風人日記 第六十三

新しい年

2018年1月1日〜





        感想や連絡はMAILでどうぞ。huma.motohiko@blue.plala.or.jp
                         
                           作品


『オキナワ 大神の声』(飛鳥新社刊 2200円+税)
 
            


 7年来毎年訪ねていた琉球弧列島を舞台に、喜界島から与那国島まで八百数十キロを歩いてゆく短篇連作集。



一昨年、いろんな推移の中で三ヵ月ほど日本の全原発五十四基が停止したことがある。現在は大飯原発が稼動しているほか、安倍首相は「今後新たな原発建設も指向する」と言い出している。原発ゼロは早くも夢のかなたというのだろうか。情けないことである。
 私は現在と未来の人類のために、原発が少しでもなくなっていくことを望む。


                            2013年4月1日
                            2015年1月1日
                            2016年1月1日
                            2017年1月1日
                            2018年1月1日


                          作家・前日大教授 夫馬基彦


                  日記         


                         
                           作品


『オキナワ 大神の声』(飛鳥新社刊 2200円+税)
 
            


 7年来毎年訪ねていた琉球弧列島を舞台に、喜界島から与那国島まで八百数十キロを歩いてゆく短篇連作集。



一昨年、いろんな推移の中で三ヵ月ほど日本の全原発五十四基が停止したことがある。現在は大飯原発が稼動しているほか、安倍首相は「今後新たな原発建設も指向する」と言い出している。原発ゼロは早くも夢のかなたというのだろうか。情けないことである。
 私は現在と未来の人類のために、原発が少しでもなくなっていくことを望む。


                            2013年4月1日
                            2015年1月1日
                            2016年1月1日
                            2017年1月1日
                            2018年1月1日


                         作家・前日大教授 夫馬基彦


                  日記         


11月19日 2週間なり

ほんとに時がたつ。まもなく70ン歳だ。ああ、首うなだれるか、何を!と顔を立てるか。
案外元気ではある。わが連れ合いは今日からラオスだそうだ。元気なもんだ。


11月6日 えっ、またしても1週間!

秋で時間が早く過ぎるのか、いつの間にか11月も6日だ。
うーん、歳をとるわけだ、時間がどんどん過ぎてゆく。

表の樹々は大半が色づいているし、花梨の実も黄色くたわわに実っている。
花梨漬けをどう漬けるか。


10月31日 月末なり

早いものだ。
といって別に書くことはあまりない。


10月28日 秋晴れ

久々に晴れ渡った。紅葉もだいぶ進み、赤や黄が目立つ。
花梨はすっかり実がたわわになり、もうじき収穫できそうだ。
焼酎漬けが一番かな。



10月22日 またしても1週間たった

時はほんとうにどんどん過ぎてゆく。アレッと思うが、過ぎていったということは何事も、というかさほどのことはなかったということだろう。まあ、よし、とすべきかもしれない。無事平安、だ。

こうしてどんどん歳をとってゆくわけだが、それが老年というものかもしれない。「不満」に思わず、「感謝」すべきかも。

母が死んで100ヶ日も過ぎた。102歳直前だったから、これも慶すべきだったろう。

こうなるとあとはおのれの喜寿か。まだちょっと先だが、もうあっという間かもしれない。心して、楽しく迎えよう。



10月15日 庭の花梨の実がだいぶ大きくなった

大きな実が20個ほども生っているので、今年は花梨酒づくりをしてみようかと考えているが、
やり方がわからない。御存知の方あったら、教えてください。よろしく。



10月13日 ずいぶん時がたった

2週間御無沙汰していた計算になる。だんだん老化の気配かなとも思うが、単なる「忘れ」の気もする。
いずれにしろ、10月も半ばだから、紅葉も少しづつ進行してきた。

庭の花梨の実が20個ほどもたわわに実ったが、まだグリーン色のままだ。黄色っぽくならないと花梨酒づくりにも不適らしいから、まあ、しばらくは見ているだけだ。

今年は花梨酒を作ってみようと思っている。昔から花梨酒の名は時々聞くから、うまいのかもしれない。今まで一度も作らずに来てしまったのは、要するに面倒くさがりのせいだろう。

近ごろはやることも少なくなってきたから、丁度いい機会かもしれない。
うまく漬かったら楽しみになるかもしれない。


9月29日 寒くなった

いつの間にか9月も末近く、雨が降っているし、物寂しく、寒い。
ちょっと出かけたい気もあるのだが、せめて雨でも止んでくれないと、その気になれない。
昨日届いた、友人小嵐九八郎の近著『蕪村』でも読むとしよう。


9月23日 秋分の日 

秋そのものです。暑からず、寒からず、昔から言うとうり、緑もまだ紅葉せず、雲やや多し、という感じ。
きれいなものです。



9月19日 緑一面

9月中旬だからもう秋のはずだが、まだ紅葉の気配はなく、緑一面だ。斜面林を下ると、下の畑や田んぼは熟した稲穂が黄色く揺れている。

豊作だなあと感じるのは豊かな気分になっていい。腹いっぱい食べられるなと訳もなく思う。
水曜日の筋トレ教室に行っても、メンバー皆が肉付きがよく、昔とは違うなあとつくづく思う。昔、少年時代なぞは、10人集まれば半分は痩せていたものだ。

昨日は斜面林を下まで下り、墓地や神社から界隈の小集落の祀り場までのんびり見て歩いた。自然に合掌したくなるから、昔からの神々がちゃんと健在なのだろう。わが庭の花梨もいかにも重そうに垂れている。花梨酒を漬けるのが楽しみだ。



9月16日 庭の花梨が

10個以上たわわに実っています。まだグリーンのままですが、この先どうなるのかしら? 何かいい使用法御存知の方、教えてください。漬物にでもなるかしら?


