アルビオールのエンジン音がおかしいため、砂漠に着陸し、ケセドニアには歩いて向かうことになった。
ノエルはその間にエンジンの調整を行い、先にアイテムの補充を済ませる一同を追ってくる予定だ。
「あちー・・・。」
パーティメンバー中、最も体力がないアニスはすでに、顔を真っ赤にし、涼しくもないだろうに、手のひらでぱたぱたと自分を仰いでいる。
黙ってはいるもののティアもすでにばてている様子で、時折砂を踏みしめる足元が、揺らぐことがあった。
意外なのはナタリアの元気さで、王室の温室育ちの割合に、根性のあることは知っていたが、それでもしっかりとした足取りに暑くないの〜?とアニスが聞けば、ええ暑いですわね、とにっこりと笑いまでする。
王族恐るべしと内心で思い、ガイは、もうひとりの王族の様子を伺った。
ルークの様子は変わらない。
暑いなーと口では愚痴を言いながらも、一定の歩みに揺らぐものはない。
男性であるから、ナタリアよりも体力はある。細胞が若いから、ガイはジェイドよりも元気もある。
心配をする必要ないならそれに越したことはないと思いながら、ガイはそれを自分に言い聞かせているのだと気がついていた。
それからしばらくして、オアシスが見えてきた。
当然のことながら、休憩ということになって、やったー!とアニスは声をあげて喜んで、さきほどよりも歩く速度が増した。
助かるーと弾んだ声でルークも言って、アニスと先を争うようにして、目的の一面真っ白な砂漠の中にそこだけ浮かぶ、緑色にを目指しだした。
見ようによっては、兄妹がふざけあってなんらしかの競争をしているようにも見え、緊張感のない、微笑ましい風景ですらある。
それを後ろから見ながら、ルークには聞こえない位置であることを確認し、ガイは言った。
「・・・なあ、オアシス着いたら・・・」
「ええ。少し長めに休憩を取った方が良いでしょう。」
砂漠を横断しているというのに、なにも感じてないかのように涼しい声で、ジェイドが同意した。
「・・・オアシスには休憩所もありますし・・・。」
その横に並び、同じようにルークの様子を見ながらティアが言った。
目は、目の前を歩く人物の足取りを、体の傾きに変化がないかをチェックしている。
「今日は無理はやめて、一晩、宿を取ったらどうでしょう?」
「ああ。それが良いな。」
「・・・そうですね。」
3人の密やかな決議案は、ひとりの人間を十分に休ませることで合意している。
ルークはもうずいぶん長い間、まともに眠れていなかった。
眠って眠れないことはない。
夜中に目を覚まし、もう何度目か自分に言い聞かせる。まるで呪文のように繰り返して、そして自分を安心させようとする。
砂漠の夜は、昼の体感温度からは信じられないくらいに冷える。
氷の中に閉じ込められているかのようなそれに、初めて砂漠で一泊した時は、まさかと感想を持った。体験していながらも、信じられなかった。あの熱い空気が、焼けていた砂が、少しも減ってもしないのに、こんな風に変わってしまうなんて、と。
今日、砂漠を横断している時に、さそりを見つけた。
こちらは攻撃をした訳ではないから、向こうも針を見せることはなく、ちょこまかと意外に素早い動きで、砂の上を進んでいた。
あの小さな生き物は、この寒暖の激しさを、どうやって凌いで生きているのだろう。
ルークは簡素なベッドに横たわったまま、ぼんやりとテントでできている宿の天上を眺めていた。
月明りもないのか、思ったよりも視界は開けず、ただうっそうとした闇が、頭上に下りてきそうな暗さだ。
テントの中に、一本の蝋燭と蝋燭たてがあり、それがこの宿の灯りの代わりだった。燃え尽きたのか、今はそれも消えている。
もう少ししたら、テントから漏れる光が消えていることに気がついた管理人が、代わりの蝋燭を持ってくるだろう。
それまでに、少しでも眠れるだろうか、とルークは思った。
仲間たちに気を使わせてしまった自分をふがいなくも思う。
