「いつまであいつら、篭ってるんだよ!」
「いいじゃん、べつに。」
何度目かのロニの言葉をカイルは、取り合わない。
最近、反抗期か?と聞かれ、違うよ、ロニがさっきからうっとうしいだけ、とカイルもなかなかに厳しい事を言う。
「用があるなら、呼んだらどうだ?」
更にもうひとつの声は冷ややかで、なにを問題にしているのか、心底分からないという。
そうはっきりと言われてしまっては、ロニの方も、そうだけどよ・・と口ごもるしかない。
「あ、分かった!ナナリーたちがなにをしているのかが気になるんだろう!」
朝から部屋の中に3人で篭ったまま、女の子たちは一向出てこない。
なにか理由があっての事かと勘ぐりたくもなるというものだ。
それというのも・・・。
「もうすぐ、ヴァレンタインだもんね!リアラたち忘れてたりしないかな?」
にこにこ笑うその顔は、心配しているような口ぶりをしているものの、微塵も疑ってはいない。
リアラがこと、そういう細かい心配りを必要とするイベントを忘れ、自分をがっかりさせることなどない、と信じきっている。
「へいへい、そうですか。」
その屈託のない笑顔を見ながら、げんなりとして、ロニはいかにも面倒臭いというように手を振った。
ごちそうさま、というロニの仕草を見、カイルに締まりのない顔を見・・・。
それからジューダスは、首を傾げる。それとは分からないほど、小さく。
「・・・お前たち、なんの話をしている?」
「なにって、ヴァレンタインだよ!もうすぐだろ?ロニはナナリーが自分にチョコをくれるか気になってしょうがないんだよね〜?」
「ち・・ちげーよ!なに勝手に誤解してんだ!俺はなぁ、あんな男女になんかじゃなく、今年はいくつ貰えるかな〜と・・・。」
「今年はって、毎年、数えるほどしかないじゃん!しかも今は旅の街の下だし。誰もくれないんじゃないの?」
「てめ、なに言ってやがる!旅人であろうとなかろうと、俺の魅力は万国共通の・・・。」
「だから。」
じゃれあいだかなんだか、楽しそうに続けるふたりに割って入ったジューダスは、少し、不機嫌そうだった。
「なんの事を言っているのか、と聞いている。」
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不沈のモリー
1
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「は?チョコ?」
与えられた宿の部屋に、女3人。
密かな企てを、くすくすとした笑い声を加えて話しあっていた時だ。
ハロルドが、ひとりだけすっとんきょうな声をあげた。
「チョコって、あのチョコレート?」
「そうだよ。他にチョコなんてないだろ?」
「それを・・・贈るの?女の方から?」
きょとんと大きな瞳を向けてくるハロルドに、あ、とリアラとナナリーは顔を見合わせる。
ハロルドの時代と、ここでは時間に開きがありすぎる。
「うん、そうなの。」
機転を利かせて、自ら説明をし出したのは、リアラだ。
「ヴァレンタイン、って言って・・・。女の子から、好きな男の子にチョコレートを贈って告白する日。」
「まあ、友達同士とかで感謝を表す意味のが、最近はメジャーだけどね。」
イマドキの女の子は、1年に1度のイベントを待っているほど気長ではない。
答えはすぐ欲しい。だから、行動もすぐにする。
「ヴァレンタインは私の時代にもあります〜。」
ぶーっと膨れて、ハロルドはナナリーが買って来た女の子用の雑誌をパラパラめくる。
メイクやアクセサリー、流行の服に混じって、確かに「ヴァレンタインにこれをあげれば間違いなし!決定!本命チョコ!」などというタイトルがついた特集ページが組まれている。
「ハロルドの時代の、ヴァレンタインってどんなの?」
「ん〜?そんな男が得するようなものじゃないわよ?恋人同士のイベントっていうか・・・。男の方が女にプレゼントするの。」
「へ〜?」
「そうなの?」
