猫耳と魔法使いたち

 

 

 

 もともと寝起きが良い方ではなかったルークだが、最近の凶悪な日差しの中では、惰眠をむさぼるにも限界がある。
 
 なにしろ太陽とくれば、人間側の事情など関係なく、この季節は照りつけるのが役目とばかりに、朝も早くから上り、遅くなるまで沈まないときている。
 そのうえ今年は、猛暑だ。
 去年も同じことをアッシュに訴えたが、去年よりも猛暑だ!と力説して、うるせぇと朝に殴られたが・・・いつもよりも切れるタイミングが早かったのは、絶対にアッシュもこの暑さにうんざりしているからに違いない。

「・・・とか言いながらなんだってお前は、へらへら笑っていやがんだよ。」
「うん?スイカ美味いし。」
 げんなりした顔のアッシュの目の前で、ルークはにこにこしながら、スイカの種を飛ばしながら答えた。

 そのスイカは、フローリアンからの貰い物で、またもや信者からの贈呈品をまわしてくれたものだ。
 ちなみにアニスは仕事だ。
 今日はフローリアンについて、ダアトの町中をまわらなければならないらしく、今頃、暑さでばてているかもしれない。
 ・・そういえば、フローリアンにふたりの帰還がバレたのは、ちょうど今頃のことだった。


 それにしてもさぁ、とルークは言った。
「なんだか最近、良いことばかりで嘘みたいだ。」
「それで、朝晩問わずにそのしまりのない顔を晒している訳か。」
「しまりのない・・・ってひでー!アッシュ、嬉しくないのかよ!」
「なにが。」
「なにがって、イオンとシンクが帰ってきたんだぜ?」

 ふたりの猫仲間が増えてから、ルークの幸せの時間は格段に増した。
 それは、とうに失われてしまった筈の光景で、そして・・・願っても叶わなかった光景だ。
 みっつの緑の髪が揃っているところを見ることが、しかもかつては敵味方、それぞれの思惑によって分かり合えなかったであろう兄弟たちが、仲良く暮らしている姿を見ることができる日がくるなんて。
 
「・・・まぁ、いまだにブツブツ言っている奴もいるようだがな。」
「でもアッシュも、シンクも本心で文句を言ってるんじゃないって思うだろ?」
「まぁな、素直じゃねぇ奴だからな。」
 馬鹿じゃないの、とか僕は馴れ合うのは嫌いだね、とかシンクの嫌味は誰彼かまわずまき散らされるが・・・はじめのうちは窘めようとしていたイオンすら、最近は慣れてきて、しっかり相手にしていない。
 つまりはシンクの悪態も、もっぱら壁だけが聞いている昨今だ。
 しかしながら、その当の本人のシンクも、嫌だ嫌だと言いながらもフローリアンの部屋からはけっして出て行こうとしない。
「それも、適当な隠れ家がないから、とか言っていたがな。」
 ルークは無邪気に喜んでいるが・・・イオンとシンクの帰還は、バレたらルークたちの帰還よりも周囲のパニックは必至だ。それゆえに、ふたりは相当の神経をつかって過ごさなければならない。
 現導師のフローリアンの部屋に無断で入ってくる人間はいないからその点は安心だが・・・。イオンとシンクは不測の事態が起きてもすぐに隠れられるように、普段からチビの猫姿で過ごしているという。

「たぶん・・・絶対!普段ルークが猫の姿でウロウロしているのを見て、その方が人目を忍ぶにはうってつけだって気がついたからだと思うよー。」
 というのはアニスだ。

 フローリアンの部屋に行き来できて、しかもたぶん許可なく押しかけても怒られないであろう唯一の人物の・・・節度を守り、本当にするようなアニスではないが・・・導師守護役長であるアニスから、普段彼らがどうやって過ごしているのかを、そんな風に聞かされたのは昨日の夜のことだった。イオンからの嬉しい言付と一緒に、だ。

 

「それで?呑気にしていて、待ち合わせの時間は大丈夫なのか?」
「おっと、いけね!」
 スイカを食べ終わり、皿を洗っていたルークは、壁にかけられている時計を見てあわててエプロンで濡れた手を拭いた。
 一緒に暮らし始めて知ったことだが、なぜかアニスは時計を5分進める癖がある。一度理由を聞いたが『時は金なりっていうし』とこの場合には意味が通じない答えが返ってきてからは、二度とその話題を振るのはやめている。
 その時計は、待ち合わせ時間の15分前を指していた。ここからは15分で行ける距離だが、途中でなにがあるかわからないから早めに出るに越したことはない。
 ルークはアッシュにいってきますを言うと、大きな籐のバスケットを手に、部屋を飛び出した。
 