本来なら、このオアシスで宿を取る予定ではなかった。ノエルには告げていないから、もしかしたら、もうケセドニアで待っているかもしれない。あからさまには自分にそうだと悟られぬように、とってつけた様に宿泊の理由を口にしていたガイの目は、自分の様子を伺っている目だった。
この睡眠障害は、もうそろそろ3週間以上にもなる。
眠って眠れないことはない。こうやって横になって目を閉じれば、少しの間でも意識は途切れる。・・しかし大概は、その耳は物音を拾い、頭からは、やくたくもないことだらけの思考がぐるぐると廻って離れない。一瞬だけ眠って起きる、の繰り返した。
眠れなくなって、2週間以上が経過した時、ルークは初めて眩暈というものを体験した。
きちんと立っているのに、一瞬後には、地震かと思うほどに景色が揺れ、倒れこそしなかったものの、地面に膝をついていた
そうして、ジェイドに指摘され、仲間たちが全員、ルークが眠っていないことに気がついていたのだと知った。
隠していたつもりが、やはり自分は嘘がヘタだ。
心配されるのが嫌で、足手まといになるのが嫌で気づかれないように気を張っていたというのに。
だが、それでルーク自身、楽になった部分もある。
隠し事をしているという気合がなくなれば、素直に薬に頼ることもできる。
現に、ジェイドが調合してくれた睡眠薬を試した後は、眠れもした。それも束の間のことだったが。
「・・・今日だって薬、ちゃんと飲んだのにな・・・。」
それでも目は覚める。
初めは弱い薬だったものは、段々と強力なものへと変わっていった。最近は、薬を貰おうとルークが頼むと、ジェイドが眉を顰めるほどだ。
情けねーなー俺、とひとりごとを言ってしまい、今が夜中な事を思い出して、慌てて口をつぐんだ。
誰も起こしていないかと様子を伺って、初めてルークは、周囲から呼吸音が聞こえていないことに気がついた。
ルークの隣のベッドにはガイ、その向こうにはジェイドが、確かに入ったのを見ている。だが、今はふたりともテントの中にいる気配がない。
ベッドから足を出し、床に脱いであった靴に足を入れると、地面から伝わってきた冷えにより、靴は凍っているように冷たかった。
もともと醒めていた睡魔は、完全にそれで消えうせてしまい、ルークは溜息をつくと、テントの出入り口の布をめくった。
辺りは、まだ暗かった。やはり月はでていないのか、空は洞が空いたように暗く、無数の星も雲に隠れているのか今は見えない。小さく炊かれた焚き火の灯りの向こうに、旅人を潤すオアシスの泉の水面が、ゆらゆらと光っている。
焚き火の前に、こちらに背を向け、ジェイドとガイのふたりが座り込んでいた。
密やかに話してでもいるのか、心持ちお互いが体を前に倒し額を寄せていて、ルークはその夜中の会談に、自分が割って入って良いものかどうか迷った。
「おや、ルーク。」
「起きちまったのか・・・。」
気配に敏感な軍人が、後ろで佇むルークの存在に気がつき、ジェイドと同じように振り返りったガイはなんとも言えない顔をした。
別に聞かれてまずい話をしていたとかではなく、本当にルークが起きてしまったのを、残念だと思っている顔だ。
気がつかれた事に、半ばほっとして寄っていくと、ふたりは間を空けて火の傍へとルークを誘った。
大人しくルークが座ると、砂漠の夜は冷えますからね、といつもなら言いもしないことをジェイドが口にしたことで、気を使わせているということが身が沁みた。
ルークには言葉がなかった。
ふたりも、なにも言うことがないのか、それぞれの思案に耽っているのか、無言でいる。
人がなにも発しない中、薪の爆ぜる音だけが小さく響き、まるで逆に、それだけがこの場にいる生き物であるかのようだった。
自分は弱い、とルークは思った。
迷惑をかけていると言うと、いつものガイは、それはお互い様だ、と笑う。
今もきっと、ルークが心配をかけていることの謝罪を口にすれば、同じように和ませようと軽口を叩くだろう。