9月10日 雨降り続く

秋雨は最初のうちは風情があっていいけど、だんだん寂しく、寒くなってくる。
燗酒でも飲みたくなってくるが、さすがに日中から飲むわけにもいかず(一人なら飲んでもいいが、奥方がにらみつける)、こうして書斎に入ってこれを書いている。

隣家の辛夷の木に鳥が3羽来て、葉を揺らしている。手前の我が家の庭の花梨の木には実が10個ほども生り、枝が垂れさがっている。花梨は外観はうまそうに見えるが、そのままは固くて食べられず、しばらくは焼酎づけにでもせねばどうにもならない。

隣家の右隣の空き家は、しばらく前から屋根瓦が少しづつ落ちていき、もう10枚くらいはなくなっている。何かすさんだ気配が広がり、物寂しいが、何しろ空き家だから苦情を言う相手もいない。家主が誰でどこにいるかも知らない。

周りのグリーンが鮮やかなだけに、いっそう目立つが、どうしようもない。
えい、早めに晩酌でも始めるか、と思うが、1階には奥方の客が来訪してお話し中だから、それもままならない。

やむなく書斎に逼塞して、こうして日記でも書くしかない。



9月8日 そぼ降る秋雨

少し明るいところもあるのだが、空の大方は雨雲が多い、先ほどから雨が降ってきた。
いかにも秋雨らしく、ちょっと寒そうに、静かに降っている。
寒いといっても屋内ではTシャツ1枚でいられるから、爽やかともいえる。

今朝早くには、午後に人に会う約束があったが、その後中止にしてよかった。70ン歳ともなると、雨のなか人に会いに出かける気にはなれない。降る雨を眺めつつ、昼酒を一献やるかいなかに迷うくらいが身に合っている。

秋雨と灰色の空は、じっと見ているとなかなか風情もある。そんなに寂しいというほどでもないし、そのうちやんだら、周りの草木の色合いがよくなっているだろうという楽しみもある。会うつもりだった友人はまだ新潟県にいることもはっきりした。

昼酒はともかく、夕酒を早めて飲む楽しみも生じてきた。身に合った土曜の夕だ。



9月6日 今日は父の命日です

父は小生が1歳半のとき死んだので、顔を知りません。写真でばかり見てきました。
今年からは母の命日(7月11日)も加わりました。
肉親は娘が一人、あとは叔母が一人、従兄が父方ひとり、母方ひとりだけです。寂しくなりました。



9月5日 今日は残暑。暑い。

朝晩は秋風がたつものの、日中は相変わらず暑い。
朝も筋トレ教室くらいはいいが(朝9時からだ)11時くらいになると、もう暑い。

午後になると、このページを書くために2階の書斎(西窓)に入るのが暑くてつらい。
早く9月中旬くらいにならぬかと思うが、そうなればなったで寂しく感じるのだろうな。


9月2日 9月になってしまった

どんどん寒くなっていく感じです。もの寂しいものです。


8月27日 そよとも風吹かず

でも、だいぶ涼しくなりました。秋が近い感じです。
ぼつぼつ歩いて街へも出かけられそう。
図書館、筋トレ教室、ベルコーヒー、いくつか行くところがある。やはり少しは外へ出ないと、老化気分が募る。



8月23日 8月下旬

学生や生徒時代なら、「まもなく夏休みは終り」、「勉学のとき近づく」といった気分の時だが、70代ともなれば「だんだん時は過ぎていくなあ」という実感の方が強い。

何かやるべきことがあるのではないかと、考えてみるが、あると言えばいくつもあるし、そういうことはいつもそうだった、という気もしてくる。

結局、元の自分に戻り、今の自分を何らかの形で残しておこうかと考える次第だが、その「今の自分」が一向代り映えしない気がしたり、面倒な気がしたりする。

でもまあ日記のたぐいは、あとで読むと面白かったりもするから、ないよりはあった方がいいのだろうな。

と、ぶつぶつ呟くだけみたいだが、まあ、九月の声を聞く前に何かは書いておこうという気はしてきた。
自然体で考え、あと1週間くらいのうちに何かを書こうという気持だけは持ち続けよう。


8月16日 雨で一気に涼しくなりました

庭仕事を自然にやる気になります。涼風はいいものですね。
庭の花梨の木に大きな実が10幾つもなっています。何か使い道はないかと考えますが、まだ思いつきません。

連れ合いの話では、熟すと黄色っぽくなるとのこと、そうなるまでに何か思いつくか、誰かが教えてくれると期待しています。


8月12日 連れ合いが帰ってきました

フィリピンへ出かけていた連れ合いが、いくつかの島巡りを終え、帰ってきました。
フィリピンはみな人当たりがよく、フレンドリーで、快適だったそうです。島の数は7700あるそうなので、国民性が自然にそうなっているのかも。

70代なのにあちこち飛びまわり、意気軒高としています。
こちらは聞いただけで、へーえと驚き、ま、オレは日本で昼寝がいいや、と思っています。

暑い日々で、信州なのに冷房がほしくなります。去年までは扇風機で十分という実感だったのに、今年は特別なのか、今後こういう傾向が続くのか、心配な限りです。何かご存知の方、教えてください。



8月7日 蝉の声がすっかり秋めいてきました

気分が変っていい面もありますが、だんだん寂しくなってきました。ひとり飯にも飽きてきました。
何かいい方法はないものかしら。

相方はフィリピンの島巡り中で、楽しげな様子。同い年なのに、何と元気者か、と感心する日々。
早く帰って来てくれー。



7月31日 もう7月も末日!!

このごろの私はめったにパソコンも開かないということかしら?!
時々は開いているんだけど、書くまでに至らない、ということかも。
間にいろいろあったせいでもあります。

一番は母の死。102歳直前でした。
そのため愛知県一宮市に行き、葬儀会館の母の棺桶の隣室に一人で泊ったり、一宮駅そばのホテルに初めて泊まったり、と74歳の初老にしてはだいぶ頑張りました。

帰宅したら、小諸は祭のさなかで、私は祭り好きなのにさすがに出かける気になれず、ぼんやり音だけ聞いて家に引きこもり、母の思い出に浸りました。

やっと落ち着いてきたところですが、今度はまもなく連れ合いがフィリピンに出かけるため、一人暮らしになります。これも大変。何とかやっていくつもりですが、考えてみると、近来こんなに長い一人暮らしはなく、何か対策を考えねばと思案中。

御近所に協力を要請したり、知人に顔を出してもらうように頼んだり…。
どんな気分になるか、ちょっと楽しみな気もするけど、正直さびしくもあり。
まあ、がんばるつもり。皆さん、声をかけてください。

うむ、さて、奥歯を噛みしめて! (ちょっと大げさか。)



7月6日  もう7月も6日です!!