 誰とも会うことはなく、例のごとく図書館の前の通路を経由して、教会の内部へと出てきた。誰に見られるとも限らないこの時が一番緊張する。
 ルークなどは危険だと思ったら、猫に姿を変えて隠れてしまうという手があるが、小さくなれないアッシュはどうするのだろう?そう思って聞いてみれば、堂々としていれば平気だ、と返ってきた。
「・・・元々、ここの兵士だったからな。今も神託の盾の兵士ですって顔でいれば、気に留める奴もいねぇ。」
 本当か?と訝しげるルークに対して、お前みたいにきょろきょろしているのが一番危ないんだよ、とアッシュは言った。
 確かに、信託の盾は全員が同じ制服を着ている訳ではないようなので、その点について説得力がないでもないが。

 

 

 イオンから、一緒にでかけませんか、と誘われたことが、ルークの足取りは軽くする。
 以前は一緒に旅をしたこともある仲で、何度かふたりだけで町中を散策したこともあるが、その時のイオンはおっとりとしていながらも、どこかその両肩に背負っている重責を下ろせずにいた。
 あれはどこの村だったか。名前も知らないような・・・小さな集落で、牛や馬の世話を手伝いながら稼いだ駄賃を握りしめた子供たちが、小さな露店を覗き込んでいるのに出くわした。
 売っているものといえば、なんの変哲もない小さなものばかりだったが、その中で、くじ引きつきの菓子が人気を集めていた。三角に折られた紙を開き、くじの結果に一喜一憂する姿がとても楽しそうで、それを遠目に眺めながら、興味があるのを隠そうとしなかったくせに、イオン自身は自分が買うということを思いつきもしない、そういう妙な緊張感を常に持ってもいた。


「おーい!イオン!」

 人がまるっきりいない待ち合わせ場所であったから、ルークは人目を憚ることなく、大声で名前を呼んだ。
 待ち合わせの時間には5分早く着いたのに、イオンはすでに来ていて、大きめなキャスケットからは黒い髪が一房、零れ落ちて風に揺られている。
 イオンはルークに気がつくと、まるで照れているかのようなはにかんだ表情で、小さく手を振る。
 白いジャケットと膝丈のハーフパンツを着ていて、最近の彼は、まるで制服のようにその姿でいることが多い。草むらの中には刺す虫も多いから、あまり適した格好とはいえないが、とても似合っているとルークは思う。

「こんなところがあるなんて。ダアトに住んで一年になるけど・・・全然知らなかった。」
 ルークが言うと、穴場なんですよ、とイオンはにこりと笑った。
 それもそうだろう。ふたりが待ち合わせをしたのは・・・教会の裏にある林をぐるっと回った先にある墓地だった。そこは古い方の墓地で、今現在ダアトに住んでいる人の多くは、教会が設立した第四遺跡のある丘に近い新しい墓地に入ることになっている。それ故にお参りにくる人も少なく、教会の管理人がたまに様子を見に来る以外は、普段はめったに人が近づかない。
 名も知らない故人たちだったが、長い年月の間に、まるで過去にいた事すら忘れ去られてしまったかのようなその光景が切なくて、密かにお参りにきて以来、イオンはここによく来るのだそうだ。
 そんな事を話しながら奥へと進み、今や枯れて、すっかり廃れてしまったバラのゲートをくぐると小さな丘が見えた。そこを越えると・・・イオンのとっておきの場所なのだそうだ。
 なんなくふたりは緩やかな坂を上り切って、
「おー!」
 ルークは歓声をあげた。

 眼下には上ってきたのと同じ緩やかな下り坂が広がっている。
 その全てに、黄色い草花が群生していた。
 名前は知らないが、どこかで見たことがあるその小さな花とハートのかたちをしている葉も可愛らしい。
 広くながらかな丘を下った遥か先には、山間に位置するダアトらしく山と山が連なって立ち、その間からは綺麗な青空が望める。解放感溢れる情景だ。
 山間から吹き抜ける風は心地よく、夏の日差しに火照った体をほどよく冷やしてくれる。
 ルークはひと目でこの場所が気に入って、上機嫌のまま、その場に仰向けに寝転がった。