だが、ルークが自分を追い詰めているのは、けっして自分がそうなろうしている自分自身に、本当は近づけていないという焦りだった。
もっと強くなりたい。
もっと自分を管理できるようになりたい。
体調も、感情も、なにもかも。
自分自身のことなのに、ルークには自分と言う器が、宇宙の星よりも遠く、よそよそしかった。
情けないとは思う。けれど、心配して貰っていると思うと喜びも感じる。
それは暗い感情だろうか。そうとも言えないと思う。
「・・・ごめん・・・。」
自分のことも自分でちゃんとできない俺で。
結局、はっきりとした謝罪が言えなくて、ルークは小声でつぶやいた。
誰にも届かないであろうそれは、自分の膝に向かって謝ったようなものだ。
けれど、ガイには通じたようで、くしゃっとルークの髪を撫で、それから気にするな、というようにぽんと頭をひとつ叩いた。言葉がなにのは、なんと言って慰めたものか思案しているのだろう。
情けなくって涙が出そうになる。
「・・・もう薬はあげませんよ?」
明らかに落ち込んでいるルークに、ジェイドが言った。
「貴方に調合している薬はただでさえ強いのです。一晩に何度も飲んだりしたら、弊害が起こる。・・我慢してください。」
「うん・・・分かってる。」
ルークはミルクが嫌いだから、胃に膜をはることもできない。強力な薬はそれだけ体に影響を及ぼす。このまま量を増やし続けたら、今度こそ命に関わってくる。そんなことは本末転倒だ。
「ところでさ。」
ルークは顔をあげ、両サイドのふたりの顔をきょろきょろと見比べた。
「なんの話をしてたんだ?」
ルークが聞くと、ジェイドの表情は変わらなかったが、ガイは気まずそうに身じろぎし、一瞬ルークから体を離した。
それは、気がつかれない程度の体の動きだったが、ガイがルークの少しの変化もわかるように、ルークにもガイのことはわかる。
「・・・俺に聞かせたくないこと、か?」
視線を地面に落とし、ルークが聞くと、
「いえ。むしろ聞いてもらった方が良いかもしれません。」
とジェイドは言った。
?と顔に出して首を傾げるルークを見ながら、そうだな、とガイが同意すると、ジェイドは座ったまま、ルークが正面に来るように体の位置を変えた。
「貴方の睡眠障害についてですが。」
「ああ・・・。」
きっとその話だろうということは、ルークにも察しはついていたので、驚かない。
「解決するのは、原因を探ってみる方が良いのではないか、と。」
「え?」
ルークは目を丸くする。
「原因って・・・ただ単に、体調を崩しているとかじゃないのかよ?」
「体のごこかが悪いという自覚でもあるのですか?」
「いや・・・それはないけど。」
ルークはこの睡眠障害は、風邪や流行り病のように、一時期的な体調の悪化だと思っていた。今までそんな経験も、知識もなかったのでそういう勘違いもあるだろう。
子供の頃よりひとところに閉じ込められ、なにかというと主治医が飛んでくるという環境にいたのだから、病は医者が治すもの、と思い込んでもいたかもしれない。
「睡眠に異常をきたす場合、その原因は主に、精神的なものが挙げられます。」
ゆっくりとルークにもわかるように、ジェイドは言った。
「たとえば、気が高ぶっている、心配事があるなど、心になにかがひっかっかっている場合は、無意識の中でもそれを忘れることができない。気になって仕方がない、心が休まらない、そういう時に眠れなくなるのですよ。精神だけが一人歩きするように休息を拒んでしまうのです。」
「・・・俺のも、それ?」
「一概にはいえませんが・・・なにか原因がある、と考えた方が自然ですね。」
ジェイドが諭すように言うと、場が重たくなり、それを和らげるようにガイが、少しだけ明るい口調で口を挟んだ。
「大体、寝ぼすけのお前が寝られないなんて、前代未聞の珍事だぜ?」
「俺は成長期なんだっての!」
