「ずりー。」
 
「まだ拗ねているのか?」
 呆れたように言って、アッシュはルークを振り向いた。
 ルークはといえば、アッシュの部屋に押しかけてきた挙句、ドア近くの椅子に座ったままこちらを睨んで動こうともしない。
「酒を飲めないくらいでなんだ。」
「飲んでるやつに言われたくねー。」
 あの後、果敢にも酒に挑もうとしたルークだったが、ガイどころかラムダスやシュザンヌ、果てはアッシュ本人にまで邪魔されて、結局今日も飲むことはできなかった。
 いつになったら飲酒デビューをさせてくれるのか。大勢でよってたかって、子供扱いされるのも限界がある。
 
「なにも急かなくとも、いずれは嫌でも飲まされる。」
 社交界に出れば、パーティの類にはひっきりなしに招待される。逆に、飲みたくありませんは済まされない。
「それに・・・初心者の酒飲みというのは、本人が思っている以上に危険なものなんだ。色々副作用があるからな。」
「副作用って?」
「・・・よく聞くのは『記憶がなくなる』ってやつだな。」
 あとは、泣き上戸になるだの、説教癖がでるなど、あげればキリがない。(・・・キス魔などというやっかいなものもあったな。)
「記憶障害?」
 えー?とその単語に反応するようにできているのか、ルークはぱっと顔をあげると、眉を下げた。
「いや、そういうんじゃねぇが・・・。酒は飲んでも飲まれるな、というくらいだから、泥酔状態のみっともなさを物語っているだろう?」
「でいすい・・・?」
「だから、記憶を失くすほど酔うことだ。」
「はあ・・・なるほど。」
 俺って信用ないんだなー、と違うところで落ち込みだしたルークに、内心、アッシュは慌てたりもした。
「お前がそうなる、と言ってるんじゃない。そういう副作用があるくらいだから危険だ、という話をしているんだ。」
 だが実際は、アッシュが酒に強いくらいだから、ルークもかなり飲める筈だ、とは思う。
 だが、それこそ言うのは気が引ける。
「・・・皆、お前がほっとけないんだろう。」
 好意だと思ってありがたく受け取っておけ、といわれ、そうだけどさ、とルークはたてた膝に顔を埋める。
 そういうことじゃないんだよ、とルークは思う。

 アッシュのお酒の飲み方には迷いがなかった。
 グラスを手にとると、一気に煽り次々と杯を空ける。
 まるで水を飲み込んでいるかのようで、妙に男っぽかった。
 顔の造形も佇まいもアッシュは美しい。
 そのくせ、そんなにスマートに何事をもこなしてしまうともなれば、恋人の贔屓目なしでも、完璧といっても過言ではなく、ルークはそれが誇らしく、そして同時に、嫉妬してしまう。
 彼と自分の差はますます開くばかりだ。
 アッシュはアッシュ、ルークはルークだと思ってはいるが、それでも少しでもアッシュに近づきたいと思うのは、傲慢というものだろうか。
 なにもお酒を飲むことを止められたから、こんな風に拗ねているのではない。
 アッシュがお酒を飲む姿を見て、真似してみたい、と思ったのだ。

 膝に顔を埋めたまま、動こうとしないルークに、アッシュは溜息をついた。
 そのまま、ルークの目の前のドアをすり抜け、外へと出て行ってしまう。
 
 もしかして、呆れられたとか?

 そんな事を思い、ルークが不安になっていると。


 ふわり、と暖かい湯気が鼻先にかかり、ルークは顔をあげた。
「ほら。」
 見上げれば、アッシュがコップをルークに差し出している。
 中身は、どう見ても赤ワインだった。
 耐熱ガラスのグラスに注がれたそれは、鼻を近づけるとレモンと甘い香りが漂ってくる。
「・・・これ?」
「これならお前でも飲めるだろう。」
 ルークはグラスを受け取ると、両手で包むようにして持った。
 ガラスはほどよく暖かく、上から覗くと、ただのぶどうジュースに良く似ている。
「ぶどうから取るのは一緒だからな。」
 と言うアッシュが、柔らかい表情で自分を見下ろしているのを見て、ルークは笑う。
 アッシュの心使いが嬉しかったし、なによりも、それは自分の機嫌を取るためだと思うと、天にも昇る気持ちだ。

 人生初めてのお酒にルークは口をつけた。
 甘く感じられるそれを少しだけ口に含み、飲み込むと、喉と胸のあたりが、ぽっと暖かくなる。
「熱すると酒はアルコール分がとぶからな。今日は寒いし、たとえ酔ってもすぐに冷める。」
 それなら良いだろう、と言われ、ルークが首を傾げると、アッシュはダアトでのクリスマスの名物なんだ、と笑った。
「グリューワイン、と呼ぶんだ。美味いか?」
「うん。甘くって美味しい・・・。」
 そうか、とアッシュは笑った。
「俺も、初めて飲んだ酒はそれだった。」
「へぇ・・。」

 ガイが来て、アッシュに機嫌を取って貰って、初めてお酒を飲んで、アッシュの『初めて』の話も教えてもらえた。

 こんな沢山の記念日。

 今日の日記は、どうやったって長くなるに違いない、とルークは思った。