舌先に蜘蛛

 

 

 

 

 

「あれ?」
 
 重めの木製の扉を開けて入った先は予想よりも薄暗かった。
 店内にはビロードのソファーと低いテーブルが置かれ、それらに座っている人物たちはあきらかにルークよりも、年上の人ばかりだ。
 彼らが一様に注文しているグラスには、色とりどりの液体が注がれ、独特のその甘ったるい匂いから、それらがアルコール類であることは流石のルークにもわかった。しかし、これはどういう事だろう。
『待ち合わせの店はここで間違いない・・・よな?』
 どう見ても場違いな闖入者に対する周囲の好奇な視線に晒され、いささか小さくなりながらルークは教えられた店の名前を反芻した。
「・・・もしかしてジェイド、ここがどういう店か知らなかった、なんてことは・・・。」
 ・・・それはまあ、ありえない話だ。あのジェイドにかぎって。逆にもしかしたら、あのひとの悪い人物は、わかっていてわざとこの店を指定したのかもしれない。
 ここではあきらかにルークは浮いている。ひとりでなど(ガイの忠告がなくっても)絶対に入れない類の店だ。

『どうしよう・・・店の入り口で待っていようか。』
 店内をざっと見回したところ、待ち合わせしているジェイドの姿は見当たらない。

 今日に限って、6人分の宿の手配ができなかった。街の東と西に分かれているふたつの宿を訪ねたが、ツインがひとつだけしか開いておらず、なんとかそこに女性3人を泊めて貰えるようにお願いして、男3人はマルクト軍の駐在所に泊めて貰えるように、ジェイドが手配をしてくれたのだ。
 ルークは女性3人を宿へと案内し、その足でジェイドと待ち合わせをしていた店に向かったのだったが。(軍の所有施設に民間人がいきなり訪ねて行っても入り込めるわけもない。)

 看板の下にでもいれば、気がついてくれるだろう、と思い、ルークは店の出口へと引き返す。
 迷い込んだ子供が帰るということがわかったのだろう。回りの視線がルークから外れたことに、ほっとし、出て行きしなに店内の様子に興味を持つと、店の隅―ちょうど出入口の扉から死角になる位置だ―に小さな人だかりができていた。
 なんだろう?とルークは小首を傾げる。
 その人だかりは、どんちゃん騒ぎの類をしている訳でもなく、静かに酒を楽しむという感じでもない。ただ、なにやら怪しげな雰囲気と、妙な熱気を放っていた。
 ひょいと首を伸ばして覗いてみれば、囲まれているのは、どうやら女らしい。
 なんだろう、人気のあるどこかの淑女かなにかか、と思いながらも扉に手を伸ばしたルークの耳に、ジェイド、という名前が飛び込んできた。

「ジェイド?」
 思わず声をあげたルークに、その場にいた全員が振り返る。
 人だかりになっていた円の壁が崩れ、中心にいる人物の姿が見えた。やはり女性だった。
 長い巻き髪が、まるでベールのように全身を覆い、面は白い仮面のように完璧だった。紫の瞳は薄く、細い柳眉と塗られた赤い唇が色香を放っている。淑女というよりも、もっと色気のある職業についている女であることは、いくら世間に疎いルークにも察せられた。
 しかし、そんなことよりも、ルークの目を釘付けにしたのは、女性の白くふくよかな谷間にある生き物がいたことだった。
「蜘蛛?」
 4本の手足が長く、腹が黄色と黒の縞模様のその生き物が、人間の胸元で大人しくしていることが意外で、ルークはそのまま、とたとたと女性に近づいていった。どうして逃げないのか不思議に思って、まじまじと覗き込むと・・・。
「あ、刺青か・・・。」
 本物と見間違えたが、それは細部まで精密に描かれたタトゥーだった。
 ケセドニアで、タトゥーを入れた船員を何人にも会ったが、こんなにリアルで綺麗な刺青を見たのは初めてだ。ルークが素直に感心していると・・・。

