May I help you?
手引きする時には
見えない者の歩く手助けをする場合は必要以上の神経を使わずにいてほしいものです。手引きするという気持ちが強すぎるととかく神経を使いすぎることになります。
軽く一緒に歩くという気持ちでいてほしいものです。見えないといっても足が悪くて歩けないわけではありません。ただ足もとやまわりの障害物が的確に捕らえられないので歩くことに困難を感じているのです。腕などを抱きかかえるように手引きされると身体が自由にならず困るものです。右の腕をかしてくれればよいのです。左の手をとおして相手の身体の動きがじつによくわかります。このようにして歩くと見えない者が少しうしろになって歩くことになりますから安全です。また身体の動きも自由で危険も避けられるわけです。
階段の上がり降りは
建物の中はもちろん、室外の歩行において階段の上がり降りは非常に多いものです。したがって手をかしてくれる人にとっては特に神経を使うことの一つです。つまずきのないように手引きしてもらうためには、左手で右腕を軽く握らせてもらうのがもっともよい方法です。左手をとおして相手の足の動きまでもよくわかり安全です。
なお、階段の前に行った時、「上がります」とか「降ります」とか言葉をかけてくれるのも一つの方法です。
お金などを渡す場合は
金銭の受け渡しは間違いがあると不愉快な感情が残ります。また、だいじな信頼感まで失ってしまうものですから特に気を付けてほしいものです。
見えない人が買い物などを頼み、お金を出したときには、一般に店の店員がするようにお金の額をはっきり言って受け取ってください。
見えない人は自分の指を物さしにしたり、折り方や入れるところで区別していますが、間違うこともないわけではありません。そしてまた、あなたが見えない人にお金を渡す場合も「ここに置きますよ」などと言って机の上などに置かず、確かめられるようにゆっくり手に渡してほしいものです。
タクシーなどに乗る場合は
タクシーや乗用車などに乗るときには、停まっている車がどの方向に向いているのかが一番知りたいことです。それにはドアーにちょっと手を添えさせてください。ドアーの開き具合で座席の方向がわかります。また乗る時は車の屋根のところに手を添えさせてください。車の高さがわかり頭をけがするようなことは避けられます。
なお、車の中で杖はたたむか、折りたためないものの場合には横などに置くのが望ましいことです。両腕でにぎり身体の前についた姿勢でいると車が急停止した時、喉や顔などを傷つけることがしばしばありますので杖の置く位置は注意してほしいものです。
バスの乗り降りは
見えない人がバスを利用する場合、もっとも困まることはワンマンカーなのでどこ行きであるかがわからないことです。こんなときちょっと行き先きをおしえてほしいものです。
また車の中で座席などはよく譲ってくれますが、ブザーの位置をおしえてくれる人はきわめて少ないのです。ブザーの位置がわかれば自分で押せますから安心して乗っていられます。
なお、立っているときなどつり皮とか柱などの位置もちょっとおしえてほしいものです。また乗り降りの場合には手を取って案内してくれるより、寄り所となるものを知らせてください。もちろん料金を入れるところもおしえていただきたいものです。
エスカレーターの乗り降りは
「見えないからエスカレーターは危ないですよ」などとよく言われますが、じつに安心して乗れる物の一つです。
それには、左手がベルトにかかるようにしてほしいものです。降りるときにはベルトの動きでのぼりきったかどうかがよくわかり、重心を前にして一歩ふみ出すので安全です。
ベルトにつかまらずまん中に乗せられるくらい、不安なことはありません。またしっかり腕を組まれたりするよりも一人でベルトにつかまっている方が身体が自由になり危険もないわけです。手引きしてくれる人は前に乗っているよりも一段下にいる方が望ましいことです。
道などを聞かれた場合は
ひとり歩きしている見えない人の多くは、orientation and mobility といって自分のまわりの環境が聴覚、触覚、嗅覚などの利用によってわかるような感覚訓練を受けたり、またより安全に歩くことのできるための歩行訓練を受けて行動範囲を広げています。
そして道路などを歩くときにはつねにmental map といって頭の中に歩こうとするところの地図を描いています。しかしすべての道がわかるわけではありません。したがって道や行く場所などを聞く場合がしばしば起こります。こんな時、東西南北でおしえてくれることがありますが非常に困ります。立っているところを基点として、「まっすぐに○○メートルくらい行き、パチンコ屋の角を左へ曲がりなん軒目です」などと言うように左右で説明したり、音や臭いのある目標物があれば知らせてほしいものです。
愛のひと声を(May I help you?)
ひとり歩きをしている見えない人を見るとすぐ声をかけ、手引きしてくれる人がいますがこれはあまり有難いことではありません。せっかく手を引いてくれると言うので我慢して連れて行ってもらったなどと言う笑い話もあります。
ちょっと見てなにか探しているような様子とか困ってだれかの手を借りたいなと思っているようなときにはぜひ声をかけてほしいものです。見えない人が歩いていると立ち止まりじっと黙って見ているようなこともありがちです。こんなときには「だいじょうぶですか」とひと声かけてほしいものです。「愛のひと声」が明るい街づくりのもととなります。
時には環境を変えて
英国の盲人で郵政大臣をしたヘンリー・フォーセットという人は「盲人を閉じこめてはならない」とつねに叫び続けていたということです。見えない人は日常生活の行動に極度の制約を受ける関係でどうしても欲求不満を起しがちです。
ときには環境を変えて気分もあらたにしたいとは思いながら出て行くことがなかなか容易ではありません。見えない人の大多数は外に出るには人の手助けを受けることになります。こうして人の手助けを受けなければということから、こもりがちになってしまいます。豊かな趣味を持ち、生きがいある人生をと思いながらもなかなか意のままにならないのが実情です。気軽に出かけることができるような“その手”を待ち望んでいます。