ハロジュで6題

恋人はkiller

 

 

1. My lovely killer

 

 

 

 

 

 

「お前は、人を殺したことが実はないだろう。」
「・・・・・。」
 いきなりの言葉に、ハロルドは一瞬、いつの間にか無意識に返答でもしていたのか、と思った。
 もしくは、相手が自分の言った事を、間違って理解したか。
「何?いきなり。」
「・・・・・。」
 聞き返せば、今度は相手が沈黙をする。
 そして、赤いワインのボトルを持つと、残り少なくなったハロルドのグラスの中に注ぎ足した。
 それは、まるで血の色をしている。

 軍の内部ではこんなワインは手に入らない。
 物資として配給されているのは全て、水で薄めたのではないかと思うくらいの安物ばかりだ。
 それも、お酢だのグレープジュース(しかも天然果汁5%以下)だのを混ぜ合わせた紛い物のほうが、よほど本物らしい味がする、と軍人が嘆くほどのシロモノだ。(そういうヤツの言う紛い物とは、ハロルド特製のものだったりするので、いつかしびれ薬を混ぜてやろうと計画している。)
 
 未来から来たという彼らは、先ほどハロルドの部下として正式登用されたばかりで、その決定が下る数時間を、町に出て過ごしていた。
 ワインはそこで買ったものらしい。
 このご時世に、ちゃんとしたワインなどないものだと軍の人間は思っているようだが、民間人の自分の生活をかけた知恵は、予想を超える。逞しく生きる為に、どこの世でも、非常時に対してとっておきというモノを隠し持っているものだ。

 彼は特別、それをハロルドに持ってきた訳ではなかった。
 目聡いハロルドが、彼が片手に抱えるそれを発見した訳だが、飲みたいと指を差しても、特別隠しも、断りもしなかった。
 町の酒屋が隠していたほどのワインだ。きっと安くはなかった筈だ。
 なのに、それならやろう、というように手に持っているボトルを、まっすぐにハロルドに差し出す様に、こいつは食べるものに困った事がない人種なのだな、とハロルドは思った。
 彼には飢えというものがまったくないように見えた。
 当然のように何かが用意されると思っている様にこそ見えはしないが、それでも、望むものは必ず手に入る、と疑ってもいないように見えた。
 それで少しだけ興味を引かれ、飲むなら一緒にどう?と誘ってみれば、返事こそしなかったが、そのまま、部屋の中にと入ってきた。
 ハロルドのラボに入れるほどの勇気を持ち合わせているヤツは近頃ではめずらしい。
 もっとも、入ってくるなり座りもせず、あちらこちらと眺めていたところを見ると、ハロルドの部屋にある機器やら設計図やらが目的だったのかもしれない。
 それはそれでめずらしい。
 ハロルドが造ったものを理解できるのは、もしくは理解しようとするのは、カーレル以外では初めてかもしれなかった。

「あんたには欲ってものがないの?」
 洗っても曇りが取れないグラスに、最初の一杯を注ぎながらハロルドが聞くと、ジューダスはまるで理解できない、というように首を傾げた。
「ないわけないだろう。」
 そのうえで、そんな事を言う。
「生きているなら、それなりに望みは出てくる。」
「でも、それってさ。俗物的なものじゃないんじゃないの?美味しいものを食べたいとか、思いっきり眠りたいとか。」
 眠りたい、という言葉を聞くなり、なにが可笑しいのか、ジューダスは笑った。
 それは、薄く、およそ笑顔と呼べないような笑みだった。
 けれど、その言葉に彼を笑わせるなにかがあったのは確かだった。それがなんなのかは、知り合ったばかりのハロルドには想像もできない。
「・・・別に欲を持つことが悪い事だとは思わない。」
「・・・・・」
 驚かされたのは、会話がいきなり飛んでいたからではない。
 結局のところ、ハロルドが最終的に訊ねるであろう質問の本質を、彼が見抜いたからだった。
 そうあと4往復ほど。
 頭が悪い訳ではなさそうだから、それくらいの時間があれば、ハロルドはそこに質問の焦点をあわせられるだろう、と思っていた。
 だが、彼はその手順をすっとばした。まさに、ハロルドが言わんとすることの意味を、正確に理解していたことになる。
 単なる偶然?それとも・・・。

