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宿を取るために滞在した街先で、世にも美しいものにルークは遭遇した。
「ちょっとなにやってんのー。ルーク!」
いきなり余所見をして立ち止まったものだから、アニスはその背にぶつかって、怒ったように文句を言った。
「あ、悪りぃ。」
謝ったものの、ルークの視線は大通りに面する店のショーウィンドウに注がれていて動かない。
あまりに熱心なその様子に、アニスはルークの視線を追って、店の中を覗き込んだ。
「なに?宝石?」
なかにはアクセサリー(防護目的でないやつ)がところ狭しと並んでいて、ルークが注目しているひとつは、なかでもペンダントに分類されているものだと思う。
「これがなに?」
もはやティアにプレゼントか!?とわくわくっとアニスが聞けば、ルークは上の空のままそれを見つめ、
「・・・・・なんかアッシュみてぇ・・。」
とつぶやいた。
同じコイバナはコイバナでも、男女と男同士(しかも完全同位体)だとどうしてこうも興味が薄れるのだろう、とがっかりしながら、相変わらずルークってアホだね、とアニスは言った。
「これのどこがアッシュっぽいのよ〜?」
赤くも黒くも緑でもないその石は、半透明な蜂蜜のような色をしている。大きさは存在感を感じるほどだが、丸くカットされた石にあつらえられたバチカンには、古代の幾何学模様に似た模様がぐるりと囲むように掘り込まれ、それが石の透明さを際立たせていて、遠くから見たら鏡のように見えるかもしれない。
「なんか・・・月みたいじゃねぇ?」
「はぁ?」
そういうルークの目はとろんとし、口調もうっとりしていて、見ていて少し気持ちが悪い。
「だって月ってアッシュみたいだろう?暗い夜空に冷えていて、神々しくって、比類ないっていうか。」
「それをいうなら、アッシュが月に似てるんだ!このボケ!」
思わずつっこんだが、アニスの言葉などルークは聞いちゃいない。
結局ルークは、ティアに呼ばれても動かず、ジェイドにいやみを言われても動かず、ガイに引きずられてようやくその場を後にしたのだった。
会った途端、まったくもって迷惑なんだよね〜とアニスに睨まれ、なんのことだ、とアッシュは倍の凄みで睨み返した。アッシュの怖い顔というものが効き目がない人間は数人いるが、実はアニスもそのひとりなので、どこ吹く風の体で、もう一度、なんとかしてよねアッシュ、と言い返してきた。
聞けば己の片割れが、闘技場に通いつめている、という。
なんでそんなことをと問いかけると、相手が違うでしょ、とやんわりと返事を断られた。直接聞きなさいという意思表示に、アッシュは片眉をあげ、しかし反論はしなかった。
アニスのいうことも最もだと思ったからだった。
「それが、すんげー綺麗でさ。アッシュみたいなんだ。」
「一度死んでみるか?」
ぶっそうな台詞に睨みをきかせてアッシュがに凄めば、だってよ、と情けない顔で言い訳をする始末。
俺は女じゃねぇと吐き捨てれば、まるで叱られた子犬のように首をすくめる。
「いいじゃんか。たまには。」
「女じゃあるまいし、そんなチャラチャラしたものをつけられるか!」
「だってよ・・・。」
「だってもクソもあるか!」
男の癖にだってとか言うな!と追加で怒鳴る。
「俺はどうしてもあれをアッシュに贈りたいんだ!店先で見た時、これが似合うのはアッシュしかいないって・・そう思ったんだ!」
「寝言は寝て言え!」
誰かになにかを贈りたいなどと切実とした思いをアッシュはしたことがない。
それが自己満足からくるものだと信じていたし、自己満足でもそれを満たしたいほどの相手に会ったことも今まではなかった。
闘技場に通いつめたルークは、すでにボロボロになっていた。仲間が呆れても、必死に止めても、辞めようとしなかった。
アニスがアッシュを訪ねてきたのは、そういう背景があったからだ。
だからアッシュが出向いて、理由をきけば・・・ルークはどうしても、店先で見た宝石をアッシュに贈りたいのだ、と言った。