「おい、小僧!」
「へ?」
 気がつくと、女性を囲んでいた男たちがいっせいにルークを睨んでいる。
「え?」
 そこで自分が女性の胸元を覗き込むというとんでもなく失礼な行為をしている事に、はた、と気付き、ルークの顔は一気に赤くなった。
「あっと・・・ごめんなさい!」
「・・・別に良いけど。」
 慌てて謝り、下げた頭をあげて見れば、女性のほうは、怒っているというよりも面白がっているようだった。口元が弓なりに笑みを浮かべ、好奇心を刺激されたようで、ルークを見上げる目には、爛々とした光が宿っている。
「坊や、どうしてここにいるの?ここは貴方のような年齢の子供が用のある場所じゃないと思うけれど。」
「あっと・・待ち合わせです。ジェイドにここを指定されて。」
 それを聞いて、女性の瞳が大きくなる。
「・・・・・ジェイド?」
「・・うん?」
 その名前に反応したのは、女性だけではなかった。周囲を囲む男たちもさざめき、ルークへの視線が意味ありげなものへと変化する。
 自分に対して、再び変わったあからさまな態度に多少の驚きを覚えながら、ルークはなにが起きても対応できるように、それとわからないように身構える。
 それとは逆に、周囲の反応にはまるで無関心という口調で、女が言った。
「貴方、私のお客?」
「え?」
 言われている意味がわからず、きょとん、とルークは女性を見返す。
 しかし、言った女性にはなんらしかの動揺の類は見られない。静かにルークを見返しているその視線は、値踏みされているようでもあった。
 しきりに困り顔のルークと、静かな女性の沈黙は数秒も続かなかった。
 ルークの態度を見て、なにも分かっていないということを察したのか、女性は、ふうと息をついた。
「貴方の名前を聞いても良いかしら?」
「あ、俺はルーク。」
「ルーク・・・?」
「ルーク・フォン・ファブレ。」
「・・・・・。」
 告げられた名前に、周囲の者たちは顔を見合わせる。
 今、なにげなく名乗った名前の重要性を、この子供は分かっていないようだった。

 女性はじっとルークを見る。
 たしかに、この赤毛はキムラスカの貴族に多く見られる特徴だ。服も街の青年たちが着ているものとあまり変わらないデザインだが、素材が違う。高級な仕立て屋がわざわざこしらえているものに違いない。
 彼女の知っている限り、王族は髪を伸ばしているもので、その点だけはこの短い髪には当てはまらないが、しかしこの世間慣れしていない反応を見ると、たしかにどこかの箱入りに違いなかった。


「では、私の客ではないわ。」
 女は笑い、しかし別にルークに去ることを求めている訳でもない。
「お客って・・・なんの商売?」
 ルークは言い、それから女の手元を見る。
 そこにはトランプよりも大き目の絵札が、不思議なかたちに整列している。
「私はねぇ。」
 女は笑った。
 男なら誰もが身震いするような妖艶な笑みだ。
「占い師、なのよ。」
「占い師?」
 身震いこそしなかったが、それでもルークも男の端くれだ。
 女の色香にあたり、真っ赤になりながら言葉を反芻するルークに、占い師だという女は楽しそうに笑った。
「ええ。それもよく当たる、ね。」
「この姉さんはな、本物だぜ坊主。」
 取り巻いていた男のひとりが、女性を指して言った。
「なんてったって三度も預言を覆したことがあるんだからな。」
 しかし、預言を覆すというのは禁忌の行為の筈だ。
 人々は心の拠り所として預言を求めるし、それに外れるということは大きな罪だと思っている。そんな事があれば信じられないような災いが我が身に降って来ると信じているのだ。
 男は親切心から女の占いの腕前を教えてくれた訳ではなかった。
 しかし、もとより預言に関わりの浅いルークにとって、預言は絶対的なものではなく、覆すことを前提の仮の約束手形だ。
 だから、男が期待したような怯えや動揺の類は一点も現わすことはなく、ルークは好奇心に輝く瞳を更に大きく瞬かせただけだった。
「へえ?」
 本当にすごいんだな!と無邪気なルークに、渋面をつくった男とは反対に女占い師は笑みを深くする。

