猫耳ショコラ

 

 バレたらヤヴァイだろうなと思っている時に限って、猫化するクセのせいで、ルークはその人込みの中に入れないでいた。

 広場はちょっとしたバザーのような状態で、いつもはシンプルなワゴンも今日は綺麗なリボンや花で飾り付けられ、その前に押し合うようにして女の子が群がっている。
 ルークとて、目的のものを買う為にあの中に入っていきたい。しかし・・・。

『よりによって、女の子だぞ?』

 女の子のなかに混ざって買い物するだけでも、緊張するというのに(どんな好奇の目に晒されるやら)あの人込みのなか、ぶつかられたり怒られたり足を踏まれたりしようものなら、それこそ猫になってしまうかもしれない。
 大公衆面前で。

『あ〜あ・・・やっぱ、無理かぁ・・・。』
 折角、アッシュにチョコを贈りたかったのに。


 ヴァレンタインデーというものがあるというのを、ルークはダアトにきて初めて知った。
 確かに昔からこの日になると、メイドたちがそわそわしているのにも気がついていた。しかし、それが愛の告白をするイベントだとは、誰もルークに教えてくれなかったのだ。
『いや・・・それも御幣があるなぁ・・・。』
 思えば、旅の途中に、朝起きたら『はい、ルークにも』とやたらと「にも」と強調させてティアがチョコレートの箱を渡してくれたことがあった。あれはきっとヴァレンタインだったからなのだ。そういうものだと知らなかったから気がつかなかったし、てっきり疲れているから皆でチョコでも食べましょうという差し入れの一種なのだと勝手に思い込んだのはルークのせいだ。その時に、なんでだろうと疑問に思っていたら、きっと誰かが教えてくれたのだろう。

 先日、やたらとアニスがはりきって朝からキッチンに立っていて、ルークはその時、初めて事実を知った。

 これは誰でしょ〜、これは誰、というように、教団のえらい人やら、今まで知り合ってきたぼんぼんやら(各国の)の名前を挙げていきながら、小さく丸めた手作りのガナッシュの上にココアパウダーをかけているアニスに、俺たちのは〜?と羨ましそうに訊ねると、あんたたちのは当日に作ったげるよ、とアニスは答えた。これは包装しておかなきゃならないからさ、と付け加えた言葉を半分ほど聞き流しながら、当日ってなんだ?とルークは疑問を持った。

「え!?ルーク、もしかしてヴァレンタイン知らないの!?」
 驚愕したようにアニスに見られ、どぎまぎしながら(また世間知らずをからかわれると思っていた)、しかし嘘を突き通すことも出来ずに頷くと、えーアッシュだって知ってるのにマジ!?とこぼれるほど目を大きくして聞き返される。
 全国的に有名な(アニス曰く、ユリアの生誕祭と同じくらいに)イベントを、まさか知らない人間がいるとは、とやはりからわれ、それでも教えてくれたその意味に、ルークがアッシュを思い浮かべたのは言うまでもない。

 しかし。

 手作りは無理だった。
 何度アニスに教えられても、無理だった。
 そんなバカな、とアニスも言うくらいだった。
 市販のチョコを溶かして丸めるだけができない筈はない!と断言され、少々ムキになりながらも(アニスが)教えてくれたというのに、どうしてもチョコが固まらない。(ちなみにハート型の型押しに流し込むだけを試してもみたがダメだった)
 それでとうとうアニスには匙を投げられてしまい、残る道は、こうして街のお菓子やで買うことだったのだが・・・・・。

 思えば、チョコ作りに費やした2日の間に、さっさと諦めて買っておけば良かったのだ。
 当日ともなると、人出は半端ではない。
 あらかじめ買っておけよ、と人のことを言えないルークが、チョコに群がる女の子たちを睨みながら思っても、事態は変わらなかった。

 

 

 

 所用でアッシュが戻ってくると、甘い匂いが漂う部屋に迎えられた。

「おっかえり〜。」
 と可愛いピンクのエプロンをしたアニスが(なんでこいつの服はピンクばかりなんだ)焼きあがったばかりのフォンダンショコラを乗せたトレイを持って、振り返る。
「遅かったねぇ。」
 昼過ぎには帰ると言ってあったが、今は3時を廻る頃だ。
「・・・この人だからな。廻り道しなければならなくなった。」
「ふぅん?」
 まったくどいつもこいつも浮つきやがって、と悪態をついているところを見ると、人込みで危うく知り合いに見つかりそうにでもなったのだろう。
 アッシュは、今言ったことになど興味がないらしく、きょろきょろと部屋を見回して、あの馬鹿はどうした?と言った。
「拗ねてる。」
「拗ね・・・?」
 アニスは、ちょいちょいとアッシュたちに貸している書斎を指差した。
「私が代わりに作ってあげようかって言ったんだけどね〜。」
 結局、玉砕してルークは帰ってきた。
 それでも彼の話を聞く限り、トライはしたらしい。だが、ワゴンに近寄ることも敵わず、大勢の女の子に睨まれてすごすごと引き下がってきたとのことだった。
「で、落ち込んで。」
「・・・ああ・・・。」
 代わりに、と申し出たアニスの言葉に、ルークは首を振った。
 自分で用意できないのなら、意味なんかないと半分ヤケとも思える発言をして、みるみるうちに猫になり、部屋に閉じこもってしまった。
「・・・バカか、あいつは。」
「そこが可愛いところじゃん。」
「なんだ、それは。」
「諌めてんの。」
 そこまで思われているくせに、その本人が無碍にしたらルークが可哀想だ。
 本当にアッシュがルークを嫌っているならいざ知らず、実際は思いあっているだから、今日くらいアッシュが譲歩してやっても良いんじゃないの?
 にんまりと笑うアニスにバツの悪そうな顔をして、アッシュは視線を逸らした。