それがまるで自分の気持ちを表す唯一の方法だと信じてでもいるように頑なで、当の本人のアッシュに拒絶されても、その意志は揺らがなかった。 どうだった?とガイとアニスに聞かれたアッシュは、知るか、と吐き捨てる。
従順なようにみえて、実はルークは自分を曲げるということをしない。何度もぶつかって、言い争いを続けてきたアッシュにも、それが分かっている。
ルークを止められるのはアッシュだけということで、白羽の矢がたったのだが、今回はそれも難しい。こと、アッシュに関わることなので、余計にルークは意固地になってしまった感すらする。
アッシュの答えを聞いて、はぁ、と大きくふたりは溜息をついた。
ルークの頑固さは、このふたりもよく分かっていた。
「・・ルークが気の済むようにさせてやるしかないのかなぁ。」
「まぁ、なあ。傷だらけだし辞めさせたいのは山々だが、今回ばかりはアイツの目的が早く達成するように祈る方が早いかもしれん。」
すでに、止めてくれと言い出したヤツラが諦めムードだ。
巻き込まれた(というのは御幣だ)アッシュにしてみれば、そんなふたりの態度に腹がたつばかりだった。
そんな風に甘やかすから、あのバカがつけあがるのだ。
やっとお金が溜まった。
ルークは闘技場で貰ったばかりの賞金を手に、街を走る。
皆に呆れられ、アッシュにも罵倒されたけれど、それもこれもこの日の為だったのだ。
綺麗なアッシュには、月のように美しいあの石がきっと似合う。つけては貰えないだろうことは分かっている。けれど、それでも、アッシュにふさわしいものを見つけられたということだけで、ルークの気分は高揚する。
買ったら、すぐに会いに行こう。幸いにもこの間会った時に、しばらくはバチカルの近くに滞在すると聞きだしたばかりだ。きっと贈っても迷惑そうな顔しか見せてくれないだろうが、それでも良い。
急ぐ足の速度はそのままに、ルークは角を曲がった。
店のショーウィンドウが、すぐ目の前に飛び込んできた。
「今度はなんなんだ!!」
うぜぇ!とアッシュに怒鳴られたが、これ以上は落ち込みようもない。
地べたに蹲り、土の上に小枝で、なにやらごしょごしょ書いているルークの(あーうーとか、どうしてとかそんな益体のない文章だった)つむじを上から見下ろし、このまま蹴飛ばしてやろうか、と思った時には、すでに蹴転がしていた。
ころん、と地面に頭から倒れこんだくせに、ルークはそのまま起きようともしない。
自分でやったことだが、そのあまりの落ち込みように呆れるやら、少し気の毒と思うやらで、アッシュはそのままルークの首根っこを掴むと、起こしてやる。徹底していることに、ルークは起き上がるときもころん、とそのままの体勢で起きた。
「あっしゅ・・・。」
「なんだ。」
情けない顔で見上げてくるレプリカに、聞き返せば、
「あっしゅがなくなってしまったんだ。あっしゅー。・・・アッシュにあげようと思ったのに。折角のあっしゅが・・。」
ちなみにレプリカの頭のなかでは、あっしゅは宝石の名前らしい。
俺はどうしてこんなアホに惚れたんだろうと、自分の頭をカチ割りたくなりながら、アッシュは、そうか、と相槌を打った。・・・まさかこんな結果になろうとは。
ぐりぐりといじけるように地面に小枝を擦りつけるルークに、アッシュは再度蹴り倒したくなったが、それは思いとどまる。
「・・・俺はいらん、と言ったろう。」
大抵おまえは変だが、今度は輪をかけて変だ、というアッシュの声も聞いているのかいないのか。
「お前に、俺が月に見えるんだかなんだか知らんが、俺に俺らしいものを贈ってどうする。」
ん、とルークは顔をあげた。
大きな「?」を頭の上に浮かべながら首をかしげる。
ほらよ、とアッシュから投げられたものを、とっさに受け取り、手の中のそれを確かめて・・・
「アッシュ!!」
これ、これ、どうして!とルークはがばり、と立ち上がった。
それはまさしく、ルークが売れてしまった、と嘆いていた月のような宝石のペンダントだった。
「それはお前のだ!」
「え?」
バツが悪そうにぶっきらぼうに言うと(それが照れかしくなのはルークにも分かっている)アッシュは、だから!と怒鳴った。