まったく何たることか。半月に1回しか日記を書くのを思い出さないとは!!
書くほどのことがなかったとも言えるが、「書くことがないのに書くのが作家だ」という言いもあるから、やっぱり怠け体質が根っこにまで染み入っているのだろう。

茫としている間に季節は早くも7月、夏の盛りそのものだが、住んでいるのが信州のせいか、暑さもさほど感じない。今年は梅雨もほとんどなかったし、まだこれからかなあと思ていると、今日は雨が降ったから、季節が少し惑っているのかもしれない。

昔、小中学生時代は、夏休みが始まるまで梅雨がつづいたこともあった気がするから、まだまだこれからか、あるいは世の季節のありよう自体がだいぶ変ってきたのかもしれない。

実際、書斎の窓のすぐ外の隣家の庭には、夏椿の涼しげな白花がいっぱい咲いているから、「夏」の実感も強く漂ってくる。夏椿は沙羅という別名もあり、確かにどこかサラサラした感じがある。いい花で私は好きだ。

その右手の方の私の庭の隅に、花梨の木があり、例年は実は生ってもせいぜい2,3個だったのに、今年はどういうわけか12,3個も大きなのが生っている。
食べられないので、花梨酒にでもつけるか、あれは漬かっていく楽しみがあるし、なかなか旨かった気がする。

季節の酒があると、季節感も香りよく漂うのじゃないか。



6月10日  もう6月も10日です

書斎の窓から隣家の夏椿(沙羅)の花がよく見えます。だんだん増えてきました。
今日は風が強いので、辛夷の葉なぞ裏返っています。その葉の間から遠くに浅間山系の高峰山がくっきり見えています。

どこもかも緑がずいぶん色濃くなりました。もう真夏の気配ですね



5月26日 もう5月も下旬です

時は経ちますねえ。春も過ぎ、初夏。新緑が周りを包んでます。
北側の浅間山系がお隣の庭木で8割がた隠れました。西側の草原は、持ち主さんが草刈り機で刈っていきました。広々しました。

カラスがなにやら咥えて我が家の植木鉢に置いていったので、見ると、セロハン袋入りの小さなお菓子包み2つでした。拾ってリビングのテーブル上に置いてありますが、誰も食べようとはしません。カラスは食べるつもりだったのかしら?



5月19日 もう15日たっている!!

こりゃあ、ぼつぼつ死に時、いや引退時かしら!!


5月4日 またしても9日たっている

どんどん時が経ちますねえ!!
歳もとるわけだ。

しかし新緑の季節はいいですね。朝、カーテンを開けると、ワアと思い、以降、外を見るたび、ワアと思う。
信州の初夏はいい。



4月25日 新緑でいっぱい

信州のせいだろう、今が新緑の盛りである。毎日朝起きてカーテンを開けると、ワッと思う。一面のグリーンだからだ。しかも日ごとに、ずんと濃くなるのだ。東京と違って冬枯れ状態が長かっただけに、よけい驚きが強い。

いやあ、自然てほんとにすごいなあ。見事なもんだなあ。とつくづく思う。
朝方は雨が降っていたので、ついいつもの筋トレ教室へ出かけるのをさぼってしまったが、いやあ、出かけておけばよかった、他の場所のグリーンはどんなだったか見ておきたかったと思ったことだ。

まあ、いい、明日見ればいい、と思い直しているところだが、一日違うとかなり印象が違うだろうなあ、とも思う。一日一日が貴重な毎朝である。



4月22日 うわっ、もう9日たっている!!

おどろくなあ。なんたる怠惰さ、なんたる茫々さ!!
そのうち、自分の死んだことも忘れているのではないか。



4月13日 うわっ、もう1週間たってしまった

このごろ、日記を書かなくなった。パソコンはそれなりに開いているのだが、ちょこちょこっと見てまわるだけで、自分では書かないのだ。
老化したのか、面倒くさがりになったのか……。

たぶん両方なのだろうが、春のせいもありそう。信州では、今ごろは梅、桜、モモ、プラム、辛夷などが一斉に咲くし、楓やユリノキなどの新芽も一斉に芽吹いてくるので、見てまわっているうちに時がたってしまうのである。

空地の向こうで始まった目的の分らぬ掘り返しや小屋掛けも気になり、様子を見に行ったりしているうちに、次は周りの木がグリーンの葉を芽吹かせたりで、キョロキョロしているうちに、また時間が経っていく。

そして1週間があっという間というわけで、春のせいと言おうと、要するに老化のせいでもあろう。
ううむ、たまには書かなくっちゃ。書くとやはり意識が少ししゃきっとする。



4月5日 白馬山系が純白

2階書斎の真西方角に見える白馬山系が、今日はひときわきれいだ。まさに純白、こういうことは春どきとしては珍しい。
すぐお隣の辛夷の白と比較しても、山の方が白い。桜も満開になってきたし、いい季節だ。



3月30日 ユリノキと楓

ユリノキは百合の木と書くのか、どう書くのか。花が百合に似ているからこういう名になった、というのがパートナーの説だが、確証はない。

ともあれその2種の木を計5本、庭に植えた。庭と言っても元々自然林だった場所だが、しばらく前にアカシアを19本も伐ったため、どうもさっぱりしすぎた気がしたからだ。アカシアは自然林時代からの産物で、どういうわけか多かったうえ、根が浅く上にばかりすくすく伸びすぎ、ときおりバタッと根こそぎ倒れることがある。今まで2回そういうことがあり、その都度近くの道路を塞いだりしたため、大慌てをしたことがある。

その防止目的が第一だったが、おかげで視界がえらくさっぱりしてしまった。少しは残しておいた方がよかったかなという気もしたが、多くは10数メートルになっていたので、どのみち近々伐らざるを得ない感じだった。

視界が広がるのは気分がいい面もあるが、なんだか寂しくもある。近所の人から「だいぶ伐りましたねえ」といささか残念そうに言われると、こちらもそう思わぬでもない。が、倒れた場合の責任はやはりこちらにあるから、処分する責任もある。

さっぱりした状態を半年ほど味わった後、やっぱり何か新しい木を植えたくなり、ユリノキと楓を選んだのだ。ユリノキは以前、道路の向こう側に3本あったのを当時の区長が「落葉が多すぎる」という理由で勝手に伐ってしまったのだ。それらはパートナーの父がかつて植えたものだったから、残念に思っていたのである。

植えたのは背丈1メートル足らずの細木だから、豊かなグリーンを見せるまでには何年かかかるだろうが、成長を見守る楽しみがある。
庭好きの人たちにはたぶん共通の楽しみだろう。



3月26日 辛夷咲く

と言うとちょっと早いかな。お隣の辛夷の蕾が八分がた膨らみ、白い大きな花弁がいっぱいです。
この花は咲いた後、バサッと音を立てて花弁が散るのが、潔いような、がっかりするような…。

