目を覚ますと、目の前に巨大な城が出現していた。
なにもそれはめずらしい事ではない。
この場所には、長いこと(それとも本当は長くないのだろうか?)いるが、眠って目を覚ませば、どこからともなく、今までそこにはなかったものが、突然姿を現わしている事など、この場所にとっては、ある種の自然現象のようなものだ。
「・・・今度は、なんだ。」
誰も聞いていないのは承知なので、ジューダスが言ったのはひとりごとだ。
それは久々に出した声だった。
長くひとりでいると、話す相手など自分しかいない。
初めはその状況に慣れるまでは、ひとりでも何事かをいちいち言葉にしていたように思う。ここはどこだ、だの。そんなバカな、だの。
状況に慣れる、というのは、要するに諦めることだ。
そうして慣れた頃には・・・頭で考える事が、いちいち言葉ですらなくなった。
空を見上げれば青い星が浮かんでいる。
それを「青い星」とは、もう呼ばない。それはそういうもの、という漠然とした捕らえ方をするだけだ。あって当たり前のもの。なくてはならないもの。
地面には、ほんのりと光る金色の草が生えている。
言葉というよりも、そのものの空気、そのものをイメージする色で認識をなす、というのが一番近いかもしれない。
ジューダスはここにいると、どんどん、言葉を必要としなくなっていく。
人がくれば、空気の場が乱れたのをなんとなく感じ、こうしてなにもないところに、突然なにかが出現してももう驚くこともなかった。
それはこの場所を理解しつつある証拠のようなものだ。
時折、生きた人間が迷い込んでくる事もあった。
だが、この突然の物の出現とそれは、まるっきり意味合いが違うということも、すでにジューダスは理解していた。
なによりも、人間は必ず、短い期間の滞在の後、ここを去る。
物は・・・たまにここに長く居つき、気が済むと、消滅してしまうのだ。
ジューダスが見上げるその城には、確かに見覚えがあった。
だが、それはどこのものだったかまでは思い出せない。
呼ばれでもしているかのように、自然、ジューダスの足はそちらへと向かう。
歩くと、くるぶし近くまである半透明の草が、足元に一瞬くっついてはすぐに離れ、草の草原に波をつくった。
突如、出現した物体は、揺れる陽炎のように、ところどころがぼんやりと歪み、大気のなかに白い湯気がたっているかのように輪郭を滲ませている。
そのくせ、感触はしっかりとあり、掴むこと、触ることは元より、それが食べ物でなるなら、口にする事も可能だった。
実は、ジューダスの飢えはそれで凌げている。
生きているのか死んでいるのか分からない身であるのに、ちゃんと疲れれば睡眠を要求し、空腹を覚えるこの体を、ジューダスはまるで人事のように、不思議なつくりだ、と思っていた。
首を真上近くまで傾けて、城壁塔を確認すると、ジューダスは右へと回り込もうと歩き出す。
現れた物体が、そのまま消滅するまで関わらないことも多かったが、この城には興味を覚えた。こうして自ら近寄るのもめずらしいのに、何故か中に入ってみよう、という気になった。その心の動きを不思議だと冷静に考えている自分がいる。
こうして、どこだとも表現しがたい場所にいるというのに、一番奇怪な気分にさせるのは、いつだって自分自身の、意思では制御できない内面だ。
そんな事を思いながら歩いていると。
「・・・おい・・・。」
ぐるりといきなり城の方が、左方向に向きを変えた。
色々な不可思議には慣れ親しんでいたはずのジューダスも、流石に驚いて、足を止める。今まで現れた物体が、消滅以外でそこから動くことなど一度もなかった。
それなのに、ジューダスの目の前の位置に、探していた城門が移動してきたのだ。
まるで・・・入ってくれと城の方から誘われているようではないか。
無言のまま、もう一度城を見上げると、まるで点滅する蛍の光さながらに、ジューダスの記憶が刺激され、底の方から、この城の関わった時の事が、ふいに思い出されてきた。
「・・なるほど、な。」
違和感の正体にもすぐに気がついた。
先ほどすぐに分からなかったのは、最近、この城を訪れてた時と外観が変わっていたせいだ。
目の前の城は・・・始めて訪れた時のものと、様子が似ている。
もっともその時は隠し通路から内部へと侵入し、目的を果たして外へ出てきた時に一度、振り返って見上げただけだったが。
