自室の扉を開く。
冷蔵庫を開けて、昨日下味をつけておいた、まるごとのチキンの状態を確認し(ふたりの好みにあわせて、ターキーよりもこっちを選んである)、まずは、朝食のパンケーキに取り掛かろうと卵を手に取った時だった。
「あれ?」
赤いラブソファーの横に飾ってあるツリーの下に、昨日はなかったなにかが置いてある。
近くにいくと、それは、大きさはまちまちだが、同じ赤い包装紙の箱が3つ。他はゴールドの包装紙の箱がひとつ・・の計4個。
それらが並べて置いてあって、アニスは目を丸くする。
しばらく、なんだろう?と首を傾げていて。
「これって・・・もしかして・・・。」
よく見れば、赤い箱ふたつには『アニスへ』と小さなカードが添えられていた。
ゴールドの箱には『アッシュへ』。そして、最後の赤い箱には、なにも添えられていない。
クリスマスのプレゼント。
ルークと、アッシュから、アニスへの。
ぺたん、とアニスは床に腰を下ろした。
朝の床は冷たく冷えていて、けれど、そんなことは気にならなかった。
生涯初めてのクリスマスプレゼント。
まさか、自分が貰えるなんて。
アニスは、そっともうひとつの部屋の様子を伺って、うかつにも目尻に溜まった涙をそっと拭った。
見られて恥ずかしいことではないけれど、やっぱり知られればバツが悪い、と思うのは少女なら誰でもあることだった。
ルークからアニスへのプレゼントは、サーモンピンクと金糸とで編まれた、フードつきのケープだった。
それを見た時の、アニスの喜びようと言えば、今まで見たことない程で、喜んでくれてもひねくれたところのあるアニスだから、少し斜めからの・・・お礼を言われるだろうと想像していたルークにしてみれば、拍子抜けよりも、純粋にただ純粋に、驚きのほうが大きかった。
『もしかして・・・そんなに欲しかったのかなぁ・・・あれ。』
街角で通りすがったアニス似の女の子が、同じような服を着ていたからと選んだのだが・・・お店で聞いてみれば、今年流行りのものだという。それで、アニスに合いそうな色をルークが選んだのだ。
それにしても、アニスがここまで気に入ってくれるとは予想外で、ルークはまるで、女王様に手柄を褒められた家臣のような誇らしげな気持ちになって、さっそくケープを羽織って鏡の前でポーズを決めているアニスを見ていた。
その腕には、がま口にリボンがかかったみたいなデザインのバッグがかかっている。
それはアッシュが、ルークのケープに合うボルドー色の大きめのバッグを、と同じ店で選んだものだった。
そこまで喜ばれれば満更でもなく、ルークはふくふくと笑いながら、耳をぱたぱたと動かした。
小さくなってテーブルの上から眺めていたが、一向にアニスはルークを振り向く気配がない。
ところで。
アッシュは今、ここにはいない。
先ほどまで、アッシュは足を組んで、ルークのいるテーブルの上に頬杖をつき、本を読んでいたのだが、なにかを思いついたのか急に出かけて留守にしている。
ルークがアッシュに贈った・・・骨董店で見つけてきた、キャパシティ・コアも置いたままだ。
包まれていたゴールドの包装紙もそのままで、朝、プレゼントを広げたアッシュの態度はまるで興味がないように、身に着けるでも、どこかにしまうでもなかった。今も、言うなれば、ほっといてある、というのが一番近い。
しゅん・・・とルークは耳を垂れた。
そのキャパシティ・コアの名前は「アモローソ」で、「愛情をこめて」という意味がある。
それをアッシュが知っているどうかは別としても、ルークにしてみれば、告白を叩き落とされたような、そんな気分でしぼんでいた。
「ところで、ルーク?」
鏡からいつのまに離れたのか、アニスがルークを上から覗き込んでいた。
腕にはケープを大事そうに抱えているから、アッシュとの対比に、ますます落ち込みそうになる。
アニスはそんなルークの心情など気がつかず、あんたは開けないの?と言った。
「開ける?」
なにをだ?とルークが首を傾げる。
は?というように首を傾げ返され、
「プレゼント。」
とアニスは言った。
「プレゼント?」
誰に貰ったんだ?アニスか?とルークが聞くと、アニスは、ちがーう!と叫んだ。
