「あんたたち、双子かい?」

 金貨を渡し、引き換えにトマトを受け取ろうとしたルークの手が止まり、思わず隣のアッシュを伺い見た。
 咄嗟に否定しようにも、今のルークには声を出すということができない。
 アッシュは、一瞬、苦虫を噛み潰したような顔をすると、
「・・・まぁな。」
 とテントで作った店先の、恰幅の良い店主に答える。

 ケセドニアは街の性質からか、他の地区に比べてレプリカに対する態度は差別的ではないが、それでも本当のことを言って奇異な視線を招く必要はまったくなかった。

 ただでさえ、言葉を失ったからというもの、彼のレプリカは、他人の視線に敏感になっているというのに・・・。

 そんなことを思いながら、隣を見れば案の定、彼のレプリカは下を向き、なにがある訳でもないのに、地面を睨みつけている。
 アッシュと並べられるのが、悔しいと思っているなら、構わない。
 しかし、それが自己否定の一環だというのなら、アッシュはほっておくだけだ。

 なにかを奪い合い、自分を証明しようともがくのは、レプリカだけではないということを、ルークはいい加減に気がつかなければならないのだ。

 でなければ。


 ・・・いつまでも出来損ないのままだろうよ。

 そして、アッシュは。

 出来損ないの人形など、いらないのだ。

 

 

 

 

 

 

鏡は囁く

 

 

 

 

「ルークさんの、考えすぎだと思うんだけど。」

 どこに根拠があるのかは知らないが、ギンジは確信的そういうと、ルークを見て、まぁアッシュさんはいつも不機嫌そうですからね、と付け加えた。
 ルークはギンジの手をとり、手のひらの上に『そうかな?』と文字を残す。
「そうですよ〜。」
 へらっと笑ってギンジは言った。
「だっておふたりが似ているのは仕方がないじゃないですか?気にしすぎですって。」
 元より反論する言葉のないルークは、押し黙ったままだった。
 少し俯き加減に顔を伏せれば、長い布に顔の半分が隠れて、表情は見えない。

 昨日、買出しに行った先で、アッシュと双子と言われたことをルークは気にしていた。

 アッシュはいうまでもなくルークの被験者だが、周囲の人間には、それが被験者とレプリカだとは思いも寄らないようだった。
 だからこそ、安易に双子、という発想になる。
 店の主人は、そうだとそっけなく答えたアッシュと、密かに動揺していたルークを見比べ、そして。
 
 顔の造りは一緒だが、あんまり似てないな。

 と言った。
 年子の兄弟かと思ってたよ、と。
 被験者とレプリカがあまり似てない、などと言われることがあるとは思いもよらず、ルークはえ、と目を見開いた。
 しかし聞き返そうにもルークは声が出ず、アッシュは不機嫌そうに主人を一瞥すると、ルークにはなんの合図もなく、さっさと店の前から立ち去った。
 その後を、慌ててルークが追ったのは言うまでもない。


 彼の被験者は誇り高く、誰をも寄せ付けない孤高の人でもあった。

 
 だから、髪の一本に至るまで同じ細胞で構成されているルークといえど、自分と同じと扱いをされるのは耐えられない屈辱のはずだ。

 ましてや・・・。
 ルークはもともとアッシュに疎まれている。


「う〜ん。まあ、確かに誰かと一緒にされると、怒りそうですけどね。」
 ギンジは腑に落ちないという顔で、言った。
 その手には紙袋を抱えている。
 今日の買い物は、アッシュの代わりに、ギンジが一緒だ。
 と言っても、前回はアッシュの買い物にルークが勝手に付き添い、今回はルークの買い物にギンジがつきあってくれているのだが。
「けど・・・ルークさんのことは・・・。」
 ギンジはそこまで言って、はっと言葉を切る。
 ルークはなんのことを言おうとしているのか、まるでわからないようで、いきなり口をつぐんだギンジの顔を、不思議そうに(小首を傾げて)見ている。
『あぶない、あぶない・・・。』

 セフィロトの中で、過呼吸に陥った時の記憶がルークにはない。
 ない、というよりも曖昧で、あの時になにが起こったのかをぼんやりとしか思い出せないという。
 必然として、アッシュが苦しむルークを楽にさせる為になにをしたのか、ルーク自身は覚えていないのだ。

『余計なことを言ったりしたら・・・。』
 あの後、アッシュが脅しているとしか思えないほどの凶悪な顔でギンジを睨み、こいつに言ったらタダじゃおかねぇ、と言われたことを、うっかりと忘れるところだった。
『オイラ、殺されちまいますよぅ。』
 アッシュさん、マジぶちぎれると歯止めきかないし・・・と過去の彼の暴走の様を見ているギンジは恐ろしく思うのだった。