それにしても春だなあと感じさせます。



3月19日 だいぶ暖かくなりました

信州ではまだすっかり春とはいきませんが、でも、あれこれ春めいてきました。
浅間山系の雪はほぼなくなりましたし、お隣の辛夷の蕾がだいぶ膨らんで、白い花びらを見せ始めました。

庭の水仙の蕾も増え、もうじき第一号が咲きそうです。昨日はうちの庭前(外)に年配女性二人が椅子持参で座り込み、のんびり日向ぼっこをしていました。こっちまでいい気分でした。

昨日は市役所3階で、小諸市街のスーパーツルヤ(休業中)の今後が説明されました。2年後には再建再開、今年中に工事開始、とのことにホッとしました。一番近かった街なかの店はやはり住民には貴重です。



3月13日 すっかり時が経ってしまった

だんだん春めいてきた。全体に空気が靄っとしているし、外へ出ても寒くない。ジャンパーくらいは羽織って出るが、コート類は全くいらない。
遠景も靄がかかって冬のようにはっきりと山が見えない。

いいような気もするし、景色は冬の方がよかった気もする。
木々の葉蕾もだんだん丸みを帯びてきたようだが、グリーンぽい感じはまだ全くない。敷地にあった19本のアカシアの木を去年伐ってしまったので、庭はかなりあっけらかんとし、どうも物足りない。

やっぱり何本かは残しておいた方がよかった気もするし、しかし丈はどれも同じぐらいで、ひょろひょろと不安定な様相だったから、やむを得なかった気もする。
野原の向こうの崖際の木々も全く裸木ばかりだから、遠くの景色もよく見え、視界が広がった気がするが、代わりに下の新町界隈に家がだいぶ増えたような気もする。

何事も功罪両面あり、ということかしら…。



3月2日 雛飾り

街を歩くと、そこここで雛飾りに出会う。店の表通り近くに飾っている家が多いのだ。向きは店の中方向なのが多いから、ゆっくり全部を鑑賞できるわけではないが、通りを歩くうちに次々出会うのは楽しい。あそこで少し、次にはここで少し、と眺めていくと、しばらくのうちに全部見る計算になる。

小諸は人口4万の小さな町だが、歴史は古いから、たいていの家に雛飾りセットがある。持っている家すべてが毎年飾るわけではなかろうが、表通りからそれに出会うと、おお、このお宅には娘さんがいるな、いくつかな、などと心が華やぐ。

雛人形には古そうなものが多いから、これは、おかあさんか、ひょっとしたらおばあちゃんの代からかな、などと想像が働くのも楽しい。

古くからの住人だと、毎年いくつかを観、さて今年はどこの家が飾るかなと想像する楽しみもありそうだ。人形の顔にも時代によって変化がありそうな気がするが、どうだろう? 大きくは違わなくとも、少しづつ違いが生じていくような気がする。それとも伝統の方がずっと強固だろうか。

古い住人だと、毎年見比べていくのが面白かろう。



2月22日 今日は雨水だそうだ

もう雪は降らないといいのだが。
庭の北側には積雪がまだうっすらある。

浅間山系の峰筋にずっとあった雪雲はどうやらなくなった。
少しづつ春が近づいてくる。


2月17日 また雪かな

朝からずっと曇り空の上、浅間山系も白馬山系も、どんよりと雲がかかって見えない。雲はひょっとしたら雪雲かも。浅間山系は確実に雪が降っていそうだし、だんだん降りて来て、この辺りも雪になるかも。
2月半ばと言えば一番寒い時期だ。



2月15日 残雪ほぼなくなる

だいぶ長い間、北側の屋根、庭の一部や塀の外に雪が残ったままだったが、今日見まわしてみると、塀の外の一部をを除くと、だいぶとけた。
それだけ暖かくなったのか、日照がほどよくなったのか、定かでないが、とにかく春が近づいたようで気分がいい。

遠景を見ても、浅間山系の雪はだいぶ薄らいだようだし、西の白馬山系のほうもこころなし白さは減った。
空気の方は正直まだまだ寒いが、おいおいやわらいでいくのではと期待が持てる。

近くで近所の人が、野積みだった木材を細かく伐りだしたのも、春が近づく感がせぬでもない。隣家の辛夷の蕾も心なしほころびの気配を見せ始めた。白く豊かに咲くのが楽しみだ。



2月8日 すっかり御無沙汰したみたい

この日記を見る限り、前回の1月25日「寒い!」以来だ。

理由は分らない。寒さが急速にやってきて気をとられていたこと、節分や立春など季節の変化の実相に関心がいっていたこと、など、あると言えばあるが、要するに茫としていたのだともいえる。

よって、大慌てでこの記事を書いている。北側の浅間山系は上層部は白い雪が目立ち、西遠方の白馬方面は雲ではっきりしない。

近くの庭は、しばらく前にアカシアの木を全部伐採してしまったため、さっぱりしたというか、見晴らしがいい。ちょっと寂しい感じもある。

が、アカシアの木は根が浅く、幹はどんどん上に伸びて、時々根ごとドサーッと倒れることがある。しばらく前に1本が道路に倒れ、大慌てで人を頼み細かく伐って処理してもらったことがある。数年前には隣家への入り口道へやはり1本丸ごと倒れ、近所の建設会社へ頼んで、倒木を処理してもらった。

どっちも片付くまでは交通妨害になるし、大慌てになる。
よって、倒れやすいアカシアはこのさい19本全部伐ってしまおうとなったのだが、馴染んだ木はなくなると寂しくもある。
伐ってしまったものはもう元に戻らないから、後悔も少し生じるし、うーむ、というところだ。

でも、まあ、しようがない。
しかし、19本はやはり多い。しばらく茫々と庭を眺め続けたが、覆水盆に返らずというか、どうしようもない。さっぱりしていい感もある。

そして、さあ、あとはどうしよう、何か新しい木を植えようか、少し畑でも作ってみようか、などとあれこれ考えることになる。それぞれに魅力があるから、すぐ結論は出ない。まあ、春までゆっくり待とう、というところだ。楽しく待つのが一番だろう。



1月25日 寒い!

朝起きたら、視界は真っ白。夜なかに雪が降ったらしい。
ただし、さほどの積雪ではないので、まあ、午前中ぐらいで消えるのではと楽観している。浅間山系はどこも中腹くらいまで白い。白馬山系もそう。

昨日は筋トレ教室をすっかり忘れていた。このところ出席率が落ちているようだ。老化?