「生命を為さしめるリズム。それそのものは実にシンプルだ。」
「シンプル。」
 彼が続ける言葉に、ハロルドはさらに納得する。
 人生をいかに謳歌するかに、皆、興味を持つものだ。
 それこそ、その為に全ての欲求、すべての知識欲が支配されていると言っても良い。
 楽しく人生を過ごすことにこそ、人は全身全霊をかける。
 欲の為に人生を謳歌したいというのに、その為に全ての欲をかけているなど、皮肉なものだ。
 なにかを得る為になにかを失い、失ったそれこそが得たいと思っていたものの本質だったと後で気がつく。
 人生は矛盾だ。
 もっとも死ぬまでなにを失ったかに気がつかない愚鈍な人間の方が多いから、それこそが究極の幸福なのかもしれない。
 
 その複雑さが生きるという事だと言うのに、彼はその事は大した事ではないと思っているようだ。
 そう捕らえている事こそが、欲がないということだ。
 まるで、悟りを開いた聖職者のような事を言う。
「結局のところ、死ぬか生きるかというのは・・・質問としても愚問に近いだろう。」
「二者択一にしかならない、という事が?」
「・・・議論するのなら、それはそれで構わないが、それ以前の問題だ。初めから答えが決まっている事を悩み、知った風に演説ぶったところで、結果などひとつしかない。決して人は死からは逃れられない。必ず人は死ぬんだ。死ぬ生きるを問題にしようが、しまいが。」
「・・・・・。」
 なんだろう、この男の影にべったりと張り付いている死のイメージは。
 そう思い、ハロルドは目を凝らす。
 黒い服でも、物憂げな表情でも別にない。
 いうなれば、魂そのものに、初めから死が付き纏っているかのようだ。
 まるでそれこそ死の使い。死神でもあるかのように。

「それと同じように・・・生きるという欲すらも無駄なことって言いたい訳?」
「言っただろう。欲を持つことを僕は否定する気などない。」
 少しだけ血のような液体で唇を潤し、ジューダスは言った。
「行きたい、という欲そのものは、なによりも尊い・・・。少なくとも、さっさと複雑な問題を丸投げして楽に死ぬよりはマシだろう。」
 そこでジューダスは言葉を一旦切った。
 そして手元に視線を落とし、なにを思い出したのか笑みを浮かべる。
 それは自嘲のように、ハロルドには見えた。
「だが、死にたくないと思う余り、永遠の命を願ったり、望んだりというと話は別だ。それこそが、愚かな事だと言っている。」
「・・・でもそれって人間が根本的な無意識下の中で、絶対的に願っていることでもあるじゃない?」
 生きたい、ということは生まれた時から、潜在意識の中に刷り込まれた本能だ。
「それはそうだ。だが・・・そういう思うことこそが、死ぬという事を前提としている、という事だろう。結局は、無駄な欲なんだ、死にたくないという事は。」
「う〜ん・・・。」
 先ほど、安易に死ぬことを愚かだと言ったばかりだというのに、今度は死を厭うことを愚かだと言う。
 一体、どっちが本音なのだろう。

「人間に限らず。」
 悩むハロルドなどどうでも良いように、ジューダスは言った。
「生き物は死ねば、冷たい肉塊と化すだけだ。」
 それだけのことだ、というような口調に少しだけ、ハロルドは変なヤツ、とジューダスを見ながら思った。
 さすが、なにかの死骸でできた仮面をつけているヤツの言う事だけのことはある。
 生き物が死んで、肉塊となるのは本人だけだ。
 後の残ったものこそが、重要なのではないか。
「・・・あんたには死んだら悲しむ人もいない訳?」
 非難めいた口調になっていた事は否定できない。
 
 一瞬の間をおいた後。
 顔をあげ、強いなかに、わずかに憐れんだような色を混ぜた視線でハロルドを見ると、ジューダスは言った。
 お前は人を殺したことがないだろう、と。