『でも、なぁ・・・。』
 ふと我に返って、隣のルークを見、ギンジは思う。
『やっぱり、ルークさんも気にしすぎだと思うんだけどなぁ・・・。』
 気にしすぎ。
 思い込み。
 どちらにしても、ルークの行動も暴走に近い。
 
 ギンジの隣を歩くルークは、すっぽりと頭から布をかぶっていた。
 かぶっているというよりも、布を巻いているに近い。
 赤色の布は、ルークの頭から肩をつたい、ほとんど全身といって良い足首までを覆っている。
 

 風通しが良く、照りつける日差しから肌を守れるその格好は、砂漠地帯のこの地方では確かに珍しくもない姿ではあった。
 しかし、布を頭からかぶるのは、どちらかといえば女性のする格好なのだが、ルークはそれには気がついていないようだった。

 
 ルークはアッシュと双子に間違われたその翌日から、ずっとこうして布を被っている。

 
 それはアッシュと同じ自分の姿を人目から隠すためだということは、ギンジも察しがついた。
 アッシュ本人などは、布を被ったルークを見た途端、眉間の皺を深くし、口元を固く結び、それでもなにも言わなかった。
 なにも言わずに、目もあわせずに、ルークに背を向けた。
 その背には、勝手にしろ、という文字が張り付いて見えるようだった。

 アッシュの無言のメッセージにも、ギンジの直接的な言葉にも、ルークは耳を貸さない。


 いくら気にするな、と言ったところで、ルークはそれを信じなかった。
 ルークは、アッシュに関することには頑なになにかを信じていて、それに基づいた独自のルールに反することを、決して己自身に許さない。
 それはルークの中にあるアッシュの像を崇めていることに他ならず、他人がなにをいったところで、その信仰心を覆させることはできないのだ。


 この数週間、一緒の行動しているうちに、ギンジにも、おぼろげながら、ルークの危うさが見えてきていた。
 それを、ギンジは悲しく思う。
 ギンジからしてみれば、けっしてルークは屑などではなく(思うにアッシュのあれは単に口癖なだけな気がする)、自分の意思でしっかりと歩き、前を見定めているひとりの人間で、けっしてアッシュの後を追う必要などないと思う。
 しかし、ルークは自分はけっしてアッシュよりも前に出て歩くことはないと思っていて、そしてそれを守ることによって・・・。


 ・・・きっと、安心なんだ。ルークさんは。


 そりゃあ、アッシュさんはたしかにカッコイイけど。
 口は悪いが、剣の腕は一流で、本音は優しいところを隠しきることができない不器用さも、ギンジには憧れの要因だ。
 だが、同時に、ギンジはルークもカッコイイと思っている。
 なによりも、いつでも他人のことを優先的に考えるルーク。
 過去にどんな罪を背負っていたとしても、本能では自分が一番可愛いのが人間だとするならば、その鉄壁の意志の強さは尊敬に値する。

 それを、うまくオイラが伝えられたらなぁ・・・。

 きっとルークも今よりは数段気が楽になるのではないだろうか。


 そんな事をつらつらと考えていて、ふと気がつくとルークがいない。
 え!?と焦ってルークを探せば、振り向いた数歩後ろで、道の真ん中に立ち止まり、紙袋の中身をのぞきこんでいた。

「ルークさん?」
 そんなところに立っていたら危ないじゃないですか、とギンジが声をかけると、ルークは、ん、と顔をあげ、パクパクと口元を動かした。

 こ、り、あ、ん、だ

「え?なんですって?」

 コリアンダー買い忘れた。

「ああ・・・。」
 確かに、コリアンダーを買っていない。
 さきほど話しながらスパイスの店を通り過ぎたことをギンジが思い出すと、

 俺、買ってくるから、ギンジは先に帰ってて。

「え?ルークさん。」

 だいじょうぶ。

 にこりと笑い、ルークは身を翻す。
 3時前には帰ると言って出てきた手前、どうするかな、とギンジは思ったが、必要以上にレプリカを甘やかすんじゃねぇ、とアッシュに言われてきたことも思い出し、結局は先に宿に戻ることにする。
 たしかに、言葉は話せないかもしれないが、ルークはこどもではない。
 ギンジがするべきなのは、きちんとルークが自分の足で歩いているのを、見守ることなのかもしれなかった。

 

 

 

 

 ギンジと別れ、スパイスを求めて、ルークは砂漠の街のバザールへと引き返した。


 そんなに遅く歩いているつもりはなかったが、何度か先を急ぐ人にぶつかり、ルークは道の端を歩くようにこころがけていた。
 足元はいつになく歩きづらく、照りつける光が道を白く焼き、直視すれば目が眩んだ。
 それもあって、影を見ながら歩けば、目にも調度良かった。
 歩きづらいのは、ルークが布を被っているからだ。