 不思議な子。
 女は思った。
 人を疑わずにすぐに騙されそうなのに、隙がなく、こどものようでいて手誰の剣士の風格もある。
 そしてなによりも、無条件で人を惹きつける。
 ずっと見ていたくなる、傍にいたくなるそんな子だ。

「占って欲しい?」
「えー。」
 その受け答え方からしてすでにこどもなのに、本当に不思議だ。
「だって高いんだろう?」
 公爵家の子息とは思えない言葉だったが(実際ルークにはアニスという口うるさい財布の紐がいた)どこか憎めない。
 パラパラとカードを切りながら、女はそうねぇ、と言った。
 きょとんとした表情の少年を上から下まで眺めて、カードを切る手を止める。
 白い上着の隙間からのぞく黒いズボンのバックルの横に縫いとめるように飾られてるものに目を留めた。
「その、キャパシティ・コアと交換なら占っても良いわよ?」
 キャパシィ・コアは人気のある道具でもあるが、それだけではなかった。
 好きだねぇとか、またキャパシティ・コア集めの虫が始まったのか、とかいう回りの声の通り、女占い師はキャパシティ・コアを集めるのが趣味だった。
 しかも、女性の鑑定眼が正しければ・・・青年の持っているのは「フォルストレ」の筈だ。

「え?これで良いのか!?」
 めったに市場にはでないキャパシティ・コアとの交換条件だというのに、その価値には興味がないルークは、ぱっと笑うと、ラッキーと言いながら、惜しげもなくそれを外し、女占い師に手渡す。
 占い師の方が拍子抜けするほどの潔さだった。

 

 女は水を張った深い皿に香油を数滴垂らすとそれを指先で混ぜ、ルークに目を閉じるように言った。
 その水を額の真ん中につけた時も、素直なルークは目を開けもせず、少しだけみじろぎしたが、大人しくしている。
 女は目の前の様々な占いの道具に集中した。
 カードをめくってそれを読み・・・しばらくしたからルークに、目を開けるように言った。

「・・・なんだか面白い人生ねぇ、あんた・・・。」
 占い師が見たそれは、ひとりの人間がおくる人生にしては、ありえなかった。
 波乱万丈すぎる。常軌を逸している。
 なによりも・・この青年の上には、どうしても預言が見えてこないのだ。
 預言のない人間などこの世にはありえない。
 だから、それが見えないには、彼と自分との相性が悪いか、もしくは自分の力量では及ばないのだろうと納得して、女はとりあえず見えているものだけを告げた。