「・・・ないわよ。」
 一瞬だけ、ある、と嘘をつこうかと思ったが、意味もない虚勢を張っても自分にもなんの徳もない。
 そう思い、カチンときた感情は押さえ込む。
 だが、馬鹿にするかと思ったジューダスは、その後は何もいわない。
 まだ飲むか?とだけ言って、返事も待たず、ハロルドのグラスにワインを注いだ。
「なによ〜いけないっての!?」
 そのまま会話を切られたのが、気に入らなかった。無知な子供に残酷な事を言ったと、まるで気を使われているようだ。
 ぷーっと膨れてハロルドが言えば
「・・・悪い訳ないだろう。」
 心底、呆れたような視線をあげ、ジューダスが答えた。
「人を殺さないで済むなら、その方が良いに決まっている。」
 人間としても、胸を張って生きていけるのは、むしろ、そっちの方だ。
 ジューダスは慈悲でもなく、慰めでもなく、本当にそう思っているかのように、そのクセ、感情を交えずにそう言うと、ハロルドから視線を反らしたままで、ワインを口に含んだ。
 その一瞬、世界中が冷たく、耳を澄ましているかのように、しんとして沈黙が落ちたふたりだけの部屋で、ハロルドは相手の顔を凝視もできず、行き場のない視線を自分の手元に下ろす。
 なんでこんな話になってしまったのか。
「・・・でも。」
 ハロルドは言った。
「間接的には大量虐殺者よ?」
「ああ、そうだな。」
 その一言は、結構、ハロルドの胸を衝いた。
 そう、ハロルドは科学者だ。
 自軍を助ける為とはいえ、ハロルドの発明した武器で、大勢の人間が死んでいる。
 今もこの瞬間、どこかの兵が死んでいるのだろう。
 自分が暖かい基地の中で、優雅にワインを飲んでいるうちにも。
「・・・お前が今、1番やらなければならないのは。」
 ジューダスが言った。
「生き残ることだ。」
「・・・・・。」
「武器の開発は、他の人間でもできないでもない。だが、この戦争に決着をつけようと思うなら・・・今も死んでいる兵士をひとりでも多く助けようと思うなら、さっさとこの戦争を終わらせることだ。それには、決定的な力を持つ兵器が結局のところは、不可欠になる。現在進行形な大量虐殺者の看板を下ろしたいなら、さっさとそれを開発する事だな。」
「・・・分かっているわよ。」
 この私に説教するなんて生意気な、と言うと、相手は薄く笑い、グラスを傾ける。
 その姿はまるで余裕があって、ハロルドなど子供扱いしているように見えた。
 年齢では絶対に大きく年下なのに。

「始めて人を殺した時ってどんな気分だった?」
 それは思わずするりと出た言葉で、止める間も、考慮する間もなかった。
 一瞬の間をおき、ジューダスはハロルドの顔を見る。
 その視線がぶつかった時、ハロルドの頬に朱が散った。
 思わず感情的になってしまった。
 こういうところが、自分自身で子供っぽいとハロルドは常々思っている。
 人を殺すなど・・・良い想い出にだけは絶対になる訳もない。
 こういう風に制御できないことが、今までも間々あった。あえて制御しないことも。
 悔しいという感情が、外聞もない意地悪を呼び起こす。相手が嫌だろうと思う事をわざわざ口にしてしまう。
 だが・・・人の傷を抉るような話題の時には、それを出すべきではなかった。
 こんなものは、子供扱いされたと勝手に思い込んでの、八つ当たりにすぎない。
 だから、適当にあしらってくれた方が良かった。
 もしくは逆に、本当に子供だと呆れ、憎々しげにそう言い捨ててくれた方が。
 ・・・なのに。
「僕の場合は・・・そうだな。」
 まるで悟ったような口調。
 逃げも隠れもしない、という潔いまでの覚悟が透けて見える。
「戦闘においての生き死にではなかった。言うなれば、本当に殺人行為と見做すべきものだった。」
 お前が興味を持つのには打倒だったな、と言われ、ハロルドは今度こそ、本当に、心の底からさきほどの質問をした事を恥じた。

