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空は高く、真っ白な雲が大きく膨れ上がり、からりとした空気が鼻の上を乾かす気配がする。
もうすぐ自分の呼気の方が冷たく感じられるほど、大気は焼け、熱を放つだろう。
夏がくる。
猫耳と王
本格的な夏がくるその直前に、そのニュースは齎された。
「え?フローリアンが?」
「・・・・・やっぱりか。」
テーブルの向かい側でこくこくとコーヒーを飲みながら、アニスは、うん、と頷く。
その真向かいで両手でカップを持ち、ふうんとなんだか不思議そうな腑に落ちないような顔でルークが相槌を打つ。
その斜め後ろにいたアッシュは、立ったままで、カップを口に運んでいた。
「そ。で、しばらくの間、お披露目やら式典やら諸国への挨拶回りやらで・・・わたしも留守がちになるから。」
その間、見つからないでよ?とアニスはふたりに釘を刺した。
「やっぱり、アッシュもフローリアンが次の導師になるって思ってたんだ?」
自室に戻り(しつこいようだが本来はアニスの部屋だ)ふたりきりになったところで、ルークはアッシュに聞いた。
さきほどアッシュは対して驚きもせず、その話を受け入れていたから、ある程度の予想をしていたのだろう。
「・・・そうかもしれん、とは思っていた。」
「そうなんだ・・・。」
ルークが知っている、教団人間は、もはや3人しかいない。
ひとりはアニス、ひとりはトリトハイム詠師、最後のひとりがフローリアンだ。
逆に、教団内のことを知らないからかもしれないが、そのなかのひとりが次の最高責任者になるというのがピンとこなかった。
フローリアンはたしかに前導師イオンと同じレプリカだが、本質的には、イオンとは似ていない。
見かけと違ってイオンは大人だったし、フローリアンは見かけどうりに無邪気なこどもだった。
そのフローリアンが、イオンと同じ導師・・・。
「って・・・務まるのか?」
失礼極まりないセリフをひとりごちるルークに、
「フローリアンもいつまでもガキではいないだろう。」
呆れたようにアッシュが言った。
ついでに、いつまでもガキなのはおまえだけだ、と意地悪を言う。
「・・けど、導師だぞ!?」
イオンに会った当初はその立場の重大さに気がついていなかったルークだが、今となってはそれがどんな意味を持つ肩書きなのか、少しは分かっているつもりだ。
イオンはあの細い肩に、何千という教団員の人生と、預言にすがる人々の熱望を一手に背負っていたのだ。
「・・・おまえだって・・本当は背負うはずだろう。」
人事のように大変だろうな、とつぶやくルークにアッシュはさらに呆れたような声を出した。
「え?俺?」
俺が背負うって?と不思議顔を浮かべ、大真面目に聞いてくる様に、アッシュは苦笑する。
「お前は、本来はキムラスカの王になる筈なんだぞ?」
「はっ!?」
「王位継承権第3位。本来の2位は金髪でしきたりに則れば、継承権を持っていても王にはならない。だから、ナタリアと結婚した後、お前が王位に就くはずだったんだ。」
それを猫になってこんなところ、ほっつき歩いてやがる、とまるで人事のように言うアッシュに、それ違うだろっ!とルークは噛み付いた。
「本来はって、それって本当に本当はアッシュだったんじゃん!」
俺はレプリカでナタリアの許婚も俺じゃなくって、と続けるルークに、違う、とアッシュは首を振った。
「ファブレ公爵家には子息はひとりだけだ。だから”ルーク”がナタリアの婚約者で、次期国王なんだ。」
「そ・・・そんなのっ!」
その時、ふいにルークの脳裏に、かつて旅をしていた時ナタリアが言った言葉を思い出した。
ピオニー陛下と結婚話が持ち上がっていると嘘をついた時のことだ。
父である国王が決めることだといいつつ、ナタリアは言ったではないか。婚約しているのはルークだと。
こどもの頃にプロポーズした事も、オリジナルであることも関係がない。
ファブレ家の嫡男である”ルーク”が、次期国王なのだ。
ならば・・・。
『アッシュはやっぱりファブレに戻るべきなんだ・・・。』
それも、アッシュとしてではなく、ファブレ家の嫡男、オリジナルの”ルーク”として。
そうしてナタリアと結婚して、国を治め、国民を守っていかなくてはならない。
床に敷いた絨毯の百合の模様をぼんやりとみつめながら、ルークがそんなことを考えていると、ごめんだな、とアッシュの声がした。
「ごめ・・って、え?」
なんて?と顔をあげたルークにアッシュは、
「ごめんだな。」
と繰り返した。
「ご・・ごめんだって・・・。」
「そんなのはまっぴらだと言ったんだ。」
えー?とルークは驚いて声をあげた。
アッシュはキムラスカの国民を愛している。ナタリアのこともだし、そもそも・・・国を治めることは彼の悲願ではなかったのか?
