惜別



 「逢うは別れの始め」といいますが、いよいよヒースとの別れの日が来ました。本来なら盲導犬の任務は十分果たしており、既にリタイヤしても良い年齢ですが、ヒースは今年の7月まで、仕事をしてくれていました。

 ヒースが我が家に盲導犬として家内と一緒に来たのが平成3年2月の初旬でした。以来、10年間毎日、買い物や散歩・詩吟の勉強会あるいは、色々の会合などへ私どもを安全に歩行の助けをしてくれ、盲導犬としてその任務を立派に果たしてくれました。ヒースは我が家にはなくてはならない家族の一員でした。

 10年間のヒースとの思い出は言葉では言い尽くせぬほどたくさんあり、数え上げればきりがありませんが、私どもとふざけたり、傍で手枕にして寝そべったり、またあるときは、私どもの鎹になったりなどなど、笑いの耐えなかった我が家からヒースが去ろうとしています。

 ヒースは昨年6月ころ、歯の治療中に舌に癌が発生していることが発見されました。獣医師さんは癌細胞を切除するために、舌の先端から半分を切断してはどうかと勧められましたが、ヒースが高齢であることを考慮して、私どもは切除をせず、免疫促進剤を投与することを選択しました。

 かりに、もし切除した場合、ヒースが自分で食事や水を飲めなく介助が必要なこと。そして、短命になることは間違いないと判断したからでもありました。

 そのようなわけで、1年余今年8月半ばまで免疫力促進剤を投与してきました。薬の効果だと思いますが、私どもが心配したほど舌癌は進行しませんでした。今日も、ヒースが自分の力で食事もし・水も飲めていることを考えれば、私どもの選択には間違いなかったと思います。

 ただ、癌という不治の病であることも知らぬまま、じっと耐えているヒースがいじらしくもあり悲しくもなりましたが、幸いなことに癌特有の症状もなく、今日まで居られたのが私どものせめての救いでもありました。

 しかし、12歳というよる年並には勝てず、それに今年の猛暑もてつだってか、一ヶ月前から急激に動作が鈍くなり、2階へ上がる階段を上を見るだけで上がろうとしなくなりました。

 たとえ犬であっても、我が家の家族の一員であり、10年間という長年寝食を共にしてきたヒースと別れなければならないと思うとき、ここで別れることは言葉では言い尽くせぬ辛さがこみ上げてきて、キーボードをうつ指に止めどもなく涙が零れてこぼれて仕方ありません。

 ヒースは別れを惜しむかのように、ただいまアイメイト協会へ帰っていきました。私どもに数々の思い出を残して。


平成13年8月23日 記





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