羨ましそうな声を、揃ってふたりが出すので、ハロルドは少しだけ得意になって、そうよ、と胸を張った。
「まあ、それこそ友達同士とか家族とかでも花を贈ったりするけど、お菓子限定じゃあないわね。」
要するに相手をいかに思っているかを伝える日だった。
そしてそれは、高価なプレゼントでなければ現わせない事ではけっしてない。
ハロルドの時代は戦争中で、なにかと色々なものが欠けていた。
その分、明日をも知れぬ命であるが故に、相手に対する手間隙を決して惜しんだりはしなかった。
どうしようかと数週間悩み続けていたディムロスが、結局、忙しい合間に自ら雪原を探しまわって持ち帰った一厘の花が、どれほどアトワイトを喜ばせたことか。
両手の平で掬うようにして大事に抱え、ハロルドに見せに来た。
この花を、できるだけ長持ちできるような薬はないかしら?と少しだけ涙目になった瞳を輝かせて。
「という訳で、作戦会議!」
明るいリアラの声に、ハロルドは我に返る。
郷に入れば郷に従え、という。この時代の風習にあわせてみるのも面白そうだ。
なによりも、お菓子が主役というのが、気に入った。
「ナナリーは?ロニにあげるの?」
「ん?ああ。まあ、あいつにだけって訳じゃないよ?カイルにもジューダスにもあげるさ。大事な仲間だからね。」
「それは、もちろん、わたしもだけど。」
慌てたように、リアラは付け加える。
悪気がなくとも、リアラの頭を締めるのは、カイルだけだ。
カイルがどうすれば喜んでくれるか、なにを選ぼうか。それが1番気がかりなのは、悪いことではなく。
むしろ恋する女の子だけの、特別な反応だ。
可愛いわね、と思いながら、ハロルドは言う。
「それで?どういうのにするか決めてるの?」
「うん、それでね。」
リアラは目を輝かせ、体を乗り出した。
「実は、街の広場に人気のお菓子屋さんがあるって聞いたの!種類も豊富で、どれもこれも美味しくって目移りしちゃうくらいなんですって!今なら、当然のようにチョコが沢山おいてあるって。」
そんな情報をいつの間に、と半ば呆れながら、ふたりはへえ、と相槌を打つ。
「だから本番前に、これから偵察に行ってみない?」
そもそも、旅の途中で立ち寄った街だ。他にアテなどある訳もなく、反対する理由もない。
ふたりは、完全にリアラに主導権を握られたまま、頷いた。
おととい、この街まで辿り着いた時は夜中で、それで宿屋の主人に嫌な顔をされたから、そんな事になど今まで気がつかなかったのに、ヴァレンタインという一大イベントが待ち構えていると聞かされた今となっては、あちこちで浮かれた空気を纏っているように見えるのが、不思議だ。
もっとも変わったのは、ハロルドの視線の方だろう。
おとといであろうと昨日であろうと、明日にそのイベントを控えていた街は、ここに辿り着いた時からすでに浮かれていたのだ。
そんな事を思いながら、白いアイアンのワゴンにつけられた赤い風船が揺れているのに、目を止める。
中を覗くと、当然のように売られているのは、綺麗にラッピングされたチョコレートで、その美しさはまるで、宝石かなにかのようだ。
ハロルドは、チョコレートが好きだ。
アクセサリーも確かに好きだし、贈られたら嬉しいだろうが・・・。
チョコは逆に女があげるよりも、男が女に贈る方がふさわしい、と思う。
きっと特別に包装された、その小さなお菓子は、愛しい女にこそプレゼントされるアクセサリーと同等の価値がある。
だって、まるでリボンをかけられ、大事にされて、本当の宝石のようではないか。
そんな事を思いながら、試食のチョコのカケラを口に入れた時だった。
ワゴンの柱に、キーホルダーがかかっているのが目に入る。それも全部、同じモチーフだ。
「・・・・船?」
それはどうみても、船を象ったキーホルダーだった。
そういえば、とハロルドは思い出す。
ここに来るまでの間に、多くの船を目にした。
それは女の子が持っていたり、店に飾ってあるものだったりしたが、確かにそれらは船だった。