「貴方は、過去に一度なにかを・・・取り返しのつかない事をした挙句、貴方にとっての巨大ななにかをいっぺんに失っているわね?」
 ルークは心当たりに身震いし、しかし臆することもなく大きく頷いた。
「でも、それは・・・そうね。その半分は今は取り戻しているわ。もう半分は・・・二度と戻ってくることはない。残念だけど。そしてそれを貴方も自覚している・・・。」
「あたってる。」
 少しだけぽかんとした後、少年はあんた本当にすごいな、と言った。
 そこにはもう、さきほどのあどけなさはなく、悲しみと大きなやるせなさに打ちのめされたものだけが持つ、疲れの表情が現れていた。
 占いというものは、当たれば当たるで人の傷に触れるものだ。
 女は密やかな溜息を隠し、少年の未来を読む。
 残念ながら、そこにもあまり良い卦は出なかった。どう転んでも茨の道ばかりが広がっている運命しか見えない。その先には希望もあるだろうが、どの選択がそこへ繋がるかまでは占いでは分からず、余計な忠告はしないものと決めた。
 その中にあって。
「けれど・・・恋をするわ。」
「・・・恋!?」
 復唱した後、少年の顔はみるみるうちに赤くなり、落ち着きなくわたわたすると、それって池の鯉のコイじゃないよな?と訳のわからない事を言った。明らかに動揺しすぎだった。
「ええ、そう。」
 女は笑った。
「恋をする。けれど、あまり幸せな恋でもないわね。その人は賢く・・・貴方という存在の全てを握り、けれどどういう訳か貴方の名前を呼ばない。貴方はその人を得ようとする余り、自虐的な行為にすら及ぶでしょう・・。けれど、」
 女が全部を言い終わらないうちに、ルークは、辛いなら、嫌だな・・・。とつぶやいた。
「辛いだけってんならいらない。恋ってそういうもんじゃないんじゃねぇの?」
 楽しくって幸せなのが恋だろう?と真顔で言われ、女は思わずに、それは恋ではないわと言えなくなった。
 少年の瞳にはなんの陰りもなく、木の影さえささない湖面のようにつやつやと輝いてた。
 人を疑うことを知らない。
 胸を締め付けるほどの切なさを知らない。
 そんな人間の無防備さに、恋の齎す猜疑心と苦しみと、それらと同時に存在する逆らいがたい誘惑とを、どうやって説明したら良いというのだろう。
「なんか対処方とか心得とか、辛い思いしないで済む方法とかない?」
 少年は言い、その表情は幼い。
 恋を知らぬ者に、恋を教えることはできないように、人の心の制御の仕方など、けっして誰にも分かりはしないのだ。
「・・・・あれば誰でも欲しがるでしょう。」
 女は言った。
「けれど、そんなものはどこにもないわ。」
 だから恋だ。
 だから人生だ。

 その先が自分の意思ではコントロールできないからこそ、人は占いに頼り、預言を信じる。
 人の心の弱さと背中あわせて構成されているこの世界で生きているというのに、どうやって、人の心の複雑さを語れば良いのかが分からない。
 時には人は。
 自分自身の心にさえも、恐怖するというのに。

 

 


 


「・・・ずいぶんとお待たせしてしまったようですねぇ。」

 占いの場の一種の緊張感には似合わない豹豹とした口調が割り込んできたのはその時だった。
 私としたことが、とまるで人事のようにつぶやく軍服の男に気がつき、ルークの顔に、ぱっと笑みが浮かぶ。
「ジェイド!」
「手続きに少々、時間がかかりまして。」
 けれど、私は店の外でと申し上げた筈ですが?と言われ、ルークはえ、そうだっけ?と目を丸くした。

「・・・ジェイド?」
「ジェイドって・・。」

 ざわざわと取り巻く空気がまた騒がしくなり、その理由が分からないルークは、警戒を込めて回りを観察する。
 遠巻きにしていた男たちには敵意はなく、しかしなんだか動揺しているかのように顔を見合わせていたり、女占い師とジェイドの顔を見比べたりしていた。

 女占い師はテーブルに頬杖をついた。
 悠然とジェイドを見上げて、微笑を浮かべる。
「・・・ご高名なるマルクトのジェイド・カーティス大佐。」
 声は意味ありげに聞こえ、ルークは、あれ?と思った。
「今、彼を占っていたところなのだけれど・・・次に占って差し上げましょうか?」
「結構ですよ。」
 ジェイドはあっさりと答えた。
 いっそ冷たいほどの即答だった。
「ご高名なるジェイド・アルカナ嬢に占って頂くなど・・・身に余ることです。」
 え、とルークは目を丸くする。
 それで先ほどから、周囲がざわめく理由がやっと分かった。
「占い師さんも、ジェイドっていう名前なんだ・・・。」
 