 

 

 

「入るぞ。」
 自分の部屋でもあるからノックをする必要などないと思い、アッシュは扉を開けた。
 それでも断りの言葉を入れたのは、ルークに対する配慮だ。

「うー・・・。」
 ルークはソファーベッドの上で、不貞寝をしていたらしい。
 厚い遮光カーテンがひかれた部屋は、昼間だというのに薄っすらと暗く、小さな白いカタマリが毛布の上に、ちょこんと転がるようにして寝転がっていた。
 気がつかずにベッドに座ったりしたら、ぺちゃんこにしてしまいそうだ。
 アッシュはベッドには乗らず、机の上に持ってきたマグカップを置いてルークを見た。
「あっしゅー・・・。」
 ルークは情けない声をあげる。
「・・アニスがケーキを焼いて待っているぞ。」
「うー・・・。」
 食べたいのは食べたいが、それにも勝る落ち込みに、ルークは大きな潤んだ目でアッシュを見上げた。

「今日って・・・なんの日か知ってる?」
「ヴァレンタインだろう?」
 即答だった。
 やっぱり知ってたんだ、とルークはさらに落ち込んだ。
 アニスはアッシュも知っていると言っていたが、本人に確かめた訳でもないし、もしもアッシュがヴァレンタインだということを知らなかったなら、明日でもなんとか言い訳をつけて、やり直せるチャンスがあるとそんなことも考えていたのに。
「お前はバカか。」
 アッシュに一言の元に切り捨てられ、ルークはさらに落ち込む。
 わかってはいるのだ。こういうイベントごとをアッシュは好きではないのも。
 けれど、街中が愛を囁いて良いと決められた日なら、ルークも堂々とアッシュに想いを告げることが敵う。そう思ったのだ。
「・・・そんなもの今更だろうが。」
「うー・・・。」
 そうではないのだ。
 そういう日だというのに、前準備もなにもしていない自分のふがいなさに腹が立つのだ。だって、もっと前に知っていたら、もっと頭を使っていたら、今この瞬間、勝ち誇ったように笑ってアッシュにチョコレートを渡すことが・・・・。
 ・・・って。ん?
「アッシュ?」
『今更』と言わなかったか?
 今更、ということは、それは前にもあった、という前提の言葉だ。
 確かにルークはアッシュに対して、大好きモードを全開にしていたけれど、アッシュはそれに対して反応も示さなかった。だからルークは、嫌っていたレプリカの自分に言われてもなにも思うところがないのか、もしくは存在として軽く扱われているから興味もないのだと思っている。
 今までのルークの言葉を、アッシュは少しでも間に受けてくれていた、ということだろうか?

 だとしたら、嬉しい・・・。

「アッシュ、アッシュ、今の!」
「なんだ?騒々しい。」
 ルークのテンションがいきなり上がったのを、アッシュは気味悪そうに見る。
 その嫌そうな表情に、再び落ち込みそうになりそうなルークの頭を、アッシュはぽん、と軽く叩いた。
 反動のように後ろに倒れてぴりぴりする耳に、アッシュの殊更なんでもないようなそっけない言葉が入ってきた。
「それを飲んだら、早く来いよ。」
「え。」
 それ、と指差したのはアッシュが入ってきた時、持っていたマグカップだった。
 落ち込む自分を少しでも慰めようと持ってきてくれたのか!とルークはぴん、と耳を立て、首を伸ばして机の上を見る。
 白くシンプルなマグカップからは湯気が昇っていた。
「ちなみに。」
 部屋から出ていきがてらに、アッシュは振り返った。
 え、とルークはのそのそとベッドを下りようとしていた体勢のままで、アッシュを見る。
「・・・それの、別の呼び方、知っているか?」
「それ?」
 えっと、マグカップの中身?と机を見てから振り返った時、すでにルークの視界からアッシュの姿は消えていた。
 ルークが椅子をつたって机によじ登り、覗き込こむと甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
 マグカップの中身は、白いクリームがのったココアだった。

 

 それは、ホットチョコレート、とも言う。

 

 

 

 

 


猫でヴァレンタイン・・・。やっぱり直接慰められないアッシュ。

(’09 2.14)