城門の固い石畳に足を踏み入れると、今までのふわりとしていた草の上とは違う、固い感触が足の裏に伝わる。
同時に、ジューダスの靴に合わせて、きちんとコツコツと音もなる。
足を踏み入れても、モノの方がジューダスを受け入れない場合は、こんな風に足音が鳴ることはない。歩いていても触っていても感触はこちらに伝わるのに、モノがジューダスの手によって温められることはないし、そこにあるものを動かす事もできない。
だが、どうやらこの城は・・・ジューダスの存在を認めているようだ。
それは、モノに対して持っている過去が関係しているのではないか、とジューダスは思った。
モノ・・・この城の方が、自分が持つ記憶に反応しているのだ。だから、あっさりと・・向かい入れ、存在を許した。
城の中は無音で、全てがモノクロームの世界だった。
それはいつもの状態だったので、まるで気にせず、無人の城の廊下をしばらく歩いていると、やがて音だけがざわざわとジューダスの回りを囲い始めた。
それを合図にしたように・・・一気に目の前に広がる全てが着色していく。
それは、目覚めた時の感覚に似ている。
なにもない夢の中から、突如、全てが五感で味わえる現実の世界に、ぽんと覚醒する時と。
向こうには見えないと分かっているので、堂々とジューダスは、我が物顔で城の廊下のまん真ん中を歩いた。
途中、人とぶつかるが、すり抜けてしまうので、邪魔にはならない。
そうして行きかう人々は、会う人会う人に向けているものとは、心中は間逆であるだろうことがわかるような満面の作り笑顔を浮かべていた。
ここまでくるといっそ、清々しい気持ちにすらなる、完璧な笑顔、笑顔、笑顔。
なにがそんなに不幸なのかが気になって、ジューダスは立ち止まる。
廊下の中央、面した窓ガラスに寄りかかる様にして、見るからに貴族というなりをした男がふたり、顔をつき合わせている。
どちらも、髪は真っ白で、顔には深い皺が刻まれている。
だが、背筋はぴんと伸び、肌艶は良く、老骨なれど未だ健やかである事を物語っていた。
「王子だ、そうだ。」
「なんともめでたい。」
誰もが満面の笑みを浮かべていたが、ふたりも例外ではない。
喜びを露にし、めでたいめでたいとしきりに言いあっている。
「そう・・・第一王子・・。お世継ぎの誕生とあらば、これほど喜ばしいことはない。」
「ファンダリアも、安泰ですな。」
にこにことふたりは笑みを交わす。
その微笑みの裏に、静かに、なにかの不安が隠れているのを、ジューダスは見逃さなかった。
「この先も、王子が続けば良いですな。」
「いやまったく。王家に男児が何人も生まれれば、さらに国は安泰ということ。」
第一王子だけでは、不満だと言わんばかりだ。
しばらく、様子を見守っていたが、ふたりはただ、めでたいめでたいを繰り返すばかりだ。
短く舌打ちし、ジューダスはふたりから離れた。
次にジューダスが足を止めたのは、城の・・・下働きの女たちが集っている部屋だった。
女達は、銘々が鍋を洗い、野菜の泥を落としながら、手を休めぬままに、おしゃべりに興じている。
誰も咎める者のいない所では、女たちは口が軽い。情報を得るのは、こういう場所が最も効果的だ。
「王子様だってさ。」
「そりゃあ、めでたいね。」
案の定、エプロンに頭に帽子を被った女たちは、手も忙しいが、口も忙しかった。
「王妃様に似て、それは器量の良い御子だそうだよ。」
「将来が楽しみだねぇ。」
「さぞかし見目麗しい王様におなりだろうよ。」
まぁねぇ、と言いながら、エプロンで手を拭き、でっぷりと太った女が言った。
「王様におなりになれば、ね。」
「そうそう。」
女たちは声のトーンを落とす。公にできない話をしよう、という合図だ。
「お生まれになった王子様だけど・・・褐色の肌に、銀色の髪をしているって本当だろうかね。」
「噂だがね。どうも本当らしいよ。」
「嫌だねぇ・・・。」
女が眉を顰める。
「王様もお后様も、綺麗な金髪をなさっておいでなのに。どうしてまた。」
「まさか王様の御子じゃない、なんてことは・・・。」
「しーーっ!めったな事を言うもんじゃないよ。誰かに聞かれでもしたら、大変だよ。」
女たちはいっせいに、くわばらくわばらと言った。