いくら寝たって寝たりねーよ、と吼えるルークに、その割には背が伸びている気配はありませんねぇ、とジェイドが言った。
「まあ、ですから。」
きーっと唸るルークに(あなたは猿ですか)声のトーンを変え、
「その原因さえわかれば、睡眠障害も取り除けるのでは、と。そんなことをガイを話していたところなのです。」
先ほどの話の要点を、ジェイドはルークに伝える。
「心あたりとかないのか?ルーク。」
ガイに問われ、一瞬考えてみたものの、
「・・・わかんねぇ・・。」
ルークは首を振るばかりだ。
「たとえば、眠れなくなりだしたその前後。そこになにかありませんでしたか?貴方が動揺するような何か。」
「いや、心あたりは本当にない。」
ジェイドを見返した時、ルークの視線は、やけにはっきりとしていた。
口元は結ばれ、目には動揺の類さえ浮かんでいない。
「・・・・・そうですか。」
先ほど膝を抱えていた時との様子の違いを疑問に感じながら、それでは、とジェイドは次の考えを披露した。
「貴方の深層心理を、探ってみませんか?」
「深層心理?」
「ええ。あなたが自分自身ですら気がつかない心の奥。そこに探りを入れるのです。」
「そんなことできるのか?」
訝しげなルークに、ええ、できますよ。とジェイドは頷き、
「催眠療法を知っていますか?」
と言った。
途端に、ルークは顔を顰める。
「・・・知ってる。」
幼い頃、ルークが記憶を一切失ったとされていた頃、何度もその手の医者に試されている。
結果はいずれも失敗し(そもそもないものだったのだから当たり前だ)ルークは催眠術に対して、良い印象を持っていない。
それを十分知っているガイも眉を顰め、嫌ならやらなくて良いぞルーク、と庇った。
「・・それって、ジェイドがかけるのか?」
「うちのメンバーの中では・・私が適任でしょうね。けれど、嫌ならしなくとも良いのです。催眠をかけるというのは・・・一部でも他人の心を覗く行為だ。まるっきり危険がないと保障もできない。」
そうだな、とルークは頷いた。
「ジェイドがやるなら・・・やっても良い。」
ルークが言うと、座っていたガイが腰を浮かせて、本気か?と聞き返す。
その声には制止の色が濃く反映されていて、ここでもガイが、自分を心配してくれているのだとルークは思った。
「やるよ。」
はっきりとルークは告げた。
「俺もこのままじゃ嫌だしな。」
実のところ、ルークはそれまで、ただ眠れないだけ、そのうち治るとタカを括っていたところがあった。しかし、病とそれは違うと知らされ、原因もわからないままなら、この睡眠障害はいつまで続くかわからないのだ。
ただでさえ、仲間に心配をかけている。
まだ、被害は出てはいないが、そのうち戦闘にも影響が出てしまうかもしれない。
そうなったら、皆に迷惑をかけるだけだ。足手まといだけは嫌だった。
止めたいのは山々だったが、ルークの意志の根底にあるものを察したガイはなにも言えなくなった。
ただ、心配そうにルークを伺い、ジェイドの顔を見ると、表情のないその顔に、頼むぞ、と念じてため息をついた。
蝋燭の光と振り子の揺れに、ルークはジェイドが促すまま、徐々にまぶたと閉じていった。
ジェイドの眠りへと誘う声は静かで、振り子にしている懐中時計の鎖の音が時折指にあたって、音をたてた。
それ以外は無音に近かった。
ルークの白い頬には、焚き火が映り、赤い陰影をつくっている。
ガイは黙っているようにジェイドに言いつけられ、ルークの斜め後ろでジェイドの邪魔をしないように、見守ることにしていた。
「私の声が聞こえますか?」
ジェイドの問いかけに、ルークは目を閉じて、軽く頷く。
「体を楽にして・・・私の質問に答えてください。貴方の名前は?」
ゆるゆると、寝ぼけているような声がそれに答える。
「・・ルーク・・フォン・・ファブレ。」
「貴方のお名前はルーク・フォン・ファブレ。間違いないですね?」
ゆっくりと頷くルークの様子に、ジェイドとガイは顔を見合わせて頷きあう。