「・・・私はまた別に用意してあるの!って、そうじゃなくって!ツリーの下に残っているの!あんたのでしょ!」
え。とルークはテーブルの上から首を伸ばした。
確かに、ツリーの下にはまだプレゼントが残っている。
赤い包装紙の、だけど誰宛とも書いてなかったやつだ。
「そんなの・・・消去法でルークのに決まっているじゃん!」
とアニスは言った。
「どうして、決まってるんだよっ!」
ちょっとムキになってルークが言った。
名前がないのだ。もしかしたら、アニス宛かもしれないじゃん!とルークは言う。
「はぁ?あんたたちから、ひとつずつ貰ったのに、なんでまたあたし宛なの?他の誰がツリーに置いたってのよ!」
「サンタクロースとかいるだろ!」
「・・・・・。」
またこの話を今年もするのか!とアニスは一瞬、頭を抱えたが、今回はそれは置いておくとして。
「ルークって・・・やっぱり、ちょっとバカ?」
「なんだとぅっ!」
「あのさ。」
アニスは語る。
「あれって、あたしにくれたプレゼントと同じ包装紙じゃん?ってことは・・・同じ店のってことよね?」
うん、とルークは頷いた。
「・・ということは、同じ店に行ったあんたたちのうち、どっちかが買ったもんでしょ?あたしはどこの店を知らないんだしさ。で、買ったのは、あんたじゃない。となれば・・・。」
「・・・アッシュが買ったもの?」
「そうそう。そんで、アッシュがあたし宛にふたつも買う訳ないんだから・・・。」
「・・・・・。」
ぱちり、とルークは目を瞬かせた。
そして、ふるり、と白い尻尾を振る。
どうやら期待しても良いと感づいたらしい。
そもそも、誰宛とも書かれていない時点で・・アニスなどは気が付いていた。
あのアッシュが、素直に『ルークへ』などとカードを書く訳がない。
それは、ルークを未だにルークと呼んでないが故に(未だにアッシュが拘っているというよりも、タイミングを逃してしまったのだとアニスは見ている)、まさかだからと言って『屑へ』と書く訳にもいかず、だからこその宛名なしだったのだろう。
アッシュにしてみれば・・・精一杯だったのだろうが、ルークは鈍いので、やっぱり伝わらなかった。
おかげで、こうしてアニスが通訳する羽目になるのだ。
しかし、こうして言語化して貰って、ルークはやっとそれが自分宛のものだと気が付いた。
テーブルの上から、転げ落ちんばかりに、ぴょんと飛び降り、着地した時には成人の姿になっていた。
狭い室内で飛びつくようにツリーまで行って、赤い箱を手に取る。
平面の大きいその箱から出てきたのは。
「・・・・・。」
「・・・・・。」
「・・・か、可愛い・・・?」
ルークも、自分でなんと表現したものか、迷ったのだろう。
「う・・うん。可愛い・・・。」
としか、アニスも答えられない。
出てきたのは、白いパーカーで、ふちに白いファーがついている。
それよりもなによりも。
『に・・・似合う・・・・。』
男のルークにこれを選んだアッシュって、一体とは思うものの・・・あまりにもあまりにもルークに似合う。
それは、普段からねこねここねこver.を見ているから、どうしても感覚的に引き離せないのかもしれなかったが・・・。
アニスがそうしたように、ルークも早速着てみている。
腕を通し、ジッパーを止めた時点で・・・ぱこん、という風にフードを被った。
そのフードには、白い猫の耳がついていた。
『確かに、今年流行っているんだよね・・・。』
動物の耳がついたパーカーが。
しかし。
間違いなく女の子ものなのだが。
『・・・でも、マジで似合う・・・。』
アニスは、不思議そうな顔で鏡を覗き込むルークを見ながら、頭を抱えたくなった。
これを選んだ以上、アッシュも似合うと思った筈だ。これはアニスたちだけが思うのだろうか。他の人は、男のルークが着ているのを見たら、奇妙に思うのだろうか。
けれど、大きな目で自分を覗き込んでいるルークの姿は・・・成人なのに、猫になっている時と完全にかぶる。
アニスは、自分(とアッシュ)はちょっと本気でおかしいのかもしれない、と悩むのだった。
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