ご苦労さんだった ネ !




 4年前の9月初旬のある日、私と家内はグッズの整理に協会に行っていました。昼には終り、車に乗りさて出発という時、今の理事長の塩屋さんが飛んできて、「ヒースが帰って来ていますが、お会いになりますか」と言われました。このアイメイトは私たちの育てた最初の犬でしたから、私たちは無論会いたいと申し、犬舎に参りました。指導員に連れられて出てきたヒースの、そのときの様子は忘れようにも忘れられません。

 ヒースはよたよたと転び出るようにして現われ、私たちを見つめました。顔は真ん丸く腫れ上がり、目はうつろに開いていて、涎が口から糸を引いて垂れている、そういう姿でした。癌に侵されている、その体ではお預けするところもなかなか、とのことでした。

 私たちは今すぐヒースを引き取りますと申し上げ、そのまま車に乗せて連れて帰りました。この再会は、なんという偶然であったかと、神様の配慮を感謝しました。

 私たちは、アイメイトがその生涯の大半を視覚障害者のために働いてリタイアした時には、必ず十分に報われるべき、と固く信じておりましたから、心の用意は瞬間に出来ておりました。しかし安楽に取り掛かるわけには行かないこともわかっておりました。

 彼の治療は、最初が舌を3分の一取ることから始まり、次いで鼻を10センチ切り癌を取り、左下顎半分を切除、また舌の小手術、歯茎の手術でした。1年前、彼は癌とは別の急病で突然に亡くなったのですが、その3年間、大小5回の癌手術に翻弄されつつも、抗うことなくじっと忍んで、私たちに生き甲斐を齎し続けました。哀れとも、偉大だったとも言えましょう。

 彼に安穏な余生があったか無かったか、多分無かったでありましょう。けれども彼は生まれつき定められた自らの任務を、黙々と且つ完全に果たし、人間に仕えつつ、共に暮らし、楽しみ、そうして天に召された、『ご苦労さんだったねェ』、そう考えるほうが正しいのかも知れません。


 使用者の皆様に2つだけ申し上げて、終わりに致します。

 @ リタイア犬をお預かりする沢山の方々が居られます。リタイア犬には無論健康保険も年金も無いわけでありますが、そのリタイア犬と様々な生を共有し、苦労も無いとはいえませんがそれに倍する楽しみと豊かさを得ているはずです。そして皆さんに共通するのは、「働いてきたアイメイトに、何とか報いてあげたい」心を持っていることでしょう。私たち人間の感動の発露と私は考えております。アイメイトは確かに使役犬、いわば道具ではありますが、大工さんが鑿に、料理人が包丁に持つあの感謝の感情に近いと思います。ですから、使用者の皆様は、愛するアイメイトがリタイアしても、ご心配なく安心してお預け下さい。

 A ヒースは1回目の舌癌の手術が成功して、元気になったとき、元の使用者の方に会いに諏訪に連れて参りました。テレビにも出させていただいたのですが、その折、彼が使用者に再会するや否や駆け寄って頬を舐めたのです。このようなことは私たちには決してしたことがありませんでした。私は、使用者とアイメイトをつないでいる愛情を見た気がしました。ですからリタイアして皆様から離れた後々まで、アイメイトはあなた方を一番愛し、信頼しているのだということを信じてやってください。




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