「ルーク、日に焼けてしまいますよ?」
 頭上からは、笑いを含んだイオンの柔らかい声が降ってきて、ルークは未だに信じられないその幸運にしばし酔った。
「平気だっての。・・・大体、俺は少しくらい日に焼けた方が良いんだ。」
 ルークは母親似の色白の肌をしている。
 それでも7年間の軟禁生活の頃にくらべれば焼けた方だが・・・ルークは密かに、同じように色白のくせに健康的に焼けているアッシュを羨ましいと思っていた。
「それよりイオンこそ、帽子脱ぐなよ?イオンが日に焼けでもしたら・・・アニスがどんだけ怒るか。」
「僕も少しくらい日に焼けた方が良いのですが。」
 イオンは言い、ルークの隣に腰を下ろした。
「確かにアニスは怖いです。」
 笑い声にルークも同意する。

 導師の位はすでにフローリアンに移り、アニスにとってイオンは元上司なのだが・・・未だに彼女はイオンの守護役以外のなにものでもない。
「というよりも、どうも僕たちの飼い主という感じですね。」
「・・否定できねぇ・・・。」
 シンクもあれで意外とアニスには弱いんです、とイオンは言う。
 アニスの言う事に従うシンクという構図もなかなか想像できないが、アニスはシンクが言い負かせない唯一の相手と言っても過言じゃないそうで。
「・・まぁ、シンクはフローリアンにも逆らえないので、唯一というのも御幣がありますが。」
「え!?」
 今度はルークも驚いて目を丸くした。
「お前たちの中で、一番フローリアンが強いのか?マジで?」
 同じ人間のレプリカといえど、おっとり刀のイオンと、皮肉屋で冷めた性格のシンクと・・・無邪気なフローリアン。3人は性格も別々で、その温度差からなんとなくルークは、3人のリーダーはシンクだと思っていたのだが。
「いえ。リーダーというのは違うのですが・・・しかし僕たちの力関係を考えると、フローリアンが優位ですね。」
「フローリアンが・・・。」
「・・僕たち、フローリアンに頭があがらないのです。」
 しかも彼のすごいところは、とイオンは人差し指をぴっと立て、まるで自分の手柄のように自慢をした。
「シンクがなにかを言っていても、都合の悪いこととか他人への罵詈雑言の類は、無意識に聞き流しているところです。シンクに言わせたいだけ言わせておいて、ごめん聞いてなかった、と返せるところは、一種の才能だと思います。」
 それではシンクの方も、やるせないだろう。
「・・恐るべし、フローリアン。」
「ええ。頼もしいことです。」
 そう笑うイオンの顔は、誇らしげに輝いていた。

 


「そろそろ移動するか。」
 流石にここに長くいるのも辛くなってきた。
 なにしろ今年は猛暑。いくら涼やかな風が通りすぎると言っても、凶暴的な日差しには叶わない。寝転んでいた背中には、大量の汗が吹き出しているのがわかる。
「本当に日に焼けるとヤバイからな。」
 ルークは、根を上げたと思われたくなくって、そんな事を付け加えながらイオンを促す。
 イオンは素直に腰をあげ、ではあそこに行きましょう、と丘の中腹あたりにどっしりと生えた木の根元を指さした。
 気温が暑いことには変わらないが、そこならちょうどよく日陰ができていて、ゆっくりできそうだ。


「ところで、そのバスケットはなんですか?」
 木陰に腰を下ろし、ルークが大木に背をくったりと預けたタイミングで、イオンがルークの持ち物を指摘した。
 すでに大体の見当はついているようで、聞きながらもその瞳は期待に輝いている。
「ほら。」
 ルークは、大きなバスケットを開いて中身を見せた。途端に、イオンから無邪気な歓声があがる。
 中身は、ふたりが一緒にでかけると聞いてアニスが用意したとっておきのランチで、ルークの、そしてイオンの好物が綺麗に、尚且つぎっしりと詰まっていた。