1月20日 ひさびさの稲門会

昨日、小諸市内で開かれた。従来は軽井沢などで開かれることが多かったから、珍しい。
小諸の街なかとなれば便利だから、私と田村は喜んで参加した。
会場になったレストランは、経営者のママが私と故郷が近いし、なんとなく懐かしい。

参加は20名弱だったか。顔見知りが多いし、同窓生となると気持が穏やかになる。
あまり酒も飲まず、さほどお喋りもせず、穏やかに落ち着いた会だった。



1月16日 雪山

といっても、我が家の書斎から見るもので、今日あたりはやや曇り模様だから、西遠方の白馬山系は全く見えず、北の浅間山系は浅間山と赤ザレ、奥烏帽子岳の3つだけが雪を冠っており、あとは黒っぽい地味な山肌だけを見せている。

白馬山系は昨日、純白にそびえて見え、実にきれいだったが、毎日その光景が続くことはめったにない。比較的近い浅間山系にしろ、きれいに見えるのは空が青くて雲がない日だけで、その条件がない日は、一番東端の浅間山を除けば、全体に黒っぽい中に白い雪がところどころ刷毛で塗られたように見える程度である。

昨日あれほどきれいだった白馬なぞは、今日は姿も影も見えない。
浅間山系は近いから、書斎正面に見える高峰山はじめ、三方ケ峰、黒斑山など、どれも雪のありようまでよくわかる。

形としてはギッパ(牙山)が名前通り一番面白く、次いで三方ケ峰がその名通り三方に小さな峰があって、それぞれに名前はないのだろうかなどと、毎度少し考えさせられる。

雪がもう少し濃ければ何かふさわしい名が付けられそうな気がするが、全体としては、「穏やかな近場の山」という感じで、洒落た名前が浮ばない。
うーむ、もう少し雪が積もってくれたらなあ。



1月8日 焚火

庭に積み上げておいた枯れ枝類が気になって、焚火をした。
午前に1回目をし、ぶすぶすいぶり続ける残り火が気になって、他の枯れ枝類も集めて午後2回目をした。

途中から妻も出てきて加わった。焚火好きだから予想通りである。
焚火というのは面白いもので、二人とも子供時代から大好きだったと初めて知った。
子供時代は子供だけで焚火を始めると、大人から「気を付けるんだよっ」と厳しく声がかかったものだが、さすがに今はそういう声は飛ばない。

むしろ、通りがかりの人が寄ってきて「木が多くていいですねえ」と話しかけられたりする。みんな何となく自分もやりたそうな顔をしている。
大人も子供もたいてい焚火好きなのだ。

2回目はもう少し先に取っておけばよかったかな、と思ったり、いや、またどこぞから焚火の材料くらい出てくるわさと、期待したり、楽しい感じが続く。



1月5日 今年初のベルコーヒー

元旦から午後は開いているのを知っていたのだが、今日が初お目見えとなった。
ママ(1時から担当)はもちろん健在、途中でちょっと顔を出した息子さん(1時まで担当)も元気で、今年もまた小諸で一番よく顔を合わせる人たちになりそうだ。

客の方も顔を合わせた第1号は
ずっと顔なじみの常連で、今年もまた昨年同様のつきあいーーといっても顔を見て黙礼するだけだがーーとなりそうだ。
1時間ほどいて、彼とママの会話を聞いているうちに、ああ、ベルコーヒーだなと感じ、フムフムとひとり頷いて帰ってきた。

私はベルコーヒーはまさに常連で、小諸では一番よく行く場所だが、考えてみると、ママ以外とはあまり話をしない。多少とも言葉を交わすのはほんの一人二人くらいだろう。

今年はもう少し言葉を交わすようにしようか。東京方面へはもうほとんど行かないだろうし、人と会う場所はだんだん少なくなる。その分、貴重な場所だ。


1月1日 賀正

一日違うだけで1年違うような気がする不思議な日だが、しかしまあ年賀状の束を見ると、1年に1度だけの稀有な日という実感がわく。
年賀状も定型通りという気もするが、とにかくほかにはない日で、読んでいくのが楽しい。

中学時代の仲間と近況を知らせあう日なぞ、ほかにはまずないし、高校時代のヤツの言動を思い出す日もほかにはない。
あーあ、みんな歳とっちゃったなあと、口に出し、おのれの歳とった顔をおのれで想いうかべる。

うーむ、全く歳とったものだ。皆さん、あけましておめでとうございます、ともの悲しく言ってみる。



でも、だいぶ涼しくなりました。秋が近い感じです。
ぼつぼつ歩いて街へも出かけられそう。
図書館、筋トレ教室、ベルコーヒー、いくつか行くところがある。やはり少しは外へ出ないと、老化気分が募る。



8月23日 8月下旬

学生や生徒時代なら、「まもなく夏休みは終り」、「勉学のとき近づく」といった気分の時だが、70代ともなれば「だんだん時は過ぎていくなあ」という実感の方が強い。

何かやるべきことがあるのではないかと、考えてみるが、あると言えばいくつもあるし、そういうことはいつもそうだった、という気もしてくる。

結局、元の自分に戻り、今の自分を何らかの形で残しておこうかと考える次第だが、その「今の自分」が一向代り映えしない気がしたり、面倒な気がしたりする。

でもまあ日記のたぐいは、あとで読むと面白かったりもするから、ないよりはあった方がいいのだろうな。

と、ぶつぶつ呟くだけみたいだが、まあ、九月の声を聞く前に何かは書いておこうという気はしてきた。
自然体で考え、あと1週間くらいのうちに何かを書こうという気持だけは持ち続けよう。


8月16日 雨で一気に涼しくなりました

庭仕事を自然にやる気になります。涼風はいいものですね。
庭の花梨の木に大きな実が10幾つもなっています。何か使い道はないかと考えますが、まだ思いつきません。

連れ合いの話では、熟すと黄色っぽくなるとのこと、そうなるまでに何か思いつくか、誰かが教えてくれると期待しています。


8月12日 連れ合いが帰ってきました

フィリピンへ出かけていた連れ合いが、いくつかの島巡りを終え、帰ってきました。
フィリピンはみな人当たりがよく、フレンドリーで、快適だったそうです。島の数は7700あるそうなので、国民性が自然にそうなっているのかも。

70代なのにあちこち飛びまわり、意気軒高としています。
こちらは聞いただけで、へーえと驚き、ま、オレは日本で昼寝がいいや、と思っています。

暑い日々で、信州なのに冷房がほしくなります。去年までは扇風機で十分という実感だったのに、今年は特別なのか、今後こういう傾向が続くのか、心配な限りです。何かご存知の方、教えてください。



8月7日 蝉の声がすっかり秋めいてきました

気分が変っていい面もありますが、だんだん寂しくなってきました。ひとり飯にも飽きてきました。
何かいい方法はないものかしら。

相方はフィリピンの島巡り中で、楽しげな様子。同い年なのに、何と元気者か、と感心する日々。
早く帰って来てくれー。



7月31日 もう7月も末日!!