キーホルダーだけでなく、この街では、やたらとピアスだの、ネックレスのトップだの、船が大流行らしい。
可愛らしい帆船のキーホルダーをじっと見ていると、お客さんは余所から来た人だね?とワゴンのおばさんが、声をかけてきた。
「なにか、意味があるの?」
太って色白の人の良さそうにおばさんに聞いてみると、ここは、モリーの生まれ故郷だからね、と言った。
昔の話だ。
大きな豪華客船が処女航海で海に沈んだ時、生き残ったモリーと言う女性がいた。
彼女は豪傑で、沈んだ船の会社を相手に、死んだ人の為に、のちのちまで戦った。
そして、人々は彼女に敬意を表して「不沈のモリー」と呼び、航海士たちの母となった、という。
「なるほど、沈まないって意味ね?」
告白しても・・・船のように沈没はしない。モリーが見守っていてくれる。
つまりは、おまじないという事だ。
なんなら、お嬢ちゃんもどうだい?とキーホルダーを勧められ、ハロルドは笑って手を振った。
「告白するような本命の男もいないし。やめとくわ。」
自分用のチョコのお金を払っている時にそういうと、もったいない、あんたみたいな可愛い子が、とおばさんはにこにこしながら、言った。
ばいばい、と手をおばさんに振って、円形の広場をぐるりと囲む店を見て回る。
街はそこそこの大きさだから、店も素朴な感じのものから、やたらと洒落たものまで千差万別だ。
店先まで、あふれんばかりに飾られた花屋や時計屋。繁盛しているらしく、外まで並んでいるレストランや、綺麗なディスプレイの洋服屋。その隣は靴屋だった。
ショーウィンドウには、黒い布のかかったひな壇の上に、色とりどり、カタチも様々な靴たちが、我こそが客によく見えるようにと、アピールしている。
へぇ、とハロルドは立ち止まる。
旅の途中はほとんど膝丈のブーツを履いていて、それは確かにお気に入りだが・・・。華奢で、凝ったデザインのものもたまには買おうかな、と思った。
ハロルドの目にとまったのは、細いヒールのミュールだった。
パステルカラーで、尖ったつま先。同じ色の大きな花が甲を飾り、まるで砂糖菓子のようだ。箱に入れて飾っておきたくなる。
・・・それじゃ意味がないじゃない、とハロルドは自分で笑った。
「ん?」
その時、覗き込んでいたショーウィンドウに、よく知る黒い影が映りこんだ。
白い仮面に黒い服の男は、浮かれている街の中でひとりだけ異質を放っている。だがそれでも、恋する乙女たちがたじろがせるほどの空気はないのか、誰一人彼がいるのが目に入っていないようだった。
それとも、案外、こういう大きい街には、ああいう変わった人間がひとりかふたりはいて、住民の方は見慣れてでもいるのかもしれない。
「ジューダスv」
「・・・おまえか。」
こんなところで何をしているも、なにもない。奇遇だなとか、愛想の類はもっとない。
ジューダスは声をかけたのがハロルドだと分かると、別に興味がなくなったとでも言うように、すぐにまた視線を外してしまう。
「なによ?なにか探しモノ?」
きょろきょろとあたりを見回す仕草に、ハロルドが聞くと、別に・・・とジューダスは言いかけ、それだけだと逆に面倒なことになると思ったのか、
「カイルに外で昼ごはんを食べようと誘われた。」
と言った。
「ふぅん。じゃあ、待ち合わせ?男ふたりで?」
それしきの事ぐらい、きちんと説明すれば良いのに、と思いながらハロルドが尚も聞くと。
「いや。宿は一緒に出た。」
「は?」
「・・・途中でどこかに消えた。」
なにが、はいわずがもな、だ。
トラブルメーカーのリーダーは、なにか興味があると本来の目的を忘れてそちらの方につっぱしる。
つまりは、はぐれた、と言う事だ。
まるで散歩の途中で飼い犬に逃げられた飼い主のようだ、とハロルドが笑うと、あいつの飼い主はロニだろう、とジューダスは言い、いや、リアラか、とすぐに言いなおす。
