漢点字は視覚障害者への贈り物
「眼が見えなくても、漢字を読み書きしたいという願望は、誰にでもあろう。」私も同様の思いから一念発起して、家内と一緒に「漢点字」の勉強に取り組み、約1年1カ月で卒業しました。今から16年前の、昭和60年のことでした。
これで、夢にまでみていた「漢点字」で、漢字の感覚で読書は出来るようになったものの、さて、覚え立ての「漢点字」で書いた文章をプリントアウトするには、当然ワープロが必要で、当時盲人用ワープロとして試作されていた末田ワープロは、数百万円と高価で到底個人で買える物ではなく、そのころ、長野高専の知野・盲学校の田中の両先生が中心になって知野ワードを開発され、安価で視覚障害者に提供することを知り、早速長野盲学校へ行き見せていただきました。初めて聞いたコンピューターの音声に思わず笑ってしまいましたが、今では考えられない思い出の一つです。
昭和60年10月、当時はかなり高価なパソコンでしたが、NEC−PC6601SRのコンピューターとプリンターをなんとか入手し、夢にまでみた望みの文書の印字が出来るようになりました。今日のパソコンからすれば、ちゃちな物でしかありませんが、これが、私が初めてコンピューターと関わるきっかけでした。
それまでは、仮名タイプライターでタイプしておりましたので、誤字を印字したとき訂正することは出来ず、年賀状一つ書くにしても何日もなんにちも時間と浪費を費やしたものです。
現在のワープロからすれば、文章を書き印字するだけの簡単なワープロにしかすぎず、けっして満足出来るものではありませんでしたが、それでも当時のワープロとしては十分でした。それだけに自分で書いた文章が印字出来た時の感動は、言葉ではいい表せぬ喜びを今も忘れることはできません。この感動を私一人のものとせず、視覚障害者皆さんと共に分かち合いたいものです。
私どもは、視覚障害者唯一の「点字」で読み書きすることこそ大事であるという声が聞こえてきそうな気がしますが、しかし、点字は仮名文字であり、したがって、全体の文章の流れによって意味を把握しなければならず、小説を読むにはそれほど難しいことではないにしても、「医学書・漢方医学」など難解な文章は理解が困難であり、その点、「漢点字」は漢字を読む感覚で文字が読め、文章が容易に理解出来るのです。「漢点字」を考案された故川上泰一先生は、「漢方医学書」に漢字がないのに疑問を抱き、「漢点字」を作ることを思い立ったと話しておられました。
コンピューターの進歩と共に、ここ10年間の内に私ども視覚障害者用機器の発達は大変目覚ましく、本当に隔世の感があります。多機能なワープロにより簡単に「漢字仮名混じり文」が書けるといっても漢字が分かっていてのことで、当然のことながら漢字を知らなければ当て字を書くことになり、また、折角書いた文章も意味不明のものとなってしまい、大変恥ずかしい思いをすることにもなります。
「漢点字」も点字によって構成されており、私はけっして「点字」を軽視するものではありませんが、「点字」だけでは使っている熟語すら十分理解出来ず、誤った言葉を使うことにもなりかねません。
私は、色々なメーリングに入会していますが、誤字や当て字をよく見かけます。私とて、誤字を書かないとは言いませんが、特に視覚障害者の文中に漢字の誤字や当て字の多いことに気付きます。
私も、微力ながら「漢点字」の添削もさせて頂いており、「点字」の読み書き出来る視覚障害者には、「漢点字」を修得してと勧めております。たとえ、文章を書いたり印字しなくても、「漢点字」を修得することで、読書をする時、語意を理解でき、言葉の表現力も豊富になると信じるからです。そして、「漢点字」を普及させることこそが川上先生への恩返しと考えております。
更に付け加えるならば、「よめーる」、「よみとも」など自動書籍朗読システムで活字を読みとり、これをファイルに保存しピンディスプレイに出力して「漢点字」で読むことも可能なわけです。
私は、毎日漢点字で患者さんのカルテを書くのをはじめ、パソコンでメールの交換をして、全国の方々ともコミュニケーションをしております。また、パソコンのサポートもしたり、ネットサーフィンも楽しんでおります。そして、2000年10月に自分のホームページも開設しました。
これら総て、「漢点字」を習得しているからこそ出来ることであり、「漢点字」を習得していなかったら、恐らくメールの交換も、ホームページも開設していなかったと思います。
今日の私は、パソコンなくしては生活が成り立たなくなるほど、パソコンは毎日の生活に不可欠なものとなっており、「漢点字」のお陰で今の私があると信じております。
ここ数十年の内に、視覚障害者の生活のためにたくさんの器機が開発され、大変便利になっておりますが、中でも「漢点字」は二十世紀の視覚障害者への最高の贈り物ではなかったかと、私はそう信じております。
「漢点字」を考案されました故川上先生に心より感謝申し上げます。
長野県 小林文夫