「しかしなんでまた、第一王子様に、そんな凶相が。」
「まったくだよ。」
「お世継ぎがお生まれになったのは確かにめでたいが・・・。大丈夫なのかね、この先。」
「・・私はいっそのこと・・・。」
そこでいきなり、場が歪み始めた。
なるほど、分岐点か、とジューダスは思った。
女の言ったことが気になったが、すでに女達の姿は、歪んで声もなんだか小鳥がさえずっているような雑音に変わっている。もう聞き取ることはできない。
大方、あの女が口にした事が、その後本当にでもなりかかったのだろう。
目の前が開けると、そこには下働きの女達は、どこにもいなくなっていた。
場所すらもまるっきり変わっている。
どことは知れぬが、暗く黴臭い場所だった。恐らく人目につかない場所を選んだのであろう。髭を蓄えた身なりの整った男と、それよりはたぶん身分の低い・・・それでも間違いなく貴族の若い男が、ひそひそと声を潜めている。
「閣下、本当に・・・。」
「そうだ。なにを今更恐れる。これは王族の為。しいてはファンダリアの為だ。」
「しかし私には信じられぬのです。あの王子様が、このファンダリアにまさか・・・。」
「またその話か。これは古より伝えられし事だぞ?王と后の間に生まれし似ても似つかぬ王子が、国に災いを齎すと。」
「しかし・・・。」
言い募る若い男の言葉を遮り、髭の男が言った。
「それは今回だけではない。長きに渡るこの国の歴史の中でも、何度となく繰り返されてきた。凶相の王子が産まれる度、この国には争乱が起こってきたではないか。」
「・・・・・。」
若い男は反論の術もなく、黙りこくる。
「・・・ふん?」
ジューダスは壁にもたれ、ふたりの会話を堂々、正面から立ち聞きしていた。
向こうにはジューダスの姿は見えぬから、咎められる事もない。
閣下と呼ばれているところを見ると、推察するに、髭の男は政治的に大きな力を持つ立場の人間だろう。若い男はその部下・・・もしくは甥やいとこといった親戚に違いなく。
そして髭の男は、王子を快く思っていない。
それは、表向きは国に災いを齎すと言いながら、腹は己にとって邪魔な存在だからだろう。
となれば、宰相。王の弟本人か、もしくは王位を狙える立場にいる人間と近しい間柄の者。
わざとらしく眉を顰め、国を憂いてみせている顔の裏では、王子さえいなければ甘い蜜を吸える、とほくそ笑んでいる姿が容易に想像できる。
「頼んだぞ。」
髭の男は、若い男の肩をぽんと叩く。
びくりと若い男は体を震わせたが、返事をする前に、とっとと髭の男は姿を消してしまう。
残された若者の顔色は血の気が失せ、握り締めたこぶしが、ぶるぶると震えていた。
次は晩餐会の席だった。
長く広いテーブルの上には、所狭しと豪華な料理が並んでいる。
その席には、王と王妃、3人の王子がついている。
ひとりを除き、ふたりの王子はまだあどけない表情が抜け切れず、綺麗な金髪の頭を揺らしながら、覚束ない手つきでで、目の前の肉料理を切っていた。
残るひとりは、彼らよりも年上で、それでも子供には違いがないのだが、大人と変わらぬ優雅な仕草はすべるようで淀みなく、黙々と切り分けた料理を口へ運んでいた。その彼の髪は銀色で、肌は褐色だった。
誰にも見えないジューダスは、先ほどと同じように壁に寄りかかり、腕を組んで、銀髪の王子を正面から眺める。
旅を共にしていたわずかな間に、こうして彼をじっくり見たことが、果たしてあっただろうか。
もちろん、あの時の彼は、今の彼の十何年後だ。
その十何年後の彼の姿を、間の前の幼い姿の中に見つけようと、目を凝らしている自分に気がつき、ジューダスは苦笑した。
別にどうなる事ではない。
この時点の彼に、己が関わることなど、絶対にない。
それなのに、どういう訳か、妙な懐かしさを感じているらしい自分が可笑しかった。
この身になってしばらく経つが、初めて、自分は昔の自分を取り戻したいと思っているのだろうか、と思った。
静かに進む食事の場に、若い男が入ってくる。
先ほど、人目を忍んで密かな企みの話をしていた男だ。
男は一同に一礼すると、今宵は我が領土で取れた今年初めてのワインを、皆様に献上致します、と告げた。
王が無言で頷くと、男はしずしずと一同の囲むテーブルの後ろを通り、部屋の隅の別のテーブルの上で、使用人頭が用意したデキャンタにワインを移し変える。