「・・・お前はこんなところで何をやっている?」
「私のほうこそ、待ち合わせ。」
「誰とだ。」
「ナナリーたちとに決まってるっしょ。買い物を一緒にしようって言ってたの。で、私だけ先に出て本屋。」
ああ、そういうことかとジューダスは言った。
それにしてはハロルドはなにも持っていないのだが、そこには触れてこない。きっと全部を立ち読みしたのだと予想がついているのだろう。
ついついつられるようにして、ハロルドも広場を見渡すが、カイルもナナリーたちも姿は見えない。
すると、視線は広場に向けたまま、ジューダスがめずらしく会話を続けた。
「・・・めぼしいものはあったのか?」
「あったら買うっての?」
「ああ。」
意外にも即答され、ハロルドはジューダスの顔を見上げる。
「このところ、ゆっくり読んでいる暇がなかったからな。」
意外に思われた事を察したのだろう。
ジューダスが、少しだけ笑みを浮かべ、ハロルドを見下ろす。
「お前が見て、少しでも面白いと思ったものがあったら、教えろ。」
「お、ハロルド発見♪」
可愛らしい声で、はっきりと発音するのがナナリーの特徴だ。
顔を向けると、噴水の方から、リアラとふたり、手を振りながら歩いてくるのが見える。
「探した?」
「ううん、すぐわかった。よ!ジューダス。」
ナナリーが敬礼をすると、ああ、とジューダスは答えた。
「こんなところでなにしてんのさ。」
「カイルを探している。」
ハロルドと同じ事を手短に説明すると、え?とリアラは首を傾げ・・・。
「い・・行きましょう!」
とふたりを急かす。
チョコを買いに行くのに、ここで会っては元も子もない、と慌てるリアラに、カイルの名前を聞いた途端、いきなり逃げ出すかのようだな、とジューダスは首を傾げたのだが、まあ、いつもいつもくっついていたら離れたくなる時位、あって当たり前だと、勝手な解釈をした。
「きゃあ、カイル!」
広間に金色の頭を見つけ、リアラがさらに慌てる。
「おや、タイミング悪いね。じゃあ、あたしたちは退散するよ!じゃあね、ジューダス!」
「ああ。」
「ほら、ハロルド!」
「・・・ああ、うん。」
ハロルドは答えた。
「?どうしたんだい?行くよ。」
反応が鈍いハロルドに、ナナリーは首を傾げる。
「うん、行く。」
ハロルドは、足を踏み出す。
数歩ナナリーたちと一緒に走り、そして。
やっぱり、と立ち止まり、くるりとジューダスを振り返った。
「・・・?」
なんだ、とジューダスは問う暇もなかった。
さきほどワゴンのおばさんに言われた事を、ハロルドは思い出す。
「決めた!」
「私、ジューダスを恋人にする事にした!」
ハロルドはずっと小さい時から、面白いと思うものを共有できる相手が、欲しかった。
それは天才という異質な子供には、決して敵わない夢であり、敵う相手がいても、それは血の繋がった兄だけだった。
しかし血の濃さの中で形成される世界が、小さく狭いものだという事も、ハロルドはよく分かっていた。
世界は自分のうちと外とで、決定的な線引きがされる。
自分以外と外側と。
その力関係の差は圧倒的で、ある意味では常に優勢な世界で生きているハロルドにとっては、それをあえて崩そうと思った事は1度もない。
だが、自分の世界に、誰かを、ひっぱり込みたいと試みたことは、何度か、ある。
その全てが失敗だったが・・・。
100回失敗する事例の、今回は101回目ではないのだろうか、とハロルドは思ったのだ。
直感的に、そう、思ったのだった。
「迷惑だ。」
きっぱりと速攻で返す態度は、可愛気のカケラもない。
「・・・なにをふざけた事を。」
目元で不機嫌を思いっきり現わしながら、ジューダスの言葉はそっけない。
たちの悪い冗談かなにかだと思っているようだ。
なんでそんな事を言われたのか分からないという風に首を傾げ、ハロルドはジューダスを見る。
「ふざけてないわよ?」
「これが本気だったというなら、昼間っから、ナイトメアだな。」