「それに貴女に占って頂くと・・・高くつきますからね。」
「・・・安くしておくわよ?」
 ふたりの間にある空気は決して冷たくもないが、柔らかくも温かくもない。言うなれば腹の探りあいをしているかのような緊張感を持っていた。
 それでもやめておきますよ、とジェイドは言った。
「どうせ貴女の卦は・・・。」
 ジェイドを見上げる女占い師は笑みを絶やさない。そのまま貼り付けたような笑みで、瞳は挑戦的に輝いているのが見えた。
「当たっても、ぞっとすることばかりだ・・・。」
「・・・心当たりでもあるの?」
「なあ、割り込んで悪いけど。」
 ルークは言った。
 ふたりのやりとりを見ていて、思ったことだった。
「あんたたちって・・・知り合い?」
「・・・・・。」
 一瞬、なんともいえない間が生まれる。
 聞いてはいけないことだったのか、とルークが直感した瞬間、
「いいえ?」
 とジェイドが否定した。
「まさか。お噂をかねがね聞いていた、というだけの話ですよ。」
 それよりルーク、とジェイドは言い、
「行きましょう。ずいぶんと長居をしてしまっていますよ、貴方。さきほどもガイにせっつかれてここまで迎えに来たのです。」
 貴方のことになるとうるさいですねぇ、あの元使用人は、と言うのに、否定はしない・・・と頭を抱えてルークは言い、暇を告げる為に女占い師を見ると、彼女はさきほどジェイドに見せていた冷たい笑みをひっこめ、にこにこと笑いながらルークに手を振った。
 ここにきて初めてみる、少女のような顔だった。
 ほっとし、つられるようににこにこしてルークは手を振りかえし、とたとたと元気よく店の出口へと向かう。
 その背がこちらを意識していない事を確認して、女占い師は小声で言った。
「・・・私の占い、当たったでしょう?」
「どうでしょう?」
 振り向きも、視線を視線を動かしもしないままジェイドは、占い師の横をすり抜け様に小声で答えた。
 わざとコツコツと靴底の音を響かせて去る後ろ姿を一瞬だけ目で追い、女占い師は前を向く。手元のカードは、さきほどの赤毛の少年を占ったままになっている。
 ドアが開き、また閉じる音がする。
 それを聞きながら手元のカードを崩す前にもう一度見て、
「・・・お気の毒様・・・。」
 と占い師はつぶやいた。

 

 


 外に出れば、すっかりと世界は夜の支度を始めていた。
 街灯には明かりが灯り、並ぶ民家のカーテンの敷かれた窓からは、明かりが漏れていた。
 どこからか夕餉の用意の匂いがする。
 
 ルークは、外に流れている匂いと先ほどの濃密で甘ったるい匂いとを嗅ぎ分けて、やっぱりこっちの方が清々しいな、と大きく伸びをした。
 同じように人の気配がしても、空の下には透明な空気の匂いがするものだ。

「しかし、まあ、あんな場所に迷子が迷い込むとは。」
 ジェイドは軍服のポケットに両手をつっこんだ相変わらずのポーズでルークを笑った。
 あの店の前を待ち合わせ場所に指定したのは、赤く塗られた看板が目立つからだった。看板の中央には蜘蛛の巣が描かれ、見るからに怪しげな雰囲気だから、この子供にも一目で昼間からもお酒を出すような店だと察して貰えるだろうと思った。
 まさか、看板そのものに気がつかなかったとは。・・・ルークは街の人に店の場所を聞いて、そのまま確認もせずに入り込んだのだという。
 けれどこの箱入りの子供には良い勉強になったでしょう、とジェイドは思った。
 まだ夜にもならない時分からあの店が開いているのは、客の多くが炭鉱で働く人間だったからだ。暗い穴の中で働く男たちの作業は、朝早くから仕事に出て、夕方の早い時間にあがるのが常だ。そして、いつ事故に巻き込まれないとも限らないからか彼らは信心深い。占いや預言、はたまた迷信の類すらも信じるものは多かった。
 そういう人間がいるということ。こういう生活があるということを。
 ・・・まだまだ貴方は、知らなければなりません・・・。
 それは王族としてでもあるが、それよりもこの星に生きる人間のひとりという意味合いで。