移し変えたところで、毒見役が前に進んでワインを受け取り、一口、飲んで吟味をした。
安全を確かめ、王へと最初の1杯が運ばれている時、人目を盗んで男は、ワインのグラスのひとつに、小さなビンに入った液体を入れると、その上からワインを注ぎ、では私はこれを王子様へ、と自ら給仕を申し出た。
・・・転べ。
物体的になんの力も持たないジューダスが、目の前を横切る男に向かって念じたが、男はなにごともなく、静かな慣れた仕草で、持っていたワインを王子の下へと運んでいく。
もちろん、それがどのような結果を齎そうとも。
それは、なかった事なのだ、という事は分かっている。
だが、知り合いが毒殺される場面など、あまり見たくないものだな、とジューダスが苦笑をしていると。
ワインを持った男は、敷かれた豪華な絨毯に足を取られ、よろけた。
転びこそしなかったが、それはワインをこぼすには十分な衝撃で、男は真っ青になり王に無礼を何度も詫びたが、王は別段気にした様子もなく、王子にはまだ酒は早いだろうから調度良い、と朗らかに言った。
その光景に思わず、ジューダスの口元にも笑みが浮かぶ。
賢王と誉れ高いだけあってなかなかの人物だ、と異国の王の姿を眺め、図らずも望みどおりになった結果に満足し、ジューダスは顔を部屋の中央へと向けた。
なにか意味のあっての行動ではない。
しいていえば、王子の様子を確かめようとしたのかもしれない。
ジューダスは、少しだけ目を見開く。
銀髪の王子は、ジューダスを見ていた。
正確には、ジューダスの寄りかかっている壁を。
彼にジューダスの姿は見えないから、その筈だ。
だが。
ジューダスが見つめ返すと、目もそらさず、王子も見つめ返す。
寄りかかっていた壁には、確かに歴代の王の誰かの肖像画がかかっているが、王子が見ているのは、自分のような気がしてなからなかった。
そうしていると、ふいに王子が、ジューダスから視線を外した。
「・・・では、私はこれから帝王学を教え頂く時間ですので。先に席を外す無礼をお許しください、父上。」
「うむ。」
親子の会話はそれだけだったが、その間には確かに信頼関係が感じられる。
お互いに思いやっている熱い情のようなもの。
いくら回りが、凶相の王子の失脚を画策しようとも、それがすべて無駄に終わった訳だな、とジューダスは思った。
王は誇らしげに、王子を見ると、それが終わったら私の部屋へ来なさい、と言った。
今宵は私も時間を取れそうだ。たまにはお前とチェスをしよう、と。
喜んで、と笑顔を見せて王子は重い扉の方へと足を運んだが・・・。
部屋を出る時、振り返り、もう一度ジューダスを、確かに見た。
「それで?」
「それで終わりだ。」
その部屋の壁紙は元々は白いのが、一面だけが黒かった。
その黒い一面には壁紙は貼られていない。そこだけは黒板になっている。
子供は落書きをして壁を汚すという法則に則って、頭の良い両親が初めから子供部屋に誂えたものに間違いなく、そこにはもちろん、白や青、ピンクといった色とりどりのチョークで、思う存分落書きされている。
ただ1点、たぶん、両親の予想を大きく外れたであろう事は。
書かれているものの中に、ぶかっこうなクマや花に紛れて、緻密な計算式が紛れていることだろう。
白い木枠のベッドに薄いピンクのカバー。
黒板以外の全てに、淡い色彩に拘った部屋は、なぜかマシュマロを連想させ、まるっきり赤ん坊の部屋のようだ。
・・どうせ怒るに決まっているから、口にはしないが。
子供はベッドの上に寝そべり、頬杖をついてジューダスの話を聞いていたが、終わりと聞いて体を起こした。
唇を尖らせ不満を現わすその癖が、大人になっても抜けないことを、ジューダスは知っている。
「それで終わりってなによ〜?」
「終わりは終わりだ。」
ジューダスは肩を竦めて、ブーイングに応える。
「その後、いきなり城は消滅した。まるで舞台が終わったかのように、な。」
「ふうん。」
子供は言い、頭の上でふたつに結わいた豊かな薔薇色の髪を揺らした。
「それって、分岐点だったって事よね?」
「そうだろうな。僕に見せるべきものを見せて気が済んだのだろう。」
彼女の名前は、なんとかだと自己紹介されていたが、ジューダスには、その名前がなじめない。