 ルークが好きな照り焼きチキンのサンドイッチはイオンも大好きで、ふたりは揃ってそれに手を伸ばした。
 バスケットの中身は他にも、トマトとチーズのサンドイッチが並び、小さな皿の上にはナポリタンスパゲッティがその赤いケチャップで彩を添えている。その隣には一口大のライスコロッケ、オムレツ、ガーリックバターで味付けをしたマッシュルーム(ルークの為ではない)と、とりわけ手が込んだものという訳ではないが、それでも大変なご馳走だ。中でもイオンが感激したのは、二段になっているバスケットのしきりを持ち上げると出てきたゴルゴンゾーラのピザで、その横にはハチミツが添えてあった。イオンはこのしょっぱいチーズにハチミツをかけるピザが大好きで、遠征先で初めて食べた時、意外な組み合わせの、そのあまりの美味しさにおかわりをした事があるのだという。
 いつもは食の細いイオンが嬉しそうに食べていたことを、もちろんアニスは覚えていた。
 家のコンロでは作れないので、わざわざアニスはこのピザを焼くために、顔見知りの宿屋の主人に窯を借りたのだと後でルークは知った。

「こんなに美味しいものをふたりだけで食べてて・・・なんだかアッシュに申し訳ないですね。」
 イオンがもごもごと忙しそうに口を動かしながらも、本当にすまなそうな表情でそんな事を言うので、ルークは吹き出しそうになった。
「大丈夫!ちゃんとアニスは3人分つくって行ったよ。今朝アッシュは、お前たちのおかげで今日の昼メシは豪華だ、って上機嫌だった。」
「そうですか。だったら良かった。」
 イオンは、安心しながらも。流石はアニスですね、と自分の元守護役を褒めることも忘れない。
 かつての彼らの関係が、完全に修復していることを、ルークはとても嬉しく思う。
 あの後のアニスの涙も苦しみも後悔の念も、わざわざルークが伝えなくても良いのなら、それに越したことはない。


「ところで、イオン。外に出る時は髪の毛染めているんだ?」
「ええ。・・・フローリアンも街中に出てくるタイプの導師ですから。間違われてしまうとやっかいですからね。」
 そう言いながらイオンは、自分の黒い髪を撫でる。
 ところがいきなりなにかを思い出したように、眉を寄せ、嘆いているような笑っているような、なんともいえない顔になった。
「?どうかしたのか?」
「いえ・・・。」
 イオンは自分の髪から手を離し、そのまま口元を覆うと、ちらりとルークの頭を見た。
「笑わないでくれますか?」
「?・・ああ。」
 なんの話かしらないが、ルークが約束すると、実は・・とイオンは話しだした。
「実は僕・・・はじめは、赤毛に変身しようとしたんですね?」
「え?」
「いえ・・・。ルークの髪の色、いつも綺麗だなって思って、羨ましかったんです。それで、マネしたくって・・・。そしたら。」
「う、うん?」
「地がこの色でしょう?なんというか・・・黄土色っていうか・・・どす黒い緑っていうか・・・しかも斑の。失敗しまして。」
「・・う、うん。」
「それで、もうどうしようもなくって。けれど、とても人前に出られる姿じゃなかったもので、黒い染粉をシンクが買いに走ってくれまして。」
 で、この色に。とイオンが情けなさそうに言うので、ルークは約束を忘れて、吹き出しそうになった。・・・寸でのところで堪えたが。
「そ・・そうなんだ。大変だったな・・・。」
「ルーク?笑ってます?笑ってますよね?ひどい!約束したのに。」
「笑ってない!笑ってないよ!」
「嘘です!その声がすでに笑ってますよ!?」
 たわいのない会話が、とても心を温める。そんな一時だった。

 

