常世神社


【常世神社
(つねよじんじゃ)
 街角の小さな祠の様な小社ですが、触れて置かなければならない神社です。社は謡曲“鉢木”に主人公として登場する佐野源左衛門常世の宅跡と伝えられる場所に建っています。謡曲“鉢木”は観阿弥の作とされています。
 領地を一族に奪われた源左衛門が、この里で窮迫の生活を送っていました。ある大雪の日、旅の僧(実は鎌倉幕府執権北条時頼)に一夜の宿を頼まれます。彼は暖をとる薪もないことから、秘蔵する盆栽の“鉢木”を焚いてこの僧をもてなしました。彼は僧との話の中で、今はこんなに落ちぶれているが、れっきとした鎌倉武士で、いざ鎌倉に事があれば真っ先に駆けつけるつもりで居ると話します。時頼は鎌倉に帰ると早速、諸国の武士に鎌倉集参を触れます。源左衛門が時頼の前に呼ばれ、当夜の僧が時頼であったことを知らされ、薪にした松・桜・梅の鉢に因んで、この文字の付く3領地を拝領したというものです。
 すぐ近くには、歌枕として多くを詠まれた“佐野の舟橋”の碑や、藤原定家を祭神とする定家神社があります。

所在地:群馬県高崎市下佐野町


 平成26年(2014)12月22日 近くに上信電鉄の「佐野のわたし駅」が開業します。
 住宅化が進んでいますが、「駅からトレッキング」にいかがでしょうか?

駐車場

トイレ

     
小さな境内
 境内は20坪ほどで、覆屋に石の祠が収められています。重大事に駆けつけるという慣用句、「いざ鎌倉」発祥の地です。
 一画に“鉢木”を題材とした絵画が飾られています。鑑賞には覆扉を開けます。閉めるのを忘れないでね。
    
 佐野の舟橋碑
 万葉歌「かみつけの 佐野の舟橋 取り放し 親は裂くれど 吾はさかるがへ」の歌碑が有ります。
 江戸時代の文政10年(1827)建立です。
 謡曲「舟橋」の素材となった和歌で、舟橋跡と共に 恋人の聖地とも言える場所です。

 佐野の舟橋跡
 万葉歌に出る橋は稀で貴重ですが、碑のすぐ西方に今も木橋が架かっています。(本来は舟を何艘もつなぎ板を渡したもの)
 豪雨などで度々流されますが、その度びに木橋で架けられています。近年、脚部のみ鉄製となりました。
 橋は西を通る鎌倉街道から、後に例幣使街道となる古道をつないでいたと考えられます。
  


 恋の歌枕「佐野の舟橋」については、群馬県立女子大学の石川研究室さんの論文を参考にして下さい。
         >>こちら


 定家神社
鎌倉時代の歌人、国文学者で歌聖と尊ばれた藤原定家を祭神としています。
 本殿は一間社流れ造り、小舎ですが、美しい彫刻が施されています。
 元文4年(1739)の造営と言います。
 定家神社に次の定家詠が懸けられています。
「来ぬ人を まつほの浦の 夕なぎに 焼くや藻塩の 身もこがれつつ」
 恋人を待つ熱愛の歌ですね!
 付近を「恋人の聖地」ととらえた先人の機転でしょうか? 

[Return to top]