「まず一週間ほど前の事を思い出してみましょう。貴方は今、どこにいますか?」
「・・宿・・・ケテルブルグの・・・・・・。」
彼らは確かに一週間前、ケテルブルグにネフリーを訪ねている。
ルークの言葉を確認し、ジェイドは次の質問をぶつけてみた。
「そこには、他に誰が?」
「みんな・・・ジェイド以外の・・・待ってるだけも暇だからって・・・レストランに・・・。」
その日、ジェイドだけ宿へ戻るのが遅くなった。
ネフリーのところで、ピオニーに対する報告書を作成していたのだ。小一時間ほどの作業だったが、その時のことを言っているのだろう。
「それは誰が言い出したのですか?」
「アニス・・・が・・。」
ガイは間違いない、とジェイドに合図を送った。
「それで、どうしました?」
「ティア、が・・・前に間違えられて・・そこでウェイトレスを・・・。」
「今回もアルバイトに誘われたのですね?」
「はい・・・。」
その件はジェイドも聞かされている。
ルークが催眠状態なのは間違いなさそうだ。
「では、もう少し遡りましょう。」
これからが本題だ、というようにジェイドが言った。
ルークが眠れなくなった頃、3週間前の記憶を蘇らせるのだ。
ガイが固唾を飲んで見守る中、ジェイドはメガネの位置を直し、3週間前の日付をルークに告げた。
「そこはどこですか?」
「・・・・・。」
「ルーク?どうしました?そこはどこですか?」
「・・暗い・・・。」
暗い?とガイが声に出さずに、ルークの言葉を反芻した。
暗いというのは場所を特定する用語ではないし、それが夜を表しているのなら、いつの事を言っているのか、想像ができなかった。
それで?とジェイドはさらに、質問を重ねた。
「暗い場所にいるのですか?」
ルークの答えには、間があった。
「お、れは・・・。」
「なんですか?」
「俺は・・・からっぽだ・・・。」
「・・・・・。」
変なことを言う、とジェイドは思った。
どこにいるのかを聞いているのに、なにかの比喩で答えられたのか?
「・・・それは、どこかの洞窟なのですか?」
「・・・・・。」
ジェイドの質問に、ルークは答えなかった。
もう一度同じことを聞いてみたが、結果は同じだ。
「質問を変えましょう。」
このまま禅問答のようなことをしていても埒があかないと判断し、ジェイドは内容を変えた。
「貴方は、今、なにがしたいですか?」
即答とはいわないものの、今度の質問にはルークは答えた。
「・・水・・・。」
「水?」
「喉・・が・・乾いて・・・。それで・・。」
「水が飲みたいのですね?」
目を閉じているルークは素直に頷いた。
「そこには水がないのですか?」
水がない場所といえば、砂漠か?と思いながらガイは記憶を辿る。
しかし、3週間前に砂漠や乾いた大地に滞在した覚えはない。
「水は・・・飲めない訳じゃない・・・。」
「?」
なんだそれ?とガイは首を傾げ、ジェイドは少し思案した後、
「・・・目の前に水はあるのですか?」
と訊ねた。
ルークは、ぎこちない動きで頷く。
「それなのに、その水は飲めないと?」
今度はルークは、はっきりと頷いた。
「それはどうしてですか?」
ジェイドの質問に、ルークが答えるのには、間があった。
「水の・・・。」
ルークが答えた。
「水の、意味が知りたい・・んだ・・・。」
「意味?それはどういうことですか?」
ルークは答えない。
「ルーク?」
眉を顰めてジェイドが呼ぶと、ルークはやっと、ゆるゆると唇を動かした。
「アッシュ・・・が・・。」
「アッシュ?」
それまで静かに見守るようにとの言いつけを守っていたガイが身を起こした。
ジェイドはそれを視線で制し、ルークに向き直る。
「アッシュがどうしたのですか?」
「・・・・・。」
「ルーク?アッシュがどうしたのか、答えてください。」
「・・・・・。」
ルークは答えない。
閉じられたまぶたは静かなものなのに、まるで彫像になってしまったかのように固まってしまっている。