「どこにいたって、世界のために働くことはできる。」
「でも・・・個人の力でできることは、限られているし・・・。」
「お前、そういう考えなら、本当に王にならなくって良かったな。」
アッシュは言った。
ルークももちろん、その理屈はわかる。
個人の思いを、力を、侮る気など毛頭ない。しかし、そういう道徳的な話ではなく、国を治める者の権力がもっとも大きな影響力を持つことには変わりない。
「アッシュ、王になって国を変えたいんじゃなかったのかよ・・。」
「変えたいな。」
ならっ!と意気込むルークに、アッシュはだがな、と言った。
「それは・・・今の王や父上にできないことなのか?」
預言に捕らわれていた時代はもう過ぎた。
これからが、本来の王の手腕が問われる時なのだ。
「これから、キムラスカの行く末を見てみたい。それでどうしようもないなら、俺が出張ってやっても良いが・・・。伯父上も父上も色々あって勉強しただろうからな。もう少し猶予を与えてやっても良いと思わないか?」
「猶予って・・・。」
えらそう・・・とルークは目を白黒させた。
いくら次期国王候補でも、それは言いすぎだろうと思いつつも、アッシュかっこいい・・とか内心でどぎまぎするルークである。
それにしても・・・。
ああ、そうか・・・。
「どうした?」
いきなり風船がしぼむようにしてルークの元気がなくなった事に気がつかないアッシュではなかった。
ううん、なんでもない、とルークは首を振る。
「アッシュも・・・色々考えてるんだなぁ・・・。」
「・・・・・お前、本当は俺を馬鹿だと思っているだろ。」
「ばっ・・!思ってねぇよ!」
そんな訳ねぇだろ!と慌てるルークに、どうだかな、と疑いの目を向けるアッシュ。
要するにからかわれているのだが、ルークはそれに気がつかない。
大好きなアッシュに勘違いされたら大変だと、必死に手を振り回す。
そして、ガツン!と机の角に手をぶつけた。
「・・いってぇ〜・・・。」
「見せてみろ。」
痣にでもならないかとアッシュがルークが痛めた手を覗き込んできた。
そうすると、少し前かがみになったアッシュの驚くほど長いまつげが、数えられそうなほどによく見えた。
綺麗だなぁ・・・。
うっとりとルークはそれを見つめる。
赤い髪と、本来の白い肌の強いコントラストは、まるで人工物のように蟲惑的で、ルークはこんな綺麗な人から自分が作られたのかと思うと、天にも昇る気持ちになる。
アッシュのレプリカであることが、ルークの誇りだ。
素直にそう思う。
過去、『鮮血』の名で各地を飛び回り、血塗られた生き方をしていた時も、いつ見てもアッシュにはどこか凛とした雰囲気があった。泥臭いところがどこにもなかった。
もしも、天性の気品というものがあるなら、アッシュはそれが備わってきて生まれてきているのだろう。
だから、本当は・・・。
アッシュは王になるに相応しい男なのだ。
ダアトは港から離れた位置にあり、四方は山に囲まれている。
しかし実は、港を反対側に下れば、美しいビーチがある。あまり知られていないそこは、知る人ぞ知る秘密のバカンスの場所であり、ダアト在住の人間たちの憩いの場でもある。
白い砂は美しく、空を映した海は波も穏やかで、信じられないくらいに鮮やかなエメラルドグリーンの海は泳ぎが目的で訪れたのではない者たちも誘う。
その誘われている組のルークは、アッシュとふたり、そのビーチを歩いていた。
もちろん、成人の姿でだ。