このごろの私はめったにパソコンも開かないということかしら?!
時々は開いているんだけど、書くまでに至らない、ということかも。
間にいろいろあったせいでもあります。

一番は母の死。102歳直前でした。
そのため愛知県一宮市に行き、葬儀会館の母の棺桶の隣室に一人で泊ったり、一宮駅そばのホテルに初めて泊まったり、と74歳の初老にしてはだいぶ頑張りました。

帰宅したら、小諸は祭のさなかで、私は祭り好きなのにさすがに出かける気になれず、ぼんやり音だけ聞いて家に引きこもり、母の思い出に浸りました。

やっと落ち着いてきたところですが、今度はまもなく連れ合いがフィリピンに出かけるため、一人暮らしになります。これも大変。何とかやっていくつもりですが、考えてみると、近来こんなに長い一人暮らしはなく、何か対策を考えねばと思案中。

御近所に協力を要請したり、知人に顔を出してもらうように頼んだり…。
どんな気分になるか、ちょっと楽しみな気もするけど、正直さびしくもあり。
まあ、がんばるつもり。皆さん、声をかけてください。

うむ、さて、奥歯を噛みしめて! (ちょっと大げさか。)



7月6日  もう7月も6日です!!

まったく何たることか。半月に1回しか日記を書くのを思い出さないとは!!
書くほどのことがなかったとも言えるが、「書くことがないのに書くのが作家だ」という言いもあるから、やっぱり怠け体質が根っこにまで染み入っているのだろう。

茫としている間に季節は早くも7月、夏の盛りそのものだが、住んでいるのが信州のせいか、暑さもさほど感じない。今年は梅雨もほとんどなかったし、まだこれからかなあと思ていると、今日は雨が降ったから、季節が少し惑っているのかもしれない。

昔、小中学生時代は、夏休みが始まるまで梅雨がつづいたこともあった気がするから、まだまだこれからか、あるいは世の季節のありよう自体がだいぶ変ってきたのかもしれない。

実際、書斎の窓のすぐ外の隣家の庭には、夏椿の涼しげな白花がいっぱい咲いているから、「夏」の実感も強く漂ってくる。夏椿は沙羅という別名もあり、確かにどこかサラサラした感じがある。いい花で私は好きだ。

その右手の方の私の庭の隅に、花梨の木があり、例年は実は生ってもせいぜい2,3個だったのに、今年はどういうわけか12,3個も大きなのが生っている。
食べられないので、花梨酒にでもつけるか、あれは漬かっていく楽しみがあるし、なかなか旨かった気がする。

季節の酒があると、季節感も香りよく漂うのじゃないか。



6月10日  もう6月も10日です

書斎の窓から隣家の夏椿(沙羅)の花がよく見えます。だんだん増えてきました。
今日は風が強いので、辛夷の葉なぞ裏返っています。その葉の間から遠くに浅間山系の高峰山がくっきり見えています。

どこもかも緑がずいぶん色濃くなりました。もう真夏の気配ですね



5月26日 もう5月も下旬です

時は経ちますねえ。春も過ぎ、初夏。新緑が周りを包んでます。
北側の浅間山系がお隣の庭木で8割がた隠れました。西側の草原は、持ち主さんが草刈り機で刈っていきました。広々しました。

カラスがなにやら咥えて我が家の植木鉢に置いていったので、見ると、セロハン袋入りの小さなお菓子包み2つでした。拾ってリビングのテーブル上に置いてありますが、誰も食べようとはしません。カラスは食べるつもりだったのかしら?



5月19日 もう15日たっている!!

こりゃあ、ぼつぼつ死に時、いや引退時かしら!!


5月4日 またしても9日たっている

どんどん時が経ちますねえ!!
歳もとるわけだ。

しかし新緑の季節はいいですね。朝、カーテンを開けると、ワアと思い、以降、外を見るたび、ワアと思う。
信州の初夏はいい。



4月25日 新緑でいっぱい

信州のせいだろう、今が新緑の盛りである。毎日朝起きてカーテンを開けると、ワッと思う。一面のグリーンだからだ。しかも日ごとに、ずんと濃くなるのだ。東京と違って冬枯れ状態が長かっただけに、よけい驚きが強い。

いやあ、自然てほんとにすごいなあ。見事なもんだなあ。とつくづく思う。
朝方は雨が降っていたので、ついいつもの筋トレ教室へ出かけるのをさぼってしまったが、いやあ、出かけておけばよかった、他の場所のグリーンはどんなだったか見ておきたかったと思ったことだ。

まあ、いい、明日見ればいい、と思い直しているところだが、一日違うとかなり印象が違うだろうなあ、とも思う。一日一日が貴重な毎朝である。



4月22日 うわっ、もう9日たっている!!

おどろくなあ。なんたる怠惰さ、なんたる茫々さ!!
そのうち、自分の死んだことも忘れているのではないか。



4月13日 うわっ、もう1週間たってしまった

このごろ、日記を書かなくなった。パソコンはそれなりに開いているのだが、ちょこちょこっと見てまわるだけで、自分では書かないのだ。
老化したのか、面倒くさがりになったのか……。

たぶん両方なのだろうが、春のせいもありそう。信州では、今ごろは梅、桜、モモ、プラム、辛夷などが一斉に咲くし、楓やユリノキなどの新芽も一斉に芽吹いてくるので、見てまわっているうちに時がたってしまうのである。

空地の向こうで始まった目的の分らぬ掘り返しや小屋掛けも気になり、様子を見に行ったりしているうちに、次は周りの木がグリーンの葉を芽吹かせたりで、キョロキョロしているうちに、また時間が経っていく。

そして1週間があっという間というわけで、春のせいと言おうと、要するに老化のせいでもあろう。
ううむ、たまには書かなくっちゃ。書くとやはり意識が少ししゃきっとする。



4月5日 白馬山系が純白

2階書斎の真西方角に見える白馬山系が、今日はひときわきれいだ。まさに純白、こういうことは春どきとしては珍しい。
すぐお隣の辛夷の白と比較しても、山の方が白い。桜も満開になってきたし、いい季節だ。