さきほど答えなかったのと大きく違って、まるで自分のなかに閉じこもってしまったかのように、微動だにしない。
「おい、大丈夫なのか?」
まるで病んでいる子供のようなその様子に、慌ててガイがジェイドに詰め寄ったとき、ジェイドが答えるのよりも早く、ぱちり、とルークが目を開けた。
「あれ?」
「・・・・・!」
「ルーク?」
起きたばかりの子供のように、きょろきょろと周囲に変化がないか見回し、少しだけ首を傾げて、催眠術は?とルークが言う。
まるで、今あったことが幻であるかのような変わり身だった。
「終わったのか?それとも、もしかしたら、俺かからなかったのか?」
動揺を表には出さず、平静を装った声で、ジェイドは答えた。
内心では、驚きで目を見張っている。
「いえ・・・。かかりましたよ。あなたは催眠術にかかりやすい体質のようだ。」
「ふうん。で、なにか聞けたか?」
「いえ・・・本質的なことはなにも。」
「ふうん?」
なんだそれ?と言わんばかりの視線に、聞きたいのはこちらの方なのですがね、と内心でジェイドは思った。
ルークの方は、それで催眠術にも興味をなくしたようだ。
うーんとひとつ大きくのびをすると、
「でも、なんかすっきりした。」
と状況は変わってないというのに、そんな事を言う。
「なんだか今なら眠れそうな気がする。」
「そうですか・・・。」
なら、試してみなさい、とジェイドに言われ、ルークは嬉しそうに笑うと、そうするよ、と答えた。
「ありがとうな、ジェイド!」
「いいえ、たいしてお役にたてませんで・・・。」
じゃあ、おやすみと手を振って、足取りも軽くふたりに背を向けるルークに、おやすみ、と微笑みかけた後、ガイは表情を戻してジェイドを見た。
「ジェイド・・今の。」
「ええ・・・。拒絶されましたね。」
あれほど深く催眠術にかかっていたというのに、ルークは答えることを拒否した。
無意識のなかでも、頑なな意志がそれを拒絶し、ジェイドの質問を弾き飛ばしたのだ。
まるで答えれば命の危険に晒されるかのような反応。
間違いなく、ルークの睡眠障害になんらしかの影響を及ぼしているとわかっているのに、無意識下においても拒絶された今、それを探る術はもうない。
「・・・アッシュ・・か・・・。」
ルークはいつでも、アッシュの存在に怯えている。
アイディンティティを奪いあう存在であり、ルークにとっては、自己否定の元凶にもなっている優れた彼のオリジナル。
ガイはけっして、そうは思わないが、ルークがアッシュに対しコンプレックスを抱いているのは知っているし、心密かに彼のようでありたい、と思っているのも知っている。
だから、よきにつけ、悪きにつけ、ルークに影響を及ぼすものがあるとしたら、確かにアッシュしかありえないのだろう。
けれど。
「3週間前くらいに、アッシュになんて会ったか?」
「いいえ。」
ジェイドは答えた。
「彼とは丁度、一ヶ月ほど遭遇していません。・・妙ですね。」
ルークには確かに、3週間前に遡るように言った筈だ。
うまくかからなかったのか、それとも、彼らの知らないところで、アッシュに関わるなにかが、ルークの身の上に起こっていたのだろうか。
それが、ルークの心の奥で根を張り、眠りを妨害するほどなものへと変貌している・・・?
黙ってしまったジェイドの横で、ガイはガイで考えていた。
さっき、アッシュ、と聞いて、なにかがガイの脳裏を掠めたのだ。
なにか、ひっかかる。
けれど、それがなんだったか思い出せず、結局ガイは、頭をひとつ振って諦めた。
「・・じゃあ、俺も寝ますか。」
「ええ。おやすみなさい。」
私はまだ少しの間起きています、というジェイドに、おやすみを言い、ガイはテントに向かった。
心の中で、本当にルークがちゃんと眠れていますように、とつぶやいた。
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