まだ海水浴には早い時期ということもあってか、人はまばらで、夏を待ちきれない人がシートを引いて寝転んではいるものの、本格的なバカンスの匂いはしない。
白い砂の乾いている部分に裸足の足をつっこみ、ルークは蹴り上げる砂がアッシュにかからないくらいに後ろを歩いていた。
指と指の間に砂が入り込み、じゃりじゃりとした感触を齎すが、それは特別気にならない。
むしろその感触は楽しめるものだった。
ルークはそっと、アッシュを見た。
黒い服を好むアッシュにしてはめずらしく、今日は白い普通のカッターシャツを羽織っている。
時折強く吹く海風が裾を巻き上げ、あおられた布地の下から、アッシュの締まった腰の部分がちらりと覗いている。
いつもは腹だしの格好をしていたルークとは反対に、あまり肌を露出させないアッシュなので、その姿は新鮮で、それすらも見とれるに値するものだった。
「なぁ、アッシュって泳げる?」
なにか話さなくてはと思ったルークの口から出たのは、そんな言葉だった。
アッシュはチラリとルークを振り返って、
「泳げん。」
と面倒臭そうに言った。
「え!?マジ!?」
「そうだが?」
アッシュは、ルークになぜ聞き返されたのか、わからないという顔だったが、ルークにしてみれば、アッシュに出来ない事があるというのが信じられない気持ちだった。そう言うとアッシュは、苦虫を噛み潰したような顔になって、
「俺はダアトで遊んでた訳じゃねぇんだよ。」
と言った。
お前と違ってな、と昔のアッシュなら言っただろう。だが、自分がダアトにいた7年間ルークがキムラスカでどんな扱いを受けていたかを知っている今のアッシュは、そんな事は言わなかった。
けれど、ルークは勝手にその声を聞き、勝手にすまない気持ちになって、詫びを口にした。
「そうだよな。…ごめん。」
「…。」
アッシュは黙り、舌打ちを飲み込む。
ルークが元気がない理由はおおよその検討はついている。
アッシュが、キムラスカに帰らない理由は猫化してしまうからだと思っているのだろう。
たしかにそれもなくはない。キムラスカに帰る以前に、今のままでは、旧知の人間においそれと会うこともできないし、バレれば大騒ぎになるのだろう。
今の安泰な状況を得られたのは、ひとえにアニスがルーク思いで、もしもふたりが猫化することが知られたら、周囲になにをされるかわからないという現実を理解しているからだ。
ただでさえ死んだ筈の人間なのだ。それが生きて帰ってきて猫になる。
おぞましい想像だが、実験体に、と目論む連中もいるだろう。
だが、アッシュがキムラスカに帰らないのは、猫になるからではなかった。
以前も話しているのに、それをこの馬鹿は忘れていやがる。
と、アッシュは今度こそ、舌打した。
アッシュは・・・純粋にキムラスカに帰る気がないのだ。
確かに国を憂う気持ちはあるにはある。
だが、王族として生まれるというのは・・・そこで生きるというのは、なに不自由なく暮らせるのと同時にがんじがらめの檻のなかに入っているのも同じだ。
それを不満には思わない。それがその立場で生を受けたものの定めだし、誰もが得たくても得られないものだということは分かっている。
だが、アッシュは・・・・・。
誰にもなりたくなかったのだ。。
生まれた時はファブレの嫡男で、次期国王だった。
次は鮮血という通り名の軍人だった。
どこかで必ず、アッシュには役割が与えられていた。
一度死んで、それを全てリセットできたのだ。
他の誰でもなく、ただ単に「アッシュ」という人間をきままに生きるのは罪なのだろうか?