「お前が俺に似てるなんぞ、言いやがるからだ!」
「え?」
話が見えない。
首を傾げるルークに、
「俺が俺に似ているものなんか持ってどうする。」
とアッシュは言った。
「それが俺なら・・・お前が持っていろ。」
どうせなら、アッシュに似ているから欲しい、と言われたかった。
実際のところ、アッシュの見立てでは、それは自分よりもルークに似あうと思う。
けっして派手ではないが、透明で脆そうな石は、どこか神秘的で、ルークが持っていれば彼の身を守ってくれる気がした。
「・・・あ。」
意図が伝わり、ルークは、いきなり真っ赤になった。
ぷい、と顔を背けてルークに怒っているような態度を見せるアッシュの、わずかに見える首元も真っ赤に染まっている。
「・・・そうだよな。」
アッシュの言う事はもっともだ。
アッシュに似ているものなら、自分が持つべきだ。アッシュに似ているものなら、自分の方がきっと似合う。
だって、四六時中アッシュのことを考えているのだから、これが必要なのは自分の方だ。
本当はアッシュに贈りたいのではなく、きっと自分が欲しかったのだ。
そんなことを思い、ルークは、手の中の石を眺め、ほぅと息を吹きかけた。
自分の所有物となったという証のように。
アッシュの象徴であるこの石を、自分はけっして手放さないだろう。
そうしてそれに相応しい自分でありたいと、切に願う。
そして、アッシュが永遠に自分と共にいてくれれば良いのに。
そんな事を思った。
「あ、じゃあさぁ。」
ぴん、と犬が耳をたてるように、ルークは顔をあげた。
「俺っぽい石ってなにかない?俺、それをアッシュにあげたい!」
交換こ、というやつな!と名案だというように、ルークは、にかっとアッシュに笑いかける。
「・・・・・。」
ルークがアッシュの象徴を身につけるなら、アッシュにはルークの象徴を持ってほしい。そんな小さな願いだったが、アッシュは嫌そうに眉を寄せると。
「・・いらん。」
とそっけなく言った。
「お前は宝石なんて上等なものじゃないだろう。」
「えー。」
なんだよそれー!と喚くルークは、怒った表情とは裏腹に、泣きそうな目をしている。それに気持ちが揺らぎながら、アッシュはその言葉を取り消さなかった。
ルークのことだ。
自分はそれを口にしたら、今度こそ買おうとやっきになり、また無茶をするに決まっている。今でさえボロボロなのに、これ以上やったら、本当に大怪我でもしかねない。
それでもきっと、ルークは諦めない。頑固者は頑固者を理解できるものだ。
『・・・まったく。ろくでもないところばっか似やがって・・・。」
芯の性質は正反対なのに、どうしてこうやっかいなところをルークは引き継いでしまったのだろう。
そのくせアッシュは、それにどうしようもない優越感を感じもするのだ。どうあがいても、ルークが、アッシュなしでは存在できなかったという事実を証明しているからこそ。
そう、似ていても、彼は自分とは別の存在だ。だからこそ、こんな益体もない所有欲もでるのだ、とひっそりとアッシは苦笑した。
ルークに似ている、と考えた時、反射的にアッシュの脳裏に浮かんだのはダイヤモンドだった。
気まぐれにそっと手に取り磨いてみたら、とんでもない輝きを放ちだした。そういう石だ。
比類ない存在である太陽にように。
それは、間違いがなく世界最高の鉱物で、手に入れようとすれば、かかるガルドも莫大だ。
そんなことを、ルークにさせる訳にはいかない。
ぺしょん、と尻尾を地面につけて落ち込む犬のようなルークの姿を目にしても、アッシュはそれを口にはしなかった。
ルークの為とは思っていても、心が痛む光景には違いなく、その代わりに今日は出来る限り一緒にいてやろう、と心の中で誓った。
けれど結局、お前ってダイヤモンドみたいだな、というガイの余計な一言で、アッシュの我慢が無駄になるのは、もう少し後の話だ。
そしてその日以来、戦闘が終わる度に、胸元のペンダントの無事を確かめるルークの姿が見られるようになった、という。
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