 その一時の平穏に一陣の風が割り込んできた。
 流石は疾風の二つ名を持つだけあって、ルークもイオンの彼の接近に全然気がつかなかった。
 ・・・もしかしたら安心して、緩みきっていただけなのかもしれないが。
「あれ?シンク?」
 風が舞って、一瞬の瞬きの後、ルークとイオンが揃って顔をあげると、そこには仮面で顔を隠した矮躯があって、ふたりは目を丸くする。
 顔を隠しているので表情は見えない。機嫌が悪いようだが、とりあえずシンクが上機嫌なところを見たことがないので参考にならない。
 シンクは腰に手を置いて、まるでいばっているような風体で、ふたりを見下ろしていた。
「どうした?」
「・・・こんなところで、呑気にしているところ悪いんだけどさ。ちょっと緊急事態なんだ。」
 ルークが聞くとシンクはそんなことを返してきたが、ちょいと屈んでピーナッツバターのサンドイッチをかすめ取った。
「緊急事態?」
 なにがあった?とすぐに警戒心を露わにしてルークは体を起こしたが、イオンの方は呑気にも、こっちのクッキーも食べますか?と甘党のシンクにデザートを薦めている。
 シンクはチョコチップのクッキーを口にくわえながら、アニスが困ってるんだよね、と言った。
「え?」
「アニスがですか?」
 そう、とシンクは頷く。
「まぁ困っている。けど、あいつの事だからイオンには言わないと思うんだよね。イオンが行けば一発で解決する話なんだけどさ。」
 あいつはイオンに対しては過保護だから、とシンクは言った。
「?よくわからないのですが・・・僕が行けばアニスは助かるんですね?」
「そう。」
「じゃあ、行こう。イオン。」
 アニスの一大事と聞いてルークは立ち上がった。別にルークは呼ばれていないが、アニスはルークの家族だ。自分が行かないという選択は微塵もない。
 それを見てシンクは、緊急事態と抜かしたくせに、せっかちだね、と呆れたような口調を出しながら、チョコチップクッキーをもぐもぐと咀嚼した。

 

 


 


 イオンとシンクと一緒に、導師の部屋へと急ぐと、
「えっと・・・?イオンさま、と・・ルーク?」
 なんでいるんですか?と言わんばかりのアニスの言葉に扉の前で出迎えられ、複雑な心境になるルークである。
 しかし、それも一瞬で違和感に代わり、ルークはその正体がなんなのか、本来の鍛えられた戦士の勘から、血の匂いや剣呑な雰囲気がないかを探りだそうとした。それらに関してはNOだった。誰か賊が押し入ってきたなどという物騒な類のことはないらしい。
 では、シンクの言う緊急事態とはなんのことなのだろう?と、半ばほっとしながら首を傾げたルークの後ろから、なんだお前ら、と声がした。
「ふたり揃ってどうした?出かけたんじゃなかったのか?」
「・・・アッシュ!」
 それこそどうしてここに、だ。
 シンクの言う緊急事態は結局、アッシュも巻き込むことになったらしいと想像がつき、ルークは改めてアニスに向き直る。
「俺たちはシンクに呼ばれたんだ・・・。なにか俺たちが手伝った方が良いことがあるんだろ?」
 ルークが言うと、あー・・・とアニスは目を泳がす。
 それに対して答えたのは、後ろにいたアッシュだった。
「別にお前には用はないぞ。」
「え。」
「お前にというよりも、俺にもない。俺たちに出番はない、といったところか。」
「・・ということは僕の出番はある、ということですよね?」
 そういうイオンに、まぁな、とアッシュは答えた。
「アッシュ!」
「良いじゃねぇか。・・・俺もシンクの意見に賛成だ。むしろ良い案だと思うがな。」
「アッシュまでそういう事言わないでよー。」
 むくれるアニスの顔を見ていたルークは、そこで、あれ?と思いついたことがあった。
「・・そういや、フローリアンは?」
 導師の部屋にいるというのに、この場にフローリアンがいない。ルークがさきほど感じた違和感の正体はそれだった。
 そしてルークは、アッシュが持っている麻袋に気がついた。アッシュはそれを胸元で掲げるようにしている。