まだ寝てないでしょうが!とハロルドが噛みついたが、目が覚めて夢になるなら、ここででも今寝るぞ僕は、とジューダスに返される。
「大体、いきなりなんだ?」
それとも、前からそう思っていたとでも言うのか?とジューダスは静かに、冷めた口調で言う。
「・・・・・それは、違う、けど。」
後でハロルドはナナリーに、実はそうだったのだ、と言っておけば良かったものを!と、馬鹿正直さをダメだしされる。
「なら、冗談でも、やめておけ。」
「うん?」
とその言葉に、ハロルドは首を傾げる。
「それって変じゃない?」
「なにが。」
「恋って、青天の霹靂じゃないの?」
これからします、と宣言してするものじゃあるまいし。
「いきなり、あ、ここだ!って、突然くるものじゃないの?昨日まで、1秒前までこなくっても、そういうものじゃないの?」
「それは・・・。」
僕の場合と違うから、知らないから、分からないとジューダスは言いかけたが、もちろん、そうは言わなかった。
「・・・だからと言って、いきなりにもほどがあるだろう。」
「びっくりしたの?」
「当たり前だ!」
そうか、びっくりしたのか〜とハロルドは人事の様に言った。
実際、人事にも違いない。・・・したのは自分だが。
「じゃあ、びっくりさせなきゃ良いの?」
「・・・もう、した。」
「ちゃんと手順を踏めば良いのね?」
「良いなんて言ってない。」
「言ったじゃない。」
こうなると、もうハロルドは人の話を聞かない。
「じゃあ、手順を踏みます。」
「どうやって。」
「そうやって。」
だから、どこかどうなんだ、とジューダスは天を仰ぎ、目に入った清々しいほどの青空を、こうなったのもお前のせいだと言わんばかりに睨みつけた。
リアラがカイルにと初めに選んだのは、なんとテディ・ベアのカタチのチョコレートだった。
大きめの箱にちょこんと鎮座まし、リボンをほどくと表れる様は、微笑を誘い、まるでクリスマスのプレゼントを貰った子供の時のように嬉しい気持ちになるだろう。
「ただし、それが女の子なら。」
「リアラ、自分が欲しいのを選んじゃダメだよ?」
くすくすとハロルドとナナリーがリアラの失敗談を笑う。
笑われたリアラの方は、少し頬を赤くして、だって・・・と言い訳をした。
「だって、カイルってテディ・ベアって感じがするんだもの。黄色いし。それに・・・。」
黄色ではなく金髪でしょ〜、とハロルドは合いの手を入れてから、それに?と聞き返す。
「小さい時に貰ったテディ・ベアを、今でも持ってるって言ってたから・・・。」
宿に帰ってきて、またしても部屋に3人で閉じこもると、買って来た数々のチョコをフローリングの床の上で開け、試食会と称して味見をしていた。
美味しいと評判の店だけあって、確かにどれもが凝っていて、味も豊富だ。
広げた包装紙とリボンとカラフルな小箱が、床の上を散らかしている筈なのに、可愛らしくて、女の子たちの楽しそうな笑い声がさらにその場を和ませる。
白いカーテンから透けて入り込んでくる光が、白い壁を反射して、甘い匂いが充満している部屋の中を明るく見せているのも、なにかの効果を齎しているに違いない。
ロニにはこれかね、とナナリーが、ウィスキーボンボンを決めて、
「カイルが、テディ・ベア?」
と意外そうに言った。
「ああ、それ、正解。」
ぴん、と指を立てて、ハロルドが言った。
「正解って?」
「テディ・ベアって実は男の子アイテムなのよ〜。紳士の持ち物って言われてて、男の子が産まれると親戚から贈られるものでね。男の子はそれを生涯の友として一緒に過ごすの。・・・上流階級とか今もそうらしいわよ。」
「へぇ・・・。」
カイルは上流階級じゃないけどねと、ナナリーとリアラは思ったものの口にはできなかった・・・が、ハロルドは普通に言った。
「それで、カイルにクマを?」
くすくすとナナリーが再び笑う。
それを受け取った時の、カイルの姿を想像してしまう。