 ギンジに言われるまでもなく、ルークは自分が卑屈であることを自覚している。

 それが、アッシュを苛立たせる原因になっていることも。

 

 ・・・けれど、俺は。

 彼と同じ唯一無二の存在にはなりえない。
 それはあたりまえでしかたのないことだ。
 

 双子と間違われた時、とっさにアッシュの顔を見た。
 不機嫌そうに眉を顰めながら、それでもどこか凛としていて、どこもくすんだ感じのない独特の空気。
 それをアッシュはいつでも纏っている。

 自分が似ていると言われて、アッシュを汚しているような気持ちがした。
 それは野良猫が、血統書つきの飼い猫と並べられ、品評会に出されているようなもので、偽物とか本物の区別ではなく、最初からありえない比べられようだった。
 

 アッシュが汚されたようで悲しい。


 そのくせ。
 

 アッシュと同じでありたい。


 その両方の思いは対極であるくせに、確かにルークの胸のなかにあって、ますますルーク自身を混乱させる。
 まるで、感情こそがルークを操る主であり、冷静な思考はそれに抗っているかのようだ。

 

 

 

 


 あれ、と我に返ってルークは立ち止まった。

 なにをしているかといえば、ルークは忘れたスパイスを買いに戻るところだった筈だ。
 だが、いつの間に来たのやら、見知らぬ場所に出ている。
 慣れているつもりはといえ、街中の道を知り尽くすほどケセドニアは小さくない。
 つまりは迷った訳である。

 ルークは急に不安になって、きょろきょろと回りが見回した。
 少し離れたところでは、どこかでしきりに、そこの女、と客引きをしている声が聞こえ、目の前のテントでは、アスターと同じようなターバンを巻いた男が、大きな剣油を塗り、手入れをしている最中だ。
 その誰もかれにも見覚えはなく、まさかこのまま野垂れ死にはしないだろうが・・・今のルークには話をする術がない。
 道を聞こうにも、誰にも縋れないのだ。
 そんな風に思っていたら、剣の手入れをしている男にテントのなかから睨まれた。
 つったっているルークを胡散臭く思ったのだろう。

「そこの、女。」

 しわがれた声が、さきほどから同じ言葉を繰り返している。
 その声が妙にまっすぐに自分のほうに向けられていることに気がつき、え、とルークは声のほうに顔を向けた。
 炎天下の中テントもこさえず、代わりに建物の影で店を開いている老婆と目があう。
 しかしテーブルの上にはなにも乗っていなかった。
 いったい何屋なのだろう?


「そうじゃ、おまえさんじゃ。」
 老婆は別段嬉しそうにも見えない表情で、ひゃひゃと声だけは笑い声をあげた。
 ルークはきょろきょろと回りを見た。
 周囲には誰もおらず、老婆が指しているのは自分のことだと思われた。しかし・・・。

 女?

 
「なにかお悩みかの?」
 老婆はなにもないテーブルの上に広げるように手をかざし、
「助けになってやろうかの?」
 と胡散臭そうな笑みを浮かべた。
 
 自分のことだと確信して、ルークは老婆にてとてとと近づいていった。
 傍までいけば、自分が男だと分かるだろうと思っていたのだが、その目を覗き込んで、はっと息を飲む。
 老婆の目の色は白く濁っていた。
「どうやら、ひどく思い悩んでいるようだの?」
 老婆は言い、それから、ルークの戸惑いが伝わったのか、ふふふ、と笑った。
「この盲しいた目でそれがわかるのか、と不思議かの?」
 完全に見えない訳ではないぞ、と老婆は言った。
「人というものは生命力にあふれた生き物じゃ。すべての生き物に生命力が宿っているが、人の発するそれは色が違う。わしはよくは見えはしなんだが、それらだけははっきりとわかる。」
 ルークの戸惑いを知ってか知らずか、老婆は目の前の今にも壊れそうな木の椅子に座るよう、ルークを促した。
「さて、おまえさん。」
 よくは見えないと言った目をルークに向け、老婆はやぶからぼうに言った。
「もがき苦しむほどに、誰かを思っておるの?」
「・・・・・!」
「そして、それは、あまり希望がない。」
 きっぱりと言われ、ルークの胸には、絶望や悲しみといった感情とは違う、なにか怒りのようなものが湧き上がった。
 それは、老婆のやけに確信的な物言いにだったのかもしれないし、図星をさされた悲しみに由来する感情だったのかもしれない。
 だが、ルークが席を立つよりもはやく、老婆の手がルークの手をそっと包んだ。
 指の先は冷たく、皮膚のたるみによる弾力のない手のひらはつやつやとしていた。そしてとても仕草が優しかった。
「おまえさんに希望がないのは。」
 老婆は言った。
「希望がないと諦めているからではないのかの?」
 なんだ、その慰めは、とルークは目を丸くした。
 若い女性が恋に疲れた友人に話している訳ではあるまいし、訳知り顔で、励ましを口にするのはやめてくれ。
 
 だって、この人は。

 


 ・・・俺のこと、なにも知らないじゃないか。

 


 けれど、それを思った途端、ルークの胸にはなにかがつかえ、その大きさは、一瞬、息を止めてしまったほどだった。


 

 だったら誰なら俺を理解できるっていうんだ?