「・・・ここ〜・・・。」
 ひっそりとか細い声がして、ルークは奥の部屋を振り返る。
 そこは導師のプライベートの空間で、寝室にもなっている。普段、イオンたちはここに猫の姿で隠れ住んでいるという訳なのだが・・・。
「氷持ってきたぞ、フローリアン。」
 部屋の奥に向かってアッシュが言う。
「いっそイオンに全部任せて、大人しく寝ちまえ。時期に熱も下がるだろう。」
「熱?」
 どうやら麻の袋の中身は氷らしい、と納得してルークはひょこっと部屋を覗きこむ。
 フローリアンはベッドの上に、ぐったりと転がっていた。
 それで、ルークにもイオンが呼ばれた意味がわかった。
「熱があるのに、仕事しなきゃいけないって事なのか?」
 その言葉はアニスに向けられたものだ。
 アニスは複雑な顔で、無言のまま首を振る。
「しなきゃいけないの〜・・・。」
 力ない声で答えたのはフローリアンで、それに対して「具合悪くなるから黙ってなって。」とシンクがぴしゃりと釘を刺した。
 はぁ、と溜息をついてアニスがルークに視線を合わせる。
「・・・今日は・・キムラスカ、マルクト両国のお偉いさんと会合なんだよね。両国が保護しているレプリカのダアトへの移住の時期を打ち合わせる目的もあるから重要っていえば重要なんだけど。」
「問題は、両国のお偉いさんの顔ぶれなんだよね。」
 シンクが言った。
「キムラスカのレプリカ擁護派と、マルクトの反レプリカ擁護派って感じ?」
「ん?」
 ルークが首を傾げたのは、反対ではないのか、と思ったからだ。
 ルークとて、キムラスカもマルクトも・・・全てがレプリカに対して好意的だとは思っていないが、ピオニー皇帝を知っているからか、マルクトの方がレプリカに対しては寛容というイメージがある。
「確かにあの皇帝はレプリカに対しては寛容だけどね。・・・マルクトも一枚岩ではないってことだよ。現皇帝が即位するまで色々あったしね。」
「対してキムラスカには、ち・・・ファブレ公爵と、なんといってもマーベランス伯爵がいる。」
 シンクの後を受けおったのはアッシュだったが、さりげなさを装いながら意図して父を"ファブレ公爵"と呼んだことに、ルークの気持ちはざわめいた。
 アッシュは本当に帰る気がないのだろうか。今の両親はアッシュの・・・そしてたぶんルークの・・帰りを待ってくれているだろうに。
「えと・・・マーベランス伯爵って?」
 心が揺れたことは今は関係ないと黙殺してルークが聞けば、アッシュは呆れたような顔をした。
 なんだよーと膨れると、横のシンクも、イオンも、臥せっていたフローリアンさえも顔をあげて、本気で言っているのか探るようにルークを見ている。
 え、知らなければいけないことですか?とたじろぐルークに対して、唯一生暖かい目で苦笑していたアニスが、説明してくれた。
「マーベランス伯爵は、レプリカ保護の為の法律、OZ法成立の立役者だよ。その知識のあるレプリカには、命の恩人とも心の父とも慕われているね。」
「伯爵本人は、古参の為政者って訳でもないんだがな、まだ40代だし。だが、マーベランス家は建国時からの名家で・・・キムラスカ内では発言力がある。」
「そういう理由もありまして、キムラスカの有識者は表だってレプリカを非難したりしません。なにしろ王とキムラスカの二大勢力ともいえるファブレ公爵、マーベランス伯爵が揃ってレプリカ擁護派ですからね。・・・中には苦々しく思っている者もいるでしょうが、そんな事を口にしようものなら即政治からつまはじきにされてしまいます。」
「へぇ・・・。」
 祖国がキムラスカと言ってもさしつかえないルークは、ちょっと誇らしげな気持ちになった。
 そして、あ、それでか、と気がついた。
「そう。・・・つまりは、あまり無様なマネはできないってこと。ダアトとしてはここできちんと、レプリカの導師の威光を示したい訳さ。」
 そういう大事な時に風邪ひく?普通、とシンクが憎まれ口を叩き、フローリアンを見ると、だから行くっていってるじゃん!とフローリアンは唇を尖らせた。
「行けば良いってもんじゃないでしょ。両国のお偉いさんを前に、きちんと仕事をできる自信ある訳?」
「あ・・・あるよっ!僕だってこう見えても導師としての教育を受けているんだからねっ!」
「どうだか。」
「なんだよー。シンクはいっつも!もう少し僕を信用してくれたって良いじゃん!」
「こんな時に風邪をひくような無様なマネしておいて、信用もなにもあったもんじゃない。」

「やめなさい、ふたりとも!」
 イオンの叱責が飛び、雷に打たれたようにふたりは言い争いをやめた。
「僕が行きます。フローリアンは寝ていてください。」
 凛とした宣言が、その場に響いた。
 威厳に満ちたという表現がぴったりな声音だった。