困惑してしまって、でもリアラには言いだせなくって、嘘のヘタはカイルは泣き笑いの顔で、ありがとう〜とっても嬉しい〜と言うだろう。
その姿を見てみたくもないが、やはりリアラを止めておいて正解だ。
止められたリアラの方も、やっぱり考え直したらしく、今は様々な動物のカタチをしたミルクチョコレートのセット・・・動物園のようにセットになっている・・・を本命にしたようだ。
なかでもワニなどは、ウロコも彫られていて結構かっこいい。そして、なかなか美味しそうだ。
尻尾の先を盗んでやろう、とハロルドが密かな悪巧みをしているところで、そういえばさ、とナナリーが言った。
「ふたりとも、明日の準備は万端?」
「もちろん!」
小さなガッツポースをして、リアラが言った。
「だって、折角のヴァレンタインだもの。白いワンピースをすでに買ってあるわよ?」
そして、ハロルドは?とその笑みを隣に向けた。
恋人たちのお祭り、ヴァレンタイン。
その為の準備を、今でも女の子はちゃくちゃくと進めている。
「そっか・・・。」
今更ながら、ハロルドは自分が遅れを取っている事に気がついた。
もともと、ついさっき本命の彼を見つけたのだから、仕方がないのだけれど。
それでも、なんだか、悔しい・・・。
「考えにも及ばなかったわ・・・。」
「まぁね。」
ナナリーはくすくすと笑う。
「あれには、あたしたちも驚いたけど。」
確かに仲は悪くはなかった筈だが・・・。
あのジューダスに、このハロルドだ。
仲間内でも、このふたりが、と想像した者など、ひとりもいないだろう。
実際、近くで広場のハロルドの宣言を聞いた時も、一瞬、ハロルドがなにか冗談を思いついたのだろう、と思ったくらいだ。
油断させて薬を嗅がせようとしている、とか、その類を。
だが。
「・・・考えてみれば、割とお似合い・・・かもね。」
「うん。考えてみれば。」
よく考えなければ似合いではないという意味にも取れる。
「・・・ふん。」
ハロルドがジューダスの口調をマネると、ふたりは更に笑った。
目の前にある白く丸いケーキに、ハロルドはかぶりつく。
小さい円盤型のそれは、回りをホワイトチョコでコーティングされ、スポンジの間には生クリームと甘酸っぱいいちごのジャムが挟まっている。生クリームはほのかにシャンペンの香りがした。
・・・これは、ジューダスに良いかもしれない。
見かけもシンプルで、でも、十分に甘みもあって、繊細な味で。
「後で私も服でも、見に行こうかな。」
そう言いながらハロルドは、でも、少しイメチェンしてみたいかも、と言った。
今まで思いもしなかったが・・・なにかの変化を現わすのも効果的だ。人間は視界の生き物だし。
「あ、それなら!」
ぱちん、と胸の前でナナリーが手を打った。
「前髪をストレートにしてみたら、どうだい?」
「前髪を?」
うん、と言いながらナナリーはくしゃくしゃとクセのついたハロルドの前髪を撫でる。
「リアラみたいに、さ。このくしゅくしゅヘアは、ハロルドに似合ってるから、全部ストレートにするのは勿体無いけど、前髪だけでも、かなりイメージが変わると思うよ?」
「あ、いいかも。」
髪を額に押し付けられた姿を見て、リアラが言った。
「ちょっと今よりも幼くも見えちゃうけど、かえって甘い感じ?ハロルドの大きな目も目立つし、似合うかも。」
前髪か、とハロルドは思いもしなかった事を言われて、自分の髪をひっぱってみる。
特に恋愛話など、ハロルドは生まれてこのかた、した事がない。
あるにはあるが・・・聞かされる一方だったものだから、自分が中心になる事があるとは、夢にも思わなかった。
女同士は企みが好きだ。
恋愛にもなれば、共犯者と化し、全員が全員の気持ちを共有しようと盛り上がる。
そして時には、気をもんでもくれる。
それを改めてハロルドは、ひしひしと感じる。
女友達を持って、本当に良かった、と。
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