未来永劫というのではない。
いつか役割を担うまで、それまでの間の話だ。
少し見聞を広げたいというとってつけたような理由でも良い。
だが、どうせいつかはどちらかの役割を担わなければならないのなら、もう一度、神託の盾に戻りたいと、そう思う。
アッシュは気分を入れ変えようと、ぶるりと頭をひとつ振ると、いまだに勝手に落ち込んでいるらしいルークに言った。
「てめえはどうなんだ。」
「え?なに?」
「お前は泳げるのかと聞いたんだ。」
「泳げないよ?」
まさかそうではないだろうが、まるで胸を張るかのようにルークは即答した。
「ファブレの家は海に近くないし…。アッシュだって知ってるじゃん。」
監禁されてたも同然で、必要性もなかった。当然のようにルークは泳ぎに無縁だった。
だが、しばらくして、へへっと小さくルークは笑った。
なぜかにたにたと笑っているのを気味悪く思い、アッシュは思わず、なにを考えてやがる、と聞いていた。
「だって・・・アッシュとお揃いだな、って思ってさ。」
「あ?」
「お揃いっていうか、一緒?泳げないのはファブレの血、だったりして?」
あほか、と言いかけて、アッシュははたと気がつく。
そういえば・・・父が泳げるかどうかをアッシュは知らない。母に関しては、あの体だ。よもや泳げる訳もないだろう。
にこにこ笑っているルークを見て、アッシュは言いかけていたのをやめた。
なにも、些細なことで、機嫌よさそうなこいつに、余計なことを言う必要はない。
重かった空気が軽いものに変わり、ルークの気分も変わったようだ。
ところでさ、と口元を綻ばせて、言いかけた時だった。
きゃあ!
と、この世の終わりを目撃でもしたような、切羽つまった声が響いた。
さっと身構え、アッシュもルークも、声のほうを見る。
そこには桟橋で、海のほうに身を乗り出し、後ろから羽交い絞めされている若い女が見えた。
女が錯乱したように暴れ、海へ飛び込もうとしているのを、後ろから誰かに止められているのだ。
こどもが、こどもが、と周囲から声があがり、女が必死に叫んでいるのが、人の名前だと気がついた時、ルークは、少し離れた場所にあがる、不自然な水しぶきを目撃した。
それは上下にバシャバシャと、不恰好なしぶきをあげ、そのなかから時折、小さな手が空を掴もうとしているのが見えた。
こどもが、溺れているんだ!
そうルークが気がついた時、隣にいた影が動き、赤い髪が空中に軌跡を残して、消えた。
「・・・アッ・・・!」
バシャン!と激しい水音が響く。
「・・シュ!!!」
・・・そんな!
ルークの鼓動がどくり、と鳴って、それからはなにかを急かすかのように、走り始める。
しかし、逆にルークの体はそこに縫いとめられているかのように動かなかった。
動けなかった、というのが正しい。
ルークは首ひとつ動けないままそこに立ち尽くし、耳だけは自分の心臓の音だけをやけにリアルに聞いていた。
視界の端が赤く、寄せてはかえす波が、その動きとは反対にひしゃげてみえた。
その背に何人かがぶつかったが、ルークはその場から動けなかった。
やがて、どのくらいの時間がたったのか。
真紅の髪から海水をしたたらせ、アッシュはルークの前に帰ってきた。
溺れていたこどもはアッシュに救われて、事なきを得た。
何度も何度も礼を言う母親がうっとうしいのか、片手でさっさと挨拶をすませ、まったく、とつぶやく。
「とんだ、人助けをしちまった・・・。」
それは誇れることだが、アッシュは自慢にしたりしない。
行きがかり上、巻き込まれたというスタンスで、あくまでも面倒臭そうで。
それはルークのよく知るアッシュだ。
いつもだったら、カッコイイと思っただろう。
しかし、今はそれが無性に許せなかった。
どん!とアッシュの目の前の肩口を突き飛ばす。
「おい!」
なんだいきなり、とムッとして、眉を吊り上げるアッシュに、
「泳げ、る・・・のかよっ!」
なんだよ、それ!とルークは怒鳴った。
アッシュが海に飛び込んだ時、ルークには冷静さがなくなっていた。
普通ならすぐに、泳げるのに嘘をつかれたと気がつくところなのに、その時ルークは、アッシュが思わず自分が泳げないのを忘れて飛び込んでしまったのかと思った。
だから、アッシュも海に飲まれてしまうかも、と。
そう思った。
「俺・・・バカ、みてぇ・・。」
アッシュの言葉を信じすぎだった。