「で、でもイオン・・・。」
「イオン様・・・。」
「フォローは頼みますよ、アニス。」
 イオンはすまなそうなフローリアンに向けて、にこりと微笑んだ後、まだ賛成しかねるといったアニスに向けては、そんな言葉をかけた。
 そう言われてしまったら、アニスも、う、と詰まるしかない。
「大丈夫か?イオン。」
 思わず言ったルークに、イオンは小首を傾げて、
「・・・まぁ、相当ブランクはありますが、大丈夫でしょう。」
 と笑顔をつくった。
「まだまだ、導師なりたてのひよっこには負けませんよ!」
 そう言ってフローリアンをふくれっ面にさせる姿に、先ほどの会話を思い出し、本当は3人の力関係はイオンが一番上なんじゃないのかなぁ、と改めて思うルークであった。

 


 

 その後、会合がうまくいった事をアニスから聞き、ルークが胸を撫で下ろした数週間後。

 その日、ルークは図書館でアッシュと待ち合わせをしていた。
 家から一緒に出るのはさすがに目立つだろうということで、めったに連れ立って出かける事がないふたりだったのだが・・・どうやら顔見知りになったダアトの住人たちには双子の兄弟と思われているらしいし、もういっそのことそれを利用することにしちまうか、とアッシュの方から言い出したのだ。
 アッシュはいつも出入りしているギルドから、腕の立つ人間が数人必要な新しい仕事の依頼を請け負っていて、一緒に組む相手に『双子の弟』のルークを指定した。今日はギルドにルークの顔見せに行くことになっているのだった。
 そわそわと図書室で立ったり座ったりと落ち着かないルークを、時折他の利用者は、迷惑そうにちらりと見たが、本人はそんなことにも気がつかない。
 なにしろ・・・『腕の立つ相棒』が必要な仕事に、ルークを指名してくれたのだ。
 アッシュが!!!
 聞いた時、それはもうルークは天にも昇るような気持ちで、昨日の夜は禄に眠れもしなかった。
 こんな日が・・・夢にまでみたアッシュに認めて貰える日が、本当にくるなんて!

 そんな訳で、まんじりともせずに時間をつぶしていた図書室で、ルークは調べものをしていた教団幹部の会話を聞いてしまったのだ。


「それにしてもフローリアン様は、成長された・・・。」
「ああ・・・。数か月前も・・・両国の要人を相手に、堂々と振る舞われていて目を見張ったが・・・。それからは、まったくもって成長著しい。」
「・・正直、まだまだ幼少の気配が抜けきられないことを心配申し上げていたのだが・・・危惧だったようだな。」
「あの威厳に満ちたお姿。まさに導師にふさわしくあらせられる。・・・前導師イオン様にも引けを取られない。」
「うむ。正直、私などは・・・時折、イオン様、と声をかけそうになってしまうよ。」

 ぽん!と肩が叩かれて、ルークは飛び上がりそうになった。
「待たせたな。」
 アッシュが、慌てた様子のルークに不思議そうな顔をしている。
 それで、今立ち聞きしちゃって・・・と小声で言い訳をすると、怪訝そうな表情だったアッシュが一瞬で訳知り顔になった。
「出るぞ。歩きながら話そう。」
「ん。」
 黙ってついて行ったルークだが、教会を出た辺りでアッシュに追いつき、肩を並ばせて歩き出した。
「・・・さっきの会話ってさ・・・。」
「どうやらイオンも俺たち同様、隠れ住むのが退屈らしいな。」
「やっぱ、そういう事だよなー。」
 ルークがうんうん、と頷きながら歩いていると、いきなり前方をふさぐようにして小柄な身体が割り込んできた。

「わ!」
 本当にいきなりだったのでルークが驚く。
 立ちふさがったのは、アッシュがルークの他にこの仕事に声をかけた顔に仮面をつけた人物であった。
「おっそいよ、ふたりとも。」
 開口一番とびだした文句はいつものことなのだが・・・なんか違う。
「・・えっと、シンク・・・じゃないよな?」
「どこが。」
 どこが、と言われれば、どこもおかしくないとしか言いようがない。
 姿かたちも声もシンクのものだ。顔もいつものように仮面で隠れているし、しかし・・・口調が違う、纏う雰囲気の明るさが違う。
「どこもかしこもシンクそのものだけど、お前はフローリアンだろ。」
 ルークがきっぱりと言い切ると、シンクもどきは仮面を外し、その下に表れた顔は唇をおもいきり尖らせていた。
「なんでわかるんだよー。ルークのばかー。」
「ばかと言われてもなぁ。わかるもんはわかるからなぁ。」
「それでシンクはどうした、フローリアン。」
 アッシュの声は呆れている。
「教会。」
「・・・今日は顔合わせだと言ってあったろう。サボリか?この仕事は断るのか?」
「違うもん。僕が代わりに行くことにしただけだもん。」
「フローリアンが代わりって・・・仕事をか?」
 ルークが眉を顰めると、
「ううん。顔あわせの方。」
 とフローリアンが答えた。
 仮にも腕の立つ数人が求められる仕事だ。フローリアンも護身術(ダアト式譜術含む)を習得しているようだが、危険なことをローレライ教団の導師にさせる訳にはいかない。
 ルークがほっとすると、どう思ったかはしらないが、フローリアンはふふ、と笑った。
 案外、ルークに心配して貰えたのが嬉しかったのかもしれない。