 
「あ。そういえば!」
 大通りを並んで歩きながら、たわいもない話をしていたふたりだったが、ふいに何かを思い出したようにルークが大きな声をあげた。
「さっきの占い途中だったんだった・・・。」
 占い師がなにか言いかけたいた事を思い出し、少しだけ惜しくなってルークは言った。
 だが、今更引き返すのもなんだか、意地汚い気がして、一瞬だけ迷ったものの、あっさりと諦める。
「胸に蜘蛛のタトゥー入れてたんだぜ、あの人。」
 かっこいいよな〜俺も入れようかな、というのを、冗談でもやめなさいとジェイドが窘める。
 自らの体にタトゥーを入れる貴族など、どこの世界にいるのだ。
「しっかし偶然だよな〜。」
 とルークが言った。
「なんか回りがやたらと騒がしくなると思ってたけど・・・皆『ジェイド』って名前に反応してたんだな!」
 あの女の人も同じ名前なんて、なんかすごいよな!とルークが言うのに、ジェイドは微笑みを返すわけでもなく、そっけなく言った。
「・・・本名ではないと思いますよ?」
「えー?」
 と横でルークが唸る。
 なんでそんなことわかるんだ?という言葉が反射的にでかかったが、ふいとジェイドが顔をそらしたことで、そのまま口の外へと出さずに飲み込む。
 聞いてもジェイドは答えまい。
 聞いて欲しくないこと、関わって欲しくない問題がある時、ジェイドは人の視線を無意識に避ける。面倒だ、と思っているからかもしれないし、人に顔を見られていると落ち着かない気分になるのかもしれない。
 しかし、傍に人を寄せ付けないジェイドのそのクセに気がついている者は、稀だ。
 だから、腑に落ちないものを感じつつも、ルークは結局、二度とこの件に関しては口にしないものと決めた。

 伊達に年をとっていず、伊達に壮絶な人生を歩んできた訳ではない。
 きっとジェイドには。
 自分たちに知られたくないことが、他にも、山ほどあるに違いないのだ。

 けどいつか、こっちのジェイドのいないところで、あっちのジェイドにはもう一度会ってみたいな、とルークは思った。
 その時に、占いの続きを聞けば良いや。そんな事を思っていた。

 

 


 誰にもで若い時期がある。
 死霊使いと呼ばれる軍人にももちろんあった。
 その時は本当に鼻持ちならない自信家で、自分以外の人間の価値は、自分が決めても良いのだとさえ、思い上がっていた。

 占い師は言った。
 それは預言でもなく、なんの効力もなんの根拠もない、そんなものだった。
 しかし、その結果に耳を傾けた事もあったのだ。
 それも、若さの為せる業だったのだろう。


「貴方はいつか必ずある人にめぐり合う。どんなに抗っても逆らい切れない運命の果てのその人はいて、その人は貴方を救い、貴方がそれまでずっと大事だと思っていたもの、価値があると思い込んでいたものが、実はガラクタだったということを証明するでしょう。

けれど。

その人は決して貴方のものにはならない。」

 

 

 当たったでしょう?ジェイド・・・

 

 

 

 案外とそうかもしれませんね、とジェイドは負け惜しみのように、小声で言った。
 それは聞こえないと分かっていても、隣にいる赤毛の子犬には、けっして聞かせられない一言だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

fin

 

 

 

 


 できあがってみれば、前提ジェイルクだな、こりゃ。
 しかし、うちはジェイド→ルーク設定はありません。ジェイドはあくまでルークの(無自覚過保護の)保護者。

 とある小説にジェイドという女占い師が出てきたので、思いつきました。

(08’9.27)