 

 レプリカで、罪人で、卑しい思いをひきずって。

 

 それでも、それに縋らないと生きられない。

 


 ルークはぎゅっと目を瞑った。
 体を前に倒し、背を丸めて、息を吐く。


 ・・・アッシュ・・・。

 

 


 卑しくても汚らわしくても良い。
 アッシュさえいれば、なにもいらない。
 アッシュなら、俺をきっと理解できる。

 

 

 

 


 


 アッシュ。

 

 

 

 

 


 このまま言葉をなくしたとしても。
 せめて、アッシュの名前だけは残れば良いのに・・・。

 

 

 

 


 ぽん、と手を軽く叩かれ、ルークは丸めた背の下で、目を開けた。

「おまえさんは、自分で自分をいじめるのが好きなようじゃの。」
「・・・・・。」
「しかし、それで得られる満足は、けっして心の安寧を齎してはくれん。」
 老婆に言われ、ルークは息を大きく飲み込んだ。
 赤の他人から言われた言葉は無責任だからこそ、真理をつく時がある。
「どれ。」
 老婆はルークが一向に言葉を話さないことも気にしてないようだった。
 足元にあった、壷をテーブルの上に引き上げると、フタをあけて、なかから淡いピンク色をしたつやつやした石を取り出す。
 宝石ではなさそうだが、綺麗な石だった。
 テーブルのうえにそれを、ぽんと置かれ、思わずルークが手にしようとした時、おもむろに老婆が言った。
「まじないが、ふたつある。」
「・・・・・。」
 きょとん、としてルークは老婆を見た。
 向こうからは見えないのに、無意識のうちに小首を傾げる。それは言葉を失って以来、なにかを問おうとする時の、ルークのくせだ。
「ひとつは、身を焦がし、こんなに苦しめられるなら、と思う相手から逃れるまじないじゃ。」
 老婆は言った。

「夜、森の中をまっすぐに歩き、夜中の12時ちょうどに辿り着いた木の根元に、穴を掘る。肘まで掘ったなら、舌を噛み、血と共に忘れたい相手の名前を吐き出す。そうすれば、綺麗さっぱりと相手の事は忘れられる。」

 ぞっとして、ルークは首を竦める。
 そのこどもっぽい仕草を見ることはできなくとも感じるのか、老婆は、ほほほ、と若い娘のように笑った。

「もうひとつは、自らに命じて願いを叶えるまじないじゃ。」
 老婆は言った。

「真夜中の12時ちょうどに銀の手鏡を覗き込むと、そこに映った自分は本当の自分の姿なのだそうじゃ。それが、嫌な自分なのか、理想よりも遥かに良い自分なのかは人による。だが、その自分に向かって願いごとを語り、その鏡を割れば・・・願い事はかなう。」

 老婆は今度は木箱を出し、なかから銀細工の美しいの手鏡を取り出す。


「・・・・・。」
 老婆は、なにも言えないルークに、さきほどのピンクの石と鏡を差し出した。
「持って行きなさい。」
「・・・・・。」
「おまえさんに必要なのは、自己暗示なのかもしれんな。」
 
 さきほどのまじないといい、この石と鏡といい、どうとらえたら良いのかはわからなかったが、ルークは礼の代わりに老婆の手をぽんと叩いた。
 それで老婆には通じたのか、にこりと笑う。
 さきほどまで散々ルークを脅していたとは思えない慈悲深い笑みだった。

 ルークは小銭をテーブルの上に置き、石と鏡を手の取ると立ち上がった。
 そろそろ本格的にスパイスを買って戻らないとならない。
 とんだ道草を食ったルークが身を翻そうとした時、老婆が駄目だしのように言った。

「あまり薦めたくはないのでな。相手を忘れるまじないのほうは、やらんほうが良いと忠告しとくよ。」
「・・・・・。」
「もしもやるなら、気をつけなさい。」


 そのあまりの苦しさ故に。


 舌を噛み切ってしまうものもいると言う。


 
 ルークはぞっとしながら、貰った石と鏡とを握り締めた。

 

 

 

 

 

 

>>2

 


 

(’09 6.5)