「それにしても・・・アニスはどうした?」
 フローリアンひとりの外出など、考えれば許される訳がない。
 ということは、間違いなくお忍びだろう。
「うーん、お忍びっていえばお忍びだけど?」
 答えるフローリアンの言い回しは微妙だ。
「ほら、アニスは"導師"の守護役だから。」
「?だから、フローリアンの守護役だろう?」
 なに言ってんだ?とルークが不思議がれば、わかってなーい!とフローリアンは、びしっとルークを指さした。
「導師守護役は、導師の身の安全を図っているんだよ。つまり、導師がいる場合はそっちに張り付く訳でー。」
「・・・それで今は、どっちが"導師"をしているんだ?」
 察しの良いアッシュは、フローリアンの言わんとすることが分かっていたようだった。
「今日はシンクが。」
「え。」
 シンクが導師やってるって・・・そういうことか?とアッシュを見れば、アッシュは無言で肩を竦めただけだった。
 その事実をよく噛みしめ・・・頭を抱えるルークである。
「"導師"って数人が持ち回りでやるような役職なのか?」
 かつてはオールドラントの中心とも言われる地位だったというのに、駄目だろうそれは、とルークがつぶやくと「駄目だな。」とアッシュも同意した。かつての俺が知っていたら憤慨していたな、とも言う。
「かつての?じゃあ今は?」
「もう神託の盾所属じゃないから、知ったこっちゃない。」
「おい。」
 反射的にルークがつっこめば、フローリアンはきゃらきゃらと、まるで少女のように笑った。
 その笑い声につられるように・・・ルークは、ふっと肩の力を抜いた。

 そうだ。駄目なことかもしれないが、これは悪いことではない。

 幼くして、レプリカの"導師"の肩書を背負うことになったフローリアンが、その重責に悩んでいたことを、ルークは知っている。時々、浮かべる笑顔に影が差す時、もうフローリアンの子供時代が急な終わりを告げようとしていることを感じ、やるせなくなったこともある。
 生まれた時から"導師"として生きることを強要されたイオンは、けれど、自らの意志でそれを全うしようとしていた。その姿にかつて、激しいほどの矜持を感じもした。
 生まれたことに意味を見出さなかったシンクは、ふたりとはまるで違う個性を持っていて、やっとそれを自分自身で認めはじめている。

 今、その全てが報われようとしている。
 ルークはそう感じた。

 そして、ここには誰にも公にできないけれど確かな幸福があって、その輪の中にいまやルークも加わることができるのだ。

「ちょっと、ルークー?」
 いつの間にか、立ち止まっていたルークに気がつき、フローリアンが声をあげる。
 アッシュも足を止め、「ひとりでなにをにやにやしているんだ、気味の悪い。」などと憎まれ口を叩いた。

「なんでもねーよ!」
 ルークはふたりに向かって走り出した。
 
 心には今までにない、高揚感があった。

 

 

 

 

 

 


 
 

 

 

 


 その時々で、きまぐれに入れ替わって周囲を混乱させて楽しんでいる三つ子たち。全員器用なので、バレたりしません。
 ・・・お気づきでしょうが、この話は真夏に書き始めたのですが・・思ったよりも長くなって!!!
 いや本当にちょっと、イオンとフローリアンが入れ替わってみたら、うまくいっちゃったよ的なお話のつもりだったんですが。

 ・・・そういえば今回、誰も猫化してない・・・。猫の話なのに。

 

('13 10.18)