挙句、動揺しすぎて、動けなくなって。
アッシュと違って、本当にルークは泳げないが、それでも溺れたこどもを助ける為に、なにかできることはあった筈だ。
アッシュが間に合ったから良かったものの・・・そんなことで、万が一、取り返しのつかないことにでもなったりしたら。
「ほんと・・・バカ・・・。」
俺は。
「・・・・っ!」
「!!」
視界が歪む。
鼻の奥がつんとして痛い。
頭の芯ががんがん脈打って、
「お・・・おい・・・。」
「・・・っ、みる、なっ!」
みっともないと思いつつも、どうしても涙が止まらなかった。
右腕をあげて、顔の上半分にあてたが、そんなことで隠せるものでもない。
ルークの頬を涙がとめどなく流れているのを、アッシュも見ているだろう。
ほんとうにみっともない。
こんなことで動揺した挙句、自分でも感情を抑えられないなんて。
泣きじゃくるルークの肩が、小刻みに上下するのをアッシュは見ていた。
ルークはわりと泣き虫なので、なにも泣き顔を見るのはこれが初めてではない。
前にも喧嘩をして、猫になった挙句、部屋でずっと泣いていたことだってある。
けれど。
こんな風に、自分の身を案じて、泣かれたのは初めてだった。
思わず、というにはそろそろとアッシュは手を伸ばし、ルークの左耳の後ろに指を添えた。
そのまま、そっとみみたぶを擦ると、ルークは軽く肩を竦めた後、腕から顔をあげた。
びっくりしている丸い眼は涙で塗れ、まるで湖に映る月のように、ゆらゆらと揺れている。
あっしゅ?と小さく、不思議そうに唇が動くのを見て、アッシュはルークの頬に指をあてた。
濡れるのを確かめるかのように指先を見て、ルークの頬にそっと、唇を近づけた。
ぺろり、と舐めてみると、それは想像していたよりもはるかにしょっぱく、アッシュはこれが自分の罪の味か、と思った。
ルークは、アッシュのしたいようにさせている。
逆らうようなことはしなかったが、少しだけ甘えて良いのかと迷う期待と、なにが起ころうとしているのかに惑う不安とで、身を硬くして、息をつめていた。
不自然なそれ、といえばそうだった。
アッシュは視線をずらし、アッシュの行動の意味を探ろうとルークは様子を伺っていた。
パズルのあまったピースが嵌めこまれた時のように、ぴったりと視線が合い、ルークはまるで眠くなったかのように、目を閉じた。
アッシュはなにも考えなかった。
惹きつけられるようにして、顔を寄せる。
少しだけ開いたルークの唇と、涙で上気して赤く染まった白い頬を、まぶたを閉じる寸前に見て。
「・・・・・どういう、こと・・・!?」
それは、聞き覚えがある声よりも、数段高く、無邪気さを感じさせるものがあった。
調度、ルークとアッシュが同じ声のはずなのに、違う場所で発音しているのではないかと思わされるのと同じくらいの違いだ。
ぎょっとして、ふたりは顔も体もなにもかも、一瞬で1メートルは優にあるほどの距離をとった。
そして、声の主を確かめ、
「・・・・・っ!」
「・・・・・。」
ルークは、頭を抱えたい衝動を抑え、次にこの場を逃れる為の、色々な言い訳を考える。
しかし、そんなものは、目撃されてしまった今では、なんの役にも立たない。
『ごめん!アニス!』
ここにはいない保護者(御幣)の名を呼びながら、己のうかつさを呪ったが、もう遅い。
「どうして、ルークがここにいるの?」
ルークだよね?と確認する声の主は、ルークの隣に立つアッシュを見て、ますます不思議そうな顔をした。
ああ、そうだった。
こいつは、ルークを知ってはいるが、そしてそれが自分と同じレプリカだと知ってはいたが、被験者のアッシュのことは知らなかったんだ。
驚きの後、ほんの少しだけ我に返ったのか、声の主は唇を尖らせ、どうして死んだはずのルークがいるのさっ!と責めるような口調で言った。
「えっと・・・。」
あ、そうだ、とルークは言った。
「導師になったんだって?すごいな、フローリアン。」
「誤魔化さないでっっ!」
よく知る顔と同じ顔だが、言葉は幼い。
けれど、怒ると妙な迫力があるのは、あいつと同じだ、とルークは天を仰いで思った。
これっておまえの思し召しってやつじゃないよな?イオン。
そして、この日を境に、3人だけの小さな世界の扉は、少しだけ開いたのである。
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