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アンダーグラウンド
著者名 : 村上春樹
出版社 : 講談社
発行年 : 1997.3
N D C : 913
ひとこと : 「被害者」は私だったかもしれない。
  1995年3月のオウム真理教による地下鉄サリン事件。
  その被害者約60人へのインタビューをメインにするこの本は、膨大なページ数であるが決して冗長さはなく、実際に自分が事件を追体験するような緊張感を持って読み進むことができる。
  ここでインタビューの対象となっているのは、当日地下鉄を利用して被害にあった人たち、業務をこなす中で自らも被害に遭い、同僚を亡くした営団地下鉄の職員たち、事件当日治療に当たった医師、事件によって重篤な障害を負った女性とその兄、そして三十一歳の夫を事件で亡くし、その直後に出産した同い年の女性などである。
  インタビューの前に、その人が何歳でどこに生まれ、育ち、どんな経緯を経て現在の仕事に就いたか、またどんなことを好み、村上春樹が受けた印象はどんなものだったかが記されていることで、読む者は「被害者」としてひとくくりにされがちな一人一人に親しみを覚えるだろう。
  いつもと同じような日常に突然起こった異様な事件の被害者へのインタビューによって、次第に日本の社会体質が隠し持っている異様さも露になる。それは、被害者の女性が語った苦しみもがく人を傍らに出勤を急ぐ官僚たちの様子や、日々の勤務でお客さまに接していると人間の負の面がほんとうによく見えると語る地下鉄職員の言葉に現れている。
  しかし、心身の後遺症に苦しみながら事件を乗り越えていこうとする一人一人のあり 方に、日本社会とそこへ暮らす人たちへの確かな希望を読み取ることができるのだ。
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