 思い出したくない、というのは一種の逃避行動だ。
 過去の・・・辛い経験、後味の悪いものは、頭の奥底に押しやって、いつか忘れてしまえたら、と人は願望を持つ。
 けっして忘れる事ができないという矛盾の中で、どうにか、と足掻いて手を伸ばす。
 この男には、それがないように見えた。
 自分を責める声も、罵りの言葉も、当然の事と受け止めようとしているように。
 受け止めるでも、きっと足りない。
 それが・・・あってしかるべきだと。
 逆になくてはならないものだ、と。
 それはきっと・・・ジューダスにとっては他人の罵りの言葉よりも、尚酷く、自分自身を責める声を内部に抱えているからなのだろう。

「ごめ・・・。」
「相手は、とても慕っていた人物だった。」
 謝りの言葉を口にしかかった時、それにかぶさるようにして発せられたジューダスの言葉は、強かった。
 思わず、ハロルドは言葉を飲み込む。
 ジューダスのハロルドとは違う紫色の瞳は、暗い部屋の中でもはっきりと輝き、今にも獲物の喉元に食いつこうとする獣と同じものになっていた。
 怒らせたのか、と思ったが、それとも違う。
 ジューダスは・・・ハロルドの逃げ道を塞いだのだ、と悟った。
 なにがなんでもこの話を聞かせたいのだ、とそう、思った。
「・・・詳しくは長くなるから省くが。」
 そこは意味がないというようにジューダスは言った。
「・・・僕が生まれて初めて、その人に自らついて行こう、人生の師として彼の言葉を余すことなく吸収し、彼のような男になろう、そう・・・思っていた人物だった。」
「そ・・・・・。」
「彼に毒を飲ませた。」
 事も無げに言った後、ジューダスはうっすらと笑い、それが自嘲なのか、もっと違うものなのか、その笑みが何を意味するのかは、その時、ハロルドには分からなかった。
 思わず目を逸らす。
 その笑みを、正面からは見ていられなかった。

「・・・・・・そ・うなの・・・。」
 他に言葉が見つからず、まるで真っ白になってしまったかのような感覚に、ハロルドは、単なる女の子に自分がなってしまったのだ、と感じた。
 天才でも、科学者でも、そんなものは意味がない。
 今はただの無力な女の子だ、と。
「まあ、そんなものだ。」
「なにが。」
「今となっては。」
 ジューダスは、がらりと口調を変え(とは言っても、若干明るくなった程度のものだが)ハロルドのグラスに最後の一杯だ、と言ってワインを注ぐ。
「・・・その後は、様々な人間を斬り捨ててきた。今更、彼の死だけを特別扱いなどできる権利はない。」
「それは・・・。」
 思わず言いそうになって、ハロルドはその言葉は飲み込んだ。
 それはきっと聞きたくない答えが待っている。
「僕自身の死も同じことだ。」
「・・・・・。」
 ああ、やはり。
 彼には、どうやら常人ならば難攻を極めるはずの、自分の言わんとする事が、先にわかるらしい。

 ハロルドは、一瞬だけ、意味もなく絶望的な気分を味わった。
 それは暗闇の中で、光を見つけたと思ったら、出口などではなく、今まさに死に行く他の遭難者の松明の光だった、というようなものだ。
 期待をした後の落胆を知るくらいなら、ずっと暗闇にいた方がマシだ、というような。


 最後の一杯というのを自分のグラスにも注ぎ、それを口に運びながら、ジューダスは言う。
「お前は・・・人を殺すなよ?」
 
 その言葉は、なんだかハロルドをみじめな気分にさせた。

 

 

 

 

 

>> 2           

 


  


 話としてはギャグの筈なのに・・・しょっぱな、どうしてこんな暗い話に!?(笑)
 次回からハロルド快進撃。ハロハロの攻めっぷりをお送りします。(予定)


 リメイクされて色々と変更になっているようですが・・・。
 これは「プルースト・フォー・ゴットンクロニカル」設定です。
 リオンが毒殺した相手は、リオンを最初に救えたかもしれない人。 彼を選ぶ勇気があったら、と思いながらも、そうなったらやっぱりリオンではない気がする。 ・・リメイク後のリオンだったなら、さて?

('07 1/5)