3月30日 ユリノキと楓

ユリノキは百合の木と書くのか、どう書くのか。花が百合に似ているからこういう名になった、というのがパートナーの説だが、確証はない。

ともあれその2種の木を計5本、庭に植えた。庭と言っても元々自然林だった場所だが、しばらく前にアカシアを19本も伐ったため、どうもさっぱりしすぎた気がしたからだ。アカシアは自然林時代からの産物で、どういうわけか多かったうえ、根が浅く上にばかりすくすく伸びすぎ、ときおりバタッと根こそぎ倒れることがある。今まで2回そういうことがあり、その都度近くの道路を塞いだりしたため、大慌てをしたことがある。

その防止目的が第一だったが、おかげで視界がえらくさっぱりしてしまった。少しは残しておいた方がよかったかなという気もしたが、多くは10数メートルになっていたので、どのみち近々伐らざるを得ない感じだった。

視界が広がるのは気分がいい面もあるが、なんだか寂しくもある。近所の人から「だいぶ伐りましたねえ」といささか残念そうに言われると、こちらもそう思わぬでもない。が、倒れた場合の責任はやはりこちらにあるから、処分する責任もある。

さっぱりした状態を半年ほど味わった後、やっぱり何か新しい木を植えたくなり、ユリノキと楓を選んだのだ。ユリノキは以前、道路の向こう側に3本あったのを当時の区長が「落葉が多すぎる」という理由で勝手に伐ってしまったのだ。それらはパートナーの父がかつて植えたものだったから、残念に思っていたのである。

植えたのは背丈1メートル足らずの細木だから、豊かなグリーンを見せるまでには何年かかかるだろうが、成長を見守る楽しみがある。
庭好きの人たちにはたぶん共通の楽しみだろう。



3月26日 辛夷咲く

と言うとちょっと早いかな。お隣の辛夷の蕾が八分がた膨らみ、白い大きな花弁がいっぱいです。
この花は咲いた後、バサッと音を立てて花弁が散るのが、潔いような、がっかりするような…。

それにしても春だなあと感じさせます。



3月19日 だいぶ暖かくなりました

信州ではまだすっかり春とはいきませんが、でも、あれこれ春めいてきました。
浅間山系の雪はほぼなくなりましたし、お隣の辛夷の蕾がだいぶ膨らんで、白い花びらを見せ始めました。

庭の水仙の蕾も増え、もうじき第一号が咲きそうです。昨日はうちの庭前(外)に年配女性二人が椅子持参で座り込み、のんびり日向ぼっこをしていました。こっちまでいい気分でした。

昨日は市役所3階で、小諸市街のスーパーツルヤ(休業中)の今後が説明されました。2年後には再建再開、今年中に工事開始、とのことにホッとしました。一番近かった街なかの店はやはり住民には貴重です。



3月13日 すっかり時が経ってしまった

だんだん春めいてきた。全体に空気が靄っとしているし、外へ出ても寒くない。ジャンパーくらいは羽織って出るが、コート類は全くいらない。
遠景も靄がかかって冬のようにはっきりと山が見えない。

いいような気もするし、景色は冬の方がよかった気もする。
木々の葉蕾もだんだん丸みを帯びてきたようだが、グリーンぽい感じはまだ全くない。敷地にあった19本のアカシアの木を去年伐ってしまったので、庭はかなりあっけらかんとし、どうも物足りない。

やっぱり何本かは残しておいた方がよかった気もするし、しかし丈はどれも同じぐらいで、ひょろひょろと不安定な様相だったから、やむを得なかった気もする。
野原の向こうの崖際の木々も全く裸木ばかりだから、遠くの景色もよく見え、視界が広がった気がするが、代わりに下の新町界隈に家がだいぶ増えたような気もする。

何事も功罪両面あり、ということかしら…。



3月2日 雛飾り

街を歩くと、そこここで雛飾りに出会う。店の表通り近くに飾っている家が多いのだ。向きは店の中方向なのが多いから、ゆっくり全部を鑑賞できるわけではないが、通りを歩くうちに次々出会うのは楽しい。あそこで少し、次にはここで少し、と眺めていくと、しばらくのうちに全部見る計算になる。

小諸は人口4万の小さな町だが、歴史は古いから、たいていの家に雛飾りセットがある。持っている家すべてが毎年飾るわけではなかろうが、表通りからそれに出会うと、おお、このお宅には娘さんがいるな、いくつかな、などと心が華やぐ。

雛人形には古そうなものが多いから、これは、おかあさんか、ひょっとしたらおばあちゃんの代からかな、などと想像が働くのも楽しい。

古くからの住人だと、毎年いくつかを観、さて今年はどこの家が飾るかなと想像する楽しみもありそうだ。人形の顔にも時代によって変化がありそうな気がするが、どうだろう? 大きくは違わなくとも、少しづつ違いが生じていくような気がする。それとも伝統の方がずっと強固だろうか。

古い住人だと、毎年見比べていくのが面白かろう。



2月22日 今日は雨水だそうだ

もう雪は降らないといいのだが。
庭の北側には積雪がまだうっすらある。

浅間山系の峰筋にずっとあった雪雲はどうやらなくなった。
少しづつ春が近づいてくる。


2月17日 また雪かな

朝からずっと曇り空の上、浅間山系も白馬山系も、どんよりと雲がかかって見えない。雲はひょっとしたら雪雲かも。浅間山系は確実に雪が降っていそうだし、だんだん降りて来て、この辺りも雪になるかも。
2月半ばと言えば一番寒い時期だ。



2月15日 残雪ほぼなくなる

だいぶ長い間、北側の屋根、庭の一部や塀の外に雪が残ったままだったが、今日見まわしてみると、塀の外の一部をを除くと、だいぶとけた。
それだけ暖かくなったのか、日照がほどよくなったのか、定かでないが、とにかく春が近づいたようで気分がいい。

遠景を見ても、浅間山系の雪はだいぶ薄らいだようだし、西の白馬山系のほうもこころなし白さは減った。
空気の方は正直まだまだ寒いが、おいおいやわらいでいくのではと期待が持てる。

近くで近所の人が、野積みだった木材を細かく伐りだしたのも、春が近づく感がせぬでもない。隣家の辛夷の蕾も心なしほころびの気配を見せ始めた。白く豊かに咲くのが楽しみだ。