故にジューダスは、彼女を呼ぶ時、未だにお前と言い続けている。
「・・・本当はその王子は。」
一人前に腕を組み、しかも人差し指た立ててポーズまで決めると、彼女は大人のような口調で言った。
「ジューダスの介入で助かったのかもね?」
「さあな。」
ジューダスは言った。
「殺される筈だったのが、僕の存在で歪んだのか、それとも元から・・・死滅する方の現実だったのかは知らないが。僕はなにもしてないという事だけは断言できる。」
「それでも、ありえない存在がそこにあるなら、そうしなくても多少の影響力を及ぼすのかもよ?そうしたらジューダスったら、人助けしたんじゃない?」
たぶん、そうじゃないと思ったがジューダスはそうは言わなかった。
あれは、あそこに落ちてきた時点で、選ばれなかった現実・・・分岐点とふたりは呼んでいるが・・・だった。その条件がなければ、あの場所へは具現化しない。故に、ジューダスがいようがいまいが、あの結果に至ったはずだ。
第一、そもそも・・・あの記憶そのものが、すでに嘘であったと言っても、過言ではないと思う。
捏造された、というよりも、王子が生まれた時、もしくはそのずっと前から歪んだ、数限りない現実のひとつ。
・・・ジューダスの知っているファンダリアには、褐色の肌、銀髪が凶相などという話はなかった筈だ。
「ところで、その王子だけど。」
彼女は言った。
「ジューダスの知り合い?」
「・・・・・・・。」
どうして子供はこうも察しが良いのだろう。
前もそう言うと彼女には、これは女の勘よ、と反論されたが。
「・・・どうしてそう思う?」
「話を聞いてると、その城は・・・記憶?それをジューダスに見て欲しかったみたいだから。」
「・・そうか。」
そう言ってジューダスは、笑みを浮かべて彼女を見つめる。
「なによ?めずらしい・・・。」
微笑まれ、どぎまぎとしていた、ませた子供は、その事に気がついて、あ、と声をあげた。
慌てて、彼女が問いかけようとしたが、その前に、いきなり口調を変え、時間だな、と言ってジューダスがそれを遮る。
「もう!そうやって、またはぐらかす気だ〜。」
「はぐらかそうというのではない。」
本当に時間なんだ、とジューダスが言う。
現に、ジューダスの姿は透けて、歪みつつある。それは彼女の目にも見える筈だ。
彼女は諦めたように、いいよ〜けちー、と言った。
いつもこうなるとジューダスが口を開かないのを、彼女は知っている。
・・・これで諦めてしまう事が、彼女の子供時代にあったとは、なんだか信じられない。
子供の時の方が聞き分けが良いとはどういう訳だ。
大人になった彼女は、聞きたい事を聞きだすまで梃子でも動かない性格だった筈だ。
まさかと思うが、自分がこんなことを繰り返していたから、将来、あの諦めの悪い性格になってしまったのではあるまいな。
「ねえねえ、そっちの世界では、この星はいっつも晴れて見えるの?」
ふとんから目から上だけを出し、もごもごと子供は言った。
「ああ。」
ジューダスは答える。
「雲は大気圏の下にあるからな。こちらから見ると、いつでも青く、澄み切って見える。」
「いいなぁ。見てみたい。」
それはいつも、彼女が口にしている事だ。
1日の終わり、この邂逅が終わる時、必ず彼女はそう言う。
眠りに落ちる寸前、ジューダスが連れて行ってやるという約束を交わしてくれるのを待つように。
「・・・おやすみ。」
ジューダスはそれだけを言った。
それに答える子供の声はすでにない。
寝つきの良い彼女は、ふとんに潜るとすぐに眠りにつく。
それは瞬きしている間の、ほんの一瞬の事だ。
ジューダスは黄色い草原にひとり、立っていた。
ベッドの中の子供を見下ろしていた、そのままの姿勢だ。
彼女が完全に眠りに落ちた事で、自分の場所に戻ってきた事を悟り、ジューダスは空を見上げる。
そこには、大きな青い星。
遠く離れたあの星のどこか、そしていつかの時間、自分と邂逅を終えた彼女が眠っている。
見上げ、いつもの大きく圧倒的な存在に向かって、
「・・・お前を、連れてきてやる事はできない。」
ジューダスは、言った。
彼女の為ではなく、自分の為に。
それは未来永劫に。
>>3. 手のひらの箱庭
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