2月8日 すっかり御無沙汰したみたい

この日記を見る限り、前回の1月25日「寒い!」以来だ。

理由は分らない。寒さが急速にやってきて気をとられていたこと、節分や立春など季節の変化の実相に関心がいっていたこと、など、あると言えばあるが、要するに茫としていたのだともいえる。

よって、大慌てでこの記事を書いている。北側の浅間山系は上層部は白い雪が目立ち、西遠方の白馬方面は雲ではっきりしない。

近くの庭は、しばらく前にアカシアの木を全部伐採してしまったため、さっぱりしたというか、見晴らしがいい。ちょっと寂しい感じもある。

が、アカシアの木は根が浅く、幹はどんどん上に伸びて、時々根ごとドサーッと倒れることがある。しばらく前に1本が道路に倒れ、大慌てで人を頼み細かく伐って処理してもらったことがある。数年前には隣家への入り口道へやはり1本丸ごと倒れ、近所の建設会社へ頼んで、倒木を処理してもらった。

どっちも片付くまでは交通妨害になるし、大慌てになる。
よって、倒れやすいアカシアはこのさい19本全部伐ってしまおうとなったのだが、馴染んだ木はなくなると寂しくもある。
伐ってしまったものはもう元に戻らないから、後悔も少し生じるし、うーむ、というところだ。

でも、まあ、しようがない。
しかし、19本はやはり多い。しばらく茫々と庭を眺め続けたが、覆水盆に返らずというか、どうしようもない。さっぱりしていい感もある。

そして、さあ、あとはどうしよう、何か新しい木を植えようか、少し畑でも作ってみようか、などとあれこれ考えることになる。それぞれに魅力があるから、すぐ結論は出ない。まあ、春までゆっくり待とう、というところだ。楽しく待つのが一番だろう。



1月25日 寒い!

朝起きたら、視界は真っ白。夜なかに雪が降ったらしい。
ただし、さほどの積雪ではないので、まあ、午前中ぐらいで消えるのではと楽観している。浅間山系はどこも中腹くらいまで白い。白馬山系もそう。

昨日は筋トレ教室をすっかり忘れていた。このところ出席率が落ちているようだ。老化?



1月20日 ひさびさの稲門会

昨日、小諸市内で開かれた。従来は軽井沢などで開かれることが多かったから、珍しい。
小諸の街なかとなれば便利だから、私と田村は喜んで参加した。
会場になったレストランは、経営者のママが私と故郷が近いし、なんとなく懐かしい。

参加は20名弱だったか。顔見知りが多いし、同窓生となると気持が穏やかになる。
あまり酒も飲まず、さほどお喋りもせず、穏やかに落ち着いた会だった。



1月16日 雪山

といっても、我が家の書斎から見るもので、今日あたりはやや曇り模様だから、西遠方の白馬山系は全く見えず、北の浅間山系は浅間山と赤ザレ、奥烏帽子岳の3つだけが雪を冠っており、あとは黒っぽい地味な山肌だけを見せている。

白馬山系は昨日、純白にそびえて見え、実にきれいだったが、毎日その光景が続くことはめったにない。比較的近い浅間山系にしろ、きれいに見えるのは空が青くて雲がない日だけで、その条件がない日は、一番東端の浅間山を除けば、全体に黒っぽい中に白い雪がところどころ刷毛で塗られたように見える程度である。

昨日あれほどきれいだった白馬なぞは、今日は姿も影も見えない。
浅間山系は近いから、書斎正面に見える高峰山はじめ、三方ケ峰、黒斑山など、どれも雪のありようまでよくわかる。

形としてはギッパ(牙山)が名前通り一番面白く、次いで三方ケ峰がその名通り三方に小さな峰があって、それぞれに名前はないのだろうかなどと、毎度少し考えさせられる。

雪がもう少し濃ければ何かふさわしい名が付けられそうな気がするが、全体としては、「穏やかな近場の山」という感じで、洒落た名前が浮ばない。
うーむ、もう少し雪が積もってくれたらなあ。



1月8日 焚火

庭に積み上げておいた枯れ枝類が気になって、焚火をした。
午前に1回目をし、ぶすぶすいぶり続ける残り火が気になって、他の枯れ枝類も集めて午後2回目をした。

途中から妻も出てきて加わった。焚火好きだから予想通りである。
焚火というのは面白いもので、二人とも子供時代から大好きだったと初めて知った。
子供時代は子供だけで焚火を始めると、大人から「気を付けるんだよっ」と厳しく声がかかったものだが、さすがに今はそういう声は飛ばない。

むしろ、通りがかりの人が寄ってきて「木が多くていいですねえ」と話しかけられたりする。みんな何となく自分もやりたそうな顔をしている。
大人も子供もたいてい焚火好きなのだ。

2回目はもう少し先に取っておけばよかったかな、と思ったり、いや、またどこぞから焚火の材料くらい出てくるわさと、期待したり、楽しい感じが続く。



1月5日 今年初のベルコーヒー

元旦から午後は開いているのを知っていたのだが、今日が初お目見えとなった。
ママ(1時から担当)はもちろん健在、途中でちょっと顔を出した息子さん(1時まで担当)も元気で、今年もまた小諸で一番よく顔を合わせる人たちになりそうだ。

客の方も顔を合わせた第1号は
ずっと顔なじみの常連で、今年もまた昨年同様のつきあいーーといっても顔を見て黙礼するだけだがーーとなりそうだ。
1時間ほどいて、彼とママの会話を聞いているうちに、ああ、ベルコーヒーだなと感じ、フムフムとひとり頷いて帰ってきた。

私はベルコーヒーはまさに常連で、小諸では一番よく行く場所だが、考えてみると、ママ以外とはあまり話をしない。多少とも言葉を交わすのはほんの一人二人くらいだろう。

今年はもう少し言葉を交わすようにしようか。東京方面へはもうほとんど行かないだろうし、人と会う場所はだんだん少なくなる。その分、貴重な場所だ。


1月1日 賀正

一日違うだけで1年違うような気がする不思議な日だが、しかしまあ年賀状の束を見ると、1年に1度だけの稀有な日という実感がわく。
年賀状も定型通りという気もするが、とにかくほかにはない日で、読んでいくのが楽しい。

中学時代の仲間と近況を知らせあう日なぞ、ほかにはまずないし、高校時代のヤツの言動を思い出す日もほかにはない。
あーあ、みんな歳とっちゃったなあと、口に出し、おのれの歳とった顔をおのれで想いうかべる。

うーむ、全く歳とったものだ。皆さん、あけましておめでとうございます、ともの悲しく言ってみる。